ウルトラマンエレメント   作:ネフタリウム光線

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第37話(最終話)「未来」

第37話(終)「未来」

 

 マイクから淡々と聞こえていた大統領の話は、5分ほどでようやく終わった。実に馬鹿げた、正気の沙汰とは思えない内容だった。IRISによる降伏勧告に対して、なんとまるで戦争に勝った側のような条件を提示し、これを飲めば降伏を受けれいると言い出したのだ。

「どうかね?」

 大統領は最後にそういった。

「残念ですが、我々はこれを呑めない。今より、攻撃を再開します」

 イケコマはそう告げ、通信を切った。

「総員、再び戦闘態勢に移れ。只今を持って攻撃再開!目標、敵の旗艦!自爆だけはさせるな!速やかに侵入し、船を占拠!力付くで降伏させるぞ!」

「了解!」

「底部に艦載機の出入り口があります。サポートは我々に任せてください」

 その旗艦から逃げて、IRISの捕虜となった火星兵たちが、そう言ってくれた。

「頼むぞ。では、突撃!」

 ヒュンッという音を立て、アイリスバードたちは音速で艦底部へと潜り込んでいく。

「大統領!敵機が来ます!」

 旗艦に残る兵士たちは、もう説得を諦めていた。

「撃ち落とせ」

 大統領が短く指示を出す。

「しかし、もう対空砲やレーザー砲の弾数や残存エネルギーは僅かです。満足な抵抗は……できません」

「そうか……。だが、敗走よりは、潔く負けるのがマシだ」

 大統領自身も少し落ち着いて来たのか、先ほどまでの熱さはなく、彼もまた諦めかけているようにも見えた。

「艦載機の出入り口が、爆破され、こじ開けられました!」

 報告と同時に船が振動した。この戦いが始まってから、一体何度大きく揺れたか。よく持ちこたえている方である。

「……ふん、この巨大な我が空飛ぶ司令部に乗り込んできよった。迎え撃ってやれ。飛んで火にいる虫ケラだ」

「し、しかし、既に一連の戦いで20%の兵士の死亡が確認されています。13%が通信機の電波を確認できない音信不通状態、そのほかごく僅かではありますが数名が逃走。残る兵士も、戦意を失っているものがほとんどですよ……」

「勝算は0、と言いたいのかね?」

「申し上げにくいことではありますが、限りなく0に近いでしょう。一発逆転の切り札としてはー」 

「核での自爆、か。ここで敵機を一掃することはできても、我々まで死んだら意味がなかろう。わたしは最高司令官、大統領だぞ?そのわたしが戦死とは、負けも同然ではないか」

「ですから、先ほどから何度も撤退をと……いえ、失礼しました」

 頭が冷えてきた大統領は、今更になって、この愚策を嘆き始めている様子だ。自信作のマフレーズが敗れ、見下し続けていた地下人類と自分たちとの間に科学力で大差のないことが発覚し、そしてここまで追い詰められた。自尊心が木っ端微塵に破壊され、精神も崩壊していたのだろう。 

 だが、生んだ損害は、それを踏まえても決して擁護できるレベルのものではなかった。

「……諸君、この戦いは、一体なんだったのだろうか」

 ヒューン、というエンジン音が先ほどよりも近い場所で聞こえた。おそらく、第1格納庫あたりだろう。そこで機体を降りた敵兵たちが、ここを目指して走ってくるのだろう。遅かれ早かれ、火星軍は敗戦を認めるほかないのだ。そんななかで、大統領は改まって、兵士たちに訊ねた。

 

「死にゆく地球を捨て、火星に移住することで、我々は再び栄えることができた。そして地球を覆い尽くす放射能が半減期に入るとみられるこのタイミングで、地球へと再移住する計画を立てた。火星もすみ心地の良い場所だ。だが、我々の故郷はあくまで地球なのだ。当然だな」

 

 窓から地上を、そして青空を見つめながら、大統領は語り始めた。

 

「実際は、地球の機能の崩壊で宇宙からの放射線にさらされ続けているのでは、という報告もあり検証してみた結果、汚染濃度はそこまで低下してはいなかったがね。しかし、リディオの遺したウルトラマンエレメント、あいつには放射能を除去できる力があるということ。何より、我々の開発したウルトラマンマフレーズにも同じアビリティを埋め込んでいることもあり、そこは問題ではなかった。エレメントを我々の手で起動させる、もしくはマフレーズを使い、汚染はすぐに取り除けるという計算だったさ」

