ウルトラマンエレメント   作:ネフタリウム光線

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 地上人類の親玉、ローレンの出陣により、さらに激化していく地球内戦。地上奪還を目指すIRIS、復讐を志す黒ローブ、この星の統治権を得るのは、どちらになるのかー 
 だがその争いに、新たに第三勢力が乱入してきた。火星に移住していた、旧地球人類だ。エレメントの研究データにさらなる改良を重ね生み出された新たなウルトラマン『マフレーズ』が遂に地球に降り立つ。自らの縄張りに現れた外敵を排除するため、火星のウルトラマンの前に、ローレンが立ちはだかるがー


第30話「参戦」

第30話「参戦」

 

「……調子はどうだね?イクタ隊員」

 イクタが搬送されてから、実に1週間が経過しようとしていた。まだ医者からは安静にしていろ、との注意をされてはいるが、身体そのものは大方回復を果たしている様子で、流石に能力者となれば、普通の人間とは身体の作りが違うのか、凄まじい回復速度である。

 そんな彼の病室に、訪ねてきたのがIRIS本部長、ルイーズだ。こんな状況下なのだ。当然ではあるが、険しい顔を浮かべている。

「普通だよ。……あれから、敵さんの動きは?」

「地下での活動は今の所なさそうだ。地上で何を企んでいるかは、わからんがな」

「…ま、あいつが次にここに現れた時が、本当に地下の最期だろうよ。エレメントが消えたんだ。もうここに、ローレンとまともに張り合える奴なんていない。いや、奴でさえ、互角に戦うこともできてはいなかったな」

「……いつになく弱気ではないか。私の知っている君は、こんな状況でも打開策を練り上げる、そういう人物だったが」

 本部長は腕を組みながらそう言った。

「考えてもみてくれ。俺は奴の強さをこの身で味わったんだ。それでも尚勝算がある、とかなんとかほざいているとすれば、そりゃただのバカだ。あいにく、俺は天才なんでな」

「ふむ……それもそうだ」

「……でも責任は取るつもりだ。エレメントは俺のせいで死んだ。奴は命を差し出してまで俺を救ったんだ。俺がこのまま死んだら、それこそ奴は犬死にしたことになる」

 イクタは拳を強く握りしめながら呟いた。短い期間とはいえ、文字通りの一心同体の相棒としてこれまでやってきたエレメントが、目の前で自分をかばって命を落としたのだから、無理もないだろう。

「責任、か。具体的にどうするつもりだ。仇を取るのは不可能だと、自らの口で語っているが」

「俺の職務を全うする。俺は第一にIRISの人間だ。エレメントが作ったこの地下世界を、命に代えても最後まで戦い守り抜く。勝てる見込みはない。でも、逃げることは許されない。これはエレメントどうこうのまえに、組織の人間として、それが仕事だからだ」

「死ぬつもりか。それでは、奴も命を張って守った甲斐がなかろう。君には生きたまま敵を倒し、地上を取り戻してもらわなければならない。それが君の仕事だ。これは私からの、本部長命令と受け取ってもらおう」

 本部長はそう言いながら、懐より書類を取り出し、イクタの顔の前に差し出した。その書類こそ、正式な任務依頼書のようで、彼の直筆かつ、印鑑まで押してある。

「本部長命令だからな。失敗や拒否は組織除名処分かそれ以上のペナルティが発生するぞ」

「……無茶言わないでくれよ、さっきも言ったろ。あいつにはー」

「勝てる。我々は全ての希望を失ったわけではないんだよ」

 本部長は、そう言いながら、わずかではあるが笑みを取り戻した様子である。

「まぁ、君はまだ怪我人だ。退院許可が出次第、私の元を尋ねたまえ。君も、時間をとって私と話したいことがあるはずだ」

 本部長はそれだけ言うと、背を向け、外へと歩き始める。

「……あぁ。そろそろ、真実ってやつを教えてもらいたいしね」

 イクタは少し皮肉を交えてつぶやくと、再びベッドで横になる。とりあえず、このままでは職を全うも何も、敵が現れた場合、死に場所が病室になってしまう。今は治療に専念しなければ。

 

 

 同じ頃地上では、怪獣たちがやけに騒がしく吠えていた。ただの縄張り争いにしては、何かが変だ。と、いうのも、それが特定の箇所ではなく、至る所から聞こえてくるからだ。それも、数体という規模ではない。何十、何百もの咆哮が鳴り響いているのだから、これはただ事ではないだろう。

「……やかましいな……何なんだ一体」

 あまりの騒音に昼寝から目が覚めてしまった、紫色のショートヘアが特徴的な少女、キュリがアジトより姿を表した。いささか不満げな顔である。しかし、そのブサイクな表情はすぐに、戦闘時のような緊張感のあるものへと変貌した。目の前の光景に目を疑ったからである。

