ダンブルドア校長とハグリッドがいなくなってから、学校中は静けさに包まれていた。レイラはハーマイオニーの様子でも見に行こうと医務室に向かったが、マダム・ポンフリーに中に入れてもらえなかった。
「中にいる患者の息の根を止めに、襲ってこないとも限らない以上、みなさんを危険にさらすことはできません」
そう言って、マダム・ポンフリーは医務室のドアを閉めてしまった。
実際レイラは見舞いをする気は半分しかなく、もう半分は、ハーマイオニーが破いて持っているバジリスクのページが目当てだった。もしかしたら、ハーマイオニーの見舞いに来たハリーが、その切れ端を見つけて事の真相に行き着いてしまうかもしれないと考えたからだ。
しかし医務室に入れない以上、本の切れ端を探すことはできない。けれどレイラが入れないということは、全生徒が入れないということであり、ハリーも入れないということになる。
マダム・ポンフリーは厳格な人であるから、例外を認めることはそうそうないだろう。そう考えて、レイラはおとなしく引き下がることにした。
スリザリンの談話室は、最近はいつも生徒であふれかえっている。学校が臨時で決めた規則によって、夕方六時以降の寮外への外出が禁止されたのだった。
普段なら、談話室の中は閑散としていて、落ち着いてくつろげるスペースであった。しかし今は、暇を持て余した生徒たちが談話室内でふざけあったりしている生徒が多い。ソファに腰掛けるレイラは本を足の上に広げながら、ため息をついた。
――騒がしいな。
いつもはアルフレッドやダフネ、ドラコたちと勉強をしたり、談笑したりと、ゆったりした時間を過ごせているはずなのに、それができない。
――静かに話がしたいのに、これじゃあ無理だな。……それはさておき……
レイラは秘密の部屋の存在が気がかりであった。未だにどこにあるのかが分かっておらず、このままの状態が続けばさらに被害者が出ることは間違いないだろう。どこを探せばいいのか、それを考えながら、夜はだんだんと更けていった。
「どうやら、禁じられた森に向かっている」
そんなハリーのつぶやきを、レイラは薬草学の授業中に確かに耳にした。よくよく見れば、ハリーの視線の先には小さな蜘蛛が列をなして城の外に向かって窓から出ていくところだった。
まさか医務室に入って、ハーマイオニーが持ち去ったバジリスクのページを見たのだろうか。それとも何か別の要因が……瞬時に展開される推察の中で、レイラはある出来事を思い出していた。
――蜘蛛。そうだ、五〇年前にハグリッドが飼っていたのが蜘蛛だった。もし彼が連行される前に、ハリーのために真実を話してくれそうな者を教えていたとしたら? その者の居場所へたどり着くまでの道が、あの蜘蛛だというわけか。
「今夜だ。パパの透明マントを使う時が来た」
「いいよ」
ハリーの声に、ロンが落ち着かないといった様子ながらも了承の意を示した。
その晩、レイラはあまり遅くならないうちから、談話室を抜け出そうと考えていた。ハリーたちが何時に決行するのかがわかっていない状況では、大広間から森へと行く道で待ち伏せしているほうが良いと考えたのだ。
当然、姿を見られるわけにはいかないのでアルフレッドにお願いして透明マントを出してもらう。そして話を持ち掛けた段階で、彼もついてくることが決まった。
――というか、一緒に行くこと前提で話が進んだな。
談話室を出ていく算段として、女子寮の中でレイラが透明マントをかぶり、男子寮のアルフレッドを迎えに行くというものだ。男子は女子寮には魔法に妨げられて入れないが、逆はなぜか入れることを利用したのだ。
いざマントをかぶろうとしたところで、マントを持つ手を何者かにつかまれた。振り返ってみれば、ダフネとアステリアだった。
「お待ちくださいレイラ」
「どうしたんだい二人とも、マントを羽織ろうとしているだけだよ?」
それを聞いてダフネがため息をつき、それを隣のアステリアが不思議そうに見ている。レイラは笑顔を絶やさず、この場をどうやって切り抜けようかと考えていた。しかし次の瞬間、差し出されたものを見て目を丸くした。丁寧に折りたたまれた、暖かそうなコートだった。
