夏休みはあっという間に終わった。難しい魔法薬をいくつか作る傍、直毛薬や元気爆発薬も作っていたら、気づけばホグワーツに行く日が近づいていたのだ。
出発の日、オーベロンとティターニアを始め、森で知り合った妖精たちが見送りをしてくれた。出発の時間が迫る中、王はレイラに歩み寄る。
「そうだ、杖を出して」
「え……はい」
両手で差し出すように持たれた杖を、オーベロンはつ、と指で撫でる。すると淡い光が杖を包み、さらには辺りを照らしていく。その光景を見て、ティターニアが眉を潜めていたことがレイラは気がかりだった。
「はい、もういいよ」
「ええと……?」
「なぁに、ただのまじないさ。僕から君への餞別だよ」
「すみません、ありがとうございます」
そこへトランクを持ったアルフレッドが合流した。
「揃ったわね。それじゃあ、アルフレッド。しっかりとエスコートしてあげるのよ」
「言われずとも、分かっていますよ……レイ、手を肩に置け。トランクを手放すなよ」
「ん」
そう言って体を寄せるアルフレッドの肩に、レイラは自分の手を置いた。もう片方の手でしっかりとトランクのハンドルを握る。
「では、行ってきます」
「一ヶ月間、お世話になりました。行ってきます」
「ええ、気をつけて」
「またいつでも来ていいからね」
アルフレッドがトランクを持たない方の手で、指を数回鳴らす。フワリと風が頬を撫で、緑色の優しい光が視界を埋め尽くす。
気づけば、キングス・クロス駅の中にいた。隣を見れば、ちゃんとアルフレッドもいる。
「妖精が使う魔法だ。言いふらすなよ?」
「ん、もちろん」
9と4分の3番線のホームに入り、トランクを駅員に渡す。空いているコンパートメントを探せば、すぐに誰もいない席が見つかった。
お互いに無言で本を開き、文字を追っていくうちに汽車は汽笛を上げて走り出した。辺りの景色が緑豊かになってきたころ、コンコンとコンパートメント面とのドアを叩く音がした。二人が顔を本から上げれば、そこにはハーマイオニーが立っていた。彼女はおずおずと、扉を開けて入ってきた。
「あの、聞きたいことがあるんだけれど」
レイラはハーマイオニーに席を勧めたが、首を振って断られた。
「ハリーとロンを見なかったかしら」
「ハリーを?」
「二人の姿が見えないのよ、あなたなら知ってるんじゃないかと思って」
——もしかして、あの屋敷しもべ妖精か?
「残念ながら分からないな。知らせてくれてありがとう、わたしも探してみるよ」
「わたしはもう行くわね、それじゃ」
ハーマイオニーがコンパートメントを後にして、自分も探しに出ようとしたところをアルフレッドが呼び止めた。
「こっちに来い、ハリーとロンだ」
「うん?」
アルフレッドが手招きで示すのは彼の隣だ。不審に思いつつも、窓に近づいて目線を同じ方向に向ける。赤い車両が連なる中に、青い何かが浮いているのが見えた。よく見えず、レイラはアルフレッドの方へと体を寄せる。
「おい……」
アルフレッドが何かを言うのを気にもとめず、その全貌を視界に入れる。それは空飛ぶ車だった。
「は? え、えっ」
空飛ぶオートバイがあるのだから、車があるのは不思議ではないだろう。問題は車を運転しているのがロンで、助手席にハリーが座っていることだ。
レイラが見つめる先で車はホグワーツ特急を追い越して見えなくなってしまった。後に残ったのはぽかんとするレイラと、ため息を吐いて彼女をどかすアルフレッドだった。
一分ほどしてレイラは口を開いた。
「……びっくりした」
「だろうな」
——汽車に乗り遅れて、車に魔法でもかけたのか? 確かそれはマグル製品の不正使用になるんじゃ……あはぁ、新学期初日からハードだなあ。がんばれハリー、君は男の子だ。
汽車がホグズミード村に着き、生徒たちはぞろぞろとホグワーツに向かって歩いていく。二年生からは学校に着く時間が新一年生よりも早くなり、先に寮に向かうことになる。道のりも変わり、なにやら不思議な生物が馬車を引いている。
骨ばった馬の外見だが、その背には畳まれたドラゴンのものに似た翼が生えている。一年生の教科書で読んだ、セストラルという天馬の一種だ。
——人の死を目にして、それを克服した者が見ることが出来る。だったか。
「ふうん」
レイラが乗る番になって、彼女はセストラルを撫で、かすかに微笑んだ。アルフレッドはその光景を見て、一瞬ハッとし、急ぎ足で馬車に乗った。