「なんだ……これ…」

 それが、怪獣たちがけたたましく騒いでいる理由でもあった。上空を、無数の小さな宇宙船のようなものが飛び交っているという、生まれてこのかた見たこともない様子が、今目の前にあるのだ。怪獣たちは、空に向かって威嚇するように吠えているということだろう。それは飛行機、のようだが、アイリスバードとは形状がまるで違う。まるでフリスビーのような円盤形だ。

「お、おい!ローレン!なんか変なのがたくさん浮いてっぞ!起きやがれ!」

 彼女は慌てて建物の中に駆け込み、同じく昼寝の最中であったローレンを叩き起こす。

「……落ち着け。……やはり来たか」

 パチっと目を覚ますや否やそうつぶやくローレン。どうやら、こうなることは事前にわかっていたらしく、嫌に落ち着いている。

「来たって、何がだ?あれも地下の戦闘機なのか!?」

「いいや、違う。だがまぁ、本質的には似たようなもんだ」

「ええい回りくどいな!わかりやすく言ってくれよ!」

「……お前の頭では理解に時間がかかる。今はやめだ。とりあえず、こっちへ来い!」

 ローレンは彼女の腕を掴むと、そのまま引っ張るように、奥へと駆け出した。そして、それとほぼ同時に、飛行物体による地上攻撃も開始されたのだ。大量のレーザービームが、雨のように降り注いでくる。 

「うおおおおおお!?なんなんだよ一体!いきなり殺しにかかって来てるじゃねぇか!?」

 建物の壁や天井も御構い無しに突き破ってくるビームを紙一重で避け続けながら、ローレンは無言で走り続けている。

「騒ぐな。俺の能力がある以上、攻撃は当たらん」

「逃げるのは私たちだけでいいのか!?地下の捕虜がいるだろ」

「……奴らを有効に使える未来は見えている。が、切り捨てても大した影響はない」

 落ち着いた様子のまま、最奥部へと到着したローレンは、その部屋にあったいくつかの注射器を回収し、マントの裏のポケットへと収納する。

「こ、これは……ダームとラザホーの細胞が入った……?」

「さて、飛べキュリ。少し遠くにな。そこで状況をある程度説明してやろう。ここはもう持たん、早くしろ」

 そう言っている間にも、レーザーによる空襲でこの建物はあちこちに穴が開き、同時に火災も発生していた。確かに、もう時間はなさそうだ。

「わ、わかったよ!行くぞ!」

 彼女は慌てて、ローレン諸共空間移動に移った。その直後、彼らが立っていた場所にも攻撃の手が及び、その部屋の天井は崩れ落ちたのだから、間一髪であった。

 

 

「うおおおおおお!?」

 突如始まった建物の崩壊に、状況をつかめないまま慌てふためくイイヅカ一行。彼らはTK-18支部争奪戦時に捕虜となり、地上に拘留されているのだ。

「なんなんだ一体!攻撃されているのか!?」

 とりあえず地べたに伏せ、その場をやり過ごそうとするホソカワ隊員。縄で手足を縛られ拘束されている以上、現状は河野程度の気休めしかできないのだ。

「ここを攻撃するとしたら、 IRISなのか!?」

  全員がホソカワと同じ姿勢をとる中、キョウヤマがそう叫んだ。

「だったら嬉しいが、その可能性は極めて低いだろう」

 答えたのはサクライだった。彼はこのメンツの中ではもっとも頭がキレる隊員である。

「どういうことだ?」

「前回の遠征では、戦闘機を20数機飛ばすことがやっとだったが、この攻撃の規模、どう考えてもそんな数ではないはずだ。戦況に、我々がここに連れてこられてからどんな変化があったかはわからないが、地上に大量の航空機を送り込み、地下の防衛力を蔑ろにする選択をとるとは思えない。…それに、まず第一に、我々は敵の拠点、つまりこの建物の正確な座標すらわかっていない。地球は広いんだ。こう数日で特定し、攻撃をしかけるなど不可能に近い」

「なら、一体何に攻撃されてるんだこいつら?地上人ってのは他にも勢力があって、紛争でもしてるのか?」

「知らん。とにかくIRISではなさそうだ。つまり、言いたいことはわかるか?」

「……当然俺らも攻撃対象内だってことだな。……やばい」

 イイヅカの小声の呟きにより、黙り込む小隊。

「一応、私たちは捕虜よ。にもかかわらず、奴らが私たちを連れて退避する……様子はなさそうね。自力で逃げるしか…」

 アヤベの言う通りだった。この時代でも、捕虜はそれなりに扱わなければならない、という規則はある。もっとも、それは地下法、つまりIRISが定めた法規で指示されていることであるため、地上人である彼らは適応外ではあるが。

