ハリー・ポッターと不死鳥の姉   作:駆華野 志想之介

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少しハードな一週間を過ごしていました。こういうことになるから、書きだめをしておくことが大事なのですね。





吸魂鬼

ホグワーツに向かう前日の夜。ハリーは自分の部屋のベッドに仰向けに寝転んでいた。

 今日になって、ウィーズリーおじさんから、シリウス・ブラックがハリーとレイラを狙っているのだと聞かされた。聞けばシリウス・ブラックは一度の魔法で十三人もの人を殺したという。ウィーズリー夫妻も大臣も、ナイト・バスのスタン・シャンパイクもみんなブラックのことを怖がっていたが、ハリーはそうは思っていなかった。この魔法界で最も安全な場所、アルバス・ダンブルドアのいるホグワーツへとこれから行くのだから。ヴォルデモートでさえ、ダンブルドアを恐れていたのだから、シリウス・ブラックが奴の右腕なら、当然同じようにダンブルドアを恐れているはずだ。

 それに、みんなが噂しているアズカバンの看守がいる。どんな人たちなのかは知らないけれど、学校の周りにぐるりと看守たちが配置されるなら、ブラックが校内に入り込む可能性はないだろう。

 しかし、ハリーを悩ませているのはそのことではない。ホグズミードに行ける見込みが、今やゼロになってしまったことだ。ブラックが捕まるまでは、ハリーがホグワーツ城という安全地帯から出ないでほしいと、みんながそう思っている。それだけじゃない。危険が去るまで、みんながハリーのことを監視するだろう。

 ハリーは薄暗い天井に向かって顔をしかめた。みんな僕が自分で自分の身を守れないとでも思っているの? レイラはよく僕の心配をしてくるし、いつまでも子どもじゃないんだから。それに、ヴォルデモートの手を三度も逃れた僕だ。そんなにやわじゃない。

 

「僕がやられたりするもんか」

 

 ハリーは姿勢を変えて、眠りについた。

 

 

 

 翌日の朝、レイラはアルフレッドやハリー、ウィーズリー家のみんなと、魔法省の車でキングス・クロス駅へと来ていた。

 9と4分の3番線へと向かう柵は、ウィーズリーおじさんとハリーが最初に通り抜けた。続いてフレッドとジョージ、ロンが通り、パーシーとジニーが通っていく。最後に残ったのはレイラとアルフレッド、ウィーズリーおばさんだった。おばさんは二人に後ろにぴったりとくっついて、柵を通り抜けるまで離れなかった。

 

「あ、ペネロピーがいる!」

 

 通り抜けた先で真っ先に聞こえてきたのは、パーシーのうれしそうな声だった。いちだんと頬を紅潮させ、髪を撫でつけると、パーシーはふんぞり返って歩いていった。

 

「なんだあれ」

 

 呆気にとられたレイラがそう言葉をこぼすと、すぐそばにいたジニーが横を向いて噴き出していた。

 

「あのね、ペネロピーはパーシーのガールフレンドなの。パーシーったらとっても彼女にお熱なのよ。うるさくてしょうがないわ」

 

 それを聞いて、ハリーやロンが吹き出して笑った。

 みんながトランクを列車に乗せる中、レイラはウィーズリーおばさんに呼び止められた。

 

「レイラ、十分に気を付けるのよ?」

 

 ぎゅっと抱きしめてきたおばさんの瞳は、少しだけうるんでいるようにも見えた。心配してもらえることが嬉しく、レイラはすぐに抱きしめ返した。

 

「ありがとうございます、おばさま。行ってきます」

 

 そうしてレイラは、少し離れて待っていたアルフレッドと合流して列車に乗り込んだ。

 空いているコンパートメントを探していたところ、中に一人だけしかいないコンパートメントを見つけた。その人物は考え事でもしているのか、足を組んで、窓の外を眺めていた。見覚えのあるプラチナブロンドの髪と横顔を見て、レイラはすぐにそれが同じ寮のドラコ・マルフォイであるとわかった。レイラは軽くドアをノックした。

 

「やあドラコ。ここ、入ってもいいかな?」

「もちろんだとも。アルフレッドも入れ、久しぶりだな」

 

 学期末以来の再開をし、談笑する三人だが、その後にやってきたクラッブとゴイルのせいでドラコが不機嫌になった。なぜかクラッブとゴイルが二人そろって、二つしかないソファの、ドラコと同じ方に座ったのだ。おかげでドラコは壁際に追いやられてしまった。いくらどかそうとしても、お菓子を食べることに夢中になってしまった二人をどけることができなかった。

 

「そういえば、シリウス・ブラックが脱獄したそうだが、何もなかったか?」

 

 必死に自分のスペースを確保しようと隣のクラッブを押し込みながら、ドラコが口を開いた。

 

「うん、何事もないよ」

 

 それを聞いてドラコはほっとしたような安堵の表情を浮かべた。

 

