の、ような気がする。
「私の……本……」
がくりと項垂れたパチュリーを見ながら、アリスとさとりは少しだけバツの悪そうに視線を逸らした。少し離れたところでは橙が口笛を吹きながら力技で誤魔化そうと頑張っている。
そして。
「……な、何ですかルーミアその目は。私が全部悪いみたいなその顔は!」
「あ、やっぱり自分が悪いって思ってるんだ」
「へ? あ、いや、その……。わ、私は悪くない!」
「本の塊に全力で拳叩き込んだ奴の言う言葉じゃないと思うなー」
「飛び蹴りかました奴に言われたくないわよ!」
「はっはっはー」
華扇とルーミアの言葉がパチュリーの耳に届き、そして抜けていく。同時に彼女の魂もどこかに飛んでいきそうになった。ぐらりと体が揺れ、そして力無く床へと倒れ伏す。
その直前に、危ない、と隣にいたアリスが抱きかかえた。
「ちょっと、しっかりしなさいよ。……気持ちは、よく分かるから」
「ええ。同じく読書家としては同情を禁じ得ないわ。……うん、本当に、ごめんなさい」
加えるなら、心を読めるからこそ分かるこの悲しみ。そんなことを思いながらさとりは深々と頭を下げた。それを見ていた華扇は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、同じようにパチュリーの下まで進むと申し訳ありませんでしたと謝罪する。私も同罪、と橙もそれに倣って頭を下げた。
「とりあえず無事じゃない本を纏めたよー。ごめんね、ホント」
よっこらせ、とルーミアが本の束を一角に置く。かろうじて読めはするが、凡そ本としての体裁をなしてないそれらを眺めると、専門家を探さないとと呟いた。
それでようやく我に返ったパチュリーは、ぶんぶんと若干青い顔を横に振る。まあ、ある程度覚悟はしていた。そう続けると、ゆっくりとその身を起こした。
「それで、さとり。ここで魔力提供の媒体になっていたものというのは見付かったの?」
「ええ。もう対処は終わっているわ」
「え?」
さらりと述べたその言葉に素っ頓狂な声を上げたのはアリスであった。いつの間に、と問い掛けると、そんなものは決まっているではないかと返される。そこに浮かんでいる笑みを見て、彼女は何だか嫌な予感がした。
そんな笑みを浮かべながら、さとりは視線をちらりとある場所へ向ける。
「……ああ、やっぱり」
「勘違いしないでちょうだい。これは恐らく、相手にいいようにあしらわれた結果よ」
「本のゴーレムを本棚ごと吹き飛ばしてその言葉は全く説得力がないわ」
そう言いつつも、そういえば、とアリスは思い出した。彼女が意図的に特定の本棚へと本の巨像を誘い出していたことを、である。あの時は特に気にしていなかったが、それはつまり。
「違うわ。あれは時間をなるべく短縮させるために行った苦肉の策よ。だけれど、どうやら相手はそうやってさっさと片付けてくれる方を望んでいたみたいなの」
「へ? どういうこと?」
三人の会話を聞いていた橙が首を傾げる。ここにあったのは館の魔力を増幅させるための媒体。無くなれば当然ここの結界も弱くなる。ひいては相手の弱体化に繋がるはずだ。それを何故あえて早める必要があるのか、それが彼女には理解出来ない。
「……まさか、そんな」
「だとすると、非常にムカつくわ」
一方、理解出来たらしいアリスとパチュリーは各々の表情で天を仰いだ。アリスは驚愕、パチュリーは怒りで。そのままさとりに視線を戻すと、こくりと二人の考えが正解だと言わんばかりに頷く。
そうして残された頭脳非担当の三人であるわけだが。
「る、ルーミア、分かります?」
「分かる? ルーミア」
「仙人と賢者の式の式が一端の妖怪に聞いちゃダメだと思うなー」
やれやれ、と肩を竦めたルーミアは、まあ私も分からないしと笑う。笑うが、ただ、とその後に言葉を続けた。
「もし私なら、その場合に出す答えは一つ」
とっとと合流して欲しいんでしょ。そう言いながら、頭脳担当の三人に向かってウィンクをした。その言葉に若干驚いた顔をしたさとりは、すぐに表情を戻すとこくりと頷く。それを見て、彼女は満足そうに微笑んだ。
「ってことは、この調子だと」
「恐らく、残りの四人も合流するよう仕向けられている可能性は高いでしょうね」
ルーミアの言葉をさとりが続ける。厄介ね、とパチュリーが呟き、本当よと溜息混じりにアリスが同意した。
