第6話 「選考」〜CG怪獣、レプリカ怪獣登場〜
IRISTKー18支部所属のイクタ・トシツキ隊員は、支部長室に呼ばれていた。
「調子はどうだね?」
フクハラ支部長が、タバコに火をつけながら言った。
「ボチボチだね。」
短く答えるイクタ。
「そうか。まぁ、こんな世間話をするために呼んだわけではない。お前に一つ吉報を入れなくてはならなかったからな。」
支部長がふぅ、と息を吐くと同時に、白い煙がもくもくと上がっていく。
「吉報?」
「そうだ。お前の提出した地上遠征計画だが、ついに本部長の印鑑がもらえた。つまりー」
「案が通った…ということ?」
イクタは目を丸くした。自分で提出しておきながら、まさかこんなにも早く通るとは思ってもいなかったのだ。
「そうだ。IRIS本部は正式に、地上遠征計画を推し進めることになった。」
「随分と急な話だね。つい先日まで嫌がってたくせに。」
「この間のテレビ放送がかなり効いてるみたいだ。どのみち、50年もすればこの地下も放射能に汚染され、人類は滅びる。アクションを起こすなら、優秀な隊員の多いこの世代で、と思ってくれたのだろう。すぐにこの支部の全職員、隊員にこのことを通知するつもりだ。手始めに、一週間後にお前たちトキエダ隊は本部へ飛んでもらう。」
「本部で何をするの?」
「遠征部隊を決める選抜試験が行われるのだ。各地区13の部署から、トップチームが集う。その中から20人のメンバーを選考するというわけだ。
「へぇ。面白そうじゃん。ま、俺が1位通過することはやる前からわかってるけどね。」
イクタが得意げに、胸の前で拳を合わせた。
「油断するなよ。どこの支部も精鋭揃いだ。うっかりして選考されませんでした、は冗談にならないからな。言い出しっぺの以上、精鋭部隊隊長を狙うつもりでやってもらうぞ。」
「うぃす。」
イクタは支部長室を後にした。
「しかし本部長。その……本当にやるのですか?地上遠征を…。」
本部長室で、本部長の補佐官が納得できないといった表情で訊ねる。
「あぁ。お前も見たろ。TKー18支部の出してきた報告書は妄想でも夢の話でもなかった。怪獣を出現させる兵器、そしてそれを操る者。この二つの存在が明らかになった以上、もたもたはしてられんよ。それに、今の世代の戦闘員たちなら、ある程度の危険や困難にも立ち向かい、打開できるだけの力はあるはずだ。どのみち、この地下で何も行動を起こさなければ、放射能の汚染を待つか、怪獣兵器に滅ぼされるかの二択しかないのだ。……地上を取り戻す。これ以上に、この状況を打破できる策はない。」
「ですが…予算はIRISの財政を長きにわたり圧迫することになるでしょうし、犠牲も免れません。第一、万が一にでも地上で遠征部隊が全滅でもしたら、地下の滅亡を早めるだけです。」
「お前のような反対派の意見も充分わかっとるよ。私も、フクハラもね。」
本部長は、デスクの上のコーヒーカップを手に取り、口へと運んだ。
「事を急いで運び過ぎなのです。各地区の裁判所からも、市民を守るという活動原則を逸脱した行為だと、非難の声が上がっています。」
「とはいえ裁判所も警察も、全てIRISの派生組織に過ぎない。三権が分立していた時代など、数百年前に終わっているんだよ。本部長権限を発動すれば、その声も無意味になる。」
「本部長…!おっしゃる通りではありますが、そのような横暴を行えば、非難の矛先は本部長へと向くんですよ!最悪辞任に追い込まれるかもしれません!」
補佐官は、机を強く叩きながらそう言った。
「これ以上、君と私でこの話を続けても無駄だ。会見を行い、その場で話そう。」
本部長は、本部情報局に電話をつないだ。
「もしもし。私だ。君に命令する。今すぐ全世界のメディアに、IRIS本部で本日の午後、会見を行うと伝えなさい。以上。」
その1時間後。IRIS本部本館、1階ロビーに設けられた臨時会見場には、すでに多くの報道陣が詰めかけていた。様々な地区のメディアが、カメラやマイクの調整を行なっている。そこに、本部長と他2名ー補佐官、秘書が1人ずつーがやってきた。
「お待たせして申し訳ない。IRISの臨時会見を行います。まだメディアやマスコミ一同にはお伝えしていないのだが、我々IRISは先日、TKー18支部の立案した地上遠征計画を受諾。準備を進めようとしているのです。」
