第13話「異変」〜地の覇獣グランガオン登場〜
グラガオンの多彩な飛び道具攻撃をかわしながら、機銃やミサイルで応戦するアイリスバード。戦況は圧倒的にグラガオン側に傾いている。それだけに、IRISの『秘策』がうまくいけば、一気に好転し、勢いに乗れる可能性が高まる。戦闘では、勝利を確信した瞬間こそが、最も隙の生まれるタイミングにもなりうる。トキエダはその時を辛抱強く待っていた。トキエダとダーム、双方の指揮官の我慢比べでもある。
「…あの虫型怪獣の攻撃を利用し、何か仕掛けてくるかとは考えていましたが、今のところ目立った動きは無しですか。しかしこれまでなんども土壇場の奇策を披露してきた彼らですし、やはり気は抜けぬ…。イクタ殿、どこまで計算しているのやら。」
ダームは、余裕そうな表情を見せてはいるが、IRISの動きを常に警戒するような様子であった。
「まぁ流石に相手も人間がいるんだ。俺らが何かしてくるとは思っているだろう。いや、作戦そのものが見透かされてる可能性だってある。でもやるんだ。目的はグラガオンを倒すことじゃない。お前は時間を稼げと言ったな。何を考えているのかは知らんが、そのお前の真の作戦をお披露目するための段取りに過ぎない。そういうことだろう?」
トキエダがイクタに話しかける。
「その通りだね。むしろ、相手が深読みし過ぎてくれれば好都合だよ。」
「ではカマをかけてみるか。精鋭部隊にしかできない動きだ。総員!フォーメーションDだ!」
「了解!」
控えめな動きを展開していたアイリスバードたちが、一斉に拡散飛行を始めた。グラガオンを空中から包囲するような形をとる。
「むぅ…?動きが変わりましたね。何か来ますかな。」
「隊長!一体何を!?」
「よく聞け!ここからは全力で攻撃しろ!だが死ぬなよ!身の危険を感じたら直ちに脱出だ!」
「ようやく本気で攻撃できるというわけだな!」
イケコマが、正面で両拳を合わせる。
「ただしエドガー、お前はコーレスから離れずに動け!」
「わかっているさ。」
「作戦開始!」
全機が勢いよく急発進した。円を組んでいた初期配置から、戦闘機たちが対角線を描くように飛び交いながら、爆弾を投下しグランガオウを爆撃していく。
『ゴォォォォォォォォォ…』
グランガオウが悲鳴のような声をあげた。初めて、攻撃に手応え感じた。
「考えましたね…。早いが話、エレメントの乗る飛行機を撃ち落せばよかったものの、これでは的が絞れぬうえ、どの機がどこにいるのか把握しづらい。加えて絶え間無く攻撃を加えることで、グランガオウの攻撃の標準も常にブレる。それに、チリも積もればなんとやら。攻撃力1の勇者が、HP1000の魔王を倒すのは一見不可能だが、理屈で言えば1000回の攻撃を与えれば勝利できる。まぁ、その前に返り討ちに遭いますが、ね!」
グランガオウが、空に向かって吠えた。グッと腰を引き、全身に力を溜めているように見える。
「何かが来るぞ!さっきの光線か!?」
「いえ、先ほどとは動きが違います!隊長!」
「…攻撃を中断!全機離れろ!」
陣形を崩し、全速力でグランガオウから距離を取ろうとするアイリスバードたち。その後ろで、目映い閃光が走った。
「!?」
次の瞬間、グランガオウを中心とする半径5キロが消し飛んだ。
トキエダとイクタが次に目を覚ました時には、その森はほとんど残っていなかった。機体は煙を吐きながら、地上で停止していた。あたりにはコーレスやビードル等怪獣たちの死体や、墜落したアイリスバードが地面に突き刺さっていた。遠くから、ゴォォォというグランガオウの叫びが聞こえて来る。
「……一体何がどうなっている…?おい!被害を報告せよ!」
トキエダが通信機に向かって叫ぶ。どうやら、機器は動くようだ。完全に故障したわけではないというわけか。
「こ、こちらイケコマ!無事です!」
「同じくオリバー!」
「同じくキャサリンです!」
次々に隊員たちが返事をする。どうやら、壊滅的な被害は免れたようだった。アイリスバードマーク2の最高速度はマッハ6とも言われている。それだけの速度を出していたのだから、どうにか爆発の直撃こそ避けることができたようだ。だがー
「7機から反応がありません!」
「レーダーにも反応なし!機体が生きているのならレーダーには映るはずです!それがないとなると…考えられることは…」
