この辺りでいいですかね、と美鈴は隣に歩くフランドールに問い掛けた。問われた方はよく分からないからお任せするわと微笑む。
じゃあここで。そう言うと、美鈴は彼女と距離を取った。その表情が引き締められ、両の手の拳が握られる。
フランドールは舌を出す。美味しそうな食事を前にしたように、はしたなく唇を舐める。距離を取ってもいいの、とそんな表情のまま美鈴に問うた。
「貴女、どう見ても遠距離で戦うようには見えないけれど」
「あはは、そう見えますよね」
頭を掻きながら苦笑した。そして、まあ大体その通りですけどと続ける。
だったら何故、とフランドールが疑問に思うその最中、美鈴は彼女に声を掛けた。でも貴女の得意距離は遠距離なのでは、と。
「……相手の得意距離でやっつける、ってこと?」
「この手の勝負は、殺し合いでないならば相手に負けを認めさせることですからね」
こういう時の為に、ある程度の決闘ルールというのが必要なのかもしれないな。そんなことを思いながら、彼女は足に力を込めた。
その刹那、彼女の立っていた場所が弾け飛ぶ。それを躱した美鈴は、続けざまに起きる爆発をいなしながら相手の顔を見た。これで怒りで単調になっていたりすれば儲けものだけど。そんなことを思いつつ表情を覗き込む。
「うん、うん! いい、凄くいい! そういうこと言ってくれる人、待ってた!」
「……うわぉ」
どうやら別の意味で火を点けてしまったようだ。それを確認した美鈴はこっそりと溜息を吐いた。どうやら時間が掛かりそうだな、そう呟きながら周囲の竹を蹴って多角軌道を描く。
瞬時にフランドールの背後に回った美鈴はそのまま彼女の背中に掌底を叩き込んだ。小柄な体は容易に吹き飛びよく育った竹を巻き込みへし折りながら遠くへと転がっていく。
が、その途中で竹を掴み振り子のように回転すると、その勢いを味方に付けて一気に美鈴へと肉薄した。右手を思い切り前に突き出す。それだけで、美鈴の背後の竹がまとめて薙ぎ倒された。
「勘違いしているみたいだから、言っておくわね」
躱し切れなかった衝撃で痛む脇腹を押さえる彼女に向かい、フランドールは楽しそうに笑う。左手に持った日傘をクルクルと弄びながら、無邪気に笑う。
「私、遠近両方ともやれるわよ」
「それはそれは……申し訳なかったですね」
ではこちらも、改めて気合を入れさせていただきましょうか。ずれていた帽子を被り直すと、美鈴も同じように微笑んだ。
時刻はそろそろ、日が傾く頃。
許可を貰ったとはいえ、あれは流石にやり過ぎではないだろうか。見張り台に戻ってきた天狗三人は段々と少なくなっていく竹林を見てそう思った。ふと隣を見ると、何かを諦めたような表情で煙管を吹かしている許可を出した人物が見えた。どうせこうなると思ってたけどね。そんな呟きが耳に飛び込む。
「あの、妹紅さん? いいんですか?」
自分の住処とか。言外にそう述べた文に対し、視線を向けずにああもうどうでもいいよと彼女は返した。どうせ必要な物は全て退避させてあるし。そう付け加えて眼下を見た。
「それよりいいの? 飲子が何か喚いているけど」
「巫女の話なんか聞いても無駄です」
「そうかい」
妹紅の返しと同時に竹林の竹がまた吹き飛ぶ。おーおーこりゃあいつも笑えないことになるかもなぁ。そんな呟きとともに彼女は笑みを浮かべた。
ところで、と妹紅は視線を見張り台の中に向ける。お前さん方は何しに来たんだ? そう訊ねると、同じように吹き飛ぶ竹林を見ていた二人が視線を彼女に向けた。
「暇潰し?」
「違います。美鈴が連れて行かれた理由を聞こうと思ってたのだけど」
来た時点で分かったからもうやることが無い。そう言って華扇は肩を竦めた。じゃあ暇潰しであってるじゃないかとルーミアは返すが、彼女はそれを聞き流す。
その会話を聞いていたはたては、加勢に行かなくても大丈夫なのと二人に問うた。あの妖怪、小さかったけど物凄い力持ってたわよ。そう言いながら二人に詰め寄った彼女であったが、二人に揃って押し返されて不満気に口を尖らせた。
「大丈夫ですよ。そうじゃなかったら、あそこで飲子が喚いているはずないもの」
「……は?」
「あれくらいなら問題ないって、確信してるってこと」
「あ、あれくらいって……」
