地下世界誕生から150年が経ち、遂に地下にも、刻一刻と放射能の魔の手が人知れず迫ってきていた。地上から迷い込んでくる怪獣も増えるなど、ようやく手にしかけた平和が再び脅かされそうとしている中、どこからともなく現れた謎の男『エレメント』と、地下世界を守る組織『IRIS』が、平和を、そして地上を取り戻すために立ち上がる物語。
第1話はエレメントと主人公『イクタ』の出会いの物語となっている。ある日、いつもと同じように任務をこなしていたIRISの前に、未知の巨大怪獣レジオンが現れる。放射能を吐き進行するレジオンを討伐するため、戦闘隊員たちが出動するがー
✳︎某別サイトにて公開されている同名作品を、一部編集して投稿しています。作者は同一人物です。
第1話「IRIS」
第1話 IRIS〜放射怪獣レジオン登場〜
「OSー23エリア南西地区の路上において、市民間の抗争との通報あり。IRIS直ちに出動せよ!」
「了解!」
二機のジェット戦闘機が基地を飛び立っていく。この基地は非営利団体、「IRIS」のTKー18エリア支部のものである。「IRIS」とは、約60年前に設立された民間の組織だ。その活動内容は、世界の治安維持や、犯罪人の逮捕、制裁、災害救助など、旧NPOに似た活動に加え、怪獣出現時にはそれらへの対処をも行なっている。旧国連軍の遺した兵器などを独自に改良した新兵器を多数所持しているため、いざという時には市民の頼れる防衛組織にもなりうる。
基地を発進した二機のジェット機は、30分の飛行を終えた後、目的地周辺に着陸した。それぞれの機体から、計6人のIRIS隊員服を纏った、10代後半から20代前半と思われる青年等が降り立ち、現場へと走っていく。現場では、40代半ばであろう男性と、20代後半くらいだろう男性が取っ組み合いをしながら、激しく揉めていた。
「こら!君達やめなさい!路上での暴行行為は地下法第12条で禁止されていることを知らんのか!」
年長者と思わしき隊員がそう叫んだ。どうやら彼がこの小隊の隊長らしい。男たちはIRISが来たのを確認するやいなや、互いの胸ぐらを一瞬掴んだ後、乱暴に突き放して距離をとった。
「そもそも、一体何が原因なんですか?」
今度は一番若そうな隊員が訊ねる。
「こいつがうちの商品を万引きしやがったんだよ!地下では滅多に手に入らない、汚染されていない新鮮な魚だぞ!こんなもんタダで持ってかれたら、うちは潰れちまうだろうが!」
年を食った方の男がそう語る。
「ふむなるほど。原因は若い方の窃盗…と」
隊員の一人がメモを取る。
「で、君。なんで盗みなんか…」
隊長が若い方に訊ねる。
「んなことわざわざ聞くか?あんたらが一番わかってるはずだろうが!」
若い方は隊長を睨むと、その場にドスッと座り込んだ。
「そりゃわかってはいるが、そう開き直られてもなぁ。いいか、どんな理由があれ罪は罪だよ。それに親父さん。あんたも路上暴行行為の現行犯だ。この地区の裁判所までご同行願おうか」
「ちっ…わかったよ。…こんな奴のせいで前科が出来るなんて、ツイてないぜ全く」
「んだと!?」
「あーはいはい。静かにね。これ以上やると両者職務妨害でも起訴されるから気をつけてよ。んじゃ俺はこいつらを連れていくから、お前ら先帰ってろ」
隊長は二人に手錠をつなぐと、そう言った。
「はっ!しかし、トキエダ隊長はどのようにしてお帰りになられるのでしょうか」
「小型機でもレンタルするわ。いくらうちの組織も人員が増えたとはいえ、まだ十分な数じゃない。早急に基地に帰還し、後は次の任務を待て。とりあえず解散!」
「了解!」
隊員たちはジェット機、アイリスバードに乗り込み、基地への帰路をとった。
「しかし流石はOSエリア。今やどこに行っても治安のいい地区なんかないとはいえ、あそこはずば抜けてますねぇ。このジェット機が最速マッハ4で動けるとはいえ、OS地区にこそ支部を増設するべきじゃあないですか?」
