ひょっとしたら次は一行程度で終わらせて別の話に行く可能性も無きにしもあらずですが。
人里をトボトボと歩く紅白衣装の少女。纏う空気はどうにも淀んでおり、その服装――巫女装束にどうにも似つかわしくない。むしろその服を着ている人物に助けを求める方ではないのか、などと思ってしまうほどである。
そんな彼女に見知った様子で里の人々は声を掛けた。博麗の巫女様じゃないですか、一体どうしたんですか、と。彼等は別段焦っている様子もない。まあどうせいつものように役に立たないだの無能だのそういう事で落ち込んでいるのだろうと楽観的に考えていた。
だが、その言葉を聞いてゆっくりとその方向に顔を向けた彼女――博麗飲子は、地獄の底から響くような低い声で短く述べた。予想と大分かけ離れている一言を述べた。
家がない、と。
「は?」
「もう巫女辞めて普通の女の子に戻る、って。そう宣言したら追い出されたんだよ!」
何を言っているのだろうこの人は。そう思ったが、決して口に出さない程度に里の人は空気が読めた。それは大変ですね、と当たり障りの無い言葉を口にしてその場から立ち去っていった。
そうして取り残される住所不定無職の元・博麗の巫女。
「何で……こんなことになっちゃったんだろうな……」
ポツリと呟いた彼女のその一言を耳にした里の人は、理由は明確だろうとツッコミを入れたいのを我慢しながらそそくさと歩いて行くのだった。
「で、何でここに来た?」
「住む場所がないから」
魔法の森の入り口に建っている胡散臭いガラクタを販売している自称古道具屋『香霖堂』。人里を出てここまで歩いてきた飲子は、店主である森近霖之助に開口一番にここを新たな我が家にすると宣言した。勿論却下された挙句にげんこつを落とされた。
そして、痛い、と頭をさすっている彼女に向かい呆れたように霖之助が尋ねた言葉とその答えが上記のやり取りである。呆れて物が言えない、と彼は深く溜息を吐いた。
「忘れていないかい? 僕も神社に入り浸っている一員なんだぞ」
「そりゃ知ってるよ。知ってるけど、ほら、霖くんなら大丈夫かなぁって」
「帰れ」
「その帰る場所がないんだってば!」
叫び、そして力尽きたように近くにあった椅子に腰を下ろした。巫女じゃない自分に価値がないのは分かってるけど。そう漏らしながら、ぼんやりと店を見渡した。
そんな飲子を見た霖之助はやれやれと肩を竦める。彼女の頭に手を置くと、よく聞くんだと苦笑した。
「君のことを巫女だからなんて思っている人は一人もいないよ」
「……うん」
「そもそもだ。巫女ならば価値があるというそれ自体が間違いだ。博麗、君は巫女だろうが無職だろうが価値は一定だ」
「……うん。……ん?」
「どっちだろうと別に大して違いはない。何も変わることなどないさ」
「……何かいいこと言ってるっぽいけど実際は私なんぞいてもいなくても一緒だって意味だよねそれ」
霖之助は無言で視線を逸らした。割と分かりやすい性格をしている彼のその行動が全てを物語っている。飲子の言葉が正しいのだということを。
それを理解した彼女は、怒るでもなく喚くでもなく、無言で泣いた。今回は割と本気で心に来ていたらしい。ただただ肩を震わせて静かに泣き続けるその姿は、流石の霖之助もどうしていいのか分からずオロオロするばかり。女性の扱いは彼の苦手とするところなのだ。商売人なのにである。
結局、彼は分かった分かったと乱暴に彼女の頭を撫でると、落ち着くまでここに住めばいいとそう述べた。ホントに? と顔を上げる飲子の目は涙で真っ赤になっている。その顔を見ながら、霖之助は首を縦に振った。そんな状況の少女を追い出すほど鬼畜なつもりはないからね。そう続けると、ちょっと空き部屋を掃除してくるよと店の奥へと引っ込んでいった。
そして残される涙の跡が残る少女が一人。今ここに誰かがやってきた場合、案外困ったことになるのではなかろうか。そんなことを予見させた。
「邪魔するぞ。霖之助、ちょっと見繕ってもら……い、た……い」
となると、勿論来客が現れ困ったことになるというのは世の常である。ドアを開けて店の中に入ってきたその客は、椅子でまだ少し泣きべそをかいている飲子を見て動きを止めた。飲子はその泣き腫らした顔を上げ、客が見知った顔であることに気付き声を掛ける。
