時間を取ってお読みくださいませ。
ホグワーツの試験期間。それと重なるようにして、レイラの左目の奥がズク、と痛む時があった。表情には出ないようにしていたが、ハリーが額の傷を抑えていたので、何か関わりがあるのではとレイラは疑っていた。
全ての試験において、十全な準備をして挑んだレイラは試験の最終日、魔法史のテストを終えると校長を探して歩いた。
テストが終わったことで、歓声をあげて校庭を走り回る生徒たちを横目に、レイラはついにダンブルドア校長を見つけることができた。
「それで、わしに何か相談でも?」
「ええ、お話ししたいことが」
ダンブルドアに連れられて、レイラは校長室の前までやってきた。「ペロペロ酸飴」とダンブルドアが言えば、二体のガーゴイルの石像が左右に移動し、門が自動的に開いた。
中へと入って行くダンブルドアに付いて中に入ったレイラは、校長室の中に置かれた多くの魔法道具や肖像画に息を飲んだ。
大きな机の近くには、赤い羽を持った優雅な鳥が止まり木にいた。レイラはゆっくりと、手を近づける。鳥は嫌がるそぶりを見せないので、レイラはそっとその体を撫でる。目を細めて心地好さそうに喉を鳴らす鳥に、レイラは自然と笑みを浮かべていた。
「フォークスといってな、知っているかもしれんが、不死鳥というのじゃ」
「これが……」
フォークスと呼ばれた不死鳥の頭を撫でながら、レイラは意外そうに見つめた。
少しすると、ダンブルドアがお茶とお菓子を用意して椅子を勧めてくれたので、レイラはお礼を言ってから腰掛けた。
紅茶を一口飲んでから、レイラは自分の目に起きている異常について、ハリーのことも含めて語った。
「……おそらくは危機が、せまっておる」
「わたしたちの繋がりが、警鐘を鳴らしたと?」
「そう考えるのが良いじゃろう、しばらくは夜の散歩は控えた方が良い」
「わかりました、くれぐれも気をつけます」
レイラの返答にダンブルドアは頷くのと同時に、一通のフクロウ便がやって来た。ダンブルドアは杖を振って手紙を引き寄せると、封を切って手紙を読む。手紙の内容が少なかったのか、ダンブルドアはすぐに手紙を折りたたんだ。
「すまぬが、魔法省からの緊急の呼び出しがあった。わしはロンドンに出かけることをマグゴナガル先生に伝えねばならぬゆえ、これでお開きじゃ」
「いえ、貴重なお時間をありがとうございました」
校長室から退室したレイラは、吟遊詩人ビードルの物語を読み進めようと寮へと向かった。寮へ向かう途中の大広間前のホールで、レイラはハリーたち三人組が慌てたように辺りを見回している姿が目に入ってきた。
「どうしたんだい三人とも? まるで迷子みたいだ」
「レイラ!」
レイラが声をかけたことで三人の顔が驚いた顔を見せてから、すぐに何かを思いついたような顔をした。首をかしげるレイラに、ハリーが足早に近づいた。
「聞きたいんだけど、ダンブル……」
ハリーが「ダンブルドア」と言い切る前に、本を山のように抱えたマクゴナガル先生が現れた。
「そこの四人、何かあったのですか?」
「ええと……」
「……ダンブルドア先生に、お目にかかりたいんです」
ハーマイオニーが一歩前に出て、マクゴナガル先生にそう言った。先生はまるで怪しいものを見るように四人を見つめた。
——ああ、これは理由を言わなきゃ話してくれないだろうな。
表情からそう読み取ったレイラは、くるりとハリーたち三人の方へと向き直った。
「校長なら魔法省からの呼び出しで出かけたはずだから、今はいないはずだよ」
レイラの言葉に、ハリーたちはショックを受け「そんな」と口にし、マクゴナガル先生はどこでそれを知ったのかと訊ねてきた。それにレイラは、「先程たまたま会ったので」と誤魔化した。
「ダンブルドア先生にお伝えするだけでもいいんです……『賢者の石』のことなんです……」
おや、とレイラは意外そうにハリーを見た。まさかそのことを先生に明かすとは思ってもいなかったのだ。
——マクゴナガル先生が共犯の可能性とか、考えなかっただろうか。確率は低いけど。
レイラの見つめる先で、ハリーはなおも食い下がる。
「僕の考えでは、いいえ、僕は知ってるんです。スネー……いや、誰かが『石』を盗もうとしています。どうしてもダンブルドア先生にお話ししなくてはならないのです」
