ウルトラマンエレメント   作:ネフタリウム光線

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 真実を知らされ、そして究極進化をも果たしたイクタ。決戦に備えるため、愛機が安置してあるTK-18支部に一度帰還し、そこで再開したフクハラ支部長と共に、彼はIRISのこれまでの歩みを振り返っていく。
 
 
 第1話からの経緯をざっくりとだがおさらいする今回。まだこの作品を読んだことがない方でも、この回を機に、ぜひ興味を持っていただければ幸いです。


第33話「経緯」

第33話「経緯」

 

『はっ!!』

『そらぁ!』

 赤と紫、2体の巨人の拳がぶつかり合い、ズンッという重い音が響いた。

『……今更ウルトラマンになろうと、このマフレーズには届きやしない。フォボスモード移行』 

 赤と灰色の配色へと変化した火星のウルトラマン。

『ロッシュインパクト』

 ターゲットを自分の方へと、音速に近い速度で引き寄せ、渾身の拳をお見舞いする技だ。マフレーズは紅蓮のオーラを右腕へと集中させ「インパクト」の瞬間を待つ。

『……テヤッ!』

 しかしローレンーウルトラマンアノイドーは、引き寄せられ、パンチを浴びせられるその寸前に、姿を消した。真っ赤に燃え上がるマフレーズの腕は、大きく空振りしたことになる。

『……俺に同じ技は2度も通用しない』

 次の瞬間、マフレーズは背後に現れたアノイドによって、隙だらけの背中に、勢いのついた蹴りを入れられ、吹き飛ばされた。しかし空中でどうにか態勢を立て直し、足から地面に着地し、踏ん張りきった。

『空間操作のアビリティを……厄介な能力。未来予知と併用することができる今、脅威…』 

『これがキュリの力か。俺が使えば、戦闘にこれほど向いているアビリティは他にない、大きな力となる。要は、使用者の力量次第だ』

『しかし、君がそこまで卑劣で冷徹な者だったとは、予想外だった。知っていれば、人質作戦など取らなかった。己の目的のために、共に歩んできた仲間をも躊躇なく殺す。外道め』

『外道か。まぁそれでいい。ただ、貴様等だけには言われたくはないな!』

 空間移動を使い、瞬時に再び間合いを詰め、先端で鋭い爪が光る右腕を繰り出すアノイド。

『くっ……!』

 紙一重で爪による斬撃をかわし、後退するマフレーズ。今のところ、優勢なのは紫の巨人、アノイドであった。

『貴様等は、己の都合のためにただ地球を、そして俺等の先祖を見捨てただけだ。だが俺は、こうして仲間達と文字通りの一心同体となり、目的を果たそうとしている。明確な違いだ。どちらが真の外道か、火を見るより明らかだな』

 アノイドは更に、周囲にいた怪獣たちにも指示を出し、空中に浮かんでいる艦隊や、マフレーズへの攻撃させ始めた。

『……あの女はまだ死を望んではいなかった。覚悟を決めた、そんな表情ではなかったな。仲間殺しを正当化しようとする、君も大概だろう。復讐に溺れ、己の力を高めることしか頭にない、そのためなら仲間をも殺す。まさに悪魔。誰がそんな輩を支配者として崇める?悪魔はここで、お祓いさせてもらう。ダイモスモード移行』

 マフレーズは更にモードチェンジを行い、赤とオレンジの姿へと変身した。襲いかかる怪獣たちを、赤い炎を撒き散らしながら退けて行く。

『そうだな、だが一度この星を、その民を、生きものたちを、全てを捨てた貴様等よりは、この地球で生まれ育ち、怪獣と共に成長してきた、この俺の方が幾分かマシだ』

 空から降ってくる砲弾の嵐を、目視せずとも避け続けながらも、攻撃の手を緩めない。

『……なんと言おうと、勝つのは我々だ。マフレーズブラスト』

 赤の巨人の掌から、美しく輝く、赤色の光線が放たれた。

『……アクチノイドクラッシャー!!』

 対抗して、紫の巨人からも、その身体と同じ輝きを放つ光線が発射された。二つの光の筋が、ぶつかり合う。

 せめぎ合い、逃げ場を失った互いのエネルギーは、まっすぐに空へと上昇し始めた。全くの互角のようだ。

『……大統領。これは思いもよらぬ強さ。リミッターの解除の許可を待つ』

「命令を忘れたか?叩き潰せと言ったはずだ。何をしても、構わん」

『承知。超ダイモスモード移行』

 赤とオレンジのラインが、先ほどよりも輝きを増し、身体も筋肉量が増加したのか、少し大きく成長したようだ。こいつは、まだ強くなるというのだろうか。

『私は全知全能の存在、ウルトラマンマフレーズ。光栄に思え、私の本気を見せてやる』

 ここでの戦いは、まだ終わりそうにない。

 