オリバーは、それ以上は言葉にしなかった。
「何しょげてるんだ。地上に出るってことは、それ相応の覚悟を持ってのことだろう。とりあえず状況を把握しろ。敵怪獣はどこにいる?おいイクタ、この機のエンジンは動くか?」
「あ、あぁ…。飛べはするようだな。ただ、マッハ2を越えれば空中分解の恐れがある程度に損傷している。」
イクタは予想以上に淡々としているトキエダに驚きながらも、点検して報告をした。
「生きているものは直ちに機体の点検だ。飛べないのであれば降りて地上戦に入れ。」
「た、隊長!お言葉ではありますが、隊長だって、今の攻撃を見たでしょう!現に隊長の飛行機も被害を受け、7機が隊員とともに行方不明なんです!もう隊員たちに戦意はありません!完全に消滅したとみていい!それでもなお、隊長はまだ戦えとおっしゃるのでしょうか!?次にあの攻撃をされれば、間違いなく全員死にます!」
ゴームズがそう叫んだ。おそらく、これが今のこの小隊全員の意見であろう。コーレスも死に、エドガーからの反応が未だ確認されていない。立てていた戦略は既にやる前から崩された。読み合いや小細工が通用しない、それだけの力が敵にはあったのだ。こうなれば、せめて彼らだけでも撤退させなければならない。この計画は大失敗だ。このまま戦果を上げずに地下に帰れば、IRISは間違いなく非難を浴びるであろう。あれだけの大金と市民の期待をつぎ込んだ作戦の失敗なのだ。当然だ。資金や、その源である企業や市民からの信頼は底に落ち、最悪解散になる。そうなれば、黒ローブから市民を守る武装組織はなくなり、彼らに殺されるのを指をくわえて待つだけになる。いや、それ以前に抑えていた内戦が再発し、自滅するか。何れにせよ、今から我々を待つのは、絶望的な未来だけということだ。
「トキエダさん、撤退だ。悔しいが、もう戦えるだけの力はない。物理的にも、精神的にもな。」
と、トキエダの顔を見て話しかけて気づいた。トキエダの頰に涙が流れていた。
「…あぁ、どうやら俺は冷静な判断ができていなかった。やはり、お前の方が隊長に向いているよ。…総員、撤退の準備だ。飛べない機体に乗っているものは、飛べる機体に移れ。」
そう指示を出した時だった。
「おやおや、まだ生き残っている兵士がいましたか。いや、生存者の方が多いようですな。」
グランガオウに乗ったダームが、こちらに近づいて来る。
「貴様…!よくも俺たちの仲間を…!」
イケコマが吠えた。
「ふむ、よくも、ですか。ならば私からも一言申し上げさせていただきたい。私の仲間も、そちらのイクタとう隊員とエレメントに殺された。一方的に恨みを持たれると困りますな。これは報復に過ぎない。」
ダームは淡々と述べた。
「勝手なことを言うな!お前の仲間が死んだことこそ、お前らが地下に攻め込んできたことへの報復だ!」
イケコマが反論する。
「はぁ、正しい知識を持たぬ地下の猿どもと話し合っても時間の無駄のようですな。そろそろ姿を見せたらどうです?ウルトラマンエレメント。それとも、殺されるのが怖いのですかね?やはりお前は、昔から自分の身が可愛いだけの腰抜け野郎だ。」
ダームが吐き捨てた。
「安い挑発に乗るなよ。まずは、撤退が先だ。」
イクタが、周りに気づかれない程度に、エレメントミキサーに話しかけた。
『いや、今はそれは適切ではない。』
「わかってるならいい……は?適切ではない?」
イクタが思わず聞き返した。
『君ならわかるはずだ。ここは挑発に乗り、姿を現すべきだ。そうすることで、敵を私たちに釘付けにし、彼らを逃がすことができる。』
「そうか…それもそうだ。だが、正体がバレるぞ。」
『君も小さい男だ。我々の協力関係や君の正体がバレることと、彼らの命、どちらが大事かね?』
「はぁ、まさかお前に偉そうに言われるとは、心外だな。わかったよ。」
イクタはミキサーを握り、トキエダの元へと行った。
「トキエダさん。撤退の準備を完了させてくれ。俺が…いや俺たちが、あいつの注意を引きつける。」
「お前な……。単独行動はやめろと言ったばかりだろう。」
トキエダが呆れたように言った。
「単独じゃないさ。共同作業だ。俺たちにかまわずとっとと逃げてくれ。頼む。」
イクタが頭を下げた。
