第32話「変身」
「うーむ、目が覚めたばかりだというのに、こうなるとはねぇ」
本部の科学班実験室へと召喚されたフレロビは、些か不満気な表情を浮かべていた。まぁ、無理もないだろう。当然の反応と言える。
「ご理解とご協力を願いたいところだがね」
デオスは、感情の篭っていない声で静かに言った。
「そもそも、それ目的で僕がいることは、理解しているよ。でもねぇ…この間少し異人化の極意を叩き込んでやったとはいえ、まだ僕がウルトラマンになった方が強くなるんじゃない?彼ではまだ不安だよ。せっかく力を与えても、勝てそうにない」
フレロビは多少の冗談を交えてはいるのではあるだろうが、そうイクタを酷評していた。しかし言っていることはもっともで、今の単純な実力は彼の方が上であろう。
「余計な心配は無用。あんたの力だって、無駄にはしない。そこは、信じて欲しい」
そういうイクタ自身も、まだ不安を抱えていた。それでも、力強く言い放つ。
「……まぁ、どのみち僕に拒否権はないんだ。嫌でも、信じるしかないよね」
「お話はその辺で終えてくれ。いつ何時、またローレンが攻め込んでくるのか、わからない状況下なんだ。とっとと始めよう」
デオスは、彼らが話をしている間にも一人淡々と準備を進めていたらしく、あらゆる装置が既に稼動状態に入っており、あとはイクタとフレロビの同意を得て、実行するのみの段階まで移っていたのだ。
「さて、心の準備は良いかな?本部長、ご指示をくだされば、いつでもやれますよ」
ガラス張りの実験室を、外から見つめる本部長へと、そう言った。
「うむ。では始めてくれ」
「了解。イクタくんはそっちに、フレロビはあっちに入ってくれ」
人が一人すっぽりとしまえるサイズの、二つの中型カプセルを指差しながら、彼らに配置につくように指示を出す。
「エレメントミキサーが残っていれば、もっと簡単にやれはしたのだが、どのみちイクタの体内には奴のゲノムデータ、そしてエネルギーも蓄積されてる。問題はない」
ブツブツと呟きながら、彼らが位置についたことを確認すると、スタートのためのスイッチを押すため、指先に力を込める。
「幸運を祈るよ、イクタ。次に会うときは、もう君は人間ではなくなっていて欲しいね」
ついに進化への装置が稼働し始めた。室内が、まるで目の前に太陽があるのか、と言わんばかりに眩く照らし出される。
「……」
本部長、デオス含める首脳陣たちは皆、その様子を固唾をのんで見守っていた。
物陰に身を隠しながら、ローレンとキュリは足早に目的地を目指し走っている。彼らの後方には、無数の円盤型航空機が見て取れる。どうやら、追跡されているようだ。
「おいおい!これ、辿り着く前に追いつかれるぞ!手っ取り早く、私の能力でー」
「ウルトラマンが絡み、俺でも予測不可能の激しい戦いになる。温存しておきたいが…」
確かに、空間移動アビリティなしで振り切るのは難しいだろう。しかし、不用意なアビリティの多用が、後々響いても困るわけだ。判断の困難な場面となってしまっている。
「さて、どうすればいいものか」
円盤型戦闘機のさらに後方には、黒煙をもくもくと上げながらも、撃沈までには至らなかった巨大宇宙船も何隻か付いてきている。先の奇襲攻撃でかなりの数を減らしたといえども、このままでは厳しい戦いになるだろう。だからこそ、怪獣という戦力の多く生息する場所にまで、一刻も早く辿り着き、返り討ちにできるだけの戦力を整えたいところなのだが。
「……キュリ、ここに残り時間を稼げ。俺が先に行き、怪獣を整理する。どうせアビリティを使うのなら、もっと有効に使う」
不用意な多用は避けたい。だが、必要であれば、惜しむことなどない。そう考えているようだ。
「わ、私がか!?」
「不服か?」
鋭い眼光でキュリを睨む。この圧のまえでは、反発など無理だろう。
「……い、いやいいけど、正直自信ないぞ……」
流石に単身で火星軍勢相手に時間稼ぎとはいえ立ち向かう、というのは難題か。
「大したことをする必要はない。だが、手は抜くな。すぐに突破されては意味がない」
「わ、わかったよ、稼げるだけ稼いでやるよ!」
