やっと、身の回りが落ち着いて来ましたよ
復活祭の休み、ホグワーツの生徒たちにはたくさんの宿題が出された。普段から勉強をしていたレイラやアルフレッド、ドラコ、ダフネなどは苦もなくやり遂げていたが、そうはいかない者がほとんどだった。
宿題を終えた者は終わらない者にアドバイスをしたり、自分の時間を有効に使ったりして休暇を過ごした。
休暇が開けて一週間が経つころ、レイラは人目につかない校庭の木陰で、妖精たちにビスケットを分け与えていた。金髪の妖精、緑髪の妖精、この日初めて見た水色の髪をした少年の姿の妖精。
彼らにビスケットを砕いて手渡していたレイラは、ハグリッドの小屋がある場所へと走る三人組を見た。ハリーたちだ。レイラはゆっくりと立ち上がると、少し歩いて、ハグリッドの小屋が見える場所で止まった。視界の先では、ハリーたち三人組が、小屋に入って行くところだった。
小屋の窓には全てカーテンが閉められており、中の様子を見ることはできない。程なくして、ハリーたちが歩いて行った道を、ドラコが進んで行く。
——ドラコがここにくるなんて、珍しいな。
普段はクラッブとゴイルとともに談話室にいることが多いドラコが、今は一人でハグリッドの小屋へと歩いて行く。マルフォイは小屋の周りをグルグルと回って、カーテンの隙間を見つけたのか、立ち止まって窓を覗き込んだ。食い入るように覗き見ていたかと思えば、驚いたように飛び上がって、来た道を走って引き返して行った。
どうしたのかと、ドラコの後ろ姿を見るレイラの肩に、金髪の妖精が乗った。レイラは持っていたビスケットのかけらを妖精にあげる。顔をほころばせてビスケットを食べる妖精を見て、レイラはクスリと笑った。
次の週、レイラは地下の魔法薬学の教室で、スネイプの助けを借りながら骨生え薬を制作した。効能に関してスネイプのお墨付きをもらい、瓶に入れて持って帰ることができた。多く作ったので、スネイプは瓶を数本用意し、マダム・ポンフリーの医務室に持って行ってはどうかと提案した。その旨と自身の名前を書いたメモ用紙をレイラに渡したスネイプ先生は、機嫌がよさそうに見えた。
自身の祖先が発明した薬を自分も作ることができたと、喜んだレイラは上機嫌で医務室へと向かった。その途中でアルフレッドに会い、彼が骨生え薬の瓶を持ってくれることになった。
マダム・ポンフリーに骨生え薬を見せると、彼女は驚いた顔をしてレイラを見た。続いてスネイプ先生のメモを見せると、マダム・ポンフリーは喜んで薬を受け取った。
「そろそろ新しいものを買おうかと考えていたところよ、ありがたく使わせてもらうわね」
「お気になさらず、作りすぎてしまったので」
医務室の保管庫に薬をしまったレイラとアルフレッドが談話室に戻ろうとしたところで、一人の男子生徒が医務室に走って入ってきた。ロンだ。手をローブに隠すようにして、キョロキョロしている。
「一人かい、ロン」
「うわぁっ! …………なんだ、レイラか」
呼びかければ肩をびくりと跳ね上げ、ロンはとても驚いていた。その時に隠していた手がローブから見え、レイラとアルフレッドは顔をしかめた。ロンの手には噛み傷があり、緑色になって手の二倍の大きさに腫れ上がっていた。
「ロン、その手は?」
「い、犬に噛まれたんだよ。菌が入ったみたいで、変なふうに腫れたんだ、うん」
しどろもどろになりながら、ロンは早口でそう言い切った。明らかに何かを隠しているようではあったが、レイラは問い詰めることはしなかった。
「何をしてるのかは知らんが、気をつけろよ」
「う、うん」
レイラとアルフレッドは医務室を出ると、正面からドラコが医務室へと向かってきた。
「やあ二人とも」
「こんにちはドラコ」
「怪我をしたようには見えないが、何かあったか?」
「そんなところさ、失礼するよ」
スッと二人の脇を通って、ドラコは医務室へと入っていった。不思議がる二人だったが、追いかけることはなく寮へ足を向けた。
翌日、寮の得点を記録している大きな砂時計のそばを通った生徒たち、特にグリフィンドール生は大いに驚いていた。彼らは真っ先に事の真相を探った。レイラも砂時計をアルフレッドと歩いていた時に見ていた。レイラは勉強に関しての要領がよく、先生方から褒められ、得点を獲得していた。そのためスリザリンの点数は他と離れていたのだが、グリフィンドールとのその差が大きく開いていた。数日前の時点で五十点、スリザリンがリードしていたのだが、今朝見てみればまた百点に開いていたのだ。
砂時計からわかるグリフィンドールの得点は、一五〇点も減っていたのだ。スリザリンからは五十点が引かれていた。そして噂が広がり始めた。
ハリー・ポッターが、あの有名なハリー・ポッターが、クィディッチの試合で二回も続けてヒーローになったハリーが、寮の点をこんなに減らしてしまったらしい。何人かのバカな一年生と一緒に。
その噂を聞いた時、レイラは顔を手で覆って固まった。
——いったい何をしたんだハリー!