帰還中、一号機でボソッと零した若い隊員。
「逆だリュウザキ。あんな危険な地区に基地なんか置いてみろ。数日で暴行で取り壊されるぞ」
「あぁ、なるほどですね」
そんな時に、機内の通信機から警報が鳴った。
「な、なんだぁ?」
「リュウザキ、早く確認しろ」
「了解」
リュウザキは通信機から伸びているイヤホンをヘルメットの下に通し、耳に当てる。
「先輩、怪獣警報です!」
「なに!?場所は!?」
「SGー01エリア北西!小型です!攻撃意思はない模様!おそらく迷い込んだだけでしょう」
「わかった。二号機と連携し、奴を地上へ返すぞ!」
「了解!」
二機のジェットはSGー01エリアへと進路を変更した。3分も経たないうちに、目標が肉眼でも観察できる距離に来た。
「目標確認。周辺市民の避難状況は!?」
「TKー18エリア基地より情報が入りました!住民の少ない地区のため、避難はすでに完了済みです!」
「了解。催眠ミサイル、発射!」
一号機より小型ミサイルが、目標めがけて発射された。目標付近の地面に着弾すると、多量の催眠ガスを噴射し始めた。
「キルルルルエェェェ!」
怪獣は悲鳴をあげながらも、徐々に声量を落とし、しまいには眠りについてしまった。
「目標活動停止!一号機、スパイダーオン!」
「二号機同じくスパイダーオン!一号機と連携します!」
一号機、二号機ともに機体からワイヤーを発射し、怪獣の尻尾に巻きつける。そしてエンジン全開。怪獣を持ち上げ、穴の空いた天上へと輸送する。
「もう迷い込むんじゃねぇぞ!気ぃつけな!」
怪獣をその穴に放り投げ、直ちに穴を閉じた。
「怪獣、地上へ返しました。再び進路変更。基地へ帰還します」
二機のジェット機は、その後しばらくして、無事に帰還を果たした。
TKー18エリア支部は、世界に12箇所の支部を持つIRIS唯一の旧日本国エリアに属する基地である。設立も約10年前と、一番若い支部なのだが、抱える人員、軍事力などは他のどこの支部よりも強大である。
「おいイクタ!お前またサボりやがったな!」
リュウザキ隊員が話しかけた、この白衣を纏った青年は、彼と同い年、18歳のイクタ・トシツキ隊員だ。最強と謳われるこの支部のエースパイロットにして、新兵器開発などを行うサイエンスチームのチーフでもある。
文字通り天才と呼ぶのに相応しい人間だ。
「サボりじゃないよリュウザキ。今日はサイエンスチームの仕事が入っていてね。まぁ、俺はこの支部最後の切り札なんでね。通常任務は君たち下っ端隊員の役目なのだよ」
「なにぃ…。まぁいいや。先輩が呼んでるぞ」
「どの先輩だ?」
「俺の先輩だよ。イケコマ先輩」
「イケコマさんが?俺を?珍しいこともあるもんだなぁ」
イケコマ隊員とは、先ほど、リュウザキと共に一号機を操縦していた隊員だ。イクタは多少オーバー気味に返答した後、面倒臭そうに体をのっしりと揺らし、イケコマの隊員室へと向かおうとする。
「あ、ちょっと待て。今先輩がいるのは最上階の会議室だぜ」
「…?」
イクタはいよいよわからなくなった。接点の少ないイケコマに呼ばれる理由も、ましてその場所が会議室である理由も飲み込めなかったからだ。
TKー18支部の最上階、15階会議室では、支部長、情報局長、パイロット司令官、司令官補佐官など首脳陣が集っていた。確かにこのメンツなら、サイエンスチームのチーフであるイクタが呼ばれる理由もわからなくはないのだが、今日このような会議があるなんて初耳である。
「失礼しまーす」
イクタが部屋に入る。
「待っていたぞイクタ。お前がこないことには始まらない」
と支部長。
「しかし支部長。俺何も聞いてませんよ。これは遅刻にはカウントしないで欲しいな」
