ウルトラマンエレメント   作:ネフタリウム光線

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 イクタは、本部長の口から、ついに地下世界の本当の歴史、そして真実が語られる瞬間を迎えていた。全てを知った彼は、どのような決断を下すのだろうか。地上でも、マフレーズとローレンが拳を交えるなど、戦いはさらに拡大している。彼の選択が、今後の地下世界の運命を左右することになるがー


第31話「真実」

ウルトラマンエレメント

第31話「真実」

  

 その昔、世界情勢は不安定を極め、ある一国が一線を超えたことー核を使用したことーを引き金に、滅亡を招きかねない核戦争が勃発した。抑止力としての効能をすっかり失ってしまった核に取って代わる、新たな『抑止力』を生み出し、戦いに幕を下ろそうとしたその大国は、放射能に汚染された地域の被爆者を標本にとり、様々なデータを集め尽くした。その被験者となった一般市民の数は、生死体に関わらず数千を下らないとの一説もあるが、これに関する資料は現在地球上から消え去ってしまっているため、真相は不明だ。

 その段階で発見されたのが、放射能による細胞、遺伝異常で死に至らず、それどころか超人的な能力を獲得した個体である。それらは発見者である科学者の名前を取り『リディオ・アクティブ・ヒューマン』と名付けられた。彼ら能力者には共通点がいくつかあり、そのうちの一つに「全員が12歳以下の子どもであったこと」が挙げられる。

 発見者であるリディオは、その大国の軍事科学者だった。彼はこの子どもたちに目をつけ、放射能による超能力覚醒の研究に身を投じていく。この力を軍事兵器として実用化できれば、これ以上にない抑止力になると考えたのだ。核を投じた地域から、超人的な存在が生み出され、それらが牙を向くとなると、使用した側にもデメリットが生じる可能性が出てくるからである。

 

 この研究は、初期段階から大統領の目にも留まり、国を挙げてのプロジェクトとなっていたことから破格の予算を組まれ、研究は想定よりもはるかに速く進み、遂に能力者を超える存在で、人類の到達できる限界にして究極のステージ『ウルトラマン』の構想が生まれるレベルまで達するのに、6年とかからなかった。

 時は流れ、遂に人類初のウルトラマン『エレメント』が生み出された。リディオによれば、ウルトラマンの定義として、複数のアビリティを一人で所有する存在、というものが設定されている。だが、たった一種類でも所有しようとすれば9割9分が死に至り、能力者に覚醒できるものは残りの1分という異常細胞、異常遺伝子を複数種類所持するという過酷な条件から、実験過程で多くの死者を出してしまった。奇跡的に進化を果たしたエレメントでさえ、その負荷には従来の人間の身体では耐えることができず、人間を大きく超越した、身長55メートルにものぼる全く新しい肉体を生成せざるを得なかった。リディオの理想としては、等身大で兵器となってくれること(その場合、市民に紛れさせて局地的なテロのような攻撃も可能になるため)があったため、これは誤算ではあったが、ウルトラマンの完成という、自身のこれまでの研究成果がこれ以上にない形で表れたことへの喜びの方が強く、あまり気にはしていなかった。

 『新たなる抑止力』を得たリディオは次第に暴走を始めた。本来であれば

「我が国にはウルトラマンがいる。これ以上戦うというのなら、容赦はしない」といった使い方になるはずなのだ。前述の通り、あくまで従来の核に取って代わる兵器として開発したのだから当然だ。

 それでも、開発者である彼はその力を試したくて仕方がなかった。軍に無断でウルトラマンを何度も使用し、あらゆるエリアを焼き尽くした。結果的にこれがこの物語が始まる要因にもなるのだが。

 

 制止に入った、大統領をはじめとする政府高官をも、自身の開発した能力者に消去させるなど、歯止めの効かなくなったリディオはとうとう、何者かに暗殺された。だがこれで世界が平和になる程、事は単純ではない。核のゴミで覆われたこの星で生きることを諦めた各国の要人や金持ちたちは一時結託し、共に火星へと旅立っていった。多くの市民を地球に残したまま、である。

