今までありがとうございました(まだ賢者の石しか終わってません)
ハリーはすぅっと意識が闇の底から浮上するかのようにして、パチリと目を覚ました。ハリーの上で何か金色のものが光っていた。瞬きを繰り返してよく見れば、光るものは眼鏡だった。はっきりとしてきた視界に映ったのは、アルバス・ダンブルドアのにこやかな顔だった。
「ハリー、こんにちは」
ダンブルドアの声だ。ハリーはダンブルドアを見つめて、記憶が蘇ってきた。
「先生! 『石』が! クィレルだったんです。クィレルが『石』を取ろうと! 先生、早く……」
「落ち着きなよ、ハリー。もう終わったんだ」
突然視界の外から降ってきた声に、ハリーはビックリして、それから勢いよく声のした方を振り向いた。
鏡で見た母親に似た赤褐色で、目の色は自分と同じ緑色。ホグワーツに入ってから真っ直ぐになった髪を揺らして、ハリーの双子の姉、レイラが頭を撫でてくる。
「地下室で君とクィレルの間に起きたことは、秘密ということになっているようだけど……」
レイラはそこで苦笑いして、愉快そうに笑うダンブルドアを見た。
「さよう、秘密ということは、つまりみんなが知っておる」
その言葉にハリーは笑った。落ち着いてきたハリーは、ゴクリと唾を飲み込み、周りを見回した。医務室にいるらしい。白いシーツのベッドに横たわり、脇のテーブルには、まるで菓子屋が半分引っ越してきたかのように、甘いものが山のように積み上げられていた。その山の中に、中身の無いカエルチョコレートがあった。
「ああ、そのカエルチョコか。ロンが君に代わって開けたようじゃの、早々と」
「ロンは、無事なんですか? ハーマイオニーは?」
「大丈夫、二人とも元気じゃよ」
二人の無事を知って落ち着いたハリーは、またすぐに別の疑問で頭がいっぱいになった。
「それじゃあ、『石』はどうなったんです?」
ガバリと起き上がったハリーを、レイラが「寝てなさい」と手で押さえてベッドに寝そべらせる。
「石は砕いてしまったよ、ニコラスとワシで話し合ってな。こうするのが一番じゃと、決めたのじゃよ」
「でも、それじゃニコラスご夫妻は死んでしまうんですか?」
ハリーの驚いた顔を見て、ダンブルドアが微笑んだ。
「君達のように若い者にはまだわからんじゃろうが、ニコラスとペレネレにとって、死とは長い一日の終わりに眠りにつくようなものだ。結局、きちんと整理された心を持つ者にとっては、死は次の大いなる冒険に過ぎないのじゃ。『石』はそんなに素晴らしいものではない、だが困ったことに、どういうわけか人間は、自らにとって最悪のものを欲しがる癖があるようじゃ」
「校長先生……」
静かに話を聞いていたハリーが、そっと口を挟んだ。
「どうしてクィレルは僕に触らなかったんですか」
「君の母上は、君を守るために死んだ。ヴォルデモートに理解できないことがあるとすれば、それは愛じゃ。君の母上の愛情が、その愛のしるしを君に残していくほど強いものだったことに、彼は気づかなかった。傷跡のことではない。……それほどまでに愛を注いだということが、たとえ愛したその人がいなくなっても、永久に愛されたものを守る力になるのじゃ。それが君の肌に、血に残っておる。クィレルのようにヴォルデモートと魂を分け合うような者は、それがために君に触れることができんのじゃ」
ダンブルドアはその時、窓に止まった一羽の小鳥にひどく興味を持ってハリーから目をそらした。
ハリーはその隙に、目に溜まった涙をシーツで拭くことに夢中で、自分のすぐ側でレイラが泣いていたことには気づいていなかった。やっと声が出るようになった時、ハリーはまた質問した。
「透明マントは……誰が僕に送ってくれたか、ご存知ですか?」
「ああ……君の父上から借り受けていたものでの、君の気にいるじゃろうと思ってな」
ダンブルドアの目がキラキラと輝いた。
「便利なものじゃ。君たちの父上がホグワーツに在学中は、もっぱらこれを使ってイタズラをしていたものじゃ」
「では先生、スネイプは」
「ハリー、スネイプ先生じゃろう」
「はい。その人です……クィレルが言ったんですが、彼が僕のことを憎むのは、僕の父を憎んでいたからだと。それは本当ですか?」
