そしてくろまく~っぽい人登場。
愉快愉快。そんなことを言いながら件の『鬼』は妖怪の山の方向を眺める。あまり近付くととばっちりを受けてしまうと考えた彼女は、離れた場所、この霧の湖に立つ洋館の塀にもたれかかりながらあくまで傍観を貫いていた。きっかけを作ったかもしれないが、あくまでこの状況に陥ったのは向こうの所為だ。私は知らない。そう言いながらも、愉悦に口元を歪めるのは抑えない。
「後は、この館の主にお目通りをして、と」
『鬼』の役目を押し付ければ完成だ。自分はここに関わらず、痛い目を見ることなく恩恵を受けることが出来る。それが堪らなく嬉しくて、『鬼』はケラケラと笑った。
洋館の門に近付く。別段門番などはいないようで、案内役も何も現れないのをみると無人かと疑ってしまうほどだ。だが、その館の中から発せられる気配は門に入るまでもなく伝わり、否応なしに強力な存在がそこにいることを教えてくれる。
ごくりと唾を飲む。所詮自分は矮小な存在、力押しでは敵わない。だが、それを補うだけの姑息さがある。そう自分に言い聞かせ、彼女は洋館の門を開いた。
「……」
そこでまず出会ったのは一人の子供。小さなメイド服を着込み、一生懸命に掃除をする姿はとても微笑ましく、先程張り詰めていた緊張をプツリと切ってしまうのには充分な威力で。
いかんいかん、と『鬼』は首を振った。こんな幼女に惑わされている場合ではない。自分はこれからこの館の主に会い、そしてその力を後ろ盾に利用して、更なる混乱を巻き起こさなければならないのだ。
そう、この幻想郷の現状をひっくり返す為に。
「……お嬢ちゃん、一つ聞きたいのだけど、ここの主はどこに?」
そう彼女が訊ねると、子供はびくりと肩を震わせた。私ですか、と首を傾げた後、もう一度彼女の用件を聞いて分かりましたと頭を下げた。
テトテトと廊下を歩き、そして息を大きく吸い込む。何をするのか大体予想が付いた『鬼』は、大丈夫だろうかと怪訝な顔を浮かべた。
「ママー! お客さんですよー!」
「子供なの!?」
が、発せられたその言葉で彼女の表情は驚愕に変わる。いやいやちょっと待て、と。ここの主は吸血鬼だという話なのに、この子供とやらは疑いようのない人間。ひょっとして訊ねる場所を間違えたかな、と思い始めた『鬼』であったが、しかしその言葉に返事をした人物がやってくるのを見て意見を変えた。表情を引き締め、ああやはり間違ってはいなかったと笑みを浮かべた。
「ようこそ紅魔館へ。私がここの主、レミリア・スカーレットよ」
「お初にお目に掛かります。私はこの幻想郷に住む、そう、鬼と名が付く種族です」
「へぇ、鬼、ね。随分と奇遇じゃない」
そう言って笑うレミリアを見て、彼女も同様に微笑む。それで、用件は何? という言葉に、『鬼』は少し長くなりますがよろしいですかと訊ねた。
ならば場所を変えましょう。そう言うと、レミリアは彼女を案内するように踵を返した。こっちよ、と短く『鬼』へと告げる。
「駄目です。ママ、私がお客様を案内します」
「え? いや、ダメよ咲夜。こんなどこの馬の骨か分からないような妖怪に咲夜を近付けることなんか出来ないわ! 見なさいあの角、あのサンダル、そしてあの黒と白と赤の髪、どうせ黒幕ぶって最終的に利用した相手を見捨てて逃げるに決まってるわ!」
「……そんな風に人を悪く言うのはいけないと思います」
「あぁぁぁぁ! 違うわ! 違うの咲夜! ちょっとつい本音がポロッと、じゃなくて、あれよ。そう、私の能力! 私は運命を見ることが出来るの! だからあいつが碌でもない奴だって分かるのよ!」
「なら何でお客様扱いをしているんですか?」
「うっ……いや、その」
「……嘘吐きなママは嫌いです」
「いやぁぁぁぁ! さぁぁぁぁくぅぅぅぅやぁぁぁぁ! ママを見捨てないでぇぇぇぇ!」
頼む相手間違えた。今更引けなくなったが、『鬼』は目の前の光景を見てそう後悔した。
天狗が吹き飛ぶ。その加害者は日傘をクルクルと回しながら、さて次、と視線を別の方へと向けた。既に地面に横たわっていたり樹の枝に引っかかっていたりする天狗は二桁にのぼり、それが道になっていることから彼女達の進行ルートが一目瞭然となっている。だからどうしたというわけでもなく、一行は気にせずにずんずんと妖怪の山を歩く。
「っていうか、いい加減襲ってくるのやめてくれないかなぁ」
