あくまで風味。
そしてまだ話が終わらない。
「うわー……いやこれどうするの?」
「私に聞かれても」
妖怪の山。天狗が多数集まっている一角を遠巻きに見ている一人の烏天狗と一人の白狼天狗。姫海棠はたてと犬走椛は出来るだけ集団に見付からないように注意しながらそんなことを話していた。
ここで巻き込まれたら確実に死ぬ。そんな予感をはたては持っていたのだ。
「いやまあ人攫いは分かるわ。妖怪だし、天狗だし。でも何でよりによって博麗の子を」
「話によると鬼からの命だとか」
「そこがおかしいのよ」
何でいきなり鬼がここに口出ししてくるのか。そんなことを呟いてはたてはもう一度向こうを見る。博麗の子ともう一人は大人しくするという事を知らないようで、あれだけの天狗に囲まれているにも拘らず何やら怒鳴っているようだ。そこに恐怖など微塵もない。
子供は怖いもの知らずねぇ、と呑気に述べるはたてに、椛はそうじゃないと思いますよと返した。
「きっと慣れているんでしょう、ああいう状況に」
「あ、そっか」
今の幻想郷の妖怪達では逆立ちしても勝てない連中がひしめき合っているあの神社で暮らしていれば必然的にああもなる。そう納得したはたては、だったら別にあのままでも大丈夫かな、と呟いた。
「下手に手を出してとばっちりがくるのはゴメンだしね」
「まあ、そうですけど」
「どうしたの? そんな歯切れの悪い返事して」
「いや……」
あれを見て下さい。そう言われて視線を向けた先は、どこからか取り出した陰陽玉で縄を吹き飛ばし自由の身になった博麗の子ともう一人。どうやらあの人数の天狗とやりあう気らしく、今にも飛び掛かろうとしている。
何やってるんだあいつらは。そんなことを思う間も無く、博麗の子は陰陽玉を周囲に振り回し天狗の群れを抜けるだけの隙間を作ってしまう。行くわよ魔理沙、という声が二人の耳に届き、そして走ってくる姿が見えた。
勿論、二人の方にである。
「何でこっち来るの!?」
「……諦めましょうよ」
走ってくる子供二人とそれを追い掛ける天狗達。否が応でも巻き込まれることを悟った椛は、パニックになるはたてを尻目に一人溜息を吐いた。
飲子達が妖怪の山に辿り着く、半刻ほど前である。
「な、何かえらい騒ぎになってますね」
縛られた文が引き攣った表情でそう述べるのを聞いて、飲子は思わず彼女に詰め寄った。一体どういうことだ、と。しかし問われた彼女もこの状況は寝耳に水らしく、私だって分かりませんよと首を横に振る。
そんな二人を尻目に幽香達三人は山の気配を探ったが、そこでどうやら天狗達が山を駆けずり回っているらしいということが分かった。そのことを文に問い掛けると、少し考えるように天を仰いだ後、ひょっとして、と口を開く。
「博麗の子、逃げたんじゃ……」
「どうやら妖怪の山を吹き飛ばす日が来たみたいね」
「ストップ! ストーップ! っていうか吹き飛ばしたら博麗の子も無事じゃ済まないわよ!」
「え? 何言ってるの? 見付けてからに決まってるでしょー」
「いやいやいやそっちが何言ってるんですか!?」
このままでは自分の住処が消滅してしまう。割と本気でそう思った文は必死で二人を踏み止まらせようとする。無論それを聞く二人ではないので、むしろどんどんと乗り気になっていくのだが。
「巫女! ちょっとあれどうにかして下さいよ!」
「……ま、普段は止めるんだけどさ。今回は霊夢が攫われたってのが理由じゃん」
正直私も同じ気持ちだしね。そう述べると飲子は諦めろと言わんばかりに彼女の肩を叩く。それで納得出来るかと叫ぶ文であったが、残念ながらその叫びは虚しく木霊した。
まあとにかく、まずは二人を捜さないと。そんな霖之助の言葉で落ち着いた一行は、しかしどうしたものかと首を捻った。妖怪の山は広く、そして天狗の縄張りでもある。この状況で捜し回ると冗談でも何でもなく妖怪の山が消し飛びかねない。何せ、現在の飲子達は天狗の少女をふん縛って無理矢理案内させている鬼畜巫女なのだから。少なくとも表面上は。
「射命丸!? 何でそんな!」
「ぎゃぁぁぁぁ! 見付かったぁぁぁぁ!」
だが、そうかといって立ち止まっていても当然見付かるわけで。一人の烏天狗が文のその姿を見て驚いたように叫んだ。が、それ以上の声で彼女は叫ぶ。ダメだダメだおしまいだ、そんなことを呟きながら眼の光が段々と消えていった。
「何で縛られてる貴女が絶望しているのよ。普通は助かったって安堵するところでしょう?」
「絶望させる張本人が何言ってんですか!? やめてください、あの天狗に罪はありません!」
「……私を一体何だと思ってるのよ。片っ端から虐殺するような輩に見えるわけ?」
