先代巫女と六人の仲間達   作:負け狐

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三十話までに終わらない。


弐拾陸 咲夜は友達がいらない

「しっかし、四季様、良かったんですか?」

 

 いたた、と頭をさすりながら小町はそう言って映姫に問い掛けた。対する映姫は一体何のことですと惚けた様子で彼女に返す。

 その反応を見た小町は、いやまあいいんですけどと頬を掻いた。

 

「自分で自分の舌を引っこ抜く羽目になりゃしませんかね?」

「どうしてですか? 私は何も嘘を吐いてなどいませんよ」

 

 小町が土下座をしたのは事実であるし、博麗飲子がこちらに来る予定がないのも本当のことである。何も間違ったことなど言っていない。

 ただ、細かい説明を省いただけなのだ。

 

「それはそうですけど。っていうか、博麗のが死んでないって最初に言ってくれれば、あたいだってあんな真似をせずに済んだんですよ」

「こちらが何かを言う前に行動に移したのは他でもない小町、貴女だったと記憶しているのだけれど?」

「そっすね……」

 

 視線を逸らし、あははと乾いた笑い声を上げる。暫しその状態を続けていた小町であったが、ふと疑問が浮かび視線を再び映姫へと戻した。そもそも、何故あんな誤解を招くような物言いをするように自分にも言い含めたのか。咄嗟だったので言われるままに従ったものの、よくよく考えると彼女にはどうにも解せなかったのだ。

 

「それは向こうに原因があります」

「向こう? っていうと、レミリアっていう吸血鬼とか、パチュリーだか何かってな魔法使いとか……まさか霖の字が今いるっていう紅魔館とかいう場所のことですか?」

「ええ。吸血鬼でも魔法使いでもなく、その館そのものが原因なの。まあ、正確には館に施された仕掛けね」

 

 異変の犯人の裏にいる輩が恐らく仕掛けたのだろうそれは、文字通り天と地をひっくり返すほどの盛大な罠だ。あの場所では幻想郷の理も、外の世界の理も通じない。何もかもがひっくり返ったような、散乱したおもちゃ箱のような、そんな混沌とした理が蔓延している。

 そう小町に説明した映姫は、聞いている彼女が目を瞬かせ首を傾げているのを見て眉を顰めた。ああ、こいつ分かってないな。そんなことを思いながら、一応念の為分かりましたかと声を掛ける。

 

「何かとんでもないことになってるってのは分かりました。でも、それとさっきの茶番は何の関係が?」

「あそこは今、真実が簡単にひっくり返る。ありのままを語ってしまえば、それがひっくり返って最悪の状況に陥る可能性すらあったわけです」

「と、いうと、博麗のが本気で死んじゃうとか、そういう?」

「可能性はゼロではありません。ですから私はどちらともとれる、ひっくり返ること前提の物言いを行ったのです」

 

 幸いにして、館の仕掛けはある程度のパターンに則って発動しているようなので特に問題は起こらなかったが、犯人が現れればそうとも限らない。そういう意味では映姫の述べた異変をしっかり解決しろというのは軽口などではなく本気の一言ということなのだろう。

 成程、と理解をした小町はうんうんと頷いていたが、何かに気付いたように動きを止め、四季様、と映姫の方へと再び目を向けた。

 

「それって、当事者の面々は仕掛けに気付いてなかったりしません?」

「少なくとも彼は気付いているでしょうから、何らかの対策は立てられると思います。けど、確かにそうね」

 

 小町、と映姫は目の前の彼女の名を呼ぶ。少し伝言を頼みます、そう続けて彼女は視線を外に向けた。

 

「風見……あ、いや、命蓮さん達に館の仕掛けと現状を報告しにいって頂戴」

 

 名前を出すのを敢えて取りやめたのを聞いて、ああやっぱり根に持ってたんだと小町はこっそり苦笑した。

 

 

 

 

 

 

「ぶはっ! 死ぬかと思った!」

「死んでた! 思い切り死んでたよおばさん!」

「おばさんやめぃ! 私まだ二十代!」

「え? でも母様と同じくらいだし」

「子供って残酷だなぁ……」

 

 勢い良く起き上がった飲子の叫びに律儀に反応した魔理沙は、そのまま二人でギャーギャーと言い合いを始める。その様子を見ていた霖之助は肩を竦め、僕からすればどっちも子供だと言い切った。

 大人しくなった二人を見渡すと、それで体は大丈夫なのかと彼は彼女に訊ねる。

 

