朝6時半にそっと起き出して、朝食を作る。これくらいしておかないと肩身が狭い。アイエフさんは気にしなくていいって言ってくれてるけど、穀潰しにはなりたく無いから。
「アイエフさんは7時半に起きるから、十分間に合うね」
コーヒーソーサーを使って、コーヒーを沸かす。仮面ノ世界で手に染み込ませた技術の一つ。こうやって役立てたら、親父さんも喜んでくれるはず。
「喫茶店のコーヒーみたいで、美味しいわね。私は泥水しか淹れられなくて、コーヒー代が高くついてたから」
コーヒーは、アイエフさんには好評だった。喫茶店のコーヒーそのまんまになるのは、当たり前と言ったら当たり前。親父さん、喫茶店も経営してたから。
「喜んでもらえたなら何よりです」
「そこまで畏まらなくてもいいわよ」
「えっと……それじゃアイエフさん。例のイストワールさんから、何か情報は手に入った?」
朝食を食べながら、有益な情報が見つかったか確かめる。でも中々、芳しくはないみたいだ。
「どうもイストワール様も色々探してはいるみたいだけど、手掛かりが少ないのと、ネプ子が仕事を相変わらずサボっているから、それを捌かなくちゃいけなくて、情報が中々手に入らないみたい……」
「あらあら……」
この世界、女神が国を統治しているらしいけど、ここの女神のネプテューヌはあまり仕事しないらしい。それで大丈夫かな。まぁ、あのフレンドリーさを考えると、人望はかなりありそう。呼び捨てでいいって言われたし。
「まぁ、今日はイストワール様も手が空いてるみたいだから、一度顔を合わせに行きましょ」
アイエフさんに連れられて、プラネタワーに来た。
「一番、文明が発達している世界だね。今まで旅してきたところだと」
今までの世界には、SF物でよくある未来都市なんてなかったからね。酷いところだと、1950年代から時計の針が動いてない事だってあったもの。
「ここの女神は大体が未来志向の持ち主だから、街もそのシンボルもこんな感じなのよ」
円錐っぽい形の変わった塔。何処かのコンクリートのピラミッドとは大違いだ。勿論、東京タワーともまるで違う。野暮ったさがない。
仕事が出来たアイエフさんと別れて、通された先で待っていたのは、ハードカバーの分厚い本に乗ったフランス人形だった。この人がイストワールらしい。流石、未来都市。何でもありだ。
「小日向未来さんですね。はじめまして。この国の教祖のイストワールです」
「はじめまして……、小日向未来です……」
国のお偉いさんに合うのは、オセアニア以来だ。
「3年近く異次元を旅しておられるとか……。ここには、全くの偶然でいらっしゃったのですか?」
「いえ、実は……」
かくかくしかじかと飛ばされてからのことをそのまま伝えた。イストワールさんは、合間合間に相槌を打ちながらきちんと聞いてくれた。
「成る程、大変でしたね。一時は記憶まで奪われて、クローン人間までも製造されてしまった。ただのテロ組織ではありませんね」
「はい……、そこで一緒に戦った人が言うには、過去に活動禁止となった政党の残党らしいんですけど、私の世界のこと知っているみたいで……。あと他にもう一つ、何か大事な事を言われたんですけど、どうしてもそれが思い出せなくて……」
「元の世界への帰還は急いだ方が良さそうですね。手段が分かり次第、至急準備させます」
「お願いします」
こんな話をしている時だった。
「ねぷてぬー! 遊んでー!」
どう考えても場違いな子供の声が聞こえた。結構大きくて、 しかも何処かで聞いたことがあるような声。
声がした方に行ってみると、ゲームに熱中しているネプテューヌに、5歳ぐらいの女の子が構ってもらおうとしていた。
「だからねぷてぬじゃなくて、ネプテューヌだって」
「ねぷてぬー!」
業を煮やしたらしい女の子が、コンセントを引きちぎってゲームを無理矢理終わらせてしまった。
「あー! いきなり電源を抜いちゃ……、あれー?」