 

 この計画が生み出された日のことを思い浮かべているのだろうか。視線はさらに遠くへと向けられていた。

 

「問題だったのは、死滅したかと思われた人類がしぶとく生き残り、地下で文明を継続している、という驚きの報告だ。我らが火星は、事実を隠蔽し、最終戦争の責任を全て、火星に移住する資格すらなかった民族に押し付けるような教育を施しているのだが、これが大きく影響した。我々の劣等民族と生活を共にしたくはないという思惑は市民も同じだった。地球で生まれ育つことができなかった、と劣等民族を憎む声も多かったのだ。そのため、この事実は市民らには未だに公表をしていない。であるからして、このような入植作戦が計画されたのだ。地球を我が物にしつつ、残された人類を殲滅する。完璧な算段だったはずだ。現実は、これだがな」

 兵士たちは押し黙った。

「もう一度問う。諸君、この戦いは一体、何だったのだろうか。答えてみせよ」

 しかし、これを答える時間の猶予はなかった。その時、バンッと扉が蹴り倒されたのだ。

「IRISだ!もうこれ以上の抵抗はよすんだ!こんな戦い、続けたって無意味だ!」

 そう叫ぶのは、アイリスリボルバーを構えながら先頭に立つ男、イケコマだった。その後ろからも、続々に隊員たちがやってくる。その中には、先ほどまでこの艦内で任務にあたっていたはずの兵士の姿もあった。

「……素早い……と思えば、貴様らが手助けしたのか。腐っても誇り高き我々軍の一員とあろうものが、劣等民族の捕虜に成り下がるとは」

 元兵士の姿を見ながら、大統領は吐き捨てる。

「ですが、何よりもその偏見が、今回の結果を招いたのでは、と私は考えます」

 捕虜兵はそう返した。この場に残っている兵士たちも、概ね同じ考えのようだ。結局は、地下人類に対して強い偏見を抱いていた、本人たち曰く所の優秀な民族が、その傲慢さと恥ずかしさを思い知らされた。それがこの一連の戦いだったのだろう。

「……そうかも、しれないな……」

 大統領は、そう呟きながら、ゆっくりと両手をあげた。抵抗の意思を放棄したのを確認し、IRIS隊員たちが彼の拘束にかかる。

 こうして、長い長い、『地球人内戦』は完全に終息した。IRISは多くの犠牲を積み上げ、その屍でできた階段を駆け上がり、ようやく地上へとたどり着き、ここを奪還したのだった。 

 

 

 

 

「……というわけで、被告にはIRIS地下法の第3条4項目、IRIS組織への組織転覆行為の計画、準備、開始及び遂行、もしくはこれらの行為を達成するための共同計画や謀議に参画した行為の禁止を冒したこと、また旧国際法の平和に対する罪を冒したことから、絞首刑を求めます」

 

 

 あれから一ヶ月が経っていた。大統領の降伏後、ようやく到着した火星の援軍部隊に争いの終結を伝え、彼らの宇宙船にIRIS本部長、ルイーズが直々に赴き、正式に終戦とした。

 大統領など火星側の幹部は地下の「KG-4エリア」に構える、組織の持つ最大の裁判所にて責任を問う裁きを受け、僅か3週間程で述べ30名の判決が決定された。これは、出来るだけ早くこれらの処理を遂行し、1日でも早く地上開発に力を入れたい、という双方の思惑が一致したためである。 

 そして現在、オニヤマによって絞首刑を言い渡されたのがほかでもない、大統領だった。

 この裁判の難しいところは一つ。現在の地球には『国家』が存在しないため、IRISの定めている地下法が世界共通の法律となっていることにある。知っての通り、争いの規模は火星、地球間にも及んだため、全く法規があてにならなかったのだ。そのため、IRISに所属するオニヤマ等法律の専門家、通称リーガライザーたちは火星や、旧地球文明の法律を連日ロクに寝ずに調査し、少しでも妥当な判決を出そうと試みていたのだ。

 

 そもそもこんなことに意味があるのだろうか、とも思われるのだが、流石に、市民側にも大きな損害を出してしまった戦いだ。敵側になんのお咎めもなしでは、場合によっては暴動だって起きかねない。もっとも、地下世界に大きな被害をもたらしたのは火星軍ではなくー

