ウルトラマンエレメント   作:ネフタリウム光線

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 エレメントと本部長の策が見事にハマり、世界会議で形成を一発逆転させ、存続が決まったIRISの元に、早速難事件解決の任務の依頼が飛び込む。HK地区の村が潰れ、住民も行方不明、かつ怪獣の目撃情報まであるというその事件の解決のため現地へ飛んだイクタとエレメントの前に立ちはだかったのはー?


第17話「凍結」

第17話「凍結」〜氷獣ゲフール登場〜

 

 あの世界会議から、2週間の時が経っていた。あれからと言うものの、もはやIRISの解散を望む声は極少数の反社会勢力しか唱えなくなっており、市民やマスコミとIRISの関係というものも、地上遠征前の状態にまで回復していた。

 平穏を取り戻し、それぞれの任務をこなしていく隊員たち。決戦まで、あと5ヶ月である。

「そっち、できたか?」

TK-18支部のサイエンスチームの研究室で、声をあげたのはチーフであるイクタ・トシツキだ。彼らに与えられていた休暇も2週間であったため、今日から現場復帰である。

「はい、ちょうど今完了しました。」

答えたのはイクタの右腕、エンドウだ。

「オッケー。やっぱりここのコンピュータだと早く終わるな。それもこれも、例の会議の際の実験のおかげだ。」

「あれで怪獣兵器の起動、怪獣の操作、そしてカプセルへの返還、全て試せましたからね。エレメントとの戦闘で、その戦闘能力もだいたい把握できました。」

「あぁ。まずは起動方がわかっただけで大進歩だ。未だに詳細な仕組みはよくわからんが、とりあえずー」

イクタがカチャカチャとキーボードを叩いていく。何度かその動作を行ったあと、エンターキーを押した。するとコンピュータ後方のマシーンが開き、中から多量の蒸気と共に小さな物体が姿を現した。

「カプセルそのものは完成した。」

イクタはそれを手にとった。敵側から渡された怪獣兵器とは、その色こそ違うものの、全く同じ形状をしていた。

「おぉ!さすがはチーフ!相変わらずお仕事が早い!」

「その色は、俺が考えたんっすよ!」

遂にカプセルが完成し、喜びの表情を見せるスタッフたち。研究室は賑やかになっていた。

「…問題はこれにどうやって怪獣を収めるか、だがな…。」

イクタの一声で、室内のムードは再び、いつも通りの静かな感じになってしまった。

「ま、まぁ、それもすぐに解決しますって!イクタチーフ、この間怪獣兵器から現れた怪獣を、再びエネルギー体に戻す装置を開発していたじゃないですか。あれを、野生の怪獣に使用すれば良いんじゃないんですか?」

「そんなに単純なら、今すぐにでも怪獣探しに出かけているところだよ。あれは、あの怪獣が元々エネルギー体だったからこそできたことだ。装置そのものは、例えば気体から固体だとか、液体だとかに変化する、状態変化を応用したものに過ぎないからな。」

イクタはそう説明した。

「…つまり、まずは野生の怪獣をエネルギー体に変換できる装置を開発しなければいけない…。」

「で、それに関しては2週間、進歩なしってわけだ。」

室内にどんよりとした空気が流れる。

「…やはり、怪獣をエネルギー体にするっていうのは、奴らの誰かが持つリディオ・アビリティでなければ無理だという可能性が、極めて高いのでは?」

エンドウがそう漏らした。この不安が的中しているのならば、我々にはどう足掻いても作成できないということになる。

「…最悪そうかもしれない。そうだった場合、この研究に当てた時間そのものが無駄になる。科学というものには、大掛かりな費用や時間を要して、得られた成果は0という研究も少なくはない。古代の錬金術とかな。失敗から多くを学ぶ学問でもあるし、多少は仕方がないかもしれない。…でもこれは地下の未来がかかっている軍事科学。仕方がないとか言ってられない。だから期限を決めるか。その期限までに光が見えないのならば、残念だが諦め、他の兵器開発に力を注がなくてはならない。」

