博麗神社で巫女が落ち込む。これが日常の光景だと感じる幻想郷の連中は色々とおかしい。そんなことを八雲藍は思った。そのついでに、何故追い打ちをあんなにいい笑顔で掛けられるのだろうか、と幽香とルーミアを見て思った。
こほん、と咳払いを一つする。それで、一体何でこんなことになっているのだろうかと目の前で体育座りをしている飲子に訊ねた。ゆっくりと濁った目が藍へと向き、そしてその口からゆっくりと言葉が紡がれる。
「地獄に落ちろって言われた……信じてたのに、藍さんは私の味方だって思ってたのに……」
「藍様……酷い」
「私なの!?」
というかそんなことを言った覚えは全く無いのだが。そう弁明をしたところで目の前の巫女がどうにかなるわけでもなし。ついでにこの間自身の式にした化け猫少女も非難の目で見てくるのが心に痛かった。
縋るように神社にいる他の面々に視線を向けたが、幽香とルーミアは酷いこと言う奴もいたのね、とこれみよがしに騒いでいるので全く当てにならない。そして華扇と美鈴はこの場にいない。
となれば選択肢は一つ。
「も、森近さん、命蓮さん。誤解を解いてはくれないだろうか!?」
「いや、誤解というか」
「まあ、誤解ではあるが」
どうにも歯切れが悪い。どこか困ったような表情で目を逸らす男性陣を見て、藍はますます困惑する。何故、どうして。そんなことが頭をグルグルと回った。
そんな彼女を見ていい加減不憫だと思ったのか。やれやれ、と肩を竦めた霖之助が、君が最初に言った言葉をもう一度思い出してみるといいと述べた。
「最初に言った言葉……ええと、確か」
博麗飲子、ちょっと地獄に行ってくれ。確かそう言ったはずだ、と彼女は思い返した。
思い返し、自分が何だかとてつもないセリフを言ったことにようやく気付いた。
「あ、違う! そういう意味じゃない! 仕事、そう仕事なんだ! 仕事で向かって欲しいということであって、決して悪口とかそういうわけじゃ――」
「首を掻っ切るポーズをしながら悪役面で言ってたわよねぇ」
「そーなのかー」
「お前ら黙れ! しとらんわそんなこと!」
博麗神社の日常である。
「えーっと、で、何でそんな場所に?」
ようやく落ち着いた飲子が改めて藍にそう訊ねると、彼女は苦笑しながら実はだなと一枚の封書を取り出した。
八雲紫の名が記されているそれは、地獄は地獄でも旧地獄と称される場所にある館の主に渡して欲しいものらしく、その役目として博麗の巫女に白羽の矢が立ったのだとか。
「別にそんなん藍さんが行けばいいんじゃ?」
「ああ、そうしたいのは山々なのだが」
旧地獄の地下空間は地上の妖怪は立ち入っては行けないという条約が結ばれているのだ。そう言って彼女は頬を掻く。人間ならば問題ないので、頼むとしたら君しかいない、そう続けて頭を下げた。
「ちょ、そんな、え!?」
「危険なことを頼んでいるのは重々承知だ。だが、これは受けてもらわなくては」
「いやいや、大丈夫だから! 私受けるから! だから頭上げて!」
普段ないがしろにされている分、こういうことをされると滅法弱いのが博麗飲子という人物である。藍がそれを分かってやっているわけではないのが余計に拍車を掛けた。
ありがとう、済まない。そう言ってもう一度頭を下げる藍に大丈夫だと述べ、この博麗の巫女に任せろと胸を叩いた。どう見ても調子に乗っているな、と幽香は思ったが口には出さない。まああのくらいなら丁度いいだろうと一人頷いた。
が、これだけは言っておかなくては。そんなことを思いながら、ねえインコ、と声を掛けた。
「私達は妖怪よ。だから、ついていけないし、助けも出来ない。分かってるわよね?」
「え? ……ああ、うん、分かってるよ」
「何かあったら貴女だけで対処するのよ? 出来るの?」
「出来るよ! 博麗の巫女ナメんな!」
「そ。ならいいわ」
霖之助、命蓮、貴方達の助け要らないらしいわよ。弾けんばかりの笑顔でそう言うと、じゃあ一人で頑張ってねと彼女の肩を叩いた。へ、と間抜けな声を出す飲子に向かい、だって自分で言ったじゃないと続ける。
「一人で対処するんでしょ?」
「え? え?」
「霖之助と命蓮は完全な妖怪じゃないから一応条約に引っ掛からないのだけど、でも貴女だけでやるって宣言した以上、ねぇ」
「うんうん、しょうがないねー」