 指導層を失った市民たちは、僅かとなってしまった汚染されていない食料や水を求めて争い始めた。これを第一次地球内戦と呼ぶことにする。

 その際、エレメントは自身の罪を償うため、困窮している市民たちを、能力を駆使して救い続け、しまいには地下に空洞を生み出し、そこへ皆を移住させるという荒技をもやってのけた。しかしその際に、僅かではあるが数名を地上に取り残してしまった。その人々こそ、皮肉にも『リディオ・アクティブ・ヒューマン』と、その仲間達だったのだ。彼らの子孫が、今地下世界に牙を向いているローレンたちである。

 さらに百数十年の時が流れ、いよいよ地下世界にも汚染の魔の手が刻一刻と迫っていた。事態を重く見た地下世界の治安維持組織IRISは、現代に現れたエレメントと結託し、放射能汚染を除去する技術を得、地上を取り戻そうと奮闘しているーという今に至る。

 

 

 

「ここまでの歴史の流れは、わかっているかな?」

 本部長は長々と語っていた。エレメントやローレンにも聞かされた話だが、改めて整理し直したのだ。そこに、イクタの知りたがっている真実がたくさん隠されているのだから。

「前置きが長すぎるよ……」

「えらく動揺していたからな。君が落ち着くまでの時間稼ぎにもなったはずだ」

「……そうだな。じゃあ、続けてよ」

「うむ。先ほど、能力者には先天性と後天性がある、と言ったな。まず、研究の初期段階で発生したのは、後天性であることに説明入らないだろう。普通の人間として生まれたのに、強制的に能力を得てしまったのだからな。対して、君のような存在は先天性だ。我々が細胞を調合して生み出したからだ。この理屈はわかるか?」

「まぁ、理屈はな」

 そもそも、未だに自身が地下の戦力構想のために人為的に作られた存在という事実を、まだ受け入れ切れていないのだから、理屈を理解できたところで頭に入ってくるかは微妙ではあるが。

「なら問題ない。そこから話していこう。能力者はその異常により、極端に寿命が短くなる事は知っているな?君にも、生まれながらにそのハンデを負わせてしまったことを申し訳なくは思っている」

「……あんた方の都合のために、30年しか生きられない体になったってのは癪に触るけど、今更そこにキレたってどうしようもないな…。府には落ちないけど、構わず進めてくれ」

「……能力者の唯一にして最大の弱点、それがその短すぎる寿命である事はいうまでもなかろう。30年とはあくまで最高での話。アビリティを使えば使うほど、その命は削られていく。特に君は幼少期からその天才的な頭脳を我が組織、そしてこの世界のために使い続けてきてくれた。言いにくいが、君の体は持ってあと数年であろう」

 本部長は呟くようにそう述べた。イクタ自身も、なんとなくこの先長くない事は感じ取っていた。特に最近は戦闘において異人化も多用しているため、実際はもっと短いのかもしれない。

「だが君は、ここまでの戦闘において、この前提を覆す敵と何度か対峙してきたはずだ」

「……ラザホーやダームか。確かに、異人化もできるし固有能力もあったが、それぞれいい歳食ってたし、ダームに至っては爺いだった。これでは矛盾が起きる」

「そうだ。彼らのような存在こそが、ある意味この研究の完成形とも言える。先天性だろうが後天性だろうが、自身の遺伝子に放射能を浴びさせ、異常を発生させる事から寿命を削るというデメリットが生じるのはわかるな?だが奴らはそのケースではない。予め異常を発生させた、全く他人の細胞を、外部から取り込む、リディオ存命期にはなかった新しい技術を使って生まれた存在なのだ」

「……なるほどね」

「もちろん、それら外部的に取り込んだものが身体に馴染まなければ、一般的な移植手術と同様、拒絶反応を起こし最悪死ぬ。デメリットは0ではなく、それどころか従来のケースと大差ない。だが、彼らの先祖は短い寿命のサイクルで子孫を残し続けた。その遺伝データは、世代交代を繰り返しながら『放射能への耐性』を徐々に得てきたと考えることに不自然さはないだろう。人間の身体がそれだけの短期間で適応し変化するとは考えにくいかもしれないが、そもそも彼らは能力者。そうなっていてもおかしくはない。まぁ、仮定に過ぎないがな」