 

 イクタは最後の作戦会議を終え、一度TK-18支部へと帰還していた。自らの愛機を持ち出すためだ。支部はというと、先の戦いでボロボロになっているため、大急ぎで復旧作業が進められている途中である。彼は最初に、支部長室へと赴くことにした。

「会議は終わったのか?それで、本部長のご意向は?」

 支部に残り、作業の指揮をとっていたフクハラ支部長は召集されていなかったため、話し合われたことを知らないのだ。

「基本的に俺を前線に立たせて、あとは兵器と怪獣で援護。大したことは決まってないさ。連携の確認とか、その程度。あとはもう、戦うしかないからね」

「それは、そうだな。……ところで、お前に見てもらいたいものがある」

「見てもらいたいもの?」

 そう聞き返すイクタをよそに、支部長は机に積んであった資料の山から、複数枚の紙を取り出し、彼へと手渡した。

「片付けをしているうちに、懐かしい資料が出てきたよ。これはお前が、初めてIRISにやってきたときの履歴書だ」

「……へぇ、こういうのって残しておくものなんだ。……確か、俺が16歳で大学で学び尽くしたところに目をつけられて、当時大学教授も兼ねていたトキエダさんにここに連れてこられたっけな。そのあと色々検査とかされたけど、あれも今思えば、全てIRISの策略のうちだったってわけか」

「まぁ、そうなるな。能力者として生み出したお前が、ちゃんと順当に育っているのか、IRISに入隊できる歳になったタイミングで、検査する必要があったというわけだ。無論、君は幼少期ですでに、この地下都市の生活水準を大きく向上させた功績を持っていた。大した心配はしていなかったがな」

「トキエダさんは、俺のこと知ってたの?」

「いいや、トキエダは当時所属していた本部でも、既に部隊の隊長クラスの隊員ではあったが、首脳陣ではないのでな。流石に、知ってはいなかったさ。それに、当時本部の幹部以外でそのことを知っていたのは私だけだった。君を育てる街として選ばれたこの地区の長だから、というわけでな」

「それで、エレメントのこともある程度は知っていたわけだ」

 支部長は昔から、長の名がつくにしてはどうにもメンタルに弱い部分があった(今となっては、かなり頼もしくなったが)。エレメントが初めて現れたあの日も、怪獣レジオンによって蹂躙されるこの都市の惨状に、倒れてしまったほど。だが、その後現れたエレメントに対しては、さほど驚いていた様子は見せていなかった。怪獣で卒倒するのだから、それほどまでに驚愕しても不思議ではなかったのだが。つまり、エレメントの存在を知っていたからこそ、だったのだろう。

「まぁな。本当に実物を見たときはびっくりこそしたが、味方だということはわかっていたからな。レジオンの時と違って、まだ落ち着いてはいた。……奴が現れてもう半年以上か。その間で、この地下はこれまでの150年間以上に歴史が動いたと言っても過言ではなさそうだな」

「あぁ。飛んだ災難にも見舞われまくったし、多くの仲間が散った。リュウザキだって、トキエダさんだって」

「うむ、犠牲も大きすぎた……」

 二人は、最初の戦いを思い出していた。

 

 

「落ち着けイクタ!いくらお前でも無茶だ!」 

 二人乗りの機体の中で、まだ若い、男性隊員の声が響く。いかにも体育会系という顔と体つきなので、放たれる声にも迫力がある。この隊員の名を覚えている方は少ないだろう、イクタと同い年で、唯一心置き無く話せる同世代、リュウザキ隊員だった。

