ハリー・ポッターと不死鳥の姉   作:駆華野 志想之介

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煙立つ薬

 薄暗い地下室はひっそりとしていて、しかしグツグツという鍋の煮立つ音だけが唯一あった。その鍋の奥を見つめる真剣な眼差しを向ける者が二人。片方は緑色の瞳、深みがかった赤い髪が特徴的な女子生徒。もう一方は鉤鼻にねっとりした黒髪の教授だ。

 女子生徒が静かに鍋をかき混ぜる中で、教授は地下室の壁に多く設置されている薬品棚から花の入った瓶を取り出した。

 

「今の温度、色の状態になったところでトリカブトを入れる」

 

 落ち着き払った声で、教授が鍋の中にすり潰したトリカブトの花を女子生徒に渡す。女子生徒は鍋をかき混ぜながら、聞き漏らさないようにと耳を傾ける。

 

「入れ終えたら、後は色が変わるまで混ぜれば良い」

 

 トリカブトを入れたことで、かき混ぜる鍋の中の液体がより不味そうな色に変わり始める頃には、湯気ではない何か別の煙が上がっていた。それを見て、教授は満足げに頷いた。

 

「完成だミス・ポッター。おそらく学生の身分でこの薬を完成させることができたのは、君くらいのものだろう」

「いえ、スネイプ先生の指導があってこそです。ありがとうございます」

 

 教授——スネイプ先生は誇らしげに口の端を釣り上げると、鍋の中の薬を掬い、ゴブレットに注いだ。

 

「私は道具の片付けと、この鍋を保存せねばならない故、君にこのゴブレットを届けてもらいたい」

 

 女子生徒——レイラは「わかりました」と頷いた。届け先を尋ねれば、「ルーピンに届けてくれ」と返事が返ってきた。

 

「スネイプ先生。先生は、ルーピン先生ともご学友だったとお聞きしました」

「その通りだ。どうかしたかね?」

 

 スネイプ先生は杖を振るって、使用した道具を片付けている。その最中、先生は一度もレイラと目を合わせなかった。

 

「いえ、ただ……先生が他の先生に薬を調合なさるのを見るのは、初めてだったもので」

 

 杖を振るうスネイプ先生の手が、止まった。そうしてレイラの緑色の瞳を見るが、ちらりと目線が合ったかと思えば、次の瞬間には逸らされていた。先生は杖腕を下ろし、どこか遠いところを見るように宙空を眺めた。

 

「そう、私と奴らは同じ年にホグワーツの門をくぐった」

「奴ら?」

 

 静かな声で語るスネイプ先生だが、その言葉の端にはわずかに棘が見えていた。

 

「君の父親と、その悪戯仲間の三人だ。マローダーズなどという仲間を作り、それぞれをあだ名で呼び合っていた。ムーニー、パッドフット、ワームテール、プロングズ……ムーニーがルーピンのことで、プロングズが君の父親だ」

 

 スネイプ先生は再び杖を振るって片付けを再開した。

 

「私はなにも、ルーピンと親しかったわけではない。その薬は、作る必要があっただけだ」

 

 レイラに背を向けて片付けをするスネイプ先生の背中からは、これ以上は話したくないという雰囲気が感じ取れた。レイラは「失礼します」と言うと、静かに地下室を出た。

 地下室から闇の魔術に対する防衛術の側にあるルーピン先生の部屋まで向かうレイラは一人だ。なんとなく隣を向いても、後ろを振り返ってみても、そこには誰もいない。

 今日はホグズミードに行ける日とあって、三年生から上の生徒は殆どが校内に残っておらず、残った生徒の姿は全くといっていいほど見かけない。

—— 一人きりだ。

 人の気配がほとんどないホグワーツ城の廊下に、レイラの靴音が虚しく響く。いつもならもう一人分の足音がしているはずなのに、足音でさえも、一人なのだと告げてくる。

 ゴブレットを持つ手に力が込められる。そうして思い浮かべるのは、アルフレッドの横顔だった。

 

「…………早く帰ってこないかな」

 