「『放射能への耐性』のある人種だからこそ、外部的に異常細胞を取り込むことができ、かつ普通の寿命で生きることができた、というわけか。確かに科学的根拠に欠ける部分は多いし、研究する必要がある項目だが、確かに奴らは生きていた。この事実は揺るがないし、何よりの根拠とも言えるわけか」

「等身大で、一般的な寿命をもち、各々の能力が使える。軍事的には、最も理想的な姿かもしれないな。地上には、その大国ですら把握していなかったリディオの秘密研究所が多数あるとされている。ここからは全て推測だが、それら研究所に、もしもサンプルとしてたくさんの異常細胞が未だに保存されているとしたら?そして地上人たちがそれらの場所を把握していたら?……第二、第三のラザホー、ダームが再び登場する可能性だって拭えない。いやそれどころか、最も恐ろしい事態だって起こりうる。……ローレンがそれらを自身に取り込み、ウルトラマンへと進化する事だって……」

 ウルトラマンへの進化は即死の可能性が非常に高く、成功はまずあり得ないと見ていい。復讐が目的の彼であれば、そのようなハイリスクな道は選ばずに、地下への攻撃をするはずだ。進化しなくとも、彼は強い。

 エレメントは生前、このようなことを述べていたことがあった。事実、異人態のままでもエレメントを圧倒し、その命を奪えたほどの力をすでに所有しているため、無理にでも進化しようとはしないーと考えたいところではあるが…とここまで思考し、イクタは何かにハッと気がつき、顔を上げた。いや、違う。得られるのは、力だけではない。

「ウルトラマンになることで得られる最大のメリット……寿命制限の超越……!」

「そうだ。エレメントは150年以上も前に生み出されたのにもかかわらず、ピンピンと生きていた。殺されさえしなければ、その寿命は有限のものではないのかもしれない。実際に寿命で死んだウルトラマン、という前例がないため、詳細は不明だが」

「そして火星にへ逃げた旧上流階級、奴らだって、ローレンにとっては復讐の対象になるはずだ。先祖を見捨てて地下へと移ったこの人類を敵視しているのだから、その可能性はある。地下世界と違って、教育の規制もないため、先祖から火星へ逃げた地球人がいることも聞かされているはずだ」

「……話が火星にまで飛躍しそうだな。それはまた後からにしよう。さて、この計画『ジアースプログラム』で何がしたいか、少しはわかっただろう」

「……だいたい掴めてきた。IRISが所有しているアビリティは、この俺、そしてフレロビだけ。他にサンプルを保管している可能性もあるだろうが、それなら既に戦争が始まった段階で実戦に投与しているはず。舐めプはできないからな。……要するに、ウルトラマンへの進化実績のあるエレメントのゲノムデータを所有している俺にフレロビの細胞を移植し、俺をウルトラマンにする、そういうことだろう。なるほど、道理であいつがこのタイミングでコールド・スリープから目を覚ますわけだ。『俺を人為的に生み出せる技術を開発し、なおかつ成熟させ、IRISの戦力を整えさせ、エレメントと行動を共にさせながらウルトラマンとしての戦闘経験を積んだ段階で解凍、俺の体の一部にさせる』てことか。あいつも、結局はIRISの戦力構想のために生まれただけか」

「そうだが、彼にはもっと大きな意味合いがある。『人為的にリディオ・アクティブ・ヒューマンを生み出すことができるのかの実験』つまり、将来的に君を生み出すための技術のテストでもあった。フレロビ誕生までに、多くの犠牲を出してしまったがな。しかし予定よりずっと早く成功した。そのため、しばらく眠ってもらうことになった」

「……あんたたちも、リディオと同類だな」

 イクタは冷ややかな目で、彼ら首脳陣を睨んだ。

「……リディオが元凶となった戦いだ。だが皮肉なことに、この戦いを終わらせるためには、彼と同じ手段、技術を使う必要があると、そういうことだ」

「……それで、ウルトラマンになる覚悟はあるかね?君の決断一つで、この世界の未来が決まるのだが」

 ずっと黙ったままであったデオスがそう口を開いた。

「待て、まだ聞きたいことはある。エレメントだ。奴は地下への移住時、ミキサー状態で地上に取り残された身分だろう。その後どういう経緯でIRISと接触し、この計画に協力することになったんだ?どう考えても、当時の地下と地上に接点はないはずだが」