「まぁ、それは申し訳ないな。だがお前の知恵、というか、力が必要な案件が出てきた」
「へぇ。俺の力が。」
イクタはまた大袈裟にリアクションをした。別にわざとやっているわけではない。彼はこういう性格なのだ。
「イケコマ隊員。イクタ隊員に説明したまえ」
パイロット司令官が命令する。
「はっ!みなさんはご存知でしょうが、本日だけで既に7件もの怪獣迷い込み騒動が発生しています。それも全て旧日本国地区で、です。幸いにも、我々IRISの活躍によってことなきことを得ていますが、放っておける問題ではないでしょう。そこで、サイエンスチーフのイクタの意見を聞きたいと思って、ここにみなさんをお集めした次第です」
「いいよ」
イクタは即答した。
「おぉ、もう何かわかったのかね?」
支部長が目を輝かせて訊ねる。支部長はイクタのことを相当買っているようだ。
「でもその前に、少し修正が入るね、イケコマさん。IRISの活躍じゃない。俺の活躍です」
「まぁ…間接的にはそうなるが…。ゴホン。何かあるのなら早く述べたまえ」
「そうだな…まず考えられるのは、地上で何か起こっているのか、またはこの地下都市と地上を繋げる天井に問題が発生しているのか。それとも両方か」
「そんなこと誰が考えたってわかるわい!前置きはいいから早く意見を話せ!」
情報局長が怒鳴る。
「いいか!?この地下都市の安全性まで疑われたら、市民からの我がIRISに対する信頼関係というのも危うくなるのだよ!」
「あーはいはいごめんなさい。でも、現場を見てみないことには何も言えない、それが状況でしょ?だからまずは現場を検証してから、あらゆる可能性を考え、対策を練らないと」
「それは…」
情報局長がおし黙る。
「まぁ、エレベーターでここに来ながら考えてたんだ。呼ばれた理由をね。その時に念の為にアクションを起こしてたんだけど…」
イクタはそう言うと、モニターのリモコンを手に取り、モニターに映像を映した。暗かった会議室は、モニターから発せられる光によって照らされる。
「これは…?」
「どうせこんなことで呼ばれるんだろうと、無人機を飛ばしておいたよ。各現場に」
モニターには、現場各地を調査する無人戦闘機と、人工知能が搭載されたアンドロイド達が写っていた。
「おぉ…!…でもお前、どうやってこの情報を…。いくらお前とは言え、まだ上層部以外には伝えていなかったのに…」
補佐官が訊ねる。
「この旧日本地区は俺の作ったレーダーで覆われてるんだ。どこでどんな異常が起きたかなんて、すぐにわかるさ。あ、ちなみにあのアンドロイドは新作ね。イクタ4号とでも呼んでくれよ」
「むむぅ…!」
支部長は唸った。イクタトシツキは、年上に敬語を使うことを知らない無礼な人間ではあるが、やはり有能である。
「んで、解析の中間報告だけど…」
と、手にしたタブレットを操作するイクタ。
「…こりゃまずいね支部長。人類が地上を放棄して伊達に150年じゃないよ。地盤にかなり問題が発生している。まず地上を汚染している放射能だが、確実に汚染範囲が下へ下へと降下しつつある。このままじゃ、この地下都市もあと持って50年だろうね。それに地上には怪獣が増えすぎだ。地球生え抜きの怪獣はこれ以上増えないはずなんだが…おそらく地球外から移住してきた怪獣もいるのかもね。今の地球ほど、奴らにとって住みやすい環境はない。怪獣が増えれば、それだけ奴ら間での縄張り争いも激しくなるだろうね。その結果、弱さゆえに住処を失った怪獣達が…」
「地下都市へと逃れて来ているわけか。」
司令官が付け加えた。
「あ、司令、それ俺のセリフ…」
イクタは咳払いをして続ける。
「とは言え、余程の地底怪獣じゃなきゃ、本来は地下都市へ潜り込むことなんかできないよ。それだけ地上と距離があるし、未だに人類がどうやって地下に都市を建設して、移り住んだのかすらもよくわかっていないんだから。ま、俺の力を持ってすれば、今となっては余裕だけどね。つまり地盤そのものにも何らかの異常が発生しているんだよ。原因はまだわからないけど、だいたい想像はつく」