ざわめきが起こる。
「最も、旧日本国エリアで活動している諸君は、既に聞いたことのある計画かもしれないが、他の地区のメディアにとっては初耳でしょう。読んで字の如く、地上に遠征する計画です。将来的な目標としては、地上を怪獣たちから奪い返す事ですが、まずはそのための基地を設けなければいけないのでね。第一段階としては、それを目標に計画しています。」
「質問です。なぜ地上を奪い返そうとするのでしょうか?」
「と、おっしゃいますと?」
「我々人類はこの150年間、この地下で生活してきました。既に地下文明も大きく発達しています。今更、地上に出るその主旨が伝わりません。」
その発言も最もである。おそらく、多くの市民が同じ事を考えるだろう。
「なるほど…。」
本部長は返答に困った。50年後には、この地下も放射能に冒される、という事を出せば、その質問に適切な応答ができるわけなのだが、それは未だにIRISでも一部の人間しか知り得ない情報だからだ。
「どうされました?」
「本部長!早くご返答のほどを!」
長い沈黙に苛立ったのか、報道陣から急かすような発言が飛んでくる。
「…皆さんもご存知の通り、最近は地下に現れる怪獣の数が増加しています。我々も対処に全力を尽くしますが、いつまでも受け身ではいけない。科学者たちの見解では、地上で何かが起きていて、それが原因ではないかとも言われています。そこで、調査も兼ねて地上へ出るのです。その過程で地上の怪獣を駆除することは、地下の平和にも繋がるはずです。」
本部長は咄嗟にそう答えた。口からでまかせだが、全くもって論点がずれているわけでもない。果たして誤魔化しきれるだろうか。
「確かに、それならば市民を守るという大原則からも逸脱はしていない…。」
報道陣各位に、納得といった表情が見受けられ始めた。今がチャンスだ。
「我がIRISの軍事力及び科学力は、過去最高水準だとはっきり断言できます!先日メディアを賑わせたTKー18支部では既に放射能クリーナーも開発されている!あなた方は地下での生活に満足されているようですが、本当にそれでいいのですか!?我々人類のいるべき場所はこんなところではないはずです!我々と共に、再び地上を取り戻しましょう!そのためには、皆さんのご協力が必要なのです!IRISは常に新規職員、隊員を募集しております!活気に溢れる若い力を募集しております!」
本部長が熱弁した。あまりの迫力に、報道陣は押し黙ってしまった。
「…えーっ、スタッフの募集につきましては、IRISのHPに詳細を記しております。電話相談口も24時間受け付けております。職員の職種としては、簡単なデスクワークからー」
秘書が、静まり返ったロビーでそう切り出した。こうして、会見は終わった。
「しかし本部長もすごい人だよ。この間まで乗り気じゃなかったくせに、よくあれだけ口が回るものだね。」
TKー18支部内にある職員食堂で、イクタは会見をテレビの中継で見ながら、ブラックの缶コーヒーを啜っていた。その隣に、トキエダ隊長が腰をかける。
「昔からそういう人さ。何につけてもペラペラと話してしまうんだ。でも本部長は、自分の口から出したことは、全て徹底してやり遂げる。有言実行ってやつだな。だからこそ、この組織の長が務まるんだよ。」
「…まぁ、本部がそれだけ本気で地上遠征計画を進めてくれてるってことは素直に嬉しいよ。失敗させる気なんかさらさら無かったけど、こりゃますます失敗しましたー、なんて言えなくなるね。」
「そうだな。特に今回の作戦では途轍もないほどの金がかかる見込みだ。それこそ、失敗なんかしたらIRISは破産。解散ものだぜ。」
「そのくらいのプレッシャーがあったほうが、やる気も出るね。」
イクタは空になった缶をゴミ箱に放り込むと立ち上がり、トキエダと共に食堂を出た。
「……。」
暗い部屋の中で、ローレンはいつものうたた寝から目を覚ました。
「未来が動いた……。」
「お目覚めですか。はて、今回はどのようなビジョンがお見えに?」
ローレンの目覚めに気づいたダームが問いかけた。
「地下の兵隊のトップチームが地上に上がってくる。そして、全滅する。エレメントもそこで死ぬ。」
「はっはっは。それは良いことですな。」
