先代巫女と六人の仲間達   作:負け狐

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どうしてこうなった。


弐拾伍 博麗飲子は二度死ぬ

 扉が軋んだ音を立てる。それが建物の年代からくるものなのか、敢えてそういう仕様なのかは分からないが、しかしかえってその音がその先にいる相手の威圧感を増しているのは間違いなかった。まだ姿が見えないその相手の気配を感じ、扉を開けた博麗飲子は乾いていた喉を潤すかのように唾を飲み込んだ。ここで相手に飲まれてはいけない、そんなことを思いつつ、その部屋の主にゆっくりと視線を移す。

 カーテンを閉め切ったその壁を背に、派手過ぎない程度の装飾がされた椅子に体を預けて座っているその相手は、小柄な体躯からは考えられない威圧感を放ちながらニタリと笑う。待ちくたびれた、そんな言葉を呟くと視線を飲子と交差させた。

 

「あら、ここまで来れたのは貴女一人?」

「今んとこはね。そのうちワッと押し寄せるよ」

「あら怖い。じゃあ、もてなしの準備が必要になるわね」

 

 言うと、彼女は立ち上がり固まっていた体をほぐすように伸びをする。ゆっくりと首を回すと、その紅い瞳を細めた。同時に、口元が三日月に歪む。

 瞬間、飲子の目の前に彼女は移動してきていた。三日月に歪んだ口からはチロチロと舌が見え隠れしており、右手は目の前の相手の胴体へと叩き込む準備が完了している。防御を、などと考える間もなく、その一撃が叩き込まれ飲子は後方へと吹き飛んでいった。壁にぶち当たり、ぐしゃりと嫌な音が部屋に響き渡る。

 

「赤く、赤ぁく彩ってあげましょう。ここは紅魔館、紅い、悪魔の、館なのだから」

「……この壁、最初っから真っ赤じゃんか」

「お?」

 

 呟きに返事が来たことで、彼女は少しだけ表情を変えた。笑みを潜め、不思議そうな顔で壁に叩き付けられたトマトと同じ運命を辿ったはずの少女を見る。いたた、と後頭部をさすっているが、外傷らしい外傷は見られず、しっかりと二本の足で立っている飲子がそこにいた。

 

「……無傷?」

「痛いよ、後頭部思い切りぶつけたから」

「後頭部? 腹はどうしたの?」

「腹? 思い切り殴ってくれたから痛いっての」

「痛い、で終わりか」

 

 これは面白い。そんなことを思いながら、彼女――レミリア・スカーレットは盛大に笑った。たかが人間が、吸血鬼の一撃を受けて、壁に叩き付けられて。血袋にもならず、腹に風穴も開けず、痛いと呟きながら悪態を吐くだけで終わる。そんな光景は、生まれてこの方見たことがない。

 レミリアは掌に妖気を集めた。それを光球状に変化させると、ブツクサと文句を言っている目の前の獲物、博麗の巫女へと投げ付ける。素っ頓狂な声を上げてそれをお祓い棒で弾いたが、軌道を変えて再び彼女に向かってくるのを見て顔を顰めた。追加で、もう数発の光球が飛ばされてきたからだ。弾いても弾いても執拗に目標に向かうそれは、彼女がミスをしたら一斉に食らいつかんとする猛獣のようで。

 

「あ」

 

 一撃が飲子に命中、それと同時に残りの光球も全て彼女へと叩き込まれた。次々と起こる爆発で段々と飲子の姿が見えなくなっていくのをレミリアは楽しそうに眺める。さて、これで一体どのくらい形が残るのかな。そんなことを思いつつ、爆煙が晴れるのを待った。

 

「やってくれるじゃんか……」

「これはこれは、流石に……」

 

 服に付いた煤を払いながらノシノシと前に歩いてくる飲子を見たレミリアは思わず目を見開く。物理的衝撃だけでなく、妖気を伴った攻撃でも傷付かない、そんな博麗の巫女を目の当たりにして、相手の判別を興味の対象から変更した。

 こいつは、自分の敵として申し分ない。

 

「博麗の巫女自体は雑魚、と聞いていたが、噂は当てにならないものね」

「……噂流したやつ後でぶん殴る」

 

 やれやれ、と肩を竦めるレミリアと、変な所に食い付く飲子。そんな二人を眺めるように、ゆっくりと沈んでいくカーテンの向こうの太陽。

 時刻は、そろそろ黄昏時。

 

「名前を聞いておこうかしら、不死身の巫女さん?」

「不死身じゃないよ。無駄に打たれ強いだけ。でもって名前は、博麗飲子」

「ハクレイ・インコ……鳥みたいね」

「うっさい! 気にしてんのに!」

 