 そこで、レイラはルーピン先生の教室へと向かう足をぴたりと止めた。そのまましばらく黙り込み、ゆっくりと首を傾げた。

——なんで、アルフレッドのことを考えたんだろう。

 一人になることなど、ホグワーツに来る前は日常だった。それなのに何故と、レイラは黙考した。ハリーのことより先に、アルフレッドを思い浮かべている自分が、レイラは不思議で仕方なかった。

 胸の奥が少し、苦しい。

 レイラは胸元にある翡翠のペンダントを服越しに触って、深く息を吐いた。そして何かを振り払うように、再び歩き出した。

 

 闇の魔術に対する防衛術の教室を抜け、ルーピン先生の部屋の前に来たレイラはドアをノックした。

 

「どうぞ」

 

 部屋の中からルーピン先生の声がした。「失礼します」と声をかけてから、レイラはゆっくりとドアを開けたのだった。

 

 

 

 生徒がホグズミードへ行ける当日となった今日、ハリーはロンとハーマイオニーを見送り、することもなく廊下を歩いていたところをルーピン先生からお茶に誘われた。ロンはハリーがホグズミードに行けないことを自分のことのように嘆いたが、ハーマイオニーはこれでいいのだとハリーをなだめてロンと喧嘩していた。

 ハリーはルーピンと紅茶を飲みながら、授業でボガートを扱ったことを思い出していた。自分がもし、ボガートと相対していたら、きっと吸魂鬼になったであろうことを告白した。

 ホグワーツに来る途中でルーピンが吸魂鬼を追い払っていたことを思い出し、ハリーは戦い方を尋ねようとした。その時だった。

 ドアをノックする音で、話が途切れた。

 

「どうぞ」

 

 ルーピンがそう言うと、ドアの向こうから「失礼します」と、よく聞き慣れた声が聞こえた。レイラの声だ。

 ドアを開けて入ってきたのは、煙の立つゴブレットを持ったレイラだった。ハリーの姿を見つけると、レイラは嬉しそうにはにかんだ。

 

「どうしたのレイラ?」

「これは奇遇だね、ちょうど君にあげたいものがあったんだよ」

 

 レイラがそう言って、着ていたローブのポケットから、ビニールの包みに入ったクッキーを取り出した。

——ゴブレットの中身じゃなくてよかった。

 レイラが差し出してきたクッキーを受け取る。ダーズリーの家にいた頃には、レイラは伯母に作らされたクッキーをいつも数枚くすねてはハリーにくれたのだ。

 今でも時折くれるのだが、味は昔から変わらず美味しい。レイラは包みをもう一つ出すと、ルーピンにも渡した。

 

「ありがとう、私は甘いものが好きでね……クッキーを貰うなんて学生の頃以来だ」

 

 目をきらきらと輝かせながら、ルーピンは包みを大事そうに机に置いた。そこでルーピンはようやく、レイラが持っていたゴブレットに目がいった。

 ハリーも気になっていたが、まさかレイラが飲む気なのかと警戒していた。どう見ても怪しい飲み物だ。「あげたいものがある」と言われた時には、どうかゴブレットの中身じゃありませんようにと願ったほどだ。

 

「ああ、これですか。スネイプ先生から、ルーピン先生への差し入れといったところでしょうか」

「えっ、スネイプが?」

「こらハリー、先生だよ」

 

 目の前にルーピンがいたが、ハリーは思わず声を上げてしまった。

——スネイプがルーピンに差し入れだって? そんなの毒入りに決まっているだろう。

 レイラの手からルーピンに渡されたゴブレットを、ハリーはすぐさまはたき落としたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢した。

 

「ここ最近調子が悪くてね、この薬しか効かないんだ。スネイプ先生と同じ職場で幸運だったよ。この薬を作れる人はそういないからね」

 

 ルーピンはそう言って薬を一口飲み、身震いした。

 

「……飲まれるんですね、それ」

 

 レイラが驚いたように言った。ハリーも内心驚いていた。ルーピンは迷うことなくスネイプが寄越した薬を飲んだのだ。

 しかしどういうことだろうか。薬をもう一口飲もうとしていたルーピンの手が止まった。固まった彼の顔は、目が大きく見開かれていて、「しまった」とでも言いだしそうだった。そのルーピンが、恐る恐るといった様子でレイラを見た。レイラは小首を傾げた。

