先代巫女と六人の仲間達   作:負け狐

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締めに掛かろうと思いました。

思っただけになるかもしれません。


参拾捌 思ひ出ボロボロ

 どちらかといえば肉体派の面々が揃って廊下を駆けていく。その光景を見て出遅れた残りの面々は、しかし追い付こうと足を動かした。適当に流す程度で走る幽香と既に飛んでいるルーミアを除いた四人は走り、廊下を駆け抜ける。

 そうして辿り着いた場所は、廊下の突き当り。どこかの部屋の入口であった。他に道はなく、しかしここに先行した面々がいる気配もない。仕方ない、と彼女達はその扉を開き、中へと足を踏み入れた。

 何だここ、とアリスはその部屋の周囲を見渡す。薄暗く光源の抑えられたそこには、壁一面に何かが貼ってあった跡が残っていた。

 少し首を傾げつつ、橙もアリスに同意するように頷くとその壁に近付く。切れ端からすると貼ってあったのは絵だ。といっても何か画家の描いたようなものではなく、言ってしまえば子供の落書きのような。

 二人揃って視線を下に落とした。乱暴に破られたらしいその絵の残骸が散らばっている。破片を拾い上げると、予想に違わぬものが目に入った。

 

「小さな女の子、と」

「……吸血鬼、かな」

 

 ほれ、とそれを残りの面々に見せる。ルーミアはふんふん、と適当な返事をし、幽香は少しだけ眉を顰めた。さとりはどこか寂しそうな表情を浮かべながら、マズいかもしれないと一人呟く。

 そして一番その絵を描いた人物に近い一人は。

 

「ゼハッ……ゼッ……ゲッ……ケフッ……」

「……大丈夫なの? パチュリー」

「ハッ……ハッ……カハッ……」

 

 駄目そうだ。そう判断したアリスはさとりに視線を向けた。こくりと頷いた彼女は、パチュリーに先程の絵の残骸を差し出し、どうかしら、と尋ねる。それを一瞥したパチュリーは、大きく息を吸い、そして。

 

「駄目ね。思考も完全に絶え絶えだわ」

「でしょうね」

「だったらわざわざ今見せるな、って思ってるわ」

「言われてみれば」

「アリスも段々飲子に染まってきたね」

「冗談でもやめて!」

 

 橙の言葉に心底嫌そうな顔を浮かべたアリスは、まあとりあえずと咳払いを一つ。パチュリーが落ち着くまでに、もう少し部屋を調べてみよう。そう言いながら部屋の中心へと近付いた。

 誤魔化しているわね、と幽香は笑う。ギロリ、と彼女を睨み付けたアリスの視線など意に介さず、貴女はどうかしらとルーミアに問うた。

 んー、と暫し視線を彷徨わせたルーミアは、とある一角で目を留める。何者かがやられて吹き飛んだらしい跡を見付けると、相変わらずだなー、と口角を上げた。

 

「インコがいたっぽい」

「あら、そうなの?」

 

 どれどれ、と幽香もそこに近付く。成程確かにこのやられ方はインコだ。うんうんと頷いた彼女は、つまりここは以前に誰かが訪れた場所であるという結論を出す。心の迷宮が、ここまで象徴的な場所を再度生み出すとは考えにくい以上、それはつまり。

 

「迷宮が壊れかけている、ということかしらね」

 

 だとすると、急いだ方がいいのかもしれない。アリスと橙を呼びその旨を伝えた幽香は、とりあえず自分の出番は終わりだとばかりに壁にもたれる。めんどくさがっちゃって、とルーミアは笑みを浮かべながらその隣に並んだ。

 そんな二人を横目で見ながら、さとりはふう、と息を吐く。まあその辺りは絵の切れ端を見た時点で察していたが、自身の能力を使わずとも判断出来てしまうような状況というのは確かにマズい。そろそろ息は整ったでしょうか、と視線をパチュリーに向けると、肩で息をしつつもしっかりとこちらを見ている彼女が目に入った。

 

「上等。ではパチュリー、貴女に問いますが」

 

 ここはどういう場所だと思うのか。その問いに、パチュリーは一瞬だけ目を閉じた。壁を見て、絵の残骸を見て。何か引っ掛かるような気もしながら、彼女は口を開いた。

 

「多分、家族との思い出の部屋ね」

「正確には、母親と娘の、といったところかしら」

「……ええ」

 

 咲夜とレミリア以外の思い出はここにはない。パチュリーはそう判断した。別の場所にあるのか、あるいは、そんなものは元々無いのか。

 どちらにせよ、その部屋がズタボロに荒らされているというのは咲夜の心に明らかによくないことが起こっている証拠だ。

 