 クスクスと笑うレミリアは、叫ぶ飲子を受け流しながら、じゃあこちらも自己紹介しておきましょうと姿勢を正した。その目と、爪が紅く光る。

 知っているでしょうけど、と前置きをして、彼女は優雅に頭を下げる。お前とは違うのだと見せ付けるように。

 

「レミリア・スカーレット。紅魔館の主で、吸血鬼。そして――異変の犯人よ」

 

 

 

 

 館に響く振動に少しだけ足を取られたパチュリーは顔を顰める。そして同時に、意外と向こうの時間が掛かっている事を訝しんだ。確か博麗の巫女そのものは大したことのない相手だったはず。そんなことを思ったのが顔に出ていたのか、彼女に相対している三人は不敵な笑みを浮かべる。

 

「随分と飲子を嘗めているのね」

 

 自身の目と胸元にある第三の目を全て細めながら、古明地さとりはパチュリーを嘲笑うようにそう述べる。まるで自分が馬鹿だと言われているようで、彼女は隠すことなく不快感を顕にした。そしてそんな彼女に向かい、さとりははっきりとそう言っているのよと更に続ける。

 

「碌な力も持っていないあんな人間を、随分と高く評価するのね」

 

 魔導書を捲り、呪文を紡ぐ。さとりの周囲を爆発させ逃げ場を塞ぐ腹積もりであったが、既に彼女はその場におらず、クスクスという笑い声がパチュリーの耳に届く。それが更なる不快感を加え、思わず彼女は奥歯を噛んだ。

 そんな彼女に向かい、化け猫の爪を光らせ橙が疾駆する。さとり一人に気を取られていたおかげで対処が遅れたパチュリーは短く舌打ちし、しかし食らってはやらんと障壁を展開した。爪と障壁とがぶつかり合い甲高い音を立てる。

 その隙に、最後の一人が指をゆっくりと、細かく動かした。

 

「……うっ、とうしいっ!」

 

 背後から迫り来る人形と目の前の化け猫、その両方を撥ね除けんと竜巻を生み出した。触れるものをズタズタにしかねないそれを周囲に纏わせた彼女に突っ込むのは流石に愚策と思ったのか、橙もアリスの人形も一旦体勢を立て直すためにその場から離れる。さとりの隣に立った二人は、しかし焦ることなく真っ直ぐにパチュリーを見詰めていた。

 それが、彼女にはどうにも気に入らない。

 

「何なのよ。あの巫女は貴女達にそこまでさせる人間なの?」

「当たり前でしょ」

 

 彼女の問い掛けに即答したのは橙。胸を張り、今の自分は彼女に拾われたからだと言い放つ。大事な家族だから、当然だ。そう彼女は続けた。

 パチュリーはそんな彼女から視線を逸らす。ふんと鼻で笑うと、残りの二人を見やった。さとりは何も言わずに笑顔で佇むのみ。そしてもう一人は、彼女と同じようにその問い掛けを鼻で笑うと視線を逸らした。

 

「別に私はあのバカの為じゃないわ。ただ、幻想郷の異変だから力を貸してくれって頼まれたから、そう、仕方なく! やってるのよ」

「頼ってくれて嬉しかったのよね」

「覚妖怪は黙ってて!」

 

 とんだ茶番だ。そんなことを心の中で吐き捨て、パチュリーは目の前の三人組を睨んだ。結局、ここの連中はあの無能と噂される巫女を信じて、巫女の為に体を張っている。そこにあるのは確かな信頼だ。

 そう、まるで自分とレミリアのように。

 

「そう、貴女達の信頼に勝るとも劣らないものを、私達は持っているの」

「……っ!?」

「妖怪の結束が特別なものだと思っていたの? 自分達だけが持ち得るものだと、そんな風に思い込んでいたの?」

「っ、黙れ」

「残念ね。ここに、ちゃんと存在したのよ。それも、妖怪同士だけじゃなく、人も妖も綯い交ぜにしたずっと強いものが」

「黙れ!」

「あら、不安? 私達を見たことで、自分達の信頼が紛い物ではないかと心配になってしまったの? その程度だったのかしら、貴女達って」

「黙れぇ!」

 

 さとりに向かって、否、目標など何も無いかのごとく、無数の呪文がそこかしこに放たれた。館は衝撃で揺れ、壁は崩れ、窓は割れる。嵐のように魔法を撃ち続けるパチュリーを見ながら、その原因となった彼女は涼しい顔で隣の二人に目を向けた。にっこりと笑って、言葉を紡いだ。

 

「さ、今がチャンスよ」

「どこが!?」

「どう考えても状況は悪化してるわよ!」

 

 おかしいわね、と首を傾げるさとりを見て、橙とアリスは揃って溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「向こうが騒がしいわね」