マクゴナガル先生は驚きと疑いの入り混じった目をハリーに向けていたが、しばらくしてやっと口を開いた。
「ダンブルドア先生は、明日お帰りになります。あなたたちがどうしてあの『石』のことを知ったのかわかりませんが、安心なさい。盤石の守りですから、誰も盗むことはできません」
「でも先生……」
「ミスター・ポッター。二度同じことは言いません」
先生はきっぱりとそう言うと、ホールから出て行ってしまった。
「今夜だ、スネイプが仕掛け扉を破るなら今夜だよ。フラッフィのなだめ方なんかも分かったし、ダンブルドアも追い払った」
「ハリー、危険なことは……」
レイラが注意しようとしたとたん、ハーマイオニーがレイラの背後を見て息をのんだ。ハリーとロンも同じように、息をのむ。レイラが振り返れば、そこにはスネイプ先生が立っていた。
「諸君、どうかしたのかね? こんな風にウロウロしているところを人が見たら、何か企んでいるように見えますぞ。グリフィンドールの失点は、これ以上しない方が良いだろう?」
スネイプはとってつけたような歪んだ微笑みを浮かべた。
ハリーたち三人は逃げるようにしてその場を後にした。残ったのはレイラと、スネイプ先生の二人だ。
「君も気をつけたまえ。校長がいない今、この学校は安全とは言い難い」
先ほどのハリーたちへの態度とは変わり、レイラに心配そうな表情を向けるスネイプ。レイラはその様にわずかに苦笑して、それから頷いた。
「ええ、校長からも気をつけるよう言われました。安心してください、自分から危機に飛び込むようなことはしませんよ」
スネイプ先生が頷いたのを見て、レイラは微笑みを返し、その場を後にした。
その夜、レイラは制服姿のまま談話室におり、吟遊詩人ビードルの物語を黙々と読んでいた。その様子を見ていたアルフレッドが、チョコレートの差し入れを持って、レイラの座っていた三人がけのソファに腰掛けた。
レイラは差し出されたチョコレートを手に取り、美味しそうに頬張った。
「なあアルフレッド、三人兄弟の話でさ」
レイラは読んでいた本のページを指して、隣に座るアルフレッドに見せる。
「ここに出てくる透明マントなんだけど……」
「ああ、この間お前が使ったものも、透明マントだったな。……魔法界に透明マントはそれなりに存在している。デミガイズという魔法生物の毛を織ったものや、普通のマントに目くらまし術をかけることで作れるが、透明化の効果は永続しないし呪文をかけられると解けるとも言われている」
アルフレッドはそこでいったん区切り、チョコレートを一個つまんで食べた。
「だけど、その本に出てくる透明マントは特別でな。透明化の効果は永続し、呪文の影響を受けないと伝わっている」
「なるほど、それで浮遊呪文が効かなかったわけか。しかし、そんなものを父さんはなんで……」
「誰かにもらったか、拾ったか……いや、ないな。わからん」
「だよなぁ。……よし、わたしはそろそろ行くよ」
それを受けて、アルフレッドはため息をついた。
「取り敢えず本を置いてこい、俺も行く」
「はいはい、まったく過保護なんだから」
またため息をつくアルフレッド。一体どうしたのだろうと、レイラは首を傾げつつも本を自室のベッドに置いて、また談話室へと戻った。
戻ってきたレイラが見たのは、灰色のマントを腕にかけたアルフレッドだった。アルフレッドはそのマントを広げて見せた。
「デミガイズの毛で作られた模造品の透明マントだ。禁じられた廊下までは姿を隠せたほうがいいだろうからな」
「へぇ、それは助かる」
二人はマントに隠れて寮を抜け出し、四階の禁じられた廊下を目指した。途中で誰かと遭遇することもなく、問題なく目的地へとたどり着いた。
「さて、ハリーはもう先に行ってしまったか、まだ来ていないか。……入って見ないことには分からないか」
「……いざとなったら口笛でも吹こう」
「あはは、わたしは手でも叩くよ」
そっと廊下の扉を開ければ、まず目に入って来たのは金色のハープだった。しかし音色は奏でられてはおらず、三頭犬は扉の開けられた隠し扉に鼻を押し込んで匂いを嗅いでいた。レイラは三頭犬に気づかれる前にローブのホルダーから杖を抜き、一振りしてハープを鳴らす。一度音のする方へと顔を上げてから、間をおかずに三頭犬は眠りに落ちた。