好戦的な面々の中で比較的消極的な部類に入ってしまった博麗飲子はそう呟いた。最初は彼女も積極的にぶちのめしていたものの、ここまでくるとただの侵略者なんじゃないかと思い始めてきたのだ。
そんな彼女の呟きに、目の前の天狗は何を抜かすと叫ぶ。散々この山を蹂躙しておいて巫山戯たことを。そう言いながら持っていた剣を振りかぶった。
その剣が振り下ろされると同時に割り込んだ影が刃を綺麗に真っ二つにする。その小柄な体躯に似付かわしくない大きな剣は、相手の獲物を破壊すると同時、闇に溶けるように消え去った。一瞬の光景に呆気にとられた天狗は、目の前の影、金髪に赤いリボンを付けた少女の拳で宙を舞う。錐揉みをしながら木に引っかかると熟れた果実のようにゆらゆらと揺れた。
「駄目だよインコ。油断したら痛い目見るんだから」
「……いや、別に油断とかそういうのはしてないけどね」
そもそも今の割り込み絶対自分が天狗ぶっ飛ばしたかっただけだろう。そうルーミアに述べると、はっはっはと笑って誤魔化された。もうこれはどうしようもないな。そんな結論を出し、そして同時に本来の目的を忘れてないだろうなと三人に叫ぶ。
「霊夢を捜すんでしょう?」
「魔理沙も忘れないでくれ」
「二人を助けて、神社に帰る。でしょ?」
幽香も、霖之助も、ルーミアも。迷うことなく即答したということは、つまりそういうことなのだろう。決して目的を忘れて天狗の殲滅に力を入れているなどということはないのだろう。
とりあえずそう自分に言い聞かせ、飲子は分かってるなら早く捜そうと述べた。
とはいってもね、と霖之助は肩を竦める。ここまで暴れているのにこちらが出くわすのは侵入者撃退の命を受けた天狗ばかり、肝心の連中にぶち当たらないのはおかしい。そう言うと、何かを考えこむように視線を巡らせた。
「気付かない内に一緒にぶちのめしていたとかは?」
「あー。あるかも」
「駄目じゃん!」
冗談だよ、というルーミアは述べるが、どうも信用出来ないと飲子は眉を顰める。まあ多少はあるかもしれないけれど、と幽香も同意したが、しかしそれでもおかしいと続けた。
「ひょっとして、攫ったのは極小数なのかしら」
「成程。逆に言えば、ほとんどの天狗は二人を攫ったのとは無関係だから、やってくるのはそればかり、と」
「ってことは、ちょっとマズイかも」
「へ? 何で?」
首を傾げる飲子に向かい、幽香は考えてもみなさいと述べる。事情を知らない天狗がほとんどの中、相手の縄張りに押し入って暴れ回りあまつさえ同胞を負傷させている。そんな連中を傍から見たらどう思うか。
「……悪人じゃん。私ら超悪人じゃん!」
「はめられたわね」
「見事な策だ」
「そーなのかー」
「いやいやいや! 思い切りこれ私達の自業自得だよ!」
「そんなことないわよ。それに、まあ最終的にいつものことで済ませてくれるわ」
「だったらいいよね……はぁ」
そう言うものの、事態はあまりよろしくない方向に向かっている。そんな確信を持った幽香は、少しだけ考える素振りを見せるとねえインコ、と声を掛けた。何だよ、と顔を向けた彼女に、子供が逃げるなら一番ふさわしい場所はどこかしらと問い掛ける。
は、と素っ頓狂な声を上げた飲子であったが、質問の意図を察すると暫し逡巡して答えを出した。大蝦蟇の池、あそこなら妖怪の山の中で比較的安全で帰りやすい。
「それを霊夢は知っているの?」
「いや、多分知らないと思う。まだ幻想郷の地理を把握させてなかったと思うし」
「んーと、じゃあ魔理沙は?」
「知ってはいるかもしれないが、僕からは何とも」
となると、そこに行っても無駄か。溜息を吐いた幽香は、まあ仕方ないと足を踏み出した。闇雲に捜すよりはマシだろうと呟くと、皆にとりあえずそこに向かうわよと述べた。
現在地から考えると随分と遠い。そのこともあり、向かう道中でやはり天狗をぶっ飛ばしながら進まなくてはいけないんだろうな。そんな考えが頭をよぎり、飲子はゲンナリとした表情を浮かべた。
「あれ? 何で椛が?」
「げ」
博麗の巫女攫い実行犯の天狗共を足止めも兼ねてしばき倒していた椛は、上空からやってきた影を見てあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。その影、射命丸文は倒れている天狗の顔を一つ一つ確認すると、おやおやと笑みを浮かべる。
「同胞をぶちのめすとは、ストレス溜まってるのねぇ」
「ええ。主に貴女の所為で」
「あやややや。だったらそんな八つ当たりなんかしなくても、ちゃんと私にぶつけて――」
