ハリー・ポッターと不死鳥の姉   作:駆華野 志想之介

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スネイプの恨み

 正体不明の灰色の魔法使いは、自らをイリアと名乗った。名乗られたところで、レイラは警戒を解いた。目の前の女性は、レイラの事を「枝の子」と呼び、さらには会ってみたかったと言った。もしかしたらアルフレッドや常若の国の王たちの知り合いかもしれないという思いもあったが、しかしながらレイラは面識のない謎の人物を素直に受け入れることができなかった。

 けれど、目の前の人物がハリーを助けてくれたことは事実だ。闇の帝王の勢力の者ならば、あの場でハリーを見殺しにするだろう。加えて、守護霊を出せるということは、イリアは良い魔法使いと言うことになる。

 レイラがあれこれと考えている間も、イリアはにこりと微笑んだまま、表情を崩すことは無かった。

 

「ここにいたか、レイ」

 

 背後から、雪道を駆けてきたアルフレッドが声をかけた。レイラはそれによって幾分か気持ちを落ち着かせることができた。

 

「知り合いか?」

 

 アルフレッドがレイラに問うた。

 

「いいや。君は心当たりがないのかい?」

「……ないな。見かけたこともない」

 

 隣に立ったアルフレッドがそう答えたことで、無くなっていた警戒心が再び戻ってきた。それでもなお、イリアは笑みを絶やすことはない。寧ろレイラとアルフレッドの反応を楽しんでいるようでさえあった。

 

「わたしは貴方の事を知らない。それなのに、貴方はわたしを知っているという。あなたは誰です?」

「何者……ですか」

 

 笑顔から一転、イリアはレイラからの誰何に思案顔になった。

 

「私が誰か、ですか……」

 

 しかしそれは一瞬だった。次の瞬間には、イリアは口も端を吊り上げていた。

 

「貴女と同じですよ。今は、これだけで勘弁してください」

 

 イリアが屈託なく微笑んだかと思えば、一陣の風が吹き、それに合わせて彼女は空気に溶けるように消えていった。

 

「待て!」

 

 制止の声をレイラが上げるが、イリアは取り合わなかった。

 

「近いうちに、また会いますよ」

 

 声だけが銀世界に響いた。

 レイラとアルフレッドは辺りを見回したが、その姿はどこにもなかった。

 

「姿くらまし、じゃあないよな」

「うん、消え方が違う。わたしたちの知らない魔法だろうな」

「とりあえず、城に戻るか?」

 

 アルフレッドの提案に、レイラは無言で首肯する。その裏では、先ほどのイリアの言葉の意味を考えていた。『貴女と同じですよ』それがいったい何のことを指すのか、レイラには思い至らなかった。ひとまずはアルフレッドの言う通り、ハリーの戻ったホグワーツに自分たちも戻ろうと考えた。

 

 

 

「待ちたまえ」

 

 隻眼の魔女の道を通り、銅像の裏から城へと戻ったハリーの下へ現れたのは、最悪なことにスネイプだった。

 どうやらマルフォイの方が先に城へと戻っていたようだ。そうでなければスネイプがいきなり自分を呼び止めるだろうか。いや、スネイプなら何もなくとも、嫌味を言うために自分を呼び止めることもあるかもしれない。

 ともかく、ハリーにとっては今最も会いたくない人物に会ってしまった。

 きっとマルフォイがスネイプに告げ口したんだ。マルフォイに地図の存在を気づかれてしまったのは、絶対にあの女子生徒のせいだ。なんで僕がホグズミードに行くのを邪魔されなくちゃいけないんだ。

 沸き上がる怒りの感情を何とか顔には出さず、ハリーは至極不思議ですという風な表情を作ってスネイプを見た。

 

「ポッター、マルフォイが先程、我輩に奇妙な話をしてくれた」

 

 ハリーは黙っていた。

 