「そうじゃな、互いに嫌っておった。じゃが君の父上がスネイプ先生の命を救ったことがあっての、先生は君の父上に借りがあるのが我慢ならなかった……この一年間、スネイプ先生は君を守るために全力を尽くした。これで父上と五分五分になると考えたのじゃ。そうすれば、心安らかに再び君の父上の思い出を憎むことができる、とな……」
ハリーは懸命に理解しようとしたが、また頭がズキズキしてきたので考えるのをやめた。
「先生、もう一つだけ。僕はどうやって鏡の中から『石』を取り出したんでしょう?」
「おぉ、これは聞いてくれて嬉しいのう。鏡を使うのはわしのアイデアの中でも一段と素晴らしいものでな、ここだけの秘密じゃが、『石』を見つけたいものだけが——よいか、見つけたい者であって、使いたい者ではないぞ——それを手に入れることができる。わしの脳みそは、時々自分でも驚くことを考えつくものよ……さあ、もう質問は終わりじゃ。そろそろこのお菓子に取り掛かってはどうかね。おや、バーティー・ボッツの百味ビーンズじゃな。わしゃ若い時、不幸にもゲロの味に当たってのう。それ以来あまり好まんようになってしもうたのじゃ……でもこの美味しそうなタフィーなら大丈夫そうじゃな」
ここまで静かに聞いていたレイラが、ゆっくりと口を開いた。
「校長、『石』が無くなって、ヤツはもう戻ってこないのでしょうか?」
ダンブルドアは口にしようとした百味ビーンズを口から離して、目を伏せた。
「残念ながら、まだ方法はある……ふむ、なんと、耳くそ味じゃ!」
話はそこで終わりだった。校医のマダム・ポンフリーが面会の終わりを告げたのだ。ダンブルドアが先に退室し、ハリーとレイラだけとなった。
「僕はどのくらい寝てたの?」
「三日だよ。起きないんじゃないかって、ヒヤヒヤした」
「そんなに……あ、ねえ。何かお菓子を頂戴」
緊張が解けてお腹が空いていたハリーは、お菓子の山を見て思いついたようにお願いした。レイラは山の中から、開けられた百味ビーンズを選んだ。トースト味に当たったところで、ハリーは山の中に一つだけ奇妙なものがあることに気づいた。便座だ。
ハリーの視線に気づいたレイラが、肩をすくめて答えた。
「フレッドとジョージが君に送ったんだ、不潔だから、送り返しておくよ……おっと、そろそろわたしも行かないと、ゆっくり休むんだよ?」
医務室から出て行く、ワイシャツにスカート姿のレイラの後ろ姿は、どこか儚げに映った。しかしハリーはそのことに対して疑問を持てずに、うたた寝をしてしまった。
医務室から出たレイラを、アルフレッドとダンブルドア校長が待っていた。ハリーの姿が見えないことを確認したレイラは、ヨロヨロと壁に寄り掛かろうとした。それを見かねたアルフレッドがそっと抱きとめる。
「まったく、無茶をする」
「さよう、マダム・ポンフリーに診てもらうのが良いと言うに」
それは再三言われたことだった。しかしレイラは、頑なにそれを拒んだ。マダム・ポンフリーに言えば、自分を医務室のベッドに拘束することは明白であるし、なによりハリーに気づかれてしまう。今もレイラの服の下は包帯だらけであった。それを隠すために、起きていることも大変ではあったが、レイラはハリーに気取られないよう努めた。そしてこのことを知るアルフレッドとダンブルドア、そしてスネイプは彼女の傷を癒すために尽力していた。
だが強力な闇の呪文による傷跡は中々治らず、止血できただけでも幸いだった。
そしてこのことは、スリザリン寮のごく僅かな生徒にも気づかれることになった。体に力の入らないレイラの姿を偶然にも見てしまったドラコとダフネだ。レイラは二人に絶対に誰にも言わないでくれと懇願し、そのあまりにも必死な気迫に二人は素直に応じてくれた。
その日の晩、夕食どきであろう時間に、寮のベッドで休んでいたレイラの下へ、ダフネが紙包みを持って様子を見にきた。
「夕食はいいのかい、ダフネ」
「ええ、あなたの身の方が心配ですもの。はいこれ、スネイプ先生とハグリッドから」
そう言って渡された二つの包み。一つを開ければ、スネイプ先生が調合してくれた痛み止めの薬が大きなボトルで入っていた。袋の底には、「安静にするように」とのメモが置かれていた。
そしてもう一つの、やけに小綺麗な包みを開けると、これまた小綺麗な皮表紙の本のようなものが出てきた。なんだろうとレイラが開けてみると、そこには魔法使いの写真がぎっしりと貼ってあった。どのページにもこちらを見て手を振る、レイラの父と母の姿があった。