「……ふむ、そういえばまだ話していなかったな。よかろう」

 本部長は立ち話に疲れたのか、部屋にあったソファに腰をかけた。

「先に言っておくが、協力を持ちかけてきたのは、エレメントの方からだ」

 知られざる歴史が、彼の口から語られようとしていた。

 

 

 

「レーダーが正体不明の電波をキャッチしました!……何かの信号のようです」

 その一報が届いたのは、地下世界創設より60年後、まだIRISという組織はなく、各地で正義感の強い民間人たちが、個人で複数の治安組織を組んで活動していた時代である。

 このレーダーとは、地上と地下を隔てる、地層を観察するために各エリアに設置されていた装置だった。それらは一つの、小さな基地のようになっていた。もし何か、地下世界に脅威が訪れるような現象(例えるなら、地上での大地震の影響でズレが生じ、天井が落下してくる可能性)などがあるようならば、事前にそれを察知し、被害が想定される地区の市民に避難を促すためのものだ。そのレーダーが、大地の活動ではなく、何やら電波を捉えたらしい。

「……これは……。SOSだ。どこかで誰かが、助けを呼んでいる」

 これらを管理していたのは、地上文明時代からの科学者、もしくは彼らの教え子といった、専門的な知識のある人間だった。もちろん、素人が管理したところでなんのこっちゃわからないのだから、当たり前ではあるが。

「しかし遠いな。途切れ途切れでの受信ということは、相当な距離があるぞ。この地点より、はっきりと捉えている箇所はないか?」

 学者たちは、急いで各基地に連絡を取るのだが、どこも同じように、今にも消えそうな電波しか拾えておらず、場所によってはそもそも受信さえしていないところまであった。では、どこから発信されているものなのだろうか?

「怪奇的な現象だな……。幽霊電波か?」

「非科学的な…。実際受信はできたんだ。絶対に何処かに発進者がいる。間違いない」

「理屈はそうだが、じゃあどこからきたんだ。世界には今13カ所にレーダー基地があるというのに、どこからも距離がほとんど同じなのだぞ」

 このような議論が、約5日に渡ってなされていた時だ。レーダーたちは、再び先日の怪奇電波を受信した。

「……どうなっているんだ……。まさかとは思うが……」

 最も大きなレーダー基地、AM13地区の若き所長、グリンは天井を見上げた。

「だが、可能性があるとしたら、そこしかなかろう」

 隣に立っていた、年配の学者は、グリンの言わんとすることを察したのか、同じく顔を上へとあげながらそう呟いた。

「地上、か。ウルトラマンと共に取り残された人間がいるとは聞いてはいたが…もう何年になる?60年だぞ…」

 グリンは首を傾げた。あれだけの濃度の放射能に侵されている場所だ。場所によるが、即死に至る濃さのエリアだって存在していた。

「もし生存していたのなら、それだけの歳月があればこちらへと存在を知らせるだけの機械を作れるだけの技術が身に付いていても不思議じゃないだろう。子孫だって残せている可能性はある。」

「しかし、いくら電波のやり取りをしたって、コンタクトが取れないではないか。助けに行くのは無理だろ。地上と地下は完全に遮断されてるんだ」

 その通りであった。もっとも、もし繋がるような箇所があった場合、そこから汚染された土や空気、水が地下まで到達してくる可能性がある。地下だけは絶対安全都市だと言い切れるよう、苦肉の策ではあったが、隙なくシャットアウトしている、はずだったのだ。

 しかし、それはあくまで人間たちの思い込みであった。交信が続くうちにーといっても、一方的に受信するのみだがーその電波は、次第にSOS信号ではなく、何かの暗号のようなものに変化していった。それが、電波の途切れを応用したモールス信号であると気がつくまでに、2週間を擁したのだが。