「……夢に、見るんだったな」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもない、ほら」
アルフレッドが手を伸ばし、レイラを馬車に乗せる。他にも数人の生徒が馬車に乗り、ホグワーツに向けてガタゴトと音を立てながら進んだ。
静かな森を抜けてホグワーツへ、そこから生徒たちは各々の寮へと向かった。
「あれ、まだハリーたちは来てないのか」
「……そうみたいだな」
夜。新入生の歓迎会が開かれる時間となっても、ハリーとロンの二人の姿は大広間に無かった。
——スネイプ先生がいないな。探しに行ったか。
職員の席に一つだけある空席。他の先生の顔を見て、スネイプ先生だけがいないことに気づく。他のどの先生よりも、スネイプ先生がハリーたちを見つけた後に問題がありそうだと、レイラは苦笑した。
——まあ、ダンブルドアが退校処分にすることはないだろう。
レイラがハリーを思案する中、新入生の組み分けが始まる。ウィーズリー家の末っ子であるジニーは、兄弟たちと同じグリフィンドールに決まり、フレッドとジョージがガッツポーズをしている。各寮が生徒を獲得して歓声をあげる中、一番端に座っていたレイラの隣に、スリザリンに組み分けされた女子生徒が駆け寄って来た。女子生徒は一瞬ハッとレイラの顔を見て驚き、次いでおずおずと長椅子に腰掛けた。
流石に声くらいかけた方がいいのだろうかと、レイラは努めて緊張させないように優しく話しかけた。
「やあ、スリザリンへようこそ。レイラ・ポッターだよ、よろしく」
少女はおずおずと頭を下げ、上げた顔を見れば、顔がみるみる真っ赤になっていっていた。
「あ、あの。私……アステリア・グリーングラスといいます」
「うん? もしかして君はダフネの……」
「ええ、もちろん私の妹ですよ。よくしてやってください、いい子ですから」
レイラの隣に座るダフネがニコリと微笑みかければ、アステリアは顔をうつむかせてしまった。
「何かあったら遠慮なく言っていいからね。そこにいる彼、アルフレッドも力になってくれるよ。ちょっと無愛想だけど」
「……だれがだ」
歓迎会は何事もなく終わった。会が終わるまでにハリーたちは大広間には入って来なかったが、そろそろ到着している頃だろうか。レイラがそう思えたのは、ダンブルドア校長がマクゴナガル先生を連れてどこかへ行ったからだ。マクゴナガル先生はグリフィンドールの寮監督であることから、先生が処罰をハリーたちに課すためだろうと推測するレイラ。
各寮の監督生の指示に従って、生徒たちは自分たちの寮へと戻り、寝る準備をした。男女別ではあるが、学年ごとに同じ寝室で寝るホグワーツ。その一室、二年生の部屋で
寝室の窓から見える湖の中を眺めダフネがいた。他の女子生徒はすでに寝入っており、なかなか眠れなかった彼女は起き上がって窓の外を眺めていた。
「眠れないのかい?」
背後からかけられた声に、ダフネはピクリと、驚きから肩を震わせた。振り返れば、うつ伏せの体勢で顔だけ上げたレイラがこちらを見ていた。他にも起きている子がいないか確認したが、どうやら彼女だけのようだ。
「なにか、心配事があるような顔だね」
「分かりますか?」
「得意なんだ、人が何を考えてるのかを当てるの」
目の前の少女のことは、昔から話に聞いていた。生き残った男の子の姉だと、ダフネが幼い頃はよく耳にした。『例のあの人』を退けた者の姉なのだから、すごい人なのだろうとかんがえる人は多かった。実際ダフネも、そう考えていた一人だ。
すごい人、言いかえれば才能のある人。もしかしたらそのことを鼻にかけているのかもしれないと、密かに思っていたことは彼女には内緒だ。
初めて会い、言葉を交わしたのは組み分けの時だ。その時のダフネのレイラに対する印象は、とても儚げな、しかし強い意志を持った女の子といったものだ。そうして、一緒に生活する中で、だんだんとレイラ・ポッターという少女のことが見えてきた。
まじめで、新しい知識を知ることが好き。普段の勉強や読書をしている時の雰囲気から、そんな彼女に近づくのは一人しかいない。物好きだとか、恐れ知らずなどと言われているが、彼がそばにいる時の彼女は、どこか安らいでいるように見える。他の生徒先生には理解されなかったが。そんな二人に話しかける者はほとんどおらず、グリフィンドールの三人くらいだろう。
