ハリー・ポッターと不死鳥の姉   作:駆華野 志想之介

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日間ランキングに載ってました、嬉しいです。
物語はいよいよクライマックスへ。今回はハリーの視点を大目に物語を展開していきます。
後半で少しだけグロいですが、そもそも児童向け文学なので大丈夫でしょう。(謎の自信)

久々に長いです。途中で区切ることは躊躇われました。


スリザリンの継承者

 秘密への道はうねうねと何度も曲がっていた。もしかしたら曲がり角を曲がったら、バジリスクが待ち構えているかもしれないと思うと、ハリーの身体中の神経が不快に痛んだ。早くトンネルの終わりがくれば良いのにと思いながらも、その時に何が見つかるかと恐ろしくも思っていた。またもう一つの曲がり角をそっと曲がった途端、ついに前方に壁が見えた。

 二匹の蛇が絡み合った彫刻が施してあり、蛇の目には輝く大粒のエメラルドが嵌め込んであった。

 何をすべきか、ハリーには分かった。咳払いをすると、エメラルドの目がチラチラと輝いたようだった。

 

開け

 

 低く、幽かなシューシューという音だった。

 壁が二つに裂け、絡み合っていた蛇が分かれ、両側の壁が、スルスルと滑るように見えなくなった。ハリーは頭のてっぺんからつま先まで震えながらその中に入って行った。

 ハリーは杖を構えて、細長く奥へと延びる、薄明かりの部屋の端に立っていた。またしても蛇が絡み合う彫刻を施した石の柱が、上へとそびえ立ち、暗闇に吸い込まれて見えない天井を支え、妖しい緑がかった幽明の中に、黒々とした影を落としていた。

 早鐘のように鳴る胸を押さえ、ハリーは耳を澄ませながら後悔していた。もしもハーマイオニーがいたら、知恵を貸してくれたかもしれない。ロンが一緒だったら、勇気付けてくれたかもしれない。そして、レイラがいれば……

 ハリーは頭を振って雑念を飛ばした。ホグワーツに入る少し前に、ハリーはダドリーにあることをからかわれた。ハリーがダドリーに怪我をさせられた時に、レイラがハリーとダドリーの間に割って入ったことがある。そのことを、後になってダドリーに、「お前はいつもレイラに庇われて、弱っちいな」と言われたのだ。

 だからといって、特段何か行動を起こしたわけではない。ただこの頃から、ハリーの中で、レイラに頼ることは控えようという思いが芽生えていたのだった。

 雑念を振り払っているうちに、蛇の柱の間を進みきった。すると、部屋の天井に届くほど高くそびえる石像が、壁を背に立っているのが目に入った。

 巨大な石像の顔を、ハリーは首を伸ばして見上げた。年老いた猿のような顔に、細長い顎髭が、その魔法使いの流れるようなローブの裾あたりまで伸び、その下に灰色の巨大な足が二本、滑らかな床を踏みしめている。そして、足の間に、燃えるような赤毛の、黒いローブの小さな姿が、うつ伏せに横たわっていた。

 

「ジニー!」

 

 ハリーはその姿のそばに駆け寄り、膝をついて名前を呼んだ。手に持っていた杖を床に置き、ジニーの様子を見る。手をさわってみれば、ひやりと冷たかった。

 

「死んじゃダメだ、目を開けて!」

「その子は目を覚まさない」

 

 背後から物静かな声がした。ハリーはぎくりとして、膝をついたまま振り返った。

 背の高い黒髪の少年が、すぐそばの柱にもたれてこちらを見ていた。まるで曇りガラスの向こうにいるかのように、輪郭が奇妙にぼやけている。しかし、紛れもなくハリーは彼を知っている。

 

「トム——トム・リドル?」

 

 ハリーの顔から目を離さず、リドルは頷いた。

 

「目を覚まさないって、どういうこと?」

「その子はまだ生きている。しかし、かろうじてだ」

 

 ハリーはリドルをじっと見つめた。トム・リドルがホグワーツにいたのは五〇年前だ。それなのに、リドルがそこに立っている。薄気味悪いぼんやりした光が、その姿の周りに漂っている。十六歳のまま、一日も時が経っていないかのようだ。

 

「君はゴーストなの?」

「記憶だよ。日記の中に五〇年間残されていた、ね」

 