「…誰かに頭をさげるお前は初めて見るが…、俺は隊長だ。これ以上隊員を死なせるわけにはいかない。そして当然、全滅させるわけにもいかない。お前が必ず生きて、俺たちに追いつく。それを約束できるか?」
「当たり前だよ。俺はイクタ・トシツキだぜ?この名前に信頼と期待でブランドが付くくらいだ。」
イクタが白い歯を見せた。
「うむ。隊長としてお前を信じよう。ところで、共同作業ってどういうことだ?」
イクタは飛行機から降りて、ミキサーを構えた。
「こういうこと。エレメント!ケミストだ!」
イクタが眩い光に包まれた。その光はみるみると大きくなり、高さ55メートルにまで到達した。
「この光は…まさか…?」
見覚えのあるその光を、隊員たちが見守る。
「ホッホッホ。ようやく現れましたか…。」
光の中から現れたのは、巨人、ウルトラマンエレメントだった。
「…どうなってる…?イクタがエレメントだったってことか…?」
混乱するIRIS隊員たち。
『君たち、何をポカーンとしている!早く!』エレメントの声だ。
「そ、そうだな!俺たちはあいつらを信じて退くぞ!」
飛行可能なアイリスバードに隊員たちが乗り込み、発進した。グランガオウの隣を通り過ぎ、最初に訪れたあの砂漠へと飛んでいく。
「おっと!1人たりとも逃がしませんよ!」
グランガオウが、それを目掛けてエネルギー弾を吐いた。
『シェア!』エレメントシールドで妨げる。
『ゴォォォォォ…』
『君たちの相手は、私たちだ!』
「…まぁ、いいでしょう。エレメント殿、あなたさえ倒してしまえば、あとは簡単というものですよ。全力でお手合わせ願いたい!」
グランガオンはエレメントへと突進した。エレメントはそれを避けると、側方へ回り込み、横っ腹に蹴りを入れた。だが、体重が重く丈夫なグランガオンはピクリともしない。次は全身を使ってのタックルを試みるも、これもダメージは通らないようだ。
『うむ、流石に強敵だ。このままではいかん。ケミスト!スチールエレメント!』
鋼の身体となったエレメントが、再び体当たりをお見舞いした。今度は重量が増したからか、グランガオンもよろめいた。
『むむ、スチールエレメントでの体当たりですらこの程度か…。』
エレメントは手応えが薄く、不満のようだ。
『ゴォォォォォ…!』
グランガオンは反撃として、横っ腹から大量のミサイルを発射した。
『おおっ!?エレメントシールド!』鋼鉄のカーテンが、エレメントの身を守る。
「おいおい、これじゃラチがあかない。早くあの強化形態になろうぜ?」
『それはあまり賛成できない。これはこの怪獣を倒すのではなく、小隊を逃がすための戦いだ。ネイチャーモードではエネルギー消費量が今の比ではない。時間が稼げないということになる。』
「お前なりに色々と考えていたわけか。とはいえ、苦しいぞ。」
『覚悟の上だ。』
その様子を見ていたダームは、とある作戦を思いついた。
「そういうことですか…。グランガオン殿、どうやら我々は相当舐められているようですな。」
『ゴォォォォォ』
「ここはひとつ、そのことを後悔させてあげましょう。」
グランガオンは首をエレメントではなく逃げていくアイリスバードに向け、エネルギー弾を発射した。威力を捨て速度を求めたのか、今にも追いつきそうなスピードで飛んでいく。
『まずい!シャア!』
エレメントは咄嗟に動こうとするが、体が重くてスピードが出ない。
『くっ!ケミスト!ヘリウムエレメント!』
気体となったエレメントは同じく高速で移動すると、エネルギー弾の正面で実体化した。エネルギー弾が炸裂し、爆発が起こる。
『ノワァァァァァァ…』
そのまま地面に転がり込むエレメント。速度重視でもこの破壊力なのか。
『……卑怯だぞ!君たちの相手は、私たちだと言ったはずだ!』
エレメントは起き上がりながら怒鳴った。
「そういえばそうでしたねぇ。なら、あなたは私たちの相手だけをしておけばいい。余計なダメージを被る必要などなかったのでは?」
ニタニタと笑うダーム。
「こりゃあかなり部が悪いぞ。この怪獣は、何かを庇いながら、エネルギーを節約しながら戦えれるような相手ではないということを改めて思い知らされただけだ。」
『うむ…それに、同じような手を何度も使ってくるに違いない。アイリスバードも空中分解を恐れて満足な速度で飛行できていない。…これは大きな博打だが、今できるのはもうそれしかない。やってくれるか?』