「まさか、こちら側にしかわからないはずの『途切れ』を見通し、送ってきていたとはな…」

 年配の科学者は非常に感心している様子だ。

「いやいやいや、都合良く捉えすぎなんじゃねぇの?何か他のメッセージを伝えるつもりが、たまたまモール信号っぽくなったと考えるのが普通だろ。第一、こちらの不具合を見通せるなんて、エスパーでも無理だ。ありえないよ。向こうは一方的に送ることしかできないんだからな」

 中年の学者は強く反発していた。どう考えてもおかしい、とは、この場の誰もが考えていた。しかしー

「君のように考えるのが一般的だ。だが、この2週間の受信記録全てがモールス信号だったと仮定した場合で解読したデータがこれだ」

 グリンが、記録をまとめたスライドを、皆が集まっている部屋のスクリーンに映し出した。注目が集まる。

「ジュウイチ ニジュウイチ ヒャクヨンジュウニ ジュウニ アイリス ロード」

 という文字の羅列が、そこに表示されていた。

「このようにはっきりと、単語に分けることができた。他の解読方法も用いたが、一番しっくりくるのがこれだ」

「……俺は信じねぇからな」

 中年はそれでも、腕を組み頑なな表情を変えはしなかった。

「最後の二つの単語は、恐らく何かの道を表しているのだろう。もしかしたら、我々の知らない、地上へ近づくためのルートがあるのかもしれない」

 これもまた考えにくいことだが、グリンはそう推測していた。

「だが、数字がよくわからない。何を表しているのだろうか」

「……何か、心当たりのある者はいないか?意見が欲しい」

 その呼びかけに応じるものはおらず、その代わり、考察の議論が繰り広げられることになった。皆が思考を巡らせながら、思いつき次第に発言し始める。

「……こういう時って、数字がアルファベット順を指していて、文字が浮き上がるーなんてことが多いですが、3桁の数字もありますし、そうじゃなさそうです…」

「例えばどこかの民族の言語を組み合わせている可能性、とかは?」

「まぁ、全ての仮説を立証しなければ、たどり着くこともできないだろう。言語学者に調査を依頼しておこう。他には?」

「……ちょっと待ってください。仮にグリン所長の『道を表している』という考察が正しいと仮定したら……その道の場所を、示しているのではないでしょうか?」

 グリンよりもさらに若い学者がそう意見した。

「なるほど…!そうだとしたら…」

「緯度と経度、ですかね」

 言語説と比較すれば、こちらの方が真実味を帯びていることは明らかであった。皆が同調している。

「その線で数字を当てはめれば、マリアナ海溝が浮かび上がりました!地球で最も深い海、とされていた場所の座標になります!」

「……ふむ。どうやら、それで間違いなさそうだが…。では、アイリスロードとはなんだ。そんな場所に、どのような道があるというのだ?」

 数字を解読したからといっても、肝心のそれがわからなければ意味がない。もしかしたら、場所を示す説そのものが見当違いであった可能性も残っている。

「……ロード、これが道、という仮説は正しいと思います。発信者だって、SOSを送ってくるくらいですので、すぐに解ける程度のレベルに設定した暗号でしょうし。あまり考えすぎるのは逆効果ではないかと」

「要は、アイリスを理解しなければならないのだな」

 グリンは再び腕を組んで唸った。どこかで聞き覚えのある単語ではあるのだがー

「同じ名称の花がありますね。花言葉は吉報、のようですが…」

「どう考えてもそうではないな」

 その場にいた全員が、苦笑いを浮かべる。

「単語の意味としては、虹、ですね」

「神話にも登場しています。ローマ神話では、アイリスの花の語源になったーという旨の話が載っています」

 実に、様々な意味を持つ言葉のようだ。だがこれまでに出た全てが、イマイチピンとこないものばかりである。

「…あっ、ギリシャ神話にも記述がありますね。イリス、という人物の英語読みがアイリス、らしいです。……あっ!」

 その記述を読み進めていた者が、室内に響き渡るほどの声量で驚嘆の声をあげた。

「どうした?」

「い、いや…これですよ!きっとこれに間違いない!」

 表情をパッと明るくさせ、グリンへとその文字の羅列を見せつけた。

「イリスは七色の首飾りを与えられた。そして、大空を渡る虹の女神になった。虹は、そんな彼女が天空と地上を行き来するための大切な架け橋になったーか。単に、虹という意味になった背景を説明しているだけじゃないのか?」

