これぞ主人公。
彼女の両目と、そして胸の辺りに付いている第三の目。それが全て細められ、目の前の人物を睨んでいた。妖怪の賢者と称される女性をである。
「あら、お気に召さなかったかしら?」
「ええ、とても」
机の上で手を組み、それで口元を隠しながらさとりはそう返す。同時に今現在目の前の相手が何を考えているのかを読み取った。少なくとも、真面目に交渉する気はあるらしい。それを理解したが、しかし。
「現在の博麗の巫女がそれほど邪魔なのですか?」
「いえそんな。ただ少し、そう、ほんの少しの不満があるだけですわ」
よくもまあ抜け抜けと。そんなことを思いつつ、そうですかとさとりは述べる。ですが生憎、私は現在の博麗の巫女に不満はありません。そう続けると話は終わりだと席を立つ。
まあそう焦らずに。そんな彼女に賢者の女性はそう返すと、もう一度座るように促す。不機嫌を隠そうともせず、仕方ないといった様子でさとりは再び席に着いた。
「そちらはどうかは分かりませんが、現在地上の妖怪は腑抜けています」
「だから、その現状をどうにかする為に、妖怪が暴れる為のルールを作ろう、ですか」
「ええ。どうかしら?」
本気で言っている。それを理解したさとりは、少しだけ考える素振りをした。確かに地上の現状を憂いた結果辿り着いた結論なのだろう。それは嘘偽りのない気持ちのようだ。
だが、解せない。博麗の巫女を新しくする理由が見えてこない。
「そのルールと博麗の巫女を挿げ替えることに何の繋がりが? そもそも、現在の博麗の巫女は地上の揉め事をことごとく解決している優秀な人物のはずですが」
彼女のその言葉に賢者は笑う。あの娘が優秀だなんて、そう言いながら少しだけ馬鹿にするように彼女を見た。
それは博麗の巫女の力ではなく、その周りにたまたまいた妖怪達の功績ですわ。そう言うと賢者は口元を隠しながら目を細めた。
「人望も実力と考えて差し支えないのでは?」
「やけに彼女の肩を持つのね。でも、残念ながらそれは間違いよ。巫女は人間、そして、彼女の周りにいるのは妖怪。本来であればあってはいけない組み合わせなの」
そもそも、博麗の巫女の仕事を妖怪がしているという時点で大問題なのだ。今までは結果的に均衡が保たれていたので見逃していたが、新たなルールを作りこの現状を変えようとするならば、放っておく訳にはいかない。
その賢者の意見と意志を確認したさとりは、これ以上は時間の無駄だと肩を竦めた。根本的に自分の考えと相容れない。百歩譲って新たなルールを作り妖怪の腑抜けた現状を正そうとするのはいい。だが、現在の博麗の巫女を否定するのは。
「大分あの娘に入れ込んでいるのね」
「……別に。ただ貴女の飲子への評価が不当だと思っただけです」
「飲子? ああ、そうそう、そんな名前だったわね」
「……八雲紫」
これ以上自分の友人を馬鹿にするならば。拳を握りそう言い掛けたさとりであったが、目の前の相手の心の中を読んだ彼女は思わず言葉を止めた。そのまま思わず彼女から視線を逸らす。
まずい、またあの娘の名前忘れちゃってた。割と本気で焦った様子のその一言を読み取ってしまったさとりは、ひょっとして本当は別の理由で新しい博麗の巫女を用意したがっているのではないだろうかと邪推してしまうのであった。
所変わって地霊殿。会合から戻ってきたさとりは、不満を隠すことなく少々乱暴に椅子に腰を下ろした。そのまま来客に、二人の鬼に向かって何の用かと問い掛ける。
その質問に別に心を読めば一発だろうに、と小柄な鬼の少女が笑うが、今そんな気分じゃないのですという彼女の言葉に少し驚いたように目を見開いた。
「あんたがそんなに感情的になるなんて珍しいね。私でよければ話を聞くよ」
その通りだ、と少女の隣にいる鬼の女性――星熊勇儀が笑みを浮かべるのを見て、さとりは少しだけ落ち着いたように溜息を吐いた。くだらない話ですよ、と前置きをすると、先程の会合で八雲紫に自身の友人である博麗の巫女をけなされたということを二人に話す。
それを静かに聞いていた二人は、それぞれ違った感想を持ちつつ成程な、と呟いた。
「まあ、気持ちは分からんでもないなぁ。私もその場にいたら拳の一つでも机に叩き込んだかも」
「机が木っ端微塵になっちゃうからやめときなよ。まあ、それに紫の気持ちも分からんでもないからねぇ」
どういうことだ萃香、と勇儀は少女に問い掛ける。これでもあいつとは知己だからね、と笑みを浮かべた萃香は、結局地上の現状が全ての原因なのさと述べた。