事の真相がわからず、ハリーの悪口を言う人が多くなった中で、レイラは悶々としながら過ごしていた。授業が終わった教室で、ハリーに「ありがとよポッター」と声をかけたゴイルに口閉じの呪いを飛ばして黙らせる。
「気をしっかり持って。大丈夫、きっとみんな許してくれるよ」
そうハリーを励まして立ち去ろうとしたレイラは、ハリーに腕を掴んで止められた。
そこでレイラは、ハリーから事の成り行きを教えられた。ハグリッドがもらったドラゴンの卵を孵し、それをロンの兄のチャーリーに送ったところでフィルチに見つかってしまったのだ。ハリーとハーマイオニー、そしてネビルの三人合わせて百五十点の減点。もう一人、ドラコが出歩いており、五十点の減点。スリザリンからも五十点引かれていたのはドラコが原因だったのだ。
それからというもの、ハリーたちは近づいていた試験の勉強に専念した。そうすれば少しは惨めさを忘れることができたのだから。図書室にロンとハーマイオニーを連れて勉強しにくるので、レイラは喜んで一緒に勉強した。
ある朝、ドラコの朝食のテーブルに一通の手紙が届いた。内容は、隣にいたドラコがレイラに不満を漏らしたことで知ることができた。この前の夜に出歩いていた罰則を、今夜の十一時に行うので玄関ホールに来るように、といものだった。ハリー、ハーマイオニー、ネビルにも同じ手紙が届いていたようで、グリフィンドールのテーブルでは三人がそれぞれを見合っていた。
その後のレイラは素早く動いた。朝食を終えて寮に戻るグリフィンドール生の中で、最後まで残っていたハリーたちに近づく。
「おはようハリー。少し時間はある?」
「おはよう。うん、大丈夫だよ」
先生方も席を立ち、授業の準備へと向かっていく。残っているのはダンブルドア校長くらいだ。
レイラは小声でハリーに話しかける。
「今日の授業終わりに、ハリーの透明マントを借りたいんだ。大丈夫かな?」
すると、ハリーはバツが悪そうに顔をうつむかせた。
「それが、ドラゴンを送った時に、天文台に透明マントを置いてきちゃったんだ。次の日に急いで取りに行ったけど、見当たらなくて……」
本当にごめんね。と、ハリーは力なく言って、ハーマイオニーたちを連れてその場を後にした。
その日の夜十九時、レイラはベッドのシーツの中に何かが隠されていることに気づいた。シーツをめくってみれば、そこには透明マントがメモとともに綺麗に畳まれて置いてあった。レイラはメモを手に取る。
「『必要な時のために』、ねえ」
パジャマを私服に着替えて、その上にガウンを着る。ガウンの内ポケットに杖を差し、透明マントを脇に挟んで隠した。
寮の談話室に向かえば、そこにはアルフレッドが読書をしていた。他の生徒も幾人か見られた。レイラはアルフレッドに声をかけて、彼の座っていたソファに腰を下ろした。
「今夜、少し出てくる」
アルフレッドは本から顔を上げ、レイラの瞳をまっすぐに見つめてきた。
「今夜の罰則のことか」
気づいていたか。とレイラは素直に頷いた。アルフレッドは「そうか」と言ったきり、読書に戻ってしまった。レイラは視線を暖炉に向ける。パチパチと音を立てて、暖炉には赤い火が穏やかに燃えている。
「止めないんだな」
「……ああ。俺が何と言ってもお前は行くだろう」
「あはは。そうだな、その通りだ」
時刻が十一時に迫る頃、マルフォイがそそくさと談話室を通って外に出て行った。それを見届けたレイラは、談話室に自分とアルフレッド以外の生徒がいないことを確認してから談話室を出た。
扉を閉める前に、体を滑り込ませたアルフレッドが出て来てレイラは驚いた。
「なんだ、君もくるのか?」
「一人よりは二人の方がいいだろう」
呆れたようにアルフレッドを見て、レイラは透明マントでアルフレッドごと身を隠した。その際に驚いた顔をしていたが、やはりマントは珍しいものなのだと実感した。
玄関ホールに来れば、もうすでにハリーたちは行ってしまったようで、丁度フィルチが入ってくるところだった。レイラとアルフレッドは息を殺し、フィルチはそんな二人に気づくことなく何処かへ消えてしまった。
急ぎ足で玄関ホールを抜け、フィルチが来た方向を見る。遠目にだがランプらしき明かりが見え、その下に一人の大男と四人の生徒らしき影が見える。罰則を受ける生徒の数と同じだ。すると、あの大男はやはりハグリッドだろうか。
