土曜日の早朝。多くの生徒がベッドで毛布に包まっている頃に、レイラは一人抜け出していた。
昨晩はスリザリンのクィディッチ選手たちが何やらはしゃいでいたようで、談話室は遅くまで騒がしく、レイラは思うように勉強ができなかったのだ。その分早起きをして、復習でもしようと談話室に降りてきていた。
チロチロと燃える暖炉で暖まりながら、教科書とノートを見直す。今日は午前中にハグリッドのところに行こうと思っていたレイラは、せっかくだからお菓子でも作って持って行こうと考え、鼻歌を歌いながら勉強を進めていると男子の寮から複数の足音が聞こえてきた。朝の早い時間に起きてくるのは誰だろうと見れば、クィディッチのユニフォームを身にまとった生徒たちだった。少し遅れて、同じユニフォームを着た女子生徒も降りてきた。
「全員揃ったな、行くぞ」
選手たちの中に、レイラはドラコを見つけた。驚くことに彼もユニフォームを着ている。
「ドラコ?」
「うん? レイラじゃないか、早起きだな」
「まあね、その恰好はどうしたんだい」
ドラコはそう言われて、自慢するように両腕を広げて見せた。
「実は僕が、スリザリンのシーカーになることが決まったんだ。まだ他の寮には内緒だがね」
――そうか、確かホグワーツでは二年生からクィディッチへの参加資格があるんだったか。
去年のハリーの特別参加は異例だったとしても、二年生でクィディッチの選手になれるということは、ドラコは相当の実力があったのだろう。
「すごいじゃないか」
その時、レイラは本心から感心していた。それはとてもすごいことなのだろうと。
しかし……
「いやあ、なんだ。父親のコネだったか。そういうところを無くせば、いい子なんだろうに」
場所は移ってハグリッドの小屋。レイラは紅茶を飲みながら、そうこぼしたのだった。それにアルフレッドが苦笑いを浮かべる。
「親の七光りはいいものじゃないからな」
「ウッ……ゲボ」
朝食を食べた後に、レイラはクッキーを作り、アルフレッドを連れてハグリッドの小屋を訪れていた。たまにしか顔を出していなかったレイラをハグリッドは歓待してくれた。
お菓子を広げ、ハグリッドが淹れてくれた紅茶を飲みながら、レイラは二年生最初の一週間についてを話した。途中でロックハートの話になったが、『闇の魔術に対する防衛術』の先生をやりたがる人が全くおらず、ロックハートしか立候補しなかったのだとか。
そんな話をしながらお茶を楽しんでいると、クィディッチのユニフォームを着たハリーが入ってきたのだった。ハーマイオニーとともにロンに肩を貸し、息を切らす彼らに、レイラは訳が分からなかったが椅子をすすめた。
顔を青ざめさせたロンは、ハリーがハグリッドから受け取ったバケツをロンに抱えさせた。何が起きるのかと見ていたレイラの目の前で、ロンがナメクジを吐いた。
――わあ、ナメクジの呪いをかけるやつなんているのか。
『呪いのかけ方、解き方』という本に、ナメクジを吐かせる呪いも載っている。本を読んだレイラとしては、あまりにも精神的ダメージが大きそうなので使うことはないだろうと思っていたのだ。
ハリーに聞けば、ドラコがハーマイオニーに酷いことを言って、怒ったロンがナメクジの呪いをかけようとした。しかし、先日の車騒動の時にロンの杖は折れてしまっていて、魔法がうまく発動しない状態であったそうだ。そんな様で魔法を使い、呪文が反転してロン自身にかかってしまったということらしい。
「マルフォイのやつ、本当に酷いことを言ったんだ……ウグ……ゲエ」
「……穢れた血ですって」
ハグリッドがガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「本当にそんなことを言うたのか!」
「どういうことなの?」
ハリーはいまいちピンときていない様子でハグリッドやハーマイオニーを見る。レイラはコホンと咳払いをした。
「魔法使いでも、非魔法使いでもない人たちのことを指す言葉だよ。その類の中で、一番嫌な言い方なんだ」
「反吐が出るよ……ウッ」
バケツの中にもう何匹目かわからないナメクジを出したロンだが、魔法の効果は消えそうにない。レイラは紅茶を一口飲むと、カタリと立ち上がってロンの肩に手を当て、体をまっすぐにさせた。
「な、なに?」
不安げにレイラを見るロンに、彼女はニコリと笑った。続いて、ロンのセーターやシャツのお腹部分を掴むと、一息に捲り上げた。