「合流して欲しくない、ってことは、合流しなきゃ相手の作戦を潰せるわけで……。でも目的地に向かうと絶対合流しちゃうから、合流しないように合流……合流が合流してごうりゅーがごうりゅぅ」
「橙、あまり難しいことを考えない方がいいですよ。ハゲるわ」
「ハゲっ!?」
そんなことを述べつつ、この騒動が終わったらもう少し仙人として学を付けようと華扇は一人決意した。
そんな思惑の外にいる、あるいは中心部となっている霊夢達である。咲夜を追って駆け抜けたのはいいが、その先に広がる光景を見てごくりと喉を鳴らした。怖気付いたのかい、という霖之助の言葉に、そんなわけないだろうと少しだけ上ずった声で返す。
「こちとら博麗の巫女なのよ。この程度で尻込みしてたまるもんですか」
「一応まだ君は予定が最後に付いているよ。博麗が健在な限りね」
「……それ絶対回ってこないじゃない」
言外に自身の母親は絶対に健在であるということを述べながら、まあそんなことはどうでもいいと陰陽玉を構えた。確かにどうでもいいな、と心の中で思いながら、魔理沙も同じように箒を構える。
そして、目の前に立っている相手を真っ直ぐに睨んだ。
「なあ香霖」
「何だい?」
「手は出すなよ。これは、私達のケンカだ」
「当たり前さ」
ヒラヒラと手を振りながら、そう言って霖之助は笑う。それにつられるように二人は笑うと、行くぞと真っ直ぐに突っ込んだ。
それを迎撃せんと、目の前の相手は、咲夜は背後にそびえ立っている巨大なものに指示を出す。
「うぉっと!?」
「魔理沙、あんたは素人なんだから無理しないの」
「はっ。もう忘れたのか? 今日の私は、役立たずじゃない!」
叫びながら箒を振り抜く。その一撃で弾かれた矢印のような奇妙な触手は、追撃と放たれた霊夢の陰陽玉で吹き飛んだ。パラパラと破片が落ちるが、そんなことは気にせんと咲夜は背後に指示を送る。
ボーン、ボーン、とそこから音が鳴り、それに合わせるように突如出現した振り子はゆらゆらと揺れながら二人を押し潰そうと迫り来る。短く舌打ちすると、霊夢は魔理沙の手を引っ張って後ろへと飛び退った。
「あぶなっ!」
「引っ張らなきゃもっと危なかったわよ。感謝するのね」
「へいへい」
それにしても、と魔理沙は視線を霊夢から向こう側へと移す。先程から動こうとしない咲夜を見ながら、やれやれ、と溜息を吐いた。
とりあえず当面の目標は咲夜をあそこから引きずり下ろすことだ。そう決めた彼女は一歩前に踏み出し、そして再び霊夢に引っ張られて転倒した。今度は後頭部を思い切りぶつけ、視界に星が乱れ飛ぶ。
「何すんだ霊夢! 私の中から星が出たぞ!」
「あら、星を生み出すなんて素敵じゃない。学習能力のない誰かさんには勿体ないわ」
「……振り子、増えてる」
「やっぱりあんた下がってなさい。邪魔だから」
「いやだね」
勢い良く立ち上がると、振り子の片方へと魔理沙は突っ込んだ。幼い少女を簡単に挽肉へと生まれ変わらせるだけの力を持ったその巨大な塊に、あろうことか彼女は自分からぶつかっていく。その奇行に、傍で見ていた霖之助も思わず目を見開いた。
「知ってるか? こういう時に重要なのは、パワーだぜ!」
先から火花を放ちながら唸りを上げる箒にまたがりながら、魔理沙は得意気に笑みを浮かべる。じりじりと振り子を押し戻し始めた彼女は、もう一息だと箒を持つ手に力を込めた。
「香霖特製、何か分からんジェット箒、フルパワァァァァ!」
火花が一層強くなる。放つ光が大きくなる。そして、振り子にぶつかる力が、跳ね上がる。
盛大な爆発音と、そして甲高い破裂音が同時に響いた。勢い余ってもう一つの振り子へと突っ込んでいった魔理沙は、先程と同じようにそのまま振り子にぶつかり、そして貫き砕く。大きな破片がそこら中に散らばり、ガラガラとけたたましい音を立てた。
尚、最終的に魔理沙は壁に激突した。
「霖之助さん」
「怪我していないか見てくるよ」
「ん。よろしく」
短く会話を交わすと、霊夢はスッキリとした眼前を睨む。その場に佇んだまま動かない咲夜を睨む。
表情を全く見せない、真っ白な仮面を付けた彼女を、睨み付ける。
「顔も見たくない? それとも、見せたくない? まあどっちでもいいわ。それ、ぶっ壊すから」
陰陽玉を鷲掴み、そしてぶん投げる。真っ直ぐ飛来したそれは咲夜の背後から飛んできた秒針で弾かれた。