「例えば?」
補佐官が訊ねる。
「地球そのものの寿命が尽きようとしているんだよ。最近よく天井が動いてるでしょ?多分地上では地震が多発しているんだと思う。それのせいで地盤が緩みつつあるのかもしれない。今俺にわかるのはそれだけだよ」
「いや、いい見解だ。参考になる。ご苦労」
司令官はそう言うと、補佐官に命令した。
「今すぐ我が支部総動員で、対怪獣緊急措置を取れ。しばらくは気を抜かせるなよ」
「はっ!」
「ちょっと待ってよ司令。その緊急措置令はいつまで続くわけ?」
「!…それは…」
「このままこの星が滅ぶまで、日数が経つにつれて怪獣事件も増えることが予想される。だからIRISが取るべき最善の行動は、その中でも治安を保つこと、でしょ?元々そういう組織なんだからさ」
イクタはそう言うと、モニターのスイッチをオフにした。会議室は再び暗闇に包まれる。
「もっともだが、ならば怪獣をどうするつもりだ」
イクタはもう一台のタブレット端末を取り出し、操作する。
「ちょっと迷い込んだだけの奴らには可哀想なことするけど、このような対策ならできるよ」
会議室で常に稼働しているレーダーに、基地内に新たに何者かの反応が現れる。
「俺製作の従来の無人自動戦闘機に加え、この人工知能搭載の学習する自動固定砲台を35門。ここだけじゃなくて、旧日本地区になら満遍なく設置したよ。これで撃退する。それに万一の時には、俺一人でもどうにかなる。それだけの腕はあると自信を持っているね」
そう言った瞬間、レーダーから警報のアラームが鳴る。同時に電子音声で警告音も流れて来た。
「怪獣発生!怪獣発生!付近の市民の皆様は、速やかに避難を開始してください!」
「‼︎こんな時に怪獣かね!?」
支部長が苦い顔をする。
「なに。俺の固定砲台の威力を試すにはいい実験相手さ」
イクタは涼しい顔で、再びモニターのスイッチを入れた。怪獣と、その怪獣の最寄りの砲台が映る。
「…おっと大型怪獣か…。珍しいな…」
イクタは予想外といった表情をした。
「お、おい、大丈夫なのかね…?」
司令官がそう発言した瞬間、砲台から大きな爆音とともにレーザー光線が放たれた。それが怪獣に着弾した瞬間、大型の怪獣はその巨体に似合わず、あっさりと爆散してしまった。それを見て開いた口が塞がらない首脳陣。
「…てなわけで、防衛は俺に任せてくださいよ。くれぐれも市民に危険を察知されないよう、通常任務を続行してくださいな。じゃ」
と、イクタは会議室を後にした。
「おいイクタ、何の話だったんだ?ていうかさっきの爆音は何だ!?あれもお前の仕業だろ!またなにか危ない物作りやがったな!?」
基地のロビーに戻るや否や、リュウザキが絡んで来た。
「うるさいなぁもう。君は同い年以下と目上の人とで話し方が違いすぎるから嫌なんだ。猫かぶりやがって。俺くらいもっと堂々としなよ」
「お前が異常なんだよ!…確かにお前の貢献度は高い。だが調子に乗りすぎるなよ。目をつけられるぞ。」
「構やしないよ。いいじゃない、調子に乗りすぎたって。俺の場合明日ポックリ逝ってもおかしくないんだし。死ぬ瞬間まで人生楽しまないと損だぜ」
そう言いながらも、その瞳はどこか悲しそうだった。確かにイクタはいつ死んでもかしくない体だ。それを思い出したリュウザキは声量を落として、一言だけ返した。
「…一理あるな」
「でしょ?さ、任務任務」
イクタは大きく伸び、あくびをしながら歩いていった。
それから一週間は平和であった。IRISは通常通りに任務をこなし、時たま現れる怪獣も固定砲が処理、固定砲の射程外は無人機が撃破するなど、イクタの発明の貢献度もかなりのものであった。そんなある日、イクタはいつものようにロビーで昼寝をしていた。そしていつものように夢を見ていたのだが、この日の夢だけは、明晰夢だった。