キュリはその身を翻し、ローレンとは逆方向へと走り出した。こうなれば、やれるだけやるしかない。
「クソ野郎どもめ!この私が相手だ!」
着々とこちらへと迫ってきている飛行物体群に目掛けて、彼女はジャンプし空中へと躍り出た。
「敵の一人が向かってきます。交戦する気配ですね」
その様子を肉眼で捉えた、宇宙船の船員が報告をあげる。
「たった一人とはな。だが油断するな、先ほど、そのたった、の人数相手に決して小さくはない被害を受けたばかりだ。全力で潰せ。全艦、攻撃用意」
今回の指揮をとるのは、他でもない大統領のようだ。ウッズ大佐は、ローレンの攻撃を受け治療中のため、旗艦司令部には不在らしい。とはいえ、大統領も直接この戦場の前線にいるわけではないので、多少指揮に支障をきたす恐れはあるかもしれないが。
「艦砲射撃、開始!」
一斉に、あらゆる艦上砲からレーザー光線が放たれ始める。こんなものを人型サイズの生き物が喰らおうとなれば、ひとたまりもなかろう。
だが、キュリは違った。
「はっ!」
自身の目の前の空間を操作し、迫り来るレーザーを他空間へと飛ばし、躱していく。そして飛ばされた飛び道具の出口は、敵艦隊の後方だった。
「自分たちの攻撃で沈みな!」
すでに彼女の顔には勝利を確信した、という表情が浮かんでいた。
「マフレーズの時と同じ手段か。そう何度も、通用すると思うなよ?」
だが艦隊は、一つ一つがバリアーのようなものを出現させ、レーザーを弾いた。
「何!?」
「さて、それしか攻撃の能のないゴミだ。とっとと処分しろ」
彼女の身体の前に出現した空間の歪みだけでは、とても収納できないほどの数の砲撃が、一点集中で襲いかかってくる。
「……くそっ!こうなったら……!」
彼女は一瞬にして、全身を等身大のまま異人態への変身を果たした。強化された肉体では、少しの攻撃は避けずとも堪えることができるため、そのまま恐れることなく突っ込んでいく。
『おらあああああああ!!』
両手を振り回し、攻撃を弾きながら、着々と艦隊との距離を縮めてくるその姿を見て、彼らは少し焦ったのだろうか。さらに激しい砲撃を重ね始めた。
「…こいつ、死ぬ気か?とっとと撃ち落とせ!」
『でやああ!!』
突然、彼女はその姿勢のまま巨大化ー完全異人態へと変貌し、一隻に飛びかかり、体当たりでバリアーを破りながら、甲板へと着地した。
『私をナメるなよ!』
それでも尚飛びかかる砲弾をその身で受けてはいる。確実に、ダメージを被ってはいるのだが、怯まずに動き続ける。
『喰らえ!』
そのまま、飛び乗った船ごと空間移動し、他の船と衝突させるという、大胆な攻撃に出たのだ。大きな火花が散るとともに黒煙が上がり始め、ぶつかり合った二つの船は大きく傾く。
「うわっ!?」
何人かの搭乗員が、空中に放り出されてしまったのも確認できる。
「ちっ……小賢しい…。やむを得んな。マフレーズ、起動準備だ!」
大統領はそう怒鳴りつけた。
「奴ごときにマフレーズを、ですか!?それにここで彼を動かせば、我々艦隊も損害を…」
「うるさい!奴がこの攻撃手段を続ければ、旗艦だって無事じゃすまん!奴を潰しながら受ける損害と、何もできないまま受ける損害、お前はどちらをとるというのだ!?あ!?」
「も、申し訳ございません!!只今の失言のほど、お許しください!直ちに、起動させます!」
大統領の剣幕に押されるがまま、兵士たちは大慌てで準備に移る。
2分も経たないうちに、赤の巨人は目を覚ました。すでに4隻ほどから黒煙が立ち上がっている中、それは彼女の前に現れる。
『……私はウルトラマンマフレーズ。指示により、君を抹消する……手筈だったが、その必要はなさそうだな』
飛んで火に入る夏の虫は、必死に抵抗し暴れまわったのはいいものの、既に多くの攻撃をその身に受け、満身創痍の様子であった。身体中から、紫色の血のような液体が流れている。
『はぁ……はぁ……時間稼ぎでいいって命令だったのに…大したことしちまった結果、死にかけてるとはな…』
マフレーズへの被弾を避けるため、艦砲射撃は収まっていた。だが、もう戦うまでもないということは、誰の目にも明らかであろう。
