第26話「防戦」
地の覇獣グランガオウという地球最強とも謳われた怪獣を破り、敵側に大きな損害を与えることができた地下人類。だが、たった一戦の勝利で戦況が揺らぐほど、ローレン等地上人の戦力層は薄くない。彼らは既に、次の攻撃の準備に入っていた。
「キュリ殿、何体までなら飛ばせそうですかの。」
白髪の老人、ダームが、隣に並んで立っていた少女に話しかける。
「往復を考えたら、2体が限界だ。でも…それは統率の取れる範囲で連れていくなら、だ。」
キュリと呼ばれた少女が、そう返答する。
「ほう、というと。」
「怪獣単体を能力で飛ばすことと、そこら辺に適当にポンっと数秒間だけ、大きなゲートを開くのと、使用する力は同じ程度だ。なら、フリー解放したゲートに、持続時間のうちに怪獣を詰めるだけ詰め込めば、結構な数を同時に運べることになる。怪獣は全部連れて帰らなきゃいけないという義務はない。むしろ、地下で野放しにするのも一つの手になるしな。」
「なるほど。」
ダームは頷いた。ちょうど、ポプーシャナを海水ごと地下に飛ばしたのと同じ要領なのだろう。しかし、今回のキュリはやけに落ち着いていて、どこか今までとは違う雰囲気を感じる。彼女なりに、グランガオウ死亡の責任を感じているのだろう。
「私が考えている作戦的には、怪獣軍団で敵基地を包囲するように進撃。過程の中で敵戦力を削り、物理的、精神的ダメージがある程度のところに達したところで、降伏をさせる。そんな感じでいいだろ。」
「えぇ。では、怪獣は連れて行けるだけ持っていかなければ。生半可な数では、むしろ返り討ちを喰らうかもしれませんのぉ。」
「だから、爺さんにはやってもらうことがある。ここら一帯に、怪獣を集めてくれ。時間がないから、近場の奴らだけでいい。」
「…心得ました。では、少々お待ちを。」
ダームは中腰になり、その場で踏ん張るような姿勢をとった。
「はぁぁぁぁ!!」
そう声をあげ、全神経を研ぎ澄ます。みるみると異形のものへと変化していく全身は、徐々に肥大化し、変身の完了と共に、彼の全長は50メートルを優に超えるまでになった。
『はっ!』
その場で、杖を持っていた右腕を空に掲げる。その杖からは、黄色に光るオーラのようなものが、彼を中心に360度全方位に広がっていく。怪獣の細胞や脳神経をコントロールするためのエネルギーのようだ。
『オォォォォォォォ!!』
間も無く、あらゆる方角から、怪獣の遠吠えのようなものが聞こえ始めた。彼らが巨体を揺らしながらこちらへと向かっているのか、足音のような地響きが近づいてくる。
「…この辺りは怪獣の巣窟なのか?ここまでいるとはな。」
気がつけば、キュリとダームを囲うように現れた怪獣の数は30を超えていたのだ。ほとんどが、全長50メートル以上の二足歩行型の大型タイプ。それも、好戦的な様子がうかがえる。
「充分ってか、ちょっと多くないかこれ。下手すりゃ、占領以前に基地を滅ぼすかもしれんぞ。」
『そのくらいのつもりでなければ、勝てませんよ。地下の兵士は思っているよりもずっと強い。やり過ぎるくらいが丁度いいでしょう。オーバーキルになりそうなら、この中の何体かを別の場所へ向かわせればいいだけです。』
「それもそっか。よし、じゃあ行こうぜ。」
キュリは自身の後方に大きなゲートを開いた。
「持続時間は8秒だ。突撃!!」
『心得ました。』
ダームが杖を振るうと、オォォォォォ!!という声を上げ、30以上の怪獣が一斉にゲートへと走り出した。このレベルでの怪獣大進撃は、なかなか見ることができないだろう。途轍もない迫力だ。
「今度こそ、あたし達の勝ちだ。」
彼女は不敵に笑うと、ダームと共に怪獣の後に続いた。
IRIS本部からやってきた援軍部隊に回収され、そのまま本部へと向かっていたイクタと、その腰にぶら下がっているエレメント。つい先程までグランガオウと激戦を繰り広げていた為、二人とももうグッタリと疲れてしまっている。
『しかし、エレメントグニールを使っても結局はここまでへばってしまった。またしばらくは変身できないだろう。』