「俺の腕を疑うのか!?」

「そうじゃない!だがあの光線を見ただろ!お前がここで死んだら、それこそこの支部は終わりだ!頭を冷やせ!」

 イクタとリュウザキは、地下に突如現れた、明らかに人類への敵意を持ち行動する大型怪獣、レジオンと対峙していた。だがその力の前に、最高クラスの科学力を誇るTK-18支部の隊員ですら、苦戦していたのだ。

 街を踏み潰しながら、同時に放射線までを撒き散らす恐ろしい怪獣レジオンの前に、彼らは焦りからか、このような口論をしていたのである。

「気を散らすなイクタ!放射能を撒き散らしていることがわかった以上、1秒でも早く撃破するか追い返すかの二択しかない!地下まで汚染されちまったら、人類は絶滅だぞ!」

「…なら、やはり正面から特攻するしかない。リュウザキ、俺に命を預けてくれ」

 とはいえ、こんな状況で仲間割れしている余裕などないのだ。とにかく今は、目の前の敵を叩くほかない。

 だが、レジオンを吹き飛ばさんと発射したミサイルは、命中の寸前に突如姿を消し、届くことはなかったのだ。これは、後にレジオンのバックに黒幕ー地上人達ーがいたことや、そのメンバーである、空間操作のアビリティを持つキュリの力により、ミサイルが他の空間へと瞬時に飛ばされたのだということがわかっている。

「な、なんで…ミサイルは…?」

 挙動不審に声をあげるイクタ。発射したはずのミサイルは、どこかに消えていた。

「……はっ、ハハハハハハハ!どうなってるんだよこれ!なぁリュウザキ!人生って、こんなにあっさり終わるもんなのかよ!」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞ!テメェ、俺の命を預かっただろ!ならその責任は果たせ!」

 リュウザキはそう叫びながら、必死にエンジンを蒸して脱出を試みている。機内の放射能メーターは毎秒ごとに上昇しており、機内の濃度は既に基準値を超えていた。

 イクタ達の乗った機体は、そのまま隙を突かれ、レジオンの光線をもろに受けてしまった。こうしてリュウザキ隊員は殉職してしまったのである。

 その中で、イクタだけが生還を果たした。これもまた、突然として現れた謎の存在、エレメントが彼のみを保護したからである。

「…そんな…。命を預けろと言った俺が生き残って、俺に命を預けてくれたリュウザキは死んだってのかよ…」

イクタは嘆いた。

『悔やんでいる時間はない。私と一体化…ケミストして戦うのだ。あの怪獣、レジオンとな』

エレメントはそう言った。友を失ったばかりの人間にかける言葉としては、あまりにも淡白ではある。

『悔やんでいる時間はないだと…?ふざけるな…。何故あの状況から俺を救い出すことはできて、リュウザキは見殺しにした!?答えろ!!』

彼は叫ぶように怒鳴った。

『…申し訳ない…』

エレメントは黙り込んでしまった。

「…いや、俺も悪かったよ……。あいつの死は俺の責任であって、あんたの責任じゃない…」

彼もまた黙り込んでしまった。静寂が訪れる。

『イクタ、私と共に戦うのだ。このままでは、さらなる犠牲者を生みかねない』

 それはその通りだった。しかし、彼はまだ、戦えるような心境ではない。

「…あんた一人でにしてくれ。今はそんな気分じゃない」

『それは不可能だ。私の体は、君を怪獣の攻撃から守る時にそのほとんどが吹き飛んでしまっている。君と一体化しなければ、体を生成することすらままならないのだ』

イクタは目を丸くした。

「…なんであんたは、そこまでして俺を守った?」

『言ったはずだ。とある人物に頼まれたのだとな』

「…わかったよ。リュウザキを殺したのは俺でもあるし、あの怪獣でもある。とりあえずあの野郎をぶっ殺す。で、どうすればいい?」

『これを託そう』

イクタの目の前に、大きな円盤型のスピナーが目立つ、腕輪のようなものが現れた。

『エレメントミキサーだ。私の本体は、今はこの中にある』

その言葉の通り、声は今までのように遠くからではなく、エレメントミキサーから聞こえてきた。『この空間の中は時間が流れていない。状況はあれからあまり変わってはいない。今からでも遅くはない。イクタ、変身だ』

「何かと都合いいな、あんた。…まぁいいや。ケミスト!エレメントーー‼︎」

ミキサーのスピナーが大回転。光の空間は急激に縮小し、イクタの体に纏わり付いた。その後、強烈な光が生じ、その光の中から現れたのは、みるみる巨大化していくエレメントの本当の姿だったー