『……大統領、虫の息の、私と戦うことすらできない雑魚を倒すという大人気ないことはできない。他の指示を待つ。この様子なら、もう暴れる心配はないと推測される』
「……私としたことが、少し焦りすぎたかな。貴様らのいう通り、確かにあやつを出すまでもない程度の敵だったか……。ふん、雑魚の分際で、醜く抗い、ここまでの損害を出させよって…!」
かなりイライラしている様子だった。誰もが無言になる。
「殺せ……と言いたいところだが、たった一人でも我らが軍とここまで戦えたことを讃え、生かしてやろう。あのローレンとかいう親玉との交渉材料に使わせてもらう。ここまでの人生を共にしてきた女なのだ。人質としての効果は申し分なかろう。ここは平和に、交渉でこの地球をいただくことにしようじゃないか」
しかし一転してニヤッと笑うと、そう指示を出した。これには、火星軍サイドも、意外だという反応をしている。
『…承知。では、一緒に来てもらおう。念のために言っておくが、拒否権はない』
『ローレン……。すまねえ、最後まで役に立てなかった……』
キュリは変身を解き、元の姿に戻ると、マフレーズの手の中に収められ、そのまま旗艦へと連行されて行った。
「……追っ手が止まった。それに、この後船の応急処置のために更に多くの時間、進行を止めるようだな。キュリ、上出来だ」
後方を振り向きながら、相棒の健闘を称賛するのはローレンだ。
「これまではお前のせいで何度か、危うい展開にもなりかけて来たが、今回ばかりは役に立ってくれた。それでいい」
褒めつつも、その顔には不敵な微笑みが浮かべられていた。側から見れば、ただの悪人顔である。
「俺が最後に勝つ。そのための布石は全て配置された。ここからが本番だな」
足だけを異人化させているため、彼の走る速度は乗用車並みのものへと達していた。このまま何もなければ、無事に目的地にたどり着き、狙い通りの戦略を取れるだろう。彼は既に、勝利を確信していた。
一瞬のうちに、これだけの光を浴びれば失明してしまうのではないのか。そう思わせるほどの閃光が収まった頃、科学班実験室は、元の姿を取り戻していた。巨大な人形生物が、出現したような、そんな様子は見受けられない。ただポツンと、あの二つのカプセル型の装置が置かれているままだ。
「……まさか、失敗したのか…?」
額から汗を滲ませ始めたのは、ルイーズ本部長だった。仮に失敗だとしたら、もう他に打つ手はない、という最悪の事態にもなるー無論、そうなることも想定のうちの、諸刃の剣である作戦ではあったがーが
「そ、そんなはずは……。私の操作に誤りはない……!ないんです!」
デオスも明らかに動揺していた。
「だが現に……!……いや、最悪、二人が無事なら及第点だ。もう仕方のないことだ。切り替えて、他の作戦を練り上げる他ない」
組織の長たる者、この切り替えの早さが重要なのだろう。心残りは当然あるだろうが、本部長は下に降り、彼らの安否を確認するため、カプセルをこじ開けた。
そこには、イクタは眠ったまま安置されていたものの、フレロビの姿はなかった。
「……フレロビが消えている……?デオス!イクタの体内細胞を検査しろ!今すぐだ!」
「は、はい!わかってます!」
そこにいたはずの人間が、身体ごと消えている。そしてイクタだけは残っている。これらが表すことは即ちー
「た、確かに、フレロビの細胞が、イクタの体内から検知できます!イクタも生きている!これは、成功なのでは!?」
デオスのテンションは急激に最高潮へと上昇し始めた。無理もない。
「しかし、ではなぜ変身できていない。ウルトラマンへの進化を果たしたものは、人間としての肉体を失うはずだが」
「それは今の段階ではなんとも。しかし言ってしまえば、その前例も、たった一つの進化例エレメントのものに過ぎないとも取れますよ。様々なパターンがあるという可能性も」
「……そうあってほしいがな。とにかくだ。科学班はイクタの状態を毎分おきに記録に残しながら観察を続けよ。目が覚め次第、私に連絡しろ。私は、このような結果に至った要因を調べてみる。どのみち、ウルトラマンになっているのなら成功に他ないが、君のいう、新たなパターンという仮説を定説化させることも、後世にとっては大事なことだからな」