ここではいと頷くと確実にじゃあそうしましょうと虐殺ショーが始まる。そう瞬時に判断した文はそんなことはありませんと首を全力で横に振った。それを見た幽香はだったらいいのよと一言述べ、でも、と視線を別の場所に向けた。
他の連中はどうか知らないわよ。文に視線を戻すと、彼女は向日葵のような大輪の笑顔を浮かべた。
「いやぁぁぁぁ! 天狗が、私達の仲間が!」
「……やり過ぎたかしら」
半狂乱になってジタバタともがく文を見て、幽香は少しだけバツの悪そうな顔をして視線を逸らした。無論彼女の言っていたような光景は起こっておらず、しかし出会った天狗は既に意識を無くして倒れ伏していた。五体満足ではあるので、一応無事と言っていいだろう。
さて、と倒れた天狗を木に縛り付けると、霖之助は鞄から一粒の錠剤を取り出した。それを天狗の口に放り込むと、半ば無理矢理飲み込ませる。意識を覚醒させた天狗は、自分の体の変化に戸惑いながら恨めしげに一行を睨み付けた。
そんなことなど気にも留めず、彼はじゃあちょっと聞きたいのだけれどと天狗に問う。
「ああ、別に無理に答えてもらわなくても構わない。その場合はこの解毒剤を渡さないだけだからね」
解毒剤、という言葉で天狗の顔色がさっと青くなる。一体何を飲ませたんだ、そう叫んだ相手に向かい、霖之助は大したものじゃないと表情を変えずに答えた。
「妖怪にも効く筋弛緩剤さ。自分の力では立つことすら出来なくなるが、まあその程度で済むから問題はないよ」
「こ、香霖堂さん! 何さらっと言っちゃってるんですか!」
「おや射命丸、正気に戻ったのか」
呑気に言ってる場合ですかと文は縛られたまま叫ぶ。それってつまり何が起きても無抵抗にされるがままになってしまうということでしょう? そんな彼女の問い掛けに勿論だよと彼は笑顔を浮かべた。
「妹紅に貰ったんだが、いやはや、人生何が役に立つか分からないものだね」
「誰かー! 誰かまともな人ー!」
「……うん、何かごめん文さん」
あまりにも妖怪連中がアレの為若干冷静になった飲子は先程から一度も冷静になれていない文に向かって頭を下げた。まあでもとりあえず質問に答えれば大丈夫だから、と宥めるように縛られている天狗にも声を掛けた。
その言葉で観念したのか、それで聞きたいことは何だと天狗は飲子に視線を向ける。
「率直に聞くよ。霊夢はどこ?」
「……霊夢?」
「そっちが攫った博麗の子。ここにいるんでしょ?」
「博麗の子? 攫った? 何の話?」
は? と飲子は呆けたような声を上げる。視線を後ろの三人に向けたが、どうやら嘘を吐いている様子はないらしく全員が首を横に振っていた。ならばどういうことだと文に向き直ると、先程までと表情を一変させ、真剣な表情で何かを考え込んでいた。
やがて考えが纏まったのか、ちょっと聞きたいのだけどと彼女は天狗に問い掛ける。
「ここのところ、天狗が人攫いをしたって話を聞いたことは?」
「え? ……いや、こちらには全く来ていない、けど」
「なら、この騒ぎは一体何?」
「この騒ぎなら」
妖怪の山に侵入者が現れて山を荒らしまわっているから、見付け次第撃退せよとの命が下ったからだと天狗は語った。だからてっきりお前達が侵入者だと思ったのだが、そう続けるのを聞いて、文はしてやられたといったような表情を浮かべる。
これはマズイですよ。そう呟きながら自身の能力で縄を解いた。これはもう捕まったふりをしてる場合じゃない。そう言うと、彼女はふわりと浮かび上がった。
「巫女」
「はい?」
「この敵、うん、便宜上『鬼』と呼ぶけど、そいつは大分狡猾みたいよ。この調子だと、博麗の子も天狗に捕まってるんじゃなくて山の中を駆け回っているかもしれない」
「え? 何で?」
「侵入者としてあわよくば傷付けてしまおうと考えているんじゃないかしら」
次期博麗の巫女をその座から引きずり下ろす。芋蔓式に現博麗の巫女に責任を負わせる。ついでに妖怪の山の戦力を削ぐ。どうやら相手は相当な欲張りのようだと彼女は語った。
そして、私はこの推測を天魔様に報告に行きますと彼女は告げる。
「ちょっと待った、私達このまま行動して問題ないの?」
飲子のその言葉に、どうせいてもいなくても問題大有りだから関係ないと彼女は笑った。精々山の形変えないで下さいよ。そう捨てゼリフを残すとあっという間に見えなくなる。
残された一行は顔を見合わせると、じゃあ思惑通り暴れてやりますかと笑みを浮かべた。
「ったく、何なのよもう」
「こっちのセリフよ! 何でこうなっちゃうの!」
「諦めて下さいよ。私はもう諦めました」
「そうそう、人間諦めが肝心だぜ。あ、天狗か」
「何でこの五歳児共はこんな落ち着いてるのよ!」
