ハリー・ポッターと不死鳥の姉   作:駆華野 志想之介

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襲われた生徒

 ハリーがクィディッチで腕を怪我した晩、ダンブルドアは校長室で届いていた手紙に目を通していた。ダンブルドアは、すっかり冷え込んできている窓の外が気にかかり、手紙を置いて外へと顔を向けた。

 そこへちょうど、窓の縁に綺麗な赤い羽根の鳥が舞い降りた。不死鳥だ。ダンブルドアは室内へと視線を戻し、フォークスが部屋にいることを確認してから、再び窓の外の不死鳥へと向いて微笑んだ。立ち上がって歩み寄り、そっと窓を開けてやる。

 

「よう来たの、お入り」

 

 部屋に入った不死鳥は止まり木ではなく床の上に立つと、瞬く間にその姿を人へと変えた。不死鳥だったものが、背を伸ばし、深みがかった赤い髪を払う。その様子を見て、ダンブルドアはニッコリと微笑んだ。

 

「この短期間でよく上達したのう、レイラよ」

 

 レイラは居住まいを正して頭を下げる。

 

「夜分にすみません校長。しかし、どうしても、聞いておきたいことがあったので」

 

 そう言ったレイラの顔を、ダンブルドアは半月眼鏡の奥にある、キラキラした目で見つめた。

 

「いいじゃろう。それで聞きたいこととは? 秘密の部屋の在処なら、残念ながらわしも知らぬところじゃがのう」

 

 ウインクしながら、少しおどけてそう言ったダンブルドアに、レイラは微笑み返した。後ろ手に手を組み、真っ直ぐにダンブルドアを見つめる。微笑んだまま、和やかな雰囲気が作られた中で、レイラはそれを口にした。

 

「トム・リドル」

 

 その言葉を口にして、レイラは確信した。ダンブルドアが、その生徒の存在を知っていると。

 名前を聞いた瞬間にわずかに強張った顔、見開かれた目。

——やはり、知っているな。

 レイラの目を見て、『トムと同じ』と言ったことから、もしかしたらそのトムと、マートルが語ったトム・リドルは同一人物ではないかと考えたのだ。彼女は、トム・リドルが事件を解く鍵だと考えた。マートルが、事件を解決したのはトム・リドルと言ったことに由来する。

 ダンブルドアはしばし沈黙し、レイラから顔を逸らした。

 

「どこでその名を聞いた?」

 

 そう言ったダンブルドアの声は、今まで聞いた中で一番重く響いていた。

 

「三階の女子トイレにいる、マートルですよ」

 

 レイラはその場から動かず、体をダンブルドアへと向けた。

 

「彼女の話では、五〇年前にも今回と同様の事件があったそうですね。……今はまだ猫だけですが。そしてその事件でマートル・ワレンという女子生徒が死亡。あはやホグワーツは閉鎖されるところまで行ったところで、ある一人の生徒が事件を解決した。……その生徒というのが——」

「——左様、トム・リドルじゃ」

 

 レイラの見つめる先で、ダンブルドアは窓枠に手を置き、すでに暗い外を見つめた。

 窓に映るダンブルドアの顔は伏せられ、暗い表情だ。

 

「そこまで知っているのなら、五〇年前の事件の一端を、教えても良いじゃろう。レイラ、こちらへ」

 

 ダンブルドアは振り返り、数ある戸棚の一つへと進み、開けた。そこに置かれていたのは、浅い石の水盆だった。縁にぐるりと不思議な彫り物が施してある。ルーン文字と記号が施されている。

 ダンブルドアはコブのついたような杖を取り出すと、杖先を額につける。

 杖を頭から離すと、何かが杖の先にひっついて出てきたようだった。ダンブルドアはそれを水盆の中へと落とし込む。その何かは、白色の液体のようで、煙のようだった。

 不思議そうな顔をするレイラに、ダンブルドアは手招きした。

 

「さあ、覗き込んでごらん」

 