「でも、縛られてんだぞ……このままじゃ落ちてくる天井に潰されてぽっくりだ」

 ホソカワが吐き捨てるように言った。

「いや、こういう状況だからこそ、どうにかなるものだ」

 そのイイヅカの声に、顔を上げる隊員たち。その視線の先にいるイイヅカは、とっくに縄をほどき、そこに二本足で起立していた。

「……お前、どうやった?」

「瓦礫がたくさん落ちているじゃないか。縄を解くための臨時ナイフって名前の瓦礫が」

 イイヅカの手には、ガラスの破片が握られていた。

「……そういや、そんな訓練もあったな」

 キョウヤマは顔の近くに落ちていた、同じくガラスの破片を口に加えると、それを自身を縛っている縄に近づけ、切断した。他の隊員たちも、イイヅカによって解放される。

「流石はNo.1ルーキー様だ。さ、とっとと逃げるぜ!」

 小隊は右も左も分からない中で、とにかく、外を目指して走り出した。

「捕虜の切り捨て、か。もしかしたら、いま地下は結構ピンチなのかもしれない」

 退避の途中、走りながら呟いたのはサクライ。珍しく、険しい表情をしている。

「かもな。俺たち捕虜の実用性が失われたことも意味するはずだ。奴らは未来を読み、瞬間移動もできるんだぜ。今後俺たちを人質として有効に使えるかどうかもわかっているだろうし、その気になれば能力で俺たちを助けることだって容易だ」

 イイヅカも、彼の意見に同調する。

「だがそうしなかった。……事は深刻かもしれん」

「何、大丈夫だ。エレメントやイクタ隊長がいる限り、地下は負けねぇよ」

 その二人の敗北があったからこそ、いま地下は危機を迎えているのだ。地上にいるがゆえにそのことを知る由もない彼らは、すでに失われている希望を信じて、ただ逃げることしかできなかった。

 

「地上人を発見。拠点と思わしき建物は焼き尽くしました」

 飛行物体の指揮をとる大柄の男。その着用している軍服の胸には大量のバッチが装飾されていることから、高官であるであろうことは想像できる。その男が、通信機を通じて交信している人物も、敬語を使っているだけあって、さらに上の立場の人物なのだろう。

「ご苦労であった、ウッズ大佐。だが、奴らは能力を持っている。とっくに脱出しているだろうな。反撃には常に警戒せよ」

 大統領の声だ。

「了解。しかし大統領、地球は想像していたよりも静かですな。地下との戦争、本当に行われているのでしょうか?漁夫の利を得る作戦だと聞いていましたが……。怪獣もまだかなりの数が残っています。想定以上に、労力を使用しそうですが、問題はないですかね?」

「構わん。なんなら、マフレーズの試運転も兼ねて怪獣の掃討にあたっても良い。どうせ燃料もエネルギーも有り余っているのだ」

「なるほど。では、早速起動させて見ましょう。地球と火星では環境も異なる。この惑星での活動データも欲しいですし、まぁいくらでも口実はつけられるでしょう。他国の首脳としては、あまり嬉しくないことかもしれませんがね」

 と言うのも、マフレーズは大統領の治める国が独自に開発した技術。よって、それが実績を積み上げることによって、戦力格差が広がることを他国は恐れてもいるのだ。今は、地球という惑星を再び手に入れるため、連合軍として協力はしているものの、そのあと、地球での主導権をめぐる争いが発生した時、このままでは圧倒的に不利になるのはわかりきっていることだ。

「だが、それのおかげで各国は被害をほぼ0に抑え、地球に戻れるのだ。むしろ喜んで感謝して欲しいくらいだがね。……まぁ、なんでもいいだろう。使うのなら使ってくれ。わたしも、奴の力を見たい」

 大統領はマフレーズという最新鋭兵器に強く惹かれているようだ。火星での何度かの実験も、彼だけ以上に高いテンションで行なっていたような気もする。

「心得ました。……おい!マフレーズを起動させろ!」

 大佐は部下に指示を下し、通信機のスイッチをきり、その場に置いた。

 マフレーズが待機しているのは、大佐の乗っている、他の機体よりもひとまわり大きい旗艦であるため、その指示はすぐに伝達された。

「ウルトラマンマフレーズ、起動させます。」

 作業員が、大きな電源装置のスイッチに触れた。それを合図に、マフレーズが収容されている強大なカプセルがゴウンゴウンという音を立てながら動き始めた。カプセルは高さ60メートルはあり、その中はピンク色の液体で満たされ、その底部には身長170センチ程度の人間のようなものが、背中や頭に管を繋がれた状態で、眠ったまま保存されている。