「…全力でかかって、こいつをここで潰すということか?」
『そうだ。私もこのレベルの相手と戦うの初めてだ。だが、やるしかない。』
「まぁ、結果的にはそうなるだろうとは思ってたよ。勝負ってのは、やってみなくちゃわかんねぇしな!」
イクタはもう一つの装置、エレメントブースターを取り出し、装着した。
『刺し違えてでも倒す!ケミスト!ネイチャーエレメント!』
エレメントの身体に緑色のストライブが走る。エレメントネイチャーモードだ。
「…それが、あなたの本気ということですかね?そうこなくては。」
『シェア!!』
エレメントがファイティングポーズをとる。互いに睨み合って動かないように見えるが、既にエレメントは新たな手を打っていた。突然、グランガオンの顔が歪んだ。
『コガァァ?』次の瞬間、1人でにグランガオンが吹き飛んだ。ダームは思わず頭から振り落とされてしまう。
「な、何事!?」
「おい、今何をした!?」
ダームとイクタの声が重なる。
『この姿は元素だけでなく自然を操る。今のは、怪獣の顔の周囲に集まっていた気体の圧力を変化させ、巨大なパンチみたいなものを喰らわせただけだ。だがこんなものでは大したダメージにならない。シャア!!』
エレメントは超音速で倒れたグランガオンの正面に現れると、顎を蹴り上げ宙に浮かせた。反撃の隙を与えずに、次々に連打をお見舞いしていく。
『ジャア!!』
最後の攻撃をくらい、さらに数百メートル吹き飛んだグランガオン、ぐったりと地面に倒れてしまう。
『ゴォォォォォォォ…』
先ほどに比べれば、随分と弱々しい鳴き声だ。
「ほう、思いの外やりますね。まさかここまでとは。」
本心で言っているのか、余裕の表情が消え去っている様子のダームが呟いた。
「ですが、それだけの力には代償がある。だから出し惜しみをしたんですよねぇ。」
ダームの言う通り、ネイチャーモードが普通に戦えば、エレメントは僅か3分すら身体を維持できない。エネルギーを使い果たし、消えてしまうのだ。現に、早くもカラータイマーが点滅している。
「さすがに少々驚かされましたが、もはやここまでのようですな。しかし誇るべきです。この怪獣の名は『地の覇獣グランガオン』この地球で最も強いと言っても過言ではない怪獣です。それを相手に、ここまで戦えたんですからねぇ。」
「ははっ、まさかラスボスクラスの敵だっとはね。道理でクソみたいに強いわけだ。」
笑うことしかできないイクタ。
『だが、弱っている今しかない。ここでこの爺さん共々葬り去る!』
「力を僅かでも温存しろ。俺たちが帰れなくなる。」
『しかし、敵さえ倒してしまえば、私が再び動けるようになるまで待てばいい話だ。ここでこいつを倒すか倒さないかで、後々の戦況が大きく異なってくる。』
「……倒せる保証は?」
『ない。が、やってみる価値はあるだろう?』
「そうだな。」
イクタもこのまま勝負に出ることを決めたようだ。
『シェア!!』
エレメントは、両腕を胸の前で交差させた。各腕に装着された、ミキサーとブースターが重なり、大きな光の球を生み出していく。ある程度膨らんだところで、腕の交差を解き、両腕を腰の位置まで下げ、腰を落とし重心を低くする。その瞬間、エレメントの周囲の大地がゴゴゴゴゴ…という音と共に震え、砂塵や大地の欠けらが宙に浮き始めた。それらは竜巻のように吹き上げ、みるみると範囲を広げていく。エレメントの胸の前に浮いていた光球にも、稲妻のようなものが走り始めた。輝きと大きさがさらに増していく。
「…これは相当ヤバそうですな…。」
ダームは、危険を察知したのか素早く後退し、瓦礫の陰に隠れた。
『ケミストリウムバースト!!』
そう叫んだエレメントは、光球を右腕で殴りつけた。殴られた光球は膨れ上がり、殴られた部位と向かい合っている面が破裂し、そこからかなり幅の広い光線が飛び出した。とてつもない速さで、勢いよく、一直線にグランガオンへと飛んでいく。
『ゴォォォォォォォ!』
グランガオンも、負けじと、あの森を焼き払った破壊光線を吐き出した。両者の光線がぶつかり合い、激しい衝撃波を生み出していく。
「おおおお!?」
その衝撃波は避難中で、すでに戦場から100キロは離れているはずのアイリスバードをも襲った。ガタガタッと揺れる機体を、トキエダが精一杯踏ん張り、制御しようと試みる。