首を切り落とさんとした一閃が一瞬前まで文のいた場所を通過した。言い掛けていた言葉を途中で止めた彼女は、少しだけ冷や汗を垂らしながらぎこちない笑みを浮かべる。ひょっとして、怒ってる? そんな問い掛けに対し、椛は無言で刀を構えた。
「ちょちょちょ、ジョークよジョーク。っていうか、私がもう少し遅かったら天狗からろくろ首に種族が変わっちゃうところだったわよ」
「そうなったら首だけで情報集められるから便利になるんじゃないですか?」
「ああ、なるほ――ってそんなわけないでしょう! だから刀構えないで!」
いいから本題に入らせてよ。そう文が述べるのを聞いて、まあいいでしょうと椛は刀をしまう。ふう、と安堵の溜息を吐いた彼女は、その前に、と表情を真剣なものに戻した。
貴女は一体どっちの味方? 必要最低限のみのその質問に、しかし椛は首を傾げることなく即答した。今は博麗の味方ですね、と。
「上等。じゃあ天魔様からの命令を伝えるわ。博麗霊夢と霧雨魔理沙の両名を連れ、博麗神社へと向かえ」
「……混乱を収めるには、当事者と協力者は山にいてはいけない、と」
「ま、そういうことね。ついでに巫女への依頼も言付けられてるんだけど、どうしたものかしらね」
別に一緒に行けばいいじゃないですか。表情を変えることなくそう述べた椛に、文は思わず目を見開く。何ですか、という彼女の言葉に、何でもないわよと笑みを浮かべた。
じゃあ大蝦蟇の池に向かいましょう。そう言って踵を返す椛の横に並び、愛い奴愛い奴と文は彼女の頭を撫でる。
瞬間、彼女の盾を伴った裏拳で殴り飛ばされた。
「ふぉぉぉぉ!? 痛い! 鼻が痛い!」
「阿呆なことやってるからです」
いいから行きますよ、と顔面を押さえてのたうちまわる文を尻目に、椛は一人はたての待っているはずの場所へと向かうのであった。
「霊夢ぅぅぅぅ!」
「お母さん!」
大蝦蟇の池。そこで感動的な親子の再会を迎えた二人は共に駆け寄って熱い抱擁を。
「助けに来るの遅い! おかげで面倒になって勝手に降りて来ちゃったじゃない」
「ダメ出し!?」
などということはなく。五歳児に似つかわしくない威圧感を纏わせつつ母親に文句を言う子供とそれを聞いて涙目になる親という構図と相成った。
そんな光景を見ていた魔理沙は素直じゃないな、と苦笑する。どういうことだい、と隣にいる霖之助が訊ねると、内緒だぜ、と前置きをした。
「ここで待ってる間、お母さんが助けに来てくれるから大丈夫なんて言ってたんだよ、私に」
「へぇ……」
「も、勿論私も香霖が来てくれるって信じてたぜ!」
「……そうかい。ご期待に添えたようで何よりだ」
そう言って霖之助は魔理沙の頭を撫でる。えへへ、と嬉しそうに撫でられていた彼女は、それでこれからどうするんだと視線を彼の顔へと向けた。
その質問にそうだな、と彼は視線を巡らせる。合流した天狗の三人はどうやらこのまま神社までついてくるらしいという話を聞いた。必然的に厄介事を抱え込むようになるのだが、果たして。
そこまで考えたところで、別に今までと変わらないかと肩を竦めた。何より、今の博麗の巫女には既に一つの依頼が来ているのだ。受けないという選択肢は飲子の中には無い以上、取るべき行動は必然的に決まってくる。
「さ、感動の再会を済ませたのなら、とっとと帰るわよ」
パンパンと幽香が手を叩く。その音で我に返った博麗親子は、そうだったと顔を見合わせた。飲子が笑顔で手を差し出すと、霊夢も笑顔でその手を取る。じゃあ帰ろうと足を踏み出した霊夢だったが、ちょっと待ったと母親に止められた。
何よ、と不満気な顔を浮かべる霊夢に向かい、聞きたいことがあるんだと飲子は返す。
「魔理沙ちゃんとは、仲直りした?」
「……した」
「友達になった?」
「……なった」
「ん、そっか。じゃあよし!」
霊夢の頭を撫で、これからもよろしくね魔理沙ちゃんと魔理沙に向かって頭を下げ。さあ改めて帰ろうと飲子は足を踏み出す。
そんな姿を見た幽香とルーミアは、嬉しそうに、しかしどことなく寂しそうに微笑んだ。
「今、ちょっとだけお母さんの気分になっちゃった」
「奇遇ね。私もよ」
これは確かに藍も大変だ。そんなことを言いながら、二人はゆっくりと後を追う。
「おばあちゃんだものね」
「おばあちゃんだしねー」
「ぶぇっくしょい!」
「ら、藍様!? 風邪ですか!?」
「……いや、多分誰かが碌でもない噂をしているんだろう」
さもありなん。
そろそろクライマックス、かも。