第23話「出現」
「え?結局情報は盗まれたってわけか?」
TK-18支部、支部長室に一連の任務完了の報告に来ていたイクタの元に入ってきた情報は、本部は敵の襲撃を防げず、すべての機密事項を持ち去られたというものであった。
「そうらしい。本部長も、盗まれはしないと思っていたようだから、慌てている。マスコミも大勢押しかけているみたいであるし、都市部も行方不明者が続出で大パニックだ。テレビをつけてみろ。やっている番組はAM--13地区の被害情報を伝えるものかばかりだ。…すまんが、私もこれでも1人の支部長だからな、ちょっと今立て込んでいる。またな。」
フクハラ支部長は簡潔にそういうと、慌ただしくデスクの上のコンピュータのキーボードを叩き始めた。
「…ったく、エレメントさんよ。予想大外れじゃないか。」
部屋を退室しながら、腰に下げていたミキサーを持ち上げ、そう言った。
『…のようだな。IRISの技術を過大評価しすぎたのか、またはキュリを甘く見過ぎていたのか…。まぁそこはなんでもいい。これでもう、大真面目な話、時間がなくなったわけだ。』
「…やばいよな。IRISの全基地の正確な座標はおろか、それら一つ一つが抱える戦力のデータまで敵は把握してるってことだろ?丸腰じゃねーかよ…。外堀は完全に埋められたな…。」
『地下世界冬の陣ってところだな。笑えないジョークだが。』
「…それを言うなら夏の陣なんじゃねーの?」
『違う。11月になったからだ。』
「そういえばもう11月か。確かに、いつの間にか冬が近くなってるな。…今年は色々と忙しいからな。面倒ごと増やさないために、雪は降らせないつもりなんだよね。」
地下世界の天候は、イクタが数年前、中学生だった頃に開発した人工雲発生装置の技術をIRIS本部がさらに発展させて生み出されたものによってコントロールされている。天気は、地下に四季をもたらすものの一つとしても重宝されており、特に「雪」が降る冬は市民からの人気も高い。
とはいえ、雪は下手すれば大きな障害になるのも事実だ。これまでも、何度か降らせる量を間違え、交通や経済に支障を与えたこともある。それら諸問題の責任は、当然雪を降らせているIRISに課されるし、解決に隊員を用いる時だってある。今年は、ただでさえ地上との戦いを目前に忙しい年なのだ。ならば、わざわざ仕事を増やす必要はない、と雪は降らせない方針だ。
『早くも、遠征から帰ってきて5ヶ月が経とうとしているな。』
「あぁ。奴らとの休戦期間は半年。まぁ予想通り破ってきたわけだが、なんだかんだ5ヶ月はかかったわけか。」
『奴らは再び攻撃を仕掛けらるほどの戦力を整えるのにその時間を要したが、逆に我々はその期間で怪獣兵器の技術を手に入れ、新しい戦力の芽も生えてきた。充実した準備期間を過ごせたのは我々なのだ。このことを改めてIRISの隊員たちに伝え、士気を高めておくと良いだろう。』
「だな。」
イクタはエレメントの案に賛成する。最近は、割と意見が似通ってきている気がする。
「それもだが、俺たちにも準備が必要だ。そうだろう?」
『準備…というと、何のだ?』
エレメントは心当たりがないのか、そう聞き返す。
「決まってるだろ。あんたはその短すぎる変身維持時間をどうにかすること、俺は異人の能力のコントロールを。俺たちが要なんだぜ?」
『それはそうだが……具体的にどうするつもりだ?君の件に関しては、まだ理論上可能かもしれないが、私の場合はどうしろというのだ。このミキサーは私の研究成果や技術の結晶。自分で言うのもなんだが、そう簡単にシステムを根本から変更することはできない。』
「…まぁそうなんだが…戦争となると、いちいちあんたの回復を待っている時間がない。このままじゃ、瞬間的には敵を圧倒できても、いずれジリ貧になってそのままあっさり負けだ。」
敵の心境としては、自らの命や地球の運命などは全く考慮していないだろう。とにかく、エレメントや地下の人々を殺戮することで復讐を果たすことしか考えていないはずだ。となれば、力配分などそっちのけで全力で潰しにかかってくる。それを、IRISだけで食い止めることなど不可能に近い。エレメントがいかに長く戦線に立てるのか。そこに地球の未来がかかっているのだ。
『…まぁ、方法は探ってみるさ。だが、あまり期待はしないでくれ。』
エレメントは自信がなさそうにそう言った。
AM-13地区に構えるIRIS本部。先日の襲撃騒動の混乱は当然ながら落ち着く様子もなく、今日もマスコミへの対応に追われていた。
「ルイーズ本部長!今回の事件について何か一言!!」
「都市部壊滅により亡くなられた方の遺族への会見はまだですか!?」
「大手商社や銀行の多くが大きな被害を受けましたが、今後発生するであろう失業者に対する保険などはどうされるのでしょうか!?それに、デフレの進行も深刻ですよ!!」
矢継ぎに質問をする彼らを制止させるために、戦闘隊員まで駆り出されていた。