 リドルは、石像の巨大な足の指のあたりの床を指差した。ハリーが「嘆きのマートル」のトイレで見つけた小さな黒い日記が、開かれたまま置いてあった。一瞬、ハリーはどうしてここにあるんだろうと不思議に思ったが——いや、もっと緊急にしなければならないことがある。

 

「ジニー、お願い死なないで。トム、手を貸して。バジリスクがいて、今にも出てくるかもしれないんだ」

「呼ばれるまでは来ない」

 

 慌てたハリーとは反対に、リドルは落ち着き払って言った。ジニーから顔を上げれば、リドルはハリーの杖を拾っていた。

 

「僕の杖を返して」

「君には必要にはならないよ」

 

 リドルの微笑みがますます広がり、ハリーはリドルをじっと見た。

 

「ここから出てジニーを助けなくちゃいけないんだ」

 

 ハリーは我慢できないといった様子で、語気を強くした。

 

「残念だが、それはできない。ジニーが弱まるほど、僕は強くなれる」

 

 リドルは相変わらず笑みを浮かべたまま、ハリーの杖を手の中で弄んでいた。

 

「もう一つ。秘密の部屋を開けたのは、そこのジニーだ」

「そんな、そんなはずない」

「ああ。普通ならそんなことしなかっただろうね。でもジニーは、誰なのかわからない目に見えない人物に心を開き、自分の秘密を洗いざらい打ち明けた」

「それに何の繋がりが?」

「あの日記は僕のだ。ジニーのおチビさんは何ヶ月もの間、その日記にバカバカしい心配事や悩みを書き続けた。兄さんたちがからかい、お下がりの本やローブで学校に行かなきゃならない、それに——」

 

 リドルの目がキラッと光った。

 

「有名な、素敵な、偉大なハリー・ポッターが、自分のことを好いてくれることは絶対にないだろうとか……」

 

 こうして話している間も、リドルの目は、片時もハリーの顔から離れなかった。貪るような視線だった。

 

「まったく耐え難かったよ。でも僕は丁寧に返事をしたし、親切にもしてあげた。ジニーは僕のことをすっかり信頼しきって、ポケットに入れられる友達のようだとさえ言っていたよ」

 

 リドルは声を上げて笑った。似つかわしくない、冷たく甲高い笑いだった。ハリーは背筋がゾクッとした。

 

「ジニーは僕に心を打ち明けることで、自分の魂を僕に注ぎ込んだんだ。僕はジニーの深層の恐れ、暗い秘密を餌食にして、だんだん強くなった。おチビちゃんとは比較にならないくらい強力になった。十分に力が満ちた時、僕の秘密をおチビちゃんに少しだけ与え、僕の魂をおチビちゃんに注ぎ込み始めた……」

「それはどういうこと?」

 

 リドルは可笑しそうにクツクツと笑った。

 

「まだ気づかないのかい? 穢れた血と猫をバジリスクに襲わせたのも、壁に血文字を書いたのもジニーだ」

「まさか」

「そのまさかだ。初めは気づかなかったが、ジニーはだんだん事件は自分が起こしたんじゃないかと考え始めた。そして次第に日記のことを信用しなくなり、ジニーは女子トイレに捨てた。すると、何と君が、拾ってくれた。僕が会いたいと思っていた君が……てっきりレイラにでも拾われるんじゃないかと危惧していたが、全くの杞憂だったよ」

 

 リドルの目が、ハリーの額の稲妻型の傷のあたりを舐めるように見た。貪るような表情が一層露わになった。

 

「君のことをもっと知りたいと思った。信用させるために、間抜けなハグリッドを捕まえる所を見せてやった」

「ハグリッドは友達だ。君が彼を嵌めたんだな?」

 

 ハリーの声はついにワナワナと震えた。リドルは甲高い笑い声をあげた。

 

「みんな僕を信用した。ディペット爺さんも、先生も生徒もみんな。……ただ、ダンブルドアだけは別だったが」

「きっとダンブルドアは、君のことはすべてお見通しだったんだ」

「それ以来ダンブルドアは僕のことをしつこく監視してきた。僕は在学中に、再び秘密の部屋を開けるのは危険だと思い、日記に託すことにした。幸いにも日記に魂を保存する術を見つけ、いつの日か、サラザールスリザリンの崇高なる使命を成し遂げようと考えたのだ」

「成し遂げてないじゃないか」

 

 ハリーは勝ち誇ったように言った。

 

「まだ言ってなかったかな?」

 

 リドルが静かに言った。

 

