独自の設定がてんこ盛りです、ご注意下さい。
幻想郷の妖怪達はたるんでいる。自身の能力で隅々までを見渡しながら、妖怪の賢者はそんな憂いを持った。人を食らうことをしないのはまだいい。この狭い限られた空間で頻繁にそんなことをしてしまえば、あっという間に人間がいなくなり、そして人間に認識されなくなった妖怪も同時に消滅してしまうからだ。
だからといって、気力まで無くしてしまうのは如何なものなのか。地上の妖怪の殆どは自堕落な生活を行い、一部の妖怪は理を忘れて暴走し、そして力有る者は日和見を決め込んだ。こんなことでは、いつか手痛いしっぺ返しが来るであろうことは想像に難くない。
何か対策を練らなくてはいけない。そうは思うのだが、これといって良いアイデアは浮かばず、結局のところ賢者本人も憂いている者達の一部と半ば化しているのが現状であった。
幸いなのは、一部が起こすそれらの厄介事を解決してくれる六人組がいることであろうか。殆どが妖怪で構成されたそれは、博麗の巫女と呼ばれる集団で。
「……あら?」
何かを間違えた気がした妖怪の賢者は、首を傾げて記憶を辿った。博麗の巫女は六人組、これで正しかったはずだ。元々は一人の少女が行なっていた責務を六人の男女が分散して行うことで一気に効率を上げた今代は、今までにない成果を見せている。これは間違いない。
「……六人?」
本当にそうだろうか。そもそも六人組だっただろうか。大体男女混合で巫女というのがおかしな話なのではないか。
そこまで考えたところで、彼女はようやく思い出した。博麗の巫女は一人だけであるということを。残りは彼女の下に集まっている者達だということを。
では、一体誰が本物の博麗の巫女であっただろうか。指折り数えながら、賢者は該当者の名前を呟く。
「森近霖之助と命蓮は男なので除外。となると、ルーミア……は、違うわね。紅美鈴、も確か違う。となると、茨木華扇か風見幽香のどちらかが博麗の巫女……」
顎に手を当て、どちらだっただろうかと首を傾げている彼女の背に声が掛かる。振り向くと自身の式である狐の妖怪がどうなさいましたかと不安そうな表情を浮かべていた。賢者は式に別に大したことではないと告げ、今代の博麗の巫女は誰だったのかを失念してしまっただけだと頬を掻く。
「茨木華扇か風見幽香の二択までには絞ったのだけど」
「……紫様、現在の博麗の巫女は博麗飲子です」
「……ハクレイインコ? 鳥?」
「博麗飲子です。人です」
「そんな娘、六人組の中にいたかしら?」
「……博麗の巫女と、六人組です」
「……」
「……」
「い、いやぁねぇ藍、冗談に決まってるじゃない。大体博麗の巫女なんだから博麗姓なのは当たり前よね」
「これは失礼致しました。出過ぎた真似をしてしまったようで」
「いいえ、貴女がこうしてちゃんと私のことを考えてくれるのはとても嬉しいわ」
余裕と威厳を醸し出しつつ、扇子を開き口元を隠しながら。妖怪の賢者は己の式に向かい、どこか乾いた笑いを上げた。
「たーだいまー」
呑気な声を上げながら博麗神社にルーミアは降り立つ。が、そこで彼女はおや、と首を傾げた。
普段であれば投げやりな「おかえり」の言葉か、「ここはお前の家じゃない」というやさぐれた言葉のどちらかが返ってくるはずなのだが、それが全くない。不在というわけではないのは気配があるから分かっているので、尚更不思議が増していく。
何かあったのだろうか。そんなことを思いながら神社を横切り博麗の巫女の住処へと足を向ける。するとそこには予想通りの人物と、もう一人。
「……どうしたの?」
「とっても面白いことがあったのよ」
楽しそうな笑顔で縁側に座る風見幽香の姿があった。