「いや、大丈夫も何も。死ぬかと思ったって言ったじゃん」

「まあ、そんなところだろうね。僕としても君があの程度で死ぬなんて思っていない」

「……香霖的にはおば――霊夢のお袋さんは人間にカウントしてないんだ」

 

 成程、と頷く魔理沙を尻目に、霖之助は飲子に話を続ける。意識を取り戻して早々だが、とある一角を指差した。

 そこには、霊夢が殺気をまき散らしながらレミリアと対峙している場面が。その傍らでは咲夜が打ちひしがれた表情でへたり込んでいた。

 

「霊夢!? 何で!?」

「君が死んだと思ったからだよ」

「それこそ何で? 自分で言うのもなんだけど、あの程度で死なないってあの子も分かってるはずじゃん」

 

 大体湖の藻屑になったはずなのに何事も無く復帰した経験を語って聞かせたこともあるくらいだ。流石お母さんは不死身だね、と馬鹿にされたように笑っていた覚えもある。だというのにどうして。そんな疑問が頭をもたげ、それをそのまま霖之助に問い掛けた。

 それを聞いた霖之助は、詳しく話すと長くなるから一言だけ、と指を立てると館全体を見渡した。

 

「この館に張り巡らされた仕掛けにより、事実や記憶がひっくり返っている」

「ひっくり返る?」

「何だそりゃ?」

 

 横で聞いていた魔理沙も飲子と同じように首を傾げるのを見た霖之助は、まあとりあえず皆普通じゃなくなっているのさと苦笑した。勿論君達もね、と二人を指差すのも忘れない。

 そのまま視線を再び向こう側に戻すと、彼は表情を引き締めた。そして何より一番影響を受けているのは彼女達だ。そう言うと、レミリアと咲夜を指差す。

 

「犯人が一番影響を受けるって……香霖、それはあいつらがバカだってことなのか?」

「いや、そうじゃない。この仕掛は、恐らく黒幕の、『鬼』の仕業だ」

「レミリアも、『鬼』にとっては使い捨ての駒ってこと? 気に入らないなぁ、そういうの」

「ああ、僕も同感だ」

 

 だから、とっととあの騒ぎを鎮めてきてくれ。そんな霖之助の言葉に分かったと返事をした飲子は、待った待ったと叫びながら殺伐としている空間へと飛んでいった。

 とりあえずはこれでよし、と呟いた霖之助は、隣に立っている魔理沙の頭を撫でる。いきなりの行動に面食らった彼女はどうしたんだと唇を尖らせたが、彼はそんな苦情を気にすることなくその頭を軽く叩いた。

 

「さ、では魔理沙。お友達を助けに行こうか」

「へ?」

「あの子、君の友達でもあるんだろう?」

「そりゃそうだ。当たり前だろ」

「じゃあ、友達が悲しんでいるならば」

「当然、助けるぜ」

「うん。良い返事だ」

 

 

 

 

 レミリア・スカーレットは混乱の最中、霊夢の攻撃を受け流すことに専念していた。どうしてこんなことになってしまったのか、自分の行動は間違っていたのか。後ろ向きなその思考が浮かんではすぐさま消し去り、自分は吸血鬼、何も間違ってはいないと虚勢で塗り潰す。

 だが、愛娘の虚ろな表情を見る度に、彼女のその偽りの自信は音を立てて崩れ去っていった。そして、目の前の子供の怒りと悲しみの表情を見て、思わず顔を歪めてしまう。

 

「お母さんを! 私の親を、返せ!」

 

 叫びと共に霊夢の陰陽玉がレミリアに飛来する。普段の彼女の攻撃とは比べ物にならない程苛烈で稚拙なその攻撃は、曲がりなりにも高位の吸血鬼であるレミリアには容易く躱せる程度でしかない。そのまま反撃を行うことすら造作も無い。

 が、愛娘の友人を傷付けるというその行為は、母親として許せるものではなかった。

 

「咲夜……」

 

 自身の愛しい娘の名を呟く。どうすれば、どうすればこの状況を好転させることが出来るのか。何か、きっかけでもあれば。そうすれば全力を持ってこの下らない光景を捻じ曲げてやるのに。

 そんな彼女の視界に、二つの人影が映った。自分の愛娘と同じ年齢の子供と、一人の青年。咲夜に近付いていくその二人は、何故だかレミリアには固く閉じた門を開ける鍵穴のように見えて。

 

「ちょーっと待ったぁぁ!」

 

 突如割り込んできた人影に反応するのが一瞬遅れた。え、と間抜けな声を上げて視線を戻すと、そこには確かに先程自分が絞め殺したはずの人物が仁王立ちしているのが見える。

 視界の端では、霊夢が驚愕で動きを止めて目を瞬かせているのが確認出来た。

 