エレメントが情けない声でそう言った。
「まあ、相手が相手だったから多少は仕方ないかもしれないけどよ…ほんと使えないな…。こうしている間に、また敵が動くかもしれないんだぞ。」
イクタも、呆れたように呟く。
『わかっている。特に、私が動けない隙に大きな行動を起こさないほど、敵もばかではない。』
「…そこをどう乗り切るか…。最悪の場合、勝負が決まる程の損害を受ける可能性だってある。俺らが動けない間は、フレロビに頼るしか…」
そこまで喋り終えた後、ふと何かに気がつくイクタ。
「そういや、あいつ何してるんだよ。気付いたらいなかったが。」
『言われてみれば…。まぁ君と同じで良く読めない奴だからな。いざという時は現れるだろう。しかし、君もすっかり彼のことを認めたようじゃないか。』
「力は最初から認めてるよ。あいつは俺より強いからな。けど、嫌いなことに変わりはない。有事だから、私情を挟まないようにしてるだけだ。」
『まぁ、何であれ喧嘩されるよりマシだ。』
実際、これに尽きる。地下が何よりも恐れているのは、怪獣や地上人以上に、切り札である二人が潰し合う事、と言っても過言ではなかっただろう。
しかし、こうしてエレメントが変身できない、フレロビが行方不明という二大要素が、その数分後に大惨事を招く事態に繋がるのだが。
『ガァァァァァァァ!!』
『ギャアァァァァァ!!』
突如として、TK-18地区に、こだまするように怒声が鳴り響き始めた。様々な唸り声が重なり合い、恐ろしくも美しいハーモニーを奏でる。
「なんだ!?」
その付近で、パトロールに従事していた数名の隊員が、驚きの声を上げるのも無理はない。その目の前には、数十の大型怪獣が犇いていたのだから。
「支部へ、警備にあたっていたフジイ隊から報告!突然として、基地敷地内に怪獣出現!その数…30近くです……!!」
この中の長であるフジイ隊長が、慌てて報告を上げる。この場所から本館までは1キロメートルもない。まさに、目と鼻の先なのだ。一度に数十の怪獣が出現するなど、当然ながら聞いたこともあるはずなく、恐ろしい光景にただただ、立ち尽くすことしかできなかった。
「…次の標的はうちか…。」
支部長室の窓から、その様子を見下ろしながら唸るフクハラ支部長。
「な、なんという数だこれは!……なんという…。」
あの一切表情に変化のない司令ですら、絶句せざるを得ない、それほどまでに緊迫した事態であった。
「…ととと、とにかく!市街地にいる隊員たちに、市民の避難をさせなければなりませんぞ!市民への被害は出してはいけない!」
情報局長は、顔を青くしながらも行動しようとはしていた。すぐに、隊員たちに緊急任務の指示を与え始める。
「全隊員に緊急命令です!大量の怪獣出現!基地内の隊員は直ちに戦闘用意!航空機格納庫付近の者は、小隊など気にせんでいい、早急に出撃せよ!敷地外の者は、私服でも構わん!とにかく急いで、避難誘導を!怪獣から遠ざけるのです!」
「…支部長!あれだけの数です!いくら我が支部であろうと、限界があります。支援要請を…最低でも、エレメントかフレロビ、どちらか一人はいなければ…。」
司令の意見は最もだった。とても、この支部だけで手に追えるような数ではない。
「…支援は早くても到着に2時間近くかかる。…それまでにできる抵抗は尽くそう。パイロットたちの指揮は君に託そう。陸上からの攻撃の司令には、私が立つ。」
フクハラ支部長はそう言うと、デスクに座り、一番大きな引き出しを開けた。中から、何やら大量のスイッチのようなものや、折りたたみ式のマイクが設置された装置が現れる。
「緊急マニュアルだ。諸君、よろしく頼むぞ。」
「了解!」
幹部たちはそれぞれの仕事を全うするため、支部長室を飛び出して行った。
「自動砲台全門砲撃準備。砲兵隊員は直ちに配置につけ。アイリスランチャーの使用は、各々の判断に任せ許可する。私及び情報局長からのこれまでの指示に該当しないその他隊員は、建物を陰に屋外での戦闘準備。武器の使用は同様に許可する。……常日頃からは、もしもの時は自らの命を優先しろとの命令だが、今回は別だ。私による退避の命が下るまでは、如何なる状況下でも戦闘を続行せよ。」