妖怪の山を駆け回る。空を飛ぶ方法を身に着けていないらしい子供組の為に低空飛行をしながらぼやいたはたては、地を駆ける椛のどこか達観した目を見て口を噤んだ。そもそも何故自分達は一緒に行動しているのか。そんな根本的な部分まで思わず戻ってしまう。
もうなるようにしかならないですよ。ぽつりと呟かれたそれを聞いて、はたてはごめんと頭を下げた。過去を振り返るより問題なのは今なのだ。
「それで、二人共」
「霊夢」
「魔理沙だ」
「霊夢に魔理沙、何か当てはあるの?」
椛の問い掛けに二人共に無いと胸を張る。ならば仕方ないと彼女ははたてに視線を向ける。分かってると彼女は頷き、だったらとりあえず山を出ましょうと左手を指差した。大蝦蟇の池を目指せば、後はどうとでもなるはずだ。
そんなことを考えていた彼女は、目の前に天狗が数人突っ込んでくるのを見て意見を変えた。これは、とりあえず出るなんて簡単にやれるものではない、と。
どうやらやってきたのはまだ若い天狗達で、霊夢達を攫ったのもこの天狗共であるようだった。
「っていうか、何であんたらはそんな血眼になってこの子を捕まえようとしてるのよ!」
「何を言ってるんですか。その子は次の博麗の巫女で妖怪の山を自分のものにしようと企んでいる極悪人なんですよ!」
「……椛」
「若いって、素晴らしいですね」
「なあ霊夢、あいつらって馬鹿なのか?」
「みたいね。五歳児にそんな野望があるわけないでしょうに」
これだから単細胞は。そんなことを言いながらやれやれと肩を竦める霊夢を見ると、あながち間違っていないような気がしてきてしまうはたてであった。が、勿論それは出鱈目であることを知っているので、彼女は天狗にそれは誰から聞いた話だと問い掛けた。
若い天狗はそんなもの決まっているじゃないですかと即答する。
「妖怪の山の上司にあたる鬼の、伊吹萃香様です」
「は? 萃香?」
「……知り合いなの?」
聞き覚えのある名前だったらしく霊夢が素っ頓狂な声を上げる。はたてははたてでそう問うたものの、そういえば今の博麗の巫女は旧地獄と親交を持ってるんだっけと思い出した。
「ちょっとそこのヘッポコ天狗、萃香がそんなこと言うわけ無いでしょ! 騙されてるわよ」
「誰がヘッポコだ! ふん、お前みたいな子供には分からないだろうが、伊吹萃香様といえば鬼の四天王として名高い有名所。そんなお方のことをさも分かっているかのように言うとは、所詮ガキか」
「……椛ぃ」
「若いって、怖いもの知らずですね」
大体あいつらが生まれる前に鬼は旧地獄に行っているんだから、むしろ知らないのはそっちだろう。と思わず心の中でツッコミを入れる割と古参の天狗二人。ちなみに魔理沙は話についていけず若干不機嫌そうに突っ立っていた。
そんなやり取りを行った子供と若い天狗は、どうやらもう語る言葉など持たんと臨戦態勢に入っていた。横にいる他の若い天狗はおいやめろと諫めるが、どうやら血の気の多い若者は全く聞く耳を持たないらしい。それははたて達の横にいる五歳児も同様である。
「ぶっ潰す」
「ガキが粋がるな! 少し痛い目に遭わせてやる」
風を生み出し、霊夢にぶつけようとする。所詮五歳児、食らえば簡単に吹き飛び、場合によっては大怪我を負ってしまう程のそんな一撃。だが、勿論食らえばの話であって、そして霊夢にはそれを素直に食らう理由がない。明らかに場馴れしている動きでそれを躱すと、陰陽玉に霊力を込めて思い切り投げ付けた。回転を伴ったそれは綺麗に天狗の鳩尾へと叩き込まれ、カエルの引き潰れたような声を上げてその場で悶絶してしまう。
所詮ヘッポコはそんなもんよね、と勝ち誇った笑みを浮かべる彼女を見て、残りの天狗は臨戦態勢を取った。あれは子供ではない、明らかな敵だ。録に妖怪としての経験を積んでいない若い天狗達も、本能でそれを感じ取ったのだ。
上等、と陰陽玉を再び構える霊夢の前に一人の白狼天狗が立つ。お前達は早く大蝦蟇の池に向かえ。そう言うと剣と盾を構えた。
「ちょっと、別にこんな奴ら」
「違う。これ以上こいつらと交戦すると、場合によっては先程の言葉が真実になってしまう」
博麗の巫女と妖怪の山が敵対する、その事態は避けたい。そう判断したが故の椛の行動である。そんな細かいことはどうでもいいとぶうたれる霊夢をはたてが持ち上げる。意外に軽いわね、と呑気なことを言いながら、もう片方の手で魔理沙も掴んだ。
「椛、任せて問題ないのよね?」
「無論です。いいからとっとと行って下さい」
「はいはい。ちゃんと後で合流しなさいよ」
「――無論です」
はたてが飛び上がる。それと同時に椛は若い天狗達へと疾走った。
彼女達は、まだ妖怪の山全体がパニックになっている事を、知らない。
ぅゎ、ょぅι゛ょ、っょぃ