「やめろ、なにするんだ!」
羞恥でもがくロンだったが、再びナメクジを吐きそうになり、バケツを抱えてゲェゲェしだした。ナメクジを吐き終わったロンの姿勢をレイラは再びまっすぐにした。そうして露わになっている腹部に、レイラはトネリコの杖を抜いて突き付ける。
「動かないで、呪いを消してあげる」
「え、そんなこと……」
「フィニート・インカンターテム(呪文よ終われ)」
シパ、と音がして、それきりだった。それだけで、ロンは気持ち悪さが消えたようだった。ロンに紅茶を進めてくれるハグリッドが、ハーマイオニーに微笑んだ。
「いいかハーマイオニー、お前さんが気に病むことはねえ。マグル生まれと結婚してなけりゃ、今頃魔法族は絶滅しててもおかしくねぇんだ。今時の魔法使いは、ほとんどが混血だしな」
ロンが吐き出したナメクジを入れたバケツを恨めしそうに見つめ、「マルフォイのやつ」と毒づくのを聞いて、アルフレッドが「ああ」と思いついたような声をあげた。
「ロンの杖が逆噴射したのは、言ってはなんだが幸いだったな」
それを聞いたロンが思わず立ち上がろうとしたのを、ハーマイオニーがなだめた。
「彼の言う通りよ、今はタイミングが悪いもの」
「どう言うことだよハーマイオニー! 君は侮辱されたんだぞ」
「わかってるわよ。あなたが怒ってくれたことは、本当に嬉しかったわ」
「だったら……」
俯いてしまったロンの背に、ハーマイオニーがそっと手を当てた。
「でも今、あなたとあなたのお父様が問題を起こすわけにはいかないでしょう?」
「それがドラコ相手なら尚更だな。最悪お前の父親が職を失うかもしれない。法律の違反、息子は学校で同級生に呪いをかける不良などと言われれば。たまったものじゃないだろう?」
ロンは顔を青ざめさせながら、ゴクリと唾を飲んだ。
実際にそうなるとは限らないが、それでも事態が悪い方向に転んでしまうのは十分あり得ることだ。
ロンがナメクジを吐き出すことになってしまったのは悪いことだが、十分マシな結果になったと言えるだろう。
その日の夜、ハリーとロンの罰則が行われたようだ。ロンはトロフィー室でフィルチと素手でトロフィー磨き。ハリーはロックハートの指名で、彼のファンレターを返す手伝いをしたようだ。翌日になってからその話を聞いたハーマイオニーから聞いたレイラは呆れながら渇いた笑みを浮かべた。
「ねえ、レイラ。昨日の夜に変な声を聞かなかった?」
日曜日。レイラはそう聞かれて図書館に向かう足を止めた。訊ねてきたのはハリーであった。
「具体的には?」
ハリーは昨晩聞いた声をはっきりと思い出し、口にした。
《引き裂いてやる……八つ裂きにしてやる……殺してやる》「こんな感じだったんだ」
まるで何でもないように言ってのけたハリーに、レイラは硬直した。そして瞬時に、周りに誰かいないかを確認し、自分たち二人しかいないことにホッとする。レイラはハリーの肩をつかむと、しっかりとハリーの目を見つめた。その様子にハリーがゴクリと喉を鳴らした。
「いいかいハリー、それは、信用の置ける人にしか言っちゃいけないよ。きっと不安がる人が出てしまうからね」
「う、うん」
あまりにも真剣みを帯びた声音に、ハリーはうなずくことしかできなかった。その様子を見て、レイラはウンと頷いた。
「わたしは調べ物をしに行くから、何かあったら図書館までおいで」
そう言って歩き出し、途中で振り返ってハリーに手を振り、レイラは図書館へと向かった。
一人で歩くレイラは、あごに手を当てて先ほどのハリーの言葉について考えていた。
――ハリーは気づいてないけど、あれは蛇語だった。だとすれば、昨日ハリーが聞いたのは蛇の言葉だ。まあ、蛇なんてそこらにいるだろうし、なにも不思議じゃあない。言葉は物騒だけど、腹でも空かせていたか? うん……蛇語なんて話せる人はそうそういない。サラザール・スリザリンが話せたらしいけど、……引っかかった魂の影響だけで、蛇語まで話せるようになるものなのか。だとしたら他にも何かあるのか?
一人、思考の海に潜っていたレイラは、いつの間にか自分が図書館の前まで来ていたことに苦笑した。
――考えなしもだめだけど、考えすぎるのも問題か。
一人の時間とは、何者にも束縛されない、至上であり至福の時間だ。
そろそろイチャイチャを入れたい。レイラさんの髪を梳かしてあげたい。