支部長はマイクを使い、TK-18エリア全域へそうアナウンスした。同時進行で、全てのスイッチをオンになるように入力していく。それに伴い、本館屋上や、その周囲など、敷地内のあらゆる箇所から、一定の間隔を空けて、計60もの砲台が出現した。レジオン戦以降、当時破壊されたものの修復に加え、次の襲撃に備え、数をさらに増やしていたのだ。
「本部に次ぐ戦力を誇る、我が支部を舐めるなよ。簡単には沈まん……!」
自動砲台の名の通り、設置さえしてしまえば、あとは搭載された人工知能により、一台一台が自己判断で砲撃を開始する。早速、怪獣の群衆めがけて、大量のレーザー砲が発射されてゆく。
『ギャァァァァァ!!』
怪獣たちの周辺に着弾し、大きな爆発が起こる。何発かは既に直撃も果たしたのか、怪獣の身体からも大きく火花が散ったのが確認できた。
「終始こちらのペースに持ち込め!攻撃の手を緩めるな!」
支部長は着弾を確認しつつも、変わらず緊迫した声色でそう命令する。
「了解!」
待機していた隊員たちの持つアイリスリボルバーや、アイリスランチャーが一斉に火を吹き始める。さらに、その上空にはアイリスバードたちも次々に出現。圧倒的な火力が、怪獣たちを休むことなく襲っていく。
『オォォォォォォォ!!』
しかし、如何せん数が多すぎる。何体かは足をやられたのか、その場に倒れこむものもいたが、大多数はそのまま、怯むことなくこちらへと進撃してくる。まるで、山が迫ってくるかのような迫力だ。
「く、くそっ!キリがない…!」
空からの攻撃を行っていた、イクタ隊所属のイイヅカたち。彼らもそう嘆いていた。このままでも驚異的だと言うのに、恐るべきことに、怪獣たちは、スピードを留めたまま、少しずつ一体一体の間隔を広げ始めた。出現直後は纏まっていた軍団が、徐々に分散していく。これでは、攻撃も行いにくい。
「……怪獣をこれ以上分散させては部が悪い!食い止めろ!」
司令室から、司令官が声を上げる。
「無駄ですよ。」
中央後方を走る怪獣の上に跨っていたダームがそうつぶやく。杖を振り上げ、怪獣たちに指示を与えていく。
『ガァァァァァァァ!!』
迫り来るアイリスバードを口から吐き出す火の玉で牽制し、軌道を制限させてゆく。その間にも、進撃を進める怪獣群はぐんぐんと広がり続けていくものだから、これでは手のつけようがない。
「…あのジジイが司令塔か…。奴さえ倒せば、怪獣は統制を失うはずだ…。トキエダか、イクタさえいれば、その任務を任せることができるのだが…くそっ!」
現状の戦力では、この状況下で、怪獣の上に乗る一人の人間をピンポイントに攻撃できる技術を持った戦闘隊員はいない。無理に動かせば、戦線はぐんぐんと後退し、大変な惨事を招きかねない。だがそれでもダームを倒さなければ、これだけの数の怪獣だ、最悪、本館を包囲される可能性もある。そうなれば、もうなす術はない。
「少しでもいい、敵の数を減らさなければ、我々はここで奴らの餌になるだけですぞ!司令、何か案はないんですか!?」
キヨミズ情報局長が声を荒げ、そう叫んだ。もう、敵との距離は数百メートルという極めて近距離なものに変化していた。
「…航空部隊は怪獣の膝、もしくは足首を集中攻撃し、機動力を奪うのだ!」
機動力の破壊、現状では最高の戦略は、これに尽きるだろう。だが、そう簡単ではない。
「了解!」
「陸上の隊員は、動きが鈍くなった個体から確実に仕留めよ!死力を尽くせ!」
「了解!」
指示を受けた隊員達が、空から、陸から怪獣へと攻め込んでいく。
「まぁ、そう易々と手中にハマるわけにもいきませんからのぉ。」
ダームは、怪獣達の走行速度をさらに上げ、強行突破を図った。急激に加速した怪獣を前に、隊員達の攻撃は空振りとなってしまう。
「くそっ!このままじゃ…!」
「…しかし、やけに直線的な動きだ…。確かにその方が、侵攻もより早くなるが…。我々の攻撃など、躱す必要もないとでも言いたいのか…?いや、もしかしたら…。」