「やめろ!本部長はお忙しいんだ!会見は後ほど開く!あんたらも、ここに押しかける暇があったら街の復興に手を貸していたらどうだ!」
そんな本部本館の入口付近の喧騒を、最上階の本部長室から見下ろしているのが、ルイーズであった。
「…騒がしいな。無理もないが。」
「本部長、これでは戦に備えての最終準備をしようにもできません。どうにかしなければ。」
秘書官がそう言った。
「全く、マスコミというのは邪魔でしかないな。特にエレメントが現れてからのこの期間、振り回されすぎだ。」
「本部長のご命令とあれば、武力を持って彼らを締め出しますが、いかがいたしましょう。」
「いや、逆効果だ。……さて、できることからやっておこうか。奴を解凍しろ。」
「……奴、ですか?…しかし、それがこの問題も解決に繋がるのでしょうか?」
秘書は不思議そうにそう答えた。
「さぁな。だが、面白い化学反応が期待できる。ちょうど、イクタは今力を求めていることだろう。彼に良い方向に作用してくれるはずだ。戦など、その気になればマスコミを無理やり押さえ込んででも開始できる。まずは、戦力を整えることからだ。」
「心得ました。」
彼は短く返答すると、部屋を出て行った。
「…お目覚めの時間だ、最後のリディオ・アクティブ・ヒューマンよ…。」
ルイーズはニヤリと笑った。
その後本部研究棟へと足を運んだ本部長秘書官、ソトは、とある研究室を訪ねていた。
「これはこれは、ソトさん。あなたがここに来たということは、何か本部長からご指示が?」
本部所属の科学者では一番格式の高い男、Dr.デオスが彼を出迎えた。デオスといえば、イクタの異常細胞を発見し、彼が能力者であるということを初めて確認した科学者でもある。イクタとは地上遠征前に再会していたが、彼に問い詰められた時にはお茶を濁すような発言をしていた。本部でも上の方にいる人間であるため、やはり『何か』を知っているのであろう。
「はい。Dr.デオス、仕事です。」
ソト秘書官が、とあるプリントの束をデオスに渡した。それを覗き込んで、彼は少し怪訝そうな表情を見せる。
「…このタイミング…ですか。」
「私とて、やはり少々の疑問は抱きましたが、指示とあれば従うまでです。よろしく頼みますよ。」
「まぁ、良いでしょう。いつでも解凍できるように準備は整っています。こちらへ。」
デオスはソトを部屋の奥へと案内し始めた。通路を歩く2人の両側には、数え切れないほどのコンピュータを相手に、職員たちがあくせく研究などを進めているようだ。
「…確かに、大きな戰を目の前に、エレメントとイクタ、そして数体の制御下の怪獣だけでは心許ない。『彼』が良い風を吹き込めるようにー本部長のご意向としては、そんなところでしょう。」「私もそう思っています。…とはいえ、リディオ・アクティブ・ヒューマンと雖も、たった1人増えただけでそう大きく変わるのでしょうか?特に、彼の能力は戦闘向きとは思えませんが。」
「…いや、変わりますよ。本部長はもしかしたら、最終的にはあのステージに至るまでを計算のうちに入れておられるかもしれませんし。」
「あのステージ…?」
歩きながらそう会話を進めていくうちに、最奥部にある、分厚い扉の前まで辿り着いていた。銀行の金庫にすら、ここまでの厚さを誇る扉はなかなか見当たらないだろう。それだけ厳重に管理しなければならないものがあるのだろうか。
「この中です。」
デオスは扉横に設置されていた装置に親指を押し当て、内蔵カメラに顔を近づけた。
「この部屋は私にしか開けることができないんでね…。しばしお待ちを。」
しばらくすると、ピーっという電子音が鳴り、扉が重々しい音と共にゆっくりと開き始めた。
「…なるほど。これが…。」
部屋は殺風景で、広い室内には奥に大きな装置があるだけで、他は特に目立ったものは設置されてはいなかった。ただ、その『装置』が、極めて重要な代物なのだ。
「そう、このカプセルの中でコールドスリープをさせている男こそが、4人目ーつまり最後の能力者です。」
縦に設置されてあるカプセルの中は、特殊な液体に満たされており、その中には身体のありとあらゆる箇所に管などが繋がれている、眠ったままの男がいた。
「…何年眠ってるんです?」
ソトが訊ねる。
「さぁ?私にも細かいことはわかりませんね。少なくとも、私がここに勤め始めた頃には既に保管されていました。」
「ドクターがわからない…?IRIS最高峰の科学者であるあなたにも、詳細は知らされていない、と?」
「そうなりますね。まぁ、本人に聞くのが一番ですよ。」
デオスはそう言いながら、装置のとあるスイッチを入れた。すると、カプセルを満たしていた液体が、まるで栓を抜かれた浴槽のように徐々に水位を下げ始めた。1分も待たないうちに、液体は完全に何処かへ流れ出してしまったのか、中に残るは男だけとなった。そこで、デオスはさらに別のスイッチに指先の力を込める。