 身構えながらも、水盆に顔を近づけて覗き込む。すると、まるで自分が水盆の中に引き込まれるような感覚になった。いや、実際に引き込まれたのだった。

 レイラは最初、水盆から顔を上げただけだと思った。隣を見れば、ダンブルドアは変わらずそこにいた。しかし、二人がいた校長室の風景がガラリと変わっていた。ホークスも、その止まり木も無く、銀の水盆も無くなっていた。校長室の中心、いつもダンブルドアが執務をこなすであろう机の上には、皺くちゃで弱々しそうな老人が、白髪の残る禿頭を見せて、蝋燭の灯りで手紙を読んでいた。

 ダンブルドアはニコリと微笑むと、手で老人を指し示した。

 

「こちらは、わしの前に校長を務めていた、アーマンド・ディペット先生じゃ。」

 

 ダンブルドアが紹介しても、ディペット先生は反応を見せない。レイラは訳が分からなかったが、ペコリとお辞儀をした。その様子を見て、ダンブルドアは楽しそうに笑った。

 

「レイラや、ここはわしの記憶の中での、わしら以外は全て昔の者たちじゃよ」

「それならそうと、事前に言って欲しかったです」

 

 レイラは恥ずかしそうに顔を逸らした後、もしやとダンブルドアに問うた。

 

「もしや、先程の頭から引き出した白色の物が、記憶だったのですか?」

「そうじゃ。アレは憂の篩と言って、杖で取り出した記憶を掛けると、それをこうして見ることができるのじゃ」

 

 ディペット校長しかいなかった部屋に、長いふさふさとしたとび色の髪と髭蓄えた背の高い魔法使いが入ってきた。隣のダンブルドアがその人を指差し、「わしじゃよ」とニンマリと笑った。

 随分と若いとは思わなかった。篩を覗く前の会話から、ここが五〇年前であるはずだが、今入ってきたダンブルドアは今とそう変わらなかった。五〇年前のダンブルドアは緊迫した様子で机の端に手を置いた。ディペット校長は怪訝そうにダンブルドアを見上げた。

 

「……また被害者が出た」

「なんと! またかアルバス。石になる被害者がこれ以上増えるのは——」

「——死者が出たのじゃ、ディペット」

 

 ディペット校長は、持っていたペンを落とし、信じられないものを見るかのようにダンブルドアを見た。

 やがて、手がブルブルと震え、顔色が真っ青に変色していった。

 

「そんな、こんなこと、あってはならないことだ……」

 

 到底信じられないと、ディペット校長はうわ言のように呟いていた。

 

「ダンブルドア校長、この死者が……」

「左様、マートルじゃよ。見ておれ、今にやつが来る」

 

 その言葉が言い終わるや否や、扉を強引に開け、二人の生徒が校長室へと入ってきた。一人は大きな体を縄か何かで縛られ、必死に抵抗している。もう一人は、その生徒を杖で威圧し、ディペット校長とダンブルドアを見た。レイラは、その大柄な人物に似た人を見たことがあった。ルビウス・ハグリッドだと、レイラは思った。

 

「トム、どうしたのじゃ、こんな夜更けに。……それに、ハグリッドをなぜ縛っておる?」

「ダンブルドア先生、アラゴグじゃ、アラゴグじゃねぇんです! あいつはそんなことを」

 

 縄に縛られた身を捩り、ハグリッドは必死に何かを伝えようとするも、それを背後にいたトムと呼ばれた生徒に止められる。

 

「ディペット校長、ダンブルドア先生。一連の事件の犯人を捕まえました」

「なんと……まさかハグリッドがそうだと言うのかねトム?」

 

 身を乗り出して食いつくディペット校長だが、五〇年前のダンブルドアはそのキラキラとした目でトムを見つめていた。

 トムは一度息を吐くと、杖を握る力に手を込め、力強く先生たちを見た。

 

「彼が秘密裏に飼っていた毒蜘蛛が、この事件の正体です」

「違え! アラゴグはそんなことしねえ、いいやつなんだ!」

 

 よく見れば、トムの体は埃まみれになっていて、顔も少しばかり腫れていた。ハグリッドを拘束する前に抵抗されたことが見て取れた。

 

「……わかった」

 

 ディペット校長がおもむろに椅子から立ち上がった。

 

「彼については私と魔法省とで話し合って決めよう。怪物については、早急に見つけて駆除しなければ」

「そんなっ、あいつにできるはずねえ! 絶対にやっちゃいねえんです!」

 