「了解しました。こっちは任せてください。すぐに部下も集めて、総力かけてやりますよ」
「頼んだ」
ルイーズは秘書を連れ、自室へと小走りで戻っていく。もしかしたら、エレメントのデータを体内に取り込んでいる、なども、この現象の要因のうちに含まれるかもしれない。時間は限られて入るが、できる限りの分析は必要だ。急がなければならない。
「……俺は……どうなったんだ……?」
イクタが浮かんでいたのは、360度、全方位が黄色に輝く光の空間だった。まるで、エレメントと一体化していた時に、自身が存在していた場所にそっくりー要するに、進化を果たすことができた、ということだろうか。
『こうなって欲しくはなかったが、その時がきたか』
聞き覚えのある声だ。いや、そんなレベルじゃない。聞きなれた、いつもの声だった。
「……あんた、生きてたのか……!?」
周りを見渡しても、姿形は見えない。声だけが、聞こえてくる。
『生命体としての私は確かに消滅した。だが君の中に、私の遺伝データが存在している。それを通して、喋りかけているのだ。ウルトラマンに完全な死は存在しない。例え原子レベルに分解されようとも、こうして私の意識は存在し続けるわけだ。もっとも、私も最近、この身でその事実にたどり着いたばかりだがな』
「その聞いてもないことをベラベラ喋るおしゃべり気質。間違いなく、俺の知ってるエレメントだ」
『…相変わらずの言い様だな。薄々勘付いてはいたが、やはりIRISはハナから、私を土台とし、君をウルトラマンへと進化させる計画だったようだ。……彼らから、色々と話は聞いたことだろう。本来ならば、私がその計画は阻止させねばならなかった。もっというなら、私がローレンたちを打ち倒し、計画の必要性を無くさねばならなかった。結果として、こうして君は無事に進化を果たせたものの、ぽっくり死んでいた可能性だって当然存在してたわけだからな』
エレメントは、いつも通り、情けのない、力のない声で語った。かなりの責任を感じているのだろう。任務とはいえ、守らなければいけなかった存在に、結果として、命を落とすリスクを負わせながら、最前線に立つまでの力を与えることになってしまったのだから。
「……けど、何はともあれ、今日からは俺がウルトラマンだ。あんたなりに色々と考えてくれていたのかもしれない。けどもう、あんたは死んだ。もう、本部長との約束など守る必要はない。そこで黙って見ておくんだな。ここから、俺が大活躍する様をよ」
『……現に、私は文字通り意識として、しか存在していない。手を貸したくても、貸せないさ』
声しか聞こえないが、苦笑している表情が目に浮かぶ。そのようなトーンだった。
『だが、この事実はデメリットも生むだろう』
急に、その声質は引き締まった、重いものへと変化した。
「どういうことだ?」
『私が消滅した際、ローレンも、私の光の粒を微量だが浴びているはずだ。今はローレンの体内にも、私のエネルギーの一部が存在している可能性がある』
「……ややこしい話になりそうだ。簡潔に説明してくれ。その場合どうなる?」
『そうだな。要するに、君と同じように、体内に私の一部を宿している、この場合、浴びているにはなるが、そういうことで進化の難易度が下がる恐れがある。あくまで、可能性だがな。どの程度浴びたのかもわからないし』
「……なるほど。ただでさえ驚異的な強さなんだ。本当に進化なんかされたら、この俺ですらいよいよ勝算が立たなくなるしな。あのままなら勝てそうだけど」
『進化を果たしたことで、やけに自信を持ち始めた様子ではないか。君はそうでなくては。さて、地下の民たちは君の力を欲している。いつまでも、こんなところで寝ていてはいけない。私は、世界を、そして君を守るという使命を果たすことが、遂には叶わなかった。そのような立場の私が言えることは、一つしかない。君は、そうなってはならないんだ。知らない世界を、地上を見に行くんだろう?新たなるウルトラマンよ。今こそ、目覚めの時だ!』