頭をあげたことで隠し扉の上が空き、レイラは「ルーモス」と唱えて光を灯し、扉の先を覗き見た。長く続いていそうな穴の先には、何かがうごめいているように見える。さらにその中に、ハリーの透明マントが置き去りにされているのが見えた。
ハープの音色が奏でられる中で、レイラは額を抑えてため息をつく。
「ああ、ハリーたちは先に行ってしまったか……。色々考えすぎて出遅れたな」
レイラは隠し扉を覗き込み、トネリコの杖を構えた。アルフレッドが先に入ろうと身を乗り出したが、レイラはそれを手で制した。
「わたしが先に行くから、何かあったら魔法で引き上げてくれ」
「……はあ、わかった。気をつけろ」
渋々といった様子で譲るアルフレッドに「大丈夫さ」と声をかけて、レイラは穴に降りた。それなりに長い落下中、レイラは制服のスカートを抑えつつクッション呪文を唱えて落下の勢いを消す。
少し柔らかい感触の足場に着地してすぐに、レイラの足に太い縄のようなものが巻きついて来た。
「ちょっ……抜けないんだが…………」
それなりに強い力で締め付けてくる縄から抜け出せないでいると、隠し扉の入り口からアルフレッドの声が聞こえて来た。
「レイ、無事か!」
「た……あ、わっ」
助けて、と言おうとしたところで、レイラは自分の状況をこの時理解した。太腿あたりまで沈んできたところで、うごめく縄のせいで制服の下が大変なことになっていた。
——今アルフレッドに来られたら死ぬ。……なんで制服で来たんだ、わたしのバカ!
「返事がなければすぐに降りるぞ!」
「ま、まって! 大丈夫! 大丈夫だからそのまま待っててくれ、というか来るなー!」
羞恥で顔全体が熱くなっていることを自覚し、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。自分の失態でありながら、逆恨みであった。その間も抜け出そうとする自分をさらに締め付ける縄の正体に、レイラは答えを出した。
——ふ、ふふ。分かったぞ、さては「悪魔の罠」だな。そうと分かれば対処は簡単だ。
「燃えてしまえ、『ラカーナム・インフラマーレイ』」
レイラの杖から放たれた呪文が離れた位置の悪魔の罠の蔓に当たり、瞬く間に燃え上がった。燃やされたことで拘束が緩み、レイラはその下の空間へとストンと落下した。
「いいぞ!」
レイラが天井に向けて声を上げれば、少し遅れてアルフレッドが上の悪魔の蔓に着地した音が聞こえてきた。
——あ、忘れてた。
「燃えてるから気をつけろよ」
「先に言え!」
空いていた隙間からレイラのいるところへと落ちてきたアルフレッドが尻餅をつきながら批難の目を向けるが、レイラは笑って受け流した。座ったままのアルフレッドに手を差し伸べて立ち上がらせると、二人は唯一ある扉へと向かって歩き出した。
「ところで、さっきは大丈夫だったのか?」
「ああ、うん。平気さ。気にすることじゃない」
「ふむ……どこかを怪我したようでもないし、まあいいだろう」
壁を伝って落ちる水滴の音を聞きながら、二人は奥へ続く石造りの一本道を歩く。通路は下り坂で、滑らないように慎重に歩いていたレイラの耳にチリンチリンという音が聞こえてくる。柔らかく擦れ合う音が、扉の向こうから聞こえてくるのだとわかるのはすぐだった。
「聞こえるか?」
レイラは後ろを歩いているアルフレッドに振り返ると、彼は黙って頷いた。そして、今度は自分が先に行くとばかりにアルフレッドがレイラの前に出て、扉を開けた。
次の部屋へと入って行くアルフレッドの後を追ってレイラが中に入ると、そこはまばゆく輝く部屋だった。宝石のようにキラキラとした羽を持つ鍵があちこちを飛んでいた。
「鍵の……鳥」
「レイ、扉に鍵がついてる。多分あれらのどれかが扉を開けられるんじゃないのか?」
「……だろうな、ご丁寧に箒が置いてある」
置いてある。というよりは腰の高さで浮かんでいる箒を掴んで、レイラはスカートを箒と足で挟んでまたがった。
「どれが当たりか判るのか?」
鍵の群れを目で追うアルフレッドが問いかけると、レイラは不敵に笑った。
