先代巫女と六人の仲間達   作:負け狐

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季刊誌かってペースの更新。

話は進んでないくさい。


参拾参 母親二人(まざぁつぅ)

「ようこそ客人」

 

 そう言ってペコリと頭を下げる目の前の相手を見て、四人は各々の反応を見せた。命蓮と美鈴は訝しげな視線を、幽香は少しだけ面白そうな笑みを。

 そして、フランドールはあからさまな嫌悪を見せた。

 

「どなたかしら? ここは紅魔館、貴女のような薄汚い『鬼』は飼っていないのだけど」

「おやおや、これは手厳しい。流石はここの『元』主の妹。姉上によく似ている」

 

 ククク、と相手は、正邪は笑う。その態度がフランドールには余計に癇に障り、思わず拳を握り込んだ。あのニヤケ面を吹き飛ばしてやる。そう思いながらそこに妖力を込め。

 待った、と隣にいた美鈴にその手を掴まれた。

 

「……どうして止めるの?」

「気持は良く分かります。けど、ちょっとだけ待ってください」

「そうそう。短気は損気、よ」

 

 美鈴と、そしてそれに続く幽香の言葉で、彼女は渋々とその拳を緩めた。ならどうするのか、と視線で問い掛けると、ちらりと別の人物に視線を移すことで美鈴は答える。

 皆より一歩前に出ている僧侶が、真っ直ぐに正邪を見詰めていた。

 

「天邪鬼」

「何か? ああ、名乗っていなかったかな? 私の名前は」

「鬼人正邪だろう。知っているさ」

「……天人となった徳の高い僧侶の割には、随分と俗に塗れたような物言いじゃないか」

 

 笑みを消し、少しだけ目を細めた正邪を見て、命蓮はまあそうかもしれんな、と涼しい顔で返した。首を後ろに向け、こんな連中とつるんでいるしな、と続ける。

 視線を元に戻した彼は、持っていた錫杖をシャンと鳴らす。ピクリとその音に眉を動かした正邪であったが、しかし表情を元に戻すと再びその口角を上げた。

 

「それで? 私を一体どうする気だ? ここで退治してめでたしめでたしがお好みかい?」

「それで瓜子姫が戻ってくるのならば躊躇なくやってやるが」

「ん? ……あー、はっはっは! そうか、そういうことか」

 

 命蓮のその言葉に突如正邪は笑い出した。腹を抱え、心底面白そうに笑い転げた彼女は、肩を震わせながら立ち上がる。視線を彼から背後の金髪の少女に向け、ペロリと赤い舌で唇を舐め上げた。

 

「お前の大事な大事な咲夜ちゃんの顔の皮を剥いで、この私が成り代わっちゃったおかげで、レミリア・スカーレットは鬼人正邪の下僕になっちゃったよぉん。ぎゃはははは!」

「死ね」

 

 ぼん、と正邪の体が破裂した。びちゃびちゃと赤い液体を撒き散らしながら下半身のみとなった彼女はゆっくりと崩れ落ちる。実行者であるフランドールはその光景に何の感慨も無いようで、ふんと鼻を鳴らすとそっぽを向いた。

 あちゃぁ、と美鈴はそんな彼女を見て額を押さえる。まさかここまであからさまな挑発をしてくるとは。そんなことを思いつつ、どうしようかと視線を残り二人に向けた。

 そんな視線を向けられた片方である幽香は特に動揺もせずゆっくりと倒れている下半身に歩みを進め、それを眺めて頬を掻いた。何か言葉にしようとしているが、何かに迷うように顎に手を当て考えこんでいる。

 やがて、まあいいかと呟くと振り向いた。

 

「偽物よこれ」

「は?」

「え?」

「フランドールはともかく。美鈴、お前は気付け」

 

 ふう、と溜息を吐く命蓮にあははと苦笑を返した美鈴は、ポカンとした表情を浮かべているフランドールの肩を叩きながら説明お願いしますと続けた。まあいいけど、と幽香は肩を竦め、そしてこれを見なさいと下半身のみとなった正邪の死体を指差す。

 何処をどう見ても肉塊にしか見えなかったそれが、段々とぼやけるように形を変えていくのを見て、二人は思わず目を見開いた。やがて死体は珍妙な一体の人形へと成り代わる。否、元に戻ったという方が正しいのかもしれない。

