隠れ穴と苦難
その夜、ハリーは鉄格子のはめられた窓から外を眺めていた。普段なら窓に鉄格子なんて物ははまっていない。でも今、ハリーの部屋にはそれがあった。
全ては二日前、ダーズリーの家に大事なお客が来ることになったことから始まった。ハリーはレイラと一緒に二階に押し込められ、存在を知られないようにしなければならなかった。そこで二人は、ベッドに座るドビーと名乗る屋敷しもべ妖精に出会った。
『ハリー・ポッターはホグワーツに戻ってはいけません』と主張するドビーは、ハリーがホグワーツに戻らないと言わなければ、レイラが作った大きなホールケーキを客人の頭に落とすと言ってきた。
ダーズリー一家の元に居たくないハリーと、それに同意するレイラはなんとかドビーを抑えようとしたが、あえなくケーキはお客の頭にぶちまけられた。それを受けてバーノンおじさんは大激怒。ハリーとレイラはそれぞれの部屋に閉じ込められ、窓には鉄格子がはめられることになった。さらにハリーとレイラの荷物は衣服を除いて階段下の押入れに詰め込まれてしまった。
そしてこの夜、鉄格子の外を覗いていたハリーは、そこから誰かが覗き込んでいることに気づいた。そばかすだらけで、赤毛の、鼻の高い誰か。
ロン・ウィーズリーが窓の外にいた。
「ロン!」
ハリーは声を出さずに叫んだ。窓際に忍び寄り、鉄格子越しに話ができるように窓ガラスを上に押し上げた。
「ロン、一体どうやって? ——なんだい、これは?」
窓の外の様子が全部目に入った途端、ハリーはあっけにとられて口がポカンと空いてしまった。ロンはターコイズ色の旧式な車に乗り後ろの窓から身を乗り出していた。しかもその車は空中に駐車している。前の座席からハリーに笑いかけているのはロンの双子の兄、フレッドとジョージだ。
「君たちを助けに来たんだ……ちょっと下がってて」
助手席のフレッドがロープを鉄格子に縛り付ける。ハリーは部屋の暗がりまで下がってそれを見守り、隣のヘドウィグもこと重大さがわかっているらしく、じっと静かにしていた。エンジンの音がだんだん大きくなり、突然バキッという音とともに、鉄格子が窓から外れた。外れた鉄格子をロンが回収すると、ジョージが車を操作して窓にできるだけ近づけた。
「乗れよハリー」
「だけど、僕の荷物がここにないんだ」
「どこにあるんだい?」
「階段下の物置に、鍵がかれられてて……そうだ、レイラも連れて行かなきゃ!」
ハッとしたハリーがそう言うと、フレッドとジョージがそーっと窓を乗り越えて来た。
「まかせとけ」
ジョージがなんでもない普通のヘアピンをポケットから取り出して鍵穴にねじ込んだのを見て、ハリーは舌を巻いた。
「マグルの小技なんて、習うだけ時間の無駄だってバカにする魔法使いが多いけど、知ってて損はないぜ。ちょっとトロいけどな」
カチャッと音がして、ドアがハラリと開いた。
「それじゃ、僕とハリーでトランクを運び出す——フレッドはレイラの方をやってくれ」
「了解だ」
「一番下の階段に気をつけて、軋むんだ」
ハリーはレイラの部屋をフレッドに教え、その際の注意も促す。
ハリーとジョージは息を切らしながらも荷物を二階に運び、ロンと協力してトランクに押し込む。ロンが声を押し殺しながらも悲鳴をあげた。
「もうトランクには入らないぞ!」
「そんな!」
ハリーの荷物は全て入ったが、それだけでトランクはいっぱいになってしまった。ちょうどそこへ、フレッドが急いで階段を登って来た。
「みんな、よく聞け。……レイラはここに残る」
その言葉に、ハリーはガツンと頭を殴られたような衝撃を感じた。
「え、どうして!」
「レイラは荷物が積み切らないことをわかってる。それに、多分レイラ自身が乗れない」
「——ああっ、しまった!」
ロンが額を抑える仕草をする。言われてハリーは車の中をよく見た。旧式の車の中はかなり狭く、後ろの席にハリーとロンが乗ればいっぱいになってしまう。