 

「非常に申し訳ないが、君たちには、放射能クリーナー技術を応用した手術を施させてもらった」 

 TK-18支部にある病院の一室には、二つのベッドがあった。横たわっているのは、イクタとローレンである。その二人のそばには、ルイーズ本部長、そしてTK-18支部の幹部たちが佇んでいる。 

「と、いうと?」

 イクタが訊ねる。

「後天的に植え付けられた異常細胞を除去したのだ。汚染を綺麗さっぱりにすることによってな。君らは、従来持っていた遺伝的に植え付けられている能力しか使えない身体に戻ったのだ」 

「ウルトラマンになる力を奪ったというわけか」

 ローレンがそう呟いた。

「そうだ。流石に危険すぎる。とはいえ、君からだけ力を奪うのは不公平だ。イクタにも同じ条件を課しているよ」

「ふん、自分らの都合でウルトラマンにしておいて、そしてまた無理やり元の体に戻しちまったのか。ほんと、勝手な奴らだ」

 イクタが本部長たちを睨みつける。

「本当にすまないと思っている。この通りだ」

 彼らは床に頭をつけながら謝罪した。

「……まぁいいけどな。俺の目的は果たされたわけだし」

「……これにより、言わなくともではあるが、君らには力とともに永遠の命もなくなった。リディオ・アクティブ・ヒューマンに逆戻りし、寿命制限のある身体に戻ったわけだ。それも、二人ともあれだけのアビリティを酷使した身体だ、もう『その時』はかなり近づいている、と覚悟してもらわなければならない」

 一見無責任とも捉えられる台詞ではある。この戦いを勝利に導き、地上をも取り戻した功労者に対して、これほどの非常宣告が他にあるものだろうか。

「俺はいいよ。最初から、いつ死んでも後悔しないように、好き勝手に伸び伸びと生きてきたつもりさ」

「俺も、もう目的は志半ばで終わってしまった身だ。命など惜しくはない」

 ローレンは魂の抜けたような様子になっていた。無理はないが。

「本当は、君に対してはたくさんの罪を問い、それに真摯に償いの姿勢を見せてもらいたいところなのだがな」

 本部長は少し憎悪の感情が込めながらそう言った。

「……罪だと?俺は為すべきことをし、死すべき者を殺したまでだ。何が悪い」

「あんた、ほんっとうに相変わらずだな。ちょっと引くぞ」

 呆れた視線で、未だに復讐心にかられている彼を見つめた。

「……君らのやりとりを見ていると、この怒りのやり場がわからず困ってしまうよ」

 本部長はぐっと拳を握りしめながらも、なんとか心を落ち着かせ、部屋から立ち去って行った。 

「本部長や市民はローレンに対して怒り心頭だし、俺はあくまで自分の意思で選んだウルトラマンへの進化をも白紙に戻されもうすぐ死ぬし、そして当のローレンも直に死ぬときた。本当、なんとなく後味悪いな、この戦いも」

「……イクタ、お前には謝りきれないことを……」

 フクハラ支部長が涙ながらにそう口を開いた。膝から崩れ落ち、その場にしゃがみこんでしまう有様だ。

「なんだよ支部長、よしてくれよ。言ってるだろ、俺は後悔なんかしてないし、むしろ目的達成して、今死ねばスッキリ逝けるって段階なんだ。……ただ、一つだけ、心残りはあるかな」

「……言ってくれ……!私たちでなんとかできそうなことなら、なんでもやる!」

「そ、そうですよ、イクタくん!」

 支部長と情報局長がグイッと顔を近づけてくる。

「あぁ、あんたらの協力がなきゃできないことだ。言ったからな?手伝ってもらうぜ」

 

 

 

 

 地上では、すでにIRISによる放射能除染活動が始まっていた。イクタの開発したクリーナーを使い、少しずつではあるが、人が住むには十分の環境を取り戻した地域も増えつつあった。特に、除染された怪獣が、1週間ほどかけて元の姿ーつまりは、ごく普通の動物へと、いわゆる『退化』した現象が見られたのは嬉しい誤算だった。

 怪獣を殺処分する必要がなく、それどころか動物として生かすことができる。これは、地球環境の早期回復も夢ではないことを示していたのだ。

 この結果を受け、イクタたちの異常細胞を取り除く手術も考案されたというわけであった。怪獣、それにウルトラマン。これらが誕生したことから、この星が狂い出した、ということを考えれば、彼らはこの星を生きるには、まだまだ早すぎた超常生物だったということになる。