「急ぎましょう。咲夜のいる場所へ」

 

 パチュリーの言葉にアリスと橙は頷き、ルーミアと幽香も同意した。恐らくもう迷わずにゴールに辿り着けるだろうから、そう言いながら入ってきた扉に足を向け、行くわよ、と皆を見渡す。また息も絶え絶えになるんじゃ、というルーミアの軽口にうるさいと返した。

 

「……さとり?」

 

 そんな中、一人だけ散らばった切れ端を集めている少女の姿が目に入った。時間がないのだけれど、とパチュリーが述べると、ええそうね、と彼女は返す。

 だったら、と言葉を続ける前に、さとりは立ち上がり口角を上げた。

 

「ええ。だから、この絵を修理してあげないと。母娘の思い出であるこれと、そして」

 

 ちらりと視線を向ける。壁の一角に、今まで存在していなかった扉が一つ、半開きで存在していた。

 

 

 

 

 

 

 命を削って戦う少女を、母親と巫女は止めに疾走る。これ以上やらせない。そんな決意を持って、全力で。

 その光景を眺めていた正邪は、もうそろそろか、と何かを考え込むように顎に手を当てた。トントンと額に指を当て、目を閉じどこかを探るように動きを止める。

 

「よし、順調にこちらが不利になっていっているな」

 

 うんうん、と頷いた彼女は、目を開き振り向いた。こちらを睨み付けている子供二人を視界に入れると、ケケケと笑う。子供受けが悪いな。本気か冗談か、そんなことを口にした。

 

「おい『鬼』」

「何だ小娘」

 

 箒を突き付ける。魔理沙のその動作に全く身動ぎしない正邪を見て、彼女はその表情を歪めた。ムカつく、と隠すことなく口にして、同意を得るように隣を見る。

 ふん、と鼻を鳴らした霊夢は、同じように陰陽玉を手に持つといつでも投げられるように構えを取った。何かきっかけがあれば、すぐにでも目の前の『鬼』をぶっ飛ばす。口にせずともその目がそう述べている。

 

「おー怖い怖い。ちょいとそこの兄さんよ、子供二人を止めちゃくれないかな?」

「冗談が上手いな」

「ははははっ。そりゃそうだ、天邪鬼だからな」

 

 ふざけんな、と魔理沙が正邪に突っ込む。真っ直ぐ突き出した箒の一撃は、まるで最初から逸れていたかのように明後日の方向へと叩き込まれた。んな、と目を見開いた彼女の足を正邪は軽く払う。バランスを崩した魔理沙は見事にすっ転がり、頭を床にしたたかぶつけてしまう。目の前で星が飛び、何だか今日はこんなんばっかりとチカチカする視界の中で一人ぼやいた。

 正邪はそんな彼女を見下ろしながらケラケラと笑う。そう慌てるな、と一言述べ、お前達もそう思うだろうと霖之助と霊夢に視線を移した。

 

「あんたが慌てるなって言うのなら、きっと慌てた方がいいんでしょうね」

「子供は大人の言うことを素直に受け止めるもんだ」

「お生憎様。私、捻くれてるの」

 

 そう言いながら陰陽玉をぶん投げる。強烈な霊力の込められたそれは正邪の真横を通り過ぎ。背後で旋回をして再度霊夢の下へと返ってくる。そのどちらも目標に当たることはなかったが、しかし。

 陰陽玉のかすった頬を擦りながら、余裕ぶっていた正邪の笑みが消えた。早いのか、それとも向こうが規格外か。霊夢を眺め、そして咲夜を見る。両方、と見るのが最善か。そう呟き、その表情を再度愉悦に歪めた。

 

「おい兄さんよ、子供のお守りはちゃんとしておいてくれないと困る」

「ん? 何か問題あったかな? 僕の見る限り、よくやったとしか思えないが」

「ははは。そうかい、そりゃすまなかった。私の勘違いだったみたいだ」

 

 それじゃあ引き続きよろしく。手をヒラヒラとさせ、正邪は視線を彼から外す。そろそろ仕上げの時間だ、とわざと聞こえるように呟いた彼女は、何ら気遅れることなく咲夜の方へと近付いていった。

 

「どこに行く気だ!?」

「ん? 向こうの同盟者が不利そうだから、救援に行くのさ」

「させるとでも?」

「止めたきゃ止めな。ただし」

 

 あのお嬢ちゃんは死ぬぞ。霊夢達に振り向かず、正邪はそう言って笑う。動きを止めた二人を見ることなく、楽しそうに声を上げた。

 聞き分けのいい娘は好きだ、と言い放った正邪は再度向こうへ近付く。咲夜しか見ていないレミリアはそれに全く反応することなく、現状イッパイイッパイの飲子は気付かない。

 だから、彼女が咲夜に伝えた言葉に対処するのが、一歩遅れた。

 