「その話によれば、『叫びの屋敷』の近くで、君の姿を見たらしい」

 

 嘘だ。

 ハリーは瞬時にそう思った。いくら存在を気づかれていたとはいえ、透明マントを被った自分をマルフォイが見たはずは無い。長い沈黙が流れた。

 

「マルフォイはマダム・ポンフリーのところに行ったほうがいいんじゃないでしょうか。僕がホグズミードに行けるはずがありません。だって僕は――」

「――そう、君はホグズミードに行けるはずがない」

 

 スネイプの声は冷え切っていた。

 

「保護者のサインがない君は、本来ホグズミードに行ってはいけない」

「わかっています」

 

 一点の罪の意識も恐れも顔に出さぬように、ハリーは肯定した。

 

「誰か、証人がいるかね。君がホグワーツにいたと証明する人間が、いるのかね?」

 

 ハリーは何も言えなかった。スネイプの薄い唇が歪み、侮蔑の表情が浮かんでいた。

 

「なるほど」

 

 スネイプは背後を振り返った。誰もいないことを確認したのか、すぐにハリーへと向き直った。

 

「誰も彼もが、有名人のハリー・ポッターをシリウス・ブラックから護ろうとしてきた。しかし、有名なハリー・ポッターは自分自身が世界の中心と考えているようだ。他の者は自分のために勝手に心配すれば良い。 有名人のハリー・ポッターは好きなところへ出かけて、その結果どうなるかなぞ、お構いなしというわけだ」

 

 ハリーは黙っていた。スネイプはハリーを挑発して、白状させようとしている。その手に乗るもんか。スネイプには証拠が無い……まだ。

 

「君の父親にそっくりだ。傲慢で規則破りの常習犯、クィディッチが上手いからと、自分が他の存在とは隔絶していると思い上がる」

「黙れ!」

 

 ハリーはスネイプに食って掛かった。プリベット通りで生じた怒りと同じものが、ハリーの胸中を占めていた。スネイプの顔が硬直しようが、かまうものか。

 

「僕は本当の事を知っているんだ。いいですか? 父さんはあなたの命を救ったんだ! ダンブルドアが教えてくれた。父さんがいなきゃ、あなたはここにこうしている事さえできなかったんだ!」

 

 スネイプの土気色の顔が、みるみるうちに赤くなっていった。

 

「いったい何を知っているというのだね? 校長は多感な時期のポッター少年の繊細なお耳には、あまりに不快だと思ったのだろうね。どのようにしてその状況に至ったのか、校長は説明してくれたかね?」

 

 ハリーは唇を噛んだ。いったい何が起こったのか、知らなかったし、知らないと認めるのは否だった。しかし、スネイプの推量は当たっていた。

 

「君が間違った父親像を抱いたままこの場を立ち去ると思うと、虫唾が走る。そんなことは断じて許さん」

 

 スネイプは恐ろしい顔をしていた。ぎらぎらとした瞳で、ハリーを通して父親を見ているようだった。

 

「君の中でご立派な父上は、友人と一緒に我輩に楽しい悪戯を仕掛けてくださった。それは成功すれば我輩を殺してしまうほど凶悪なものだった。しかし君の父親は土壇場で弱気になり、我輩の命を救った。同時に、自分の命運も救ったわけだ。あの悪戯が成功していたなら、我輩は死に、あいつはホグワーツを退校させられていただろう」

 

 忌々し気に語ったスネイプの顔を、ハリーはもう見ることができなかった。

 

「さてポッター、ポケットの中の物を出せ」

 

 ハリーは動かなかった。耳の奥でどくどくと音がする。

 

「このまま校長の下へ行くかね? ポケットの、中の物を出すんだ。今、すぐに!」

 

 恐怖に凍りつき、ハリーはのろのろとポケットから「忍びの地図」を出した。

 スネイプが地図をしげしげと眺めた。

 

「ロンに貰いました」

 