ダームは皺だらけの顔をさらにしわくちゃにし、嬉しそうに笑った。
「だがこのままでは好ましくはない。修正が必要だ。」
ローレンは、青い髪を掻きながら舌打ちをした。
「…何故?エレメントが死ねば、我々の復讐もー」
「俺の見た未来では、エレメントも死ぬが、ラザホー、そしてダーム。お前たちも死ぬ。」
「…!…ほう。つまり私とラザホー殿が、やられてしまうということですな。」
「そういうことだろうな。」
「なるほど確かにそれではいけない。私とて、この年齢ではありますが、まだ死にたくはないですな。ローレン殿の予知した未来を覆すことは難しいが不可能ではない。我々の完全勝利にしましょう。」
ダームはニヤリと笑うと、フードを深く被り、部屋を後にした。
IRIS本部。AMー13地区にある、地下世界最大規模の施設だ。ここに、全支部からトップチームが招集されていた。地上遠征部隊を編成するための選抜試験のためである。
「本部に来るのは久しぶりだぜ。」
アイリスバード一号機を操縦し、本部上空までやって来ていたトキエダ隊のイクタはそうこぼした。
「そうだな。俺もお前も、3年ぶりってところかな?」
隊長であるトキエダが付け加えた。間も無く着陸のため、戦闘機たちは高度500m前後の位置を飛行中だったのだが、その位置からでも、その広大な敷地の全てを見通すことはできない。目立って大きな建物があるわけではなく、中型の建物が延々と存在しているのが確認できる。
「そういえば隊長も、以前は本部勤務だったんですよね?」
クワハラ隊員が訊ねる。
「あぁ。もともと俺はこの地区の生まれだしな。時間があれば本部内を案内してやるよ。想像以上に広いぞ。それに、軍事施設とは思えないほど、何でも揃ってる。」
「俺は本部に関する記憶は薄いな。検査に来ただけだったし。」
イクタは3年前、その異質な能力から敵性宇宙人と誤解され、本部で秘密裏に調査を受けたことがあったのだ(3話参照)。
「滑走路上空に入ります。本部へ!こちらTKー18支部のトキエダ隊です!着陸許可をお願いします!」
二号機で、イケコマが通信機に向かいそう叫んだ。
「本部からチームトキエダへ。OK.着陸を許可します。」
その通信を全員が聞き取った後、トキエダ隊の戦闘機編隊は本部基地へと着陸した。
戦闘機から降り立った隊員たちは、本部本館へと向かうために、近くに停めてあった自動車に乗り換えた。この時代の車を用いても、本館までは実に10分を要する。
「こんなに広くちゃ、緊急時の出撃に困るだろうに。」
イクタがそう言った。
「まぁ、この地区に怪獣が出たことなんか一度もないからな。土地的な安全性も考慮して、この地に本部が築かれたんだ。」
トキエダが説明した。
「黒ローブがいる以上、どこからでも怪獣が出せるんだ。この状況下じゃ、ここも、うかうかはしてられないね。……それにしても、IRISが結成されたのは60年前のはず…。怪獣騒ぎの規模も小さかった当時に、何故ここが安全地帯だと結論付けられたんだ…?」
後半は独り言のように、ブツブツと呟いたイクタ。
「ん?何か言ったか?最後聞こえなかったぞ。」
「…何でもないよ。」
地球は青い惑星。そしてその惑星は、人類自らの手によって死の星と化した。その事実を隠蔽し、誤った歴史を子供達に教育させている現状。リディオ・アクティブ・ヒューマンのこと、そして本部建設に関する妙に引っかかること。この組織は、自分やエレメントすら知らない重要な何かを隠しているに違いない。イクタは心の中でそう確信した。
本館の前に到着した頃には、すでにそこは多くの隊員たちで埋められていた。
「これ全員が受験するのか…。」
「もちろん。本部含めて全13チームがここに集っているんだ。小隊一つ一つが6、7人で構成されているとすれば、そりゃこれだけの人数にはなる。」
「で、こっから20人しか受からないというわけか。」
イクタは周囲を見渡した。どうやら皆が皆、乗り気というわけではなさそうだ。
「やる気なさそうなのもちらほらいるね。」
「仕方ないだろう。全員が全員、お前みたいに何が何でも地上に行きたいわけではないんだ。でも見ろ、お前みたいなやつも少なからずいるぞ。」
トキエダが指差す方向を見ると、熱気にあふれた隊員たちの姿もあった。