「お、母さん……! お母さん!」

「はいはい、お母さんだよ。もー、何でそんな顔するかなぁ」

「だってお母さんさっき死んじゃって、あの吸血鬼に殺されて……」

 

 言いながら、顔をくしゃくしゃに歪めて霊夢は飲子の胸に飛び込んだ。ちゃんと生きてるから安心して、という彼女の言葉に、霊夢はうんと短く返す。

 そのまましばしの親子の抱擁を続けた二人は、どちらともなくゆっくりと離れた。

 

「泣き止んだ?」

「泣いてない!」

 

 恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらそっぽを向く霊夢を見て微笑んだ飲子は、その頭をそっと撫でる。そして、ごめん待たせたね、と視線をレミリアへと向けた。

 

「化物め……」

「傷付くんでやめてくんない? 私は人間だってば」

「何処の世界に殺しても死なない人間がいるというのよ」

 

 吐き捨てるようにそう述べると、レミリアは飲子を睨み付けた。こいつがいるから、今の自分の心の乱れに繋がったのだ。そんなことを考え、今度こそ死体に変えてやると右手をゆっくりと振り上げ。

 今はそんなことしてる場合じゃないでしょ、という飲子の声で動きを止めた。

 

「どういう意味だ?」

「え? ちょっとちょっと、何? それでも親なの? 娘が可愛くないの?」

「ふざけるな! 咲夜が可愛くないなどとあるはずないだろう! あの娘は、この幻想郷どころか世界を敵に回しても勝るほどの可愛さだ!」

 

 自分と敵対していた時よりも熱く語るレミリアに若干引きながら、飲子はだったら余計に戦っている場合じゃないだろうと彼女に告げる。視線を横に向けると、虚ろな目をしたままぶつぶつと何かを呟いている咲夜の姿が。

 その光景を見たことで我に返ったレミリアは、飲子も霊夢も完全にほっぽり出して咲夜の下へと飛んでいった。愛娘の名を叫びながらかっ飛ぶその姿は、異変の犯人でも高位の吸血鬼でもなく、ただの一人の母親であった。

 

「ふぅ、一件落着」

 

 やれやれ、と飲子は胸を撫で下ろす。後は親子の絆でなんやかんや上手くいくだろう。そんなよく分からない謎の自信を持ちながらレミリアと同じように自分の娘に目を向けると、どこかバツの悪そうな顔で頬を掻いているのが見えた。

 一体全体どうしたのだ、と疑問に思った彼女が霊夢に問い掛けると、視線を合わせずにごめんなさいお母さんと小さく述べる。

 

「さっき、咲夜に酷いこと言ったから……一件落着にならないかも」

「え?」

 

 霊夢曰く、彼女は同年代との触れ合いに飢えていた。そんな折に出会った霊夢と魔理沙という、全力でぶつかっても問題ない二人。敵味方という陣営にいながらも奇妙な友情を育んだ三人は、やがて決着を付けるべく己の全てを出し切り、そして。

 

「喧嘩して仲良くなったんだ」

「子供っぽく言うと、そうね」

 

 胸を張ってそう述べる霊夢を見て、飲子はやれやれと肩を竦めた。一体誰に似たんだか、と心の中でぼやくが、それに答えてくれる者は生憎とここにいない。

 まあとりあえず仲良くなった経緯は分かったが、それと酷いことをいうのはどう繋がるのか。そう続けようと思った飲子は、しかし心当たりがあったおかげでその言葉を飲み込んだ。

 

「ひょっとして、私が死んだと思って」

「だって、お母さん全く動かなかったんだもん! だから咲夜の母親がお母さんを殺したんだって、だから、咲夜も私の敵だって」

「……怒るに怒れないなぁ、これ」

 

 それだけ母親である自分を想ってくれている証左でもある以上、飲子は咎めることが出来ない。出来ないが、しかしだからといってそのままでいいかというと無論そんなはずはないわけで。

 霊夢の頭を軽く叩く。とりあえず嫌う理由は無くなったんだし、仲直りしに行こうか。そう言って笑いかけると、霊夢は顔を伏せて首を横に振った。

 無理よ。短くそう言うと、彼女は母親に背を向けた。

 

「あんな事言って、お母さんが無事だったからはい仲直り、なんて……出来るはずないじゃない」

「霊夢……」

 

 これがもう少し年齢を重ねていれば違ったかもしれない。だが、それはあくまで仮定の話でしかなく、今の霊夢が齢五歳であることは覆しようがない事実である。そんな子供に要求するには、いささか酷な話であろう。