「…そうですね。幸い、怪獣兵器に100%の力を注いでいるのは、この支部だけです。他の支部では、戦闘機や弾薬の補充、新たな搭載兵器や戦術兵器の開発に時間を当てています。多少余裕を持って期限を定めても大丈夫かと。」

エンドウがそう言った。

「ならばあと1ヶ月だな。1ヶ月、精一杯取り組むのだ。」

「了解!」

 

 スタッフたちが自分のデスクに戻っていく中、イクタは1人部屋を離れ、人気のない倉庫前へとやってきた。

『私は、リディオ・アビリティによる制作物ではないと思うがね。』

そう言ったのはエレメントである。イクタのベルトのホルダーから姿を現したエレメントミキサーの中から、声を発しているのだ。

「やっぱあんたもそう思うか?」

『あぁ。君もローレンから話を聞いていた通り、リディオの実験対象には、そのような能力を持つ子供はいなかった。そもそもあの中で生き残ったのは4人のみ。君はそのうち1人の能力を継承している。そして向こうにはローレンにキュリ。もしまだ見ぬ能力者がいると仮定しても、それは1人だけなのだ。』

イクタは、その4人という重要な数字を忘れかけていた。つまり、敵の数は現在把握できているローレン、キュリ、そしてエレメントと相打ちとなった老人、そこにもう1人いるかいないか程度、ということになる。もしも奇跡的に、彼らの先代が多くの命を繋いでいたとしても、二桁人数まではいかないであろう。あの過酷な環境下で、多くの子供が育つなど考えにくい。これも推測に過ぎないことに変わりはないが。

「…確か、動物とのコミュニケーションがなんだとか言ってたっけな。コミュニケーションで怪獣をエネルギーにできるわけはない。」

『そうだ。そして敵の本拠地が地上であることを考慮しても、現状の放射能汚染レベルからするに、新たに覚醒したリディオ・アクティブ・ヒューマンが存在するとは到底考えにくい。核爆発の爆心地での発生確率でも、僅かに数%なのだからな。一つの狭い村から4人の覚醒者が同時に発生したなんて、奇跡に近い現象だったよ。』

「…その数字としてのデータは初耳だな。やけに詳しいな。」

『…まぁ色々な。私は人類の進化体の進化体なのだ。知っててもなんらおかしくはないだろう?』

エレメントはお茶を濁すように言った。

「ふーん…。ところで、ウルトラマンというのは、リディオ・アクティブ・ヒューマンのさらに次のステージ、リディオが生み出した人類の究極進化体だとか言っていたな?」

イクタは思い出すように訊ねた。

『あぁ。だいたいそんな感じだ。』

「ずっと気になってたんだが、なら俺やローレンが、この先ウルトラマンに進化するというのはあり得る話なのか?」

『なるほど…。当然の疑問だがいい質問だ。』

エレメントはしばらく考えてから、再び話し始めた。

『答えから言うのなら、まず有り得ない話だ。私自身、ウルトラマンへの進化条件を全て知っているわけではないが、まず、二つ以上の複数のリディオ・アビリティを使えなければならないのは自明であろう。私の場合は、元素を操る力、そして自然を操る力だ。一見似通ってはいるが、本質は全然違う。ネイチャーモードでの戦闘を体感している君ならわかるだろう?』

「そうだな。それに二つ以上の能力を保持できる肉体などそうそうないだろう。たった一つでも保持していれば、その寿命は生まれた時から長くて30年という制約付きだ。二つ目を手に入れた瞬間、命を落としてもおかしくはない。」

『そうだ。だから、私には己の命を守るために、本能的に強靭な肉体が副作用として生まれたらしいのだ。やたらにデカくて人間離れした外見の、あの身体がな。』

エレメントは、自身がウルトラマンへとなったその瞬間を思い出していた。自分は13番目の実験体であった。順番的に12人の実験が失敗、要するに命を落としているということになる。

「…あんたみたいに奇跡的にウルトラマンへとなれる器があったとしても、複数の能力を保持するためには人間のままでは無理があるから、その変な身体になっちまうというわけか。」