がんばれー、と呑気な声を上げるルーミアも乗っかり、完全に自分一人で行かなくてはいけない空気になってしまった。そのことに気付いた飲子は己の迂闊さを呪ったが、もう遅い。ここで意見を覆せばそれをダシに再びからかわれるであろうことは明白だからだ。
拳を握り、歯を食いしばり、分かった一人で行ってやると叫ぶ為に口を開く。
その直前、待ったと声を掛けられた。他でもない、霖之助と命蓮の二人にである。
「旧地獄に行ける機会なんか滅多に無いからね。僕は付いて行くよ。ああ心配しなくていい、博麗のお守りはついでさ」
「同じく、少しばかり地底の空間に興味がある。気になる話も聞いたからな。飲子のお守りはついで程度だ」
「……ふーん。まあ、ついでなら仕方ないわね」
「それならしょうがない。うんうんしょうがない」
良かったわね、と笑みを浮かべる幽香とルーミアを見て、ああ結局何を言っても結果は同じだったと飲子は一人表情を曇らせた。まあ心強い同行者が出来た分だけよしとしよう。そう自分に言い聞かせた。
そのやり取りを見ていた藍は、では改めてよろしく頼むと封書を飲子に手渡す。そして、無理はしないようにと心配そうに言葉を続けた。
「うん、ありがとう藍さん」
「飲子、怪我しないでね?」
「大丈夫だよ橙。私は博麗の巫女、これくらい余裕でこなしてみせるんだから!」
そう言って拳を天に突き上げる彼女は、応援されるっていいなぁとどこか見当違いなことを考えていたりいなかったり。
そんなこんなで旧地獄である。地上から向かうとてつもなく深い縦穴を降り、洞穴のような空間を抜けると、地下には似つかわしくない町並みが見えてきた。どうやらあれが話に聞いた旧都らしい、という霖之助の言葉に、飲子は思わず感嘆の声を上げた。
「凄い、人里よりずっと賑やかだ」
「まあ、それはそうだろう。ここは鬼が築いた街だからな」
そう言いながら人を捜すかのように命蓮は視線を巡らせた。どうしたの、という飲子の問い掛けに少しなと返すと、彼は視線を前に固定する。
どうやらお出迎えだ。その言葉に飲子と霖之助も視線を前に向けた。
「……人間? こんな場所に?」
緑眼をした金髪の少女はそんなことを呟くと首を傾げた。迷い込んだわけではなさそうだけど、と言いながら三人へと近付いてくる。
こんな場所に一体何の用? そう問い掛けた少女に向かい、飲子は言っていいものかと少しだけ迷った。が、まあ別段問題無いだろうと判断すると口を開く。ここにある地霊殿という場所の主に届け物があるの。そう彼女が述べると、少女は少しだけ目を細めた。
「ふぅん。まあいいわ。ちゃんと目的があるのなら好きになさい」
ただ、この街の住人は荒っぽいから気を付けなさいよ。そう言うと少女は三人の前から去っていった。その背中を見ながら、どうやら許可はもらえたみたいだなと命蓮が呟く。
許可? と飲子が訊ねると、気付かなかったのかいと霖之助が肩を竦めた。
「彼女は橋姫だ。恐らくこの旧都の守護を担当しているんだろう」
「へー。そーなんだー」
「ルーミアならともかく、お前がやってもただの阿呆なだけだぞ」
「酷っ!?」
いいから行くぞ、という命蓮の言葉に渋々ながらも飲子は従う。そのまま旧都の町中に入ると、遠巻きに見ていたのよりもずっと賑やかな喧騒が聞こえてきた。地上では見たことがない妖怪達が、暗い地下の中で一際明るい街の生活を謳歌している。それを見た彼女は、思わず呟いていた。いいなぁ、と。
「何がいいんだか」
「へ?」
声のした方に振り向くと、屋台で酒瓶を片手にこっちを睨んでいる水兵服姿の少女が見える。どこかで見たようなその顔に首を傾げていると、少女はこちらにつかつかと向かってきた。
持っていた酒瓶から酒をあおると、こんな場所のどこがいいんだと飲子を睨み付ける。
「私は地上からここに封印されたの。自分勝手な人間共にね!」
「え、ちょ。……酔ってる?」
「酔ってない! 大体、聖が何をしたっていうの! 人も妖怪も仲良く暮らせるようにって、それの何が悪いのよ!」
「酔ってるよ!? あんた完全に酔ってる! ってか別にそれは何も悪く無いと私も思うけど」
「じゃあ何で聖を封印した!」
「知るか! っていうか聖って誰だ!」
胸ぐらを掴まれた飲子はそう叫ぶが、完全に酔っ払っている少女にはまるで効果が無い。むしろ、聖を知らないとは何事だと余計に彼女を怒らせる始末だ。