夢の中の世界には、とても美しい光景が広がっていた。青く澄み渡った大空、緑豊かな大地。そして永遠に続いているのではとも思える広大な湖のようなもの。すべて初めて見る景色だった。何より空気も美味しい。
「何だここは…ひょっとして天国ってやつか?いやぁ、思いの外早く死んじまったなぁ。俺。まぁでも悪くないな。ここでのんびり暮らすのも」
イクタは呑気なことを言いながら、草原に寝転がり、空を見上げる。
「天国なんて非科学的だとは思っていたけど、本当にあったんだなぁ」
『残念だが、ここは天国ではない。君はまだ死んでいないからな。』
突然背後から男性の声がした。
「…!誰だ!?」
起き上がり、振り返って見たが、人の気配はない。
『ここは君の故郷、地球の本来の姿だ』
今度は空の彼方の方から声が聞こえた。
「地球…?ははっ。面白いこと言うじゃんか。地球がどんな惑星なのか知っているのか?確かに俺たちは地下生まれ地下育ちだ。だが地上はもっと劣悪な環境なんだぞ。放射能ですっかり汚染されちまって、生き残った僅かな生物たちも、放射能のせいで怪獣と化してしまっている。ここは天国のような空間だが、地球はまるで正反対。地獄でしかない」
イクタは淡々と述べた。
『地球がどのような惑星なのか、知らないのは君の方ではないのかな?』
その声は先ほどよりも近く感じられた。
「何?」
『そもそも何故君たち地球人は地上を放棄して地下に逃げ込んだのだ?地球人であるのに、自分らの歴史も知らないのか?だが、私は知っている』
「すまんな。俺も知ってるぜ。昔宇宙人からの攻撃を受けたんだろ。それで放射能で汚染されて、生き残った人類が地下に逃げてきたんだ」
イクタは自信満々に答えた。
『……やはり誤った歴史が語り継がれているようだな…』
「…どういうことだ?」
『侵略などではない。地球人は、自らこの道を選んだのだ』
その声がそう言った後、イクタの視界に広がる大空に、映像が映し出される。
『これは地上に地球人が住めなくなった絶対的な原因。第4次世界大戦の記録映像だ』
イクタは目を覚ました。昼寝は習慣的で、見た夢も覚醒と共に忘れてしまうのが常だったが、今回だけは初めから終わりまで完璧に覚えていた。
珍しくあくび一つせずに起き上がったイクタは、サイエンスチームの実験室へと向かった。
「あ、チーフ。お疲れ様です」
部下が挨拶をする。部下といっても年上が多いのだが。イクタはその挨拶を無視すると、己のデスクに着き、黙々とコンピュータを操作していく。その姿を見た部下たちがコソコソと話す。
「チーフが集中してる…。天井が落ちてくるかもしれませんよ…」
「まぁ、たまにあるんだよ。このような時も。だから気をつけろよ」
「え?」
「めちゃくちゃ仕事振られるぞ…。今日は残業だな…」
「ねぇそこ。暇なら今から転送する設計図に目を通して。後そっち、そっちは今からシュミレーション実験するから準備して」
イクタがテキパキと仕事を振っていく。
「やっぱり…」
肩を落とす部下たち。
「…どうした?返事」
「は、はい!」
部下たちが慌ただしく動き始める。イクタはスイッチが入ると、切れるまで個性のないただの天才博士と化してしまう。それでもいつもの不真面目な態度よりはマシなので、部下の中にはずっとこの状態でいて欲しいと願っている者も少なくはない。
「チーフ。今日はどのような装置の開発を行うのでしょうか?」
「放射能クリーナー」
イクタがそう短く答える。
「…はい?」
部下は一瞬聞き間違えたのかと思ったのか、唖然としていた。放射能クリーナーの開発はIRIS発足時点より検討され、これまでなんども設計、開発が行われてきたのだが、悉く失敗していた。イクタが初めて失敗した開発でもある。