「よっしゃー!やるでー!見たことない地上世界に、見たことない巨人との共闘!わくわくな未来があたしを待ってるぜ!」
「バカ。みっともないから落ち着け、キャサリン。」
やる気満々の女性隊員、キャサリンを、白人男性が制する。
「何よ。あんただって楽しみなんでしょ?オリバー?」
「そ、そりゃそうだが…。まずは試験に受かってからだ。わかってるのか?ここには地下世界中の精鋭が揃ってるんだぞ!?」
オリバーと呼ばれた男性がそう答えた。
「ほら、例えばあいつだ!」
オリバーの指した指先と、イクタの視線が偶然的に重なった。
「ん?」
イクタが二人の元へと歩き出す。
「あ、あ、あれってもしかして…?」
キャサリンの瞳がキラキラと輝き出す。
「そうだ。今作戦の企画者であり、天才科学者。兵士としては人類最強と名高い…イクタ・トシツキ隊員だ…。」
「ご紹介どうも。」
イクタがお辞儀をする。二人はポカーンとしている。
「…っとと。あまり他地区の人間とコミュニケーション取らないからミスっちまった。あんたらの地区では、握手が挨拶の主流なんだっけ?まぁとりあえずよろしく。」
イクタは慌てて頭をあげると、右腕を差し出した。
「あ、あぁ。よろしく。」
オリバーがその腕を握った。
「イ、イ、イクタ隊員だぁー!!本物だぁー!テレビで見たことありますよー!」
キャサリンが、二人の合間に割り込んできた。
「おお?」
突然のことに驚いたのか、イクタは握手を解くと、数歩退いた。
「す、すまん。こいつはキャサリンってんだ。見ての通りバカな女なんだ。許してやってくれ。…だがここにいるんだ。腕は確かだぜ。」
オリバーが言った。
「へぇ、キャサリンか。…それで、あんたは?」
「あ、あぁ。言ってなかったっけな。俺はオリバーだ。俺たちはEGー04支部の、エドガー隊の人間さ。」
「ほう、エドガーか。彼は今どこにいるんだ?」
後ろから歩いてきた、トキエダが訊ねた。それに続いて、トキエダ隊の面々がイクタの後ろからやってきた。
「そう言うあなたは名隊長と名高いトキエダ隊員じゃないですか。うちの隊長とは、若い頃タッグを組んでいたと、よく聞かされています。とにかく、優秀だったとか。」
「お世辞はそれくらいにしておけよ。褒めても何も出ない。」
「世辞だなんてそんな。どうも、おたくの地区の人間はすぐに謙遜する人間性があるようで。…隊長なら、他の隊員と受付の手続きに行きました。ただ混んでいるようで…。しばらくかかるでyそう。待たれますか?」
オリバーが答えた。
「いや大丈夫だ。教えてくれてありがとう。イクタ、俺たちも行くぞ!では君たち、エドガーによろしく伝えておいてくれ!」
「はい!」
トキエダ隊も、本館内の受付へ向かって歩き出した。
トキエダ隊の受付の手続きが済む頃には、他隊のそれも完了していた。本館ロビーの奥にある大会議室ー世界会議が開かれる場所ーへと案内された隊員たちは、席に着くと、本部長の挨拶を待つのみとなった。全員が揃ったのを確認し、本部長が会議室最奥部のステージへと上がった。
「ここまでの長旅ご苦労。早速ですまないが、すぐに試験を開始する。」
「さ、早速!?」
「聞いてねぇよ。」
隊員たちがざわざわと、雑音を立て始める。
「静かに!地上遠征への訓練は、君たちが想像しているよりも遥かに過酷で長時間行わなければならないのだ。訓練に時間を当てるため、1日でも早く、隊を組まなければならない。」
本部長はスタンドにセットされていたマイクを手に持ち替えると、壇上を歩きながら続ける。
「とはいえ、試験を言っても簡易なものだ。今更君たちに課す筆記試験などないし、技能試験だけとする。」
「本部長!技能試験、と仰りましたが、これだけの人数では、いくら本部の敷地を要しても時間がかかります!時間的にも、今は午後4時。すぐに開始というわけにもいかないのでは?」
誰かが、そう言った。
「その心配は無用だ。君たちには、今から科学棟に移り、そこで試験を行ってもらう。」
「た、建物の中で技能試験ですか!?」
「行けばわかるさ。さぁ、案内役の職人について行きたまえ。」
「みなさん、こちらです。」
案内役の誘導に従い、本館を出て科学棟へと足を運ぶ隊員たち。
「この中の、ヴァーチャル訓練室へどうぞ。地下世界の最高峰の技術を凝縮した、設営4日目の新しいルームです。」