「あなたたちがご両親の写真を持ってないことを思って、彼が二人分のアルバムを作ってくれたようです。それから…………いえ、わたしはそろそろ行きます。お大事に」
ダフネは連絡事項を伝えようとしたが、それは後日にしようと考え改めた。アルバムを見つめるレイラの頬に、一筋の涙が走ったからだ。ならばと彼女はそっと身を引いたのだった。
翌日の夜。ハリーが一人で学年度末パーティの会場であるホールに入ってくるのを、今か今かと待っていた。レイラのいるスリザリンは、七年連続の寮杯獲得の熱気に湧き、天井はグリーンとシルバーのスリザリン・カラーの横断幕で飾られていた。
ハリーが大広間に入ると喧騒から一転しんと静まりかえり、その後全員が一斉に大声で話し始めた。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が地下室で繰り広げた冒険譚とも取れるその話は、学内で知らぬ者がいないほどに浸透している。マクゴナガル先生が仕掛けたチェスの問題をロンが破り、スネイプ先生の魔法薬を使った謎解きをハーマイオニーが。そして、地下室の隠し物を狙ったクィレルをハリーが打ち破った。
最後の大トリであるハリーが最も注目され、グリフィンドールの席に座った彼を見ようと、他の量の生徒までもが立ち上がっていた。
そこへダンブルドアが入ってきて、ガヤガヤとした空気が静まった。
「また一年が過ぎた!」
ダンブルドアは朗らかに言った。
「ご馳走にかぶりつく前に、老いぼれの戯言に付き合ってもらおう。この一年はどうだったかね、君たちの頭に以前と比べて何か詰まっているといいが……新学年を迎える前に君たちの頭が空っぽになる夏休みがやってくる。その前に、寮対抗杯の得点を発表しよう」
ダンブルドアがそう言うと、スリザリン生の多くは浮き足立った。反対にハリーたちグリフィンドール生は顔を俯かせる。
「では。第四位、グリフィンドール。三二二点。第三位、ハッフルパフ。三五二点。第二位、レイブンクロー。四二六点。第一位、スリザリン。五一二点」
スリザリンのテーブルから、歓声と拍手が湧き上がった。レイラはあまりの大きな音に顔をしかめ、耳を手で覆った。隣を見れば、アルフレッドも同じように耳を手で覆っていた。
「よし、よし、スリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れねばならん」
部屋全体がシーンとなった。スリザリン寮生の笑い声も、少し収まった。
「駆け込みの点数をいくつか与えよう。まず最初に、ロナウド・ウィーズリー」
その瞬間にマルフォイが、「あのマヌケが? どうせ一点かそこらだろうね」と言うのを聞いて、レイラはダンブルドアを見た。キラキラとした目を細め、ロンを称えるように微笑むその顔は、とても一点ですみそうにはない。
「ここ何年も、ホグワーツで見ることのなかった最高のチェス・ゲームの腕前を見せてくれたことを称え、グリフィンドールに五十点を与える」
グリフィンドールの席を始めに、爆発が起こったかに思えるほどの大歓声が上がる。ダンブルドアは歓声を咎めることなく、静かになってからまた口を開いた。
「次に、ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながらも、難問に冷静に対処したことを称え、グリフィンドールに五十点を与える」
レイラがハーマイオニーを探せば、彼女は嬉し泣きしていた。恥ずかしくなったのか、顔を伏せてしまった。テーブルのあちこちで、不満を言うスリザリンが多く見られる。なにせ一〇〇点も増えたのである。
「三番目は、ハリー・ポッター」
部屋中が水を打ったようにしーんとなった。
「その精神力と、並外れた勇気を称え、グリフィンドールに六十点を与える」
耳をつんざく大騒音だった。グリフィンドールの得点は四二六点のレイブンクローを抜いて四八二点。第二位の得点だ。
レイラは喜ぶと同時に、残念にも思った。スリザリンの得点は五一二点。グリフィンドールの三人が頑張った得点でも、これを抜き去ることはできなかった。
——ダンブルドアはなにを考えたのだろうな。
そのダンブルドアが手を上げた。広間の中が少しずつ静かになっていく。
「勇気にも色々ある」
ダンブルドアは微笑んだ。