「そりゃ、私の仲間が頑張ってくれてるからね」

 

 今頃魔法使いっぽい人を倒してる頃じゃないかな。そう言って不敵に笑った飲子を、レミリアは馬鹿にするように鼻で笑った。寝言は寝てから言いなさい、と明らかに見下した目で彼女を見やる。

 

「パチェがそう簡単に負けるはずないでしょう。あの娘は私の親友よ」

「はっ。そっちこそ、私の親友と悪友と妹分嘗めんなっての」

 

 言いながら、お互いに相手に向かって疾駆する。飲子はお祓い棒をレミリアに向かって振り抜き、レミリアはその爪を飲子の喉笛に突き立てた。交差するようにすれ違った二人は、しかし大した負傷もなく振り返り、睨み合う。

 

「化物め」

「何で本家本物に化物呼ばわりされないといけないのさ!」

「吸血鬼の爪で切り裂けない喉笛を持った人間なんぞ化物以外の何者でもないわ」

「いや、切り裂かれたかんね。ほら、赤くなってミミズ腫れしてるし」

 

 引っ掻き傷程度のその傷を見せられたレミリアは余計に顔を顰める。それで済んでいるから化物だと言っているのに。そう呟くが、どうやら目の前の相手には聞こえていないようであった。

 そんな彼女に、飲子は大体、とお祓い棒を突き付ける。

 

「私の攻撃も全然ダメージ通ってないじゃんか」

「当たり前でしょう。吸血鬼嘗めてるの?」

「全力で攻撃してるんだよ! これでも!」

「……本気で打たれ強いだけなのね」

「そっちが規格外の強さなだけだ!」

 

 叫び、そして札を投擲する。こんなものが何になると飛来してきた札を払いのけたレミリアは、それらが空中で静止しているのを見て怪訝な顔を見せた。何だこれは、そう思った時には、目の前に飲子が迫って来ていて。

 バカの一つ覚えか。そんなことを口にしながら爪を振るう。が、その一撃は空を切り、同時に目の前の相手の姿が掻き消えたことでレミリアは目を見開いた。

 

「博麗特製結界術、封魔陣! どぅりゃぁ!」

 

 周囲に舞う札を足場にし、飲子が縦横無尽に空を駆ける。生半可な妖怪ならばそのスピードについていけず、周囲の札により動きを封じられ為す術なく倒されるという、博麗の巫女である彼女の十八番であり、決め手である。事実、彼女は基本これで妖怪なり野盗なりを退治しているのだ。

 が、しかし。今現在の相手はレミリア・スカーレット。木っ端妖怪と同じように倒せるかというと勿論否。そもそも、そうであったのならば今までの攻撃でダメージを受けていないはずがない。

 

「遅い」

「うぇ!?」

 

 上下左右から襲い掛かる飲子の攻撃を、彼女は全て弾いてみせた。それも、正確に動きを読み切って、である。一撃二撃ならともかく、攻撃全てが受け止められてしまったことで飲子は思わず目を見開き、そして致命的な隙を晒してしまう。無論、レミリアがそれを逃すはずもなく。

 首を思い切り掴み上げた。小柄な体躯の細腕からは信じられないほどの力で締めあげられ、飲子は抜け出すことも出来ずにジタバタともがく。その顔色は段々と青くなり、反撃の力が徐々に弱まっていくのが傍目でも分かった。

 

「成程。こういう攻撃では流石に死ぬか」

「ぐ、の、あ……」

「首の骨を折る、では駄目そうね。やはり窒息死かしら」

 

 首を握る手に力を込める。ビクリと一瞬飲子の体が跳ね、そしてだらりとその手が力無く下げられた。これですぐ手を離すと再び何事もなかったかのように動き出すかもしれない、そんなことを考えたレミリアはそのままの体勢を暫し続け、そしてたっぷり時間を掛けてようやくその手を開く。

 どさりと糸の切れた人形のように床に倒れた飲子は、動き出す気配はない。それを見下ろすと、やれやれと肩を竦めた。

 

「まあ、人間にしてはよく持った方かな。流石は博麗の巫女、といったところかしらね」

 

 椅子に座り、動かなくなった飲子を見る。丁度いい具合に部屋の真ん中に置かれたそれは、これからの来客をもてなすこれ以上ないオブジェとして活躍してくれるだろう。そう思うと、彼女の笑みは一層強くなった。

 さて、では最初の来客は誰だろうか。そんなことを思っていたレミリアの目の前で、扉がゆっくりと開かれる。来たか、そう思い椅子に座り直した彼女は、その人物を見て目を見開いた。

 見慣れたメイド服、そして血は繋がらずとも自身と良く似た銀の髪。

 

