思い付くたびに続きが増える予定です。
幻想郷の博麗の巫女。現在その役目を担っているのは博麗霊夢その人であるが、彼女はあまり博麗の巫女とは呼ばれない。もっぱら名前で呼ばれているのは彼女がそれだけ近しい存在だったからであろうか、はたまた巫女らしい仕事をしていなかいからであろうか。
ではその一つ前の博麗の巫女はというと、こちらはしっかりと博麗の巫女と呼ばれていた。呼ばれていたのだが、しかしそれだけ。後世に名が残るわけでもなし、博麗の巫女としてしっかりやっていましたよと精々幻想郷縁起に一文添えられる程度のものであった。
はてさて、それは一体何故なのか。里の人々からは慕われていたとのことであるし、相談事の解決や妖怪退治などもしっかりとこなしていたらしい。それなのに、名前はおろかその存在すらあやふやとなっている。
ここに、その理由を示した一冊の書物がある。これは幻想郷縁起の資料として記されてはいるものの、結局使用されなかったものだ。当事者たる先代博麗の巫女本人が書いた自身の仕事録。
とは名ばかりの愚痴の塊である。何せ最初の一文からして自身の神社に住む半居候共への愚痴なのだ、こんなものを資料として使用した日には幻想郷縁起がドス黒くなってしまうことは想像に難くない。
ただ、そうなってしまうのもまあ仕方ないであろうと思えてしまう部分も、この愚痴録の中にある。何せ、その半居候共という連中のほぼ全員が妖怪またはそれに準ずるものであったからだ。
加えるならば、その連中が殆ど博麗の巫女としての仕事を行なっていたらしい。もっぱら自分は取り次ぎ役でしか無いという言葉に怨念が篭っているようにも思えた。
どのみち幻想郷縁起を作っている少女はこれを見てしまった以上記憶には残ってしまうわけで。稗田阿求は若干苦い顔をしながら、当時の先代に思いを巡らせるのであった。
「やってらんない」
博麗神社でやさぐれる巫女が一人。賽銭箱の隣に腰掛けて足をブラブラとさせながら天を仰いでいる。その顔はやる気を感じられず、許可さえあればすぐにでも巫女をやめてやると言わんばかりであった。
「情けない顔ね。空とは対照的」
「うっさい」
そんな彼女に声を掛ける一人の女性。白いブラウスにチェックのベストとスカートという格好のその女性は、日傘をくるくると回しながら面白そうに巫女の顔を覗き込む。そんな彼女に向かい吐き捨てるように言葉を返すと、巫女はそのまま後ろへと寝転がった。
「天下の博麗の巫女ともあろう者が、そんな態度でいいのかしら?」
「どーっせ私はあんた等のおまけだし。知ってるでしょ? この間なんか『ありがとうございます風見さん、あ、ついでに博麗の巫女様』だよ。おかしいよね? ついでって何さ!」
「まあそれだけ空気だったってことよね」
「やかましいわ!」
博麗のその叫びにクスクスと笑いながら、だって仕方ないでしょ、と彼女は返す。本当のことだもの、とついでにトドメを刺した。
奇声を上げながらジタバタとその場でもがく博麗の巫女。それを見て満足したのか、彼女はじゃあお遊びはこのくらいにして、と気持ちを切り替えるようにパンパンと手を叩いた。
「何さ幽香。別に今日は依頼受けてきてないんだけど」
「貴女はね。霖之助が一つ貰ってきてたのよ」
「あっそ。で? どんな依頼?」
「まあもう既に彼が向かったんだけど」
「じゃあ何で言った!?」
「え? そりゃあ勿論貴女は取り次ぎ役ですらなくなったのよって報告するためよ」
「泣くぞ」
割と本気で涙を目に浮かべ始めている博麗の巫女を見た女性――風見幽香はちょっとからかい過ぎたかしらねと苦笑した。
そんな彼女の背後から声が掛かる。何をやっているんだか、と呆れたような顔をしたその声の主である青年は、眼鏡の位置を指で直しながら溜息を吐いた。
「あら霖之助。仕事は終わったの?」
「ああ、つい先程ね。というか、道具の修理は博麗神社の仕事ではなく香霖堂へ来てくれればいいだろうに」
「ガラクタしか売っていない辺鄙な道具屋に行くよりも、店主がよく出没する神社の依頼にした方がよっぽど確実だからでしょうね」
ガラクタとは失礼な、と霖之助は眉を顰めながら二人に近付く。それで、君は何でそんなやさぐれているんだい? そう尋ねると、彼女は寝転がったまま先程の話を彼にも述べた。
