もっとああしてこうしたかったのに……!!
大きな雨粒が何日も続けて降る日が続いていました。もうすぐハロウィーンが来るということで、たくさんの生徒が活気で溢れています。それと同時に、ホグワーツ中に風邪が流行り出したのです。私、アステリア・グリーングラスはかなり体が弱いのですが、姉であるダフネ・グリーングラスは、病弱な私が風邪になったら大変だと慌てていました。その様子を見てレイラ——時折レイラさんと言ってしまいそうになります——と笑っていたところに、彼女から小瓶を渡されました。中身を聞いたところ彼女お手製の「元気爆発薬」だそうです。たった一年上の上級生である彼女は、ホグワーツきっての天才だと言われています。姉から聞くところによると、学業では去年の期末テストで、驚くことに百点を飛び越える点数を多く叩き出し、見事学年一位の座を獲得したのだとか。魔法族、ひいては純血の者たちを押しのけての学年トップという偉業を聞いて、私は彼女に憧れを抱いたのです。血という垣根を超え、マグルに育てられていながらも高いレベルで知識を身につけたレイラ・ポッターという女性はとても大きい存在です。
また、学年を問わず、レイラの人気は高いようです。一部——というよりはグリフィンドールですが——の生徒たちにはあまりいい顔をされていないようですが。特にスリザリン生からの人気は相当なもののようです。本人は気づいているのかは分かりませんが、影から彼女を熱い目で見る人が多いようです。
人形のように綺麗な顔立ち。しかし人形のように無表情ではなく、とても優しく微笑んでくれるのです。最近は勉強を教えてもらった一年生が顔を赤くさせることが増えました。もちろん私も。
緑色の目はとても知的で、とても綺麗なのです。まるで吸い込まれるように見入ってしまいます。髪は背中まで伸びて深みがかった赤をしており、まっすぐ艶やかで、思わず触って見たいと思わされるほどです。実際に触らせてもらったことがありますが、上質な絹のようでした。後から、他の生徒たちに感想を聞かれてそう答えもしました。あまり大声では言えませんが、赤い絹を送ってくれと家に頼む生徒が続出したそうです。
さてその髪ですが、実はレイラ自身は何もしていません。ここまでだと悔しい限りですが、これには秘密があるのです。
普段レイラに近寄ろうとする人はいません。嫌われているわけではないことは当然なのですが、みんなきっかけをつかめずにいるだけなのです。そんな中で彼女に当然のように並んで歩き、さらにはレイラから近づいていく男子生徒がいます。彼の名前はアルフレッド・ルーク。翡翠色の目に、風にふわりと揺れるやわらかそうな銀髪。レイラの横に並び立つことがふさわしいと思えてしまうくらいには整った顔立ち、優秀な勉学の成績。少し近寄りがたい不思議な雰囲気とが相まって、秘かに彼を慕う女子生徒はスリザリン内外にいるそうですね。
さて、何が言いたいかというとこのアルフレッドこそが、レイラの髪の秘密なのです。二人はたいてい一緒に行動しています。授業間の移動の際や、ランチタイム。例を挙げればきりがありませんけどね。その二人の姿を見ようと、彼らの周辺には上級生下級生を問わずに生徒が集まります。本人たちの邪魔にならないように、そっとです。そんな周りの人たちですが、意識的に近寄らないようにしている場所があります。
図書館です。
どんなファンでも、図書館には近づこうとはしません。図書館で要らぬ行動をすればマダム・ピンスにつまみ出されてしまうからです。そして、あくまで噂ですが、彼女に邪な感情を持って不用意に近づこうとすると、どこかから魔法が飛んでくるというのです。彼女に近しい人たちでも、その存在を知らないようです。
少し前ですが、図書館に調べ物をしに行った際、レイラに手伝ってもらったことがあります。せっかくならとそのまま彼女がいつも勉強を行うテーブルに誘われたので、喜んでついていった。テーブルには先客がいて、銀髪が特徴的なアルフレッドが黙々と本に目を通していた。彼は私を視界に入れると、本から顔を上げてこちらを向いた。
「グリーングラスの……ああいや、ダフネの妹か。無理してこいつについて来なくても大丈夫だぞ」
「好きでついて来たのですから、おかまいなく」
「なにさ、まるでわたしが無理やり連れてきたみたいじゃないか」
「お前この前、グリフィンドールのクリービーだかを連れてきただろう。明らかに怯えていたぞ」
それを聞いてレイラは屈託無く笑ってみせました。まるでいたずらを指摘されて喜ぶ子供のように、素直な笑みでした。
「彼は写真を撮るのが好きみたいでさ、あの後あの子が撮ったハリーとロックハートの写真は愉快だったよ」