「これで、すぐに目が醒めるでしょう。今、マシーンから彼の神経や細胞に信号を送っています。強制的に起こす感じにはなりますがね。」
彼の言う通り、その後すぐに男の身体がピクッと動いた。そして、瞼がゆっくりと開いていく。
「…ここは…?」
「IRIS本部の研究室だ。」
デオスが、男の質問にすぐに返答する。
「…そうか…。この僕の起床時間が来たってことか…。」
「…あなたが、フレロビ…。そうですね?」
ソトが、男にそう聞いた。
「そう、僕はフレロビ。これでも能力者ってやつさ。…ところで、今日の日付を教えてくれ。」
フレロビがそう答えた。永き眠りから覚めたばかりだというのに、意識がはっきりとしている。
「今日は2518年の11月3日です。」
ソトが返答する。
「どうも。…つまりもう50年も寝てたわけか…。50年間もの間19歳として過ごしたのは、僕が人類史上初かもしれないな。とはいえ、11月だと?予定では2518年の7月覚醒予定だったはずだ。今の本部長は何をしている。」
「ご、50…?それに、4ヶ月も前に予定されて…」
ソトはまだ理解が追いついていない様子だ。
「まぁ起きたばかりだ。2日間、リハビリの時間を与えよう。君には一刻も早く動けるようになってもらう必要がある。」
デオスがそう言う。
「2日だと?随分と急かすじゃないの。」
「もうすぐに戦争が始まるんでな。」
「…地上との戦争は6月に開戦予定だっただろ。何もかもズレてるじゃないの。」
この男も、起きて早々によくもまぁこう文句ばかり出てくるものだ。
「ちょ、ちょっと待ってください?あなたが眠りについたのは50年前なんですよね?」
ソトが、平然と進んでいく会話に割って入って来た。
「さっきも言ったと思うが。」
「50年前といえば、IRISはまだ創設10周年を迎えていたかどうか…。おかしくないですか?なぜその段階から、現在のこの地上との交戦を予測…」
そこまで考えて、ソトはさらなる異変に気付いた。
「6月…?そ、それって、イクタ隊員たちが地上遠征を果たした…!」
確かに、イクタは地上遠征中に見た不思議な夢の中で、『今は6月のはず』というセリフを残していた(第10話「異人」参照)。その時彼が見た不思議な夢の内容というのは、エレメントによって蝕まれ始めていた頃の東京の様子だった。あれは夢、というよりは過去に存在した本物の光景を見せられているのに近かったが。
「これは面白いじゃないですかソトさん。まさしく生きた化石だ!」
デオスは好奇心が湧いて来たようだ。
「君はこの地下の、IRISの歴史はどのくらい知っているんだい?さっきの話も興味深い。50年前には既に今日の状況を予測できていた、いや、予測というよりむしろそうなるように計算していたとも取れそうだな。とにかく、知っていることを教えて欲しいなぁ!」
「断る。僕は本部長の許可が下りない以上、情報に関しては喋らないよ。ま、このグダグダ感、今の本部長は無能な匂いがするけどな。」
彼は吐き捨てるように答えた。
「うーむ!!…リディオ・アクティブ・ヒューマンってのはなんでこう、揃いも揃って礼儀ってものを知らないのかなぁ…。例えそれが本部長の命令によるものだとしても、この私に対してタメ口というのはやはり癪に触るものだ。特に!忘れてたけど君と私はこれが初対面なのだよ!全く!君は私の名前すら知らないだろう!なんと失礼な!」
デオスは興奮すると饒舌になる癖があるらしい。
「あんたの名前などに興味は湧かん。…だがなんだその、能力者がこの僕以外にも存在するような言い方は?」
「…あれ、知らなかったのかい?いるとも。君と同い年さ。それに、君よりは賢い。」
それを聞いて、フレロビがピクリと反応する。
「ほう…もっと詳しく知りたいね。」
「嫌だね!何故なら、君は何も教えてくれないからだ!それではこちらが損した気分になる。」
「…そうかよ。じゃあいい。そしてできれば今後、僕に近寄らないで欲しい。この時代の担当科学者がこんな奴だとは、がっかりだよ。」
フレロビはまたも吐き捨てるように言うと、目の前に立っていたデオスを押しのけ、外へ出ようとする。
「おいおいおい、それは失礼だな。今こうして歩くことができているのが誰のおかげかー」
少しムカッとしたのか、彼はフレロビを止めようと肩に手をかけながらそう言ったが、その言葉は、それ以上続かなかった。
「…イクタ・トシツキ。TK-18支部所属か。…そしてエレメント…面白そうじゃん。」
突然、フレロビがそう呟いたのだ。
「……!」
デオスもソトも、不意をつかれた発言をされ、声も出なくなってしまう。
「僕のはあまり戦闘向けの能力ではないんだが、運動は好きでね。そのイクタってやつとリハビリがてらに遊んでくるよ。じゃあな。」
そう言い残し、彼は部屋を出て行った。
「…フレロビ…奴の能力は、リディオが残した奴の先祖の遺伝子データから、動物との意思疎通が測れる…との予測が立っていましたよね…(第11話「目的」参照)。」