「穢れた血の連中を殺すことは、もう僕にとってはどうでもいい。ここ数ヶ月、僕の新しい狙いは——君だった」

 

 ハリーは目を見張ってリドルを見た。

 

「これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、どうやって、偉大なる魔法使いを破ることができたのか。ヴォルデモート卿の力は打ち砕かれたのに、その傷だけで逃れることができたのか」

 

 貪るような目に、奇妙な赤い光がチラチラと漂っている。

 

「なぜそんなに気にするの? ヴォルデモートは君より後の人だ」

「ヴォルデモートは」

 

 リドルの声は静かだ。

 

「僕の過去であり、現在であり、未来なのだ……」

 

 リドルはハリーの杖を振り、空中に文字を書いた。三つの言葉が揺らめきながら淡く光った。

 

 TOM MARVOLO RIDDLE

(トム・マールヴォロ・リドル)

 

 もう一度杖を振る。今度はたったの一振りだった。

 

 I AM LOAD VOLDEMORT

(私はヴォルデモート卿だ)

 

「君が、スリザリンの継承者。ヴォルデモート」

「その通り。穢らわしいマグルの父親の姓を、僕がいつまでも使うと思うかい? 汚らしい、俗なマグルの名前を、僕が生まれる前に、母が魔女だというだけで捨てたやつの名前を、僕がそのまま使うと思うかい? ノーだ。自分で新しい名をつけた。最も偉大な魔法使いになった時、誰もが口にするのを恐れるであろう名前を」

「最も偉大な魔法使いは、アルバス・ダンブルドアだ!」

 

 リドルの顔から微笑みが消え、醜悪になった。

 

「やつは追放された。僕の記憶に過ぎないものによって!」

「ダンブルドアは、君が思っているほど、遠くには行っていないぞ!」

 

 ハリーは力強く言い返した。リドルを怖がらせるために、とっさに思いついた言葉だった。本当にそうだと確信しているよりは、そうあって欲しいと思っていた。

 リドルは口を開いたが、その顔が凍りついた。

 どこからともなく歌が聞こえてきたのだった。妖しい、背筋がぞくぞくするような、この世のものとは思えない旋律だった。ハリーの毛はザワッと逆立ち、心臓が二倍の大きさに膨れ上がったような気がした。

 まるで怒りに震える者が、怨嗟の声を叫ぶような、恐ろしい旋律だった。

 やがてその旋律が高まり、すぐそばの柱の頂上から炎が燃え上がった。白鳥ほどの大きさの真紅の美しい鳥が、その恐ろしい旋律を響かせながら姿を現した。

 一瞬の後、鳥はハリーの方にまっすぐ飛んできた。運んできたボロボロのものをハリーに向けて放し、その肩にズシリと留まった。大きな翼を広げて、リドルを威嚇する鳥を、ハリーは見上げた。長く鋭い金色の嘴に、緑色の目が見えた。

 

「不死鳥だな……」

「……フォークス」

 

 リドルが不死鳥の運んできたぼろに目をやった。

 

「そしてそれは、組分け帽子だ」

 

 リドルはまた笑い始めた。その高い笑い声が暗い部屋に反響し、まるであちこちにリドルがいるようだった。忌々しげにリドルを睨みつける不死鳥が、ハリーの肩を飛び立ち、リドルの顔に目掛けて鉤爪を突き立てようとするも魔法で塞がれてしまう。

 リドルは不死鳥を追い払うと、リドルは再び歪んだ笑みを浮かべた。

 

「さて、ハリー。少し揉んでやろう。サラザール・スリザリンの継承者、ヴォルデモート卿と、有名なハリー・ポッターとで、お手合わせ願おうか」

 

 リドルはスリザリンの石像の顔を見上げた。横に大きく口を開くと、シューシューという音が漏れた。ハリーにはリドルが何を言っているのかわかった。バジリスクを呼んだのだ。

 スリザリンの巨大な石の顔が動いてだんだんと広がっていき、ついに大きな暗い穴になる。

 何かが、石像の口の中でうごめいていた。それは奥の方からズルズルと這い出してきた。巨大なものが石の床に落ち、床の振動が伝わってきた。何が起こっているのかハリーには分かっていた。バジリスクがスリザリンの口から出てきて、とぐろを解いているのが目に見えるような気がした。リドルのシューッという声が聞こえてきた。

 

あいつを殺せ

 