 

「あまり美味しそうではないですから、ね?」

 

 一瞬、レイラがこちらを見たような気がした。咄嗟にレイラを見れば、変わらずルーピンの持つゴブレットを見つめたままだった。

 

「……あ、ああ。そうだね、砂糖を入れたいくらいにはおいしくないよ」

「ふふ、だめですよ。砂糖なんて入れたら効き目が無くなってしまいますから」

 

 二人の会話を何となく聞き流しながら、ハリーは未だにゴブレットを叩き落としたい衝動に駆られていた。

 

「スネイプ先生は闇の魔術にとっても関心があるんです」

 

 思わず口走っていた。ゴブレットを叩き落としたいという衝動が、代わりに言葉となってハリーの口から出たのだ。

 

「そう?」

 

 ルーピン先生はそれほど関心を示さず、もう一口飲んだ。

 ちらりとレイラを見たが、こちらも関心はない様子で、ハリーを咎めようともしてこなかった。ハリーは意を決した。

 

「人によっては、スネイプ先生は『闇の魔術に対する防衛術』の座を手に入れるためなら何でもするだろうって、そう言う人がいます」

 

 その直後、レイラの緑色の目がまっすぐハリーの瞳を射抜いた。しかし険しさはなく、目が合ったという程度だった。ハリーは長くレイラと目を合わせていることができず、ルーピンへと視線を戻した。

 ルーピンは顔をしかめながら、ゴブレットの中身を飲み干したところだった。

 

「ひどい味だ。さあ、ハリー、レイラ。わたしはまだ仕事があるからまた後で。夕食で会おう」

「はい」

「わかりました」

 

 ハリーも空になった紅茶のカップを置いた。ルーピンの部屋を出る直前にレイラが教室内のルーピンへと振り向いた。

 

「ルーピン先生。甘く作れないか、試してみますね」

 

 レイラ越しに見るルーピンは、ポカンとしていて、それがハリーには印象的だった。

 

 

 

 黄昏時には、生徒たちがホグズミード村から帰ってきていた。

 

「帰ったぞ」

「うん、お帰り」

 

 生徒たちがぞろぞろと城内に入ってくる中でレイラはアステリアと共に、帰ってくるアルフレッドたちを待っていた。アルフレッドも、ダフネやドラコもお土産をたくさん買ってきており、二人は食べきれないと言いながらも嬉しそうに受け取っていた。

 みんなが談話室に戻るのと同じように、レイラとアルフレッドも談話室へと向かうために歩いていた。

 

「…………?」

「どうしたんだい、アルフレッド」

「いや……」

 

 何かを疑問に思ったアルフレッドだったが、気にするまでもないかと疑問を放り投げた。それは本当に些細なことだった。アルフレッドの勘違いでなければ、レイラがアルフレットとの距離をいつもよりもほんの少し、詰めていたような気がしたのだった。

 

「うん?」

 

 すると今度はレイラが疑問符を浮かべた。どうしたのかとアルフレッドが問えば、レイラは廊下の窓から見える外の茂みを指さしていた。目を凝らしてみるが、そこには動物も妖精も見えはしなかった。

 

「何かいたのか?」

「うーん」

 

 レイラはおとがいに指先を当て、考え込んだ。

 

「黒い犬が……夏休みに君が迎えに来てくれた日に見たのと同じような犬がそこにいたんだよ」

 

 もう一度アルフレッドが茂みを見ても、やはりそこには何もなかった。日も落ちて黒々とした茂みが、風に揺られてうごめくだけだった。

 

 その晩、グリフィンドール寮に入る扉の肖像画――太った婦人――が切り裂かれるといった事件が発生した。太った婦人はひどく憔悴しきった様子ながらも、犯人の姿をしかと目に焼き付けていた。

 

「あいつです、あいつがいるんです。ここに、シリウス・ブラックが!」

 

 現れたシリウス・ブラックは幽鬼のような出で立ちで、目は血走っていたいたとのことだった。




うっかり正体が発覚するも生徒からフォローされる教師。

だいたい半分くらいまで着ましたかね、まだまだ佳境には遠いです。
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