先代巫女と六人の仲間達   作:負け狐

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牛歩レベルの進み具合


参拾漆 ニード・フォー・スピード

 走る。本来ならば飛行という手を持って目的地に到達する時間を短くさせることの出来るはずの彼女等は、それを良しとせずに足を使うことを選んだ。

 この空間は歪んでいる。何を引き金に事態が変化するか定かではない。少し上が全く別の部屋である可能性も、無いわけではないのだ。

 

「……低空飛行すればいいんじゃ」

「そーだね」

 

 橙のその言葉にうんうんと頷いているのは、少し前からもう実行しているルーミアである。よく見ると床からほんの少しだけ浮いており、足を動かすことなく移動を行っていた。

 

「意外と調節が難しいわね」

「何でやってんのよ……」

 

 おっとっと、とさとりが少しバランスを崩しながら超低空飛行を開始、それを見たアリスは頭痛を堪えるように頭を押さえた。

 命蓮はそんな彼女達を無言で一瞥すると、再び視線を前に向けた。この方向で合っているのか、そんなことをフランドールに尋ねる。

 

「……多分。少しずつだけど、咲夜と、お姉様の気配が強くなってる」

「そうか」

 

 なら、急がないといけないな。そう呟き、彼は足に力を込めた。飛行のために力を使うのではなく、走る速度を上げるために力を使ったのだ。それに合わせるようにフランドールも床を踏みしめ、カタパルトのように勢いを付ける。

 

「せめて何か宣言してくださいよ」

「命蓮! 貴方も落ち着きなさい」

 

 一瞬遅れて美鈴と華扇がそれに続く。あっという間に後続を置き去りにするほどのスピードで、四人は歪んだ紅魔館の廊下を駆ける。

 

「……って、ちょっと待った」

 

 そこで美鈴が気付いた。後ろを振り返り、地平線が見えるほどの廊下が広がっているのを視界に入れ、ストップ、と三人に叫ぶ。

 その声に足を止めた三人は、何だ急いでいるのに、と彼女に振り返った。

 振り返り、自分達が何をしていたのかを気付かされた。

 

「またはぐれたじゃないですか」

「しまった……」

「命蓮、まさか貴方までそんな……」

 

 はぁ、と華扇が命蓮を見ながら溜息を吐く。申し訳無さそうに項垂れた彼は、どうやら本格的に焦っていたらしいと少々乱暴に頭を掻いた。

 フランドールは、そんな中一人だけ違うことを考えていた。移動の最中に聞かされたパチュリー達が遭遇した罠。早く合流して欲しいという『鬼』の願い。

 それとは矛盾するように再度引き離されたこの状況。おかしい。まるで二つの思惑が絡み合っているような。

 

「違う……? これも、思惑通り?」

 

 突如視界がぶれた。何だ、と視線を巡らせると、館全体が振動しているのが見える。何かに動揺しているようなその揺れは、一瞬収まったものの、微細な揺れが再度断続的に起きていた。

 

「現在この館は咲夜という娘の心で出来ている、とか言っていたな」

「じゃあこの揺れは」

「何か、あったんでしょうね」

 

 ち、と舌打ちしたフランドールは無限に続こうとする廊下を睨むと再度駆け出す。させるか、大事な大事な姪を、失ってたまるものか。そんなことを思いながら、足に力を込める。

 そんな決意を嘲笑うかのように生まれた壁に激突した彼女は、ぶつけた鼻を擦りながら邪魔だとそこに拳を。

 

「待て、フランドール」

「何よ」

「よく見ろ」

「……え?」

 

 命蓮の言葉に、その壁をもう一度眺める。ん、と首を傾げたフランドールは、視線を壁に沿って左に動かした。

 両開きの扉が一つ、片方だけ所在なさ気に揺れていた。近付き、それを押す。ギギギ、と軋んだ音を立てて開いた扉は、また別の廊下への道を指し示している。

 そんな廊下の左右の壁に、何かがぶつかったような跡があった。

 

「誰かがここを通った?」

 

 フランドールの呟きに、え、と美鈴と華扇が駆け寄ってくる。あ、本当だ、と呑気に何かがぶつかった跡を眺めた二人は、その片方を見て怪訝な顔を浮かべた。

 どう見ても、盛大にぶつかり過ぎて人型が出来ている。

 

「インコ、ですね」

「そうね」

 