『うむ。それはローレンたちもわかっているはずだ。もし彼らがウルトラマンの力を欲したとしても、死という最悪のリスクがある以上、迂闊にはその決断には踏み切れない。』

「だろうね。奴らの目的は、奴らの目の黒いうちに俺ら地下人類に復讐することだからな。そのため、1%にも満たないかもしれない可能性にすがるような奴ではないはずだ。そもそも、奴には未来が見えているしな。」

『それに関しては、あいつの目に、自身がウルトラマンへと進化できている未来が見えていないことを願うばかりだがな。』

エレメントは苦笑した。その笑いには、どこか余裕を感じられた。それもそうだろう、これはもはやあり得ないと言い切ってもいいことだからだ。そもそも、イクタたちはまだローレンの本気を見ていない。間違いなく彼は、ウルトラマンの力に縋らずとも、エレメントと同格、いや、凌ぐ力を持っているに違いない。イクタはそう思わざるを得ない雰囲気を、彼と会った時に感じ取っていたのだ。

 

「……!」

ローレンは不意に何かを感じたのか、眠りから目を覚ました。

「……まさか、そうくるとはな…。」

起きるなりすぐに、ボソボソと小声で呟く。

「どうした?今度は何が見えたんだ?」

キュリが訊ねる。

「…ちょっとな。…ダームの容態は?」

「順調に回復しているわ。あの歳なのに、大した生命力だよ。リハビリの期間を考えても、残り5ヶ月というのは十分に余裕があると思うね。」

「なら、良いだろう。…それと、キュリ。悪いが、ここから外出するのは今以上に控えてくれ。必要最小限に留めたい。加えて、ここのような拠点を複数箇所設け、不定期的に隠密に移動することも考えなければいけないだろう。」

ローレンはそう言った。

「どうしたんだよ急に。このあたし達が何を恐れて、コソコソしなくちゃなんねーんだよ?」

「敵に出来る限り、我々の居場所と人数を悟られないためだ。」

「敵?地下の奴らのことか?あいつらはあたし達を監視することすらままなっていない。そんな必要はないだろ。」

「その必要があるから言っている。従え。」

ローレンはいつになく凄みのある、低いトーンの声でそう命じた。

「……もちろん、あたしはあんたに従うさ。ただ、疑問を感じただけだよ。」

流石にこれ以上楯突いたようなことを言えば、どうなることかわからない。ローレンはリーダー格とはいえ、メンバーとはあくまで対等な関係にあるはずなのだが、やはり暗黙の上下関係のようなものが存在するようだ。彼が物心ついた時から、やけに態度の大きな性格であったためであろう。父親の影響なのか、はたまた未来が見えているからなのかはわからないが。

「それで良い。」

ローレンは、再び眠りについた。

 

 IRISの存続決定は、地下の経済界に大きな恵みをもたらしていた。マスコミを通じて、徐々に公開された新情報、例えば「この地下世界も、放射能に侵されるまで数十年しかない」というモノも、市民も1ヶ月という期間で少しづつ受け入れるようになっていた。もちろん、何故それを早く公開しなかったのか、という疑問の声は至る所から上がったが、タイミング的には完璧だった。組織への信頼が薄かった時に公表しても、信じる者は限りなく少なかったであろうためだ。

 それにより、IRISは市民から『地上を取り戻し、放射能を除去してほしい』という願いを受け、再び地上へ行くための大義名分を手に入れることができた。

 ともなれば、再び企業や個人からの投資も活発化するわけである。さらには、IRISの所轄化以外の企業が擁している工場もこの流れに乗っかり、IRISからの発注を受け入れ始めた。これはこれまでの60年にはなかった働きである。

 よって、そのようにIRISに関連した事業を行うようになった企業にも、株価の上昇を見込んでの投資が始まるわけである。地下は今、空前の好景気を迎えようとしていた。

「…ピンチはチャンス、とはよく言ったものだな。数週間前までは、潰れようとしていたこの組織が、結果的にはこの好景気のエンジンとなっている。」

TK-18支部の支部長室で、幹部達に話しかけるフクハラ支部長。

「全くです。まぁ、我々IRISにはライバル企業のような存在がない。他に同じ事業を行なっている組織がない以上、世論を味方にすれば、こうなることも不可能ではなかった。」