そんな二人の間に命蓮が割って入る。落ち着け、そう言うと少女を飲子から引き剥がした。助かったと飲子は彼に礼を述べるが、対する少女は何をすると彼を睨む。
「酒に酔って見ず知らずの他人に絡むのは感心しないな」
「ふん、何で貴方にそんなことを言われなくちゃいけないの?」
「至極当たり前のことだと思うがな。それとも」
白蓮は酔っ払ったら他人に絡めと教えたのか? そう命蓮が続けると、少女の顔色が変わった。力なく頭を垂れると、そんなこと分かっていますよと吐き捨てるように呟く。
「こんな自棄酒なんか飲んだって聖が喜ばないことくらい分かってます! でも、そうでもしないと!」
「そう思うんなら、少し酒を控えたらどうだ? そんな風にする為に彼女だって君達を招き入れたわけじゃないだろうに」
「……そうですね。でも……」
「まあ、どうしても苛立ちをぶつけたいのなら、俺に言うといい。捌け口くらいにならなってやれる」
今は動けない姉の代わりにな。そう言うと命蓮は飲子を行くぞと叩いた。別に私悪いことしてないのに、とぼやく彼女に向かい余計な時間を食っている時点で十分駄目だと返す。
言い返せなかった飲子は肩を落としトボトボと歩く。そんな彼女とその隣を歩く青年の背中を見ながら、少女は持っていた酒瓶を机の上に置いた。
もう少しだけ、前向きに生きてみるか。そんなことを思いながら、屋台の親父に勘定を払う。とりあえず向こうでくだを巻いている一輪を拾おう、そんなことを呟きながら彼女は足を踏み出し。
「……姉?」
聞き逃せない単語を聞いた事に気付いたが、既にその姿は見えなくなっていた。
遅かったじゃないか、という霖之助の言葉に飲子は少々呆れたような表情を浮かべた。まあ確かに依頼は自分だけで、この二人はここに来るついでに自分についてきてくれている、ということは分かっている。
分かっているが、しかし。
「何してんの?」
「地上にはない道具を色々と見繕っていたのさ。流石は鬼の街、この盃なんかは相当の技術が――」
ああもういいや。そう判断した飲子は彼を置いていくことにした。元々自分一人でやるべき仕事、頼ろうとする方が間違いなのだ。そう判断して彼女は旧都から目的地へと向かう。向かおうとする。
「知らないんだろう? 場所」
霖之助の呆れたような声が背後から聞こえた。ピタリと動きを止めた彼女に図星かと続けると、それでよく一人でやろうと思ったものだと溜息を吐く。
振り返り、そんなことないもんと叫ぶ飲子であったが、目が完全に泳いでいる為にバレバレであった。すぐバレる嘘を吐くんじゃないと彼は肩を竦め、それでどうするんだいと問い掛ける。
「ど、どうするって?」
「地霊殿への道のりだよ。誰かに聞くなりしないといけないじゃないか」
「……あ、何だ霖くんも知らないんだ」
安堵の溜息を吐いた彼女は霖之助の肩をバシバシと叩く。まったくもう、驚かせないでよと笑みを浮かべながら述べると、じゃあ探しますかと拳を振り上げた。
探すなら一人で探したまえ。そう言うと霖之助は踵を返す。え、と素っ頓狂な声を上げた飲子に向かい、彼は一枚の紙を取り出した。どうやら地図らしきそれはここの町並みが記されており。
「とっくに僕達は探し当てているんだよ。知らないのは博麗、君だけだ」
「嘘ぉ!?」
二人のやり取りを眺めていた命蓮に視線を向けると、その通りだと言わんばかりに首を縦に振った。具体的にはお前が酔っぱらいに絡まれている間にだな。そう続けると、後は頑張れと彼も踵を返す。
「え? あの、その……それ、見せてはくれないの?」
「博麗、それは本気で言っているのかい?」
「自分の性根まで無能になってどうする」
口を噤んだ。確かにその通りだ、と奥歯を噛み締めた。自分を頼ってきた藍の名に恥じないようにする為には、こんな人に頼っているようでは駄目だ。そう自分に言い聞かせると、気合を入れる為に頬を張った。
よし、と少し痛む頬をさすりながら、飲子は二人に先に行っていてと声を掛ける。後でちゃんと追い付くから。そう続けると再び旧都の町中へと駆けていった。
そして残された男性陣は。
「……先に行っていても何も」
「俺達が行ったところで何にもならんだろう」
本当にあいつは肝心なところが抜けている。そんなことを二人して思い、揃ってやれやれと肩を竦めながら、まあじゃあその通りにしてやりますかと彼女を追い掛けることなく地霊殿への道のりへと進むのであった。
酒飲んでいいのか寺の妖怪。