エレメントの声が、空間中にエコーしながら響き渡り、それは徐々にフェードアウトしながら最後には消えた。
彼が次に目を覚ました時、目の前にはあの精神空間ではなく、数多の精密機械が並ぶIRIS本部科学班の部屋が広がっていた。
「……まて、イクタが目を覚ましたようだ。モニタリングは一旦中止せよ」
それに気がついたデオスが、部下にそう指示を出した後、イクタの元へと駆け寄った。
「気分はどうだイクタ隊員。いや、2代目ウルトラマンエレメント」
「おいおい、俺もその名前になるのかよ?もっとかっこいい名前がよかったがな」
「……相変わらずの喋り方だ。どうやら、脳への影響などは問題なさそうだが…。身体はどうだ?動かない箇所とか、ないかね?」
質問に答える代わりに、彼は手足を適当に動かして見せた。
「……目立った後遺症は無しか。ここまですんなり行くとは……。だが念を押したい。我々も君も、体験したことのない実験をした後なんだ。万が一、実戦で問題が生じる可能性もある。リハビリの時間を取りたいが」
「なら、そうしていいよ。俺は今すぐにでもローレンのやつをボッコボコにしてやりたいと思っているけどね」
「……より好戦的になったか……?吸収されたフレロビの性格も少しミックスされたのかな?まぁわからないことだらけだ……。ちょっと付いてこい。いい場所がある」
デオスはその身を翻し、施設の外へと歩き始めた。
「おい、本部長に連絡を入れておけ。第3実験室にお越しになられるよう、頼むぞ」
その途中、近くにいた部下に声をかけながら、歩みを進めて行く。
「生け捕りした怪獣を調べ尽くすための実験室がここだ。ここなら、ウルトラマンに変身しても大丈夫だ。多少は動き回れるだけの広さもある」
3分ほど歩きたどり着いたのは、第3実験室との表記のある、かなり広い空間だった。ウルトラマンと怪獣が格闘を繰り広げることもできそうなほど、である。
「とりあえず、ここで君の新しい力を見せてくれたまえ。それに、本当に変身できるかも怪しいしな。あまりに障害なくことが進みすぎだ。実は進化していませんでした、と言われても私は驚かない。むしろ、このまま変身できた方が驚くかな」
「……おっけー。……とはいっても、エレメントミキサーみたいな装置はないぞ。どうやったら、変身できるんだ?」
「……そんなこと私に聞かれても困る。エレメントが生きていれば、奴から聞き出せるが…」
「そっか。ならちょっと聞いてみるわ」
イクタは目を閉じ、先ほどの精神空間を目指すべく、神経を研ぎ澄ませていく。
「……え?あ、おい、何してるんだ……?」
突然始まった、奇行とも取れる行動を、引きつった顔で見つめるデオス。きっと初めて異国人を見た江戸時代の人々も、こんな顔をしていたのだろう。
「だいたいわかった。教えてもらったぜ。じゃ、今から変身すっから、ちゃんと見とけよ」
「お、おう……」
よく呑み込めていないデオスを、さらなる驚きが容赦無く襲いかかろうとしていた。
「はああああああ!!」
腰を低く構え、身体中に力を込めていく。異人化するときと同じ動作だが、以前と違い、イクタは怪人のような姿へと変貌することなく、代わりに眩い、真白き輝きを放ち始めた。
「…まさか……!本当に……!!」
『うおおおおおお!!』
光を放ちながら、彼はみるみると縦に大きくなり始め、高さ60メートル近い場所で成長は止まった。ウルトラマンエレメントよりも、さらに一回り大きく、身体には基調である赤と銀の加え、一本一本が丸みを帯びた曲線状の黄色のラインが走っている。これが、室内灯を金色に反射し輝くため、神々しさすら感じさせるのだ。
胸のランプの周囲には、ランプを中心に、真っ白のスイセンの花びらのような装飾も施されている。極めてシンプルで、スラッとしていた旧エレメントと比較すれば、新エレメントの方が色々な面において主張が強そうだ。
『……これが、俺……』
「驚いた!!素晴らしい!!この目で確かめてもまだピンとこないが、遂に私が!この手で!ウルトラマンを生み出したというのかぁぁぁ!!」