「もう見つけた」
レイラは地面を蹴り、空中を飛ぶ鍵の群れへと舞い上がった。レイラの視線の先には金色の鍵の中に一つだけある銀色の鍵が飛んでいた。羽ごと無理に掴まれたのか、その羽は折れ曲り、力なく飛んでいた。
レイラが銀の鍵めがけて直進すると、当然のように鍵は逃げる。天井の梁の隙間を鍵がくぐれば、レイラもその後を追い、部屋の隅から隅までを飛び回る。折れた羽で飛び回るのに無理があったのか、鍵はだんだんと速度を遅くしていく。レイラはそれを逃さず、鍵に追いつくと片手で鍵を捕まえた。
急いで着地すると、アルフレッドが駆け寄ってくる。
「すごいな、箒に乗ることなんて少ないだろうに」
「きっと父さんのおかげだな」
誇らしげに笑うレイラの手の中で、バタバタと鍵が暴れた。鍵を握り直すと、レイラは鍵穴へと差し込んで回す。カチャリと音を立てて扉が開く。
すると扉の向こうには巨大なチェス盤が鎮座していた。二人はそろそろと中に入り、辺りを見回す。チェス盤の上には黒白のチェスの駒が置かれ、そのいくつかは砕けて転がっている。
「レイ、誰か倒れてる!」
アルフレッドがそう言って駆け出し、レイラもその後を追う。チェス盤の端で、盤に背を預けて気を失っているロンがいた。
レイラはしゃがんでロンの顔を覗き込み、鼻に手を当てて呼吸を確認した。
——さすがに死んではいないか。
手を当てたからか、ロンが身じろぎをしてうっすらと目を開けた。
「うん……あれ? なんで君達がここにいるんだ?」
「ハリーが心配でね、ロンは大丈夫?」
そう聞いて自分の体を見回すロンの頬に擦りむいたような傷ができていた。レイラはロンのアゴを掴んで顔を固定して、杖を抜いた。
「じっとしてて、頬を擦りむいてる。……『エピスキー』」
傷を治す応急手当ての呪文を唱えれば、ロンの擦り傷が消えるようにして癒えていった。頬の痛みが消えたロンはハッとして、傷があった場所を恐る恐る触った。
「治ってる……すごいじゃないか! あ、こほん。ありがとう」
ぎこちなくお礼を言ったロンは、左手を曲げてレイラに見せた。
「多分骨を折ってるんだけど、これも治るかな?」
「治るけど、相当痛いらしいよ。大人しくマダム・ポンフリーのところへ行くんだね」
「そんなぁ……」
「……レイ、グレンジャーだ」
アルフレッドがそう言って見つめる先の扉から、ハーマイオニーがこちらへと駆けてくる。起きているロンを見て、ホッとしたような顔をしている。
「あの、二人……ともっ」
急いでいたせいで息の乱れるハーマイオニーが数度深呼吸して、落ち着いてから再び口にした。
「ハリーが一人でこの先に行ったわ。一緒に行きたかったけど、通れるのは一人だけって!」
ポロポロと泣き出したハーマイオニーをレイラは優しく抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫さ。わたしが行って、ハリーを守るから。だから安心して、きっと平気だよ」
抱きしめる手を緩めて、レイラはアルフレッドに近づく。目の前まで近づいたアルフレッドの目は、ひどく心配そうな表情をしていた。
「お前を一人で行かせることに変わりはないんだけどな。……ペンダントは持っているか?」
「うん? ほら」
レイラはスカートのローブのポケットから翡翠色の宝石がはめられたペンダントを取り出す。アルフレッドはそれを受け取ると、付いていた紐を解いてレイラの首にかける。半ば抱きつくような体勢だが、レイラは気にしないことにした。
「そのペンダントはお守りだ。首にかけてないと効果がないからな」
「そうか、今度からは首にかけるよ。……ありがとう」
レイラはアルフレッドにダンブルドアを呼ぶこと、ハーマイオニーにはロンを医務室に連れて行くことを指示して、扉へと歩いて行く。扉へ入る直前に、顔だけ三人に向けて朗らかに笑う。
「それじゃあ、また明日」
コツコツとローファーが石の床を叩く音を響かせながら、レイラは次の部屋へと進む。
次の部屋の中には、ただのテーブルがあり、その上に形の違う七つの瓶が一列に並んでいた。
——スネイプ先生か。
扉の敷居をまたぐと、レイラが通ってきたばかりの入り口が紫の炎に包まれた。同時に前方のドアの入り口には黒い炎が上がった。