「父上がよくやつの話をしていてね、そのときに知ったんだが、どうやらシリウス・ブラックは、僕のいとこ叔父にあたるらしい」

「へえ。それじゃあ君のお母様は、元はブラック家だったのか」

「ああ。母上の話では、ブラックはグリフィンドールだったらしい…………」

 

 ドラコはそこで言葉を詰まらせたが、さっと立ち上がるとようやくお菓子を食べ終わったクラッブとゴイルを連れて、コンパートメントを出て行ってしまった。

 車窓から見える景色が流れていき、ホグワーツに近づいていくと、レイラは楽しそうに笑みを浮かべた。アズカバンの牢獄を脱走したシリウス・ブラックとレイラ、ハリーにはある繋がりがある。今回シリウスが脱獄した理由は分からないが、アズカバンの看守から逃れることができるほどの能力があるなら、きっとレイラたちに会いに来ることも可能なはずである。そうすればきっと、ハリーにとって良いことになるだろうとレイラは考え、よりいっそいう嬉しくなり、鼻歌まで歌い始めた。

 

「……ん」

「汽車が速度を落としているな」

 

 レイラとアルフレッドが窓の外を見れば、段々と車窓から見える景色がゆっくりとしてきていた。すると、コンパートメントのドアが開き、不安そうな顔のダフネとアステリアが入ってきた。

 

「やあ二人とも」

「レイラ、いったいどうしたのでしょうか」

 

 対面の席に二人を座らせ、アルフレッドはざわめく通路の様子を見るために、コンパートメントのドアを開けた。

 

「…………馬鹿な」

「どうした、アルフレッド」

 

 アルフレッドの脇から顔を出し、通路の様子を窺おうとしたレイラだが、雨が降り始めた窓の外を何か黒いものが横切った。流れていく景色がやがて止まり、ソレが何であるのかはっきりと視認すると同時に、レイラの表情が驚きに染まった。

 

「なんでここにやつらが……」

「レイラ? いったい何――」

「――だめだ、中に入れ!」

 

 何かいるのかと気になったダフネが席から立ち上がってドアに近づこうとしたが、レイラが語気を荒くして咎めた。ちょうどその時、汽車ががたんと停車して、車内の電気が一斉に消えた。レイラはすぐに自分の上着を脱ぐと、彼らに会わせたくないアステリアにそれを手渡す。

 

「いいかい、わたしかアルフレッドが“いい”と言うまで上着を被って、決して顔を見せないで。ダフネはアステリアのそばを離れないで」

「は、はいっ」

「わかりました。アステリア、手を繋いでいましょう」

 

 がたん。と、強く汽車が揺れた。気が付けば、辺りの空気が冷たくなってきていた。吐き出されると息が白い。レイラはポケットからトネリコの杖を抜くと、コンパートメントのドアを閉めた。

 何が起きているのか知りたそうな表情をしているダフネに、レイラは人差し指を唇に当て、後で話すと合図した。

 

「レイ、どうする?」

 

 アルフレッドがドアとレイラの間に入り、侵入者からレイラを守るように立った。

 

「ここに押し入るようなら撃退するし――」

 

 そこまで言いかけたところで、ドアの外の通路へと視線を向けていたレイラの前を黒い影が通り過ぎた。顔を頭巾ですっぽりと覆い、マントの下からは灰白色の手が無機質に光り、腐敗した死骸のようにおぞましかった。

(なぜ、学生が乗るホグワーツ特急の中にまでやつらが)

 黒い影がするすると列車の後部へと進んで行くのを見て、アルフレッドはほっとしたものの、違和感が脳裏をよぎった。何かを失念しているように思えた。

 

「ッ、あいつ!」

 

 レイラははっとした後、アルフレッドを押しのけて勢いよくコンパートメントから出て行った。急いでレイラの後を追うアルフレッドの目には、走るレイラの肩越しに、黒い影が一つのコンパートメントのドアを開けるところが見えた。途中のコンパートメントに、ドラコ達が縮こまっているのが見えたが無視した。

 黒い影はがらがらと音を立てて、長く息を吸い込んだ。その瞬間から、あたりの寒さがより一層増した。同時に、レイラが怒号を飛ばした。

 

「そこを、どけ! 吸魂鬼(ディメンター)!」

 

 追いついたアルフレッドの目には、吸魂鬼が今まさに、ハリーから幸福な気持ちを吸い込んでいるように見えた。

 怒りから左目を赤く染め、目じりを険しく吊り上げたレイラが力強く杖を振り上げる。

 

「エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ来たれ!」

 

 呪文を唱えたレイラの杖先から、目も眩むほどまぶしい銀色の動物が噴出した。それと同時に、コンパートメントの中からも銀色の光が放たれ、吸魂鬼を強引に追い出した。レイラの杖から出た銀色の動物は姿をぼやけさせながらも、まるでレイラの心を移すかのように、コンパートメント内のハリーを気遣わし気に一瞥すると、ふわりと消えていった。

 入れ替わるようにコンパートメントの前に立ったレイラが、勢いよく中に入っていく。

 

「ハリー! ハリー、しっかりして!」

 