成程ね、と話を聞いた霖之助は若干理解を示すように頷き、そして。
「まあ、仕方ない」
「それで済ますんじゃない!」
本日二度目の博麗の巫女の絶叫であった。
「大体! さっきも言ったけど、ここにいる連中が濃ゆいの! 私の存在霞んじゃうの!」
「貴女が薄いんでしょ?」
「博麗、君はもう少し存在感を出した方が」
「お・ま・え・ら・が、濃いの! 私は薄くない!」
立ち上がってそう宣言する博麗の巫女を見ながら、幽香と霖之助は揃って肩を竦める。まあ本人がそう思っているのならばそういうことにしておこう。そんな考えが透けて見えて、彼女は余計にへそを曲げる。
別にサボっているわけもないし、手を抜いているわけでもない。そのはずなのに、どうしてこんな扱いをされなくてはいけないのか。そんなことを一通り叫ぶと、彼女は力尽きたようにペタリと腰を下ろした。盛大な溜息を付き、ああやっぱり私が駄目なだけなのかな、と地面を見ながらポツリと呟く。
「え、そうなの?」
「……いや、ここでその反応されると余計凹むんだけど」
首を傾げる新たな人影に向かい溜息混じりでそう返すと、彼女はどこか遠くを見るように視線を明後日の方へと向けた。あはは、月が綺麗だな、などと口走っているところからすると、大分参ってしまったらしい。
間接的にその原因となってしまった人影、金の髪と紅い瞳を持った赤いリボンを付けた少女は、私何かまずいこと言っただろうかと頬を掻きながら残りの二人へと視線を移す。幽香はさてねと返し、霖之助はタイミングが悪かっただけだと述べた。
「まあ、君が気にすることはないさ」
「そうよルーミア、あれはもうほっといても問題ないわ。それで、貴女一人?」
「え? ううん、違う違う。途中まで華扇と一緒だったよ」
急用が出来たってどっか行っちゃったけど。そう言って笑うルーミアにあらそうと返した幽香は、じゃあ今日の夕食当番は誰にしようかしらと呟いた。まあ妥当なところだと彼女を飛ばした次だろうね、と言う霖之助に、幽香は嫌よと即答する。
「だってそれ私じゃない」
「清々しいくらいに自分勝手だね」
「当たり前よ、妖怪なんだもの」
「あ、じゃあ私も妖怪だから夕食当番やりたくない!」
「……まあ、そう思うなら好きにすればいいが」
ちゃんとそこにいる二人を説得するように。そう言って彼が指差した先には、一組の男女。一人は袈裟をまとった奇妙な髪の色をした青年、もう一人は所謂チャイナ服を来た赤く長い髪の女性で、双方共に若干の非難の目を彼女達に向けていた。
それを見たルーミアはあははと乾いた笑いを上げながら視線を逸らす。対して幽香は余裕を崩さずにこちらに歩いてくる二人を見詰めていた。
「おかえり、二人共」
「ああ。ついでに夕飯の材料になりそうなものを見繕ってきたが」
「困っちゃいましたねぇ。夕食当番いないんですか」
そんなことを言いながらジロリと二人を、正確には幽香を見る。そうなのよ困っちゃうわね、と悪びれることなく述べる彼女を見て、二人は呆れたように溜息を吐いた。
まあまだ華扇さんが帰ってこないと決まったわけでもないですからね。そう言うとチャイナ服の女性は手に持っていた野菜を台所へと運んでいく。期待は出来んがな、と言いながら青年も後に続いた。
「いつも思うのだけど、神社に坊主が住んでいていいのかしらね」
「別に定住しているわけじゃないし、構わないんじゃない?」
「露骨に話題を逸らしたな」
仕方ないな、と霖之助は溜息を吐く。これはまあ自分が貧乏くじを引くしか無さそうだ、そんなことを思いながら彼も二人を追って台所へと足を進めた。待て、命蓮、美鈴、と二人の名前を呼びながら神社の奥へと消えていく。
それを目で追っていた幽香とルーミアは、とりあえず自分達が夕食当番になることはなさそうだとほくそ笑んだ。でもまあどのみち次は幽香の番でしょ、というルーミアの言葉にまあそうだけれど、と彼女は返す。
「急に降って湧いたような夕飯作りって、面倒じゃない」
「あはは。うん、そうね」
ちなみに夕飯はこの後用事を済ませて華扇が戻ってきたので何ら問題なく用意された。