意を決してレイラはテーブルに近づき、そこに置かれている巻き紙を手に持つ。そこには、瓶の中に入っている薬のどれか一つが部屋を通ることを可能にする薬が入っていること、うち一つが毒であることが書かれていた。さながらクイズのようにヒントが書かれていたので、レイラは口元を緩めた。
前には危険 後ろは安全
君が見つけさえすれば 二つが君を救うだろう
七つのうち一つで退却の 道が開ける その人に
二つの瓶は イラクサ酒
残る三つは殺人者 列にまぎれて隠れてる
長々居たくないならば どれかを選んでみるがいい
君が選ぶのに役立つ 四つのヒントを差し上げよう
まず第一のヒントだが どんなにずるく隠れても
毒入り瓶のある場所は いつもイラクサ酒の左
第二のヒントは両端の 二つの瓶は種類が違う
君が前進したいなら 二つのどちらも友ではない
第三のヒントは見たとおり 七つの瓶は大きさが違う
小人も巨人もどちらにも 死の毒薬は入ってない
第四のヒントは双子の薬 ちょっと見た目は違っても
左端から二番目と 右の端から二番目の 瓶の中身は同じ味
そして取り掛かってすぐに……
——あれ? これって案外簡単だ……
レイラは迷うことなく左から三番目の一番小さな瓶を手に取ると、ためらわずに飲み干した。体が氷に触れているような冷たさで包まれ、正解を選んだのだと確信を持てた。黒い炎に近づいてその中に左手を入れる。薬が効いて熱くないことを確認すると、レイラは炎に身を晒した。
炎をくぐって通路から出れば、そこが最後の部屋だった。レイラはハリーの透明マントを被って姿を隠す。
「あなたが! でも、そんな。スネイプのはずじゃ……」
部屋の中心にはみぞの鏡が置かれ、それを覗き込むクィレル。ハリーがその姿を見て驚愕している。
「セブルスか?」
クィレルは笑った。いつものかん高い声ではなく、冷たく鋭い笑いだった。
「確かに、セブルスはまさにそんなタイプに見える。彼が育ちすぎたこうもりみたいに飛び回ってくれたのがとても役に立った。スネイプの側にいれば、誰だって、か、かわいそうな、ど、どもりの、ク、クィレル先生を疑いやしないだろう?」
なるほど、とレイラは納得した。クィディッチでの一件や、スネイプ先生がクィレルを脅していたとのハリーの言葉だって、スネイプ先生が味方であると考えれば、残る悪役はクィレルしかいないだろう。
マントで身を隠しながら二人の様子を伺ったレイラだが、クィレルに視線を向けた時、左目の奥が一際強く痛んだ。
「——ッ!?」
なんとかうめき声をあげずに堪えたものの、その場でうずくまってしまった。
——なんだ、アレは? 人であるのに、人じゃない。
レイラの左目に映るクィレル。その周りには、人の枠から外れた何かが巻きついているように見えた。
「ポッター。君はいろんな所に首を突っ込み過ぎる。もう少し君の姉を見習っておとなしくしていて欲しかったよ。ハロウィーンの時もあんな風に学校中をチョロチョロしおって。『賢者の石』を守っているのが何なのかを見に私が戻ってきた時も、私を見てしまったかもしれない」
「それじゃ、トロールを入れたのは……」
「無論、私だ。……おしゃべりはここまでにしよう、私はこの鏡を調べなければ」
クィレルが鏡のあちこちを見て回る中、ハリーはクィレルに言葉を投げかけ続けた。集中を乱すためなのだろうか、なかなかに勇気のある行動であるとレイラは賞賛した。
「スネイプは、僕を箒から落とそうとしたのでは?」
「それは違う。私が君を落とそうとしたのを、あいつが反対呪文で邪魔をしたのだ」
下手に動けないハリーは、なおも話を続ける。
「でもスネイプは僕のことを嫌って、憎んでいた」
「ああ、そうだ。お前の父親と彼はホグワーツの同窓だった。知らなかったか? 互いに毛嫌いしていた。だがお前を殺そうなんて思わないさ」
レイラが飛び出すタイミングを考える中、ハリーはゆっくりと鏡の前へと移動する。
「さっぱりわからない。ご主人様、助けてください!」
別の声が答えた。しかも声はクィレル自身から出てくるようだった。
「その子を使うんだ……その子を使え……」
——この声、この声だ。あの夜に聞いた、忘れるはずもない!