コンセントから抜かれたものだと思ったらしいけど、コードを見てそうじゃないことに気づいたネプテューヌさん。千切れたコードを見て呆然としていたところに、女の子が飛びついてきた。
「ねぷてぬー! 遊んでー!」
女の子が重たいのか、はたまたかなりの勢いがあるのか分からないけど、ネプテューヌは体当たりを食らって、吹っ飛んでいった。あれは痛そう。
「あの子、誰です?」
「教会で預かっているピーシェという子です。身元が分からないので、とりあえずここで預かっているんです」
「へぇ……」
イストワールさんと一緒に2人がじゃれあっている光景を見ていると、こちらに気づいたようで、私の所に来た。
「ミク、来てたんだー。いやー、私1人じゃ、ピー子の相手は大変だから助かるよぉ」
「あー、確かに大変そうだもんね。見る限りでは……」
追いかけっこを始めたら、アッパーカットを食らってノックダウンしてたもの。どうやらピーシェの腕力は、相当なものみたい。
「ほら、ピー子。ご挨拶は?」
「ピーだよ!」
元気の良い挨拶が帰ってきた。力が有り余っているような感じだ。
「私は小日向未来。よろしくね」
「うん! 未来、遊んでー!」
早速、飛びついてきた。
もろに当たるのは御免だから、体を床に倒して飛んできたピーシェの胴体を両手で掴み、両足を両膝に軽く当てて支える。飛行機みたいに持ち上げて揺らしていると、きゃっきゃと喜んでくれた。ズボン履いていて良かった。
「おおっ! ピー子をあっさりと摑まえるなんて、中々やるねー!」
「即興だけどね、それに結構重い……」
長くやっていたら足が疲れそう。
それにしても、何処かで会ったような……。いや、ピーシェ本人かどうかは分からないけど、こんな感じの子に会ったことはある気がする。
鬼ごっこしようとせがまれて、やることもないから付き合った。鬼は私。
子供相手に本気で追いかけることはしない。手加減して、程よい速さで走る。
頃合いを見計らって、ガバッと捕まえる。でもこれで大人しくなるほど、ピーシェは甘くなかった。
「ぴーぱんち!」
「おっと」
ピーシェが振り向きざまにアッパーカットを打ち込んできた。さっきも見てわかったけど、年の割にかなり鋭い。怪人相手に格闘戦をしていたからか、そういうのは何と無く分かる。
だから首を逸らして避けた。
「あー、よけられたー。未来、つよーい!」
「こう見えて、ピーシェよりも強い人の相手はいっぱい、してきたから……」
「いっぱい?」
「うん」
「どんなの? 教えて、教えてー!」
「ふふふ……、それはまた今度…………」
.
「あの巫女の末裔は、一掃できたのだな?」
その頃、日本某所において、首領と白スーツの男の謀議が進められていた。
「はい。錬金術師の絶滅作戦も進行中です。ヨーロッパを中心に、各地域に潜伏していた錬金術師のおよそ7割から8割は、既に処刑しました」
「宜しい。しかしあの不良品め、大それた真似をしおって。棄て置いたのは、間違いだったな……」
溜息と共に、首領が呟く。
「それにしてもこの世界、私が言葉の代わりにせめてもの情けとして残した聖遺物を私利私欲のままに使うものばかり。あの巫女めも、己の分際を弁えぬことを考え、私がかけた呪いを解こうとした……」
「所詮、人間は欲望に忠実な生き物だったということでしょう。我々は人間に甘過ぎたのです」
「そのようだな……。ジェネラル……。もう下がっても良い」
ジェネラルは一礼して、席を立った。
「待て、一つ忘れていた」
「何でしょう」
「あいつには、今度いつ接触するつもりだ」
「彼奴とは?」
「小日向未来だ」
「特に予定はありません」
「そうか、まあ良い。機会があれば、お前の親友が待ち兼ねていると伝えておけ」
「承りました」
とりあえずピーシェの子守でもしていてもらいましょう。響を小型化したような子ですから、やり易いはずです。