「さあ同盟者! 頃合いだ、思い切り力を使っちまいな」

 

 

 

 

 それは、半ば無意識に行った行動であった。咲夜は胸の懐中時計を握り締め、大きく息を吸う。

 瞬間、全ての光景が白黒になった。普段行っている自分の特技とは桁の違うそれを目にした彼女は大きく目を見開き、そして口角を上げる。くしゃりと泣きそうなほど顔を歪めて、それでも口だけは笑みを作る。

 真正面から戦え、と母親に言われた自分の全力は、相手を一方的に嬲る技術。幼い心でそれを理解した咲夜は、声を上げて笑った。どうせ、もう母親なんかどうでもいいと思っていたんだ。これ以上何を悲しむ。

 視線を前に向けた。必死で自身を抱き止めようとしているレミリアの姿が目に映り、彼女は奥歯を噛み締めた。ナイフをどこからか取り出し、その切っ先を喉と額に向ける。

 後は勝手に向こうがそれに突き刺さってくれる。そうすれば終わり、死ぬかどうかはしらないが、少なくとも自分の勝ちではあるだろう。あっけないその結果を想像した咲夜は、もう一度懐中時計を握り締める。己の心の中に入り込む。

 

「っ!?」

 

 強烈な痛みが胸に走った。外傷からくるものではない。先程までは感じなかったそれは。

 そうだ、と彼女は理解するのは早かった。聡明だ、と母親に散々褒められた彼女は、その実同年代の少女と比較しても圧倒的であった。今この場で何が起こっているのか、それをすぐに察したのだ。魔理沙では無理である。

 確か同盟者が言っていた。今の紅魔館の時間と空間は自身が支配しているのだと。言い換えれば、咲夜と紅魔館は一体化している。彼女が傷付けば館の迷宮も綻びが生まれるし、その逆もしかり。心が荒めば迷宮も荒れるし、反転することもある。

 痛い、痛い。心が痛い。迷宮が壊されている。館が荒らされている。

 違う、この痛みは壊されているからじゃない。荒らされているからじゃない。そうじゃなくて、逆に。

 

「何で……」

 

 白黒の視界に、別の空間が浮かび上がる。パチュリーが、敗れた絵を修復して誰かに見せていた。自分と母親、それらを描いた絵を見て、その誰かも優しい笑みを浮かべる。ここからでも見えるくらいに、心がこもっているのね。誰かがそう言って、その隣にいた誰かもそうね、と笑っていた。当たり前よ、とパチュリーはどこか誇らしげに誰かに返した。

 だってあの娘は、本当にレミィが大好きなんだから。躊躇うことなくそう言ってのけたパチュリーを見て、咲夜の痛みは更に大きくなった。

 視界が変わった。見知らぬ誰かに力を分けてもらった小悪魔が、行ってきますと館の入り口に突入するところであった。咲夜ちゃん、無事でいてくださいよ。普段の彼女からすると信じられないほど真面目な表情でそう呟くのが耳に届いた。

 視界が変わった。フランドールが、どこかほっとしたような表情で扉に歩いて行くのが見えた。あの二人と、案外仲良くなってたのね。そう言いながら、霊夢と魔理沙とで三つ巴の喧嘩をした部屋の痕跡を確かめていく。そういうところ、フランさんに似ているんですね。彼女の隣にいた誰かがそういうのを聞いたフランドールは、当たり前よ、と微笑んだ。

 だって私は、あの娘の家族よ。迷うことなくそう言い放ち、部屋にあった扉を開けた。

 パチュリーと数人の誰かがそこにいた。あれ、と幾人かが素っ頓狂な声を上げ、一人二人が難しい顔をする。

 そんな中、フランドールとパチュリーはその部屋の壁を眺めて苦笑した。何だ、ここにあったんじゃないか。そんなことを言いながらお互い顔を見合わせた。

 咲夜と、レミリア。それ以外に、フランドールも、パチュリーも、小悪魔も。紅魔館の皆が描かれた絵が、壁いっぱいに飾ってあった。ボロボロになって尚、そこだけは、傷付かずに残っていた。

 ねえ、咲夜。そう言ってフランドールは壁に手を付く。パチュリーも同じように彼女に呼び掛けるように手を添えた。

 

「そろそろ、夕飯の時間よ」

「だから、皆で仲良く――」

 