しばらくして、ようやくデオスが口を開いた。
「ええ。しかし、他3人ともに先祖の能力をそのまま受け継いでいるので、彼もそのケースかと予測していましたが…。」
「…これは、予測が見当外れだった可能性もありますね。私が肩に触れた瞬間に、イクタやエレメントというワードを見つけ出したのだ。意思疎通なんてものではなかろう。」
「…いや、どうでしょう。」
ソトは、デオスとは違った考えを持っている様子だった。
「記載は確かに動物との意思疎通というものでしたが、必ずしも遠いものではないと思います。瞬時にイクタの名前が出てきたのも、ちょうどドクターが彼の話をしていた直後だったから、の可能性もありますよね?」
「…そうか。それに、言葉を話さない動物とコミュニケーションが取れるということは、心を読んでいるから、かもしれないわけですか。だから、私も…。」
デオスはそれを聞いて、合点がいったようだ。
「戦闘向けではないと思ってましたが、この仮説が正しければ使いようによっては…。」
「敵には未来を読む者がいる。だが、こちらには心を読む者、か。この戦、面白くなりそうですねぇ。」
そんな2人を背に、フレロビは研究室を後にしていた。
「ほっ、やっ、てやっと!」
いつも薄暗い、不気味なアジトの中でなにやら不可思議な動きを見せているのは、キュリであった。
「騒がしい。なにをしている。」
それで機嫌を少し損ねたのか、ローレンがそう言った。
「なにって、リハビリだよ、リハビリ。やっぱ爺さんがいると回復もすぐに終わるし助かるぜ。ついこの間まで風穴だらけだったとは思わねぇだろ?とっとと完全復活して、あの地下のクソ野郎どもをなぶり殺しにしてやる!」
シュッ、シュッとシャドーボクシングをやっているかのように両腕を交互に動かしていく。
「ローレン殿。彼女は騒がしいくらいがちょうどいいでしょう。元気にフル回転してもらわねばなりませんし。」
ダームは別に、彼女の騒がしいのを否定的に捉えてはいないらしい。
「…。動けるのなら問題はないが、うるさい。やるなら外で騒いでこい。」
「へいへーい。…でも、せっかく外で体を動かすならさ、ただのリハビリじゃつまらないじゃん?なら、ついでに私と戦う気はねぇか?ローレンだって、準備運動が必要なんだろ?」
腕をまくるような姿勢をとりながら、彼女はそう言った。
「…本気で言っているのか?」
ピクッと眉が動くローレン。
「当たり前だ。昔みたいには簡単に負けやしない。」
やけに自信がある様子だ。
「…無駄だ。俺に戦いを挑んだところで、お前は絶対に勝てない。」
本来ならば、未来が読める彼なら、勝敗まで見通せてもおかしくはないのだが、自身以外のリディオ・アクティブ・ヒューマンの未来は見えないことはないが非常に不安定なのだ。
「私に勝てる未来が見えなくてビビってるだけなんじゃねーの?」
しかし、どうしても戦いたいのだろうか。彼女はローレンを挑発する。
「笑わせるな。…まぁ、どのみちお前はこうなると聞かないだろう。なにを調子に乗っているのかは知らないが、自身の力の過信は大きな隙を生む。戦争の前に、お前には『現実』に向き合ってもらおう。」
ローレンは立ち上がると、そのまま外へと歩き始めた。彼を追うように、キュリも同じ方向へと進み始める。
「やれやれ、どちらもまだまだ子供心が垣間見えますこと。」
ダームはまるで元気な孫を見るかのような視線で、彼らの背中を見つめていた。
TK-18地区にドンッと構える大きな軍事施設。本部の次の規模を誇るこの基地こそが、イクタの所属するIRISTK-18支部だ。その敷地内の滑走路に向かって、一機の戦闘機が飛来していた。
「あれは本部の機種です。伝達か何かでしょうか?」
管制塔のスタッフが、周囲の人々に訊ねるようにそう言った。
「伝達なら普通通信で行うだろう。何か、別の目的か?」
それを聞いた他の職員がそう言う。
「いや、本部からは事前連絡をなにも受け取っていない。一応あの機体に通信を飛ばせ。本部が襲われたばかりだ、敵が乗り込んできているという線も捨てきれん。」
一番立場の高そうな男がそう指示を出した。本部管轄下のあらゆる乗り物は、特別な措置が施されており、全13の基地のレーダーなど索敵に引っかかることなく自由に行き来できるようになっている。そのため、この目視できる距離まで接近するまで気づけなかったのだ。
「了解。…こちらTK-18支部。本部からはこちらに飛行機が飛んでくるという情報は入っていない。何か緊急の用件だろうか?」
スタッフの1人が、マイクに向かってそう言った。
「緊急、といえば緊急だな。イクタという隊員がそこにいるはずだ。そいつに会いたい。」
イクタ、という名前に反応し、少しざわめき始める管制塔。イクタは地上人の狙いでもあるのだ。これは、敵の可能性が濃厚になったのかー?