 

 

 その瞬間から、今もなお続く長い戦いが始まった。

 初陣の相手は、IRISに大打撃を与えた恐るべき怪獣、レジオンだった。強力な科学兵器が自慢のTK-18支部をも蹂躙した難敵すら、エレメントの力の前には敵うことなく、特に苦戦もせずに葬り去ることだできた。その上、この光の巨人には、放射能を除去できる能力まで備わっていたのだ。もしかしたら、この力を有効活用できれば、人類は再び、地上に返り咲くことができるかもしれない。甚大な被害が出た絶望の淵から、希望の光が僅かではあるが、垣間見えたのだった。 

 だが、当然ではあるが、事はそう単純なわけはない。

「ふぅむ。レジオンが敗れるとは…。エレメント、思いの外強いな」

「いや、それよりも地下人類の科学力に驚かされたぜ。あたしがあのミサイルを処理しなかったら、人間だけにレジオンを殺されるところだったぞ」

「まぁ、当初の目的は成功しましたな。あわよくばレジオンだけで最終目標まで達せれば…とも思っていましたが、そう甘くはなかったですね」

「それは甘く考えすぎだ、ダーム。だがお前の言う通り、敵の戦力、対応力、そして地下への怪獣運搬方法。全ての把握に成功した。それだけで収穫は大きい」

 こう話し合っていたのは、全身を黒いローブに包んだ怪しげな集団だった。集団、と言っても4人しかいないのではあるが。

 そう、レジオンはただ偶然現れた野生の怪獣ではなく、彼らが仕向けた刺客であったのだ。リーダー格の少年ローレンと、彼にべったりとくっついている少女、キュリは、イクタと年齢も大差はないであろう。さらに、この二人は彼と同じ、リディオ・アクティブ・ヒューマンなのだ。

 未来が読めるローレンと、空間を自由に操作できるキュリ。この二人を軸に、黒ローブが怪獣を駆使し、地下世界へと襲いかかり始めたのである。

 

 

「出たなエレメント。死んでもらうぞ!」

「こいつは俺の自慢の怪獣なんだ。エレメントとの戦いを見るのも、また燃えるぜ。是非とも早く変身して、熱い戦いを見せてくれよ!」

 最初にIRISの前に姿を現したメンバーが、この暑苦しい男、ラザホーだった。黒ローブ最大の武器、怪獣兵器を生み出すことのできる、当時唯一のアビリティを所持しており、IRISを苦しませ続けた。

 最も好戦的で負けず嫌いという性格で、何度破れても、そしてローレンにお前は負ける、とはっきり忠告されながらも、その命が尽きる瞬間まで、エレメントの前に立ち塞がり続けたタフな敵でもあり、どこか憎みきれない部分も併せ持っていた。

『異人ラザホー。これが俺の…いや、俺たちの真の姿だ。そうだろう?リディオ・アクティブ・ヒューマン、イクタ・トシツキ…』

 同時に、初めて能力者の変身態である「異人」の力を見せしめた存在でもある。恐るべき身体能力を発揮し、一時的ではあるが、ネイチャーモードへと強化変身を果たしていたエレメントとも互角に渡り合えていたのだから、イクタも驚きを隠せてはいなかった。この「異人」の力が、中盤以降の物語において重要となっていく。

 

 

 ラザホーに少し遅れて登場したのが、空間操作という便利すぎるアビリティを持ち、登場時からいまに至るまで、何度もイクタたちの頭を抱えさせてきた難敵、キュリだ。

 しばしば怪獣や、他のメンバーを連れてやってくるため、彼女の登場は大規模な戦闘の開始も意味しており、初侵攻時にレジオンを運搬したのも彼女のアビリティであった。さらに、イクタ、リュウザキ両隊員が捨て身ながらに放ったミサイルも、能力で別空間へとワープさせ回避させるなど、非常に厄介な支援能力にもなりうる。

 加えて、本部に強行侵入し、多くの人命と情報を奪い去ることによって大打撃を与えたこともある。頭は良くなく、感情のままに行動することから、ローレンの思い描いてた通りに進まなくなることもよくあったが、それでも彼に対して大きく貢献していた。