 スネイプがロンに会う前に、ロンに知らせるチャンスがありますように、とハリーは祈った。廊下の奥から誰かの足音がしたが、こちらには来ないようだ。誰でもいいから、水を差してほしかった。

 

「ロンが……この前ホグズミードに行ったときにくれました」

「ほう? それ以来ずっと持ち歩いていたというわけだ。いったい、何のおもちゃだね? 使い方くらい知っているのだろう?」

「それは……」

 

 ハリーは答えに詰まった。馬鹿正直に秘密の道を教えてくれる地図ですなどとは言えない。だからと言って、でたらめを言えばすぐに嘘だとばれてしまう。

 

「なるほど、なるほど。言えない物というわけだ。え? 見たところだいぶ古い紙だ。こんな物が売っているのかね? それよりは、何かやましいことをするための物だろう。例えば、人目を避けて通るための案内書とか」

 

 ハリーが瞬きをし、スネイプの目が輝いた。スネイプは杖を取り出し、地図に向けて振るった。

 

「汝の秘密を表せ!」

 

 まるで見えない手が書いているかのように、滑らかな地図の表面に文字が現れた。

 

「読み上げろ」

 

 ハリーは現れた文字を、恐る恐る読み上げた。

 

「我ら、ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズより、スネイプ教授に心から敬意を。そして……」

 

 そこまで読んでハリーは言い淀んだ。果たしてこの続きを読み上げていいのだろうか。読んだが最後、ハリーは自分がいったいどんな目に遭うのか分からなかった。

 

「続けたまえ」

 

 スネイプが静かな声で続きを促した。無感動な口調からは、スネイプが何を考えているのかを推し量ることはできなかった。

 

「他人への無用なお節介は、お控え願いたい」

「なに? この、無礼な――」

 

 そら見たことか。

 スネイプは今や眉根を限界まで寄せて、恐ろしい形相でこちらを睨んでいる。

 

「やあセブルス、どうしたんだい?」

 

 絶体絶命と思われたところへ、ルーピンが現れた。ハリーはほっとした。ルーピン先生なら、この状況を自分に有利な方へと持って行ってくれるかもしれない。

 すがるような目つきで、ハリーはおずおずとルーピンを見た。

 

「いましがた、ポッターにポケットの中を裏返すように言ったら、こんなものを持っていた」

 

 スネイプは羊皮紙を指差した。ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズの言葉がまだ浮き出たままだった。ルーピンは奇妙な、窺い知れない表情を浮かべた。

 

「この羊皮紙にはまさに『闇の魔術』が詰め込まれている。君の専門分野だと思うが、どうかな?」

 

 スネイプは羊皮紙をハリーから取り上げると、ルーピンに手渡した。ルーピンは地図の表面をそっと指で撫でた。

 

「ふむ……私には読む人を馬鹿にするだけの紙に思えるがね。ゾンコの品だろう?」

「そうかね?」

 

 スネイプはルーピンに食って掛かりそうなほど敵意をむき出しにしていた。

 

「ゾンコの店でこれを売るというのかね? むしろ、制作者から直接受け取った可能性が高いとは思わんかね?」

 

 ハリーにはスネイプの言っていることが分からなかった。ルーピンも分っていないように見えた。

 

「ハリー、ミスター・ワームテールとか、この連中の中に知っている名前があるかい?」

 

 ルーピンがハリーに聞いた。

 

「いいえ」

 

 ハリーは急いで答えた。

 

「セブルス、聞いただろう?」

 

 ルーピンはスネイプの方を見た。そこへ、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきた。足音の主はロンだった。顔を真っ赤にして、息も切れ切れにハリー達の下へと駆け込んできた。

 苦しいのを我慢しながらもロンは、ルーピンの持っていた地図を一瞥すると、途切れ途切れに喋った。

 

「それ、僕が、ハリーに、上げたんです。ゾンコで、随分、前にそれを買いました……」

「ほら!」

 