司令官がそう言った。

「ですが、それはいわば諸刃の剣。我々が失敗をすればそれだけで不景気どころか、世界が混乱する。それは身をもって知らされましたね…。」

情報局長がため息をついた。

「そりゃそうだ。失敗が許されない作戦を失敗したのだからな。今のように、信頼や景気が回復どころかプラスになるなど、二度と起こらない奇跡と言っても良い。」

支部長は断言した。

「おっしゃる通りです。…現在兵器の補充は順調ですが、それを扱う隊員の補充だけは、科学では不可能です。敵も、あの約束を守るとは思えない。なんなら、今この時に攻めてくるかもしれません。隊員、それも優秀な人材の補充。これが大きな課題でしょう。」

「うむ。もちろん、新人の育成には、組織全体で大きく力を入れている。」

支部長は、机に積み上げられていた資料のうち、一つを手に取った。

「本部含む、各基地のルーキーの数だ。平均して約15人。」

「あれだけの入隊希望者がいて、15人ずつしかいないってことですか?」

局長が目を丸くした。

「試験もある。毎回、入隊試験の倍率は6倍と言われている。まあ妥当な数字でしょうな。」

「だが、それでも大雑把に計算して15×13の人数がいる。相当な数だ。しかし、当然だが半年では前線で戦えるだけの実力はつかない。圧倒的に兵力が足りないのは自明だ。」

「こればっかりは、司令官のおっしゃる通り、科学ではどうにもなりませんね…。」

はぁ、と局長はため息をついた。

「それを科学で補おうとしているであろう。」

支部長はそう言った。

「……あ、そうでした!怪獣兵器ですね!」

「そうだ。これはかなり好都合なことだ。怪獣1匹で、隊員何十人分もの戦力がある。難航しているようだが、あのイクタだ、どうにかしてくれるさ。」

支部長は、手に取っていた資料を、元の位置へと戻した。

「結局、イクタがカギを握るわけですか。全く、大したやつです。」

「今やこの支部だけではない。全世界が、あいつの力を必要としている。それが、リディオ・アクティブ・ヒューマンという存在なのだ。」

「ですが、怪獣を味方にするにしても、奴らが戦闘機に乗り込んだり、銃を撃てるわけではない。私は、1人でも多くの精鋭を育成することに専念しますぞ。」

司令官はそう言うと、退室していった。

「…科学ばかりが発展しているが、やはりどの時代にも、あのような男が1人は必要だな。」

司令官の背中を眺めながら、支部長が呟いた。

「彼が育てた多くの優秀な隊員がいるからこそ、科学も生かされるというわけですからね。」

「そういうことだ。さて、仕事だ仕事。早速、厄介な問題が持ち込まれてきた。」

支部長は、山積みになっている資料の、頂点にあった資料ーつまりは最新のものであるーを手に取った。

「厄介な問題…?」

局長はハンカチを手に取った。冷や汗を拭き取るためである。

「これはとある市民からの通報だ。HK地区で、怪獣と思わしき巨大な影を目撃したらしい。早速小隊に調査させには行ったのだが、二つの村が潰れ、人っ子一人いない状態だという報告が上がっている。」

「…怪獣の目撃という情報は、正しいかもしれませんね。」

「その怪獣は、まだうちの隊員は発見するには至ってはいないが、万一遭遇した場合、彼らでは心許ない。それに現地は事件の数日前から時折濃霧に覆われることもあるようだ。視界も悪いとなると…。実戦経験の少ない部隊なのだ。危険だ。」

「トキエダ隊という強力な部隊が、危険な任務のほとんどを取り扱ってきてましたからね。他の部隊が、直接命に関わる仕事の経験が少ないのも無理はない。しかし、トキエダ隊員はもう亡き者。部隊の再編制には、まだ取り掛かれていないのが現状。どうしましょうか?」