「今の幻想郷でまともに妖怪やってる奴なんかほとんどいない。大抵が人と融和するか、ただの化物に成り下がるか。このままじゃ妖怪って存在は遠からず消えるだろうね」
もっとも、私から言わせてもらえば今とは違う新しい存在になるだけなんだけど。そんなことを付け加えつつ、まあ結局妖怪が妖怪でいる為に策を練りたいのだろうと彼女は言う。
「それがどうして博麗の巫女を新しくすることに繋がるんです?」
「私は直接会ったことがないからよく知らないが、今の巫女って大分変わり者みたいじゃないか」
きっと紫の言うことをあまり聞かない問題児なんだろうね。そこまで言うと萃香はケラケラと笑い出す。何が面白いのかと自身の能力で彼女の心を読むと、さとりはああ成程と納得したように肩を竦めた。
「反抗期の子供を持った親か何かですか……」
「ああ、自分の言うことは聞かないが他の奴の言うことは聞くから面白くないってやつね。あっはっは、そりゃ確かに交代させたくもなるわ」
妖怪の賢者と呼ばれているにも拘わらず、その思考はあまりにもお粗末ではないだろうか。そんなことを思いながらさとりは深い溜息を吐いた。まあ、とりあえずそう考えればいくらか怒りは収まってくれるだろうと結論付け、そういえばと二人を見た。
二人は何の用事だったのか。そのことを確認したさとりは少しだけ眉を顰める。
「……一応聞いてはみますけれど、期待はしないでくださいね」
「ああ、もう要件は分かったのね。いいよいいよ、私も駄目元だったし」
勇儀が語ってくれた面白いという博麗の巫女。そいつに会ってみたい。それが萃香の用事であり、ついでに彼女と酒盛りでもしたいという勇儀の用事でもあった。そしてそれを叶えるには、必然的に彼女にここ旧地獄へ来てもらわなくてはならない。
いくら飲子が脳天気だからといって、そうそうほいほいとこんな場所にやってきてくれるはずも。
「……え? 大丈夫? むしろ望むところ? ……あ、はい、では待っていますと伝えておいて」
戻ってきた伝言係の報告を聞いて、さとりは少しだけ紫の気持ちが分かったような気もした。
博麗神社に巫女がいない。珍しい事態ではあるが、それで支障があるかというと全く無い。というのがいつものことである。
現在完全なる妖怪の溜まり場と化している神社の一角で、森近霖之助は出掛ける準備を整えていた。そんな彼を見てどこに行くのとルーミアが訊ねたが、別に変わった場所に行くわけじゃないよと苦笑した。
「人里の霧雨屋のお嬢の子供が生まれたらしくてね。お祝いでもと思ったのさ」
「霧雨屋っていうと、霖之助の修行してた店だっけ?」
「ああ。今は共に修行した跡取りが店を継いでいるけれどね」
そう言いながら準備を終えた霖之助は、じゃあちょっと行ってくると立ち上がる。博麗もいないし、今日はどこかで食べてきてもいいかもしれないな、などと呟きながら神社を後にしようと足を踏み出した。
その背中に、待ったという声が掛かる。
「私も行くー」
「……多分面白くないと思うけれど」
「んー。そうとも限らないじゃない? それに」
他の面々が行く気満々なのに自分だけ留守番はつまらない。そんなことを言いながら微笑むルーミアを見て、霖之助は素っ頓狂な声を上げた。そのまま視界をぐるりと回すと、成程確かに準備万端の幽香、美鈴、華扇、命蓮の姿が。
やれやれ、と溜息を吐くと、ルーミアに言ったように面白くはないと思うよと皆に告げた。が、そんなことは気にせんとばかりに皆揃って行くぞと彼を促す始末である。
「それに、霧雨屋には私達も世話になっているのだから、お祝いに行くのは極自然でしょう?」
幽香の止めとなる一言を述べられ、しょうがないかと彼は頬を掻いた。まだ赤ん坊なのだから、決して無茶はしないように。そう言い含めると、では行こうかと皆を見る。
総勢六人が揃って人里へと向かうその姿はある意味壮観であり、木っ端妖怪にとっては大いなる恐怖の象徴になったとかならなかったとか。
道中でもそうであったが、人里でもやはり目立つ。そんなことを思いながら、霖之助は霧雨屋までの道を歩いていた。勿論残りの五人も一緒である。
そもそも、人里というからには人が暮らしている空間であり、この場に妖怪が呑気に歩いているというのは本来あってはならない光景であるはずなのだ。人は恐怖に怯え、混乱に陥ってしまうはずなのだ。
だから本来は。
「お、風見さん。今日は買い物かい?」
「いいえ。ちょっと用事があって。ほら、皆一緒でしょう?」
花屋に気さくに声を掛けられ、そしてそれに平然と返すとか。
「やあルーミアちゃん、今日も可愛いね」