「咲夜……? ど、どうしたの? ここは危ないって――」

 

 慌てたように言葉を紡ぐレミリアを遮るように、咲夜はごめんなさいと頭を下げる。お願いがあったので来てしまいました。そう続けられると、娘を溺愛している彼女としては咎めることなど出来はしない。

 

「それで、お願いとは何?」

「あ、はい。実は今日友達が出来――」

「お母さん!」

 

 友達が出来た。そんな喜ばしい報告をしようと咲夜が口を開いた矢先、部屋の外で待っていた件の人物が中へと飛び込んできた。どうやら待っていることが出来ずに部屋の中を覗きこんでしまったらしい。そして、部屋の真ん中で倒れて動かない博麗飲子を見てしまったらしい。

 お母さん、お母さん。同じ単語をひたすら繰り返しながら、咲夜の新しい友達――博麗霊夢は動かない母親の体を揺する。しかしそれに返ってくるものは何もなく、ただただ霊夢のされるがままになるのみだ。

 

「ねえ、お母さん、返事してよ。いつもみたいに下らないことやって、私に馬鹿にされてよ。ねえ、お母さん、お母さん、お母さん……」

 

 博麗飲子は動かない。霊夢の言葉に何の反応も示さない。壊れたおもちゃのようにひたすらその動きを繰り返していた霊夢は、やがてそれを止めると、ゆっくりと咲夜の方を向いた。その顔には表情が浮かんでおらず、顔を向けられた咲夜が思わず後ずさりしてしまうほどで。

 

「咲夜……これをやったのは、あんたの母親なの?」

「れ、霊夢……」

「気安く呼ぶな! あんたの母親が! 私のお母さんを、殺したのか!」

 

 叫びと共に浮かんだ感情は、憎悪。普段飄々としている彼女からは最も縁遠い感情。それを隠すことなく纏わり付かせ、今まさに友人だと紹介しようとしていた相手に向かい、言葉を発する。

 咲夜は答えられない。元々確かに彼女達は自身の母親を退治しに来た連中ではある。だが、決して『殺す』という言葉は使わなかった。それを目的とはしていなかった。それが甘い考えだということは分かっているし、こうなってしまうことは予想も出来た。

 だが、それでも。彼女は同年代の友人という財宝を得るために、それを頭の隅に追いやったのだ。

 

「ねえ、咲夜」

「……何?」

「あんたなんか友達じゃない。断言してやるわ」

「……っ!?」

 

 吐き捨てるようなその言葉を聞いて、咲夜は力無くその場に膝を着いた。待って霊夢、そう言って伸ばした手を、霊夢は力一杯払い除ける。そのまま彼女から視線を外すと、真っ直ぐにレミリアを睨み付けた。

 レミリアはそんな霊夢を一瞥し、そして愛しい我が娘に視線を移す。自分の行いにより出来たばかりの友人を失い、打ちひしがれているその姿へと。

 

「咲夜……!」

「レミリアぁ!」

「霊夢!」

 

 三者三様の叫びが部屋に木霊する。後悔と、憎悪と、悲哀の叫びが響き渡る。

 それに交じり、どこかで『鬼』が笑っている声が聞こえた気がした。楽しそうな、弾むような笑い声が。

 

 

 

 

 

 

「で、香霖」

 

 動かない博麗飲子を調べていた霖之助は、難しい表情で何かを考え込んでいた。その表情につられ、魔理沙も少し声色を固くして彼に訊ねる。

 彼女は、助かるのか、と。

 

「結論から言うと……僕では無理だ」

「死ん、じゃった、の?」

「人間ならば、そうだろう」

 

 どこか引っ掛かるような物言いに、魔理沙はどういうことだと首を傾げた。だが、霖之助はそれ以上を語らず、とりあえずやれることはやっておこうと懐から通信機を取り出す。どこに繋がっているのか、それに向かって声を掛けると、どこか陽気な声が返ってきた。

 

『用件は分かってるよ。あたいの全身全霊で四季様の説得はやりとげた』

『ただ土下座しただけでしょう。それに、元々まだ彼女はこちらに来る予定ではなかったですから』

「……分かった。ありがとう、恩に着る」

『異変、しっかりと解決して下さい。それが対価です』

『はははっ、こんなこと言ってるけどさ、結局四季様もあんたらを気に入ってぼぶぅ!』

 

 何も受信しなくなった通信機を懐に仕舞うと、霖之助はよし、と飲子へと向き直った。

 起きろ博麗。そう言いながら、彼はその手を振り上げる。

 

「お前の娘が、泣いてるんだ!」

 

 ピクリと、彼女の手が動いた気がした。

 




そもそも博麗の巫女が死んじゃったらマズイよね、というお話。
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