ギリ、と。レイラが拳を握りしめ、手のひらに爪が食い込んで血が滲む。レイラが睨みつけるその左目が、怒りで赤く染まる。
「ポッター、ここへ来い。早く!」
ゆっくりと鏡に近づいていたハリーがクィレルに掴まれ、鏡の前に立たされる。
「どうだ?」とクィレルが待ちきれずに聞いた。「何が見える?」
レイラは腕を掴んで、飛び出さないように堪える。未だ、その時ではないのだと言い聞かせて。
「僕がダンブルドアと握手をしているのが見える。僕……僕のおかげでグリフィンドールが寮杯を獲得したんだ!」
——嘘だ。
レイラは漠然としてだが、ハリーを見てそう感じた。きっと『石』は、もうハリーが持っているとも。
またしても、かん高い声がする。
「俺様が……直に話す……」
「しかし、あなたは弱ってらっしゃる」
「そのくらいの力はある」
クィレルがゆっくりとターバンを解いていく。その様子を、レイラとハリーはじっと見ているしかできなかった。ターバンが落ち、奇妙なほど小さいクィレルの頭が現れた。クィレルはその場でゆっくりと体を後ろ向きにした。クィレルの頭の後ろには、もう一つの顔があった。
ズキズキと、目の痛みがより一層強くなる。レイラには覚えがあった。あの晩、目の前で母を殺した魔法使いの顔と同じ顔が、そこにはあった。
蝋のように白く、ギラギラと血走った目、蛇のように裂けた鼻孔。その相貌が、ヴォルデモートであるなによりの証左だった。
「ただの影と霞に過ぎないこの有様でも、常に誰かが喜んで俺様をその心に入り込ませてくれる。だがそれも、『石』さえあれば自身の体を創造することができるのだ。さて……ポケットにある石を頂こうか。」
「やるもんか!」
ハリーは炎の燃え盛る扉に向かって駆け出した。
「捕まえろ!」
ヴォルデモートが叫んだ。クィレルは素早くハリーに向くと、魔法で飛び上がってハリーの手首を掴む。ハリーが悲鳴をあげて、力一杯にもがく。しかし、クィレルはすぐにその手を離した。クィレルは苦痛に体を丸め、自分の指を見ていた……あっという間に火ぶくれができた。
「何をしている、捕まえろ!」
ハリーの足を掴んで床に引き倒し、その首を両手で締める。
——させるか!
マントを脱ぎ捨てたレイラが駆け出す目の前で、またもやクィレルは手を離した。その手は真っ赤に焼けただれ、皮がベロリと剥けている。原理はわからないが、クィレルはハリーに触れていられないようだ。
「馬鹿者、杖だ。気絶させろ!」
「ハリー!」
一歩及ばず、ハリーが赤い閃光を受けて気を失う。ハリーが気絶させられたことに怒りを覚えるのと同時、好都合だったとも思えるレイラ。これでハリーに心配をかけずに、守り切れる。
「今度はお前かっ、小娘!」
クィレルが杖を振るい、赤い閃光が飛び出す。とっさに避けたレイラは、クィレルの首を両手で締めた。
「あああアアァ!」
クィレルとヴォルデモートの恐ろしい悲鳴が響く。
——そうだ、苦しめ。父と母の仇だ!