「あははー、おだてても何も出ないよー」
何の含みもなく挨拶代わりのように褒められ、それを笑って返すとか。
「美鈴さん、今日こそ僕と食事に!」
「……いやー、その、今日はちょっと用事が」
若い男に言い寄られ、困ったような顔をしてお断りをするとか。
「あら華扇さん。今日はこれ、買って行かないのかい?」
「ちょ! いつもいつも買い食いしてるみたいに言わないでください!」
食い物屋の店主に普段の生活を暴露され、焦ったように声を張り上げるとか。
「あ! 命蓮の兄ちゃん! 今日も何か教えてくれよ!」
「悪いな、今日は用事がある。また近い内に寺子屋にでも行くから、我慢してくれ」
子供達に囲まれて、次回の授業の約束をするとか。
そういうことは、決してありえないはずなのだ。
妖怪と人との境界が薄れている。見る者によってはそう感じてしまうようなその光景は、しかし霖之助達にとってはむしろ必然。博麗の巫女として積み上げてきた信頼の成せる技なのである。
里の人々と何かしら会話をしながら霧雨屋までやってきた一行は、ごめんくださいと扉を開いた。はい、と出てきた丁稚に名前と用事を伝えると、こちらですと奥の座敷へと通される。
六人が入っても手狭にならない程度の広さを持ったそこでは、赤子を抱いた一人の女性が彼等を見て笑顔を浮かべていた。あら、来てくれたのね。そんなことを言いながら立ち上がろうとしていたのを霖之助は制し、お邪魔するよと中に入る。
机を囲んだ一行は、霧雨のお嬢が抱いている赤ん坊を見ながら皆思い思いの感想を述べた。それぞれの個性が溢れていたが、まあ概ね褒めていたということは記していく。その流れで祝いの品だと六人が取り出したそれを部屋の隅へと移動させ、会話は赤ん坊の名前の話へと移っていく。
赤ん坊は女の子で、見ているだけでも元気が溢れているのが分かるこの子の名前は。
「魔理沙、か」
良い名前じゃないか、と霖之助は呟く。きっと大きくなったら美人になるだろうと言いながら、そっと彼女の頭を撫でる。その時は、香霖堂をよろしく、と余計な一言を付け加えた。
その後はお茶を飲みながら適当な駄弁りが続いていく。最近妖怪が少し増えたような気がする、というきな臭い話から美味しい団子の話まで節操がなく、そしてそれぞれの話題に食いつく面々もまた節操がなかった。
そんな折に出された一つの話題が、稗田の九代目がそろそろだというものだ。
「ああ、もうそんな時期か」
「稗田の九代目?」
首を傾げたルーミアに、あれ知らなかったかいと霖之助は首を傾げた。彼女は少し考える素振りを見せたが、多分忘れたと弾けんばかりの笑顔で答える。やれやれと肩を竦めると、幻想郷縁起を編纂している人間で今まで何度も転生を繰り返しているのだという簡単な解説と、その九代目がもうすぐ生まれるらしいという話だと説明を行った。
「へーそーなのかー」
「お前それが言いたいだけじゃないだろうな?」
「さーてねー」
命蓮の言葉を流すと、ルーミアはじゃあついでに見に行こうかと皆に告げる。まだ生まれていないのに行ってどうするという華扇の言葉に、ああそういえばと頬を掻いた。
でも、と霧雨のお嬢が言葉を紡ぐ。八雲の藍様や慧音先生、そしてうちの旦那は様子を見に行っていますよと述べると、だから別に問題は無いはずですと微笑んだ。
「だ、そうですけど。どうします?」
私は別に遠慮しておきますけど、と美鈴が言う。そうだな、と少し考える素振りを見せた命蓮も、今日はやめておこうと述べた。
「言い出しっぺは勿論行くよ」
「なら、私も行こうかしら」
ルーミアと幽香はそう言って微笑む。華扇は若干迷う様子を見せたが、少しだけお腹を押さえるとちょっと遠慮しておきますと返した。大体予想が付いたが、皆は何も言わない。優しさのなせる技である。
「じゃあ僕等三人は稗田の屋敷に向かうよ」
そう告げると、霖之助、幽香、ルーミアが立ち上がる。また後で寄らせてもらうかもしれないと去り際に述べつつ、そのまま霧雨屋を後にした。
残った三人は魔理沙を眺めつつ、どうしようかと顔を見合わせた。行く気がなかっただけで、何か用事があるわけではないのだ。約一名を除いて。
「さて、何か食いに行くか? 華扇」
「食事でも行きましょうか。華扇さん」
「何で私に一々了解取ろうとするんですか! いやそりゃ行きますけど」
そんな三人のやりとりを聞いて、霧雨のお嬢は思わず腹を抱えて笑ってしまった。そして魔理沙も、何が面白いのかキャッキャと声を上げて笑っていた。
時刻はそろそろ、昼過ぎである。
魔理沙登場。
むしろ誕生?