ランプの進む方向を見ていたアルフレッドが、「見ろ」とレイラを呼び止める。
「あの方向、森だ」
「それは見れば……禁じられた森か?」
「ああ、急いだ方がいいな」
速度を速めた二人は、ランプの光を目印に移動した。やがて光は森の中に消えてしまったが、二人はちゃんと森の入り口まで来ることができた。
木の根を跨ぎ、潜って二人は森を進んで行く。森などに多いという妖精は、全く見受けられなかった。大声でハリーたちを呼ぶわけにもいかず、どうしようかと思い始めた二人だった。
「ぎゃああああアアア!」
丁度二人の進む先から、男の子の絶叫が聞こえて来た。顔を見合わせて頷いた二人は、声のした方へと足を早めた。
途中、悲鳴を上げて走って来たマルフォイが前方から現れたが、レイラは特に引き止めるでもなく道の脇に逸れて躱した。
「いいのか?」
「ああ。きっとあのまま走って、誰かの助けを呼んでくれるかもしれないからな」
本音としてはあまり役に立たないだろうという思いがあったが、そこには触れない二人。
木々の隙間を抜け、一際大きな木の幹を回り込んだところにハリーだけがいた。そしてハリーと対峙するようにして、対面にフードで頭をスッポリと包んだ何かが、まるで獲物を漁る獣のように地面を這ってきていた。
影が立ち上がり、ハリーに迫る。ハリーは動けずにおり、額の傷跡を押さえて顔をしかめている。レイラはとっさにマントをアルフレッドに預け、影とハリーの間に割り込む。
「れ、レイラ! どうしてここに!」
ハリーの叫びには答えず、杖を取り出して「ルーモス」という杖に光を灯す魔法を唱えた。
明るくなった視界で、レイラは立ち上がった影をはっきりと見た。その瞬間、左目の奥が激痛を訴える。体のバランスを失いかけたが、ここで倒れるわけにはいかないと力を振り絞ってしっかりと立つ。そして赤く染まった虹彩と緑の目で、影を睨みつけた。
フードに隠れた顔から、銀色の雫が垂れる。レイラが訝しんでいると、透明マントを脱いだアルフレッドが隣に立った。その視線は、影の背後に横たわったある生物に注がれていた。
「ユニコーン……その血を飲んでまで生を諦められないとは…………」
すでに事切れているユニコーンを悲しむアルフレッドの言葉で、レイラは影の背後にいた生物がユニコーンであったことを知る。そして、鋭い洞察力と一年生ながらも上級生に迫る知識を蓄えていたレイラは事の真相が見えて来ていた。
そして見えたからこそ、杖を握るレイラの手にいっそう力がこもる。
「……お前が」
続く言葉を言おうとした時、地面を蹴る蹄の音が近づいて来た。ハリーの真上、レイラの横をヒラリと飛んで、影に向かって突進した。レイラはすぐにそれが何であるかを理解した。腰から下が馬、上が人の体を持つ生物といえば、ケンタウルスだろう。
プラチナブロンドの胴体、その後ろ足で立ち、前足で威嚇する。影はこちらを伺うようにしていたが、すぐに後ろを向いて消え去った。完全に姿が見えなくなってから、レイラはハリーの手を掴んで引っ張り上げた。
「怪我はないかい?」
「ありがとう……、あれはなんだったの?」
「おそろしい怪物だよ。ユニコーンの血は、たとえ死の淵にいる者さえも命を長らえさせてくれる。しかし、その血が唇に触れた瞬間から、その者は呪われる」
杖の光を消し、レイラは誰か近づいてくる者がいないか耳をすませていた。アルフレッドはしゃがみ、地面や木の根を手で触れていた。
「いったい誰が、そんなことを?」
「他の何かを飲むまでの間だけ、生き長らえればよいとしたら——完全な力と強さを取り戻してくれる何か——決して死ぬことがなくなる何か。ハリー、今この瞬間に、学校に何が隠されているのか知っていますか?」
「『賢者の石』、そうか、命の水だ! でも、誰が……」
「力を取り戻すために長い間待っていたのは誰か、思い浮かびませんか?」
ハリーとケンタウルスの話を、レイラは黙って聞いていた。レイラの考えと、人よりも賢いとされるケンタウルスの考えが同じかを確かめていたのだ。そしてここまで、間違えてはいなかった。
「それじゃ……僕が、今見たのはヴォル……」