「どこかへ行かれるのでしょう? 今は寒い時期ですから、制服だけでは心もとないと思いまして」
ダフネはふんわりと微笑みかけると、コートを広げてレイラに着せてやる。突然のことに呆然としながら、レイラはされるがままにコートに袖を通す。身長が近いダフネのものであろうコートは、ちょうどよいサイズだった。
「……ありがとう、ダフネ」
「かまいません。いいですかアステリア、レイラは割と頑固なところがありますから、こういう時には素直に諦めて手助けに回るといいですよ」
「なるほど、さすがです姉上」
「えぇ……本人の前で言うのかい、それ」
「はい。去年は大変驚かされましたから」
にっこりと笑うダフネに、レイラは何も言うことができなかった。去年といえば、死の呪文の影響で重傷を負った時のことだろうか。そのほかにもいくつかあった気がするが、おそらくはそのことだろう。
呆れたように、しかし朗らかに見送りをしてくれるダフネとアステリアに礼を言い、レイラはアルフレッドを迎えに行った後、談話室をこっそりと抜け出した。
大広間から外に出たすぐ脇に、レイラはアルフレッドとともに息をひそめていた。
そんな中で、小さな声でアルフレッドが話しかけてきた。
「いいのか、レイ。ポッターたちはもう行ってしまったかもしれないぞ」
アルフレッドの指摘に、レイラは笑って返した。
「大丈夫。そんな時のために妖精にお願いしていたからね」
するとどこからか金髪に白いワンピースの妖精が現れて、レイラのそばを嬉しそうに飛び回った。レイラが手のひらを差し出せば、妖精はそこにチョコンと降り立ち、首を横に振った。
「ふむ、まだ来てないみたいだ。はいこれ、見張りをしてくれたお礼に」
そういってレイラは制服のポケットからビスケットを取り出して、妖精に手渡す。
最近はホグワーツの敷地内で妖精を見ない。バジリスクの気配を、妖精たちも蜘蛛のように感じ取ったらしい。それでも呼びかければこうして答えてくれる子もいるので、レイラとしてはありがたかった。
ハリーたちを待って一時間が経とうとしていた。やはり冬の夜は寒く、ダフネがコートを貸してくれて助かったと心の中で再度お礼を言っておく。しかしそれでも寒さはしのぎ切れず、手のひらに息を吹きかけて少しでもあったまろうとしていた。
足音を聞くために、大広間の入り口から離れることはできず、暖をとる魔法は、気づかれるかもしれないという理由から使用できない。冷たいままの手を何とかあったかくしようとしていたレイラを見かねて、アルフレッドがその手を握った。同じ寒さの中にいるにもかかわらず、その手はレイラのものよりも暖かかった。
「寒いだろう?」
「うん、少し。ありがとう」
触れ合っている手のひらを通して、アルフレッドの体温を感じる。じっとしていることもあって、鼓動さえも感じられそうだ。
――暖かくて、わたしの手よりも大きいな。少し、鼓動が早い気もするけど、やっぱりアルフレッドも寒いのか?
「――来たぞ」
レイラが感慨にふける間もなく、アルフレッドがそう言って息を殺し、レイラもそれに倣う。
そして、二人の目の前の芝生からザッ、ザッと芝生を踏む音が聞こえてきた。アルフレッドが自分たちの足音を魔法で聞こえなくし、二人はハリーとロンらしき足音を追いかけた。
追いかける先で、ハリーとロンは途中でマントを脱ぎ、ハグリッドの家へと入っていく。すぐに出てきた二人は、ハグリッドの飼っているファングを連れて森の中へと入っていった。
レイラとアルフレッドは二人を追いかけて森の中に入っていく。森に入って少し歩いたところで、レイラは進行方向の横に汚れたフォード・アングリアを見つけた。どうやら暴れ柳にぶつかった後にこの森に置かれていたらしい。ハリーたちは車に気付かず先に進んでおり、アルフレッドが「見失うぞ」と注意する。
車から視線をハリーたちに戻そうとしたとき、車の向こうに人影が現れた。レイラは歩き出そうとしていたアルフレッドの握ったままの手を引いて引き留める。
「……なんだ」
「あそこ、車の向こうに誰かいる」