隊員達の攻撃を避ける素振りもなく、ただただ、こちらへと一直線に向かってくる怪獣を眺めながら、司令は何か思うものがあったようだ。
「あれだけの数なのだ。あのジジイも、もしかしたら一体一体に細かな指示は出せないのかもしれない。細部まで制御できる個体は、精々近くにいる数体だけだとしたら…。その他の個体は、ただこの基地を包囲するためひたすらに前進し続ける、それだけの行動プログラムしか組まれていない可能性もある。となれば……。総員!怪獣の頭上を狙い、閃光弾を放て!直ちにだ!」
「…?り、了解!」
隊員達は唐突な指示に戸惑いながらも、素早く閃光弾を打ち込んだ。それらは奴らの頭上付近で炸裂し、眩い光を放ったがー今更子供騙しの目くらましでどうなるというのだろうか。
「…っ!目くらまし…?」
ダームは不意をつかれたものの、光によって受ける視力への影響を軽減しようと、目を細め、瞬時に視線を下に向けた。その隙を逃さず、再びIRIS側の火力が猛威を振るい始める。
「小賢しいことを。ですが………しまった、そういうことですか。」
攻撃に備えるため、怪獣達の足を一旦止めようとしたダームであったが、杖を振るっても静止した個体は数体のみで、他は視力を奪われ、今は前が見えていないのにも関わらず進み続けていた。やはり、大多数の制御を一度に行うのは困難なようだ。
「見抜かれましたか。私のコントロールに限界があることを。…もう少し若ければ、30くらいの数、なんとかなってたんですがねぇ。」
そうため息をついている間にも、まだ視力の戻っていない怪獣達が、自ら砲弾の嵐の中へと突き進んでいる。ダームによる支配により、進行方向は定められているものの、無論ただ突き進むだけではなく、本能的に火やエネルギー弾を吐き散らしてはいるのだが、先程までとは違い、狙いを定めることができない。反撃も虚しく悉く回避され、IRISの作戦通り、次々に脚を撃たれ、その場に倒れこんでいく。
「陸上部隊!トドメだ!」
支部長の声が響き渡る。
「了解!」
機動力を失った個体が、次々にトドメの一撃を撃ち込まれ、爆死し始めた。一瞬で、10体程の怪獣を倒したのだ。
『ギャアァァァァァァァァ!!』
『ガァァァァァァァァァァ!!』
断末魔があちこちで上がっていく。恐ろしい光景だ。
「おいジジイ!やばいんじゃねぇか!?」
死んでいく怪獣達、そして休むことなく飛来する砲弾を目に、キュイは危機感を抱いていた。これ以上の敗戦はするされないというのに、このままではー
「…いえ、まだ、こちらが有利なことに変わりはありませんぞ。作戦変更。包囲は考えず、このまま押し切る!怪獣による基地へのダイレクトアタックも、もう時間の問題です。」
彼の言う通り、何体かが除去されたとはいえ、前線を走る怪獣軍は怯まずに走り続けていた。早いものでは、すでに視力が回復している個体もあるようだ。次に悲鳴をあげるのは、IRISの番となっていた。
「うわぁぁぁあ!!」
最後の瞬間まで逃げずに弾を撃ち続けていた、防衛ラインの最前線に立っていた隊員達から叫び声が上がる。ある者は踏み潰され、ある者は火球やエネルギー弾が直撃し、と前線は既に壊滅。崩壊を迎えていた。
「…第一ライン突破されました!自動砲台12門の機能停止も確認!司令、指示を…!」
司令室に、悪夢のような報告が上がってくる。そして次の瞬間、本館が激震に襲われた。
「な、なんだ!?」
ドォォォォォンという轟音が重く響き、天井からは火花が降り注ぐ。司令室内は、赤いハザードランプによって明るく照らされ始める。スタッフ達は、冷や汗で背中を湿らせていた。かつてない死の恐怖が、もれなく彼らを襲う。
「本館に怪獣による光線攻撃が直撃した模様!」
「もうそんな距離に…!作戦を続けろ!敵の数を少しでもー」
「第二ラインも突破されました!新たに10門の機能停止砲台を確認!」
こうしている間にも、多くの隊員が命を落としていた。砲台も潰され続けているため、怪獣への攻撃能力が低下していくのは避けられない事態だ。
「もう私ではどうにも…支部長!次なる指示を!!」