面白いこと、という言葉を聞いて大体察しが付いたルーミアは、もう一人の方へと視線を向けた。布団にくるまってぶつぶつと呪詛らしきものを呟いている博麗の巫女へと。
「また存在忘れられたの?」
「またって言うな!」
布団を弾き飛ばして立ち上がった博麗の巫女、博麗飲子は間合いを詰めるとルーミアの胸倉を掴む。あんたにこの気持が分かるのか、と鬼気迫る表情で問い掛ける姿は、巫女というよりむしろ鬼であった。
まあまあ、とその手を解きながら、ルーミアは視線を飲子から幽香に変えた。言葉こそ発しなかったが、それだけで理解したのか彼女は笑みを一層強くして口元に手を当てる。どうやら笑いが堪え切れなかったらしい。
「さっき八雲紫が来て、貴女のこと忘れていたってわざわざ謝罪しに来たの。律儀よねぇ、言わなきゃ分からなかったのに」
おかげでこの娘はほらこの通り。と再び落ち込んだ飲子を指差す。その姿が楽しくて堪らないのか、ついに肩を震わせ声を上げて幽香は笑い始めた。そんな彼女を見て激高した飲子が飛び掛かり、そして返す刀で宙を舞う。布団の上に落としたのはせめてもの慈悲か、はたまたお前はそこで寝ているのがお似合いだという追い打ちか。まあどちらでも大して違いはない。少なくとも飛ばされた本人は。
そんな二人が織り成すある意味毎度毎度の光景を見ながら、ルーミアはふとこんなことを思う。思い、そしてぽつりと呟いた。
「妖怪の賢者って、馬鹿なのかー……」
誰も聞いていないようであったが、その言葉には大分哀愁が漂っていたとかいなかったとか。
とにかくこの事態は由々しき問題である。と立ち直った飲子は幽香とルーミアに述べた。本人は至極真面目である。
だが、いかんせん相手が悪い。ルーミアは特に気にした風もなくそうなのかと一言で流し、そして幽香にいたってはそのままが貴女らしいわよと笑みを浮かべた。無論褒めていない。
「あーもう! こいつ等じゃ駄目だ! もう少し話の通じる奴じゃないと」
頭を抱えながら縁側から外に出る。誰か他にいないか、そんなことを思いながら辺りを見渡すと、丁度いいというべきだろうか、一人の人影がこちらにやってくるところであった。
これ幸いと彼女はその人影に声を掛ける。人影――茨木華扇は一体どうしましたと彼女に返し、そして彼女は先程のことをそのまま語った。それを聞いた華扇は成程と頷くと、ならばいい方法があると彼女の肩を掴む。
「修行よ」
「へ?」
「修行あるのみ! 精神も肉体も鍛え、皆が忘れられないような立派な巫女になればいいの!」
「あー、うん……そう、なのかな?」
入れ過ぎな感もあるその気合に若干気圧された飲子は先程とは別の意味でこいつは駄目だったと思ったが、もう遅い。さあ行きましょうと腕を引っ張られる。どうやら彼女の住んでいる妖怪の山で何かをやるようだ。グイグイと引っ張られながら、飲子は抵抗虚しく神社から連れ出されてしまった。
それを遠目で見ていた幽香は、あらあらと小さくなってく二人を眺めながら面白そうに笑う。立派になれるといいわね、とどこか棒読み気味でそんなことを呟いた。
「んー。まあそれはどうでもいいけど、仕事どうしよう?」
そんな彼女に、ルーミアがそう問い掛ける。だが、幽香の記憶では今日は特に何も依頼はなかったはずであり、何かあったかしらと彼女へ逆に問い掛けた。
別に何かがあるってわけじゃないけど。そう前置きしたルーミアは、ほら、と神社の石段を指差す。見覚えのあるチャイナ服――紅美鈴がそこからやってくるのが彼女の視界に映り、そして同時にその隣に誰かがいるのも見えた。
「団子屋さんだよね」
「団子屋さんね」
見覚えのあるその顔は、人里で団子屋を営んでいた老人。美鈴に連れられてここに来たということは十中八九何かしらの依頼を持ってきたのだろう。そう判断した幽香は、同じ結論に至っているらしいルーミアへと視線を移した。