「ハリー、ハリー、大丈夫なの?」
道の向こうから、ハーマイオニーの声が聞こえた。レイラはハリーに、唇に人差し指を当てる仕草をする。それを合図にしていたかのように、アルフレッドが自分とレイラに透明マントをかぶせて姿を消した。
ハーマイオニーを先頭にして、ハグリッドが息を切らせて走ってきた。
「おおフィレンツェ、ハリーを助けてくれたんか。無事か?」
「僕は大丈夫だよ」
ハリーはそう言って、ハーマイオニーとハグリッドに無事な姿を見せる。
「ここで別れましょう。君はもう安全だ」
来た道を引き返すハグリッドに着いて行くハリーは、振り返ってフィレンツェの方を、正確にはレイラがいるであろう場所を見つめた。レイラは他に誰も見ていないことを確認してから、マントから右腕だけを出して手を振った。
三人の姿が見えなくなってから、レイラはフィレンツェと呼ばれたケンタウルスに礼を言うべくマントを脱いだ。
「ありがとう、フィレンツェさん。助けに来てくれて」
「なんてことはないさ、レイラ・ポッター。今夜は火星が明るかったからね」
「……火星?」
話題をそらしたのかとも思えたが、ケンタウルスは天文学に秀でていることから、何かしらの意味を込めた言い回しなのかもしれないと納得した。
フィレンツェはレイラに向いていた体を、アルフレッドへと向けた。数秒、二人は目線を交わし合った後、アルフレッドが顔をそらした。
「君もまた、数奇な運命を背負っているね」
「……満足してる」
レイラの見つめる先で、アルフレッドはあまりその話をしたくはないようで不機嫌そうでいる。チラリと目が合ったが、すぐにそらされた。
フィレンツェは二人を森の際まで送ってくれた。そこで二人を待っていた人物がいた。白く長い髭に半月メガネの老人、ダンブルドアだ。
「こんばんはダンブルドア、お散歩ですか?」
「やあフィレンツェ。なに、生徒をベッドまで送りに来たんじゃよ。見つかっては大変だからの」
そう言って、ダンブルドアはレイラとアルフレッドにウインクをしてみせた。フィレンツェはダンブルドアに頷いてみせると、森の中へと駆けて行った。
「さて二人とも、ベッドに戻ろう」
「ええ」
「はい」
隣をダンブルドア校長が歩くが、念のためということで二人はマントを被った。
「今夜は随分とスリリングな夜だったようじゃが、何があったのか教えてもらえるかの?」
学校への道を登って行く途中で、ダンブルドア校長はまっすぐ前を向いたまま問いかけて来た。レイラは正直に、森で見たものについて話した。さして驚いた様子もなく、まるで確認作業のようにダンブルドアはその話を聞いていた。
「校長、今夜見た影はもしかして……」
「その答えはフィレンツェから教えられているのではないかの? ……あまりこのことは口外しないように。実感がないじゃろうが、彼は多くの者から恐れられていた。それが生きているともなれば……」
「大混乱、というわけですか」
ダンブルドア校長に送られて、二人は寮の前まで来た。レイラはダンブルドア校長に、「ハリーに届けてもらえますか?」と透明マントを畳んで渡す。校長はその頼みを快く引き受けてくれた。
「では、おやすみ二人とも。今夜のことは、ここだけの秘密じゃ」
ダンブルドアはそう言うと、鼻歌を歌いながら上へと続く階段を上っていった。
アルフレッドは、レイラが自分の予想に反して大人しくしていたことが不思議だった。人というのは親を殺した仇が目の前にいれば、飛びかかるようなものだと思っていた。
寮へと続く穴をくぐり抜けた時、先頭を歩いていたレイラが振り返ってこちらを見る。
「どうした?」
反射的に、声をかける。振り返ったレイラは、口元がわずかに緩んでいた。単純な喜びではないことは、一目見て分かる。
——これは、歪んでしまっている。
「嬉しいんだ。両親の仇を、取る機会があるってわかったから」
復讐に囚われて自棄になるようなやつでないことは、アルフレッドはよくわかっている。だがそれでも、そんなレイラの様子を見ていたくはなかった。
今度リラックス効果のある茶葉でもフクロウ便で届けてもらおうと考えるのと同時に、あることを願っていた。
——早く
そう言えば、何度か指摘を受けていますが
レイラさんの口調が男っぽくなるのは仕様です。