相変わらず、テンションの起伏の激しさで、この者に敵うものはいないだろう、と確信してしまうほどのキャラっぷりである。
「……おぉ……!!」
ようやくやってきた本部長も、感嘆のあまり言葉が詰まっているようだった。IRISが長期的に計画していたプロジェクトが、遂に完成を迎えた瞬間なのだから、当然ではある。
「……これが最後の……希望の翼!!イクタ隊員!やはり君は素晴らしい!!」
『どうも。じゃ、早速力を試してみるぜ。はっ!』
イクタは両掌を胸の前で輪っかを作るように組んだ。掌の間にできた空間に、光のエネルギーが出現し、片手で掴めるほどの大きさに成長させる。
『テヤッ!』
それを利き腕である左腕で掴み、投げつけた。着弾となった壁に大きな風穴を開け、その申し分ない威力を見せつける。
『まだまだ、いくぜ』
「お、おい……もういい。力はわかった。続ければ基地が壊れてしまう」
本部長が、慌ててノリノリで動き回るイクタを制止させた。やはりウルトラマンともなれば、一つ一つのスケールが違う。
『よっと』
イクタはそう呟きながら、身体を元の姿へと戻した。どうやら、人間態と変身態を自由自在に使い分けることも、できるようだ。
「……不可思議だ。ウルトラマンになったものは、人間としての身体を失うはずだが……どうなっている?なぜ、この負荷に耐えられるのだ?そしてさっき、君は瞑想のような仕草を数秒見せた後、知らないはずの変身方法も学習していた。これはどういうわけだ?」
従来の科学知識では説明のしようがない、おかしな現象が続いていることに耐えかねたデオスは、変身を解いたばかりのイクタに対し、矢継ぎに質問を浴びせる。
「……よくわからないが、一つだけ言える。俺の中で、まだ奴は……エレメントは生きていた。と言っても、姿形はなく、意識しか存在していなかったがな」
「中……だと?」
「あぁ。なんていうか、心の部屋、みたいなものだよ。といっても、どう表現していいかはわからん」
「非科学的な……。だがそもそも君たち能力者は我々にとってはまだ多くが不明のままの道の存在のようなものだ。私どもとは、そもそも身体の構造から違うのか?いやあり得ない。我々は同じ人類だ。そんなわけはない。……うーむ、納得がいかない。本部長、今しばらく、彼を調べる時間をいただきたいのですが」
「ダメだ。動けるとわかった以上、すぐに戦闘に備えさせる。研究は、戦争が終わってからでもできる。もっとも、我々が勝っていること前提にはなるが」
本部長はきっぱりと、デオスの申し出を断ち、携帯していた通信機を口に近づけた。
「大変長らく待たせた。たった今、反撃のための最終兵器が完成した。今こそ、逆襲の時だ!総員!直ちに戦闘準備!近日中に、地上に出向く!」
「け、決断のお早いこと……」
ため息交じりにそう呟き、渋々と引き下がるしかなかった。
「イクタ隊員!急で悪いが、行けるな?」
「……どうせ、はい、かイエスしかないんだろ?」
彼もまた、やれやれ、といった表情を浮かべていた。
「そういうことだ。すぐに準備しろ。地下の防衛は各支部の長の名の下に任せる。よって、ここからは君の直属の上司は私になる。私からのではない命令は無視しても構わん。いいな?」
「了解。……だが一つだけ頼みがある。使用するのは、TK-18支部の、俺の愛機でいいか?怪獣兵器もそこに搭載してあるし」
「いいだろう。むしろ、助かる。怪獣戦力も貴重だ。では、私からも頼み事だ。ウルトラマンとなった今、君にはレーダーとしても機能してもらう」
「レーダー?」
おおよそ、人としての役割とは思えない、予想外の指示に思わずそう聞き返すイクタ。
「そうだ。情けないことだが、現在の技術では、我々に地上の敵の位置を正確に把握することは不可能に等しい。……だが君はウルトラマンになった!なんというかこう……敵の気配を感じる、といった感覚のようなものはないのかね?」
「……よくわかんねぇよ。というか、そんな不確定要素に頼らなければ、敵の居場所すらわかんないんだろ?そんな状態で上に行っても犬死にするぞ?……それにあんたら急かし過ぎだ。俺はまだ、この力を手に入れて数分なんだぜ?」