「……とりあえずイクタに向かわせろ。部隊再編までは、それしかなかろう。」

支部長はため息をついた。やはり課題は山のように残っている。

「なるほど。しばらくは、イクタには様々な部隊の助っ人役をさせるということですな。」

「まぁそんな感じだ。イクタにも連絡しておいてくれ。」

局長はその指示に対して短く返事を返すと、部屋を出て行った。

 

「……と、いうわけで、俺に行ってこいと。」

研究室へと足を運んだキヨミズ局長が、イクタを捕まえて、支部長からの指示を簡潔に伝えていた。

「そうなる。」

「とは言ってもね。今忙しくて手が離せないんだ。イケコマさんを行かせればいいじゃん。」

「彼らは今日から早速新任務だ。今この基地にいない。」

復帰後すぐに任務に着任するとは、それだけの信頼があるということに間違いない。一見ただの頑固親父だが、やはり元トキエダ隊のメンバーというのは伊達ではないようだ。

「……もう少しで何か掴めそうだってのに、面倒なこった。」

イクタは部屋中央のメインコンピュータの前へと歩いて行った。今もなお、多くのスタッフが懸命に制作に取り掛かっており、メインコンピュータも冷却システムが追いつかず、今にも火を噴きそうな状態になっている。まさに火の車だ。

「もう少しで掴める…?今、段階的にはどこまで行ってるのかね?」

「大まかな部分はもう問題ない。あとは、怪獣をエネルギー化する仕組みを模索するだけだ。ま、それが一番厄介なんだがな。だが不可能ではない。それは確信している。」

「…まぁとにかくだ。お前の任務は、HK地区に出現した怪獣の駆除にあたるため、現地の部隊を援護することだ。研究が大変なのもわかるが、お前は戦闘隊員の1人でもある。しっかり頼むぞ。」「はぁ…。」

イクタはため息をついた。

「と、いうことらしい。俺は一旦ここ離れるけど、よろしく頼むぜ。」

そう言いながら、白衣を脱いだ。このような事態に備えて、彼は常に白衣の中に隊員服を着用している。

「わかりました。お気をつけて。」

「うーす。」

部下からの言葉に、そう適当に答えたイクタは、駆け足でアイリスバードの格納庫へと向かった。

 

「ったく、俺もこう激務の割には給料安いよな。ろくに働いてもいねぇおっさんどもの分を回して欲しいぜ全く。」

毒づくイクタ。チーフという立場にあるため、もちろん一般職員よりは多めに受給はしているのだが、確かにその仕事量を見ると少し不満があるのかもしれない。アスリートの世界でも、選手兼監督であったり、選手兼コーチという職にいる人物も、その仕事に見合った量をもらっていないという見方もあるらしい。

『まぁそういうな。どうせ、君には金の使い道もないだろう。なら問題はない。』

「それはそうだが、それを言っちゃ元も子もないぜ。」

そうこう話しているうちに、格納庫へとたどり着いた。イクタのために準備してあったのであろう、1機の既にエンジンの温まっている機体に乗り込むと、すぐに発進した。

「ぃよし、イクタ、出動!」

イクタがレバーを引くと、エンジンがゴォォ…という唸るような爆音をあげた。初速から既にトップスピードの40%の速度は出ているだろう。この恐ろしき機動力が、アイリスバードの最大の持ち味である。このエンジンを開発したのもイクタである。

 地下という空間は、もはやIRISの庭とも言える場所である。全ての戦闘隊員が、ルーキー時代から訓練場として用いているだけじゃなく、当然任務も地下内のものになるため、隊員歴が長ければ長いほど、レーダーや地図を見ずとも、トップスピードに近い速度を保ったまま、目的地まで飛行することが容易になっていく。

 稀にイレギュラーな状況として、天井から怪獣が降ってくる場合もあるが、よほどの油断をしていない限り、限りなく安全な空である。

 特にIRIS内でも右に出る者がいないと言われているイクタにとっては、大胆にも常に超音速の状態で飛行することが可能だ。

「久々に気持ちのいいフライトだな。HK地区だから、あと5分もすれば着いちゃうけどね。」

『まぁ、緊迫した飛行が続いていた君にとっては、このようなフライトが5分で終わってしまうことは嘆くべきことかもしれないが、この速度こそが、IRISの信頼にもつながっている。』