中途半端な天狗じゃダース単位集めても勝てない程度には強かったはずなのだけど。そう思ったはたてであったが、そのあまりにも自信満々な態度を見てそんなものだろうかと納得しかけてしまった。視線を向けると、文は成程とメモ帳に何かを書いており、椛はそうでしょうねと気にした風もない。
ああじゃあやっぱりそうなんだ。自分に言い聞かせている感もあるが、彼女はそう納得してだったらいいやと竹林を眺めた。
「ところで」
はたてが黙ったのを見計らったのか、今度は椛が口を開く。どうしたの、という文の言葉に、まあ大したことじゃないんですけどと続けた。
「あの娘は、今回の異変に関係あったんですかね?」
「……」
「……」
思わず目を逸らす天狗二人。おいちょっと待ったどういうことだと顔を向けた妹紅に対し、あはははとどこか乾いた笑いを返した。
「え? 何? 私異変と何の関係もない、何だか分からない理由で住処吹き飛ばされてるの?」
「そーなのだー」
「いやいや! まだ断言は早いですって! ほら、あの娘見たこと無い顔でしたし」
「そういえば、日光に当たるのを嫌がってた感じがしましたね」
椛のその言葉に反応したのはルーミアだった。それは本当、と確認をし、こくりと彼女が頷いたのを見て、そうなのかと何か納得したように呟いた。
一体どうしたんです? そう華扇が訊ねると、少し気になることを聞いていたんだったと述べる。視線をその場にいる皆に向けて、ゆっくりと口を開く。
「この異変の犯人、吸血鬼なんだって」
「大分、暗くなってきましたね」
「そうね。月が出てるわ」
広々とした空間になってしまった元竹林の中心で、美鈴とフランドールはそんな会話を交わした。二人共に大分衣服に傷が付いており、しかし肉体そのものは五体満足を保っている。
ちょっと暴れ過ぎたかもしれませんね。そう言いながらへし折れた竹の山を眺めて苦笑した美鈴に向かい、別にこのくらいなんてこと無いとフランドールは返す。
「いや、一応この辺に知り合いの家があるので」
「あらそう。それはお気の毒様」
そう述べて、じゃあ続きをしましょうとその姿を掻き消す。瞬時に美鈴の懐に飛び込んだ彼女はその右手を振り上げた。一撃必殺の威力を秘めているそれを美鈴は左手で受け止めると、そのまま掴み上げて上に放り投げる。体勢の崩れたフランドールに向かい、彼女は体を捻り回し蹴りを叩き込んだ。
ピンボールのように弾け飛び、しかし障害物の無くなった空間では何かぶつかることもあたわず。そのまま空中でクルリと回転すると、痛いとお腹を押さえながら着地した。
「でも、この痛みは楽しいわ」
「……ちょっと、理解出来ない嗜好ですね」
「あは。勿論痛いのは嫌よ、無意味な痛みは大嫌い。でも、これはちゃんと意味があるでしょう?」
だから、楽しい。言いながら、もういいかな、と左手に持っていた日傘を折り畳んだ。それを後ろに投げ捨てると、体の感覚を確かめるように伸びをする。よし、と呟くと、自由になった左手をグルグルと回した。
同時に、彼女の背中に翼が生える。おおよそ飛ぶという機能とは無縁の、骨組みに宝石を括りつけたような、奇妙な翼が。
「さ、決着付けましょう妖怪さん」
「……手を抜いていたんですか」
「ううん、違うわ。私は吸血鬼、夜じゃないと制限されちゃうの。ただ、それだけ」
吸血鬼、という単語に美鈴は反応を示した。その隙を逃さず、フランドールは先程よりもさらに素早い動きで彼女の頭上を取り、そしてその爪で引き裂かんとする。地面と空間に裂傷が生まれ、美鈴の被っていた帽子が千切れ飛んだ。同時に、数本の頭髪が舞う。
「駄目よ、勝負の最中に他所事考えちゃ。死んじゃうわ」
「あはは。それはすいませんでした。……貴女、吸血鬼だったんですね」
目を細め、真っ直ぐにフランドールを睨み付けながら美鈴はそう述べる。その口調に何かを感じ取ったのか、フランドールは笑みを潜めてええそうよと返した。それなら少し聞きたいことがあるのですが。そう言いながら、彼女は再び構えをとる。
「湖の館の吸血鬼、というのは、貴女?」
「……さあ、どうかしら。気が向いたら答えてあげる」
「成程、そうきましたか」
では、その気にさせましょう。大きく息を吸い込むと、ゆっくりとそれを吐いた。それだけで、周囲の空気が変わる。ピリピリと、痛いくらいの妖気がフランドールの頬を掠めた。