建物の中に入り、そのヴァーチャル訓練室という部屋に案内された。内部には、数百はあるだろうか、たくさんのVR機器と、モニターがあった。
「すげぇな。うちの実験室の何倍あるんだ…?」
イクタも感心している。
「おいふざけてるのか!?技能のテストって、まさかコンピュータのテストかよ!?俺たちは地上という怪獣の巣窟に行くんだぞ!まずはパイロットとしての腕を見て欲しいね!」
どこかの隊員がそう叫んだ。
「えぇ。そのつもりですが?」
「…?」
「話はまだ始まってませんよ。そう慌てずに。みなさんにはこれから、椅子に座り、シートベルトで体を固定してもらったあと、このヘッドギアを頭に被っていただく。そうですね、コンピュータの処理能力にも限界はありますから…4チームずつに班わけして、別々に試験を行いましょう。ただし、一つは5チーム班になりますが、まぁ大丈夫でしょう。」
そうして3グループに分けられた精鋭部隊たち。広い訓練室も、天井から降りてきたシャッターによって3分割された。それぞれのルームに、巨大モニターが同じく天井から降下してくる。
「こちら側の準備はもう完了しました。あとは、皆さんが先ほど説明した手順通りのことを行えば、試験開始です。」
隊員たちは、よく分からないままに椅子に座り、ヘッドギアを被った。その瞬間だった。
「おお!?ええ!?」
隊員たちの目の前には、戦闘機の窓から見える、格納庫内のいつもの発進前の光景が広がっていた。視線を落とすと、操縦桿がある。操縦や、戦闘に必要なレバーや機器も揃っている。間違いなく、それはアイリスバードの内部そのものであった。しかもこれは、一人乗りの仕様だ。
「すげぇ…どうなってるんだ…?」
その疑問に、案内役が応えた。各隊員の脳内に直接語りかけてきているかのような感覚だ。
「あなたがたは今、ヴァーチャルの世界に飛び込んだのです。これから、任務内容を転送します。その任務の遂行過程や、各人の行動など、あらゆる総合点から、合格者を選別する。そういう試験になります。なお、グループごとに課される任務は別ですが、1グループは同じ任務を共有します。ですがチームで競わせるつもりではありません。あくまで、個人間で競い合ってください。なお採点は、コンピュータが行います。では、試験開始!」
各戦闘機に任務が通達された。トキエダ隊の班の任務内容はー
「放射怪獣レジオンを撃破せよ…か。…やってやるぜ!」
イクタが勢いよく発進した。
「レジオンって、あのTKー18支部に大きな被害を与えた…。運が悪いな〜もう!」
そう言って発進したのは、エドガー隊のオリバーだった。トキエダ隊と同じ班だったようだ。各員の目前には、地下からいつも見上げている天井、そして、遠くにはレジオンの姿があった。
「おっさき〜!ヒャッホー!!」
叫びながら、イクタたちを追い抜き、先頭に出たのがキャサリンだった。キャサリンの乗る機体は勢いよくレジオンに接近していく。
「速いな。アイリスバードを常にあの速度で操れる…か。確かに、腕前は確かなようだな!」
イクタも飛び出した。
「久しぶりに張り合える相手を見つけたぜ!」
イクタの機体が、すぐにキャサリンに追いついた。
「は、はや!?だれ!?」
キャサリンも、それには驚きといった表情を隠せずにいた。
「おい!俺たちも負けてられんぞ!イクタは今は頼れるエースではない!手強いライバルだ!」
トキエダが叫んだ。
「はい!」
「俺らも同様だ。あのバカ女にだけは負けるなよ。」
エドガーもそう言った。
「了解。」
約20機のアイリスバードが、レジオンを目指して飛行し始めた。
イクタ、キャサリンの両名は、既にレジオンが射程圏内に入っていた。イクタが早速攻撃を開始する。流石に、要領のいい攻撃だ。
「そうじゃん!イクタずるい!一度戦ってる怪獣なんだから有利に決まってんじゃん!」
キャサリンも、負けじと攻撃を開始する。
「データは全世界の支部に公開済みだ。チェック不足のあんたらが悪いよ。」
「……っ!」
イクタはキャサリンの表情を見てニヤリと笑うと、弱点である首元へと突っ込んで行った。
[newpage]
3班全てのモニター映像を交互に確認しながら、本部長は腕を組んだ。
「流石に我が組織の最高クラスの隊員たちだ。怪獣相手にここまで圧倒できているとはな。」