「そうだな。地上文明の消防車ってやつや救急車ってものと比較しても、こちらの方が基地数は圧倒的に少ないのに、現場に駆けつけるのは早い。まぁ、地上を走るものと空を駆けるものを比較している地点でナンセンスだが。」

『人命に関わる任務では、何より速度だ。地上の空はこことは比べ物にならない広大な空間があるが、国家単位で見てみると非常に狭苦しいものだ。それに、地上の発展地は飛行機が着陸できる空間がないほどに、人類の生活のための建造物に覆われている。地下は国家が存在しないため、領空という縛りもなければ、人口も多くはないため、垂直離着が可能であるアイリスバードでは、着地困難な場所も少ない。要するに、その場に適した乗り物を使用することが一番なのだ。』

 エレメントはそう言った。今この地下世界の中で、地上文明下で生まれ育っているのは当然だがこのエレメントしかいない。いや、地上にいるローレン達を含めても、彼だけであろう。地上に関しては、文献やわずかに残っている記録映像で得た知識しか持ち合わせていないイクタにとっては、彼と地上に関する会話を交わすだけで、新鮮な知識を得ることができるのだ。

「国家か。あの地上というでっかい空間を、互いに線引きあって、ここからは俺らの縄張りだ〜みたいなことしてたわけか。野生動物かよ。」

『国家というものを知らない君たちにとっては、そう思うかもしれないだろうな。事実、その野生動物のような縄張り争いで、何度も血を流している。だがそれでも必要なものだ。地下は人口が少なく、置かれてる環境などもあって、奇跡的にも国家がなく、IRISが引っ張っていく今の形でも世界は回っている。そのような世界で育っている君らにはわからないだろうがな。』

「まぁ、想像はできないが、さっきもあんたが言ってた言葉だ。その場に適した、だろ?」

『要はそういうことだ。郷に入れば郷に従えとかいうことわざがあったらしい。臨機応変という言葉もあるな。そのような柔軟な思考を持つものは、どこの世界でも通用する。』

「つまり、俺なら大丈夫ってことだ。」

 イクタはそう言いながら笑顔を見せた。一時期に比べれば、よく笑うようになっている。出会った頃のイクタは、どこか一匹狼のようなところがあったということを思い返せば、彼もまた大きく変わっているのだな、とまるで保護者のような心情のエレメント。

『さぁ、そうこうしているうちに、着いたようだ。』

 

 目的地周辺は、静かな森林であった。目視できる範囲には、大きな湖も見える。一見とてものどかで平和な土地のようだがー

「ここら辺の村が二つも潰れてるんだよな。」

『そう聞いている。住民も行方不明らしいな。とにかく、現地にいる隊員と合流しないことには、現状は掴めない。』

イクタ達はアイリスバードを降りると、地上戦用の装備を整え、慎重かつ速やかに歩き始めた。目撃情報によれば、怪獣による事件の可能性もあるため、常に警戒していなければならない。