「…まぁ疑うのも無理もない。このご時世だしな。そっちの支部長に『フレロビが来た』って伝えろよ。そうすりゃわかるさ。」
パイロットはフレロビだった。通信の向こうから聞こえるざわつきから、疑われていることを感じ取ったようだ。
「わかった。しばらくその場を旋回し待機しておいてくれ。」
スタッフはマイクのスイッチを切ると、すぐにその場の長の元へと走った。
「部長、あの飛行機のパイロットがー」
「全部聞いておった。今、部下に支部長へと連絡をさせている。」
見ると、彼のいう通り、慌ただしく電話を取る男の姿があった。
「部長!着陸許可を出すように、とのことです!」
すぐに連絡がつき、指示が降りたようだった。
「許可…?支部長のお知り合いなのだろうか…?まぁ、詮索はよそう。おい、許可してこい。」
こうして、フレロビはTK-18支部に降り立ったのであった。
「さて、イクタってやつを探すか。」
フレロビは、IRISのロゴこそ入っているが、他のスタッフや隊員とはデザインがやや異なるジャージを羽織っていた。これが、50年前のユニフォームなのだろうか。廊下ですれ違う人々も、彼に見慣れぬ珍しいものを見るかのような視線を送っている。
「しかし、50年とはすごい歳月だな。IRISもここまで大きくなっているとは。僕にとっては、ただいつも通り寝て起きたら世界が様変わりしていたというわけだが。」
ブツブツと呟きながら、通路を歩いていく。
「まぁ、戦前って感じだな。戦闘員がほとんど通路にいない。訓練か、それともいつなにが起きてもいいようにどこかに待機しているのだろう。となると、イクタもその中にー」
「なんだ?俺になんか用か?」
丁度、向こう側から歩いて来ていたイクタと向かい合う形となった。イクタとしても、見慣れぬ通行人が急に自分の名前を呟き始めるものだから、少し驚いたような顔をしている。
「…お前がイクタ・トシツキなのか?」
あまりに都合よく現れた目的の人物に対して、あらためて確認を取る。
「あぁ、そうだが。誰だ、あんた?」
「おっと悪いな。自己紹介が遅れた。僕の名はフレロビ。お前を探していたんだよ。」
「おいおいストーカーか?悪いが、俺はそっちの気は無いんだ。帰った帰った。」
イクタは手で彼を追い払うような動作をしながら、そのまますれ違うように進んで行った。
「まぁ待てよ。話くらい聞いたらどうだ?」
「…ストーカーから聞く話はねえよ。俺があまりに人気者だからってファンになる気持ちはわかる。だが行き過ぎは良く無い。他の隊員に見つかって面倒になる前に帰るんだな。」
イクタはこれ以上関わるのをよそうと、足を早めようとする。
「そうだな…先ずはその、変な先入観を捨てるべきだ。もう一度、僕の格好をよく見るといい。」
「…はぁ?」
彼は面倒臭そうに、とりあえず言われるがままに振り返り、改めてフレロビという男の姿を見た。そうすることで初めて、彼の着用しているジャージの[IRIS]というロゴに気がついたのだ。
「…なんだ関係者かよ。そいつは悪かったな。…とはいえ、見たことないユニフォームだな。どこの支部の人間だ?それとも、まだうちに知らされてないだけで変更とかがあるのか?」
彼はフレロビよりもユニフォームに興味を抱いた様子だ。
「そこに着眼したくなるのはわかる。だが、その前に僕の話だ。」
「あぁ、そうだったな。すまんすまん。」
イクタは頭をかいた。
「これでも忙しい方なんだ。手短に頼むよ。」
「もちろん。簡単なものだから安心するといい。僕は、君と戦いに来た。」
「……はぁ?」
何を言っているのかわからない、という表情を見せるイクタ。
「エレメント、君もいるんだろう?黙ってないで会話に参加したらどうだ?」
その言葉を聞き、イクタの表情は少し険しいものに変化した。こいつの戦い、という言葉に真剣味が増したような気がしたのだ。
『私を知っているのか。何者だ?見たことのない顔だが…。』
とエレメント。
「何度も自己紹介はしたくない。それに、見たことのない顔ってのも失礼だな。僕と君は、一度だが面識があるぜ。」
『…フレロビといったか?申し訳ないが、私の記憶が正しければ、君との面識は……あっ』
何かを思い出したのか、ふと言葉が途切れたエレメント。