「敵に立ち向かうには非常に勇気がいる。しかし、味方に立ち向かっていくのにも、同じくらい勇気が必要じゃ。そこで、わしはネビル・ロングボトムに、四十点を与える」
グリフィンドール生が喉を大きく震わせ、今日一番の歓声を上げた。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が立ち上がって叫んでいるのが見える。ネビルは青白くなりながら抱きつかれ、人に埋もれて見えなくなった。
マルフォイは驚き、恐れおののいた顔をしていた。
レイラの計算に間違いがなければ、五二二点でグリフィンドールが一位だ。レイブンクローとハッフルパフが、スリザリンが一位ではなくなったことに歓声を上げている。ひどく嫌われているものだと、レイラは苦笑する。
すぐ側に座るダフネは微笑んでいたが、悔しがっている様に見えるので、負けず嫌いなのだろう。
「したがって、飾り付けをちょいと変えねばな」
ダンブルドアが手を叩いた。次の瞬間、スリザリンの垂れ幕が赤く染まり、黄金の獅子が姿を現す。寮杯は、グリフィンドールのものとなった。
翌日、試験の結果が発表された。レイラはなんと、学年でトップの成績を修めた。特に魔法薬学の成績が群を抜いており、スネイプ先生から渡された答案には一〇〇を超えて一二〇と点数が書かれていた。そのほかにも変身術、薬草学、妖精魔法などのテストで満点やそれ以上の点数を叩き出していた。
二位にはハーマイオニー、三位がドラコ。四位は同点でアルフレッドとダフネの二人。終わってみればスリザリンが上位五人のうち四人を占める結果となり、その中で唯一グリフィンドールのハーマイオニーは賞賛された。
帰りのホグワーツ特急のコンパートメント内には、レイラ、アルフレッド、ドラコにダフネの姿があった。奇しくもレイラの身になにがあったのかを知る四人だった。最初はレイラとアルフレッドだけだったが、席を見つけられなかったダフネが入り、別のコンパートメントでお菓子を広げ始めたクラッブとゴイルから離れたがったドラコがやってきた次第だ。
ドラコとダフネが手紙を書くと言ったが、二人はあまり良い返事をしなかった。
「もらえるのは嬉しいけど、育て親の人たちが魔法族を嫌っていてね、入学許可の手紙を受け取るのにも一悶着あったんだよ。だからもし、返事が行かなかったら手紙を読めてないか、出せない状況だから」
そのことに二人は腹を立てたが、レイラは「二人とこうして友達になれただけでも十分だよ」と言ってその場を収めた。
「よくそんな恥ずかしいことを」
「ええ、本当に。……何か困ったことがあったらちゃんと言ってくださいね? 微力ですが、力になれますから」
「あはは、その時はよろしくお願いするよ」
ホームに到着して、レイラはドラコとダフネの二人と別れ、アルフレッドと一緒に歩いてハリーを探していた。
「レイ、傷の具合は?」
そう尋ねてきたアルフレッドを、レイラはじっと見つめてから言葉を返した。
「スネイプ先生の薬のおかげで、痛みはかなり抑えられてる」
痛みを誤魔化しているだけで、その身はいまだに蝕まれている。アルフレッドはレイラに見えない位置で、静かに拳を握りしめた。
やがて何か決心したように、ため息を吐いた。
「もし、傷が治る気配がなければフクロウ便を飛ばせ」
「あはは、ほんとに心配性だなぁ」
少し歩いて、ウィーズリーの一家と一緒にいるハリーたちを見つけた。その中で一番小さな女の子がレイラを見つけて指差し、母親に咎められている。
クスリ、とレイラは笑い、隣を歩くアルフレッドに向き直った。
「それじゃ、ここで」
「ああ、元気でな」
ハリーの下へと歩むレイラの首には、あの夜に彼女の命を救うことになったペンダントが、あたたかな陽の光を受けて輝いていた。
「ハリー!」
——Fin——
本編には書きませんでしたが、フレッドかジョージの首に、彼らがハリーに送った便座が魔法でくっつけられてたり……
スリザリンの元の得点が四七二点、しかし本作では五一二点。つまりそういうこと。それに従ってネビルの得点を大幅に増量。
不思議なペンダントの仕組みとは……
実は制服の下が包帯だらけとか、自分的には美味しいです。主にシャツ。
では次は秘密の部屋かな? いよいよ出ます、アレ。
最後に、いつも誤字訂正をしていただき、本当にありがとうございます。間違えないようにはしているのですが笑