司令も、自分だけでは迂闊に指示を出せない状況に追い込まれていた。支部長によるそれを仰ごうとするが、彼も彼で、頭を抱えているようだ。
「……司令、戦闘の続行は可能か?」
その証拠に、返ってきたセリフは質問である。
「…我々全員が死ぬことになりますが、まだ戦闘能力はあります。ただ言うまでもなく、奴らの殲滅は不可能でしょう。」
「司令、それは戦闘続行不可能というものだ。」
マイク越しでも、支部長のため息が聞こえてきた。
「幸い、包囲されることは回避できました。逃げ道はあります。支部長、あなただけでも脱出を。この惨劇を、本部長に生の声で伝える。あなたにはその義務があると、私は思います。」
「…だがその責務は他の者でも果たせる。私はここの長として、この基地と運命を共にする。それが義務だ。」
支部長が覚悟を決めた時だった。基地内全てのモニターに、ダームの顔が映ったのは。その顔は人間のものではなく、異形のものへと変化していた。異人化である。そして気付けば、全ての怪獣の動きが停止していた。
「どうも、お互いに結構な消耗をしてしまいましたね。支部長殿。」
「貴様……!」
司令が静かに睨み返す。
「我々の目的は、そちらの基地の占領です。これ以上攻撃を続け、基地の能力を奪い尽くしてしまうのは、我々にとっても不利益。即戦力、すぐに使える状態として占領できるのが理想ですからね。」
「……。」
支部長は静かに、ダームの言葉を聞いていた。
「そういうわけです。今すぐに投降していただけるのであれば、運良く生き延びたあなた方の命は保証いたしましょう。捕虜として、我らがリーダーの前に差し出すことにはなりますがね。あぁそうか、あなた方にとって放射能は毒でしたね。地上に送ると言うことになりますから、命の『保証』まではできないかもしれませぬ。まぁまぁ、どのみち今すぐ死ぬことはない。」
「ふざけたことを……。投降に応じなければどうなる?我々は全員死ぬかもしれないが、基地も崩壊する。それではお前らにも不利益、なのだろう?どこの世界に、敵の利益となる行為とわかっていながら、それを果たす者がいるものか。」
司令はまだ強気であった。地下に敵の拠点ができれば、それもこれだけ大きな基地がーとなれば地下世界は終わりだ。だがここを渡さない限り、まだ希望は残る。地下の未来とここにいる数百名の命。天秤にかけるには難儀だが、それでも未来の方が重い。彼はそう考えているのだ。
「確かに。あなた方がまだ戦うとおっしゃるのであれば、我々も交戦せざるを得ない。それで基地が壊滅してしまったら元も子もない。ただ、この姿になった私は、20程度の怪獣なら一体一体でも細かに動かせる。故に基地へのダメージを最小限に抑えながらも、あなた方の戦闘員の排除は可能。キュリ殿もおられますし、建物内に残っているあなた方を皆殺しにすることも可能です。まぁ鯔のつまり、基地の占領は難しくないと言うわけですよ。」
ハッタリかもしれないが、先程は制御できていなかった怪獣たちが、今は大人しくただ立ち尽くしているだけ、という光景が彼の発言の何よりの証拠にもなっている。もう、ここまでなのかもしれない。司令に根気が残っていても、殆どの隊員が戦意を失っているのが現状。この状態では、戦うにも戦えない。
「結果は変わらないのに、意地で部下を死なせますか?頭のいい首脳ならば、そんな愚かなことはしませんよね?」
ダームのこの言葉には、流石の司令も言い返すことができない。
「……ここまでか…。わかった、君に従う。我々の負けだ。」
支部長がついに折れた。
「あなた方はいい支部長をお持ちだ。彼の英断により、あなた方は生かされた。感謝すべきですな。」
「一時はヤバイかも、とは思ったが、結構あっさりいったな。」
キュリは胸をなでおろすようにそう言った。
「えぇ。しかしホッとしている時間もないですぞ。ローレン殿の予知を覚えておいでですか?」
「奪還計画を組まれる、か。その対策も必要だしな。」
「えぇ。ですから、まずは手っ取り早くこの戦いの後始末をしなくては。」