 5分ほど歩くと、何百メートルか先で、焚き火の煙のようなものが、木々の合間から天井へと伸びているのが確認できた。おそらく、あの下に隊員達がいるのであろう。

 煙の下へと歩みを早めたイクタ。たどり着くと、そこには案の定、隊員達がキャンプをしていたのだが、かなり疲弊している様子であった。ただの現地調査だったはずなのだが

「おい、一体どうしたってんだ?」

「あぁ、イクタか…。」

よろよろと立ち上がったのはおそらく小隊長であろう。

「戦闘でもあったのか?……いや、それにしちゃ隊員服が汚れているわけではない…。」

「戦闘があったわけではないし、怪獣を見つけたわけでもない。ただ、ある時から急に、体が異様に重くなったのだ…。まるで、重力が何倍にもなったかのような感覚に…。」

と話している最中に、わずかではあるが霧がかかってきた。その途端、片膝をついた小隊長。

「しかし俺は何ともないぞ。……何がどうなって…!?」

その時だった。イクタの体を、何者かが全身に纏わりつくような感覚に襲われたのは。不意を突かれ、両膝をついてしまうイクタ。

「おも……な、なるほど。こんな状態ってわけか。…むしろあんたら、よくこんな体で任務を続けていたな…。」

「当たり前である。…それに、撤退しようにもこれでは…。」

『イクタ、気をつけるんだ。妙な気配を感じる…。これほどまでの自然エネルギーを感じ取るのは初めてだ。…。』

エレメントが注意を促す。その次の瞬間、湖のある方角から、甲高い唸り声が聞こえてきたのは。

『キィィィィィィィ…』

湖から顔を出したのは、首長竜のような大きな怪獣であった。

「……怪獣さんのお出ましのようだぞ…。しかもこの感じ…覇獣とやりあった時と似ている。」

『そのようだ。…まさかとは思うが、地上の連中め、もう侵攻を……?』

隊員達に緊張が走る。霧も時を追うごとに濃くなっている。もしこの目前まで怪獣が迫ってきたとしても、今のこの状態では抵抗できずに嬲り殺されてしまうだけであろう。イクタは腕に力を込め、ポケットからどうにか無線機を取り出した。

「支部長か?こちらイクタ。サイエンスチームを現地によこしてくれ。エンドウに、ケース3と伝えればわかるはずだ。」

「こちらフクハラだ。…事情は大体つかめている。こちらの観測機でも、HK地区には何か異様なオーラが流れていることを感知している。すぐに、エンドウに連絡しておこう。」

「サンキュー。さすが支部長は話が早いぜ。…あんたら、ちょっと伏せてろ。俺たちが、時間を稼ぐ。」

イクタは無線を切ると、隊員達にそう指示をした。

「俺…たち?お前の他にも増援がいるのか?」

「あぁ。それも、この世界最強の増援だ。行くぞ!初っ端からハイドロだ!ケミスト!!」

イクタはベルトのホルダーから、エレメントミキサーを取り出し、左手に掴んだ。

『了解した!』

「エレメントーーー!!!」

ミキサーを天へと掲げ、そう叫んだイクタの周囲を、目映い閃光が包んでいく。光の塊はみるみると大きくなり、やがて巨大な影によって振り払われた。その影の正体こそ、ウルトラマンエレメントである。

「……おいおい、噂には聞いていたけど、まさか本当にイクタがエレメントだったなんてな…。」

ぽかんと、大きく口を開けたままの隊員達。

『シェア!!』

水色のストライブが輝くボディを震わせ、怪獣に向かい大きく一歩踏み出したエレメントであったが、その一歩を踏むことは叶わず、まるで徒競走でこけてしまった幼児のような体制で、その場にべしゃんと倒れ込んでしまった。

『へアッ!?』

ズゥゥンという地響きとともに、砂煙が舞う。

「まぁやっぱり、エレメントの体でもこの異常状態はあるってことか。」

『こ、これでは体を動かすのに余計な体力を使用してしまう。サイエンスチームが到着する前に、体が保てなくなるぞ!』

「だから最初っからハイドロエレメントになってるんだろ。形態変化にもエネルギーを使うんだろ?その分は節約したわけだ。」

『だが、動けないのなら同じだろう?』

「動けるんだよ。ここから湖までは、こちらが僅かに高い位置になっている。つまり緩やかな傾斜ってわけだ。あんたも、自分の体の使い方くらい勉強しておけよ。」

イクタがエレメントの体を動かし、ミキサーにエネルギーを込めた。すると、エレメントの体がみるみると液体化し、ついに全身が完全に水と化した。

「ヘリウムエレメントが気体になれるのなら、ハイドロが液体になれるのは自明だろ。いくぞ!」

水となったエレメントは、傾斜に沿って、ゆっくりではあるが確実に、湖へと向かって行く。どうやら、一帯の重力を操作しているわけではないようだ。もしそうならば、そもそもイクタがこの場に降り立った時に異変に気づいていなければおかしい。どうにも不思議な力を使う怪獣のようだ。