「別にいらないわよ」
「……少しは迷ってあげた方がいいと思うなー、私」
即答した幽香へとルーミアはそう言いながら苦笑を浮かべる。が、どうやら彼女も結局は同じ結論であったようで、じゃあ三人で受けちゃいますかと一歩足を踏み出した。
団子屋の老人はこちらに向かってくる二人に気付いたのか、おお幽香さんルーミアちゃんと笑顔を見せる。そしてその隣の美鈴はそれで何かを察したのか、あちゃーと失敗したように額を押さえた。
「インコは留守ですか」
「さっき華扇に連れてかれたよー。修行なんだってさ」
「……また何か?」
「八雲紫に存在を忘れられてたわ」
「うわぁ……」
それはご愁傷様、と目の前の彼女とは違い心の篭った言葉を紡いだ彼女は、となるとどうしましょうかねと腕組みをして首を捻った。流石に博麗の巫女無しで勝手に依頼を受けて解決してしまうわけには。
「それで団子屋さん、どんな依頼?」
「私達で良かったら話を聞くわ」
「あ、うん、そうですよね。そんなこと気にするような人じゃなかったですよね」
まあいいや、と美鈴も諦めたように溜息を吐くと話に加わる。老人はどうやらこの三人が依頼を聞いてくれるらしいと分かるとこれは心強いと満面の笑みを見せた。
博麗の巫女が不在なのは特に気にしないらしい。
「実は――」
博麗神社から人里へと向かう道。それを少しばかり外れた小道を四人は歩く。
団子屋の主人が言うには、最近野盗が出没するようになったらしく、それも人と妖怪の入り混じった三人組なのだとか。おかげで人里の人間では対処が難しく、博麗の巫女の力添えを頼みたい。というが依頼の内容である。
まあ大したことはない、と断言して幽香はのんびりと道を歩き、ルーミアと美鈴も彼女ほどではないもののそこまで緊張している様子もない。そしてそんな三人を見た団子屋の主人もまた、これならば大丈夫だと一人安堵の溜息を吐いていた。
「それで団子屋さん、野盗はどの辺りに現れるんですか?」
美鈴のその問い掛けに、話によればそろそろ縄張りに入るはずなのだが、と彼は返した。
それと同時、団子屋の主人に向かって何かが飛来する。美鈴がそれを掴み取ると、赤黒い染みの付いた短刀であった。どうやら投擲用のものらしく、この汚れ具合からすれば既に犠牲者を出している刃物なのだろう。
不意打ちを防がれたのが意外だったのか、茂みから現れた三人組は苦い顔をして彼女達を睨んでいた。対する彼女等は涼しい顔である。
その程度でいい気になってもらっては困る。そんなことを言いながら人間の男は刀を抜き放った。それに合わせ、左右に立っていた妖怪も自身の爪と武器をそれぞれ構える。
「何? まさか有り金置いていけなんて陳腐な言葉言わないわよね?」
じゃあ有り金を置いていけ。そう言おうとした矢先、肩を竦めながら幽香はそんなことを野盗等に述べた。言いかけていた口は開いたまま動きが止まり、男は何とも間抜けな姿を晒してしまう。
何、図星なの? という彼女の追い打ちに、うるさいと怒鳴ると妖怪の一体が飛び掛った。持っていた鉄の棒を団子屋の老人に向かって振り下ろす。
それを庇うように立ち塞がった美鈴は、腕を回すようにして相手の攻撃をいなすと、残ったもう片方の拳で妖怪の顎を打ち抜いた。小気味いいくらいの乾いた音が響き、妖怪の顎が文字通り弾け飛ぶ。下顎を失ってのた打ち回る妖怪を見下ろしながら、彼女はやれやれと軽く上げていた拳をブラブラと揺らした。
「まったく。脆過ぎなんですよ木っ端妖怪ってのは」
この程度、インコなら痛いの一言でほぼ無傷だろうに。そんなことを続けながら残りの野盗をジロリと睨んだ。若干の殺気の込められたそれは、相手の戦意を削ぐには充分で。