 バジリスクがハリーに近づいてくる。水に濡れた床をズルズルと胴体を滑らせる音が聞こえた。ハリーは目をしっかりと閉じたまま、手を伸ばし、手探りで横に走って逃げようとした。リドルの笑う声がする……。

 ハリーは躓き、石の床でしたたかに顔を打ち、口の中で血の味がした。毒蛇はすぐそばまで来ている。

 真上でシャーッという大きな音がした。今にも毒牙に体が貫かれると覚悟したとき、ハリーの耳に勇ましい不死鳥の鳴き声が聞こえてきた。そして次に聞こえてきたのは、何か柔らかいものを潰す音が二つと、バジリスクの怒り狂ったような悲鳴だった。ハリーはもう我慢できなかった。出来るだけ細く目を開け、何が起こっているのかを見ようとした。

 巨大な蛇だ。テラテラと毒々しい鮮緑色の胴体を高々と空中にくねらせ、痛み悶えているようだった。見れば、バジリスクの頭部には不死鳥が鉤爪でしがみついており、その爪は、バジリスクの目に深く深く突き刺さっていた。どす黒い血がボタボタと床に流れ落ち、バジリスクが頭を柱に叩きつけた。

 

「フォークス!」

 

 ハリーは思わず叫んだ。バジリスクは自分の頭ごと、不死鳥を柱に叩きつけたのだ。怯んで頭から離れた不死鳥を、目が見えないながらもバジリスクは探し当て、その胴体に、毒の牙を突き立てた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」

 

 声にならない悲鳴が、不死鳥の口から溢れ出る。人間と同じように赤い血を流す不死鳥を、バジリスクはスリザリンの石像の足元へと放り投げた。よほど傷が深いらしく、不死鳥はピクリとも動かない。

 

鳥に構うな! 放っておけ! 小僧を殺せ!

 

 盲目の蛇は混乱して、ふらふらしてはいたが、まだ危険だった。目の見えないバジリスクは甘い狙いで尾を振り、ハリーが身を屈めたそのとき、何か柔らかいものがハリーの顔に当たった。

 バジリスクの尾が、組分け帽子を吹き飛ばしてハリーの腕に放って寄越したのだ。ハリーはそれをしっかり掴んだ。もうこれしか残されていない。最後の頼みの綱だった。

 ぎゅっと帽子を握ると、帽子の口が小さくなった。そうして、ハリーの帽子を掴む手の中に、何か固くて重いものが現れた。ハリーは手を帽子の中に突っ込み、思い切りそれを引き抜いてみた。

 帽子の中からは、眩い光を放つ銀の剣が出てきた。柄には大きなルビーが嵌め込まれ、キラキラと輝いている。

 

小僧を殺せ! すぐ後ろだ! 臭いだ——嗅ぎ出せ!

 

 ハリーはすっくと立って身構えた。バジリスクは胴体をハリーの方に捻りながら柱を叩きつけ、とぐろをくねらせながら鎌首をもたげた。バジリスクの頭がハリーめがけて落ちてくる。両目から血を流しながらも、丸ごとハリーを飲み込むほど大きく口を開いているのが見える。ずらりと並んだ、長い牙がヌメヌメと毒々しく光って……。

 バジリスクが闇雲にハリーに襲いかかってきた。ハリーは危うくかわし、蛇は壁にぶつかった。再び襲いかかり、ハリーは身をかわし、バジリスクの動きをよく見た。

 その時、ハリーは気づいた。バジリスクの牙が数本抜けて、歯並びに隙間ができていることに。

 三度目の攻撃は、狙い過たずまともにハリーを捉えていた。ハリーは全体重を剣に乗せ、剣の鍔まで届くほど深く、毒蛇の口蓋にズブリと突き刺した。抜けた歯の隙間から上手く剣を突き込んだことで、ハリーは毒牙に傷つけられることなくことを済ませられた。

 バジリスクがのたうち、ドッと横様に床に倒れる。倒れた拍子に力なく振られた尻尾に当たり、ハリーは柱に激突させられた。目から火花が飛び散るようにクラクラとしたが、ハリーはなんとか立ち上がる。

 

「フォークス……」

 

 朧げになってきた視界の端に、バジリスクの牙が突き刺さり、ぐったりと倒れ伏している不死鳥が目に入った。

 

「全く驚かされるよ、ハリー・ポッター」

 