 だが皮肉なことに、現状が最大の貢献であるのだから、最も切ない人生を歩んだ人物かもしれない。

 

 

 怪獣を操る爺さん、ダームも手強かった。怪獣を、もっというなら生物を細胞レベルで制御できるらしく、自分の支配下に置くことも、傷を瞬時に治療することもできていた。ラザホーが怪獣兵器を生み出し、ダームが操る。二人がいれば、どんな怪獣でも武器になることから、ローレンにも重宝されており、彼の世話役のようなポジションでもあった様子である。

 ベテラン故、どんな状況でも慌てることがなかったため、他の3人にはない異様な不気味さもイクタは感じ取っていた。ラザホーの死後はよくキュリと組んでおり、彼女のお目付役のような役割を果たしている場面も多かったが、やはり怪獣のように容易に制御することは難しかったのか、ローレンと同じように、何度か計画を狂わされている。

 

 

 今や、野望の一つであったウルトラマンへの進化を果たし、もう一つにして最大の目的、復讐へと執念を燃やしているのがリーダー格のローレン。序盤から中盤までは敵味方を問わず、何度も予知した未来を覆され続ける失態を冒していたが、自ら戦場に赴いた際には、初対決のエレメントをほとんど苦労なく倒すなど、満を持して現れたリーダーとしての威厳を見せつけた。

 地上との開戦前に現れた最後の能力者、フレロビに伝授された異人の力の制御や、エレメントの新たなる力、エレメントグニールを持ってしても互角に渡り合うことすらできない、驚異の敵の前に、あのイクタが一時期戦意を喪失していたほどの力の差があったのである。

 

 

 さて、ここまでのIRISの戦いは、決して前述の地上人とのものだけではなかった。

 例えば、地下に住まう市民たちだ。もともと、地下の治安や平和を安定化し、市民の生活を守るために組織されたIRISだったが、地上勢との戦いの激化や、度々地下世界に現れる怪獣たちによる被害により、市民からその防衛力や方針などを批判されたことも少なくはない。その度に、関係者たちは頭を悩ましながら、どうにか説得を続けていた。

 地上の放射能汚染が、刻一刻と、地下世界目指して侵食しており、数十年後にはここまでも汚染されるという事実を公表していなかった、というのが、このような世論との戦いの要因の一つでもあった。それを民衆が見聞きしていれば、組織のやっていることへの理解も得られていたのかもしれない。無論、発表すればそれはそれで混乱を招くのだから難しいところでもある。

 地下に住まう三大怪獣も、侮れない強敵だった。しかし地下世界は150年前にエレメントが構築したものでもあり、そうすることで初めて生まれた空間に、そのような巨大生物がいつから住み着いていたのかは、現時点では謎のままだが、氷獣、炎獣、嵐獣という、各々がその肩書き通りの能力に特化した怪獣で、その力は地上勢が操る怪獣を超えた存在、覇獣に勝るとも劣らないほどであった。しかし三体ともイクタを中心に開発が進んでいた、IRIS製の怪獣兵器へと改良すため、生け捕りにされている。

 

 

「思い返せば、本当に色々な戦いがあったわけだ」

 静寂の中、イクタがそう切り出した。

「……あぁ。でもその戦いもいよいよ最後のステージに来たわけだ。勝つか負けるか、それがそのまま、明るい未来になるか、我々の滅亡かの二択となる」

 支部長は静かに、だが重たい口調でそう言った。確かにこの一言に尽きるのである。

「エレメントが消滅した以上、ウルトラマンの力を持つのはこの俺だ。俺に全てがかかっているってわけだな」

「こちら側の都合で、とてつもない重荷を背負わせてしまったことを悪いとは思っている。いや、重荷を背負わせるために、都合のいい存在を生み出したという方が適切だろう」

「そうみたいだね。大体の経緯は聞いたよ。しかし、聞けば聞くほどゲスな組織だなここは。組織として目指す最後の計画を、人工的に作った人間一人に託して、もし失敗しても責任逃れできるように仕組んであったとは。グリンっていう初代本部長の気が知れねぇよ」

「反論の余地もない……。だが、計画は決して思い通りに進んで来たわけじゃない。最初の予定では、事はもっと残酷なシチュエーションが予想されていたのだ」

「……どういうこと?」

「お前は、ただIRISのために尽くすだけの、いわば生物兵器のような存在になることが予想されていたんだ。だが、お前は年を重ねるたび、与えられたアビリティを駆使し、この世の真実をこの手で探り当てようという好奇心旺盛な青年になった」