そんなことは分かっていたと言わんばかりに、投擲と同時に駆け出した霊夢は弾かれた陰陽玉を受け止める。一気に間合いを詰めた彼女は、再びそれを投げ付けた。今度は霊力を込め、回転も加え貫通力を増している。秒針どころか、短針と長針を加えたとしても弾けない。
文字盤を覆っていたガラス状の部分が砕け散る音を聞きながら、霊夢は咲夜の目の前まで走った。無反応であった彼女の肩がビクリと揺れる。背後の巨大な振り子時計が破壊されたことに、その隙に間合いに入られたことに、一瞬ではあるが動揺してしまう。
せーの、と霊夢は思い切り手を振り上げた。勢い良くそれを振り下ろし、彼女の被っていた仮面を思い切り力技で取り外す。顔から離れた仮面は宙を舞い、そして数回バウンドすると床にぶつかり軽い音を立てた。
「よし、これでやっと顔が見えるわね」
ふん、と口角を上げた霊夢の眼前には、じっと彼女を睨む顔があった。そこに浮かんでいるのは、恐怖でも怒りでも不安でもなく、不満。
どこかスッキリとした表情を浮かべている霊夢に対するどうしようもない不満が、咲夜の顔に表れていた。
「ま、そりゃそうだろ。友達今までいない奴ってのは、ちょっとしたことが気に入らなくなるもんさ」
「私以外に友達いなかった奴が偉そうなこと言っちゃって」
「霊夢様と呼べとか初対面の相手に言っちゃう奴よりマシさ」
赤くなった額をさすりながら、魔理沙も霊夢の隣に立つ。じっとこちらを睨み付ける咲夜を眺め、そして合点が行ったとばかりに笑みを浮かべた。まあこういう時はこれだよな。そんなことを言いながら、持っていた箒を真っ直ぐに突き付けた。
「文句あんなら、かかってこい!」
「どこのガキ大将よあんたは」
「不満か?」
「言ってなかったっけ? 私ガキ大将なのよ」
足元の陰陽玉を拾い上げ、同じように真っ直ぐ突き付けながら、霊夢も魔理沙と同じように笑みを浮かべた。
が、すぐに何かを思い付いたと言わんばかりにその向きを眼前から隣に変える。
「へ?」
「二対一って卑怯だと思わない?」
「……確かにそうだな」
少しだけ二人と距離を取りながら、うんうんと魔理沙は頷いた。そういうわけだから、と咲夜に視線を向けると、彼女は交互に二人を睨み付ける。
一言も言葉を発しないまま状況についていけなくなった咲夜が一人、取り残された。
「先手必勝、喰らえ!」
ブーストを吹かしながら霊夢に向かって飛び蹴りを放つ魔理沙。が、それを陰陽玉を使って軌道を逸らした霊夢は、返す刀で彼女の腹に肘をねじ込んだ。肺から空気を奪われ動きが止まった魔理沙の顔面に、容赦なく陰陽玉を叩き付ける。
「っとぉ!」
「ちっ」
それを無理矢理体を捻って躱すと、箒使って再び間合いを取った。危ない危ない、と額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、ちらりと視線を別の場所に向ける。同じように、霊夢も視線をそこに移した。
「何だよ咲夜、来ないのか?」
魔理沙の問い掛けに、咲夜は無言のまま目を瞬かせた。何を言っているのか理解出来ないと言わんばかりのその表情を見て、彼女はやれやれと肩を竦める。おいこいつ分かってないぞと霊夢に声を掛けると、同じようにやれやれと溜息付きで肩を竦めた。
「喧嘩よ」
「この中の三人、誰が一番強いか」
笑顔でそんな頭の悪いことをのたまった二人を交互に見詰めた咲夜は、もう一度目を瞬かせた。そして、肩を震わせるとその場にうずくまった。
腹を抱えて、である。声にならない笑いで、である。
「おい何か笑われてるんだけど」
「馬鹿にされてるんでしょ。魔理沙が」
「お前だろ、ガキ大将」
「何よ」
「何だよ」
「どっちもよバカ共」
何だと、と二人は同時に咲夜を睨んだ。いつの間にか笑いを収めている彼女は、しかしどこか不敵な笑みを浮かべている。両の手に持ったナイフとフォークが、動きに合わせてカチャカチャと音を立てた。
あの時は二人がかりでも敵わなかった癖に。そう述べると、咲夜はゆっくりとそのナイフとフォークを二人へと突き付けた。
「さあ来なさいバカ共。紅魔の娘の強さを見せつけてやるわ」
「上等。博麗の娘嘗めんじゃないわよ」
「……私もナメるなよ!」
「あんたは普通なんだから無理する必要ないわよ」
「よし決めた。お前等ぶん殴って私が一番だ!」
陰陽玉を、箒を、ナイフとフォークを。それぞれの得物を構えた少女達は、それぞれ笑顔を浮かべながら状況そっちのけの大喧嘩を始めるのであった。
殴りあって友情を確かめる少女