ハリー・ポッターと不死鳥の姉   作:駆華野 志想之介

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ポリジュース薬

「おっと…………なんとまあ」

 

 三階の女子トイレの中で、レイラは腕組みをして個室の一つを眺めていた。便座の上に古い大鍋が置かれ、魔法で点けられた火がパチパチと音を立てていた。レイラは個室の床を観察して、やがて一つの枯葉のようなものを見つけた。手にとって見て、次いで鍋の様子を窺う。少し緑色のような色をしつつある液体の匂いを嗅ぎ、顔をしかめた。

 鍋が煮立ちはじめ、臭いが広がりつつあるので、レイラは個室周りに臭いを閉じ込める魔法を掛け、女子トイレを後にした。

 

 

 

「それで、三人組は何を作っていたんだ?」

 

 翌日、十二月の第二週目になった初日。スネイプ先生がクリスマス休暇中、学校に残る生徒の名を調べに来た。レイラは当然残り、アルフレッドも帰る予定はない。驚いたことに、今年はドラコや、クラッブ、ゴイルも残るらしい。三人とも親の仕事が忙しいようで、家にいることができないとのことだった。

 スネイプ先生の魔法薬学の授業に向かう途中で、レイラはアルフレッドに自分の見たものを話していた。

 

「多分、ポリジュース薬だ。きっと前の授業でスネイプ先生がポリジュース薬の話をしていたことから、ハーマイオニーが閃いたんだろうね」

「他人に変身なんかして何を……スリザリン寮に潜入するつもりか?」

 

 アルフレッドは眉をひそめた。あまり合理的な手段ではないからだ。

 他人の人体の一部を、髪の毛一本でもあればその人物に変身できるポリージュース薬は、強力だが使う材料の入手が難しい。一般の生徒ではまず手に入れられないものが複数ある上に、薬を使ったことが発覚すれば、厳罰は免れないだろう。

 そんなものを使ってまでスリザリンの継承者の情報を手に入れたいのだろうか。それくらいなら——。

 気づけば、アルフレッドがそういえば、という顔でレイラを見ていた。

 

「なんだ、顔に何かついてるのか?」

「思ったんだが、ハリーはお前に調べてくれと頼まなかったのか。スリザリンなのに」

 

 レイラは目を細めて、つまらなさそうにため息を吐いた。

 

「ホグワーツに入る前くらいから、少しずつハリーがわたしを頼ってくれなくなってね。昔は事あるごとにわたしを呼ぶかわいい子だったのに……反抗期かな」

 

 残念そうに、しかしどこか嬉しさの出てきた表情で、レイラは教室まで足を進めた。

 

 

 

 「……やっぱり反抗期だろうか」

 

 そう呟くレイラの目の前には、ハリー達によって爆発させられたゴイルの大鍋から飛び散った「ふくれ薬」が生徒達に降りかかっていた。とっさに張ったワンダブレラ「杖傘」の呪文でレイラとアルフレッドは難を逃れ、二人の背後にいたダフネも無事で済んだ。

 机間巡視をしていたスネイプ先生からは見えない角度で、ハリーがゴイルの大鍋に花火らしき物を放り込んだのだ。見事に花火は鍋に入り、中身をぶちまけてくれた。魔法薬学の授業に嫌気がさしたのかと考えたレイラだったが、教室が混乱に包まれた中で、ハーマイオニーがこっそりと教室を抜け出していた。スネイプ先生が「ぺしゃんこ薬」を生徒に塗らせている間に、何食わぬ顔で戻ってきたが、彼女の制服のポケット部分が膨れているのをレイラは見逃さなかった。

 恐らくは女子トイレで製作中のポリジュース薬の材料だろう。非公認で作る以上、生徒だけで揃えられる材料には限度がある。それを補うために、このような大胆な手段を使ったのだろうと、レイラは考察した。

 どうやらアルフレッドも気づいたようで、呆れ半分、愉快さ半分といった顔をしていた。

 

「レイに頼めば、材料が揃えられることは知らないから、仕方ないことだな」

「あはは。余った素材を残して行くのも、もったいないからな」

 

 夏休みにノクターン横丁で揃えた材料で、レイラはホグワーツに登校するまで、興味の湧いた薬をいくつか作っていた。妖精の森で手に入るものが想像より多く、出費を最小限にして魔法薬を作る練習ができていたのだった。そうして余った材料は、森に置いていくのももったいなかったため、レイラはこっそりと持ち込んでいた。

 無事だったレイラたちの前では、薬を被ったみんなが、膨れて重くなった体を引きずりながらスネイプ先生に薬をもらっていた。かなり大胆な行動を起こした弟に苦笑していたレイラの鍋がブクブクと泡立ちはじめ、薬が完成したことを知らせた。

 

 その日の晩。レイラはアルフレッドの持つデミガイズの透明マントを二人で羽織り、三階の女子トイレまで来ていた。

 

「レイ、待て、ここは女子トイレだろう」

「細かいことは気にするなよ、ここには先生たちだって入りたがらないんだ。だから君がわたしと一緒に入ったところで、何も問題ないさ」

「大いにあるだろう、俺は男だぞ!」

 

 深夜に、出かけたいからマントを貸してくれと頼まれ、最近物騒であるからと同行することを決めたアルフレッドは先刻の自分を責めていた。彼は今、レイラによって女子トイレに押し込まれようとしていた。

 

「このまま外にいたら、先生に見つかる可能性があるだろう? わたしの為にもさっさと入ってくれ」

 