「これ、ここでいいんですかね?」

 隊員服を着た男性が、上官と見られる女性のへとそう訊ねた。男性の腕の中には、苗のようなものが抱えられている。植樹活動の最中のようだ。

「えぇ、問題ないわ。あ、そこのあなたは、あっちをお願い」

 次に指示されたのは、IRISの隊員服を着ていない、私服の男性だった。

「わかりました!」

 服を泥で汚しながら、懸命に作業を続けている一般人らしきものは彼だけでなく、男女を問わず、その姿は多く見受けられる。

「本部長の提案した、市民への地上でのボランティア活動の呼びかけ。組織内にも反対派は多くいましたが、これだけの方が参加してくれるとは、嬉しいものですね」

 先ほどの隊員が、手作業を続けながら口を開いた。

「この戦いが起こるまで、地下の人々は保守的だったわ。今の暮らしと平和さえ続けばそれでいい、余計なことをするな。一時期は、そんな世論によってIRISも窮地に立たされたことが懐かしいわね」

「でもいざ地上を取り戻したとなると、考えは大きく変わったみたいですね」

「当然よ。私たちは地底人でも、火星人でもないのよ。みんな、地球人なの。先祖たちがかつて暮らしていた、この美しい青い星で生きたい。それはもう、私たちの本能みたいなものよ」

 隊員たちは上を眺めた。そこに広がるのは、ゴツゴツとした岩肌の天井ではなく、果てしなく続く青い空だった。

 

 

 

 

「……別に構わないが、そんな身体で大丈夫か?」

 支部長と情報局長は、イクタの『研究室に戻りたい』という要望に応え、車椅子に乗る彼を、望む目的地へと連れ出していた。TK-18支部のサイエンスチームの研究室。しばらく訪れていなかった、彼のホームグラウンドだ。

「あぁ。寿命が縮まったってだけで、身体はなんともないからよ。車椅子だって、本来必要ない。自力で飛んだり跳ねたりできるよ」

 部屋の自動ドアが開き、三人が同時に入室する。そこには変わらず作業を続けている職員たちの姿があった。

「あ、イクタチーフ!」

「チーフ!……待ってましたよ……!お帰りなさい!」

 ドタドタっという騒々しい音を立てながら、皆が一斉に彼らの元へと駆け寄ってきた。

「おう。ただいま」

 そう短く返答する。

「し、しかし、最後の心残りがここにあるというのかね?君の科学者としての熱意には脱帽しちゃうよ」

 局長は相変わらず止まらない額の汗をハンカチで拭いながらそうぼやいた。

「まあな。……支部長、エンドウはいるかな?」

 エンドウとは、科学者としてのイクタの右腕のような存在の女性職員だ。

「確か今日は……」 

 支部長は唸った。そういえば、今日の勤務場所はここではなかった気がする。

「エンドウさんなら、今日は地上の現場での職務ですよ。都市建設計画だとか言ってました」

 部下の一人が補足してくれた。  

「なんだ外出かよ。まぁそこのお前でいいや。メインコンピュータでこれを調べてくれ」

 その場にいた男性に、ポンっと小さなカプセルを手渡す。

「は、はい!只今」

 小走りで部屋の中央にあるメインコンピュータにカプセルを設置しに行く。セッティング後間も無く、大モニターに様々な数式や化学式などのデーターが映し出された。

「これは……?」 

 局長が首をかしげる。

「俺のゲノムデータだ。病院で主治医に頼んで、細胞をいくつか取り出してもらったから、そのデータもある」

「何をするつもりだ?リディオ・アビリティの研究か?いやしかし、それが心残りか?」

 支部長も考え込んだ。よく意図がわからない。

「飲み込み悪いなおっさんたち。エレメントをもう一度蘇らせる。それしかないじゃん」

 イクタはそう言いながら、早速作業を開始した。カタカタっと目にも留まらぬ早さで打ち込みを行なっている。

「……今は、お前の脳内だけにすまう存在、だったか」

「それも少し違うな。俺とローレンに幻覚を見せて以降、それで力尽きたのか、意識すら消え去ってしまってる」

「そ、そんな、では今は文字通り完全に消滅している、ということではないか……!そんなものどうやって……」

「俺はあんたらIRISが、エレメントのデータを基に生み出した存在だろ。俺の身体を隅々まで調べれば、何か手がかりが、痕跡があるかもしれない。あいつは不死身のウルトラマンだ。絶対、まだどこかで昼寝をしているだけに過ぎないはずだ」