 

「え? 何これ?」

「身代わりか何か……じゃ、なさそうですね」

 

 正邪のダメージを肩代わりした、というよりも、元々この人形がここに突っ立っていたという方が正しい。そんな見解を持った美鈴はポツリと呟く。そういうことだ、とそれに答えた命蓮は、やれやれと頭を振り正邪が立っていた先の廊下を眺めた。

 

「時間稼ぎ、と誘導。か? どちらにせよ、いいようにやられたみたいだな」

「そうそう。そっちの負けさ。だから大人しく帰りな」

 

 天井から声。顔を上げると、逆さまに立っている正邪の姿がそこにあった。思わずもう一度攻撃しそうになるフランドールであったが、ギリリと歯を食いしばると大きく息を吸い、吐く。残りの三人に視線を向け、任せたと一人正邪から顔を背けた。

 

「おやおや。妹様は随分とご機嫌が悪いようで。やっぱりあれか? 咲夜ちゃんの顔を剥いだってのが効いたのか? そうだよな、吸血鬼ならともかく、人間は顔を剥いだら死ぬもんな」

「剥いでも死なない人間なら一人知ってますけどね」

「そもそもあいつの顔は剥げるのか?」

「金太郎飴みたいに同じ面の皮が出てくるんじゃないかしら。石畳を顔面で滑って神社の階段から下まで転げ落ちたら顔が赤くなっていたし」

「……やっぱりあの博麗の巫女って実は妖怪でしょう? そうなんでしょう?」

 

 平然とそんなことをのたまう三人をジト目で見ながらそう述べるフランドールであったが、正邪の笑い声を耳にすると再び顔を顰めた。あくまで視線を合わせずに、目障りだからとっとと消えろと吐き捨てる。

 

「おお、怖い怖い。ま、言われなくとももうすぐ消えるさ。準備も整ったことだし」

 

 ケラケラと笑った正邪はくるりと回転すると天井から床へと降り立った。踵を返し、まるで案内するようにゆっくりと廊下を歩いて行く。

 そのまま振り向かず、そういえばと言った様子で気軽に背後へと声を掛けた。

 

「ちなみに、本当に咲夜ちゃんの顔を剥がされていた場合は」

「欠片も残さず、破壊してやる」

「きゃー、こわいー」

 

 甲高い声で棒読みの言葉を放つと、そのまま逃げるように廊下を走る。無数にある選択肢の迷宮の中、これが正解だと言わんばかりに真っ直ぐに駆けていく。

 やがてその姿が見えなくなると、四人は顔を見合わせ肩を竦めた。どうやら皆答えは同じだったようで、しょうがないと息を吐く。

 

「虎穴に入らずんば虎児を得ず。まあ行くしかないだろう」

「鬼が出るか蛇が出るか。ああ、そういえばあの娘鬼人正邪だったわね」

 

 命蓮と幽香はそんな言葉を述べながら歩みを進める。それを追い掛けるように待ってくださいと美鈴も続く。残るフランドールは少しだけ迷う素振りを見せたが、やがてゆっくりと頭を振るとその背中に向かって駆けた。

 

 

 

 

 

 

 こんちくしょう、と持っていたお祓い棒で壁から這い出てくる触手を振り払った。その横では、腕組みをしながら鼻を鳴らし佇んでいるレミリアの姿がある。

 

「手伝え!」

「嫌よ。別に私が攻撃されてるわけじゃないし」

「む。まあ確かにそうなんだけどさ」

 

 しょうがない、と溜息を吐いた飲子は再び迫り来る触手に蹴りを叩き込む。静かになった廊下で安堵の溜息を吐いた彼女は、辺りを見渡しながら頭を掻いた。

 段々と拒絶の攻撃が激しくなっている。そう結論付けた飲子は同意を求めるようにレミリアを見る。が、彼女はちらりと飲子を一瞥すると馬鹿にするように肩を竦めた。

 

「拒絶されているのはお前だけ。私は咲夜に拒絶なんかされていないわ。攻撃されないのがその証拠」

「……眼中にないってだけなんじゃ」

「ぶっ殺されたいのかヘッポコ巫女!」

「あだだだだ! 割れる割れる! 頭がザクロみたいになる!」

「どうせ新しいのが生えてくるでしょ」

「私を何だと思ってんのさ!?」

 