おかし作りが趣味で、大量に作った様々なお菓子を配ったりしている。その腕前は凄まじい。とても美味しく、ついつい手を伸ばしてしまうほどだ。また、かなりの努力家であることも知られている。放課後には図書館で深夜には生徒が寝静まった頃に、寮の談話室で勉強している姿を見かけたことがある実技では、時折スネイプ先生に頼んで空き教室で練習の許可をもらったり、彼の下で魔法薬学の実験をしているようだ。座学、実技ともにトップを納める裏には、彼女自身のたゆまぬ努力があってのものなのだ。
その晩、ダフネは自身の妹が抱える問題を、レイラに話した。遠い昔のグリーングラス家の一人に、呪いがかけられたことがあった。その当時はかけられた本人には何も起きず、失敗したのだろうと思われていた。しかしその呪文が、何世代も後になった今、『血の呪い』としてアステリアに現れてしまったのだ。恐らくは血筋に後天的に発現する類のものだったのだろうと、家族な間では推測がなされている。呪いの発現したアステリアは虚弱体質となってしまい、体調を崩すことが多くなった。
本来ならホグワーツの入学を見送って、静養させておくのが良かったのかもしれない。けれどアステリアは、姉がいるホグワーツに行きたいと猛烈に主張したのだ。普段あまり自分の意見を強く言うことのないアステリアの頼みに、両親が折れた。ダフネは首を縦に振らなかったが、体調が悪化すればしっかり休むことを条件に、渋々了承したのだった。
そして今日、ホグワーツに入学し、同じスリザリン寮に入ることが決まった時。妹の嬉しそうな顔を見てダフネは喜ぶ反面、これからのことが心配でもあった。体が弱い妹は、熱を出すくらいなら可愛いものだ。貧血を起こし、食事も受け付けなくなることもある。打つ手がないダフネは、妹のその姿を見ることがひどく悔しかった。
その思いを、ダフネは正直に打ち明けた。
「わたしがあの子に、何かしてあげられることはないのでしょうか…………」
ギュッと、両の手を握りしめる。その手に、起き上がったレイラがそっと手を乗せる。
「何も解決策がなくても、ただそばにいて声をかけるだけで、力になることはできるはずだよ。辛い状態の人が嫌なことは、自分が独りになることさ」
そんなことで良いのかと、ダフネはレイラを見つめる。すると彼女は、ふにゃりと笑ってみせた。その包み込むような笑みは暖かさを感じさせ、時間帯もあってか、ダフネは僅かに眠気を覚える。
「そうさ。当たり前のものが自分のそばにある。たったそれだけのことで、人は安心できるんじゃないかな」
「そういうものでしょうか……でも、それであの子の力に……なれるなら」
僅かだった眠気が、強くなってきた。ダフネはボヤける思考の中で、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「ずっと……そばに…………」
グラリと倒れそうになったダフネを、レイラが優しく抱きとめる。薄れゆく意識の中で、レイラが慈しむように自分を撫でるのを感じていた。胸に抱いていた不安が、少しだけ、和らいでいく気がした。
「おやすみ、ダフネ。良い夢を」
——同じ夜の下。常若の国では、王と女王が月を見上げていた。
王はその力を以って、遠く離れた子供達の姿を見守っていた。瞳を閉じると、機嫌良さげに鼻歌を奏で始める。それを見て、女王ティターニアは呆れた目線を送った。
「覗き見するのは良くないわよ?」
オーベロンはバツが悪そうに、口先をすぼめた。
「やだなあ、ちょーっと気になっただけだって。やましいことは何もしてないよ」
「やましいこと、ねえ。やり過ぎてるわよ、あなた」
ケラケラと笑うオーベロンに、それに呆れるティターニア。これがいつもの二人の光景だった。
「ところで、今朝枝の子に掛けたアレ……」
その言葉を受けて、オーベロンは遠くを見つめ、楽しげに笑みを浮かべた。
「なあに、ただのまじないさ」
「
「僕がたまたま、そのまじないを知っていて、それがあの子に必要だった。そういうことさ」
「…………」
ティターニアは押し黙る。傍に座す王の先見の明の力は他に類を見ないほどだ。その彼が必要と言えば、彼女にはそれを諌める道理はない。
それ故に、人好きの女王は願う事しかできない。
「あの子たちの道に、幸多しことを……」
個人的にパパーっと秘密の部屋を片付けたいですねえ。