「しかし…これがイクタ・トシツキの本気…。マッハ2で飛行中の機体を自在に操るなんて…。」
隣に立っていた秘書は唖然としていた。
「あれが本気…?そんなはずはない。彼はまだ余力を残している。周囲のレベルが高いから、少し普段よりペースを上げているだけに過ぎない。」
本部長はそう言った。
「そんな…!1人だけレベルが違い過ぎます…。トップチームを組んだとしても、それでもパワーバランスが…。」
「それが、リディオ・アクティブ・ヒューマンという人種だ。アビリティを持っているだけではない。身体能力やIQ、あらゆるものが超人並みの数値を叩き出す。」
「超人…ですか。…そういえば、リディオ博士が遺した研究資料に、妙な記述がありましたね。」
秘書が、何かを思い出したように呟いた。
「あぁ。確か、『ウルトラマン』。そう書かれていたはずだ。まぁ、肝心なその詳細に関する資料は無くなってしまっとるがね。」
「もしかしたら、イクタのような人種の別名かもしれませんね。文字通り、ウルトラなマンですから。」
秘書が、冗談のように言った。
「ははっ、そうかもな。」
本部長は苦笑すると、再びモニターを睨みつけた。
試験は終盤に突入していた。各班ともに目標の怪獣を、あと少しで倒せるという段階に入っていた。
「これでトドメだ!」
各機から放たれたレーザー光線が、怪獣を襲う。次の瞬間、怪獣たちは、爆死した。
「やったぜ!」
ガッツポーズを決めるキャサリン。
「まぁ、このくらいはやってくれないとな。」
イクタは余裕の表情である。
「隊員の皆さん、お疲れ様でした。ログアウトを行なってください。ログアウトボタンは、お手元の操縦桿の裏側にあります。」
訓練室に、アナウンスが流れた。先ほどの案内人の声だ。
隊員たちは、ヘッドギアを取り、各隊で集まり雑談を始める。
「今ので試験終了ですかね?」
トキエダ隊のクワハラが訊ねる。
「まさか。ここにいるのは世界屈指の兵士たちだ。一度の試験では測りきれない能力もあるし、そもそも差をつけることができないからな。」
トキエダがそう答えた。彼の言う通り、試験はまだ続くようだ。
「では、第二試験を始めます。全員、この建物の外に出てください。」
ぞろぞろと外に出始める隊員たち。全員の集合が完了したのを確認すると、案内人は第二試験の説明を始める。
「時刻は午後6時。天井に設置してある、太陽の代わりの時間差照明も、間も無く光の強度が落とされ、見通しが悪くなる頃です。このタイミングで、皆さんにはサバゲーをやってもらいます。」
「サ、サバゲー?」
聞き慣れない言葉に戸惑う隊員たち。
「かつて人類が地上にいた頃、若者に流行っていたゲームです。レプリカの、玩具銃などを使い行う、いわば模擬戦です。」
「昔の若者って物騒なことしてたんだなぁ…。」
「んなこと言ったら、ガチの戦闘してる俺らの方が物騒だろ…。」
サイトウのぼやきにツッコミを入れたイクタ。
「…続けます。このゲームは、あなた方の地上戦での行動力や戦闘力を試すにはもってこいの物。今回もチームごとに動いでもらいますが、そのチームは、私が適当に決めます。初めて組む隊員とどれだけ連携できるのか、そこも重要な採点ポイントです。」
「なるほどね。」
「では、まずはAチームを発表します。イクタ隊員、ジェニファー隊員、チェン隊員ー」
こうして、10人一組の9チームが作られた。
「ルールは簡単。各チーム本部基地の敷地内を縦横無尽、自由に駆け回ってください。なお、所々に50メートルほどの模擬怪獣の人形が置かれています。怪獣に攻撃すると、その攻撃のヒットポイント別に点数が与えられます。例えば、頭部や心臓などに命中させれば、50点です。一体の怪獣に攻撃することができるのは、1チーム4度まで。それ以上はカウントされません。途中別のチームに遭遇することもあるでしょう。その場合は、迷わず戦闘を行ってください。被弾した隊員はゲームオーバー。この集合地に帰ってきてもらいます。ゲームオーバーの隊員は、その地点での点数を与えられます。時間制限は1時間。怪獣、隊員への攻撃点という個人点、タイムアップ時の生存点などの団体点の合計点を、個人別に出し、そこから選考します。ご理解いただけましたか?」
「おっけー。」
「では、各チームごとにスタート地点が違うので、そこまで我々スタッフがお送りします。」