「所長〜!よく読んでくださいよ。これ!天と地を往復するための架け橋という記述です!ピンっとくるでしょう!つまり暗号にあったアイリスロード、とは、これに当てはめれば地上と地下を行き来するための道を指しているんですよ!そしてそれは、先ほど解読した座標にある!」

 ようやく、グリンはハッと顔を上げた。

「まさか…本当にそのような道があるというのか!?」

「行ってみる価値はあります。それに、これだけの重要な情報を知っている者ですし、救い出してもっと色々聞き出してみるべきです!」

「……そうだな。物は試しだ。では善は急ごう。明日、マリアナ海溝の地下へ向かうぞ」

「了解!」

 

 

 

「ここからは簡単な話だ。アイリスロードと呼ばれたその場所には、本当に、隠されていた地上への階段があった。もう、わかるな?」

「電波の発信者はエレメントだった、そういうことか?奴が、その先で地下に逃がした人間たちと交流できる日が来ることを信じて、設けていた、といったとこか」

 ここまでの話で、イクタは初めて、この組織の名称にも、ウルトラマンエレメントが影響を与えていたことを知った。

「グリン氏等が地上に到達した時には、その部分だけ海が裂け、陸になっていたという。間違いなく、エレメントの力だろうな。エレメントと彼らの接触時の細かいやり取りまでは割愛しよう。想像に任せる。私が伝えたいこと、そして君が知りたがっていることはそこではないからな。」

 本部長は長く話したことで相当疲れているのだろう。秘書が手渡したペットボトルの水をグイッと飲み、一息ついたところで再び口を開く。

「エレメントは、ミキサーの状態で発見されたという。変身媒体を失っているのだから、仕方がないことだな。彼自身で開発したミキサーという装置は、ウルトラマンの力を適度に、暴走なく引き出せる優れたものではあったが、いざという時はとことん不便な代物でもある。まぁ、そんなことはいい。私が先ほど君に伝えたジアース・プログラム、とは、彼から提案したきたものだ。彼が我々に協力したのではない。我々が、手を貸した」

「……エレメントが、か?」

 予想外の言葉に、目を丸くして驚くイクタ。

「彼は、能力者がその遺伝子を後世へと繋ぎ続けていることを知っていた。それらが脅威となり、将来的に地下を脅かす存在になるのでは、とも考えていた。だから、この計画を持ち出した。ウルトラマンの力を引き継ぐ地下の戦士を生み出すこと、をな。だが、ここから先、その戦士を自立させ、我々オリジナルのウルトラマンへと仕立て上げる。それはーグリン氏の提案だ。もっとも、エレメントには知らせていなかったが。そして、その計画のために、各地の治安組織は成長し、数十年後に合併してIRISとしてスタートを切った。地下と地上を結ぶ、架け橋になることを祈り、付けられた名だ。組織としてのあらゆる規模を拡張していく中、君のような人間を生み出す実験を続け、その過程でフレロビが誕生。そして、君の誕生にも至るわけだ」 

 ようやく、ようやくだ。地下の本当の歴史が、繋がり始めた。

「……やっとわかったよ。この世界の、真実ってのがな」

 地球文明はエレメントにより滅ぼされ、地下世界はエレメントの手で創られた。そしてこの世界を守るIRISにも大きな影響を与え、来たる地上軍との戦争に備える計画まで持ち出していた。

「ということは、エレメントはその後、IRISが匿っていたのだな?レジオンが現れた、あの日が訪れるまで」

 イクタはそう訊ねた。

「そうだ。無論、我々本部の人間の中でも数名しか知らなかった。ちなみに私とエレメントはほとんど面識がない。この私でさえ、本部長の職を継ぐ際に知らされず、後々にその存在を認知したほど。それほどまでに極秘に扱われていたのだ。部下にも悟られないよう、ある程度演技もしてきた」