 コンパートメントの中には、吸魂鬼によって幸福な気持ちを吸い取られ、ぐったりと気を失っているハリー。ロンとハーマイオニー、そしてもう一人、やつれた印象を受けるスーツ姿の男性がいた。レイラはハリーを抱き起こし、必死に声をかけている。

 

「もう大丈夫だから。そうだ、チョコレート…………ない。ええと……」

「これを、チョコレートだよ」

「……ぁ、ありがとうございます」

 

 明かりが灯り始めた社内の中で、ぱきりと何かが割れる音がしたと思えば、スーツ姿のやつれた男性が割ったチョコレートをよこした。

 ふいにレイラの腕の中でハリーがもぞりと身じろぎした。意識が戻ったのだ。ぼんやりとした面持ちで、ハリーはレイラを見上げて口を開いた。

 

「かあ……さん?」

 

 予想外の言葉にレイラは目をぱちくりとさせて驚いた様子だったが、呟かれた言葉に嬉しそうに微笑んだ。両親との交流が無いレイラからすれば、母親に似ていると言われて喜ばずにはいられなかった。そして同時に、自分と母を混同してしまったハリーが可愛らしく、くすりとはにかんだ。

 

「ハリー、わたしだよ。お母さんじゃない。ほら、よく見てごらん」

 

 慈しむように、優しい声音でレイラは腕の中のハリーに語り掛ける。ハリーは目を擦り、ずれていた眼鏡を直してから、はっとして、みるみるうちに首から上が赤く染まった。その様子を見て、コンパートメント内にいた他の面々の間に笑みがこぼれたが、ハリーは恥ずかしさでいっぱいだった。

 レイラに感謝の言葉を告げると、ハリーはさっさと座席に座り、恥ずかしさを紛らわせようとした。

 

「あれはなんだったの?」

吸魂鬼(ディメンター)という、アズカバンの看守だよ」

 

 他のみんなにチョコレートを配りながら、ルーピン先生が答えた。ハリーはレイラから手渡されたチョコレートをしげしげと見つめていた。

 

「これから運転手と話してこなければ。失礼……」

「ああ、わたしも。ダフネ達のところに戻らないと。アルフレッドはここにいて。またやつらが来るといけないから」

「分かった。お前も気をつけろ」

 

 先生とレイラはハリーの脇を通り過ぎて、通路へと出ていく。去り際にレイラがくるりと振り向き、ハリーに微笑みかける。

 

「チョコレートを食べて、冷えが無くなるから。また後で、様子を見に来るからね」

 

 手をひらひらと振って、レイラは通路の外に消えた。

 

 

 

 騒がしい通路を歩く中、ルーピン先生は感心した様子でレイラに話しかけた。

 

「それにしても驚いたな。まだ十三歳と若いのに、守護霊の呪文が扱えるなんて。やっぱりジェームズとリリーの才能を受け継いでいるのかもしれないね」

「父と母の……?」

 

 不意に出された両親の名前に、レイラが敏感に反応する。ルーピン先生は嬉しそうに頷いた。

 

「二人とも、優れた魔法使いだった。実は私は二人の同級生でね、寮も同じだったんだよ。ちなみにスネイプ先生とも、ね」

 

 昔を懐かしんでいるのか、先生は灯りの点き始めてきた通路を上機嫌で歩いていく。後ろを歩くレイラも、図らずも両親の話を聞けて嬉しそうにしている。

 

「先ほども思ったけれど、君はリリーによく似ているね」

 

 ルーピン先生が振り返ってレイラを見た。きらきらした瞳が二つ、レイラを見つめていた。

 

「そう、ですか? 自分ではあまり実感が湧きません」

「いやいや、違うところを探すのが大変なくらいさ。そうだな……あるとすれば、髪に少し癖があることくらいかな。ジェームズの髪は癖がすごくてね、寝ぐせと区別がつかなかったくらいだよ」

 

 言葉は返さなかったが、レイラは嬉しそうに口角を上げた。アルフレッドがいない夏休みの間に出ていた髪の毛の癖は、漏れ鍋の一緒の部屋に泊まった夜に梳かして直してもらっていたが、少しだけ出ていた。

 レイラは癖の部分を指でいじりながら、上機嫌で先生と別れ、ダフネとアステリアが待つコンパートメントの扉を開けた。ダフネとアステリアは、コンパートメントを開けて現れた満面の笑みのレイラを見て、不思議そうに顔を見合わせた。

 やがて汽車が動き出し、ゆっくりとホグワーツへ向けて走り始めた。

 

 窓の外では雨が降り、雷鳴が轟いている。まるで、これからの一年が波乱に満ちているのを示唆しているかのようだった。




今回の話でようやく吸魂鬼(すごい! きゅうこんき ってスマホで打つと吸魂鬼って漢字が出てくる! ディメンター じゃあダメだったのに!)が出てきましたね。いやあ、無い胸が踊りました。
彼らはなぜ、いつまでも古臭いぼろ雑巾みたいな服を着ているんでしょうね。洗えばいいのに。

今回のために二年生のときにレイラさんに守護霊の呪文への興味を持たせた甲斐があったというものです。
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