 イクタが与えられたアビリティを使い、地下の科学力を発展させ、生活水準をあげること、強力な軍事兵器を開発すること、ここまでは組織の思惑通りであったらしい。しかし、誤算だったのは、次第に自分の好奇心で自ら今までに事例のない研究を始めたり、その過程やエレメントと出会うことで地下世界の隠していること、そして本当の地球の歴史という真実を知りたがるようになり始めたこと。

「そのおかげで、という表現はおかしいのだが、お前は自ら、エレメントと共に戦うようになり、そして力をつけ、異人の力も目覚めさせ、そして自分の意思でローレンとの決着をつけることを選んだ。意思のない人間を操作的に動かすのではなくなったことで、残酷性は少し薄れた」

「……最後のは結局拒否権がなかったってのもあるけどな…。俺はすぐに意見がコロコロ変わる市民ってのが大嫌いだが、無力なあいつらを守らなければならない、それも俺がIRISの人間である以上、大切な仕事だってことにも気づけた。だから守るために戦わなければならない、そうは思ったけど。けど、残酷なことに変わりはねぇよ……」

「……すまん」

「でもいいよ。残酷だとは言ったが変に誤解すんなよ?支部長の言う通り、俺は自分の意思で戦う。あんたらの計画のためじゃない。地上を取り戻して、本当の地球の姿ってもんをこの目で見る!そのために戦うんだ!……だから、そんな余計な謝意は捨てといてよ」

 イクタは支部長に背を向けると、愛機が保管してある格納庫へと歩き始めた。

「……TK-18支部の長として命令させてもらおう!」

 支部長の、大きな声が部屋の中で反響する。グッと拳を握りしめ、視線は下を向いていた。

「幸運を祈るぞ、イクタ隊員!お前に託した!これより、お前はこの地下の運命を、市民の命を預かった者となる!その責任の下に地上人を倒し、平和と地上を取り戻せ!」

「……了解」

 イクタは後ろを振り向くことなく、小走りに部屋を出て行った。

 

 

「ではイクタも戻って来たことで戦力は整った。これより、作戦を開始する」

 作戦遂行のため、イクタは指定された集合場所へと辿りついた。ここは、最初の地上遠征の作戦のスタート地点、すでに地上へのトンネルが存在している場所だ。そこには、集められた大量の戦闘機や戦闘隊員の姿があった。いよいよ、最後の戦いが始まるようだ。

「まずは、イクタ一人で地上に向かってもらう。究極進化を果たした今、彼は大きなエネルギーを感覚的に探知することができるはずだ。確証はないがな!」

「ほ、本部長!いきなり不確定要素ですか!?それでは、最悪この作戦は始まることすらないのでは…!?」

「まぁ慌てるな。仮にダメだとしても、敵の居場所について大方の検討はついた。つい、さっきにな」

 これは、イクタも今初めて知ったことであった。

「本当ですか!?」

「あぁ。地上には、先のTK-18支部の戦いの際、連れ去られた若き隊員たちが取り残されている。依然安否は不明だが、彼らの携帯している通信機の電波を、レーダーが捉えたのだ。捕虜を残し、そう遠くまではいかないだろう。運がよければ、そこにいるかもしれん」

「もしそこにいなくても、その距離にまで接近すれば、あれだけの力を持った敵なんだ。エネルギーを探知することは不可能じゃないだろう。それに、言うまでもないが、隊員たちが生存している場合は保護も必要だ。まぁ、あいつらのことだから生きているだろうから、保護する方針で準備を頼む」

 イクタが補足した。どこにいるかもわからなかった状況が一転して、どうにか敵の尻尾を掴みかけているという事実に、一気に士気が上昇し始めるのが見て取れた。

「先ほども言った通り、先にイクタに様子を見てもらう。エレメントと違い、彼の変身にはミキサーを用いないため、エネルギー制限というものがないため、時間は有効的に使えるからな。必要があれば邪魔な怪獣などを掃討し、我々が後に続きやすい状況をメイクしてもらうこともあるかもしれんが、いいな?」