その次の瞬間、ぶつかり合う二つの巨大なエネルギーは逃げ場を無くしたのか、大爆発を起こした。爆風が、みるみると広範囲を包んでいく。
「これは…!マズい!」
ダームも一瞬にして爆風に飲まれた。エレメントやグランガオンも例外ではない。
「マズい!緊急着陸だ!みんな伏せろ!」
トキエダの指示で、制御を失ったまま砂漠の地面へと突っ込むアイリスバードたち。距離的に、爆風の直撃は避けることができたようだが、先ほど以上の衝撃波に加え、巻き上げられた戦場の大地の欠けらや瓦礫などが、まるでミサイルのように降り注ぎあちらこちらに突き刺さった結果、一時的に大きな砂嵐が発生していた。
「地下への帰り道はもうすぐそこなんだ!みんな、こんなところで死ぬんじゃねぇぞ!」
隊員たちを庇いながら、トキエダが叫ぶ。
「り、了解!」
すぐそこに、地上へと上がってきたルートがある。それ目前として、帰れませんという事態にしてはならない。イクタが、エレメントが命を捨てる覚悟で戦っている。それに応えなくてはならないのだ。トキエダはその人生でこんなにも、生にしがみついたのは初めてかもしれないな、と遠くなる意識の中で感じていた。次の瞬間、彼らの乗るアイリスバードに、瓦礫の一つが突き刺さり、爆発を起こし機体は大破した。6人の隊員が搭乗していた。
もちろん瓦礫が100キロ先まで飛んでいくレベルの大爆発を起こしたのだ。爆心地である彼らが無事であるはずがなく、エレメントの変身は当然解除され、イクタの生身が転がっていた。グランガオンも命はあるようだが、既に虫の息である。イクタの近くには、ダームが同じように転がっていた。
「……生きてるのか?俺?」
意識が戻ったイクタ。自分の生死がわからないままでの覚醒は、レジオンに撃ち落とされて以来だろう。思えばこの死闘は、あの瞬間から始まっていた。俺を救ってくれたエレメントという巨人は、共に撃ち落とされた仲間、リュウザキを救えなかった。俺はエレメントと共に戦う決意をした時、あの戦いで死んだ仲間たちの命に報いるため、必ず人類の未来を守ると誓った。同時に、特定の誰かだけ、ではなく、全ての人々を救える存在になりたいと思った。
だが、俺はこの地上でも、仲間を守り抜くことができなかった。ローレンの話したエレメントの過去を聞いて、実は内心、エレメントを情けない奴だと思っていた。でも俺だって同じだった。理想やプライドだけ高いだけで、身近にいる人すら守れない、情けない野郎だ。
『……クタ!イクタ!しっかりしろ!』
エレメントの声がする。おそらく、ミキサーの中からだろう。鼻からは焦げ臭い匂いが、目には青い空が見える。五感が機能しているということは、生きているということらしい。
「……俺は大丈夫みたいだ。」
『それは良かった!だが、爆発のダメージをもろに受けたのは私の方らしい。せっかく君と一心同体になり、レジオンに吹き飛ばされた身体も徐々に回復気味だったというのに、またその身体の一部を失ったようだ。もちろん君のエネルギーも借りて変身をするから、一時的に身体全てを構築することができるものの、このままじゃ、しばらくはネイチャーモードは使えない。』
「…そうか。その言葉を聞いて、なんとなくネイチャーモードってやつの性質が見えてきた気がするよ。ま、最初に出会った頃に戻っただけだ。」
イクタはゆっくりと上体を起こした。そして、ポケットに手を入れ、アイリスリボルバーを手に取る。
「ここで、グランガオンとこのジジイに止めを刺す。刺し違えてでも倒すと言ったが、どうやらそうなったみたいだ。」
ジャキッという音を立て、銃を構えるイクタ。その目の前に、一瞬にしてキュリとローレンが現れた。流石に驚き、一歩退き身構えるイクタ。
「何しに来やがった!?」
「そう言うなよ。俺だって暇じゃないんだが、ダームの反応が消えたから飛んできたというわけだ。何事かと思えば、やってくれたみたいだな。イクタ、そしてエレメント。少しは抵抗してくれるかとは密かに期待していたが、これは期待以上だ。」
転がるダームに視線を落としたローレン。
「キュリ、このジジイ、生きてるのか?」
「みたいだな。今すぐ治療すれば、どうにかなるはずだ。」
「……と、いうわけだ。ここは取引でもどうだ、イクタ・トシツキ。」
ローレンはそう持ちかけた。
「取引?」