 限界だった。見えている視界を振り払い、目の前に集中する。

 大好きな母親の顔が見えて、彼女の我慢は瓦解した。喉と額にあったナイフを振り払い、目の前の母親に抱き付いて。

 視界に色が戻る。カラン、とナイフが床に落ちる音がした。あだっ、と誰かの悲鳴が聞こえた。

 

「咲夜……?」

「ごめ、んなさい……ごべん、な……ざい」

「……どうしたのよ咲夜。そんなに泣いたら、美人が台無しよ」

 

 先程まで傷付けようとしていたのに、彼女はそっと自分を抱きしめてくれる。あんなに酷いことを言ったのに、こうして包み込んでくれる。それが堪らなく咲夜には嬉しくて。そして、堪らなく悲しかった。自分自身が、情けなかった。

 

「ごめんなさい……ごめんな、さい……!」

「何を謝るのよ。喧嘩の一つや二つ、母娘なら当たり前でしょう」

 

 そう言ってレミリアは咲夜の頭を撫でる。染みこんでくるような温かさが、彼女の中で先程の気持ちを更に大きくさせた。

 限界だった。堰を切ったように目から涙が溢れだし、その顔がくしゃりと歪む。

 大声を上げて、咲夜は泣いた。大好きな母親の胸の中で、子供そのままに、彼女は泣いた。

 

 

 

 

 

 

「一件落着ってか」

 

 後ろ手を後頭部で組みながら、正邪はそう言って笑う。泣きじゃくる咲夜を満足そうに見ながら、ケラケラと楽しそうに声を上げた。

 そう思わないかい? 唐突にそんな問い掛けをしつつ、彼女は咲夜達から視線を外し振り向いた。

 

「何が、かな?」

「おいおい。見て分からないのか? ハッピーエンドってのは、いいものだなって聞いたのさ」

 

 霖之助は答えない。質問の意味が分からなかったからではない。質問の意図が分からなかったのだ。確かに目の前を見るだけならばそうだろう。一体どうして仲直りしたのか分からないが、恐らく目の前の天邪鬼はその過程を知っているからこその言葉だ。過程も結果も満足いくものであったからこその台詞のはずだ。

 そこまで考え、彼はその目を細めた。『天邪鬼』が、『ハッピーエンド』だと言ったのだ。

 

「何を企んでいる?」

「人聞きの悪い。私はほれ、麗しい親子愛を見て感動しているだけさ」

 

 それより、質問に答えてくれよ。そう言って正邪は笑う。まずはそこだろう、と言わんばかりに口元を歪めて、そう続ける。

 聞いているだけであった魔理沙は、当たり前だろと彼女に述べた。ハッピーエンドが悪いわけない。真っ直ぐにそう言ってのけた。隣の霊夢も、まあそうね、と投げやりに同意する。

 

「兄さんはどうだい?」

「……不幸な結末を喜ぶほど、外道じゃないつもりだよ」

「おお! そうかいそうかい。そうだよな、そうでなくちゃ面白くないよな」

 

 うんうん、と満足そうに頷いた正邪は、なら気合を入れて応援してやってくれよ、と三人に述べた。

 困惑する霖之助達を嘲笑うかのように、そう続けた。

 

「何を――」

「咲夜!?」

 

 言っているんだ、という彼の言葉はレミリアの叫びに掻き消される。弾かれるように振り向いたそこには、血の気が失せて息も絶え絶えになった咲夜の姿が。

 そしてその周囲に、何か、としか形容しようのないものが渦巻いていた。

 

「天邪鬼! あんた咲夜に何を」

「おいおい、何でも私のせいにするんじゃない。あれは、子供には過ぎた力を無理矢理扱おうとした代償さ。言うなれば、自業自得ってやつか?」

 

 肩を竦めながら正邪は述べる。そこの兄さんなら分かるんじゃないか、と視線を向けると、ジロリと睨み返された。

 

「香霖!」

「……館をまるごと掌握し、空間を歪め、迷宮に作り変えた。その揺り返しだ。放っておけば彼女は死ぬか、あるいは」

 

 妖怪に変化する。そう述べた彼の言葉を最後まで聞くことなく、魔理沙は一目散に向こうへ駆けた。霊夢は最後まで聞き、目を閉じ、そして追い付かんとばかりに走る。

 応援とはそういうことか。二人の背中を目で追った霖之助は、視線を正邪に戻し再度睨んだ。

 

「そういうことさ。さて、ハッピーエンドになるのかね?」

「……ああ、そうだね。『バッドエンド』にしてみせるよ」

 

 出来るものならご自由に。そう言い放ち向こうへ駆けていく霖之助を見ながら、正邪は面白そうにそう呟いた。




ボケが少ない。
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