 まあ凡そそうじゃないかと思っていたフランドールも、二人の言葉を聞いて確信を持つ。ということは、ともう片方の跡に近付く。

 罅が出来ているそこは、頭でも打ち付けたのだろう。そして恐らく、そんなマヌケな姿を晒したのは、自分の姉だ。あの巫女と戦って、咲夜が『鬼』のせいで暴走して、それを助けようとここを駆け抜け。

 今頃はあの巫女とギャーギャー言い合っている頃だろうか。

 

「ねえ、美鈴」

「はい?」

「あの博麗の巫女。お姉様と仲良く出来ると思う?」

「んー、そうですね」

 

 実際見たわけじゃないのでフランさんからの予想になりますけど。そう言って顎に手を当てて少しだけ考えた美鈴は、薄く笑うとそのまま視線をフランドールへと向けた。

 

「どつき漫才でもしてるんじゃないですかね」

「……もう一度確認するけど、人よね? あの巫女」

 

 人間って怖い。フランドールはほんのちょっぴりそう思った。

 

 

 

 

 

 

「咲夜! 手が止まってるわよ!」

「……くっ」

 

 ナイフを生み出し、投げる。それをほぼ左手だけで弾いたレミリアは、そのうち一本を引っ掴むと背後に投げ付けた。あた、とそれが頭に命中した飲子は蹲り、何すんじゃいと涙目で彼女の背中を睨む。

 

「手を出すな、と釘を差しただけだ。他意はない」

「ナイフだこれ!」

 

 思わず笑ってしまった子供二人を不満気に見やった飲子は、何だよもうとそのナイフを手に取った。こんな危険なものを子供が使うのはどうなのだろう、と眉を顰め、そして何かに気付き表情を怪訝なものに変える。

 

「……ちょっと、これ」

 

 ナイフだと思っていたが、違う。見た目も触感も金属の刃のそれだが、中身は違う。

 生命力の塊のようなそれは、まるで命を切り取ってこね回して無理矢理形にしているようで。

 

「レミリアぁ!」

「何だ博麗飲子。私は今――」

「止めて! 今すぐ! 咲夜ちゃんと戦うのを、止めて!」

 

 何を言っている。そんなことを言いながら視線を思わず背後に向けた。そして、今までとは段違いに真剣な表情を浮かべている飲子を見て、思わず動きを止めた。

 その胸に、咲夜が放ったナイフが一本、突き刺さる。

 

「あ……あ……!」

 

 それを当ててしまった本人が、誰よりも動揺をしていた。違う、不意打ちをするつもりはなかった。必死だったから、周りの状況を見る余裕が無かったから。

 

「ちょ、レミリア!」

「お、前のせいだぞバカ巫女……!」

 

 つつ、と口から血が垂れる。そんなことお構いなしに胸のナイフを掴み引き抜くと、真っ赤に染まった自身の服を見ることなく飲子へと詰め寄った。その途中、ちらりと背後の愛娘を一瞥する。真っ青で震えている咲夜を見る。

 とりあえず飲子を一発殴り、ちょっと勝負は中断だと声を掛けるために再度振り向いた。

 

「咲夜」

「ち、違うの! 私、そんなつもりは」

「咲夜、聞きなさい。今のは私のミスよ。貴女の功績じゃないわ」

「私の所為じゃない! 私は、悪くない……!」

「いや咲夜。そもそも、こういうことになる前提で戦っていたのだから、別に気にする必要は――」

「私じゃない! 私じゃない! 私じゃ、ない!」

 

 あの巫女が母を呼び止めたから。だからあんな場所に当たってしまった。本当はもっと違う場所に攻撃を当てて、自分の方が今は強いって宣言して。それで終わりにして。

 違う。それでは何も変わらない。あの吸血鬼を始末しなければ自分の反逆は成されない。

 違う。家族を屍にしてまでしたい反逆なんか無い。自分がしたいのはそういうものじゃない。

 自分が、やりたいのは。屍にしても良い相手は。

 

「……レミリア!」

「っ! さく――」

 

 思わず身構えたレミリアは、しかし飛来したナイフが全て自身をすり抜けたことで目を見開いた。目の前の咲夜を見ると、先程までの泣きそうな顔から一変、どこか焦点の合わない目で、自身の背後を睨み付けている。

 振り向いた。霊夢と魔理沙を庇い、ナイフが全身に突き刺さっている博麗飲子を視界に入れ、彼女は再度目を見開いた。

 