 そう語るイクタの眼差しは、いつになく真剣なものでもあった。なるほど、これが彼のいうところの心残りだったのか。その様子を後ろから眺める人々は、何も口出しなどできなかった。無謀な挑戦とも捉えられるが、それが、残りの命の短い彼の望むことなら、悔いが残らぬよう、やらせなければならない。

 いや、ひょっとするとこの男なら本当に……不思議とそう期待させてしまう何かも、その背中からは感じ取ることができた。一つだけ間違いのないことがあるとすれば、彼らにできることは、祈ることだけ、ということだろうか。

 

 

 

「私を生かす……だと?」

 その数日後、死刑の宣告をされた被告人で、元大統領である例の男が、IRIS本部でその長との面会を行っていた。

「そうだ。ローレン、と言ってわかるかな?あなた方を苦しめた地上人だ。世論を納得させるため、彼も同様、表向きには死刑を執行したことにはするが、やはり貴重なデータを持つものであることにも変わりはない。裏で生き長らえ、我々の地球再建計画に協力してもらう」

 本部長はそう告げた。

「……なんの真似だ?まだ火星には私の忠実な部下も控えているし、その地上人だっていつまた反旗を翻すかもわからない。せっかく手に入れた平和を、自らの手で再び脅かすつもりか?」

「勘違いをしないでいただきたい。協力はしてもらうが、自由の身にするとは一言も言ってないぞ。火星に君を慕う残党がいて、其奴らがまた攻撃を仕掛けてくる可能性があることも、幹部への取り調べて発覚している。その時がきた暁には、人質としても機能してもらいたいしな。なんにせよ、情けないことだが我々地下人類だけでは、地球を再建するのは無理があるのが現実だ。150年もの間、他の惑星で国家を築き、それらを運営してきたあなた方の知恵は貸してもらわないといけない。それに、少しは火星側の人物をリーダー格に据えなければ、火星の民も納得して地球に再移住できないだろう」

 本部長は、その決断を下すに至った経緯や理由を、そう伝えた。

「……想像以上に賢いではないか。君のような人物がトップだったのだな。地下も強いはずだ」 

「相変わらず、我々に対する偏見が拭えていないようだな。まぁ、別にいいさ。現実は見せつけたばかり。余裕綽々であぐらこいてると、またいつコケるかわからんぞ」

「……ご忠告どうも」

 こうして、二大首脳の面会は終わった。あとは、ローレンの今後をどうするか、だ。

 

 

 

「……今すぐ殺してもらったって構わん。もう今の俺には何もない」

 この数日間の彼の主張は一貫しており、とても変化するものとは思えない。

「お言葉に甘えて、今すぐ私がこの手で抹殺したいくらいだが、ことはそう簡単ではないと、連日伝えているはずだが」

 本部長の頭痛の要因の一つにもなっていた。

「ウルトラマンの力もなければ、先も長くはない。この体では、とても地下人類を全て殺しきることはできない。ならば生き続けたところで同じだ。俺が憎ければ復讐を果たせばいいだけの話ではないのか?俺は、貴様らやエレメントが憎いからこそ、ここまで戦い続けてきたぞ」

「……あぁ憎いさ。イクタの頼みがなければ、私情に任せてとっくに殺していたかもしれん。だが、彼によれば、お前にはやるべきことがあるんだとよ。……だから殺せないんだ。この場にいると気が狂いそうになるよ。こればかりは、地下の長として君と話し合いを続けなければいけない、本部長という立場であることを後悔するね」

「……エレメントが、俺を生かしているというのか?なぜだ?」

「それは本人に聞いてくれよ。私はもう帰る。どうせまた明日、同じような内容の話をすることになるんだし、早めに上がらせてもらうよ」

 ため息をつきながら、彼は病室を去って行った。

「……俺のやるべきこととは……なんだ……」

 窓の外へ視線を向け、遠くを見つめる。その時、一つの未来の光景が浮かんできた。

「……これが、それだというのか……?」

 自身の胸に問いかけるように呟く。もうこの身体には、ダームも、ラザホーも、キュリもいない。残っているのは、自分の細胞だけだ。かつてと違い、もう相談できる相手はいない。自問自答し、最適解を見つけるほかなかったのだ。

