しかし最近知った言葉に“Ready fire aim”というものがありまして。取りあえず更新じゃ! と思った次第です。
ハリーがロンと共にホグズミードを回り始める少し前に、レイラはアルフレッドと共に叫びの屋敷を訪れていた。グリフィンドールのクィディッチの勝利祝いの糖蜜タルトを、シリウスにも分けてあげようと考えたのだ。
レイラはアルフレッドに部屋の外で、もしも誰かが来たときのために見張りをしてもらうことにし、自分はシリウスがいるであろう部屋に入った。すると案の定、シリウスは大きなベッドに座っていた。その彼は、何か思案しているようだった。シリウスはレイラがドアを開けて部屋に入ってくる姿を見ると、すぐさま笑顔になり、立ち上がって出迎えた。
「やあレイラ、よく来たね。今日はどうしたんだい?」
そうした姿を見ると、親戚の子が遊びに来たのを喜ぶ祖父のようだが、果たしてこの後見人は昨夜自分が何をしたのか忘れているのではないだろうか。
レイラは咳払いを一つして、姿勢を正した。その様子を見たシリウスが途端に居心地が悪そうにし始めたことがレイラには分ったが、気にする理由はなかった。レイラは口を開くより先に、ホグワーツ城を出る前からずっと左手に持っていたバスケットを差し出した。
「どうぞ、糖蜜タルトです」
それを聞いて、シリウスは緊張の糸が切れたように安堵して、口元を緩めながらバスケットを受け取った。掛けられていた布を取り払うと、香ばしく甘い香りがふわりと広がった。
「すごいな、これを君が作ったのかい?」
「ええ。
その言葉を聞いて、シリウスは再び顔を強張らせた。
「せっかくなので、あなたにもおすそ分けをしようかと思いまして、
「実は私も昨日の試合を見ていたんだ。ハリーが私の贈った箒を乗っている姿を見たら、いてもたってもいられなくてね。その、つい、魔が差してしまったんだ」
受け取ったバスケットの持ち手をいじりながら、シリウスは歯切れ悪く言った。聞けば、談話室への合言葉はクルックシャンクスが数週間分の合言葉が書かれたメモを持ってきてくれたとのことだった。シリウスが背を丸くして話す様子をレイラは静かに観察していた。何か隠し事があるのはシリウスの様子から明らかだが、今日はハリーがクィディッチで勝利したお祝いとして来ている。あまり問い詰めてもせっかくの良い気分が台無しになるだけだろう。
「気をつけてくださいね、わたしでは庇うことはできませんから。さ、ハリーの勝利祝いなので、タルトを食べてください。少量ですが、ブランデーも貰ってきましたから」
「いや、すまないね。ありがたくいただくとするよ」
「そうしてくださ……い」
その時、窓の外に黒い影が映った。シリウスは糖蜜タルトに目を向けていて気づかなかったが、レイラはそれを見逃さなかった。きらきらと目を輝かせながらフォークでタルトを突き刺すシリウスに気取られないように、なんでもないふうを装って、レイラは口を開いた。
「それではこれで、失礼しますね」
「もう行くのかい? まだ来たばかりじゃないか」
「実はこの後、先生に呼ばれていまして。少し手伝いを頼まれているんです」
名残惜しそうにするシリウスにまた来ると告げ、レイラは普段通りに部屋を出ていった。
部屋の外で待機していたアルフレッドは、部屋から出てきたレイラの纏う空気が剣呑なものであることに気付き、開きかけた口を閉ざした。レイラはちらりとアルフレッドに目配せすると、黙ったまま階段を急いで降りた。
上の階にいるシリウスに声が聞こえないと判断したレイラは、階段を駆け下りながらアルフレッドに自分の見たものを告げた。
「上の階から、吸魂鬼の姿が見えた。ホグズミードの近くにある森の上だ」
叫びの屋敷の二階部分まで降りると、レイラはすぐそばにあった窓から、勢いよく飛び降りた。
「なにしてる!」
頭上からアルフレッドの焦りを感じさせる声が響くが、それとは裏腹にレイラはしなやかに地面に着地した。
「もしかしたらハリーがいるかもしれない。だとするとまずいことになる!」
それだけ言うと、レイラは一目散に森へと走り出した。アルフレッドはため息を吐きながらも、レイラを追いかけるために自分も窓から飛び降りたのだった。
レイラが叫びの屋敷付近の森へと足を踏み入れたのと同じ瞬間、ハリーは今まさに吸魂鬼と向き合っていた。雪のせいだけではない異常な寒さが、目の前の存在が本物なのだと知らせてくる。昨日のクィディッチの試合に乱入した三人組とは、訳がちがう。今自分の目の前にいるのは、人を殺すこともできる吸魂鬼だ。ハリーは自身にそう言い聞かせて、この場を何とか乗り切ろうと考える。考えるが、ハリーにできる手段は一つしかなかった。しかしその一つが、最も効果的でもある。
「エクスペクト・パトローナム!」
ハリーは杖を上げながら叫んだ。目の前の脅威を取り除こうと、力強く杖を振るい、頭の中で聞こえ始めた悲鳴を振り切ろうと、頭を振った。ハリーは必死で、呪文を唱えた。
「エクスペクト・パトローナム! エクスペクト・パトローナム!」
懸命に振るう杖先からは、しかし何も出ず、吸魂鬼はするすると近付いてくる。
「エクスペクト――エクス……ペクト」
息が荒くなり、心臓の音が早鐘のように鳴る。思わず後ずさるハリーだが、雪に足を取られて尻もちをついてしまう。とうとう吸魂鬼が目の前まで迫ってきた。
もうだめだ!