ギルデロイ・ロックハート。彼の初日の授業こそ特別なことが行われるとは思っていませんでしたが、次の日もその次の日も、彼の授業は自身が行ったという自伝の話ばかり。闇の魔術に対する防衛術は最も実践的な授業だと思っていたのに、残念です。
隣に座っているレイラが、本を読みながら髪の毛を手で梳いています。読んでいた本は、確か『吟遊詩人ビードルの物語』の物語だったはずです。内容自体は私もよく読んでいるのでわかりますが、レイラの読んでいたそれはルーン文字で書かれているらしく、まったく読めませんでした。レイラ自身、読めるようになったのは二年生になる前らしいので、努力次第だそうです。
ここで私はあることに気づきました。レイラが梳いている髪が、指に引っかかっているのです。いつもならそんな様子は見られないのに、珍しいこともあるみたいです。しかも、本人はどことなく嬉しそうなので、私の疑問は大きくなるばかりです。
「アルフレッド」
レイラがそう呼べば、彼はレイラを見た後、ため息をついて巾着袋を取り出しました。レイラはご機嫌な様子で彼の隣へと席を移し、アルフレッドに背中を向けました。なにが起こるのかと不思議に思っていた私の目の前で、アルフレッドはあるものを取り出しました。それは、どこにでもあるような木製の櫛でした。私が見つめる前でアルフレッドはレイラの髪を梳いていきました。櫛がかけられた場所は引っかかることもなく、さらりとまっすぐに、最初からそうであったのかのようになっていきます。少し癖のようになってはねていた部分は瞬く間にまっすぐにのばされていきます。髪をブラッシングされているレイラはとてもうれしそうで、聞こえはしませんがハミングらしきものをしているようでした。その様子を受けて、アルフレッドはため息をこぼしました。
「レイ、いい加減に直毛薬を使って見たらどうだ」
「いやあ、薬の力を借りたくはないかなって。君ならほら、まだ労力を感じられるだろう?」
今度は深いため息。アルフレッドはよく、レイラといる時にため息をこぼします。レイラはそんな様子を見て、いつもにこやかに笑うのです。まあ、アルフレッドもそんなに嫌そうには見えないですけどね。どちらかと言うと嬉しそうです。
甲斐甲斐しく髪を梳かすアルフレッドと、嬉しそうに目を細めるレイラ。
今更ですが、アルフレッドはレイラのことを「レイ」と呼びます。いつからそうなったのかはわかりませんが、姉の話では、入学した頃にはすでにその呼び方だったそうです。そんな幸せそうなオーラを感じさせる光景を見て、お邪魔虫は退散することにしました。
「レイラ、今日は失礼しますね。また今度、勉強を見てもらっても?」
「そっか。うん、いいよ。また今度ね」
ひらひらと手を振るレイラと、黙々と髪を梳かすアルフレッドに一礼して、私はその場を去ったのでした。
そんな事があったのを思い出しながら、私は元気爆発薬の入った小瓶に口をつけ、一息に飲み干しました。何度か飲んだことがあるこの薬ですが、レイラからもらったものは他とは違いました。予想外でしたのでびっくりしたのですが、グレープの味が付いていたのです。
味を楽しむ間も無く、顔が熱くなり、耳から白い蒸気が噴き出しました。飲んだ際の欠点なのか、イタズラなのかは知りませんが、この薬は耳から蒸気が出るのです。最近は構内のあちこちで、蒸気機関車のように煙を出している生徒が大勢います。
顔を赤くして煙を耳から出してる姿が可笑しかったのでしょうね。隣のレイラがクスクスと笑っています。口元を隠したって、目が笑っているんですから、丸わかりです。
そう言えば姉から、ハロウィーンの夜にはダンスパーティが行われることになったのだと聞かされました。私は踊ることはしませんが、折角なので見に行こうと思っています。
「そういえばレイラ、今年のハロウィーンはダンスパーティがあるそうですが、参加しますか?」
私がそう聞けば、彼女はきょとんとした顔で私を見ました。
「へぇ、そんなイベントがあったんだ。知らなかった……あー、ダンスねえ。わたしはやったことないから踊れないよ」
「そうでしたか……あなたが踊る姿は絶対に綺麗だと思ったのですが……わたしは踊れませんから」
「そっか、そうだね。うーん、なら、少しかじってみようか」
そこへちょうど戻って来た姉は、毛布や薬なんかを抱えていたのでした。そんな様子を見て、私とレイラは再び笑い出しました。
間も無く、ホグワーツ中が恐怖に包まれることなど、全く予想だにしていませんでした。
先日知り合いから風邪を貰いました。
是非お返ししたい所存です。
皆様も体調にはお気をつけください。