「そうだ。俺の要求は簡単なことだ。お前はここから、何もせずに退け。地下に撤退するなり、仲間を集めてしばらく地上に残るなり好きにしろ。ここから消えてくれればいい。」
その要求は意外なものだった。
「どういうわけだ?」
「見ての通り、この怪獣と爺さんは俺たちの手放せない戦力だ。お前にトドメを刺されると困るというわけだ。」
「随分と身勝手じゃねぇか。俺の小隊もかなりの被害を受けているんだ。しかしこれはある意味戦争だからな。そこをとやかく言うつもりはないが、戦に情けもクソもあるか。俺はここでこいつらの命を断ち切る。理由は簡単だ。俺たちにとっての脅威だから、だ。」
イクタは再び銃を構え、トリガーに指をかけた。
「まぁ落ち着け。俺は取引と言った。お前ら地下人類だけに損はさせない。お前がこの要求を飲んでくれれば、俺たちは今日から半年間、地下やお前ら兵士には一切手を出さない。どうだ、良い条件だろう?」
「…はぁ?」
「考えてもみろ。確かにこの地上での戦いで、我々は両者ともに損害を出した。だが、地下には多くの人類があり、武力組織や高度な文明がある。半年あれば、俺たちにできることはこの1人と1匹の回復くらいかもしれんが、お前らは攻撃部隊の再編から、新兵器の開発までできる。まぁ、一種の休戦協定のようなものだ。」
ローレンは淡々と語った。
「俺の話は信用できるはずだろう?イクタ、俺はお前に正しい歴史を教えてやった。その話は疑いようもなく真実だったはずだ。それでも信用できないというのならば、これを渡そう。」
ローレンは、イクタに向かって何かを投げつけた。慌ててキャッチするイクタ。その手の中には、怪獣兵器のようなカプセルがあった。
「見ての通り怪獣兵器だ。流石に専用の銃身までは渡せないが、俺が見る限り、地下の科学力ならば半年あれば分析、複製、そしてオリジナルの開発まで可能だろう。どうだ?」
確かにこのカプセルの中からは生命反応がある。本物のようだ。どうやら、そこまでして俺にこの場から退いて欲しいらしい。それだけ、ここにいる瀕死の奴らが捨てきれない大きな戦力であるということだろう。ローレンは落ち着いているようにも見えるが、実際、このように切羽詰まった話を切り出している。もしかしたら、このグランガオンという怪獣で、エレメントを含む俺たちを全滅させることが可能だと踏んでいたのだろう。その期待の怪獣が、このように追い詰められてしまった。そうだ、ローレンは明らかに動揺しているのだ。俺に歴史を語った時のローレンからは、こんな交渉で歩み寄ってくる姿など想像できない。
「後悔しても知らんぞ。俺に、このカプセルを渡したことをな。」
イクタは、大事にポケットにしまった。
「取引は成立だ。約束しよう、たった今から半年間、俺たちは地下人類、および地下への攻撃は一切行わない。だが、もしその期間中にお前たちが再びこの地上に攻撃目的で現れれば話は別だ。攻めてきた害虫を駆除するために戦う。」
「…わかった。」
「では、次に一戦交えるのを楽しみにしている。」
ローレンは、カプセルにグランガオンを収容すると、ダームを抱えて、キュリと共に消えた。
アジトに帰り着いたローレンに、キュリがたまらず問いかける
「ちょっと!どういうつもりだ!あたしたちは能力者よ!その半年の間に死ぬ可能性だってある!それをわかっていながら、自分からやすやすと目的の達成を遅らせるようなことしやがって!」
相当怒っている様子だ。
「まぁそう言うな。今のはタイミングが重要だった。」
「……どういうことだ?」
「あいつが仲間と合流する前だったからこそ、成立した話だ。もし、仲間と合流を果たした後だったら、あいつはこの話を飲まず、怒り狂った様子で俺や瀕死の奴らに銃を乱射していたに違いない。いや、それだけじゃない。もっと大きな脅威が生まれていただろう。」
「だから、どういうことだって?」
「もうこの地上に、あいつの仲間はほとんど存在しないからな。」
ローレンは断言した。
「生体反応を感じない。まぁ、3、4人の反応はあるがな。」
「は?でも、お前『仲間と合流した後』とかなんとかとか言ったじゃねぇか。辻褄合わねーよ。」
「誰が、生きている仲間だと言った?仲間の死体の話だ。」
「……あぁ、そういうことか。そりゃ、怒り狂ってお前の話を聞くどころじゃないな。じゃあ、もっと大きな脅威ってなんだ?」