何だ、手を抜いていたのは向こうも同じじゃないか。そんなことを思いながら、しかし予想以上のそれに嬉しさを隠せずに。彼女は大きく口を開けて笑った。はしたない、と姉がいたならば咎めるほどに、大声で笑った。
その勢いで視線が上を向く。竹が薙ぎ倒されたお陰でポッカリと空いたそこは夜空がよく見えた。丸く、大きな月が見えた。
「月が、大きいわ」
「ええ、月見日和ですね」
「本当、こんなにも月が大きいから」
楽しい夜になりそうね。そう言ってフランドールは飛び掛かる。吸血鬼の惰力を持って、全力で相手を叩き潰すために。
それを美鈴は動かず構える。自身の培った力によって、向かってくる相手を迎え撃つために。
自由になった両の爪と隠せなくなった異形の翼により、彼女の攻撃は先程とは比べ物にならない程苛烈を極めている。だがそれでも、地に足をつけた美鈴は致命打を食らうことなくその一つ一つを受け止める。その両腕には裂傷が刻まれ、腕を振るう度に鮮血が舞う。
飛び散るその血をフランドールは舐め取り、その笑みを一層獰猛なものに変えた。
「あは、あは、あはははは! どうしたの妖怪さん、さっきから防戦一方よ!」
「そうですね。おかげでもう手がボロボロです」
そう言いながらも、美鈴の表情自体は涼しいものだ。それが少しだけ気に入らないフランドールは、ふうんと呟くと右手を思い切り振りかぶった。脳天から一直線に切り裂かんとしたそれを、美鈴は先程までと同じようにいなそうと両の手を構え。
くるりと反転し、その異形の翼を顔面にぶつけられたことで、彼女は一瞬視界を奪われた。そして同時、腹に衝撃が加えられる。ああ、これは思い切り貫かれたな。そんなことを呑気に考えながら、ゴボリと美鈴は血を吐いた。
「ぽっかりと穴が開いちゃったけれど……終わりかしら?」
腹から手を引き抜き、真っ赤に染まったそれを舐める。その顔は笑みを絶やしておらず、未だ両の足を地に付けている美鈴へと向けられていた。
まさか、と目の前の相手が笑う。これくらいで倒れるほど軟な体をしていませんよ。そう続け、地面に血溜まりを作りながら美鈴は半身に構えた。その動きは滑らかで、とても腹に風穴が開いているようには見えない。
「痛くないの?」
「ごっつ痛いですよ」
でも、それがどうしたっていうんですか。そう述べて、彼女は笑った。そんな美鈴の態度が可笑しくて、フランドールも大声で笑った。
さて、と美鈴が呟く。今度はこっちの番ですよ。そう言いながら前を見た。
「私が勝ったら、ちゃんと教えて下さいよ」
「うん、いいわ。勝ったらね」
「……訂正します。ちゃんと負けを認めて下さいよ」
「それは、保証しかねるわ」
ひょい、と音がするような気安さでフランドールは距離を取った。真っ赤に染まった右手を突き出し、じゃあ行くわよ妖怪さん、と妖気を溜めていく。
ええ、望むところです吸血鬼さん。そう言いながら、美鈴もその拳に妖気を集めていった。
「フラン」
「え?」
「私の名前。フランドール・スカーレットよ。そっちは?」
「これは失礼。紅美鈴と申します」
今更の自己紹介。そうしてお互いの名前を交わすと、二人は揃って笑った。
改めて、行くわよ美鈴、とフランは笑う。
望むところですフランさん、と美鈴は笑う。
濃密な二つの妖気がぶつかり合う中、月明かりは煌々と二人を照らしていた。
「霧の湖にある紅魔館」
それが、異変を起こした犯人の住処。
人里に戻る途中の道で、美鈴はもう一度それを呟いた。フランドールが嘘を吐いているはずもないので、間違いはないだろう。
ただ、と彼女は首を傾げる。
「人里の襲撃しかやってない、ですか」
妖怪の山については全く知らないと言い切ったのを彼女は聞いている。幽香辺りに言えば絶対嘘だと切って捨てるであろうそれは、しかし美鈴にはどうもそうすることが出来なかった。
何より、その後に彼女が続けた言葉が頭から離れない。
最近お姉様、変な奴と会ってたわよ。表情を真剣なものに変えてそう述べたフランドールを、どうして疑うことが出来ようか。そんな結論を出し、美鈴はよし、と頷いた。
「はぐらかそう」
「何をよ」
「うわぉぅ!?」