 装置が動き始めて数秒後、それは目をぱちっと覚まし、同時に繋がれていたチューブが一つ残らず身体から離れた。大量の気泡を発生させながら、彼は身体を肥大化させながら立ち上がる。ものの数秒も待たないうちに、彼は55メートルはあろう高さにまで成長を果たした。その身体は既に人間のものではなく、赤をベースとし、所々に青色のラインが走る、まるでそれが一つの大きな炎であるかのようなものへと変貌していた。

『起動完了。指示を待つ』

 機械的な声を発したのは、他でもないマフレーズだった。

「うむ。では大統領閣下より出された命令を伝達する。地球に降り立ち、怪獣を殲滅せよ」

 大佐の声だ。この部屋の何処かに設置されている、通信機から発せられている。

『了解。出動する』

 カプセルの蓋が開き、そしてこの部屋、さらにはその上層数階、遂にはその先の機体の天井そのものが同時に開き、吹き抜けの一室のような空間が生み出された。真上には青い空が見える。その空目掛けて、マフレーズは一直線に飛び出し、一気に空中へと躍り出た。そして僅かに飛行し、編隊から少し距離を置くと、そのまま地面へと急降下着陸を果たした。

 ズゥゥゥゥンという思い地響きと砂埃を巻き上げ、ついにその最新兵器は地上へと降り立ったのだ。

『これより作戦を開始する』

 

「な、なんだありゃ……」

 避難先から、物陰に隠れながらマフレーズを見つめるローレンとキュリ。

「……不透明な要素があったが、その正体が奴か…。能力者か、あるいは既に……」

 一人でぼそぼそと呟くローレン。

「さっさと説明してくれ!今何が起こってるんだ!?さっぱりだよ!」

 そんな彼を見ながら、ついに我慢の限界がきたキュリがそう叫んだ。

「静かにしろ……。奴らは火星の民だ……。ここにきた目的は、おそらく地球の奪還。いや、もう地球は奴らのものになる、その未来までわかっている」

「か、火星人ってことか?タコみたいな奴らだって、ガキの頃絵本で読んだことがあるが……」

「厳密に言うのならば、火星に住み着いている地球人だ。今や全てが火星生まれだがな。前にも話したはずだ。我々の先祖を見捨てたのは、地下に逃れた民族たちだけではない。火星へと逃げた上流階級もだ。奴らは、そいつらの子孫。まごうことなき、我々の敵だ」

「……なるほどね、よくわからんが、まぁ敵だって言うのなら倒さなきゃ。で、でも数が多すぎるし、制空権も握られちまう。天の覇獣イニシアさえいれば、また違ったかもしれねぇけど…。それに、あいつ……色調こそ違うが、エレメントにそっくりだ……」

 数百メートル先で、佇んでいる赤い巨人を見つめ、彼女はそう言った。大地に降り立ってから1分ほどが経過しているが、未だ動く気配はない。

「……飛行物体だけなら、お前単独でも相手はできるだろう。だが、あいつからはただならぬ雰囲気を感じる……。イクタやエレメントの未来も同様に読めなかったが、同じ不透明でも何かが違う。……本当に、何をするかわからない。ここは様子を見るぞ」 

 エレメントさえも圧倒した彼ですら、警戒するほどの脅威ということだろうか。

 それからさらに数十秒が経過したのち、ついにその巨影は起動した。その間に飛行物体の編隊は、他の場所へと移動したらしく、その完了を待っていたようにも見える。

『半径2キロ圏内全ての生命反応分析完了。これより消去に移行する』

 巨影=マフレーズは、銀色の目を一瞬ルビー色に光らせると、胸の中心にあるランプを起点に、青色のラインをオレンジ色に変色させる。

『ダイモスモード移行。レッドスクエンド』

 巨人を中心とした、広大な範囲の地面が橙色に輝き始めた。当然、ローレンたちがいる場所もそうだ。

「……まずい!キュリ!飛ぶんだ!」

 彼はそう叫んだ。未来を読んだわけではなく、直感的に、ただならぬものを感じ取ったのだ。

「わかってるって!」

 それは彼女も同じだった。言われるまでもない、というようにすぐに空間移動に入る。

 その次の瞬間、赤く光った大地は、全域から天へと垂直に、真っ赤な光線を放ったのだ。それは一瞬だった。文字通り、瞬きを終えた頃には、その光は消滅し、元の光景が戻っていた。ただ一つ、そこに無数の怪獣たちの死骸が炎上しながら横たわっているという点を除けばだが。 