キュリはどうにも頭の回転が遅いらしい。
「イクタも、俺らと同じリディオ・アクティブ・ヒューマンだ。俺と最初に出会った時、奴はラザホーとの戦いで放射能防護服を失っていた。つまり奴は、生まれて初めて直に放射能に触れたことになる。そして、今日もだ。エレメントへの変身が解け、しばらくの間生身で地上に転がっていた。」
「……そうか、そういうことか。だんだん話が見えてきた…!」
「そう。あとはお前が察した通りだ。リディオ・アクティブ・ヒューマンとは、放射能によって遺伝異常が発生した人間のことを指す。そしてその遺伝異常は、細胞レベルで個人の意思や感情でさらに一時的に加速させることができる。要するに、『異人化』することができるということだ。」
イクタは、徒歩で砂漠を目指していた。エレメントへもしばらく変身できず、戦闘機もないのだ。こうするしか、地下への帰り道に辿り着くことはできない。
「みんな、もう地下に帰り着いたかな?」
『時間的に考えれば、基地への帰還を果たしていても良い頃だ。我々も急ぎたいところではあるが…。残念なことに交通手段が徒歩しかないのだ。』
「はぁ…だよなぁ。」
ため息をつくイクタ。
『だが君は能力者だ。身体能力がそこらへんの人間の比ではないだろう。全速で走れば、少しはマシじゃないか?』
「そういえばそうだ。よし、飛ばすぞ。」
駆け出したイクタ。
『しかしそれはそうと、ローレンとの取引だ。本当にあれが正しい選択だったのか?』
「仕方がないだろ。あいつの言う通り、奴らの半年と俺らの半年ではできる準備の量が違う。IRISの現存戦力だけでも、迎撃態勢を整えるには十分だろう。それに、俺とお前ならグランガオンだって倒せない敵じゃないことがわかった。IRISには毎月のように新人隊員が入隊しているんだ。人手だって不足することはない。」
『だが、結果だけ見ればこの作戦は大失敗に終わった。IRISの存在そのものが揺らぐレベルの失態だぞ?準備しようにも、組織がないのなら意味はない。』
エレメントはかなり心配そうだった。
「その点も心配はない。この怪獣兵器が保険だ。小さなカプセルだが、価値はお前の器よりもでかいかもな。」
『……むぅ?』
不服そうなエレメント。
「これに加え少々のサンプルもある。いや、これだけで十二分の戦果だ。これを突きつければ、本部長も市民も組織の存続に納得せざるを得ない。」
『これはそんなに簡単に問題じゃない。君ならわかっているはずだ。』
「うるさいな。俺だって悔しいんだよ。夢見た地上でこんな地獄を見る羽目になったからな。撤退の道中くらい、明るい話をさせろ。」
結構真剣な顔で怒るイクタ。
『あ、あぁ…。申し訳ない。』
イクタはミキサーから再び正面へと視線を戻した。なにやら、周囲の風景がいつになく素早く流れて行っているように感じられる。
「なあ?俺ってこんなに足速かったっけ?」
『さぁ?私は君の身体能力に関しては詳しく知らないからなんとも。』
まぁそうだろう。逆に知っていたら怖いくらいだが。それにしても、これはまるで乗り物にでも乗っているかのような速度だ。…だがこの現象について突き詰めるのは地下に帰ってからで良い。まずは、この速度にありがたみを覚え、合流するのが先だ。しかし、この時既に、イクタの身には異変が生じていた。
そんなこんなで、イクタは予定よりも早く砂漠に辿り着いた。あたりに散らばる瓦礫を眺めながら、先ほどの爆発がどれだけの規模であったかを客観的に知ることができた。その光景を見ていると、脳裏に不安がよぎる。これだけのモノが飛んできているのだ。それに、ところどころ深く地面に突き刺さっている飛来物もあることから、相当な速度で飛んできたと推測できる。まさか、避難中のアイリスバードにピンポイントに直撃するなんてことが…あり得るはずはないのだが、やはり心配になってしまうのが人間の性である。
『心配のようだな。』
エレメントには、イクタの心情はお見通しだったようだ。
「そりゃ、ないとは思うけど、こんな光景見せられたら心配にもなるでしょ。」
『もちろん、それは当たり前のことだ。では、私が索敵を仕掛けてみよう。』
エレメントが提案する。
「…いやそれはいいよ。その……なんだ、あいつらが生きていることは信じているんだけど、この…わかるだろ?言いたいこと。」