 少なくとも人間じゃないわ。そう平然と述べたレミリアを見て若干凹んだ飲子は、少しだけ表情を暗くしながらいいから行こうと足を進めた。それには同意するとレミリアも彼女の隣に並んで歩き出す。

 進むたびに無数に枝分かれする廊下をレミリアの案内で立ち止まることなく歩き続けた二人は、やがて一つの扉に辿り着いた。この館からは考えられないほど無骨で、そして頑丈なそれは、見た目とは裏腹に小さくか弱い印象を受けた。

 ああ、これが今の咲夜の心を表しているのだ。そう判断したレミリアの顔が歪む。悲痛な表情を浮かべたが、しかし隣にいる相手に悟られまいとすぐさま顔を引き締めた。行くぞ、と静かに述べると、その扉に手を掛ける。

 

「ここで開かないってオチだったら」

「お前を殺して私は別の道を探す」

「とばっちりもいいとこ!?」

 

 そんな飲子の叫びに反して、扉はすんなりと開いた。軋んだ音を立てて部屋の中を見せていく扉は、やがて完全に開ききる。

 一歩その中に踏み込んだ二人は、瞬間猛烈な吐き気に襲われた。瞬時にそれを立て直したレミリアと違い、飲子は膝を付いて嗚咽を上げている。情けない、とそんな彼女を一瞥したレミリアは、視線を真っ直ぐに前へと向けた。

 

「咲夜!」

「……」

 

 小さな少女は喋らない。俯き、うずくまり、こちらを見ようともしない。少女の母親の叫びに、何の反応も示さない。

 ゆっくりとレミリアは咲夜に近付いた。大丈夫、心配いらない。そう彼女に言いながら、自分にも言い聞かせながら、ゆっくりと両手を広げて足を踏み出す。

 あと一歩で愛娘を抱き締めることが出来る。その距離になって咲夜はゆっくりと顔を上げた。顔の無い、その顔面を前に向けた。

 

「さく……!?」

「危ないレミリア!」

 

 咄嗟に飛び込んだ飲子が無数のナイフに蹂躙されハリネズミとなった。そのままボロ雑巾のように吹き飛ぶ彼女を一瞬だけ目で追ったレミリアは、しかしすぐに目の前の咲夜に視線を戻す。

 ゆらりと立ち上がった咲夜は、その両手にナイフを構えていた。それが吸血鬼用に精錬された銀である、と一瞬の内に判断したレミリアは、飛来するそれを受け止めることなく躱す。目標を見失ったナイフは、射線上にある倒れている飲子にぶつかった。

 

「おぶっ!?」

「咲夜、貴女一体何を……」

「せめて何かリアクションして」

 

 ナイフが当たり赤くなった部分をさすりながら飲子は立ち上がる。顔の無い咲夜を真っ直ぐに見詰めると、懐から御札を取り出した。何やら文字が書いてあるそれは、明らかに妖怪退治用に使うもので。

 

「――博麗飲子。咲夜に何か危害を加えるつもりなら」

「何で娘の友達に危害加えなきゃいけないのさ。これは、えーっと、その」

「ノリで取り出したとか言ったら殴るわ」

「…………」

 

 はぁ、とレミリアは溜息を吐く。こいつといると真面目に考えている自分が馬鹿らしくなる。そんなことを思いながら、少しだけ肩の力を抜いた彼女は前を見た。

 彼女は咲夜に間違いない。それだけは自信を持って言える。だが、違う。彼女は何か違うのだ。愛娘であって愛娘ではないような、そんな奇妙な感覚を抱くのだ。

 

「ねえレミリア」

「何? ふざけたこと言うならぶち殺すわよ」

「一応真面目だよ。あれ、ホントに咲夜ちゃん?」

 

 さっき見た時と違う気がするんだけど。そう飲子が述べるのを聞いて、レミリアは苦い顔をする。理由は二つ、一つは隣の馬鹿と意見が一致してしまったこと。そしてもう一つは。

 

「腐っても博麗の巫女なのね、お前は」

「腐ってないやい。現役バリバリだっての」

 

 その実力を、ほんの少しだけ認めてしまったことだ。ふん、と鼻を鳴らしたレミリアは、それで何か思い付いたのかと問い掛けた。思わぬ言葉に思わず目を瞬かせた飲子は、しかし少しだけバツの悪そうな顔で頬を掻く。