「……な、なんだよ今の……あれだけの怪獣が即死だと…!?私たちも、移動してなければ今頃……!」

 二人は、攻撃レンジからわずかに離れたところに移動し、その場に伏せていた。彼女はこれまでに感じたことのない程の恐怖を覚えているようだが、無理もないだろう。

「あの力……そしてその姿。ウルトラマンであることに間違いはなさそうだな。火星にウルトラマンの研究データを持ち込んでいやがったか。150年もあれば、技術のさらなる発展など容易。気をつけろ、エレメントとは何もかも桁が違うぞ!」

「見りゃわかるよ!!てか、こんなの勝ち目ないだろ!どーすんだよ!!」

 あまりの恐怖から、かなり動揺しているようだ。いつもに増して、早口になっている。

「……ポプーシャナを使う。あいつに俺の後方支援をさせろ。勝てない相手など、俺の前に存在しないってことを教えてやる」

「カッコつけてる場合か!?いくらなんでも無茶だって!復讐も志半ばに死ぬぞ!それでいいのか!?」

「……このままではこの星は、奴らのものになってしまう…!そうなればこれまでの復讐の為の活動も、死んでいった奴らの命も全て無駄になる!逆に問うが、お前はそれでいいのか!?」  

「……わかったよ!好きにすればいい!でも私は死にたくないからな!……けどローレン、あんたが私も守ってくれるってんなら、協力してやらんこともないけど。あんたが死んで、私だけ生き残るってのも困るしな」

「……それでいい。ポプーシャナは6分後、比較的浅瀬を遊泳する。そのタイミングで連れてこい。もちろん、水ごとな」

「へいへい」

 二人は立ち上がり、それぞれの行動に移ることにした。キュリはポプーシャナをここへと移動させること、そしてローレンは、あの巨人と対峙すること。まずはこの地球を訪れた招かれざる客を排除し、今度こそ地下世界への復讐を果たさねばならない。

 彼は異人態へと変身を果たし、数キロ先のマフレーズの元へと飛び立った。赤い巨人の背後に着地し、それを睨みつける。

『我が名はローレン。火星のウルトラマンよ、ここで始末させてもらおう』

『……データにない巨大生命体出現。私に敵意を抱いている模様。指示を待つ』

 マフレーズは振り向き、ローレンの姿を確認すると、すぐに大統領へと指示を仰ぐ。

「何かと思えば、リディオの遺した廃棄物か。…いい準備運動になるだろう、マフレーズ、相手をしてやれ。手加減は無用だ」

『承知』

『……この俺のデータを持ち合わせていないとはな。舐められたものだ!』

 間を取らず、瞬時にマフレーズへと襲いかかるローレン。エレメントをも圧倒したその力は、果たして火星のウルトラマンにも通用するのだろうか?

 その疑問への答えは、ノー、であった。彼の突進攻撃を、避けもせず、さらに微動だにもせず身体で食い止め、弾き返したのだ。

『……!?』

『本部よりデータを受信。能力パターンは空間操作または未来予知の二択。私に対し正面から突っ込んだこと、ここまで飛行でやって来たことから後者であると断定した。君は私には勝てない。その未来は、君には見えているはずだ。なぜ戦う?』

『……お前らをぶっ殺さなければ気が済まないからだ。地球をこの有様に変えたウルトラマンの技術をごっそり持ち出し、世界の指導層でありながら全ての責任を放棄し火星へと逃げたお前らをな。頃合いを見て、再び地球に帰ってこようという計画だな?虫のいい奴らだ。お前たちは一度この星を捨てているのだ。堂々と凱旋させ、統治権を渡すとでも思っていたのか?』

 ローレンは態勢を整えながら、答えた。

『無論、我らが大統領も、穏便にことが進むとは思ってはいない。武力で君たちを排除し、地球を奪還する。私はそのために生み出された。マフレーズ、ウルトラマンマフレーズ。それが私だ。予定ではウルトラマンエレメントによる、地球の放射能汚染の清浄後での作戦開始の計画ではあったが、こちら側の世界にも事情がある。時期を早めての実行となった。君たちの余命を縮めてしまう形になったことをお詫びする』

『まるで、俺たちを殺すことなどいとも容易い、といった発言だな』

『事実を述べたまでである。では、消去する』

 今度はこちらからーと、マフレーズが動き始める。

『……自信満々なところすまないな。エレメントはもういない!』

 その言葉に、赤い巨人はピタッと動きを止める。

『信じる信じないは勝手だ。だがエレメントは俺がこの手でその命を絶たせた。放射能は除去できない。火星地球人どもが再び住むための環境は作り出せないんだよ!』

 ローレンは得意げにそう叫んだ。

『……本部へ、事実確認を依頼する』

『その必要もない!お前はここで俺が始末する!!』

 生まれた隙をつき、紫色のオーラを纏った右腕を、マフレーズの腹へと思い切り押し込んだ。メリメリっという音を立てて食い込んだ拳の衝撃で、巨人は数十メートル後方へと後ずさりする。 