「オッケー」

「そして次だ。他の隊員は、私の支持するタイミングで出撃。徹底して、イクタの援護に回ってもらおう。怪獣たちとの戦闘も当然予想される。心してかかれ!そして全員生きて帰って来てもらおうか!基地に生還するまでが任務だ!」

「了解!」

「戦場現地でのフォーメーションや連携は、その都度イクタに指示を仰げ。現場で適切な判断を下せるのは、この中では奴だけだ」

「し、しかし、彼はウルトラマンとして戦闘に参加するんですよね?それは無理があるのでは…どちらかに集中しないと……」

「俺の心配はいい。まぁ、一杯一杯の時は、指揮の方をあんたらに託す可能性もあるけどな。それに、本部長だってお飾りじゃないんだ。常に指揮を取れる状態にしておいてくれよ?」

「当然だ。……主な段取りは以上。シンプルだろう?この後に及んで、もう細かいことは気にする必要はない。ただ全力でかかり、敵を倒すのみだ!では作戦開始!イクタ隊員!出撃せよ!」 

「了解!さぁ、ここまでIRISがやって来たことの集大成を見せる時だ!」

 イクタは駆け足で機体に乗り込むと、思い切りエンジンを吹かせ、急発進した。

 

 

『馬鹿な……!』

 二体のウルトラマンによる激戦が繰り広げられている地上の戦場は、先ほどまでとは一転して、落ち着いて来たのか、少し物静かになっていた。

『……わかってくれただろうか?君では私には勝てない』

 どうやら、戦いは終息を迎えようとしているようだ。仁王立するマフレーズの前方で、ボロボロになり横たわっているアノイドーローレンーの姿がある。

『俺は……俺はウルトラマンになったはずだ!何故……!』

『確かに君は手強かった。私の動きを予知し、空間移動を使い熟し常に私の後ろを取り続けようと奮闘もした。怪獣を操る力も驚異的だ。現に、怪獣の攻撃によって旗艦以外の殆どが撃墜されてしまった。大きな痛手だ。新たに母星から援軍を要請しなければならない事態だ。ここまでやるとは思っていなかった。褒めざるを得ない』

 赤い巨人は淡々と述べた。

『だが、私の方が強い。今から死にゆく君にその理由を教えよう。君の私の次の動きを予知したように、私はさらに君の動きを予知していた。それだけだ。すなわち、私には君の二手先の動きまで見えていた』

『な、何……!?』

『言ったはずだ。私は全知全能。さらにこのリミッターを解除した状態では、無敵だ』

 次の瞬間、マフレーズはアノイドに跨っていた。この一瞬で、どうやって動いたというのだろうかーまさかー

『火星の軍事科学をなんだと思っている。君が憎む人間たちがそっくりそのまま移住しているんだ。当然、価値のあるリディオの研究データだって全て持ち去っている。そうして生まれたのが私だ。もうわかるだろう。私の次のセリフを予知してみるがいい』

『……そういうことか……。我々のアビリティの把握くらいはしているだろうとは思ったが……そこまでとはな』

『それでも苦戦したのは事実だ。だが互いにウルトラマン同士。完璧な予知はできない、心だって全ては読めない。それが仇となったが、同時にいい経験になった。次に活かさせてもらう』 