急に掛けられた声により思わず横に飛びずさる。ああそういえばこないだもこんなことがあったな、とどうでもいいことを思い出した。
さて、では声を掛けた人物はと言うと。何よ人を化物みたいに、と少々不満気な顔で美鈴を睨んだ。
「急に現れないで下さいよ」
「何言ってるのよ。ちゃんと声掛けたわよ」
「え?」
「何だか考え事に夢中になってたみたいだけど」
そう言ってクスクスと笑う相手――幽香を見て、それはすいませんでしたと素直に頭を下げた。よく見ると既に人里に足を踏みれており、どうやら相当上の空であったことを証明している。
それで、何をはぐらかすの? そう訊ねた幽香に向かい、美鈴ははてなんのことやらと惚けてみせた。あらそう、と短く返すと、だったら別にいいわと彼女は話を打ち切る。
あっさりと追求をやめてみせた彼女に、美鈴は思わず目を見開いた。おかしい、一体どういうことだ。そんなことが頭をグルグルと回ったが、しかし考えても答えは出ない。
そんな美鈴の目の前に立つ一人の巫女。見知ったその顔を見た彼女はどことなく安堵の表情を浮かべ、しかし何故怒っているのか分からず首を傾げた。
「美鈴、ボロボロじゃんか!」
「え? ああ、これですか」
先程のフランドールとの決闘で彼女の体は酷い有様になっている。両手と腹部には傷を隠すための包帯が巻かれ、普段被っている帽子は見当たらず、そして服は当然のように滅茶苦茶。成程これは言われても仕方ないな。そんなことを思いながら彼女は苦笑した。
笑い事じゃない、と飲子は叫んだ。一体何があった、そう言って詰め寄ってくる彼女をどうどうと宥めながら、ちょっと一戦やらかしただけですと短く返す。
「誰と!?」
「え? きゅ、吸血鬼?」
「やっぱり異変の犯人だっていう例の奴ね! よし分かった、さっそくみんなを集めて吸血鬼をボコボコに――」
「ストップストップ! いきなりどうしたんですか!?」
自分がちょっとバトっている間にどうしてこんな好戦的になってしまったのか。そんな尽きぬ疑問を浮かべながら、ふと隣に立っていた幽香を見た。
笑っていた。それはもう、大輪の向日葵が咲き誇るような笑顔で。
「幽香さん」
「私じゃないわ。天狗がね、千里眼を持っていただけよ。そして、ルーミアが異変の犯人は吸血鬼だって貴女が言ってたと話しただけ」
「……」
これは詰んだ。どう考えてもはぐらかすなり誤魔化すなりした方が被害が大きくなる。もう素直に全部話すしかないと観念した美鈴は、先程の戦いより疲れたような表情を浮かべて大きな溜息を吐いた。
「まあ、頑張ってね」
「お気遣いどうも!」
白々しい幽香の言葉に、半ばヤケクソに美鈴は叫んだ。
「負けた負けた! 完敗よ」
紅魔館に戻りながら、フランドールはどこか満足そうに笑っていた。思い切りぶつかって負けたのだから、彼女にとって不満などあるはずもない。精々、次は勝ちたい、と思うくらいだ。
そんなご機嫌な彼女がふと眼下に視線を向けると、木っ端妖怪が一つに集まっているのが見えた。ああ、またお姉様の兵隊か。そんなことを思いながらその場を通り過ぎる。過ぎようとする。
「ん?」
その中に、今日出会ったような連中と同じ種族が混じっているのを見かけた。あれは確か、美鈴と出会う前で、人里に入ろうとした時であったか。
そこまで考えたが、まあいいやと視線を外した。別に興味は無いし、何よりあの時の三人より数段劣る連中だと一目見ただけで分かる。
が、それでもフランドールはもう一度その視線を下に向けた。その中に少し、ほんの少しだけ格が違うのがいるのを見付けたからだ。どうやらあの時の三人より立場が上であるようなそれは、その木っ端妖怪を指揮するように命令を飛ばしていた。
我らが主の『鬼』の為に。そんな言葉が聞こえ、変わった呼び方をしているなと彼女は首を傾げる。確かに自分達は吸血鬼だが、そんな呼ばれ方をしたことは。
「あ、待った」
そういえば、姉と会っていたあいつがそんなことを言っていたような。
そこまで考えると、フランドールは反転して目的地を変更させた。紅魔館を背にし、自分が今飛んできた方向へと再び向かう。
「……ついでに、紅魔館の皆をあまりいじめないよう頼んでみようかな」
あはは、と少しだけ苦笑しながら、彼女はその奇妙な翼をはばたかせた。
ふらんどーる が なかまになった。