 足音が響くのが聞こえ、ハリーの前に暗い影が立つ。リドルだ。

 ハリーはリドルから距離を取るように、不死鳥の側へとノロノロ歩いて行った。ぐったりとして動こうとしない不死鳥の側にしゃがみこみ、握っていた剣がガランと音を立てて床に落ちる。ハリーは何か手当をしなくてはと思ったが、ハリーは杖以外何も持ってきてはいない。あるとすれば、不死鳥が運んできた組分け帽子と、帽子から出てきた剣だけだった。

 

「どうせその鳥は助からないよ。バジリスクの牙の毒は灼熱のような痛みだというし、おまけに胴を貫かれている。すぐに治療すれば助かるかもしれないが、望み薄だ」

 

 ハリーがそっと不死鳥を撫でる。すると、ピクリと不死鳥が頭を上げた。毒に侵されていながらも、その瞳には尚強い光が宿っていた。不死鳥は頭を動かし、嘴の先で何かを伝えようとしているようだった。嘴の指し示す先を見れば、そこには黒い小さな日記が落ちている。

 日記を目に止めたハリーを確認して、不死鳥は自分の体に刺さったバジリスクの牙二本のうち一本を強引に引き抜いた。

 よろよろと立ち上がり、ハリーは日記を拾う。その瞬間、リドルの顔が凍りついた。そして、ハリーは何も考えずに、不死鳥が抜いたバジリスクの牙を握った。

 

「……何をする気だ」

 

 ためらいもせず、まるで初めからそうするつもりであったかのように、ハリーは牙を日記の真ん中にズブリと突き立てた。

 日記からインクが激流のように迸り、ハリーの手から落ち、床を濡らした。リドルは身を捩り、悶え、悲鳴を上げ、パタリと倒れ伏した。バジリスクの牙を日記から引き抜き、床に置く。すると牙の先端が触れた床が、ジュウジュウと焼けただれて穴を残した。

——やった、やった……ぞ…………。

 達成感と疲労からハリーは床に座り込み、床に体を投げ出した。そして、僅かな時間ながら、気を失うこととなった。

 

 

 

 ハリーは知らなかった。日記にかけられた魔法の効果を。

 ハリーは気がつかなかった。痛みに悶えていたリドルが、未だそこにいたということを。

 ハリーは終わったと思ってしまった。実際にはまだリドルは消えておらず、力強くハリーのことを睨んでいる。

 ゆっくりと、力を振り絞るように立ち上がるリドル。

 

「よくも、よくもっ。この僕の計画を邪魔してくれたな、ハリー・ポッター」

 

 醜悪な顔でハリーを見下ろすリドルの体には、日記に穿たれたのと同じように、胸に穴が開いていた。ハリーの手から離れた日記を、リドルはスリザリンの像の足元に蹴飛ばす。勢いがついていたのか、不死鳥にガツンとぶつかり、リドルはほくそ笑んだ。

 ゆるゆると杖をハリーに向け、勝ち誇った笑みを浮かべるリドル。

 

「さて、どうしてくれようか? 服従の呪文で操り、友人を襲わせてやろうか。それとも、大広間に磔にしてくれようか。ああ……まったくたまらないね。君の生死は僕が握ることになる。どんな気分だい、ポッター?」

 

 クツクツと、愉快そうに笑みを漏らすリドル。しかし彼にも、知らないことがあった。ダンブルドアがそれを飼っているからと、この場に現れたものがダンブルドアの手のものだと思い込んでしまったのだ。しかしそれも無理からぬこと。なぜなら、彼女は自寮の近しい者にしか、それを明かしていないのだから。まったく関わりを持たなかったジニーと共にいた、リドルが気づくはずもなかった。

 

「お前は?」

 

 視界の外から、凛とした少女の声がした。リドルはハッとして、顔を上げる。いったい誰が、この場に現れたのかと思い、声の出所を探す。——否。探す必要は無かった。スリザリンの像の足元から、炎が吹き出していた。

 炎が搔き消え、現れたのは血塗れの少女だった。腹にはバジリスクの牙が刺さった跡が二つ、血を流しながらその存在を主張している。

 

「レイラ・ポッターか」

 

 リドルはその存在をもちろん知っていた。自分を退けたハリー・ポッターの姉であり、学年でもトップの成績を持つ。しかし、その程度だと思っていた。ジニーが日記に書いた話では、弟思いなことと、成績が良い以外に特別なことは無い。それらの点から、あまり警戒していなかった。