「ど、どうして今更放射能クリーナーなんか…」
「…理由は従来のものと一緒だよ。地上を再び人類が住める世界に戻すためだ。どうせこの地下都市にも、長くてあと50年しかいられないんだ。この先を考えるのなら、必要なものだと思うが?」
「そ、それはごもっともです。ですが…」
「あの男の話が本当なら、自分で汚したものくらい、自分で綺麗にしなくちゃいけないし」
イクタは付け加えるように、ボソッと呟いた。
「え?」
「何でもない。やるぞ」
イクタは内心己を嘲笑っていた。夢に出てきた正体もわからないような声の主の言葉を馬鹿正直に信じて、行動しているのだから。だが彼の語った歴史も、真に迫るような感じはしていた。もしもあれが史実だとしたら、IRISは一体何のために活動しているのだろうか。イクタはそんなことを考えながら、夢の中での対話を思い起こしていた。
『核兵器。猛烈な破壊力を持つ地球人史上最強の兵器だ。しかもこれは、放射線をも解き放つ。地球人はこの最大の殺戮兵器で、大戦争を起こした。地球には人口が増えすぎたのだ。残り僅かになった食料や飲料水を巡って、また新たな環境での統治者を決めるために戦った。その結果、地球は今の姿へとなってしまったのだ』
「新たな環境での統治者?この地下のことか?」
『違うな。戦争終結後、世界各国の政府要人や莫大な富を持つ富裕層は、皆宇宙へと旅立ったのだ。宇宙ステーション、そして火星。それが彼らの新たな生活環境だ。残された該当外の地球人は、地下での生活を余儀なくされた。だから、君らの先祖は地下へ逃げ込んだ。私の力を借りてな。それがこの星の真実だ』
声はそう言った。
「…あんた、一体何者なんだ…?」
『私の名はエレメント。今明かせるはそれだけだ。特別な力を持つ存在よ。今君は真実を知った。今後どうするのか、それは君自身で決めるといい。さらばだ』
そう言って、声は聞こえなくなった。
「おい待て!……」
そこで夢は終わった。エレメント。そう名乗った声の主は、イクタが特別な存在ーリディア・アクティブ・ヒューマンーであることさえも見抜いていたのか。それともー
その回想は、猛々しい警告音によって途切れさせられた。
「この音は怪獣警報か…?まぁ気にするな。作業を続けよう」
「は、はい。チーフの防衛システムが凌いでくれますしね」
サイエンスチームが作業を続けているところに、壮絶な爆音が連続して聞こえてきた。その直後、部屋の天井から途切れた電子コードが、火花を散らしながら降ってきた。室内は、部屋中の赤い警告ランプで赤く照らされる。
「なんだなんだ!?何事だ!?全員無事か!?」
イクタが声を上げる。
「無事です!!」
「うわぁぁぁぁ!チーフのせいで本当に天井でも落ちてきたんじゃないんですか!?」
部下の一人がそう嘆く。その時、通信用のモニターが自動で点灯し、支部長の顔が映った。
「イクタ隊員!直ちにアイリスバード一号機に乗り込みたまえ!IRIS出動だ!」
「出動って、俺の固定砲と無人機は!?あれで凌げるはずだが…」
「残念だが全滅だ。砲台も、この基地のものは全て潰されてしまった。目標へ大したダメージを与えることもできていない!」
「んな馬鹿な…!俺の作品が敵わない怪獣だと…?……イクタ了解。直ちに出動する!」
彼は白衣を脱ぎ捨て、隊員服に着替え、すぐに航空機格納庫へ走る。格納庫では、既に一〜四号機までの出撃準備が整っていた。
「イクタ!遅いぞ!早く乗れ!」
イケコマ隊員が命令する。
「わかってるって!イケコマさん、リュウザキ借りるよ!」
と、リュウザキの首元を掴み、一号機のコクピットへと乗り込んだ。
「お、おい!俺は先輩と二号機との指示だぞ!」
「非常時だ。構わん。エースであるお前の判断と人選を信じる。」
イケコマがそう答える。