「ハリー、これはレイラからのお願いでもあるんだ。ここは素直に聞いてやれよ」
「そうだな、もし何かあればダンブルドアに手紙を書いたっていい」
「それだけどなジョージ、アルフレッドに手紙を書いてくれってレイラに頼まれた。困ったときのアテがあるらしい」
その時、バーノンおじさんの雷のような声が響いた。
「小僧、この夜中になにをしておる!」
ドタドタと階段を駆け上がる音が響いてくる。ジョージが急いで運転席に乗り込み、フレッドがハリーの背中を押して車に乗せる。
ハリーが車に乗ると、ロンがバタンとドアを閉めて叫んだ。
「ジョージ、今だ! ハリーが乗った!」
そして車は月に向かって急上昇した。
自由になった、ダーズリーの元から解放されたのだ。ハリーはすぐには信じられなかった。車のウィンドウを開け、夜風に髪をなびかせながら後ろを振り返る。プリベット通りの街並みの屋根がだんだんと小さくなっていくのが見えた。バーノンおじさん、ペチュニアおばさん、ダドリーの三人が、ハリーの部屋の窓から身を乗り出し、呆然としていた。レイラには悪いと思いつつも、ハリーはおじさんたち三人に叫んだ。
「来年の夏にまたね!」
ウィーズリー兄弟は大声で笑い、ハリーも座席に収まって、顔中を綻ばせていた。
朝日が昇る頃、車が軽く地面を打ち、一行は着陸した。着陸地点は小さな庭のボロボロの車庫の脇だった。
かつては石造りの小屋だったかもしれない。あっちこっちに部屋をくっつけて、数階建ての大きな家になったように見えた。家の入り口には『隠れ穴』と看板が立っていた。
ウィーズリー家の母親は強い人だというのが、ハリーの感想だった。夜にロンたちが抜け出したことに気づき、ハリーたちが到着したさまを見て駆けつけると、怒涛のように叱った。兄弟たちへの叱責が済むと、夫人はにこやかに微笑んだ。
「まあ、ハリー。よく来てくれたわね、さあ、朝食をお食べ……あら? レイラはどうしたの?」
ハリーは言葉を詰まらせた。視界の端では、フレッドがフクロウ便を出しているところだった。
ハリーが家から出て行き、もとい脱出した日の昼過ぎ、レイラはベッドにうずくまっていた。全身が痛み、汗が吹き出して、呼吸すらも苦しい状態だった。
ドビーが来た日に荷物を取り上げられたせいで、カバンに隠していた痛み止めの薬が飲めなくなってしまったのだ。夜のうちから症状が出始めていたので、きっとハリーとともに車に乗って入れば、怪我のことを知られていただろう。扉をあけてくれたフレッドに気づかれないように振舞いながら、置いていけと言ったことは功を成したようだ。
「今頃、手紙……飛んでるかな」
スネイプ先生に出せば良いのかとも悩んだが、レイラが選んだのはアルフレッドだった。夏休みの直前に、『もし、傷が治る気配がなければフクロウ便を飛ばせ』と言われていたこともあるのが理由だ。
——なにか、アテがあるみたいだったな。
不意に、誰かの驚いたような声が聞こえて来た。女性の声だ。
バーノンおじさんは会社に、ダドリーは学校に行っており、今この家にいるのはレイラとペチュニアおばさんだけだ。考えられるのはおばさんしかおらず、誰か来たのかと、レイラはボウッとした頭で思考する。やがてバタバタと廊下を歩く音が聞こえ、レイラの部屋の扉がカチャカチャと音を立てた後、勢いよく開かれた。
とっさになんでもない風を装うとしたレイラだったが上手くいかず、すぐに荒い呼吸を繰り返した。扉をあけて現れたのは、妖精を連れ、必死の形相のアルフレッドだった。
「レイッ……!」
——アルフレッドの、こえ……
ベッドの上でレイラは、顔を上げることもせず、目だけを動かしてその顔を見た。
「……やぁ。はや、かったね」
レイラはそこで、意識を手放した。
ここがキリがいいので、投稿です。
映画に出て来た車を見ると、乗れないんですよねぇ。
さて、次回からはオリジナルですよぉ