「このくらい接近すれば、あとは無理やり飛びつけるだろ。にしてもあの怪獣、動かないな。」

湖に佇む怪獣は、一向に動きを見せない。様子を伺っているのだろうか。

『相手も水性怪獣だが、こちらも今は水の力を使うタイプだ。動かないのなら、地の利を生かして攻めるまでだ!シェア!!』

エレメントは、液体のまま、怪獣に向かって飛び出した。空中で徐々に元の身体へと変化していくエレメント。それを見て、ようやく動き出した怪獣は、水中に潜りエレメントの体当たりを避けた。両者の着水による巨大な水しぶきが、辺りに雨のように降り注ぐ。

「水中ではかなりの速度で泳げるようだな。」

怪獣は、音速に近いスピードで水中を縦横無尽に動き回っている。

『だが、水のある場でのハイドロエレメントには敵わん!シェーアッ!』

エレメントは両腕を大きく交差させ、周囲の水を動かした。水がまるでエレメントの腕のように動き、怪獣を捕らえた。

『ハイドロエレメントアーム!!』

そのまま水の外へと持ち上げると、陸の方へ放り投げた。この一連の攻撃により、湖の3割ほどの水が一瞬で動いたため、水面は大きく揺れ、発生した波が周囲の木々をなぎ倒していく。

『あの手の怪獣は、水場から離れたら無力のはずだ。ここで一気に…』

そう意気込んだエレメントだったが、何かがおかしい。体が動かないのだ。それも、さっきまでの重い、という感覚とはまた違う。

「どうした?なんで追い討ちをかけないんだ…?」

と、言いながら異変の正体に気がついたイクタ。

「エレメント!足元見ろ!凍ってやがるぞ!?」

『ヘアッ!?な、なんだこれは…?」

さらに、ピキッという音が聞こえ、後ろを振り返ったエレメント。なんと、先ほどまで武器として扱っていた大量の水が、一瞬にして凍り始めていたのだ。あっという間に、エレメントの背面部分は氷に覆われてしまった。

『…奴は水を武器にする、というよりもこうして、氷を使う怪獣だったということか…!迂闊だった!…だがこんなもの…!』

力を込めるエレメント。氷に多少のヒビは入ったようだったが、体は抜けない。

「お、おい!何か来るぞ!?」

怪獣は今まさに、格好の的となったエレメントに向かい、追撃を行うために光線のようなものを繰り出す準備をしている最中であった。

『キィィィィィ!!』吐き出された、冷気を帯びた光線が、エレメントを襲う。ついに残された体の部分までも氷漬けにされ、全身が分厚い氷山の中に閉じ込められてしまった。

「お、おい!エレメントのやつ動かなくなったぞ!!」

驚きの事態に慌てふためく隊員たち。

「おいこの野郎!起きやがれ!」

どうやら、エレメントの中にいたイクタは無事だったようだが、肝心のエレメントは意識を失っているようだ。それに、これはただの氷じゃない。イクタにもどう説明すればいいのかわからないようだが、先ほどエレメントが言っていた、自然エネルギーというものが、この違和感の正体であろう。

「…そうか…。さっき俺たちの身体が重くなったのは、こいつが発生させた霧が原因だったんだ。確か局長の話によれば事件の数日前から濃霧、か。犯人はこいつで間違いない。そしてその霧に含まれてた成分みたいなもんが、この氷にもあるんだろう。くそっ!」

『キィィィィィ!』怪獣はまるで燥ぐように鳴いている。

「霧で対象の自由を奪い、動けなくなったところを冷凍させる。一度こいつのテリトリーに入れば、脱出はほぼ不可能ってわけか。なんとも優秀な捕食者だなまったく。…ネイチャーモードの力を使えば…いや、それでは隊員たちも巻き添えにしてしまう…。どうすれば…」

 エレメントに止めを刺すためか、怪獣はこちらへゆっくりと歩み寄ってきている。嘗てないほどの危機が、彼らを襲う。

 

                                                      続く 

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