「どうした?」
イクタが不審がる。
『そうだ…フレロビといえば、グリン本部長の…!』
「ほら、知ってるだろう?」
フレロビが得意げな顔になった。
「おい、なんの話をしてやがる?グリン本部長?」
イクタがミキサーを掴み上げ、顔を近づける。
『あ、いや、ちが…』
エレメントはマズい、という表情になっていた。イクタの前で、余計なことまで口を滑らしてしまったのだ。
「なんだ、賢いと聞いていたが、そんなことも知らないのか。歴史の基本から学び直すんだな。」
彼は、イクタを煽るようにそう言った。
「そうじゃない、グリンの名前くらいは知っている。問題はそこじゃない。あんたたち2人とも、何かこの組織の秘密を握ってそうじゃん。教えて欲しいね。」
「そうだね…いいよ?」
フレロビの返答は、思いがけなものだった。いつもはぐらかしてばかりのあいつとは違い、教えると言い始めたのだ。
「それは話が早くて助かる。どこぞのエセ科学者とは大違いだぜ。」
『え、エセだって!?』
流石にその言い草はない、とすかさず反論しようとするがー
「たーだーし!」
それをフレロビが遮った。
「僕に勝てたら、だ。」
そういえば、こいつは戦いに来たと言っていたっけ。
「…古典的だな。昔の漫画にはそういう展開が多く見られたが、まさかそのセリフを自分が言われる時が来るとは。」
「拒否はしないみたいだね。さて、外に行くか。」
「外?訓練生が白兵戦の模擬戦闘に使うための訓練室がある。そこでいいだろ?」
「わかってないな、そんな戦いごっこなんか望んじゃいない。エレメントの力も見せて欲しいしね…。ついてこい。」
フレロビは、外に向かって歩き始めた。
「…いいだろう。約束は守ってもらうからな。」
イクタも、その後ろについていく。
『気をつけろ、彼も君と同じくリディオ・アクティブ・ヒューマンだ。』
エレメントがそう忠告をする。
「雰囲気でわかる。それも、結構強そうだ。…けど、地下に俺以外に能力者がいただなんて聞いてないぞ。この組織は隠し事をいくつ抱えている気なんだ。」
『さぁな。ただ、私が前に彼と会ったのは役50年も前の話になる。その時と、一切容姿が変わっていない。コールドスリープにでもついていたのだろうか…?』
「なるほど、それで合点が行く。あの見たことないジャージは、50年前のユニフォームってわけか。戦争前だし、このタイミングで眠りから覚めるってのも不思議な話ではないがー不思議なのは、そもそもなんで眠ってたかだ。」
『勝てば教えてくれるってよ。私のようなエセとは違ってな。』
少し拗ねている様子だ。
「事実を言ったことで不機嫌になられても困る。あんたが悪い。」
そんな会話をしているうちに、彼らは建物の外、今は使われていない旧滑走路に出た。この無駄に広い土地をどう有効活用しようか、と首脳陣を悩ませている場所でもある。
「流石に大きな戦闘を控えている時期だ。地下情勢としても、君やエレメントに深手を負わせるわけにはいかない。僕が負けた、と判断したら君の勝ちでいいし、逆もそうだ。それでいいか?」
「まるで、いつでも俺たちを殺せると言わんばかりじゃないの。舐められたもんだな。」
「あれ?何を怒っている?何か癪に触ることを言ったかな。」
この声色からは、挑発ではなく本心で言っているのだろうということが感じられた。
「…目にもの見せてやる…!」
イクタはサッとアイリスリボルバーを抜くと、電撃弾をセットし、彼に銃口を向けた。間を空けず、すぐに引き金を引く。しかしフレロビも早い。恐ろしい反射神経で、近距離からの飛び道具攻撃を回避すると、隙を見せることなく距離を取るために後退して行く。
「そんなの当たらないよ。」
フレロビは瞬時に右腕と右足を異人化させると、イクタの目でも追えないような速度で走りだし、彼の周囲をグルグルと周り始めた。速すぎて、360度全方位に彼の残像だけが見えるレベルだ。
「ここだ!」
イクタに一瞬生まれた隙を狙い、フレロビが急襲を仕掛ける。
『エレメントシールド!』
だが、腰にぶら下がっていたエレメントミキサーが、その手を阻んだ。イクタの全身を覆うように出現した球体のシールドの面と右腕がぶつかり、大きな火花が散る。
「へっ、こんなもん…!」