「霊夢、魔理沙ちゃん」

「お、おばさん! 大丈夫なのか!? 山あらしみたいになってるぜ!?」

「だからおばさんじゃ――じゃなくて、ちょっとここから離れて」

「やだ」

「いや真面目な話ね。ちょっと、向こうが危ないから」

 

 だったら尚更、と霊夢は飲子を睨む。咲夜は自分の友人だ、黙って見ていろなんて言わせない。そう述べると、魔理沙もそうだそうだと声を上げた。

 ふう、と飲子は溜息を吐く。それは当然分かってる。そう言って二人の頭をくしゃりと撫でた。

 

「だから、その後のことは全部任せた」

「……むぅ」

「……はーい」

 

 よろしい。そう言って笑みを浮かべた。じゃあちょっと霖くんとこ行ってて、と二人の背中を押すと、待った、とレミリアに向き直る。

 とりあえず背中のナイフを抜け。呆れたようにそう述べる彼女に、あはは、と飲子は頬を掻いた。

 

「っと、ボケてる場合じゃない」

「今のところふざけているのはお前だけだ」

「真面目にやってんのこれでも」

 

 いいから向こうを見ろ。そう言って飲子は彼女の背後を指差す。肩で息をしながら、再度大量のナイフを生み出している咲夜を指差す。

 その刀身は、まるで彼女が吐血したかのように、真っ赤に染まっていた。

 

「駄目だよ咲夜ちゃん! これ以上それを続けたら」

「……博麗飲子」

「何さ!? 今はそれどころじゃ」

「――あれは、咲夜の命を削って、生み出しているのか?」

 

 一瞬だけ目を見開き、視線を逸らした。飲子のその行動だけで十分であった。レミリアは泣きそうなほど悲痛な顔を浮かべると、一気に咲夜へと肉薄する。

 何を、と彼女が言う前に、レミリアは咲夜を抱きしめていた。

 

「ごめんなさい咲夜」

「……え?」

「私は、そこまでして貴女に頑張って欲しくなんかないの」

「……」

「全力でぶつかってくれるのは嬉しかった。でも、命を使ってまでそんなことをされたら。貴女がそれで死んでしまったら。私は、生きる意味がなくなってしまう」

「…………」

「ねえ、咲夜。もう、終わりにしましょう? 貴女も、私も、これからはもっと――」

「違う!」

 

 強引に母親を振り払う。信じられないといった表情を浮かべているレミリアを睨み付け、泣きそうな顔で頭を振った。

 頑張るな、だなんて。本当の『母親』なら、そんなことは絶対に言わない。

 

「やっぱり、そうなんだ」

「咲夜……!」

「ちょっとでも信じた私が、馬鹿だった。みんなみんなみんな! 私の敵だ! ママも! 霊夢も魔理沙も! 博麗の巫女、お前も!」

 

 上空のナイフが、彼女を囲むように回る。機関銃の銃口を向けるように、その赤い刃がまとめてレミリアと背後の飲子に向けられる。

 

「何を言ってるの咲夜!」

「……子供って、一度癇癪起こすと手がつけられないんだよねぇ」

「博麗飲子! お前何を呑気な」

「真面目だよ。大真面目。私もまだまだ未熟だけど、それ以上に未熟な母親仲間のレミリアへのアドバイス」

 

 喧嘩したこと、無かったんでしょ? そう言って薄く笑った飲子は、すぐに表情を真剣なものに変えた。あれはまずい。自分自身がではない、咲夜の命が、である。

 これ以上あの状態で戦闘を続ければ、ほぼ間違いなく咲夜は死ぬ。それだけは、絶対に阻止しなくてはいけない。隣の新たな友人のためにも、娘のためにも。何より、咲夜のためにも。

 

「戦闘を長引かせちゃ駄目だかんね」

「言われなくても分かってる!」

 

 お祓い棒を逆手に構え、飲子は腰を落とし足に力を込めた。

 痛む右手と胸を意識の外に追いやり、レミリアは翼を広げると息を吸った。

 共に目標は、命懸けで癇癪を起こしているあの子供。

 

「行くよレミリア」

「分かってると言っただろうが!」

 

 巫女と吸血鬼。二人は、弾かれたように飛ぶ。

 時間はもう、残り少ない。




もうちょいのはずなんだけど……
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