「オッケー、ありがとう。」
イクタは手早く整備点検を行うと、早速エンジンを蒸す。その後、各機通信機に司令からの命令が伝達される。
「今回の任務は、目標怪獣の撃破だ!イクタ隊員の防衛システムを突破した強敵だ!心してかかれ!」
「一号機了解。」
「二号機了解!」
「三号機了解!」
「四号機了解!」
全機のエンジンが熱を帯び始める。
「アイリスバード全機、発進!」
イクタの掛け声により、アイリスバード全機が同時に飛び立った。怪獣は基地の既にすぐそこまでに迫っていたため、飛び立つや否やすぐに目視できた。
「もうこんなところにまで…。しかも、相当でかいな。ザッと60メートルはあるんじゃないか?」
その怪獣は全身が鉄分の含まれた岩石のようなものに覆われているためか、体重を支えきれないのだろう、四足歩行でのっしりと、かつ確実に基地を目指して歩行していた。巨体の割には頭部は小さく、頭の先端には小さなツノが確認できた。不定期的に、その口から破壊光線を放っている。
「あいつ完全に基地狙いだな。ここまで明確な目標を持って行動している怪獣は初めて見るぜ」
リュウザキがそう言う。
「だが相手が悪かったな。俺たちはIRIS最強の、TKー18エリア支部だ。それに今日は、スーパーエースの俺がいる。フォーメーションAで行くぞ。まずは目標の進路から基地を外す」
イクタが指示を出す。
「了解!」
三号機と四号機が怪獣に接近し、レーザー機銃を放った。レーザーは首元に着弾し、大きな火花が散る。
『ガアァァァァァ!!』
という雄叫びと共に、顔を三号機と四号機に向ける怪獣。そこに一号機と二号機が再び首元を狙い、背後からレーザー機銃を撃った。同じ要領で、顔をこちらに向ける怪獣。怪獣はそのまま体をゆっくりと反転させ、アイリスバード達を追い始めた。
「こちらイクタ。司令、とりあえず進路は変更させたよ。そっちは市民の避難に全力を尽くしてくれ」
「流石だイクタ隊員。街のことは我々に任せろ」
「了解。」
怪獣はその巨体に似合わない結構な速度で、アイリスバードとの距離を縮めてくる。
「どうするイクタ?あの体を削るのは相当しんどいぞ」
リュウザキが訊ねる。
「わかってるさ。でも岩石系の怪獣ってのは、どうしても首元の皮膚は他に比べて薄く柔らかくなってる。じゃなきゃ首が回らないからな。さっきはレーザー機銃だったが、今度はミサイルであの首元を吹っ飛ばす。フォーメーションBだ」
「了解!」
四号機がその身を翻し、怪獣の首元へと突っ込んで行く。
「ミサイル発射!」
シュゴォォォォ…という爆音と共に、二発のミサイルが、首元目掛けて放たれた。だがそのミサイルは着弾することなく、怪獣から放たれた破壊光線に呑まれ、空中で爆散してしまった。
「命中せず!」
四号機が一旦その場を離れる。だが、今度は四号機の真後ろにいた三号機が、間髪入れずにミサイルを放つ。
「あの威力の光線じゃ、連射は効かないはずだ!これでフィニッシュだな!」
勝利を確信した三号機パイロットだが、虚しくもその自信は、瞬く間に消え失せた。怪獣が首を伸ばし、ミサイルを噛み砕いたのだ。怪獣の口内から煙がもくもくと上がって行く。
『ガアァァァァァ!!』
怪獣は大きく咆哮すると、再び破壊光線を発射した。そしてその光線は、三号機を正面から飲み込んだ。三号機は一瞬にして爆発し、灰と化した。
「!!」
イクタは驚きのあまり声も出なかった。
「司令!こちらリュウザキ!三号機大破!あれでは生存者は…」
「なんだと!?浮沈と謳われたアイリスバードが…」
司令官も信じられない、という顔をしていたのだろう。通信機から流れる音声だけでも、それを読み取ることができた。
「どうするイクタ!正面から行くのは危険すぎる!」
二号機からイケコマがそう叫ぶ。