 本部長は、そう返えす。

「イクタ、君はそういうわけで、誕生したその瞬間から、この時が来るまでは絶対に死んではいけない人間だった。だから、グリン氏はエレメントに命じていたのだ。近い将来、イクタのような存在が現れた時は何があっても守れ、と。彼にとっても、自らの遺伝データを所持する、いわば息子のような存在を守ることにもつながる。計画云々の前に、彼はそれを思い、君を守り続けたはずだ」

 そのためなのだ。彼が何度も命を張り、しまいには塵となりながらもイクタを守り続けたのは、そのためだったのだ。イクタは無意識のうちに、胸に手を当てていた。

「エレメントには、なんとしても地上軍を止め、地下を守り、そして地球を元の姿に戻したいと、そのことに強い責任を感じていただろう。それは、君にも伝わっている、そうだろう?」 

「……あぁ。復讐でさえも受け入れようとしていた。エレメントを介して、あいつらの主張も聞いた。正直言って、気持ちはすごくわかったんだ。俺だって同じ立場だったら、何が何でも復讐を果たそうとしただろう。悪いのは、エレメントだったのだから」

 その言葉を、場にいた全員が重く受け止めたのか、押し黙ってしまった。彼らにも、地上人が嘗て理不尽に扱われ、そして今大きな脅威になってしまっていることが、どこかで自分たちのせいでもあるのだと、わかっている様子ではある。戦いではなく、お互いに言葉で歩み寄ることが、この100年の間でできはしなかったのだろうか。本当に、彼らの命を奪ってまで、止めなければならないのだろうか。その資格は、権利はあるのだろうか。

「奴はーローレンは間違いなく、ウルトラマンへの進化を求めている。そうすれば、永遠の命が手に入るからだ。……でも、復讐を完了させ、永遠の人生を歩んだところで、そこには何もないんだ。あいつがそれを一番にわかっているはず、それなのに、攻撃をやめてはくれない。それだけ、恨まれてるってことだな」

 イクタは苦笑しながら続ける。

「……俺も、あいつらの復讐を受け入れるよ。全力で応えてみせる。お互い、本気で拳で語り合うんだ。同じ能力者、分かり合えることだってできるかもしれない。もちろん、脅威となれば躊躇なく殺傷もする。だが、それらを果たすためには、奴をも超える力が必要だよな」

「……その通り。決心はついたかね?」

 Dr.デオスが、このセリフを待っていたと言わんばかりに、食い気味に乗り出してきた。

「俺はエレメントの遺志を、そして奴が守りたいと願ったこの地下世界を、引き継がなければならない。いや、継げるのは俺だけ、そうだろう?……なってやるよ、ウルトラマンにな!」

「エクセレント!では本部長、イクタ隊員を実験室へ、連れて行きます。フレロビも呼んでください」

「わかった。あまり時間もない。早急に、頼むぞ」

「もちろんです。……科学者としての血が騒ぐねぇ。まさか、我が手でウルトラマンを生み出せる日がくるなんて……!この時を待っていたよぉ…!」

 ねっとりとした声質で、君悪くそう叫ぶ。

「…あんた、それだと悪の科学者みたいだ。IRISの人間にはふさわしくない声だな」

 イクタは呆れたようにため息をついた。正直にいえば、不安ではあるし、緊張もする。失敗したら自分が死ぬどころか、フレロビも、そしてこの世界も終わるのだ。本部長やデオスはあまりそのリスクを考えていなさそうで、そのことからも、現代の技術ならばかなりの確率で成功してくれるのだろうが、それでも100%はあり得ない。

 とはいえ、今からうじうじ考えていても仕方がない。やると決めたのだ。あとは幸運を祈り、成功を待つ、そしてローレンと再び向かい合うのみ。心を奮い立たせながら、彼らは実験室へと歩いて行った。

 

 

 