本部のジープに乗り、各チームが移動を始める。
「これが、今回の試験で使用できる装備です。」
運転手が、アイリスリボルバーのレプリカを配布する。
「本試験では、使える弾丸は4種類。通常弾であるプラスチック弾、敵を捕捉、足止めできるネット弾、弱電流を放つボルト弾、そして閃光弾です。模擬戦とはいえ、負傷には注意してください。ヘルメットの着用が義務付けられています。」
「了解。えーっと、…ジェニファーだっけ?よろしく。」
イクタが、隣に座っていた20代前半の男性隊員に話しかける。
「どうも。あのイクタと同じチームだなんて光栄だよ。でもチームとはいえ、あくまで個人間での競争さ。負けるつもりはないよ。」
「そうこなくっちゃ。」
「では、ここがAチームのスタート地点です。ご武運を。」
運転手はそれだけ告げると、集合地へと帰って行った。
「では、試験開始30秒前です!」
本部の敷地中に、アナウンスが鳴り響く。
「試験、開始!」
「行くぞ!」
各地で、各チームがスタートダッシュを切った。
ラザホーは一人、とある洞窟に篭っていた。
「むむぅ…。これだけ負けが込めば、ローレンのやつが俺の回収指示を出すとばかり思っていたのだが…。つまりローレンはそれだけ俺に期待を…?」
ラザホーはそう言いかけて、腕を組んだ。
「…いや、それはないな。俺を地下に放り出しとくのが、今の奴にとって都合がいい。それだけだろう。あいつ、鼻から俺がエレメントを倒せるとは思ってないな。だが俺は倒す。熱い戦いに、ローレンの未来を覆す方法を考えること…。ははっ、毎日が楽しいぜ。退屈しねぇ。」
ラザホーは立ち上がると、ローブの内ポケットから怪獣兵器を取り出した。
「…これが最後の一体か。まさか俺の相棒まで繰り出すことになるとはな。まぁ、こいつは怪獣天国の地上世界をも牛耳っていた奴だ。今までの怪獣とはワケが違うぜ。…とその前に、まずはエレメントを探さなきゃな…。」
ラザホーはゆっくりと立ち上がると、洞窟を後にした。
「うおおおおお!?話が違ーぞ!?」
レプリカ怪獣を発見し、早速戦闘を開始したAチームだったのだが、予想外の出来事に困惑していた。レプリカ怪獣の体の至る所から、プラスチックのレプリカ弾が飛んでくるのだ。
「これじゃうかつに近づけないよ!50点ポイントはおろか、低スコアのポイントも狙えない!」
「ていうか、脱落者が出るレベルだぞ!」
その状況を眺めながら、イクタは銃を構えた。
「まぁ、そりゃそうでしょ。突っ立てるだけのデカブツを倒せても、本番の戦闘では通用しない。これでもまだ安全なぐらいだぜ。本物の怪獣と比べればな。」
イクタは怪獣の懐へと走り出した。
「慌てんな!確かに攻撃範囲とスピードは大したもんだが、こいつは動かない!落ち着けばいくらでも狙えるはずだ!あんたらは、それだけのレベルの兵士のはずだぞ!」
イクタが発破をかける。
「俺が前衛だ!あんたらは建物の陰から撃ってくれ!」
「だ、だがそれなら、正面から高得点ポイントを狙えるお前だけが有利じゃないか!不公平だ!」ジェニファーが叫んだ。
「は、はぁ!?」
「確かに団体戦だが、さっきも言ったろ!個人間での競争なんだ!負けるわけにはいかない!うおおおおお!」
ジェニファーが、体を建物の陰から乗り出し、怪獣の正面から走り出した。心臓や頭部狙いなのだろう。
「馬鹿野郎!脱落すっぞ!」
というイクタの怒声も無視して、ジェニファーが突っ込んでくる。イクタの予想通り、彼は一瞬で6弾を被弾し、ゲームオーバーとなった。
「…クソッ!!」
銃を地面に叩きつけるジェニファー。
「ジェニファー隊員、脱落です。回収します。」
どこに待機していたのか、スタッフが現れ、彼を引き摺って行った。
「…いいかあんたら。高い個人点が欲しい気持ちもよくわかるけど、その為だけに行動して、ボーナス点になる生存点を削っちゃダメでしょ。こういう試験は、1点を争う試験なんだ。俺の指示に従えとは言わん。どう行動するのが自分のためなのか、その小さい脳みそで考えろ。」
イクタは華麗に敵弾を躱しながら進んで行く。
「……。」
他の隊員たちは目を合わせ、頷くと、建物の陰に隠れ、援護射撃を始めた。多数の方向から同時に攻撃を受け、一瞬にして4発を食らった怪獣は、活動を停止した。