『……』

 腹を抑え、前かがみになる赤の巨人。どうやら、攻撃が全く通用しないわけではなさそうだ。

『……かなり力を込めたんだがな、この程度のダメージしか通らんか』

 右腕を見つめながら、小声で呟く。思っていたほどの攻撃にはならなかったのだろう。

『……分析完了。今のが彼の76%の出力と判明。マフレーズの勝率、9割9分まで上昇』

 あいも変わらず、冷たい、機械のような声でボソボソと述べると、今度は先に動く。

『フォボスモード移行。ロッシュインパクト』

 オレンジ色に変化していたラインが、次は灰色へと変わった。

『な、なんだ!?』

 モードチェンジが完了したと同時に、ローレンの身体が宙に浮き、マフレーズの元へと引き寄せられ始めた。その運動はすぐに速度を上げ、超音速へと達する。

『ハッ!』

 超音速へと達したその時、構えていたマフレーズの強烈なパンチを浴び、そのままの速度で反対方向へとはじき出された。宙に浮きながら飛ばされているというのに、その衝撃で地面をえぐっている。次第に高さを失い、遂には地面へと激突した。

『グワッ!』

『ではトドメへと入る。マーズモード移行』

 マフレーズの色調は、赤と青である元の姿へと変化を果たした。これが基本形態らしい。

『マフレシウム光線』

 倒れ込んだローレンを狙い、両腕を胸の前で十字に組み、そこから強烈な光線を発射させた。

「やばい!はっ!」

 突如として、ローレンの前方に大きな黒い穴が出現し、光線はそこへと吸い込まれて行った。

『……?』

 その出口はマフレーズの後方で開き、彼は自身の必殺光線を、その身体で受け止める結果となってしまう。

『……!!』

 背中にモロにくらい、そこから白煙をあげながら、その場に片膝をついた。

「今だ!一旦逃げるぞ!」

 変身が解け、等身大となったローレンを抱え、キュリは遠くへ、ひたすら遠くへとゲートを開き、その場を退いた。

『……取り逃がした模様。指示を待つ』

「なーにやってんの……まぁいい。帰還せよ。奴らはまた後からゆっくり探すとしよう。それより、事実確認は取れた。地下からもウルトラマン特有の生命反応は感じられない。あの男の言う通り、奴は死んだようだ」

 大統領は顔をしかめながら言った。

『承知。帰還する』

「しかしまぁ、ウルトラマンのくせに大したことないな。マフレーズに一切歯の立たなかったあいつに負けたんだぜ?こりゃ幻滅だわい」 

 そう言いながらポケットからタバコを取り出し、火をつけ口に咥える。

「ま、作戦続行にはなーんの支障もないがね。放射能の除去?そんなもの容易だ。マフレーズをなんだと思っている。エレメントを資料に、100数年もの間改良に改良を重ね生み出された全知全能の存在なのだぞ。」

 大統領は大きな腹を揺らしながらはっはっはと笑った。相変わらず、大きな声だ。それに釣られたのか、周囲にいた軍人たちも笑い始めた。地球は突如乱入したこの最強の軍隊に、あっさり奪われてしまうのだろうかー

 

「では、お大事に」

「うぃーす」

 驚異的な回復能力だ。イクタは隊員服に着替え、医師陣に挨拶をし、病院を去るところであった。なんと、本部長が見舞いを終えた後数時間で、その日のうちに退院してしまったのである。

「こんなところで寝てる暇はないんだよね」

 予め呼んでおいた航空タクシーに乗り込み、運転手にIRIS本部まで、と短く伝えると、リラックスした姿勢で席に腰をかけた。イクタの乗車を確認すると、小型の飛行機は、すぐにフライトを始める。垂直離着陸の技術を備えた高級タクシーであるため、滑走路は必要ないのである。民間企業にこの技術を安く提供できるよう、改良したのもイクタである。

「お客さん、イクタ隊長でしょう?」

 初老を迎えていそうにも見える運転士は後ろを振り向かず、前を向いたままそう聞いてきた。

「そうだよ。俺も随分と有名になったもんだな」

「あのウルトラマンエレメントと行動を共にし、数多の危機からこの世界を守ってくださったお方だ。有名にもなりますよ」

「持ち上げすぎだ。もうエレメントはいない。……時間の問題なんだよ。あんたらだって、言い方は悪いが後少しの命しかないんだ。仕事なんかほったらかして、自分の時間を過ごすべきだぜ」 