 どこか楽しそうな声音のレイラに説得され、アルフレッドは渋々と言った様子で中に入った。レイラはうなだれているアルフレッドを見て、楽しそうに鼻歌を歌いながらトイレの一角を覗き見た。そこには便座の上に置かれ、魔法で作り出された火にかけられている鍋があった。匂いを閉じ込める魔法はしっかり機能しているようで、外に匂いが漏れていることはなかったことに、レイラは安堵した。もし誰か勘のいい誰かがポリジュース薬の匂いを嗅ぎつけでもしたら、その時こそハリー達の計画は台無しになってしまうだろう。あまり危険なことをしてほしくはないが、ハリーがやると決めたことなら、レイラはそれを見守ろうという考えであり、ばれないようにこっそりと手助けをするという心づもりだった。

 今夜ここに来たのも、全てはハリーのたくらみを成功させるためのアシストをするためであった。ハーマイオニーがポリジュース薬の制作を行っているとはいえ、レイラには不安があった。ハーマイオニーは確かに天才と言えるだろう。だがそれでも、ポリジュース薬というのはとても配合や調整の難しい薬だ。一度作ったレイラは、その難しさを良く知っている。その経験があるからこそ、レイラは心配になって薬の様子を見に来たのだった。

 

「少し匂いと色が薄いかな」

「なんだ、材料が足りなかったのか?」

 

 鍋を覗き込むレイラの呟きをアルフレッドが拾い、訊ねる。レイラはコクリと頷いて、ハンドバッグから必要な材料を取り出して鍋の中に放り込んだ。

 鍋をかき回しながら、レイラは虚空に話しかけた。

 

「いいかい、マートル。今夜ここにわたしが来たことは、誰にも言ってはいけないよ。特に、ハリーにはね」

 

 するとのトイレの一角からブクブクと音が聞こえ、水しぶきを上げながらマートルが飛び出してきた。

 

「まったく、ここは女子トイレなのよ? グレンジャーもそうだけど、誤解を受ける行動は控えるべきじゃないかしら」

「ふふ、忠告ありがとう。でも、一人で出歩くのも危ないだろうし、わたしとしてはアルフレッドがいてくれると心強いんだ」

 

 マートルは両掌で口元を抑え、驚いたと言わんばかりな顔をした。「……天然ね」そう呟いたマートルの視線はレイラから外れ、すぐそばのトイレの柱に背中を預けたアルフレッドに向けられる。目をつぶったアルフレッドは、呆れたかのように指で目頭を揉んでいた。発言した本人はさらに材料を取り出して、細かい調整をしており、全く気にしたそぶりはなかった。

 

「よし、一先ずはこんなものか。……ん、ふあ。帰るか、アルフレッド」

 

 とっくに就寝時間は過ぎており、レイラとしても基本的には寝る時間帯だ。それを押してポリジュース薬の様子を見に来ているのだから、当然眠くなっている。欠伸を噛み殺ながらレイラは固まった身体をほぐすように伸びをして、その後、証拠を残さないように辺りを見回した。問題ないと判断したレイラは一つ頷いた。

 

「それじゃあ帰るよ。今度はそう、昼間にお邪魔するとしようか」

「ええ、そうしてちょうだい」

 

 疲れた様子なマートルにクスリと笑いかけ、レイラは今夜何もなかったかのようにトイレを出ていった。アルフレッドはマートルに軽く頭を下げると、マントを取り出し、早足でレイラの後を追いかけた。

 

 

 

「そういえば明日の放課後、決闘クラブとかいうのが開かれるらしいな。最近物騒だからとかで、ロックハートのやつが校長に申請したらしい」

 

 なるべく小声で、それでいて不満を隠せない様子でレイラが会話の口火を切った。レイラが人を嫌う言動をするのは珍しいと思いつつ、ロックハートなら嫌われるのも無理はないかと、アルフレッドは内心で苦笑した。

 

「やけに詳しいじゃないか、まさかやつに……」

「ないない。スネイプ先生から聞いたのさ、それはなぜかって」

 

 レイラはそこで、不自然な言葉を切った。アルフレッドに続きを気にならせるように、わざとそうしたようだった。

 

「明日までのお楽しみさ!」

 

 そう言ったレイラは、これまた珍しく、いたずらを仕掛ける子供のように無邪気だった。弟の世話ができて嬉しいのか、はたまた別の理由からか、アルフレッドには見当がつかなかった。

 

 マントで姿を隠し、寮への道を黙々と歩く二人。マントの大きさには限界があるため、二人は必然的に肩を触れ合わせるほどに接近していた。レイラは特段思うところはなく、アルフレッドもまた、気にすることなどなかった。

 だがそれを、気にする人物が少なくとも一人。その晩にはいた。

 

「ああ、もう。なんでそんなに近づいていながら、どっちも反応しないんだい」

 

 泉に映る光景を見て、妖精の王はじれったそうに手足をばたつかせる。超常の王は、困ったことに人の色恋を盗み見て楽しむ癖があり、それを妻が諌めるまでが一連の流れであった。

 しかし今夜、諌め役の妻は憂いを帯びた目で子供たちを見守っていた。

 

「蛇の王が、解き放たれたわね」

 

 どこまでも人を心配する女王の言に、しかして王は愉快気に返した。

 

「ああ、サラなんとかの怪物ね。大丈夫だいじょーぶ、あの子たちなら問題ないよ」

「オーベロン、まさかあなた……このために枝の子に」

「ふふん、さてね。ただ、まあ」

 

 妖精の王は泉の水を手のひらで掬い、指の隙間から零していく。最後に残った一雫を愛おしげに眺めてから、ティターニアを向いた。

 

「きっと今度も、素晴らしい……とても美しいモノが見れるよ」

 

 雫が落ち、水面に波紋を広げた。




まだだ、まだ早い……
二人の関係は遅々と進ませる予定()
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