 こういう時に同年代の子供と遊んだ経験のない飲子では声を掛けることが出来ない。母親失格だ、と思いつつ、しかしだからといってそのままでいいはずもなく。

 

「分かった。じゃあお母さんがなんとかしてあげる」

「……え?」

「お母さんも頑張るから、霊夢も、決心が付いたら――」

 

 約束だからね。そう言うと飲子はレミリアと咲夜のいる場所まで歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

「咲夜!」

「……ママ、どうしたんですか?」

「ごめんなさい、咲夜。貴女を傷付けるつもりなんてなかったの。私はただ――」

 

 レミリアの言葉を遮るように、咲夜はゆっくりと首を振る。いいんです、大丈夫です。そんなことを言いながら、ゆっくりと彼女は天を仰ぐ。

 

「元々私は、友達なんてものに憧れてはいけなかったんです。私は孤独でいいんです。一人でいいんです。一人、孤独で、孤独で、一人で」

「咲夜、咲夜ぁ!」

 

 レミリアの悲痛な声を聞きながら、魔理沙は視線を二人から霖之助へと向けた。負けず劣らず苦い顔をしている彼女を見た霖之助は、少し乱暴に自分の頭を掻くと、君は悪くないと優しく魔理沙の頭を撫でる。

 心を閉ざしてしまっている。それが霖之助の出した結論であった。だが、それも無理は無いと彼は考える。今まで接点のなかった同年代の友人をこんな形であっさりと失ってしまったのだ。それも、自身の母親の行動で。

 

「マズイな」

「やっぱり、無理なのか……?」

「いや、そうじゃない。勿論魔理沙と彼女の友情も大事だが、目下の不安は」

 

 言いながら視線を周囲に巡らせた。咲夜の虚ろな呟きに合わせるように、館全体が脈動しているように感じられる。恐らく住人すら気付いていないこれは、館に施した『鬼』の仕掛け。

 全てをひっくり返す城、紅魔館。

 

「だが、一体何をひっくり返すつもりだ……? そもそも『鬼』の目的は」

 

 顎に手を当て自身の思考に没頭しかけた霖之助の耳に、レミリアと魔理沙の声が飛び込んできた。どうしたんだ、と視線を向けると、ゆっくりと立ち上がった咲夜が何も無い空間に笑みを見せているのが見える。

 

「ええ、そうね。そうよね」

「咲夜、戻ってきて咲夜!」

 

 レミリアが彼女の方を掴んで揺すっても、何の反応も示さない。虚空を見ながら、楽しげな会話を続けるのみである。魔理沙も流石にただならぬ事態だと察し、霖之助の服の袖を思わず掴んでいた。

 

「な、なあ香霖。咲夜、おかしくなっちゃったのか……?」

「いや、あれは」

「うぇ!? 何事?」

 

 不安げな魔理沙に説明をしようと開きかけた霖之助の横に飲子が並ぶ。どうやら魔理沙と同じように事態が把握出来ていなかったようなので、この際だとまとめて説明しようと二人に視線を巡らせた。

 

「恐らく、館の仕掛けに完全に取り込まれたんだろう」

「仕掛けって、あのひっくり返るとかいうやつか?」

「ああ。今の彼女の精神状態を利用して何をするかは分からないが、恐らく碌でもないことなのは間違いない」

「……幻想郷をひっくり返す、とか?」

 

 ぽつりと飲子の漏らした言葉に、笑えない冗談だと霖之助は返す。が、それが冗談にならないであろうこともまた、彼の中では確信めいていた。

 子供は単純で、そして残酷だ。気に入らないならば壊してしまえばいい、そんな考えも容易く口に出来る。

 咲夜を止めるぞ、と霖之助は二人に述べる。合点承知と足を踏み出すのと同時に、それを妨げるように館全体が振動を始めた。

 

「な、何だぁ!?」

「地震!? じゃない、これ何? 何か揺れてる!」

「邪魔をするなということか……」

 

 吐き捨てるような霖之助の言葉に答えるように、館の揺れは激しさを増す。

 それに合わせ自身に縋り付いていた母親を引き剥がした咲夜は、揺れる館の影響などまるで受けていないようにゆっくりと歩みを進めると、そっと壁に手を触れた。

 その顔は、笑顔。虚ろな目と対照的に、歳相応の、楽しげな笑みであった。

 

「ひっくり返してしまいましょう。こんな、私に優しくない世界は」

 

 ――そう、貴女に相応しい楽園を築くの。

 どこからか聞こえたその声に、咲夜はコクリと頷いた。

 




気付いたらおぜうが前座扱いに。
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