 ルーピンは手をぽんと叩き、機嫌よく周りを見回した。

 

「これではっきりしたね! しかし、本当にこれがゾンコの品なのか、私の方で確認してみよう。得意分野だからね。二人とも来なさい、それじゃセブルス、失礼するよ」

 

 廊下を歩きだしたルーピンの後ろを歩くハリーは、とてもスネイプの方を振り返つもりにはなれなかった。ハリーとロンはルーピンに連れられるまま、彼の研究室までやってきた。そこで初めて、ハリーはルーピンに対して口を開いた。

 

「先生、僕――」

「事情を聴くつもりはないよ」

 

 ルーピンは短く答えた。

 

「これがどうやって君の物になったかなんて知りたくはない。ただ、君がこれを手に入れた時点で提出を、ましてや先生たちの誰にも相談をしなかったのには、私は大いに驚いているよ。先日も、生徒の一人がこの城の内部情報を不用意に放っておいたことで、あんなことが起こったばかりじゃないか。だから、ハリー、これは返してあげられないよ。私はこれが地図だということを知っているからね」

 

 ハリーとロンは信じられないという様子で顔を見合わせた。ルーピンはなおも話を続けた。

 

「君のお父さんもよく規則違反をしたものだ。でも、ご両親は君を守るために命を捧げた。それに報いるのに、これじゃあまりにもお粗末じゃないか。お菓子やおもちゃのために、ご両親の犠牲の賜物を危険にさらすなんて。この次は庇ってあげられないよ。さあ、寮に戻っておとなしくしていなさい。寄り道をすれば、分かるからね」

 

 ハリーはロンと談話室に戻る間、いっそう惨めな気持ちになっていた。スネイプに詰問されたいた時でさえ、こんなにも惨めな気分にはならなかった。隻眼の魔女の像の下に透明マントを置いてきたことを思い出したが、ハリーは取りに行く気が起きなかった。

 

「レイラにお礼を言った方がいいよ」

 

 ロンが突然口を開いた。

 

「教えてくれたんだ、ハリーが何かを僕から貰ったって言ってるって。それから君のいる場所を教えてくれたんだ」

 

 さっきスネイプと話している時に聞こえた足音は、レイラのだったんだ。

 ハリーはホグズミードに行ったことをレイラに自慢しようと思っていたことが、急に恥ずかしくなった。

 階段を上る途中で、上から誰かが降りてきているのが見え、ハリーは誰だろうかと顔を上げた。そこにいたのは、驚くことに「忍びの地図」を見られたスリザリンの女子生徒だった。首まで伸ばした髪と、清楚な印象を受ける服装はどこかレイラを思わせた。相手もハリーに気付いたようで、「こんにちは」と言って会釈をした。ハリーもロンも面食らって反応ができずにいたが、女子生徒が二人を通り過ぎたところで、ハリーは勢いよく振り返った。

 

「さぞ気分がいいだろうね?」

 

 散々に打ちのめされたハリーは、誰かに鬱憤をぶつけたかった。

 ハリーが声を掛けた少女は、ゆっくりと振り返った。しかしその顔には、笑みや嘲りではなく、嫌悪を示す表情が浮かんでおり、ハリーは気圧された。澄んだ青い目がハリーを見据えていた。

 

「少したりとも、そんな気にはなれません。悲しいですよ、私は」

 

 それっきりだというように、女子生徒は階段を降り切り、去って行ってしまった。ハリーはその背に何も返すことができずにいた。

 

「ハリー、よく分かんないけど、スリザリンの奴なんて放っておけよ。寮に戻ろう」

 

 虚しかった。親しい先生からは厳しくたしなめられ、嫌いなスリザリンの、それも年下の女子生徒には悲しみを向けられた。

 

 その後の事は、ハリーはよく覚えていなかった。気づいたらベッドの上にいて、海に沈みこむようにして眠りについたのだった。

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