『まぁ、な。わかった。やめておこう。』
エレメントは、元科学者にしてはやけに考える能が足りていない気はするが、人の気持ちを汲み取ることはできるようである。
「…確か、ここら辺だったな。地下からのルートがあるのは。」
目的地周辺までやってきたイクタは、周りをキョロキョロと見渡す。
「安心したぜ。故障した飛行機っぽいのは見当たらないな。みんなちゃんと帰還できたんだよ。」
『それは何よりだ。さぁ、私たちも戻ろう。ただし気を抜くなよ、地下トンネルには地底怪獣がいるかもしれない。』
「わーってるよ。」
そんなイクタの胸が、突然震えた。胸ポケットにしまっていた通信機が、何かを受信したようである。
「なんだ?これ使うのも久しぶりだな。存在忘れてたぜ。」
通信機を取り出すイクタ。どうやら、通話を受信したようだ。送り主はイケコマとある。
「地下からはいかなる通信も遮断されるはずだ。てことはイケコマさん、まだこんなところにいやがったのか。世話の焼けるセンパイだぜ全く。」
文句を吐きながら、通信機のスイッチを入れた。
「はい、こちらイクタ。」
「イ、イ、イクタか!?よかった!無事だったか!もう繋がる距離にまで来たんだな!」
珍しく慌てているのか、ろれつが上手く回っていない様子のイケコマの声が聞こえて来た。
「落ち着けよイケコマさん。あれか?飛行機でも故障したの?」
「私の乗っている飛行機は無事に動く!だがそれどころじゃない!トキエダ隊長が……亡くなった…」
最後は消えそうな声で呟いたイケコマ。
「……は?今なんて…」
「隊長だけじゃない!隊長たち6人の乗ったアイリスバードに、飛んで来た瓦礫が直撃したんだ!全員…即死のようだ…。」
イクタは通信機を落としかけたが、どうにか再び強く握りしめた。イケコマはその性格的に、このような不謹慎極まりない冗談を最も嫌う男とみてもいい。間違いなく、これは真実だ。真実を伝える人間の声色だ。
「…今、あんたらどこにいる!?エレメント!索敵を!」
『ここから西に100メートルだ!その距離で、なぜ目視することができないのだ!?』
「みんな巻き上がった砂を被ってしまっている。それらを除去している場合じゃなかったんだ!」
「しまった…。その可能性を完全に捨ててた…。今いく!」
イクタは、エレメントの教えた方向へと駆け出した。先ほどから、何故か体に謎の力が湧いているからか、3秒という速さで場所へ駆けつけた。
「イケコマさん!!」
「は、早かったなイクタ…。アイリスバードは爆発したのか、大破してネジ単位で転がっていた。だから、隊員たちの遺体もバラバラだ…。正直、これらが誰の腕で、誰の足かもわからない。」
イケコマの視線の先には、白い布が被された、つい先刻まで人間だった物体が安置されていた。
「……」
イクタは絶句していた。言葉も出せない現実が、目の前にあった。
『爆発のせい…ということは、私のせいでもあるのだ…。私が、あの時君の判断通り、時間稼ぎだけを考えていればこんなことには………。私は……私はまたこの手で……人を殺めたというのか……。何度同じ過ちを犯せば!!私は!!』
「……落ち着け。時間稼ぎに徹しても、俺たちがグランガオンに負けて、結果的にはあいつに殺されていただろうな。」
イクタはそう言った。
『イクタ!目の前に君の恩人の遺体があるんだぞ!なんという言葉を!』らしくなく、激怒するエレメント。人の命には敏感になっているようだ。
「……うるせぇ……。こうなったのも…全部黒ローブのせいだ…!何が取引だ!…俺はあいつらを…あいつらを絶対許さねぇ!殺す!1人残らず殺す!…殺しつくす!!」
その瞬間、イクタの瞳の色が紫色に変色した。背中からは、隊員服を突き破り灰色の突起物のようなものが隆起し出現し、右腕だけが極端に太く変化した。
「…イクタ!?」
思いがけぬ現象に、数歩退く生存隊員たち。
『これは……いかん!!落ち着くんだイクタ!!』
エレメントはその異変の正体に気づき、慌てて制御を試みる。
『殺す……!』
ついに声にまで変化が現れた。これは間違いなく、『異人化』への兆候だ。
『まずい…ここでイクタが異人化すれば…1人残らず死ぬ…!!』
「何!?」
地下人類として初めて、地上へと上がって来たIRIS精鋭部隊。だが、そんな彼らを待ち受けていたのは、地獄の連続、ただそれだけであった。
続く