『次……だと……?』

『……丁度いいところに、次が現れたようだ』

 マフレーズはアノイドからゆっくりと顔を後方へと向けた。一機の見覚えある戦闘機が浮いている。どうやら、彼はここまで順調にたどり着くことができたらしい。

「驚いたな。知らないうちに、状況はだいぶ変わっているようだ。二体もウルトラマンがいるぞ。どうする?」 

 イクタが、通信機に向かいそう話しかける。

「何?……ローレンめ、ついにウルトラマンへの進化を……!だが、もう一体?どういうことだ?」

「まぁ、奴が何者かは直接聞けばいいかな。じゃあそろそろ、他の隊員を出撃させておいてくれ。俺は今から、戦闘を開始する」

「いいだろう。では、頼んだぞ」

 そこで通信は終わった。イクタは改めて視線を前に向け、状況を把握しようと目をこらす。

「おいエレメント、あの赤い方、知ってるか?」

 イクタは脳内で、彼の精神の中に住まう、今や声だけの存在となった嘗てのウルトラマンへと問いかけた。

『いや、私も初めて見る。だが、エネルギーは凄まじい……。ミキサー制限のない私ですら歯が立ちそうにもない。……ボロボロで横たわっている、紫のやつはー』

「直接拳を交えたことがあるからわかる。ローレンだろ?あのローレンがフルボッコ食らったってわけか。こりゃ、ただもんじゃねえぞ、あの赤いの」

『いけるかね?いや、行くしかないが……』

「まぁ、ここまで来て恐れをなして逃げることはできんしな。やれるだけやるさ。俺はあんたよりは強そうだしな。まず、ここが違う」

 イクタは右の人差し指で頭をコツコツとつつきながらそう言った。

『……好き放題いいよって……。戦いのアドバイスならここからでも出せる。まずは変身だ。本当に私を超えているのかどうか、お手並み拝見である』

「力の差に愕然として気を失って、あんたが今度こそ完全消滅しないことを願うよ。変身!」

 イクタは異人化した時のように全身に力を込めた。するとどうだろう、彼の全身がまばゆく光り始め、みるみると巨大化し始めた。

 ズゥゥゥンという地響きを立て、砂塵を巻き上げながら着地したのは、身の丈おおよそ60メートルと、前任よりもひとまわり大きく、赤と銀を基調としながらも、ところどころに丸みを帯びた曲線上の黄色いラインが走る、新たな光の巨人だった。

『エレメント……なのか!?いや、この感じ……』

 アノイドは目を丸くしていた。エレメントは、確かにこの手で倒したはずだがー

『おいおい、一緒にするな。俺はウルトラマンエレメントモードアムートだ。アムートでいいぞ』 

 イクターいや、アムートはそう自己紹介をした。長い名前だ。

『な、なんだその長ったらしい名前は!それならアムートだけでいいじゃないか』

 エレメントは呆れたのか、少し笑いを交えながらそう言った。

『あんたの面影を残してやったんだよ。で、お前は誰だ?ローレンの仲間……ではなさそうだけど』

『私か。私はウルトラマンマフレーズ。火星のものだ。地球を取り戻しに来た』

『取り戻しに?火星ってことは、勝手に出てった奴らだろ?なんだそれ、虫がいいなお前』

『全ては大統領の考えの下だ。悪いが君たちはここで死に、地球を明け渡してもらうことになる。ここに来たということは、君も戦う気なのだろう?かかってくるといい。正面から打ち破り、そして堂々と火星の民をこの地球に凱旋させる』

 マフレーズはそう言いながら身構えた。戦う気満々の様子だ。

『ローレンをボコった奴が初陣の相手か。いきなり難敵だな……』

 そう言うイクタの声は、どこか余裕がありそうにも見えた。

『ローレン、エレメントと地下に復讐するとか言ってたよな?後から相手してやるから、そこで指くわえて見てやがればいいさ。まずはこのマフレーズっていうふざけた野郎をぶっ飛ばす』

『私はどうやら、随分と甘く見られているようだ。大統領、指示を待つ』

 赤い巨人は旗艦へと指示を仰いだ。どのような指示が飛んでくるのかわかりきっている状況ですら、上官の言葉を待つ戦闘員の鑑である。

「指示もクソもあるものか。邪魔者が増えただけだ。とっとと排除しろ」

『承知。これより新たなエレメントを排除する』

『……行くぞ!』

 二体は互いに大地を蹴り走り始めた。

「地下の運命を、市民の命を預かったんだろ!ならその責任は果たせ!」

 イクタの心に、懐かしい声が聞こえて来た。この場面で幻聴が聞こえるとはー

 だがその声がイクタの背中を押したのだろうか、彼はさらに加速した。一気に距離が詰まり、二人の振りかぶった拳が交錯する

『ハァァァァァ!!』

『……!!』

 雄叫びをあげるイクタと、無言のまま力を込めるマフレーズ。せめぎ合う力の衝撃波が、周囲の地面をえぐり取っていく。

『想定数値を超える出力を検出。これよりマフレーズの出力も上昇させる』

パワーの上がった拳に押されるように、イクタはそのまま腕の力を抜き、後方へとジャンプし数百メートルの間合いをとった。互いに睨み合い、次の一手を思考しているようだ。

 こうして、地球をかけた三つ巴の死闘が始まったのだー!

 

                          

                                               続く

 


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