 不意に、体が水中を登っていくのを感じた。一瞬、全てが真っ暗になったように感じ、ピタリと自分の足が床に付いた。

 校長室を見回せば、ディペット校長はいなくなり、ダンブルドア先生が真剣な表情で憂の篩を見つめていた。

 レイラは、今まで見ていたものが到底信じられなかった。自分に今まで優しく接してくれていたハグリッドが、五〇年前に秘密の部屋を開いた張本人だと、信じきることはできなかった。信じられなかったからこそ、レイラはダンブルドアがなぜあの記憶を見せたのか、僅かながらに気づいた。

 

「校長は、ハグリッドが部屋を開いたのではないと、そうお考えなのですか?」

 

 ダンブルドアは、重々しく頷いた。

 

「そうじゃ。わしはの、レイラ。あの時、片時も目を離してはならないと思っておった生徒がいたのじゃ。……その者こそ、先ほどのトム・リドルじゃよ。またの名を、ヴォルデモート」

「————ッ!」

 

 瞬間、レイラの全身が総毛立ち、拳を握った手に力が入る。

——しかし、学生時代から警戒していたのならダンブルドアはどうして……いや、猫かぶりがうまかったんだろうな。そんな顔だ。

 レイラは努めて冷静に、ダンブルドアに訊ねた。

 

「……では、では。やはり奴が、五〇年前に秘密の部屋を開いた張本人なのですか」

「残念ながら、決定的な証拠は何もない」

 

 ダンブルドアはかぶりを振った。

 

「しかしじゃ、彼は後にヴォルデモート卿として、多くの手下を集め悪事を働いた。なんら、不思議はないじゃろう」

「ええ。奴ほど、部屋を開きそうな人物はいないでしょうね」

 

 レイラはそこで、ダンブルドアが未だにダンブルドアが重い空気をまとっているのに気づいた。気づいて、問うた。

 

「もしや、まだ何か?」

「証拠はないと言うたな?」

「……ええ、そうですね」

 

 ダンブルドアは後ろ手に手を組み、レイラに近づいた、

 

「トムには、蛇と話す力があった」

「なんですって?」

「蛇じゃよ。かつてホグワーツを創設した四人の一人、サラザール・スリザリンも蛇と話すことができたと言う。このことから、トムはスリザリンの最後の子孫であることは想像に難しくないのじゃ」

 

 レイラは、ダンブルドアの言葉を聞いて頭に強い衝撃が走ったように錯覚した。それほどまでに、衝撃的な内容だった。サラザール・スリザリンが蛇語を話せ、ヴォルデモートもそれが出来るという。ならば、そのことから分かるのは……。

 

「…………校長」

 

 絞り出すように自身を呼んだレイラに、ダンブルドアは不思議そうに目を向けた。思慮深そうな瞳がレイラを見つめる。

 

「わたしは、蛇語が、話せます」

「……なんと、それは、いや……やつの魂の一部がある君なら、それも可能じゃろう。問題となる程ではないじゃろう」

「ええ、そこは良いのです。問題は、ハリーも蛇語が話せるということです」

 

 ハッ、と。短く息を呑む音が、ダンブルドアから発せられた。話をしたレイラ自身、頬を冷や汗が流れるのを感じた。事態の深刻さに、目眩すら覚えたほどだった。

 レイラには、両親が殺された晩に起きたことが原因で、ヴォルデモートの魂の一部が引っかかり、影響を与えられている。初めはヴォルデモートと同じように、感情の揺れで目が赤く染まるだけだと思っていたが、蛇語が話せることも影響の一つだとわかった。

 ならばハリーは、どうなのであろう。

 目立ったものといえば額の傷くらいだった。しかしハリーも、レイラと同じように蛇語が話せる。

 

「予想していた中でも恐ろしいことが起きてしまった」

「では、ハリーも同じように……?」

 

 ダンブルドアが、ゆっくりと頷いた。レイラは、握っていた拳に爪が食い込むのも気にせず、力強く握りしめた。ダンブルドアが、なだめるように話しかける。

 

「安心しなさい、わしに考えがある。時間がかかってはしまうが、ハリーからヴォルデモートの魂を切り離すことは可能じゃ。もちろん、君からものう」

 