「あ、先生。何でこんな場所に?」
「……それはこっちのセリフだ。何でこんな場所で、そしてそんな格好で泣いている?」
「そんな格好? ……あ」
やさぐれてそこら中をフラフラしていた彼女の着衣は乱れていた。気付いていなかった飲子と、そんな気の利いたことを言えるはずがない霖之助。この二人しかいない空間では、直す機会などありはしない。
そしてそのことを知らない第三者が見れば、どう思うか。答えは簡単である。
「博麗、布団も用意したから使うといい」
「貴様は何をやっとるかぁぁぁぁ!」
顔を出した霖之助に全力で頭突きをかます寺子屋教師の姿がそこにあった。
こほん、と気まずそうに来客である上白沢慧音は咳払いをした。誤解してしまって申し訳ない、と素直に頭を下げる彼女に、霖之助は予備の眼鏡を掛け直しながら別にもういいよと苦笑する。君が早とちりするのはいつものことだからね、そう言うと慧音の前に湯のみを差し出した。
「大体、僕と博麗がどうにかなると思っているのかい? このちんちくりんと」
「ちんちくっ!?」
呆れたような彼のその物言いになにか思うことがあったのか、飲子は自身の体を見やる。別段女性として劣っていないと思われる双丘が視線を下げると確認出来たが、多分そういう意味ではないのだろうと思い直すと溜息を吐いた。そして、ふと思い出した。
「……あれ? 神社の面々皆胸おっきい……」
ナチュラルにルーミアを省きながら、彼女は幽香と華扇と美鈴の胸部を思い出す。ついでにこの間自分を忘れていた妖怪の賢者と苦労性のその式の胸も思い出した。
そして横にいる古道具屋の幼馴染である寺子屋教師のバストを眺める。
「博麗、何を考えているかは知らないが、慧音の胸を凝視するのはやめろ。彼女が困っているじゃないか」
「ふぇ!? あ、ご、ごめんなさい」
「あー、いや。別にそう気にしなくても大丈夫だぞ。これが霖之助だったらぶん殴るが」
するわけないだろう、という霖之助の抗議を受け流しながら、話を戻そうかと彼女はお茶に口を付ける。一体全体どういう経緯なんだ、と。
その言葉を聞いた飲子が少々バツの悪そうな顔で口を開いた。多分人里で話題になっていると思うんだけど、と前置きしながら、自分が博麗の巫女を辞めると宣言した結果神社を追い出されたことを話す。
それを無言で聞いていた慧音は、成程と一言呟いた。
「全く話題になっていなかったから知らなかったが、そういうことがあったのか」
「……慧音、仮にも教師ならもう少し言葉を選んでくれ。博麗泣いているぞ」
「え!? な、何か私はマズイことを言ったのか!?」
「……いや、まあ、これはしょうがない、か」
よしよしと飲子の頭を撫でながら霖之助は溜息を吐いた。しいて言うのならばタイミングだろうか、そんなことを思いつつ、そういえば君は何の用でここに来たんだいと慧音に尋ねる。それを聞いた彼女はああそうだった、と教材に使えそうなものの名前を彼に告げ、分かったと頷いた霖之助がそれを探しに棚へと向かう。
「そうだ博麗」
「……んー?」
「ここに住むのならちゃんと香霖堂店員として働いてもらうぞ」
「あ、うん。何すればいい?」
飲子の言葉にこれだとカウンターの上に置いてあった荷物を指差す。先程慧音の注文で用意したそれを壊れないように梱包すると、じゃあ早速配達をしてもらおうと彼は述べた。
その言葉に慧音は別に自分で運ぶから大丈夫だと告げるが、彼は首を横に振る。視線を店の外に一瞬逸らすと、ついでにお使いを頼みたいんだと続けた。それで彼の意図に気付いた彼女は、そういうことなら仕方ないかと苦笑した。
「よし、じゃあよろしく頼む」
「まっかせて! 博麗の巫女あらため無職あらため香霖堂丁稚博麗飲子の実力を見よ!」
大仰で情けない宣言の割に普通に荷物を運んでいく彼女を見ながら、やれやれ、と霖之助は肩を竦める。本当にそれでいいんだか、と困ったように呟いたその一言に、答えを返すものはいなかった。