ハリーは両眼をぎゅっと閉じ、来るであろう悍ましい未来に歯を食いしばって耐えようとした。
がらがらがら。
頭上で、吸魂鬼が息を吸い込む音が聞こえる。ぞっとする冷気が、雪の寒さの上からハリーをさらに包み込んだ。逃げ出したいのに、体が言うことを聞いてくれない。縮こまるばかりで、手足は金縛りにあったように全く動かない。
しかし、予想していた冷気への溺れと、母の叫び声はやってこなかった。
「エクスペクト・パトローナム」
代わりに背後から、凛とした声が銀世界の森を貫いた。
知らない、若い女性の声だった。
ハリーは恐る恐る目を開けた。すると、吸魂鬼はどこかに消えていて、守護霊と思しきものが消えていく銀色の光が、空中に溶けて消えていく光景だけが残っていた。
助かった。
安堵したハリーは脱力して、深い呼吸を繰り返した。息を吸い込むごとに、ハリーは段々と冷静さを取り戻してきた。そして途端に、背後にいる存在が何者なのかということが気になった。守護霊の呪文が使えるなら、上級生か、もしかしたら先生の中の誰かかもしれない。そう思うと不安になって、恐々としながら背後を振り返った。
しかし背後にいた人物が誰なのか、ハリーには分らなかった。
「大丈夫ですか? こんなところに吸魂鬼が出るなんて、ホグワーツとはそういう場所なのでしょうか」
その女性は、ホグワーツでは一度も見たことのない人だった。若々しいが、ハリーよりは明らかに年上のようだ。女性は被っていた白いマントのフードを脱ぎ、ホグワーツ城を一瞥した。灰色の髪を手櫛で整える白い腕と、にこやかな顔にはしみ一つなく艶やかだった。女性はハシバミ色の瞳の中心にハリーを捉え、目を細めた。
呆然とするハリーを尻目に、負っていた頬の怪我をあっという間に治して見せた。
「え、あ。ありがとう……ございます」
傷を癒してもらったことに遅れて気がついたハリーがたどたどしくお礼を言うと、灰髪の女性はにこりと微笑んだ。ハリーはその笑みを、どこかで見たような気がしていた。
「気にしないでください、私のエゴですから。そうだ、何処かへ急いでいたのではないですか?」
その言葉に、ハリーはハッとした。
「そうだ、ホグワーツに戻らなきゃ!」
いつの間にか体には力が戻っており、ハリーは立ち上がると城へ向けて走り出そうとした。しかしすんでのところで踏み止まり、灰髪の女性へと振り返った。
「あの、貴方はいったい……先生、じゃあありませんよね?」
その問いに女性は考える素振りを見せた後、一度頷いた。
「違いますよ。旅の魔法使いですよ、ただの。私のことは……イリア、とでも呼んでください、ポッターの男の子」
「僕のことを、知っているんですか?」
「ええ、もちろん。ほら、急がないといけないのでしょう。また吸魂鬼が戻って来ないとも限りませんから、今のうちに城へ戻った方がいいでしょう」
後ろ髪を引かれる思いだったが、ハリーは城へ戻らざるをえなかった。急ぎつつも背後を振り返れば、女性が手を振ってくれた。
今度は何事もなく、吸魂鬼に会うことも、転ぶこともなくあっという間にホグワーツ に着いたのだった。
ハリーの姿が見えなくなるまでその場に佇んでいた灰髪の魔女は、花の綻ぶような笑みを浮かべて、ゆっくりと振り返った。
「貴方に会ってみたかったです。イオラとハードウィンの子、ポッター家の末裔」
呼び掛けられた相手は、警戒心を露わに、杖を持ってイリアに近づいた。
「誰かと勘違いでもしているのでは?」
イリアが振り返った先には、トネリコの杖を構えたレイラが立っていた。その様子を見ても、イリアは臆することはなかった。
「いいえ。間違いなく貴方です、枝の子」
変わらず、穏やかな笑みを浮かべたままだった。
というわけで新キャラです。
いつも誤字報告をしてくださる方々、ありがとうございます。
そしてお読みくださる皆様にも感謝を。