「す、すまん……少々焦りすぎていたようだ……」
本部長は、彼の言葉を聞いてハッと我に返ったようだ。気持ちはわかるが、次の地上戦が運命を左右することになるのだ。そんな大一番を迎えるからこそ、より慎重に動かなければならない、ということを忘れかけていたのだろう。
急ぐこと、と焦ることは似て非なるもの。今の本部長は、後者の方だった。
「まぁ、そう慌てなくてもなんとかなる。かといってゆっくりしている暇もないから、慎重かつ迅速に準備しようぜ。焦りは危険だ」
「あぁ、そのようだ。……それに、ローレンはいくら今の君でも簡単に倒せる相手ではない。今一度、戦術を見直す必要もあるかもしれない。…3時間だ。3時間で全ての要領を決めるぞ。ついてこい」
本部長は、イクタを先導するように会議室への方向へと足を運び始めた。その間にも、通信機を使い、幹部たちに招集をかけ始めている。最後の戦いに備えた、最後の会議の準備が、急ピッチで進められ始めた。
「追い詰めたよ、旧地球文明の廃棄物くん。大人しく、投降したまえ」
大急ぎで応急処置を済ませ、全速でローレンを追ってきた火星軍の武装宇宙船が、彼を包囲するように浮かんでいた。だがここは同時に、ローレンが戦場に選んだ、目指していた目的地でもあったのだ。
「……追い詰められたのは、貴様らの方だ。飛んで火にいる夏の虫って言葉は知っているか?」
「強がりを……。おい、とっとと始末せよ!」
「はっ!」
大統領の命を受け、一斉に艦砲射撃が開始された。途轍もない火力だ。これでは、流石の彼でもまともに食らえばひとたまりもないだろう。
「所詮、マフレーズ頼りか、このド派手な大砲攻撃かの二択しかない、ただ数と大きさでビビらせてくるだけの無能艦隊。もう、この俺には通用しない」
神経を研ぎ澄ませ、全ての着弾予想地点を見切りながら、華麗にかわし続けていく。両腕は既に部分異人化されており、避けきれないものはこれで弾いている。
「くそったれ!これが未来予知能力の応用か…!これだけの数の船を揃え、人っ子一人殺すのに何を手こずっている!とっととやらんか!」
大統領の声が荒ぶり始めた。相当、鬱憤が溜まってきているのだろう。
だが、彼に攻撃を当てるはおろか、思いもよらぬ事態が発生した。何隻かの船が、エネルギー弾のようなものを被弾し、大きく揺れたのだ。
「な、なんだ!?」
「か、怪獣の生体反応です!し、しかも、かなりの数ですよ!」
「怪獣だと?ったく、んなもん烏合の衆だ。よし、では先にそいつらを蹴散らしー」
「いや、そんなものではない。こいつらは立派な、俺の軍だ」
ローレンの声だった。よく見れば、彼が攻撃をかわしながら、腕や指を動かす度に、怪獣による攻撃も揃って行われているような気さえするが…
「……ま、まさか……指揮をとっているのか!?奴が!?」
「馬鹿な!奴のアビリティは未来予測!こんなオプションはないはずです!」
あたふたとしている間にも、攻撃に参加する怪獣は続々と増え始めている。空と陸、互いに放たれる光線や光弾が、かつてない規模で交錯している。どんな暗闇でも、あっという間に真昼間のような明るさに照らし出す、それほどのレベルだ。
「ならばアップデートしていた方がいいだろう」
そのセリフとともに、3隻の船が同時に空中で爆風を引き起こしながら大破した。
「……言ったはずだ。地球の正当なる支配権は俺にある。今や地球上の生物の大半は怪獣となっている、とされているが、俺はこのように、その怪獣をも支配できる。この地球は誰のものなのか、もう明らかなはずだ。今すぐおうちに帰るか、ここで死ね」
「……クソ野郎が…!だが、いい気になれるのもここまでだ!おい!あの女を連れだせ!マフレーズ!」
『承知』
指示を受けたウルトラマンマフレーズが、旗艦より飛び立ち、ローレンと怪獣たちの前に降り立った。その腕の中には、見慣れた紫色のショートヘアの少女が抱かれていた。それを見て、彼は一旦、攻撃を取りやめた。