ダームは怪獣の頭の上から陸上へと飛び降り、周囲にいた隊員たちを二列に整理していく。
「両手を上げる必要も、武装解除の必要もありませぬ。ただ並んでくれれば、いいですよ。」
陸に残っていた隊員がダームの指示に従っている間に、航空部隊も、付近の空いているスペースへの着陸を始めていた。そして支部長により、全ての砲台が敷地内地下へと収納され、TK-18支部は数分で全ての抵抗能力の完全放棄を果たし終えた。
「予想より残ってますね。それに、基地内には首脳陣に非戦闘員もいるはずです。加えて、市街地には避難誘導の係も…。市街地にも何体か怪獣を向かわせるべきでしたかの。」
「まぁ、運び切れなかった分は殺せばいいだろ。こんなに捕虜いても仕方ないし、ローレンも静かに昼寝できなくなる。」
「とはいえ、命は助けると言ってしまいましたしのぉ…。」
ダームは腕を組んで唸った。
「戦争だろ。いちいち約束を守る必要もない。第一に、休戦期間を破ったばかりじゃねぇか。」
「それもそうですな。ま、それは後から考えましょう。それより、ここはエレメントの属する基地でしたね?運がよければ、面白いものが手に入るでしょう。」
「面白いもの?」
「研究資料などですよ。もしかしたら、怪獣カプセルの開発に成功しているかもしれない。技術を逆輸入するのです。ラザホー殿亡き今、非常に重要なものになりますぞ。仮にそれが叶わなくとも、エレメントに関する有力な情報が残されているかもしれない。なんにせよ、宝の山ってことです。」
ダームの表情は嬉々としたものに変わっていた。地下人類の科学力は驚異的なものだ。確かに、それらに関する資料があるのならそれは大きな戦利品となる。
「そうだな。そっちも楽しみだぜ。」
彼らの会話が終わる頃には、既に全戦闘隊員の整列が完了していた。幅を広げて二列にとなった隊員たちの間を、二人が並んで、本館の正面玄関へとゆっくり歩き始める。これで、たった数日間で13のうち2つの基地が落ちたことになる。開戦前に本部からデータも盗み出されていることも含めると、実に三度も地上人の侵攻を防ぐことができなかったことになるのだ。グランガオウ撃破により、一時的に地下に希望が生まれたものの、地上側圧倒的有利の戦況に変化はなかった。むしろ、地下に拠点を置かれた今となっては、地下の勝利は大きく遠のいたことになる。見通しはますます悪くなるばかりだ。
「は?TK-18支部がやられた?」
機内に突然飛び込んできた、本部からの連絡に、思わずそう聞き返すのはイクタだった。
「冗談よせよ。俺たちとあいつらの戦いが終わって、まだ半日しか経過してないんだぞ?」
「残念だが事実だ。援軍要請を受け取った30分後、彼らとの連絡が途絶えた。壊滅的被害を受けたのか、敵に基地機能を占領されたのか、そこは定かではないが、負けたことは確実だろう。」
本部長の声だった。とても冗談で基地の一つがやられた、と言っていられる状況でもないだろう。信じたくはないが、事実として受け止めるしかないのだろうか。
「まもなく、援軍要請を受け飛び立ったアイリスバードの編隊がTKエリアに入る。その際に、状況を大雑把ではあるが確認できるだろう。とにかく情報が少ないのだ。続報を待ってくれ。」
『ふむ……やはり動いていたか。まずいな。本部の次の戦力を有するTK-18支部ですら、30分で落ちたというのは非常にまずい。そこまでの戦力差があるとは…。』
エレメントがそう唸った。イクタも同じことを考えていたのだが、流石に想定外の戦力差だ。エレメントの活動制限が、本当に忌々しく感じる。
「…今すぐ俺たちで向かうか?2分は持つだろ?エレメントグニールがあれば、2分でもどうにかなるはずだ。それに、俺だって単体で怪獣と戦える力がある。」
『…。いや、少し待ったほうがいい。どうせなら私が万全な状態の方が好ましいだろうし、それに敵は基地にいたスタッフたちを人質に利用する可能性もある。壊滅したと決まったわけではない。生存者がいると仮定すれば、そのリスクも考慮しなければならない。慎重にいかなければ。』「そうか…。確かにそうだな。焦りすぎた。」