もしかしたらスリザリンの継承者かもしれないと身構え、レイラとアルフレッドは杖を抜いた。謎の人物はゆっくりと車に近づく。そうして木々の隙間から差し込む月明かりが、その姿をあらわにさせる。
ねっとりした髪、青白い顔に鉤鼻が特徴のスネイプ先生だった。思わず声を出しそうになったレイラは口元を抑え、スネイプ先生が何をするのかをじっと見ていた。
――何をする気なんだ。
スネイプ先生は車に向けて杖を振ると、車はひとりでに動き出し、ハリーたちの進んでいった後を静かに移動していった。スネイプ先生はその後をゆっくりと追いかけていった。
「レイ、先生は何を?」
「わからないけど、もしかしたら何かあったときにハリーたちをあの車に乗せるとかか?」
疑問が残ったままだが、このままじっとしているわけにもいかないので、二人は再び歩き始めた。
最早後ろ姿がかすかに見える程に遠くなったハリーとロンは、どうやら木を切り払った窪地にたどり着いたようだ。二人の姿が見える位置で、スネイプ先生が車を待機させているのが見える。先生から離れた、窪地が見下ろせる場所にレイラとアルフレッドも移動する。
木の陰に身を隠したレイラは、辺りを見回す。森に入ってしばらくしてから、森の中には蜘蛛が蔓延っていた。地面には小さいものしかいないが、問題は木の上だ。人の頭程もある大きさの蜘蛛が、木々に張り巡らされた蜘蛛の巣を移動している姿が見て取れる。
頭上に向けていた視線をハリーたちに戻す。ハリーたちの目の前には、人よりも何倍も大きい蜘蛛がいた。子象程もある体に、胴体と足を覆う黒い毛に白いものが混じり、鋏のついた醜い頭に、八つの白濁した目があった。
ハリーと大蜘蛛は何かを話しているようだが、レイラとアルフレッドの位置からは話の内容は聞こえてこない。周りの蜘蛛が大きな声で大蜘蛛の名前を呼んでいたことから、「アラゴグ」という名前が判明している。
突然、大蜘蛛が鋏を大きく打ち鳴らした。するとそれに呼応して周りの蜘蛛たちも鋏を鳴らし始めた。どうやらハリーが何か怒らせることを言ったらしい。チラリと、レイラは同じようにハリーたちを見守っているスネイプ先生を見た。ものすごく帰りたそうな顔をしていた。さすがに蜘蛛だらけの光景に嫌気がさしているらしい。
スネイプ先生がもう帰ろうと車を動かしたのと、大蜘蛛が他の蜘蛛たちにハリーたちを襲わせようとするのはほぼ同じだった。
高らかな長い音とともに、窪地をフォード・アングリアのヘッドライトが照らし出す。窪地の斜面を車が荒々しく走り降り、クラクションを鳴らしながら蜘蛛をなぎ倒し、ハリーとロンの前でキキーッと停まり、ドアがパッと開いた。
車に飛び乗ったハリーたちを確認すると、スネイプ先生は杖を振って車を操作し、来た道をものすごい勢いで戻らせた。
「追いかけるぞアルフレッド」
マントで姿を隠したまま、レイラとアルフレッドは二人の後を追った。途中、蜘蛛の通り道を塞いだり、邪魔をしながら移動していく。姿の見えない襲撃者に蜘蛛たちは困惑し、ハリーたちへと襲いかかる機会を逸する。
ようやく森を抜けたときには、ハリーたちもスネイプ先生も見えなくなっていた。レイラはマントの中で伸びをした。
「付き合わせて悪かったな」
「いいさ、俺が好きでやってるんだ」
キョトンしたレイラは、しかしすぐに笑みを浮かべた。
「あはは、そっか、そっか。ありがとー」
ニコニコとしながら、レイラは寮への道を歩いた。後を追うアルフレッドは、レイラがマントからはみ出ないようにするのに苦労した。
翌日、マクゴナガル先生の口から、マンドレイク薬が明日には収穫できるとの情報が公にされた。そのことで先生たちの警備が緩み、油断し始めたところで事件が起きた。
生徒の一人が、秘密の部屋に連れ去られたのだ。
いよいよ、蛇の部屋に突撃晩御飯です。
大きなしゃもじ(グリフィンドールの剣)でビンタかましますか。
というのはさておき、間も無く秘密の部屋も終わりを迎えようとしています。アズカバンの囚人では原作と異なる部分が出てくるでしょうが、これからもご贔屓のほどよろしくお願いします。