「だが、アイリスバードの装備で、体を削り取って撃破するのには限界がある!首元を狙うしかない!もう一度、フォーメーションBだ!俺が突っ込む!」
イクタが操縦桿を握り、機体を大きく反転させ、怪獣と向かい合う。
「落ち着けイクタ!いくらお前でも無茶だ!」
リュウザキが反論する。
「俺の腕を疑うのか!?」
「そうじゃない!だがあの光線を見ただろ!お前がここで死んだら、それこそこの支部は終わりだ!頭を冷やせ!」
「くっ…」
押し黙ることしかできないイクタ。仕方なく、怪獣の頭上を通り過ごし、再び距離をとった。そこに追い打ちをかけるように、聞きたくもない情報が入ってきた。
「イクタチーフ!大変です!」
サイエンスチームの部下からの通信が入った。
「なんだ!?」
「あの怪獣、身体中からリアルタイムで放射線を出しています!基準値をはるかに超える放射能濃度です!」
「マジかよ…!」
リュウザキが拳を窓ガラスに打ち付ける。
「俺の防衛システムを突破するほどの戦闘能力を持つ、確実に基地を狙って行動している放射能を撒き散らす怪獣…こいつは本当に地球生まれの野生の怪獣なのか…?あるいは…」
イクタがブツブツと唱える。
「気を散らすなイクタ!放射能を撒き散らしていることがわかった以上、1秒でも早く撃破するか追い返すかの二択しかない!地下まで汚染されちまったら、人類は絶滅だぞ!」
「…なら、やはり正面から特攻するしかない。リュウザキ、俺に命を預けてくれ。」
イクタは再び大きく旋回し、怪獣の正面へと回る。
「ちっ…わかったよ!それしか方法がねえなら仕方ねぇ!絶対に落とすんじゃねーぞ!」
「任せろ。この俺が操縦する飛行機が、墜落するはずはねぇよ!」
一号機はその速度をマッハ3まで上昇させ、怪獣の首元へまっしぐらに突っ込んで行く。
「ミサイル発射!」
発射したミサイルよりも早く飛ぶ一号機。
「二号機より一号機へ!例の光線が来るぞ!」
イケコマが叫ぶ。イクタは操縦桿を強く握り、怪獣と衝突する寸前のところで機体を上昇させた。
「かわした…!流石だぜイクタ!俺たちの勝ちだ!」
リュウザキがガッツポーズをする。だがその瞬間、機体はガコン、と縦に大きく揺れた。機体の後部が、怪獣に咥えられたのだ。
「な、なんで…ミサイルは…?」
挙動不審に声をあげるイクタ。発射したはずのミサイルは、どこかに消えていた。
「……はっ、ハハハハハハハ!どうなってるんだよこれ!なぁリュウザキ!人生って、こんなにあっさり終わるもんなのかよ!」
イクタが突然笑い始めた。恐怖から精神がおかしくなってしまったのだろうか。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞ!テメェ、俺の命を預かっただろ!ならその責任は果たせ!」
リュウザキはそう叫びながら、必死にエンジンを蒸して脱出を試みている。機内の放射能メーターは毎秒ごとに上昇しており、機内の濃度は既に基準値を超えていた。
怪獣は一号機を咥えたままの状態で、喉の奥を光らせた。光線発射の準備だ。もはやこれまでなのだろうか。
「イクタ隊員!イクタ隊員!応答せよ!」
支部長の声が聞こえて来る。だがその声も虚しく、次の瞬間、一号機は怪獣の放った破壊光線の中へと消えて行った。
「…一号機…撃墜確認…。た、ただいまイクタ、リュウザキ両隊員の安否を、確認中…」
四号機から、力のない声が通信機を通して基地内司令室に流れた。
「…IRIS、直ちに撤退せよ。放射能もある。TKー18支部並びに、このエリア一角を、本日付で閉鎖する……」
支部長はそう言いながら、気を失った。
次の瞬間、暗黒のムードの中にあったTKー18エリアを、眩い光が包んだ。全員、思わず目を瞑る。
『シャァァッ!』
掛け声のような叫びとともに、その光の中から現れたのは、身の丈55メートルはあるであろう、光の巨人であった。
続く。