さて、ではこれからどうしようか。そんなことを思いながら霖之助は本を取り出して頁を捲る。普段ならば博麗神社にでも冷やかしに行くところであるが、肝心の博麗の巫女がいない以上、あの場所がどれだけ混沌と化しているか容易に想像出来てしまった彼はその選択肢を却下した。
「まあ、面倒事はここにいる以上そうそう起きないだろうから――」
のんびりするかな。そう言いかけた彼の言葉は、勢い良く開けられたドアの音でかき消された。入り口のベルはけたたましく鳴り、それを行った人物は肩で息をしながら辺りをキョロキョロと見渡している。
ああ、これは厄介事だ。そんなことを思いながら、霖之助はその来客に向かって声を掛けた。いらっしゃい、何かお探しですか、と。
「――人形」
「は?」
「人形を探しているの! 心当たりはない!?」
とりあえず落ち着いて欲しい。そんなことを思いながら、霖之助は青を基調としたドレスに身を包んだその金髪の少女を宥めにかかった。
「あら丁稚。元気そうね」
そう言って日傘を差しながら微笑む幽香に向かい、飲子は心底嫌そうな顔を浮かべた。そもそも何でそんなこと知ってるんだと食って掛かると、笑みを強くさせてやっぱり気付かなかったのねと述べる。
「ルーミアに追跡してもらってたのよ」
「うぇ!?」
「霖之助と慧音は気付いてたみたいだけれど」
「……え?」
貴女って本当に無能なのね。そう言いながらコロコロと笑う幽香を見て、飲子はガクリと膝を付く。まあ別に古道具屋の丁稚ならその程度でも問題ないわよ、という彼女の追い打ちを受け、力尽きたように頭を垂れた。
まあ、精々頑張ってちょうだいな丁稚さん。そう締めると幽香は踵を返して彼女から去っていく。しばしその場で落ち込んでいた飲子は、やがてゆっくりと立ち上がると、天を仰いだ。
ああ、本当に博麗の巫女だろうが何だろうが扱い変わらなかったわ。そんなことを一人呟くと、頼まれたお使いをするために人里の店に足を運ぶのだった。
「ん?」
その途中、彼女は打ち捨てられた人形を見付けた。何の気なしに拾い上げると、どうやら打ち捨てられたという予想は間違いであったようで、非常に丁寧に手入れがされている。恐らく持ち主はこの人形を非常に大切にしていたのだろう。そう思わせるほどであった。
となると、これは落し物だろう。そう判断した飲子は、ならば持っていればきっと博麗神社にそのうち依頼が来るだろうとそれを自身の持っていた袋に入れる。来る前に依頼を片付ける自分は優秀だな、などと余計な事を思ったりもした。
そこまで思ったところで、自分は既に博麗の巫女ではなかったことを思い出した。何やってるんだろう私、と溜息を一つ吐くと、まあでも一応神社まで持って行こうかと足を進める。お使いはまだ終わっていないので、それが終わってからになるけど。そんなことを付け足しながら、彼女は再び店を回る。
既に自身の住処ではなくなった神社は、どこか居心地が悪い気がした。無論彼女の勝手な思い込みである上に、別に住処でなくなってなどいないのだが、あくまで彼女自身はそう思ったのだ。
とりあえず普段そういうものを仕舞い込んである場所まで向かい、その棚に人形を収めると、よし、と飲子は踵を返す。長居するつもりなど無い、ということなのだろう。
さっさとその場を後にした彼女をこっそり見送る人影が二つ。どちらかというとまともな方に分類される命蓮と美鈴である。
「何をやっているんだか」
「子供の家出と変わんないですよねぇ、あれ」
とりあえず香霖堂にいるということは分かっているのでそこまで心配していないが、あまり意地を張らずにもう少し大人になればいいのに、と二人は揃って肩を竦めた。
まあ、あれが落ち着くなんていうのは想像出来ないけれど。そう言って笑う美鈴に、それもそうだな、と命蓮も同意して笑みを浮かべた。
「さて、じゃああの娘が何時帰ってきてもいいように」
「仕事は片付けておくか」
そういうことをするから余計に博麗の巫女がいなくても大丈夫な博麗神社などと呼ばれるのだ、という事を指摘するような殊勝な人物はこの場にはいなかった。
二人もそこから離れ、誰もいなくなった博麗神社。そこの棚で、先程飲子が拾ってきた人形がガタガタと動き出したのを知るものはいない。
後半に……続くのかこれ?