 だからこそ、リドルは余裕の笑みを浮かべていた。

 

「まさか、不死鳥の動物もどき(アニメーガス)だとはね。それで? 今更君なんかが出しゃばって何になる。今にも死にそうな、貧弱なきみ……に…………」

 

 リドルははたと気がついた。座ったままろくに動かずにいるレイラの足元には、彼の魂が保存された日記がある。そしてレイラの手には、ルビーと銀色に輝く刃の剣が握られていた。

 レイラは息も絶え絶えといった様子だが、満面の笑みを浮かべてリドルを捉えている。

 

「お前はどんな気分だ? わたしはもちろん」

「……や、やめろ」

 

 おぼつかない足取りでよたよたと、リドルはレイラを止めようと前に進む。しかしレイラまでの距離が縮まらない。まるで、二人の間に埋めようの無い差があるかのように。

 

「聞かれるまでもなく」

「だめだやめろ、そんなことをしたら僕は…………」

 

 手を伸ばし、顔をぐしゃぐしゃに歪めてなんとか制止しようとするリドル。けれどもレイラはそれを見て、一層笑みを深くする。剣を日記の真上に構え、突き刺す姿勢をとる。

 

「最高だよ」

「やめてくれぇぇぇぇええええ!!」

 

 微塵のためらいも、慈悲もなく、レイラは剣を日記に突き刺した。

 眩い光が日記とリドルの双方から放たれ、先ほどの比では無い悲鳴がリドルから発せられる。あっという間に光がリドルを飲み込み、まるで内側から爆ぜるようにして、リドルは消え去った。

 

「ふ……ん、ざまあ……み、ろ。寄生虫め」

 

 レイラはそう吐き捨てると、床にうずくまった。リドルの言った通り、バジリスクの牙には猛毒があった。身体中を灼熱に焼かれるような痛みが襲い、まともに動くこともできない。腕を回し、自分の体を抱きしめる。

 

「う…………ううぅぅああっ、あつい……焼け、るッ」

 

 痛みから、自然と涙が溢れそうになる。咄嗟にレイラは、渾身の力を振り絞って不死鳥へと変身する。そして、今まさに流れそうになっていた涙を、自身の傷口へと押し付ける。

 ジュッと音がして、驚くべき速さで傷が治っていった。痛みと熱に浮かされていたのが嘘のように、体が軽くなっていった。

——はは、不死鳥の涙には癒しの効果があるらしいけど、ここまでとはな……。

 

 

 

 その後、目を覚ましたハリーと同じくしてジニーも目を覚ました。自らが全ての元凶だと打ち明けるジニーを立たせて、ハリーは組分け帽子と剣をベルトに刺して秘密の部屋から出た。

 ロックハートの呪文によって崩れた通路に戻ってみれば、なんとマルフォイとルークがおり、ロンと三人で岩をどかしているところだった。疑問だらけのハリーに、マルフォイは何かを言おうとしたが、すんでのところでルークに止められていた。疲れていたハリーはそんなことにいちいち構わず、上に伸びる長いパイプをどう登るかを考えていた。

 するとそこへ、遅れてやってきた不死鳥が飛んできた。

 六人は不死鳥の怪力によって、いとも簡単に長いパイプを抜け出ることができた。

 

「これからどうするんだ?」

 

 ルークがぶっきらぼうに声を投げかけると、不死鳥が金色の光を放ちながら、付いて来いと言う様に廊下を先導していった。

 連れてこられたのは校長室だった。

 不死鳥は、役目は終わったとばかりに何処かへ飛んで行き、マルフォイとルークも、後を追うように消えてしまった。

 ハリーは扉の前に立つガーゴイルに向けて、合言葉を言うのだった。

 

「レモンキャンデー!」




後一話で秘密の部屋ともおさらばです。
今回の話のキーポイントは、原作ではフォークスが現れましたが、ここでは不死鳥に変身したレイラさんです。お間違えのないよう。
あとあと、多機能フォームで、蛇語に使えるフォントを発見しました! これから時間を見つけて、他の話の蛇語のところを差し替えて行きましょうか……。

ここ最近なまら寒いですので、皆さま体調管理にはお気をつけください。

そうそう、今夜はふたご座流星群が見られるらしいですよ。皆さま被弾しないように、側にオボンの実を持たせた、「この指とまれ」が使えるパチリスを連れて行きましょう。
それでは、また。
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