それで、いつまでそうやっているつもりなの? 振り向くことなく幽香はそんなことを述べた。その言葉に反応するように、現実逃避をしていた博麗の巫女がうるさいと答える。
「さっきからそればかりね」
その言葉にうるさいと返した彼女は勢い良く立ち上がった。真っ直ぐに足を進め、幽香の眼前まで移動する。彼女を睨み付けながら、腰に手を当て仁王立ちした。
どうしたの、というルーミアの問い掛けに、別に大したことじゃないと彼女は答える。調子に乗っている妖怪を懲らしめるのは巫女の役目、そう言うと懐から札を取り出した。
「さーって、ぶっ倒してやるわよ」
「あらあら、そんな出来もしないことを自信満々に言っちゃって。子供みたいよ」
「はっ! いつまでも昔の私だと思うな! この成長した博麗パワーを持ってすれば――」
霊力を込めた札を叩き付けようと伸ばした拳を、幽香はいとも容易く掴み取る。そのまま自身の方へと引っ張りバランスを崩させると、ガラ空きとなったボディに肘打ちを叩き込んだ。体が『く』の字に曲がり、盛大に吹き飛ぶ博麗の巫女。二・三度バウンドした彼女は、そのままバッタリと倒れ伏し動かなくなった。
使っていない左手に持っていた閉じられた日傘を開き肩に担ぐと、幽香は笑みを崩さぬまま動かない彼女に向かい声を掛ける。成長した博麗パワーを持ってするとどうなるの、と。
「うっさい!」
「本当にそればかりね」
何事もなかったかのように立ち上がった博麗の巫女は、痛いと腹をさすりながら再び幽香に詰め寄る。普通はその程度じゃ済まないのだけど、と可笑しそうに笑う彼女を見て、再び怒りが噴出した。
が、やはり再び返り討ちに遭い吹き飛んでいく。顔面から石畳に突っ込んだのを見て、傍観者になっていたルーミアは毎度のことながら何で生きてるんだろうと一人首を傾げた。
そんな彼女の思考を他所に、二人のぶつかり合いは続く。とはいっても、博麗の巫女が一方的にやられて吹き飛ぶだけではあったが。幽香はほとんどその場から動かず余裕の笑みを浮かべたまま佇んでいる。
「まあ自分の実力の程がどの程度かも分かったでしょうし、このくらいにしときましょう」
「その上から目線むかつく!」
「だって事実じゃない」
さらりとそう述べた幽香を見ながら地団駄を踏む博麗の巫女だったが、まあいいから夕食にしましょうという言葉で我に返った。空を見上げると、いつの間にやら青空は茜空に変わっていた。自分でも気付かないくらい時間が経っていたらしい。そのことを自覚した彼女は、不満は残るが仕方ないと渋々幽香の言葉に従った。相変わらず単純だな、などとルーミアが思っていたが、思考を読めるわけではないので彼女は気付かない。
「さ、じゃあ行きましょうか、インコちゃん」
「インコって言うな!」
「でも博麗の巫女って私達が呼ぶと名前で呼べって怒るじゃない」
「そりゃそうなんだけど」
この二人、特にルーミアに博麗と呼ばれるのも何だか違う気がするし、と彼女は顎に手を当て考える。既に日課と化している程しょっちゅう考えている為に新しいアイデアなど出るはずもないのだが、しかしそれでも彼女は思考を巡らせる。
「博麗、何やってるんだい? 夕飯が冷めてしまうじゃないか」
「あ、ごめんごめん。すぐ行く」
どうやら考えている間に二人に置いていかれたらしい。気付くと神社の境内で一人唸っている格好になっていた彼女は、霖之助のその言葉に我に返るとパタパタと音を立てながら神社横の自身の住処へと駈け出した。
博麗の巫女、博麗飲子。何かと神社に集まる六人の変人、『風見幽香』、『森近霖之助』、『ルーミア』、『茨木華扇』、『命蓮』、『紅美鈴』に埋もれて影の薄くなっている色々と不憫な少女である。
今日も今日とて、彼女は叫ぶ。騒がしい連中に囲まれて、記録に愚痴を残しながら、それでもまんざらでもない日々を送る。
「誰だ私のおかず食ったの! 半分以上無くなってるじゃん!」
「ルーミアよ」
「霖之助」
「華扇だ」
「美鈴さんです!」
「命蓮さんでしょ!?」
「幽香に決まっているだろう」
「お前ら全員そこに直れ! ぶん殴る!」
当時はともかく、少なくとも、後々になって後悔しない程度には、の話であるのだが。
原作での設定をガン無視してる感がバリバリに漂っていますが、そこはまあ、こう、寛大な御心で、ご勘弁を……。