 

 

 

 イクタの研究は連日続けられていた。部下たちも自分らの仕事を放り出し、全力で彼をサポートしている。そんな中である日、ついに一筋の光が差したのだ。

「おい……この成分……誰か!エレメントが初めて現れた、あの日の戦場から採取したサンプルを持ってこい!」

「は、はい!」

 何か、手がかりらしきものが見つかった様子だ。

「ケミストリウム光線の一部が付着した瓦礫、確かここから、放射能を除去できる成分が発見されたはずだ。モニターに映してくれ」

 イクタの発見した『何か』と、瓦礫に付着していた成分が同時に映し出された。それは、素人目にも、眺めるだけで酷似しているものだということがわかるほど、明らかに同質なものだったのだ。

「やっぱり、俺の遺伝データの中にも眠っていたんだ……!怪獣兵器用の装置の起動を用意してくれ!こいつに莫大なエネルギーを付与するんだ。もしかしたら、もしかする!」

「は、はい!すぐに!」

 研究室内がどっと騒がしくなる。イクタはポケットからエレメントミキサーとブースターを取り出し、セッティングの用意をした。エレメントミキサーはエレメント本体の消滅とともに失われたかと思われていたが、ガイアースエレメントへと変身した時、再び姿を現した。そもそも、イクタの変身した状態でもグニールを召喚できたこと、元素の力を使えたこと、などから、エレメントの意識させ備わっていれば起動できるものだという仮説も成り立つ。

「装置の準備は完了しました!いつでもやれます!」

「サンキュー!じゃ、ブースターの自然エネルギーも注ぎ込んで……合成されたエネルギーを全てミキサーにぶち込む!実験開始だ!」

 エレメントのかけらでもある成分に、一斉に大量のエネルギーが打ち込まれた。すぐさま、それが漏れなくミキサーへと回収されて行く。

 光を失っていた、かつてあの光の巨人の住処でもあったその装置は、再び起動音とともに金色に輝きを放ち始めた。

『……よくぞまた私を見つけ出してくれた……。流石はイクタだ』

 聞き覚えのあるその声が聞こえてきた瞬間、室内は一層騒がしくなった。まるでお祭りだ。

「やっぱり、あんたは不死身だな。今度こそ消え去ったかとも思ったぜ」

『もちろん、やるべきことが残されているんだ。まだ、消えることはできないさ。……君の身体を脱し、再び住処がこことなったな。しばらく時間の経過を待ち、エネルギーが充填されれば、変身も可能だろう』

「そうか。……まぁもう、この世界にウルトラマンは必要ないだろう。俺もローレンも、その力を失ったばかりだ。あんたもそろそろオワコンな存在になるぜ」

『なんだって?……ならば君は、再び短い寿命の制限内に……?なんということだ……』

 エレメントはひどく驚いていた。知らなかったようである。

「俺のことはいいさ。もうこの世に未練はない。それより、頼みたいことがある」

『……言ってみてくれ』

「あいつの件だ。あのままじゃ、自殺しかねん」

 イクタはお祭り騒ぎの部下たちをよそに、蘇ったばかりのミキサーを持ち出し、再び病院へと向かった。

 

 

 

 