『私たちは君を見くびっていた。謝罪する。だが、これ以上抵抗を続けるのなら、この女の命はない。これは最後の警告。直ちに怪獣を解散させ、投降せよ。今ここで引き下がるのなら、欲しがっている地球の支配権とやらの一部をも譲渡する』
「ロ、ローレンだめだ……あたしなんかいいから、あんたはあんたの目的を…」
流石にアビリティ保持者。ある程度は回復も進んている様子だ。
「聞こえてなかったか?支配権は既に俺にある。話が噛み合わないようだが」
だがローレンは、マフレーズの呼びかけも、彼女のそれも、両方に聞く耳を持たなかった。
『……ならば何を望む。この人質の解放か?』
「……そうだな。キュリの力が、必要だ」
「……ロー……レン…」
彼女の瞳が、一瞬輝いたかのように見えた。彼自身の目的か、それとも私か。天秤にかけた上に、自分を選んでくれたことが嬉しかったのかもしれない。
彼は一体の怪獣の頭上に飛び乗り、その個体をマフレーズの方へとゆっくり前進させる。
『それ以上動くと、この取引を無視したものとして扱う。女がどうなってもいいのか?』
その言葉に、怪獣の歩みがピタリと止まった。
「……ふん、一見冷徹風な男でも、女を盾にすればこんなものか。随分と遊ばれたな。報復だ。おい、この隙に殺せ」
大統領はこの様子を眺めながら、小声で指示を出した。
『……では、返してもらおう。キュリを……いや、空間操作のアビリティをな!!』
だがローレンは、一瞬生まれた火星側のーマフレーズの隙を逃さず、瞬時に完全異人化を果たし、鋭く変貌したかぎ爪で、キュリごと、マフレーズの腕を突き刺した。ある程度接近していたため、巨大化することで一瞬にして、そのリーチにまで間合いを詰める事に成功していたのである。
「ロー……レン……?」
『な、何!?女ごとだと!?』
今まで機械的だったマフレーズの表情と声質が、初めて人間味を帯びた瞬間でもあった。
「馬鹿な!?」
大統領も、思わず飛び上がった。人質の盾を、強行突破してくるなど斜め上にもほどがある。
『わからないのか?今更、役目を終えた瀕死の、戦闘向きではないタイプを引き取ってどうする?ただの足手まといだ。今俺が欲しいのは、こいつのアビリティだけだ』
すぐに爪をマフレーズの腕から抜き取り、数百メートルの間合いを取った。その爪には、まだキュリの身体が突き刺さっている。
『これで……全ての条件は揃った……!ここまで長かったぞ……!遂に手に入る!永遠の命と、究極の力!!これも全て、貴様らに復讐を果たし、この手で地球を再興するため!求め続けていた力なのだぁぁぁ!!ふははははははは!!』
まるで人が変わったかのように高笑いをするローレン。その姿は、まるで悪魔だった。彼の爪の先で、彼女は一体何が起こったのかわからない、という表情で眠りについていた。思えば、最期の瞬間まで、よく理解できていない物事が多いままだっただろう。
『さて、キュリ、ここまでよくやってくれた。そして死しても尚、この俺の力となり、共にこれからの未来を見ることができることを、誇りに思っておけ』
彼女の身体は光となり、彼の中へと取り込まれて行った。そして次の瞬間、今度は彼が発光体となり、光の繭を生み出し、周囲を眩く照らし出す。
『……ウルトラマンアノイド……!!これが、地球を導く真のウルトラマンだ!!』
繭の中で進化を遂げ終え、再び公然の前に現れたのは、基調である銀色を相反するような、黒と紫が強調されたラインが輝き、全体的に筋肉質で、身体の端という端が鋭利に尖るその姿は、禍々しくも圧倒的なオーラを放っていた。
『アノイド……。データ測定不能、少なくとも、先ほどの彼とはまるで違う。大統領、戦闘開始の指示を待つ』
「……新たなウルトラマンだと……!しかも、自力で進化しよった…。くそっ!こうも予想外のことばかり…!マフレーズ!!叩き潰せ!何が真のウルトラマンだ!見せつけてやれ!格の違いってやつを!!」
『……承知』
『早速手合わせ願おうじゃないか、火星のウルトラマン。もっとも、俺が勝つという未来は確定事項だ』
イクタ等IRISの参戦を待つ前に、彼らの知らないところで、地球史上初の、ウルトラマン対ウルトラマンの戦いの幕が開けた。
続く