野盗達は短く悲鳴を上げると、視線を美鈴から残りの二人に移す。こいつはやばい、と判断し、ならばと金髪の少女に目を向けた。爪を構え、切り刻んでやると少女に、ルーミアに襲い掛かる。
次の瞬間には妖怪の視界から彼女は消えていた。それと同時、自身の片目が闇に覆われたように何も見えなくなってしまう。何が起こった、と視線を巡らせると、背後からどこか楽しそうな声が聞こえた。
「とりあえず片方だけ、なーんにも見えなくしちゃった。どう? 暗い?」
振り向くと、どこか自慢げに胸を張るルーミアの姿。その手に持っているのは少し湿った丸い物体。
妖怪から抉り取った目玉を、手の上でコロコロと転がしていた。慌てて自身の目のあった場所に触れると、そこだけポッカリと穴が開いたように何もない。悲鳴を上げると妖怪はその場に腰を抜かしてへたり込んでしまった。
残った男は目の前の光景を見て思わず後ずさる。こいつらは一体何なんだ。そんなことが頭の中をグルグルと周り、そして恐怖がズルズルと這い出てくる。このまま逃げてしまった方が得策だ、そんなことまで思った。
「あら? どこに行くの?」
そんな彼の目の前にはいつの間にか一人の女性が立っている。日傘を差し、柔らかな笑みを浮かべる彼女は、先程の惨劇を作り出した二人と比べると荒事が出来るようには見えない。だが、男はそれでもどこか本能でそれを感じ取った。こいつに逆らうべきではない、と。
ゆっくりと後ろに下がる。そのまま倒れている妖怪を見捨てて逃げよう。そう判断した男の行動は素早かった。迷うことなく幽香に背を向け全力でその場から離脱した。しようとした。
「聞こえなかったかしら? 私は、どこに行くのかって聞いたのよ?」
男の行動は素早かったが、そこに至るまでの判断は致命的に遅かった。逃げるのならば、出会ってすぐでなければいけなかったのだ。手を出すべきではなかったのだ。
「ちょ、ちょっと幽香さん、人は流石に死にますよ」
「あ、ミンチ?」
「貴女達、私を何だと思ってるのよ。片っ端から殺戮するような物騒な手合いじゃないのよ」
精々骨を砕くくらいよ。その言葉と同時に腕に走った痛みにより、男はあっさりと意識を手放した。
「これは何じゃい」
バン、と彼女が机に叩き付けたのは一枚の手紙。感謝状であるらしく、依頼を解決してもらった旨の感謝の言葉が綴られている。
それを流し読みした幽香は、見て分からないのと返した。勿論彼女は激怒した。
「そういう意味じゃない! 何で私の知らない感謝状とお供えがあるのかって聞いてんの!」
「見て分からないの?」
もう一度同じ言葉を述べて、幽香はその感謝状の宛名を指差した。そこには『博麗の巫女代理、風見幽香様、ルーミア様、紅美鈴様』と書かれている。当たり前だが博麗飲子の名は無かった。
「あんた等が勝手に依頼受けて勝手に解決したんでしょ?」
「分かってるのなら聞く必要ないわよね」
「……よーし分かった、喧嘩売ってるのよね」
こんちくしょー、と全力を込めた彼女の拳はあっさりと受け止められ、そのまま腕を捻られ関節を極められる。ミシミシという音が自分から聞こえるのを感じつつ、それでも彼女は意地でも抜け出そうともがいた。
「折れるわよ」
「そんなことでこの私が止まるわけ――」
鈍い音が響く。そして、飲子の左腕が力なくだらりと下がった。無言でその手を見ていた彼女は、やはり無言で右腕でそれを引っ掴み、タンスを閉めるが如くの気安さで再び自身にねじ込んだ。よし、と動くようになった腕を振り回しつつ、再び幽香に襲い掛かる。
当然の如く返り討ちに遭い地面と平行に飛んでいく博麗の巫女を眺めつつ、怒りの矛先の残りであるはずのルーミアと美鈴は呑気にお茶をすすっていた。
「お団子美味しいですねぇ」
「うん、とっても」
巫女の怒りなど、彼女等にとってとことん他人事であった。
もはや何が何だか。