『私がこうしているところを見れば、悪影響を与えかねないが』

「それでいいんだよ。無気力よりは憎悪でもやる気がある方がマシだ」

 イクタはそのまま、ローレンが寝る病室へと入った。相変わらず、ボーッとしている。

「……貴様か」

「あぁ、俺だ。今日は土産を持ってきた」

 と、エレメントミキサーを差し出す。

『い、一ヶ月ぶりだな……』

 ミキサー内から、恐る恐る口を開く。

「……!……何の真似だ……!」

 バッと戦闘態勢に入り、ミキサーを殴りつけようとする。

『まままま待ってくれ!我々の戦いはもう終わっている!』

「何をどうやったのかはしらんが、貴様がこうして蘇っている以上、戦いは終わっていないということだ!」

 制止を一切耳に入れず、迷いなく腕を勢いよく振り下ろすが、それをイクタが止めた。

「いや、終わった。あんたは負けを認めたはずだ」

「……失意の中にある俺に、さらなる追い討ちを仕掛ける嫌がらせのつもりか?タチの悪い」

「逆だ。またやる気を見せて欲しくてな。色々考えたが、やっぱあんたのエンジンは復讐心のようだから」

「……何のためにだ。俺は貴様と同じく、もうウルトラマンの力がない!何もできん!」

「いいや、あんたも本当は分かっている。未来はもう、見えているはずだ」

 この病室の異様な空気を察知し、その外の廊下にいは多くの看護師と医者が集まり始めていた。 

「あ、あの……どうかご安静に……」

 看護師の一人が、恐る恐るながら間に割って入ってきた。大した勇気である。

『も、申し訳ない』

「え?今どなたが喋って……」

「あーもう何であんたが謝るかな……余計ややこしくなるじゃないか。外に出ようぜ。あんたも十分回復してるだろ」

「いいだろう」

 足を失っているローレンは、松葉杖と残る片足でバランスを取りながら歩き始めた。こうして、二人と一つの装置は屋上へと上がって行った。

 

 

 

「まぁズバリ言えば、復讐を続ければいい。それだけのことさ」

 場所を変えて間も無くイクタはそう言い、話し合いを再開させた。

「と言っても、あんた本人が承知しているように、俺ら地下人類を抹殺、という形の復讐はできないだろうな。できることはー」

「今後の地球政治に関わるという形での復讐、か」

 続きは当のローレン本人が補足してくれた。

「やっぱわかってるじゃん」

『君は地球の支配者になることを望んでいた。地上を捨てた地下人類、地球を捨てた火星人類ではなく、君こそが正当な地球の支配者だと、そう考えているのだろう?ならばその通りに、君の思うままに正しいことをすればいい』

 エレメントが付け加える。

「……そんなもので、俺の心が満たされるとでも?第一、実権を握るのは俺ではない。その時点でこの話は不成立だ。戯言を……」

「でも、自分がそうしている未来は見えたんだろう?」

「……未来とは無数の選択肢に分かれている。偶然、その世界線が見えただけだ。俺はそれを復讐とは認めない」

「あーもう面倒臭い奴だな。全部理屈はわかってんだろ?もう望んでいる皆殺しはできないわけだし、先も長くはないんだぞ。このまま何もせずにただ死んでいくつもりか?あんたのために尽くして、あんたのために死に、あんたに力まで伝承してくれた仲間にどんな顔してあの世で会うつもりだよ。もっと賢い奴だと見込んでたんだがな、俺の目も甘いもんだ」

「……貴様に何がわかる!知ったような口を……!俺はー」

「なんか忘れてるみたいだけど、俺だってあんたらのせいで仲間失ってんだよ。あんたらがいなければ、リュウザキたちだってまだ生きてたし、こんな戦争はなかった……!元凶は俺たちにあるのかもしれんさ。だが、自分だけが悲劇の主人公ぶってれば許されるとでも思ってるのか?人の命を、生活を、未来を奪ったという、あんたらが忌み嫌うその行為を、自身の手でも行なっている事実からいつまで目を背ける気だ!」 

 イクタはぐっとローレンの元へと歩み寄り、彼の胸ぐらを掴み上げた。 

「あんまり調子のいいこと言ってんじゃねぇぞ。やられたらやり返す、時には大事なことだ。だが、それだけでは世界はすぐに壊れる。もうお互いにやり返し尽くしたはずだ。その証拠に、互いにデカすぎる傷跡を残しながら、戦争は終わったんだ。……生き残った俺たちにできること。それは、もう二度とこんな悲劇が起こらぬよう、努めることじゃないのか?正しい地球を作り上げるんだろ!?」 

 バッと手を離したことで、掴まれていた彼はそのままストンと腰から床に落ちた。

「少なくとも俺はそのつもりだ。でも、そこまでしてただ失意のまま死にたいなら勝手にしてろ。俺にはもう時間がないんだ。……帰るぞ、エレメント」

『お、おい、これでよかったのか……?』

 しゃがみ込んだままのローレンを後にし、彼らは去って行った。

「……くそっ!」

 残された彼は握りこぶしを作り、思い切り床を殴りつけた。中指あたりから血が流れ始める。 

「……俺は……俺は……!」

 銀髪の青年は、悩みに悩んでいた。

 

 

 

 

 それからさらに2年が経った。人類の生活地域は主に地球の地上、地下、そして火星の3つに分布されていた。地上を開発できたとはいえ、住み慣れたそれぞれの故郷に永住する決断をした者も少なくはなかったからだ。