 レイラは俯いて、ただ頷くしかなかった。

 大きな問題が生まれたばかりでなく、現在ホグワーツで起きている謎の事件と、レイラの頭を悩ませる問題は重い。最近ではハリーがスリザリンの継承者ではないかというものまで出て来ている。目頭を押さえたレイラに、ダンブルドアが朗らかに声をかけた。

 

「今日はここまでにしておこう。代わりといってはなんじゃが、温かいココアでも取りに行こう。心が落ち着くはずじゃ」

 

 突然の提案にポカンとしたレイラだったが、すぐに了承した。

 

 校長室へと繋ぐ螺旋階段を降りて、レイラとダンブルドアは食堂を目指していた。向かう途中で、はたと気づいて、ローブの内ポケットに手を差し入れた。はたして中に入っていた小包を取り出すと、「どうぞ」とダンブルドアに差し出した。

 

「ほう、クッキーかな?」

「厨房を貸してもらって、よく作るんです。いつも多めに作ってしまうので、こうして誰かにあげているんですよ。よろしければ」

「おおう、これはありがたい。わしはお菓子が好きでな、今度魔法界の面白いお菓子をお返ししよう」

 

 夜ということで暗くなった廊下を、明るい様子で歩いて行く二人。すると廊下の向こう側から、誰かが近づいてくる。その人物はエメラルド色のローブを着て、とんがり帽子をかぶっている。

——マクゴナガル先生だ。

 マクゴナガル先生はダンブルドアに気づき、次いで隣のレイラを見て目を丸くした。

 

「これは一体……まさか、夜中に出歩いていたのですか?」

 

 事実その通りではあるが、ダンブルドアが何も考えずに自分を連れて歩くわけはないと考え、レイラは沈黙しておくことにした。するとやはり、ダンブルドアは適当な嘘をでっち上げてくれた。

 

「ハリーがクィディッチで怪我をしたことについて、わしがレイラに聞きたいことがあったのじゃよ。何者かの仕業か心当たりがないか、のう」

「ええ、残念ながらお力にはなれませんでしたが……」

 

 犯人と動機まで知っていたレイラだったが、これはあくまでマクゴナガル先生への嘘の対応。努めて冷静にレイラはダンブルドアに合わせた。

 

「話も終わったのでの、寮に送るついでにココアでも貰おうと向かっておったのじゃよ」

 

 マクゴナガル先生はダンブルドアとレイラを交互に見て、頷いた。どうやら納得したようだった。

 

「わかりました、それでは私もご一緒しましょう。ここ最近物騒ですから」

「うむ、それが良かろう」

 

 マクゴナガル先生を加えて歩き出した中、レイラの耳に、あの声が聞こえてきた。

 

「……殺す、殺す……殺してやる……」

「——ッ」

 

 進む先から聞こえてきた声に、背筋が凍るような錯覚をし、咄嗟に身構える。レイラの急な行動に訝しむダンブルドアとマクゴナガル先生だが、廊下の角を曲がった所で、何かが廊下に倒れているのを見た。

 ダンブルドアが杖を取り出し、明かりを灯す。そうして見えてきたソレに、三人は息を飲んだ。ローブを着た誰かが、カメラを構えた状態で倒れている。ダンブルドアが近づいても、身動きすら取らない。

 マクゴナガル先生がアッと声を漏らした。

 

「ミスター・クリービー、そんな……」

 

 おそろおそるコリンの腕に触れたマクゴナガル先生は、すぐに手を引っ込めた。先生はレイラたちを振り返って、あっという間に青くなった唇を動かした。

 

「……石に、なっています」

 

 石にされていたコリン・クリービーはすぐ様医務室に運ばれ、マダム・ポンフリーによる検査の下、改めて石化していると決定づけられた。

 とうとう生徒が襲われたという事実は、翌日の朝にはすでに広まっていた。コリンはその晩、ハリーを見舞いにブドウを持ち、いつも携帯しているカメラを首から吊るしていた。そうして医務室に向かう途中で石にされたらしい。

 そしてカメラをダンブルドアが調べようとしたところ、全てのフィルムが溶けていた。犯人が証拠となるのを嫌ったのか、真相は何も見えてこないままだった。

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