より一層手の力を込めようとしたレイラを、クィレルが力一杯に引き剥がした。
「いっ」
背中を床に叩きつけられ、クィレルから手が離れる。すかさずクィレルが杖を向けた。
「こ、この、小娘が。手こずらせおって。無様な両親と同じ、無様に、あっけなく死ぬがいい」
クィレルが杖を振り上げる。
「『アバダ・』」
呪文が唱えられる中で、レイラの頭は熱く燃えていた。
——無様なんかじゃない。決して、あの人たちは……!
「お前なんかに!」
「『ケダブラ!』」
あの日と同じ、緑の閃光。その光はまっすぐにレイラに飛び、しかし当たる直前に、浮かび上がった翡翠のペンダントに直撃した。
ペンダントが爆ぜ、抑えきれなかった余波がレイラの体を蝕み、服を切り刻み、その体に多くの傷を走らせる。
「負けるものかああぁ!」
ペンダントの紐がちぎれ、カツンと音を立てて床に転がる。それと同時に、飛びかかったレイラがクィレルの両腕を掴んで押し倒す。服を溶かし、その腕に触れれば、クィレルの腕はボロボロと崩れ始める。そしてすぐに、砂のようになって落ちる。
「う、腕がぁ!」
「何をしている! 殺すのだ!」
レイラは喋るヴォルデモートの顔を手で掴む。激痛に悲鳴をあげる二人の声を、レイラは特に反応するでもなく受け流す。ただ、手の力が増すばかりで、ついには爪の隙間から血がにじみ出る。
「……償いなんていらない、ただ死ね」
「貴様、貴様ァ! レイラ・ポッタアアァァ!!」
ヴォルデモートの顔も、クィレルの腕と同じように砂となって崩れる。これで終わりかと、レイラが思ったのも束の間。砂が渦を巻き、まるでゴーストのようになったヴォルデモートが悲鳴をあげながらレイラへと向かって突っ込んでくる。
とっさに両腕を前に出して頭をかばうが、気味の悪いものが体をすり抜ける感覚だけがあった。その感覚にレイラは勢いよく背後を振り返る。見れば出入り口へと猛スピードで向かうヴォルデモートの後ろ姿があった。
「逃げるのか、卑怯者!!」
その声には答えず、ヴォルデモートは完全にその姿を消した。レイラは怒りから拳を床に叩きつける。やがてよろよろと、息をしないクィレルの上から立ち上がり、ハリーの元へと向かう。
「……ハリー、ごめん。ごめんよぉ……」
床に腰を下ろすと、ハリーの額の傷に触れないように、レイラは優しい手つきで頭を撫でる。
自分がいつまでも前に出なかったせいで、ハリーに苦しい思いをさせた。傷だらけとなった自分を見られなかったのは幸いだが、レイラは自分の無力さを噛み締めることとなった。
——もっと、強くならなきゃ。ハリーを、守って、あいつも……あいつ……
「レイ!」
疲労と怪我からレイラの意識が薄くなる中、彼女は自分を呼ぶ声に振り向いて安堵した。アルフレッドの傍には、ダンブルドア校長がいたからだ。どうやらちゃんと呼べたようだと、レイラは緊張を緩める。ダンブルドアがいれば、万が一先ほどの状態のヴォルデモートが再び襲ってこようと返り討ちにできるだろう。
「おい、なんだこの怪我は……全身傷だらけじゃないか!」
本気で焦るアルフレッドの様子が珍しく、レイラは力なく笑った。そしてすぐ側に落ちていたペンダントが目につき、拾い上げる。
「アル、フレッド。ペンダント……ありがとー…………」
そう伝え終わるのと同時に、全身の力が抜け、レイラはアルフレッドに向けて倒れ込み意識を手放した。
オリジナル部分が出るとともに、自身への課題が見つかった良い経験になりました。これからもどうぞよろしくお願いします。
スネイプの謎解きですが、瓶の大きさとかが明記されてないので、答えから問題を逆算することが正解への近道です。わたしは最初、馬鹿正直にヒントで精一杯考えていました笑
あれ……、わからない、よね?