「なんだテメェ!なめてんのか!?」

「あぁ!?最初に難癖つけてきたのはそっちじゃねぇか!」

 地上の都市部のある一角で、中年のオヤジ同士がもめていた。今にも肉弾戦が始まりそうな雰囲気だ。これは危ない。

「はいはいもうやめなって」

 一人の青年が、その間に水を刺した。彼らの矛先は、一気にその者へと移る。

「うるさいぞ!若造が!喧嘩の仲裁なんて10年はや……い……」

 オヤジたちの目が急に虚ろになり始めた。青年が身を包んでいたのが、IRISの隊員服だったからである。

「イイヅカ!危ないから一人で行くなって!」

 その後ろから、5名ほど同じ制服の者たちが駆け寄ってきた。その顔ぶれは、どれも一般市民レベルでも広く認知されている隊員ばかりであった。喧嘩が起きているとの通報を受けて到着した小隊が、運の悪いことに、この地区では最も有名な部隊だったというわけである。

「ホソカワ、そう恐れをなすからダメなんだ。喧嘩は他の関係ない市民まで巻き込まれるかもしれない。我々が止めずにどうする。そうでしょう、イクタ隊長」

「あぁ、その通りだ」

「い、イクタ隊だ……隊長本人までいるぞ……」

「あのオヤジたち、人生終わったな。あれは逃れられんぞ」

 野次馬たちが一層騒がしくなった。イクタ隊に連行された者は例外なく、何があっても釈放されることなく確実に罰を受けることで有名だったのだ。

「しかし、まだ地上文明も再開したばかり。相変わらず治安は悪いですね」

 オヤジたちを輸送機で支部へと連行中、機体を操縦するサクライがそう呟いた。

「まぁな。結構無理矢理押し進めた都市開発と、地上への移民計画も影響してるしな。まだ不完全な都市に多くの人口があるわけだ。無理もない」

「これも全部、ローレンさんの提案ですよね。確かに早急な再建が必要とはいえ、限度ってものがある気がしますが……」

 アヤベがそう言った。

「いや、これは正しい方針だと思うぜ。地下の人類は、ずっと閉鎖空間にいたのもあってどこか保守的だ。だからこそ、積極的に、半ば強引に地上に住ませるのは少なくとも間違いではないさ。せっかく地上に都市建設しても、人が住まないんじゃ意味ない」

 イクタはこのように解説する。

「でも、火星の人たちと交えるようにするなんて…。まずは別々に居住地区を作ってからでもよかった気はしますけど」

 キョウヤマは不安そうにつぶやいた。暴動のタネにしかなっていないような気がしていたのだ。 

「何度もいうが、文明の早期再建が一番だ。いずれ、この異文化の交流は遅かれ早かれやってくる。……まぁ確かにこれは、早すぎるとは俺も思ったが、あいつには未来が見えているんだ。きっと、間違いじゃない」

 

 

 大統領、そしてはじめは渋々だったが、今は積極的に声を出してくれるローレンの意見も汲み取りながら、人類は再び一つになろうとしていた。一度はバラバラになった地球人たちは、この先も互いに衝突し、時には争いだって起きるかもしれない。完璧に一丸となるまでは、まだまだ時間がかかるだろう。

 それでも、イクタは祈っていた。自らが息を引き取った後も、この平和が、未来永劫続くように。そしてもう二度と、ウルトラマンの力が悪用されないことをー

 

『それにしても、あまりにも私の扱いが酷い気がするのだが』

 

 危険だから、という触れ込みの元、エレメントミキサーは地下都市の旧IRIS本部の最奥部の部屋で、誰の目にも触れることなく厳重に管理され続けているのであった。

 

 

                                          完




 ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

 無理矢理すぎる展開や、置いてけぼりの伏線などを撒き散らしながら、強引にどうにか、完結ということになりました。また、これが初めての創作作品であるため、当然ですが完結まで描いた作品もこれが同時に初めてとなります。そのため、終わり方というのがよくわからず

「え?こんなオチ?」 

とがっくりされた方もいるのではないでしょうか……

 兎にも角にも、今は書き終えた〜という自己満足に浸るばかりです。それもこれも、読んでくださるみなさまのおかげでした。読者の方や、お気に入り評価をしてくれる方などがいなかったら、絶対に途中で投げ出していたと確信しています。

 改めて、ありがとうございました。

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