「よしっ!」
その瞬間、全員の右腕に装着されてる点数が表示される機械に150という数字が刻まれた。
「えっ!?なんで俺たちまで…。」
「このように、連携点というサービス点もあります。敢えて言わずに、皆さんの団体戦を観察していましたが。どのみち、本番での怪獣との戦闘でも利己的に動く人間は真っ先に死にます。Aチームは、最も生存可能性が高いチームと言えましょう。」
先ほどの案内人のアナウンスが、そう言った。
「なるほどね。…よし、次の目標を探そうぜ!」
「おぉ!」
イクタたちは、再び走り出した。
その光景をモニターで観察していた本部長は唸った。
「イクタは優秀すぎるがあまり、仲間に頼らず全てを自分で行う人間だったのだが、変わったな。まだ頼る、とまではいってなさそうだが、仲間を鼓舞できている。きっと度重なる怪獣との戦闘が彼を変えたのだろう。」
「人は極限状態を経験すると変わるといいますしね。彼の場合は、その極限状態というのを数度も経験してますし。」
「戦力として、あいつが軸になるのは間違いないが、指揮官としても使えるかもしれないな。嬉しい誤算だ。」
本部長は満足そうな表情をしていた。
何度かの戦闘を終え、あっという間に1時間が経過した。隊員同士の戦闘も少なくはなかったのだが、ゲームオーバーは僅かに11人と、ここに集まる隊員の質の高さが改めて感じられた。
「では、試験終了です。迎えを寄越しますので、集合地に戻ってください。」
「しかし流石だなイクタ。生で見ると本当にすごいよ。」
Aチームのチェン隊員が、迎えのジープの中でそう言った。
「ま、俺天才だしな。」
イクタは得意げに答えた。
「お前がいれば、この作戦もきっと上手くいくよ。俺も地上に行きたいんだ。俺の先祖は、地上で生物学の研究をしていたらしいんだ。地上には、地下じゃ見られない生き物とかもたくさんいるんだろうなぁ…。」
「どうかな。放射能で数は減ってるだろうし、一部は怪獣化してる。生態系を壊されてなければいいけど。」
「またまた、夢のない話をするねぇ。」
チェンはやれやれという表情をした。
「俺は、空っていうものを見てみたいな。」
そう言ったのはイルソン隊員だ。
「ここじゃ、いつ上を見上げても天井と、照明しかない。昔小学校で習った、地上の大空ってのをこの目で見たいのさ。だから俺はいつの日か空を飛べるようにパイロットを目指した。地上に出る作戦の企画っていう話を聞いたときは、嬉しすぎて眠れなかったぜ。」
「そうか。俺は一回夢の中で見たことがあるぞ。真っ青で、本当に綺麗だった。」
イクタはあの日を思い出しながら呟いた。あの日、あの夢の後、全ては始まったのだ。
「まぁ、受からないことには取らぬ狸のなんとやら、だからな!後は祈るしかないよ。」
チェンがそう言った。
「祈るって、何に祈るのさ?」
「俺たちの救世主で、希望の灯火。巨人エレメントさ。」
「皆さん。お疲れ様でした。空中戦、地上戦。それぞれの試験から、あなた方の能力を分析し、20人の選抜メンバーを決めました。早速、発表します。」
集合地に全員が揃って30分後のことだった。結果発表の時を迎えていた。
「イクタ隊員、チェン隊員、キャサリン隊員、クワハラ隊員、エドガー隊員、トキエダ隊員、スペンサー隊員ー」
淡々と読み上げられた名前は、あっという間に20を数えた。そこに、空を夢見たイルソンの名はなかった。
「以上の隊員です。まずは合格おめでとうございます。この後本部長挨拶もありますし、内容は重複するかもしれませんが一言。あなた方には、地下世界の、市民の希望を背負っていただく。失敗は許されないミッションです。その命尽きるまで全うしてください。」
「了解!」
選ばれし20人が、敬礼をした。その脇で、人知れず悔し涙を流す隊員が数名いたという事実を、イクタは己の胸に刻んだ。
本部長室の席に座っていた本部長は、立ち上がり呟いた。
「選ばれし若者たちよ!テイクミーハイヤー!今の我々には決して行くことのできないさらなる高みへ…地上へ連れて行ってくれ!」
隊員たちは支部に帰るため、乗ってきた飛行機に乗り込んでいく。イクタはその道中、イルソンを見かけた。イクタは彼の肩にそっと手を置き、数秒停止すると、何も言わずにそのまま去って行った。
続く。