盾に弾き返されることなく、そのまま押し込まんとするフレロビの腕。
『な、なんてパワーだっ…!』
エレメントも、彼を弾き返そうと奮闘するが力及ばず、遂にシールドにヒビが入り、そのまま破裂した。その勢いで、イクタ、フレロビ両者ともに数メートル飛ばされる。
「…あのパワー、インパクトの瞬間だけ、異人の力を拳だけに集中させたのか。だから、あれほどの力が…。」
『そのレベルで繊細な異人化のコントロールをマスターしている奴を見るのは初めてだ。申しわけないが…今の君では勝てない…!』
「マジでそうかもな…。」
予想以上の強さを見せたフレロビの前に、驚きを隠せない様子だ。
「なんだ、今の攻撃だけで俺の力量が図れるだけの見る目はあるようだな。…怪我をしたくなければ、降参してもいいぞ。」
「まさか。俺は勝つつもりで戦うぞ。」
イクタは立ち上がると、利き腕である左腕に神経を集中させていく。
「…ほう。」
みるみると変形していく左腕を眺め、そう呟く。
「不完全だが、異人化の術は持っているわけか。そうこなくっちゃな。」
ニヤッと笑い、右腕を構え、攻撃に備える。イクタの体が異人化にも慣れてきたののだろうか、回数をこなす度に、スムーズに変身できるようになっている。
『あまり熱くなるなよ。制御不可になったら終わりだ。』
「わかってる。」
イクタはフレロビ目掛けて走り出した。変形した左腕を大きく振りかぶり、殴りかかる。
「おっと。」
振り下ろされたイクタの左腕を、右腕で弾く。
「荒いな。こんなレベルじゃ、宝の持ち腐れってやつだ。」
「なに!?」
次々に繰り出されるパンチを、悉く叩き落としていく。これでは、攻撃をヒットさせることなど夢のまた夢だ。
「異人化というのはな…ハッ!」
右足でイクタの腹を蹴飛ばし、数十メートル吹き飛ばす。
「うわっ!」
変身態のコントロールが不完全の為、受け身を取れずにそのまま転がり込んでしまう。
『こう使うのさ。』
その隙に、フレロビの全身がどんどん『人間離れ』した異形のものへと変化していく。等身大にパワーを押さえ込んだ全身異人態だ。
「くそっ…ここまでの差が…。」
『もうお前の力は見切った。次は、エレメントの力を見せてみろ。』
そう言いながら、今度は巨大化を果たした。これが、リディオ・アクティブ・ヒューマン共通の能力であり、本領を発揮できる姿である。
「なめやがって…。エレメント、どうする?」
『私とて、あまり舐めてかかられるのは好きじゃない。どんなに繊細な制御ができようと、ウルトラマンには勝てやしないということを教えてやろう。』
珍しく、好戦的になっているようだ。
「決まりだな。ケミスト!エレメントーー!!」
『シュワッ!!』
掲げられたミキサーから発せられた真白き光の中から現れたのはウルトラマンエレメント、彼の真の姿である。
『こちらから行かせてもらおう!シェア!!』
大地を蹴り、空中で体を捻らせ回転させながら、フレロビの背後に降り立つと、振り向き様に背中にパンチを叩き込む。
『うおっ!?』
一瞬で背後を取られ、いきなり攻撃を食らってしまう。
『やるな。流石はウルトラマンってところだ。でも、もう見切った。』
『セヤッ!』
エレメントは間髪入れずに、攻撃を仕掛けていく。だが、急にパンチもキックも命中しなくなった。躱され、時にガードされるなど、攻撃が通らない。
『無駄だよ。お前たちの攻撃は、もう通用しない。』
「どうなってる…なんだ、この能力は…?」
『巨大な2人が揉み合ってると、いくら基地の裏の空き地でも目立つ恐れがある。もう終わりにしようか。』
エレメントの全ての攻撃を防ぎきると、右腕に力を込めた。光のオーラが、拳に集まっていくのが目でも確認できる。
『ハッ!』
その光のオーラをまとったパンチを、エレメントの腹にお見舞いした。
『ノワッ!?』
数百メートルも吹き飛ばされ、大きな土煙を撒き散らす。そのまま、ドォォンという音とともに大地に叩きつけられてしまう。
「え、エレメントをここまで…なんて野郎だ…。」
『ま、まだだ…!ここで引き下がるのは私のプライドが許さん!』
「あんた、プライドなんかあったのか。」
『う、うるさい!いくぞ!』
エレメントは両腕を高く突き上げ、徐々に肘を曲げながら、胸の前で十字を組む。