『地下に移動するのに、いちいちキュリの能力を使っていては消耗も激しくなる。拠点が欲しいはずだ。よって本部の次の規模を誇るTK-18支部をそれとして利用するはず。基地の研究室には、君の研究資料もある。君と私が所属している部署だということはバレているのだ。敵にとってこんなに都合のいい拠点はない。非常に高い可能性で、基地は占領されたに近い形になっているだろう。だからこそ、敵はそこに長居する。落ち着いて敵を叩くための戦力を整えるだけの時間がないわけではない。』
「とはいえ、そこに時間をかけすぎるのも問題だ。その間に、また新たに基地がやられては困る。冷静に且つ迅速に作戦を組む必要がある。…とにかく考えるより行動だ。今すぐ本部に戻って、まずはTK-18支部の状況、そして今すぐに動ける戦力数の把握。そこからだ。スピードをあげてくれ。」
イクタはパイロットをそう急かした。本部到着までは通常の速度で30分圏内までに来ていたが、今は1分足りとも無駄にできない、切羽詰まっているのだ。
地平線の向こうにまで広がる荒野の中で、ポツンと存在しているオアシスのような村。キュリにより突然その付近に飛ばされていたフレロビは、その村に辿り着いていた。
「おーい、誰かいないのか!?」
村人が住んでいるであろう、家々に向かってそう叫ぶフレロビ。まずはこの場所がどこなのか、正確に把握する必要がある。しかし、返事は返ってこない。とても静かな村だ。
「おーい!誰もいねぇってことはないだろ!?IRISの者だ!怪しい者ではない!」
再び、そう呼びかける。すると、奥の家から一人の老人が顔を出した。
「IRISの方でしたか。これは失礼を。」
老人が、こちらへと歩いてくる。それを合図にか、全ての家から人が姿を表した。ざっと、20人はいるだろう。
「やけに警戒されてるな。何かあったのか?」
「いえ、今は物騒なようですし、地上からの侵略者もやってくるといいます。だから、隠れてやり過ごしているだけですよ。ここには戦いができるような健康な若者もいなければ、武器ひとつすらない。」
「なるほど。まぁそんなにビクビクすることはない。あんた方市民を守るために、俺らがいるんだからな。…それはそうと、ここはどこだ?戦いで色々あってな、気づいたらここに飛ばされていたんだ。」
ザッとではあるが、フレロビは自身のおかれている状況を説明した。
「そうですね。AF-46エリアになってます。」
「AF-46…。本部までアイリスバードでも3時間はかかるじゃねぇか…。近くに空港とか、ないのか?」
「空港ですか…。まぁ、見ていただければわかるように、こんな感じですから…。飛行機さえあれば、滑走路には困りませんがね。」
老人は笑いながらそう言った。
「…まぁ、でしょうね…。でも、ここがどこか、それがわかっただけで充分だ。ありがとよ。」
フレロビは彼らに背を向けると、再び荒野へと向かい始めた。
「おまちを。どこに行かれるおつもりですか?」
「本部に帰るんだよ。」
フレロビは姿勢を低くし、腰にグッと力を込め、まずは等身大異人化を果たす。
「おおお!?」
つい今まで人間だった存在が、急激に化け物になったのだ。村人は一人残らず腰を抜かしてしまう。
『ハァァァァァ!!』
さらに、巨大化までもを行なった。完全異人化である。
『じゃあな!トウッ!』
大地を蹴り、高く飛び上がったフレロビは、そのまま飛行体勢になり、音速を超える速度で、一瞬で村人たちの視界から消えて行った。
「…なんだったんだ…?」
彼らは皆等しく、口をポカーンと開けているだけであった。
しかしこうして、ようやくフレロビも戦線に復帰することができるのである。IRISにも、まだTK-18支部を奪還できるだけの力と希望が残されていた。だが、これからも大きな課題として、IRISの前に立ちはだかるであろうエレメントの変身制限。これをどうにかしないことには、いつまでも不利になってしまう。この問題について、一番頭を痛めているのは、当然ながら他でもないエレメント本人であった。
続く