 雲ひとつない青空の下、多くの円盤型の航空機が、母艦であろうたくさんの巨大宇宙船の周囲を縦横無尽に飛び交っていた。何かを探しているようだ。

「リディオの廃棄物はまだ見つからないのか!」

 その指揮をとるウッズ大佐はかなり苛立っていた。捜索開始から実に2日も経過している。時間をかけすぎると、大統領になんと怒鳴られるかもわからない。急ぎたかった。

「申し訳ございません!しかし、地球も広いもので…ちょこまかと空間移動されているとしたら、行方の掴みようがー」

「言い訳など聞きたくないのだ!マフレーズ!!貴様はどうだ!?見つけたか!?」

 赤きウルトラマン、マフレーズも導入されていたらしく、無線で彼へと怒声を送る。

『行方は不明。しかし、エネルギーの使用痕跡を発見。ここから空間移動している』

「何!?」

 大佐の乗っている旗艦の司令部のモニターに、マフレーズから映像が送られてきた。

「ここから空間移動した痕跡、か。そんなものまでわかるのか。あいつらも逃げ疲れているはず。一度の移動では、そう遠くへは行けないだろう。引き続き、近くを当たれ!」

「了解!」

 円盤たちは慌てて、多方向へと拡散して行った。

「ったく、虫けらのくせに、小賢しいことを」

「そうだな。虫けらは、虫けららしくあるべきだ」

「本当だぜ、まったく……って貴様!上官である私に向かいその言動はな……!?」

 タメ口で同調してきた者を怒鳴りつけようと振り向いたが、そこにいたのは部下ではなかった。代わりに、漆黒のローブに身を包んだ、銀髪の青年がいたのだ。

「喜ぶがいい。探し物自ら現れてくれたんだからな」

「な、なぜ我が船の中に…!?だ、大統領へ!きんきゅ……グフッ!!」

 無線へと声を入れようとした瞬間、大佐は腹にエネルギー弾を諸に受け、思い切り吹き飛ばされた。その身体は窓ガラスへと一直線に向かい、蜘蛛の巣状の亀裂を入れる。

「た、大佐!己!!」

 その空間にいた乗組員たちが、一斉に銃口を向け、レーザー光線の嵐をお見舞いするが、全てを回避されてしまう。

「大人しく眠っていろ!」

 大佐に命中させた大きな光の塊を、今度は線状に細かく切り分け、それらを包囲する敵どもへと撃ち放った。全てが彼らの眉間をピンポイントに捉えたため、一瞬にして静寂が訪れる。

「キュリ!!やれ!!」

 そしてそう叫ぶ。

「おっけー!!」

 彼の背後から飛び出したキュリは、ローレンの叫びを合図に、両手を広げた。

「楽しい怪獣バトルショーの始まりだよ!」

 なんと、円盤型の航空機を除く、全ての宇宙船内にゲートが開き、その中からローレンの操る怪獣が侵入し始めたのだ。虎視眈々と機会を伺い狙っていた、艦隊ごと一気に沈めるための強襲作戦だ。

「外には立派な武器が積んであるようだが、中はすっからかんだな。キュリ、脱出だ。7分後にこの船は落ちる」  

「ラジャー!行くぜっ!」

 艦隊が浮遊している場所よりも少し遠い場所へと避難した彼らは、そこから次第に火の手を上げ始めた船船を見つめる。

「呆気ないなぁ!楽勝じゃん!とっととマフレーズもぶっ潰そうぜ!」

 この間までは弱気だったというのに、少しうまく行くだけで調子に乗ってしまう、彼女の性格は相変わらずだ。

「まだだ。まずは敵の戦力を削るのみ。それに、この一帯には怪獣が少ない。奴らはこれで、本気で俺らを殺しにかかってくる。怪獣の多く生息する地域へと、奴らを誘い出し、そこでマフレーズも消去する。俺に従え」

「……つまんねーな。まぁいいや、了解」

 こうして、彼らの奇襲は物の見事に成功する形となった。拍子抜けするほど簡単ではあったが、それだけ優位に立ち回りながらでもなければ、火星軍は倒せない。ローレンはそうも踏んでいたのだ。

 だが先を見通す彼でさえ、敵を誘い込むためにむかっている、その場所が、地球有史史上最大規模の戦闘の舞台になることまでは、予知しきれていなかったのである。

 

 

                                            続く

 


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