『ケミストリウム光線!!シャアァァ!!』
ものすごい勢いで、そこから必殺の光線が放たれた。
『しまった!』
完全に勝ったものだと油断していたフレロビを、光線が襲う。しばらくと経たないうちに、彼の胸で爆発が起こった。
『どうだ!』
エレメントはさらに追撃を加えようと、彼の元へ走り寄ろうとするがー
「そこまでだ!!」
戦場に、フクハラ支部長の声が響き渡った。
「…支部長…。」
「フレロビ!もう十分だろう!これ以上続けたいというのなら、今すぐ地上へ向かうか?戦い相手ならそこにいる!」
『…僕は本部長の指示しか受けないぜ。それが本部長の意向だというのなら、従ってもいいが。』
そう答えるフレロビ。
「本部長は少なくとも、ここで大きな戦力同士を消耗させたくはないだろうな。」
『…わかったよ。』
フレロビは渋々変身を解いた。徐々に、人間の姿へと戻っていく。
「お前もだイクタ!基地周辺でウルトラマンの力を、防衛以外で使用するとは、謹慎にでもなりたいのか!?」
「げっ、めっちゃ怒ってるやん…おい、変身を解くぞ。」
『うーむ、仕方がない。』
またも眩い光があらわて、その中でエレメントはふっと光の粒子となって姿を消していった。
「ったく、大変な時だというのに、自分たちのことしか考えない奴らだ。能力者のこう自己中な共通点はどうにかならんのか…。」
支部長はブツブツと言いながら、支部長室へと戻って行った。
「じゃあなイクタ。暇つぶしにはなったぜ。」
フレロビもそう言うと、自信が乗ってきた飛行機へと帰って行った。
「……あんたは一矢報えたが、俺は完敗だった。…あいつに勝てないんじゃ、ローレンたちを倒すのは不可能だ…。このままではまずい…。」
『焦りは禁物だ。むしろ空回りしてしまう。…そうだな、斯くなる上は…奴に、フレロビに教えを請いてこい。』
「…は?」
思いがけない言葉に、思わず聞き返す。
『奴はもしかしたら、地上人よりも異人のコントロールに長けているかもしれない。いい技術は盗むものだ。科学者ならよくわかるはずだ。』
「…俺は盗まれる側だったからな…。」
少し考え込む。確かに、自分は奴に遠く及ばなかった。自分がはっきりと「勝てない」と確信する相手が現れるのは初めてである。エレメントの言うことは理解できるし、その通りではあると思うことには思うがー
「俺が人に、何かを教えてもらうだと…?」
彼のプライドというものが、それを拒否しているかのようにも見えた。
ドォォォォォンという地響きが鳴り、砂埃が舞う。
『これでわかったか?』
『く、クッソ〜!!』
倒れているのはキュリだった。それを見下ろすように仁王立ちしているローレンには、傷一つ見当たらない。
『また無傷かよこんちきしょう!』
『だが少しはやるようになったな。この俺に泥汚れの一つくらいは付けれるようになったか。大したもんだ。』
2人同時に、変身を解いていく。
「ムカつく!なんで!?私の未来は見えているわけでもないんだろ!?なんでそれで私の空間攻撃が通用しない!?」
「答えは簡単だ。未来など読まずとも、お前の考えることは単純すぎるからな。容易に次の手が想像できる。それだけのことだ。もっと戦闘脳を鍛えることだな。」
ローレンは少し疲れたのか、昼寝のために自室へと戻って行った。
「ローレン殿に勝てる者は居りませぬ。落ち込むことはないですぞ。」
ダームが、そうキュリに声をかける。
「それはそうだけど、やっぱ悔しいぜ。」
彼女は唇を噛んだ。
「まぁ、ゆっくり休んでください。あなたが勝つべき相手は、ローレン殿ではない。まずは、エレメントなのですから。」
ダームは彼女をアジトまで運ぶと、毛布をかけた。
「すまねぇな爺さん、迷惑ばっかかけて。」
「何をおっしゃいますか。あなた方2人を守ることが私の使命。それだけですよ。」
「そうか。」
キュリも疲れていたのか、すぐに眠りについてしまった。
「……ローレン殿は気づいておられるかもわかりませんが、この感じ…。最後の1人が出てきたようですね…。」
ダームは地面を見下ろした。この下で、敵は今も確実に準備を進めている。
「次は、足を引っ張らないようにしなければ…。」
ダームは、そう呟くと、そのまま奥の部屋へと消えて行った。