 このタクシーを呼んでおいたのは自分ではあるのだが、彼は運転士を哀れむようにそう言った。 

「ではなぜ、IRISの方々はそうしないのです?もっとも命の危険のある職だと言うのに、あなた方はこの状況の中でもなお戦おうとする」

「そりゃ、どうせなら最後まで抵抗するべきだからだ。向こうが降伏を受け入れるのなら白旗をあげるのが最善手だが、そうもいかないからな。なすがままにやられるくらいならーってわけだ。それが仕事でもあるからね」 

「同じですよ。私共も、これが仕事なのです。地球最後の日を題材にしたSF小説はたくさんありますでしょう?その中の登場人物には、慌てふためく者もいれば、落ち着いた者もいる。散財して楽しむ者もいれば、ただただ絶望する者もいます。ただ、何をしようにも仕事をしている人物が必要なのです。いくらお金を使おうにも、サービス業者が同じように仕事をほっぽり出していれば、そこに取引は成立しなくなります。慌てふためくものを導くためには、役人や治安組織などが必要です。結局、最後の時まで我々は、己の使命を全うするしかない、そう言うことだと、私は思いますよ」

 運転士は静かに答えた。

「……そうかもな」

 イクタは、窓から街並みを見下ろした。避難生活中とは雖も、まだ物的被害を受けていないこの街では、子どもたちも大人たちも、避難先から登校、通勤をしている。これでは避難の意味がないことをはわかってはいるものの、IRISは特に規制しようとはしていなかった。あくまで警戒態勢中であるため、でもあれば、動ける企業には、ギリギリまで動いてもらわなければ、ただでさえ大打撃を被っている地下の経済が完全に死んでしまう、と言う事情もあるからだ。

「……」

 今日も名もなき市民たちが懸命に世界を動かしている。この事実が、改めて彼の意識に働きかけることにも繋がって行くのだ。

 

「来たか。イクタ隊員」

 本部へと辿り着いた彼を待っていたのは、ルイーズ本部長、フクハラTK-18支部長、Dr.デオスを始めとする幹部の面々だった。豪華なメンツに囲まれ、彼は本部の研究室へと導かれる。

「もう我々には事実を黙秘する必要はない。必要があるのはむしろ、我々の口から真実を聞き、君にとある決断をしてもらう方だ」

 デオスがそう口を開いた。

「どういうことだ?」

「じきにわかる」

 全員が静かに黙々と、早足で歩いていたため、サクサクと研究室の最奥部、フレロビが眠っていたあのエリアまでたどり着くことができた。

「……さて、聞きたいことはたくさんあるだろう。何から聞きたいかな?」

「……まず、今から何をするつもりだ?どうせそれも、真実に関連しているんだろ?」

「その通り。では、そこから話そう。本部長、お願いいたします」

「うむ」

 本部長は、設置されてある巨大な装置に手をかけながら、語り始める

「『ジアースプログラム』地上を奪還するために、我が組織の発足段階から計画されていた最終作戦。最高の条件こそ満たせはしなかったが、駒は揃った」

「で、その作戦とは?」

「……Dr.センゲツ、つまりウルトラマンエレメントと同じ遺伝子…『ウルトラマンへの進化』の実績あるゲノムデータを持つリディオ・アクティブ・ヒューマンを生み出し、最終的にその個体を人為的にウルトラマンへと進化させる。そういう作戦だ」

 そう説明したのはデオスだった。

「……は?」

「どうだ?今の言葉の中に、知りたがっていたことの殆どの答えが含まれているはず、だが?」

 デオスは不敵に笑顔を浮かべていた。彼の癖でもあり、特に悪意はないようではあるが。

「では簡潔に言おう。君とエレメントは遺伝上では血縁関係があると言える。あくまで、遺伝上では、だがね。そして君だけは、IRISの構想上絶対に死んではいけない存在。彼に、君を守るように指示したのも、うちの本部長さ。もっとも、前任のグリン氏ではあるがね。そのため、君に両親というものは存在しない。強いて言うのなら、この私が父親ってところかな。君はもとより、IRISが生み出した。そういうわけ」

「ちょ、ちょっと待て!ツッコミどころが多すぎるぞ!第一にー」

「まぁ待て。最後まで聞いてもらおう。質問は後からいくらでも受け付けてやる」

 次は本部長が口を開いた。

「話を作戦に戻そう。ウルトラマンにする、と言ったが、エレメントから、ウルトラマンへの進化条件は聞いていたかな?一つは、二種以上の異常細胞を取り込むことだ。……まずは改めて、リディオ・アクティブ・ヒューマンについて解説しよう。焦ることはない。ゆっくり、ゆっくり聞いてくれ」

 本部長は一気に語ろうとしていたが、イクタが予想外に動揺している表情であったため、一旦クッションを置くことにした。

「能力者には二種類あるのは知っていたかな?ざっくり言えば、先天性と、後天性だ」

 ここから、長きに渡る異常細胞、そしてウルトラマンの歴史と、彼の知りたがっていた真実を紐解く本部長の解説が始まることになる。いよいよ、核心をつく話を聞き出すことができそうだ。 