 何だやっぱり何も無いか。そう結論付けたレミリアは肩を竦めたが、隣の彼女が言葉を紡いだことで目を見開いた。

 

「霊夢と魔理沙ちゃん、あと霖くんがいない。ってことは、ここは正解の一つでしかないってことじゃないかな」

「言っている意味が良く分からないわね。咲夜はここにいるでしょう?」

「うん。だから、えーっと、その……言いにくいんだけど」

 

 咲夜ちゃん、分裂してない? そこまで言うと飲子は思わず視線を逸らした。ああどうせまた怒り狂って殴りかかってくるんだろうな。そんなことを思いつつ隣の彼女の言葉を待つ。

 が、拳はいつになっても飛んでこず、代わりに成程、という呟きが飲子の耳に届いた。

 

「今この空間は咲夜そのもの。つまり、目の前の顔の無い咲夜はその一部だというわけか」

「え? 頷いちゃうの?」

「反対して欲しかったみたいな言い方ね」

「いやいやいや」

 

 ブンブンと顔の前で手を振ると、まあそういうわけだから、と飲子は真っ直ぐにお祓い棒を向ける。退治は出来ないし、ぶん殴るわけにもいかないけど。そう続けながら、ちらりと横目でレミリアを見た。

 

「少なくとも、本当にどうにかするのは目の前の咲夜ちゃんじゃないってことで」

「……癪だが、お前の意見に賛同してやる」

 

 ふん、と鼻を鳴らしたレミリアは、視線を咲夜から部屋全体に向ける。よく見るとそこには何か落書きが貼ってあり、咲夜らしき少女とその隣に立つ母親らしき小柄な女性が描かれていた。その女性には、蝙蝠のような羽が。

 

「ひょっとしてここ、レミリアとの思い出コーナー?」

「人の娘の心の中の一部分を博物館の一角みたいに言うな」

 

 飲子のボヤキにそう返し、レミリアはゆっくりとそれを見渡す。その一つ一つを彼女は覚えているし、語れと言われれば一時間でも二時間でも喋り続けるだろう。それほど、咲夜との思い出はレミリアに取って珠玉の宝物であり、唯一無二のものなのだ。

 そこまでを考えた彼女は、ああそうか、と咲夜を見た。柔らかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと顔の無い咲夜に近付いていく。あの後一度もこちらに攻撃をしていない愛娘に近付いていく。

 

「馬鹿ね。私が貴女を嫌うことなんかないのに」

 

 ぎゅ、と咲夜を抱きしめた。優しく、それでいて決して離さんとばかりに力強く。愛しい娘を自身に繋ぎ止めた。

 その行動にびくりと体を震わせていた咲夜も、やがてゆっくりと母親の背中に手を回す。顔の無い少女から、小さな嗚咽が聞こえてくる。

 

「合わせる顔がない? 私はね、咲夜、貴女のそのままの顔を見せてくれれば、それでいいの」

「……ママ」

 

 小さく、か細い声。だがしかし、しっかりと母親の耳に届いたその言葉を聞いて、レミリアは更に強く咲夜を抱き締めた。そうだ、自分は母親だ。娘が泣いているのならば、泣き止ませるのが当たり前だ。

 

「大丈夫よ咲夜。ママがね、貴女を泣かせている原因をしっかりと取り除いてあげるから」

 

 優しくそう述べたレミリアは、ゆっくりと咲夜を解放する。まだ溢れている彼女の涙をハンカチでそっと拭い取ると、ニコリと笑顔を見せた。

 じゃあ行ってきます。そう述べたレミリアを、咲夜は行ってらっしゃいと笑顔で見送る。その姿は段々と透けていき、やがて見えなくなった。

 

「……博麗飲子、咲夜の心の中心に急ぐわよ」

 

 一瞬目を伏せたレミリアがそう述べながら振り向く。決意は決まった。やはり咲夜は咲夜だった。そう確信を持って、自信を持って先に進める。

 そんなことを思いながら背後を見た彼女の視界に広がったのは。

 

「れいむぅ……お母さん寂しいよぉ……私も霊夢とああいうことしたいよぉ……」

「……置いてくか」

 

 子供が恋しくなったらしい飲子を見ながら、レミリアはやれやれと肩を竦めた。

 




おぜうも散々同じような行動をしているというツッコミは無視。
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