 

「おい、大丈夫かよ……」

 ここは山奥の森林の中のようだ。木々に身を隠すように、二人の人影が見える。

「あぁ……、おかげで助かった」

 先ほどの戦いで、ウルトラマンマフレーズに全く歯が立たなかったことを悔しく思っているのか、唇を噛みしめるローレン。幸い、大きな怪我はなさそうだ。

「ったく、6分持たなかったな。ポプーシャナを呼ぶ必要もなかったぜ」

「……流石に、エレメントとはレベルが違った。伊達に150年もの間改良を重ねていたわけじゃなさそうだ…。」

「……で、あいつに勝てる未来はあるのかよ?」

「無論。俺に敗北はない。今日は退避したに過ぎない。次会ったが最後だ」 

 ローレンはそう言い、立ち上がった。

「強がるなって。ありゃどう考えても勝ち目ないだろ……」

「あぁ、今のままでは勝てない。だが勝てる未来にはつながる。お前らの力を借りることになるが」

「連携を取るってことか?確かに、私のアビリティでサポートすれば……」

「その必要はない」

「はあ?どっちだよ……頭でも打ったのか?言ってること変だぞ?」

 キュリが怪訝そうな目で彼を見つめる。妙に会話が噛み合わないのだ。

「いや、変ではない。お前らの力を借りる。そう言っただけだ。……口ではわからんか。つまり、こういうわけだ!」

 彼はポケットから二本の注射器を取り出した。それぞれ、ダームとラザホーの細胞が、液に満たされ保存されている。そしてその針を二本同時に、右腕へと差し込んだ。

「ぐっ……!」

 痛みに顔をしかめる。だが、注射を止めることはなかった。

「な、何してるんだよ…!?」

 注射痕を中心に、腕が緑色に変色していく。それは次第に体全体を蝕み始め、ついには全身が醜く深い緑色に侵食されてしまったのだ。その様はまるで、トロールのように、不気味な雰囲気を漂わせている。

「……感じる……!これが…進化!大いなる力が湧き出てくる……!」

 彼は目をカッと見開き、口を大きく開け、舌をダラっと晒している。まるで人格が根っこから変わってしまったのかのようだ、彼のこのような姿は未だ嘗て見たことがない。

「ダームとラザホーの細胞を取り込んだのか…!?」

 全身が不気味な深緑色となった彼の身体は次第に落ち着き始め、色調も徐々に元どおりに戻りつつあった。特に大きな支障はなく、力を手に入れることができたようだ。

「……そうだ。今までとは比較にならん、そこ知れぬ力を感じる……。ウルトラマンマフレーズ、次は倒す。地下を滅ぼすのはその後だ…」

 不敵に笑みを浮かべると、彼は新たな力を試すため、森の方へと利き腕である右腕を向けた。手のひらをバッと開き、身体と平行になるように手首を立てる。

「……はっ」

 ガァァァッという声をあげ、森の中から怪獣が飛び出してきた。その瞳は、真紅に染まっている。アビリティにより制御されている証拠となる色だ。

「ふんっ」

 そしてその手のひらをグッと閉じ、握りこぶしを作り出すと、怪獣は悲鳴をあげ始める。その身体は次第に凝縮され始め、ついには肉体を失い、真白く輝く光球態へと変貌し、彼の手の中へと吸い込まれるように漂った。これはラザホーの、怪獣をカプセル化する能力だ。

「……まだ完全に馴染んだわけではないとはいえ、しっかりと使えるようだな」

「カプセル化ってこんなにすんなりいくものなのか…」

 あっけなく、そしてたやすくそのアビリティを使いこなした彼を見つめながら、ただただ驚くばかりの彼女。今日は驚くことばかりである。

「アビリティは使用者の器により大きく効用が変化する。俺とラザホーたちとの力の差だ」

「自慢かよ……。まぁでも、これで怪獣たちは再び、私たちのコマになるわけだな。これなら火星の軍とも戦える……!」

「そうだな。星を捨てた身分で、都合のいいタイミングで我々を排除し、再び住み着こうなどという虫のいい話を許していいわけはない。この星の正当な所有者は、地上という本来の生活スペースを守り続けた我々だけだ。地下人類にも火星人類にも、渡しはせん。そして生かしてはおかん。必ず、一人残らず同じ苦しみを味あわせてやる……」

 つい先ほど、コテンパンにやられたばかりとは思えない闘争心だ。彼らにとっては、ほかの全てが侵略者であるのだから当然といえばそうかもしれないが。復讐、その強い信念が失われない限り、彼は絶対に折れないであろう。

 

                                                続く


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