お恥ずかしい限りですが、ありがとうございます。
直したつもりでも、案外残っているものですね。
シリウスが二度目の侵入をしてからというもの、生徒は厳しい安全対策を守らなければならなかった。同時に、先生方は見回りを強化して生徒の安全を守ろうとしていた。
『占い学』のトレローニー先生は、そんな中でも自分の塔教室に篭りきりだ。息も切れ切れにレイラが教室にたどり着いてみれば、部屋の中はシェリー酒の匂いに満ちていた。さては、トレローニー先生が夜通し飲んだな。
レイラはむせ返るほどの酒気に眉根を寄せつつ、アルフレッドとともに席に着いた。
「今日から水晶玉を使うんだったか。アルフレッドはやったことあるか?」
「俺は経験がないな。稀に王たちが使っていたが、占いではなく投写目的だったな」
「そうか。あの人たちは水晶玉を使わずに、未来が見られるんだったな」
常若の国の王と女王を思い浮かべながら、レイラは続々と入ってくる他の生徒たちを眺めた。ハリー達三人組が教室に入ってきたのは、生徒の中でも一番最後だった。何やら慌てた様子で駆け込んでくるハーマイオニーを先頭に、ハリーとロンが続いていた。
「ハーマイオニー、君はパンク状態なんだよ、いつも疲れているみたいだし」
「そんなことないわ!」
慌てながらも教室に入ってきたハーマイオニーは、目の上にかかった髪を掻き上げ、絶望したような表情で鞄の中身を漁り始めた。
「ちょっとミスしたの。それだけよ!」
どうやらハーマイオニーが何かをやらかしたようだ。不機嫌になることはあっても、こんなにも慌てた様子のハーマイオニーを見るのは初めてだった。
「珍しいな、ハーマイオニーのあの慌てよう」
「……」
「ん。どした、アルフレッド」
「いや、少し考え事だ」
「ふぅん」
「みなさま、こんにちは!」
おなじみの霧の彼方からの声とともに、トレローニー先生がいつものように薄暗がりの中から芝居がかった登場をした。グリフィンドールのパーバティとラベンダーが興奮して身震いしていた。二人の顔が、ほの明るい乳白色の水晶玉に照らし出された。
「今日から扱う水晶玉占いは、とっても高度な学問ですのよ」
まるでそれが誇りであるかのように、トレローニー先生は夢見るような口調だ。
「球の無限の深奥を初めて覗き込んだとき、皆様が最初から何かを『見る』ことは期待しておりませんわ。まず意識と、外なる目とをリラックスさせることから練習を始めましょう」
耳を澄ませば、教室の至るところから忍び笑いが聞こえる。多くの生徒が『占い学』という授業に懐疑的であるようだ。一部熱心な生徒もいるが、それは『占い学』という分野が曖昧なせいもあるだろう。本人の資質によるところが大きく、努力によってできる者とできない者がいる。後は、己との対話だろう。
「もしかしたら、皆様の中の幾人かには『内なる目』と超意識とが顕れましょう」
そこでみんなが作業に取りかかった。少なくともハリーたちには、水晶玉をじっくり見つめることができないようで、三人でひっそりとお喋りに興じていた。
くすくすと笑うハリー達を眺めた後、レイラはちらりと隣のアルフレッドを盗み見た。彼はテーブルの上に置かれた水晶玉を真剣に見つめていて、レイラの視線に気が付かない。
少しして、レイラも自分の水晶玉に視線を移した。自分は占い師ではなく、強いて言うならば薬師の家系のようなものだから、占いの適性はないだろう。そう結論を出したきり、レイラは何も見えない水晶玉を見つめてぼうっとしていた。
ちらり。と、水晶玉の中に何かが映った。はっとしてよく見ようと居住まいを正した時には、それはもう見えなくなっていた。
「何か見えたか?」
レイラの様子に気が付いたアルフレッドが、小さな声で問いかけてくる。少し考え込んでから、レイラは見えた物を告げた。
「赤い……糸」
レイラの水晶玉に見えたのは、一本のまっすぐに伸びた糸だった。
「糸か、糸。何かの暗示か、レイにとって糸が何か意味のあるものなの——」
「いい加減にしてよ!」
突然、ハーマイオニーの大声が響いて、アルフレッドは口を閉ざし、三人組の方を向いた。レイラもハリー達の方を見れば、ハーマイオニーが怒っていることが見てとれた。
「また、あのバカバカしい死神犬じゃないでしょうね!」
トレローニー先生は巨大な目を大きく開き、ハーマイオニーを見た。パーバティがラベンダーに何事かを囁き、二人もハーマイオニーを睨んだ。トレローニー先生は紛れもなく怒りを込めて、ハーマイオニーを眺め回した。
「まあ、あなた。こんなことを申し上げるのは、なんですけど。あなたがこの教室に最初に現れたときから、はっきりわかっていたことでございますわ。あなたには『占い学』という高貴な技術に必要なものが備わっておりませんの。まったく、こんなに救いようの無い『俗』な心を持った生徒に未だかつてお目にかかったことがありませんわ」
一瞬の沈黙。そして——。
「結構よ!」
ハーマイオニーは唐突にそう言うと、立ち上がり、教科書を鞄に詰め込んだ。テーブルから離れざまに水晶玉をテーブルから払い落とし、教室から足早に去っていった。
「トレローニー先生は『占い学』を神聖視し過ぎているな」
「ハーマイオニーは逆だったんだろうな。まあ、あそこまで言われたら流石にわたしも嫌だ」
その後は特に進展もなく授業は進んだ。パーバティとラベンダーだけは顔を上気させ、トレローニー先生をうっとりとした顔で見つめていたが。
授業が終わると、生徒達は伸びをしたり欠伸をしながら教室を出ていった。レイラとアルフレッドは最後に教室を出た。何やらトレローニー先生がこちらを見ているが、顔を合わせると面倒だと思い、素早く階段を下った。しかし、階段を降り始めてすぐに、足元に水晶玉が転がっているのを見つけた。
数秒迷った後、レイラは水晶玉を拾い上げた。
「持っていくのか?」
アルフレッドの問いに、レイラは首を縦に振った。
「わたしたちの後には誰もいないからな。そうなると、後味が悪いだろ?」
降りてきた階段を上りなおし、レイラとアルフレッドは再び『占い学』の教室へとやってきた。
「失礼します」
教室に戻ってみれば、トレローニー先生の姿はなかった。レイラはそれを気にすることなく、ハーマイオニーが着いていたテーブルの上に水晶玉を置いた。
「ん、行こうか」
「ああ」
二人が立ち去ろうとしたそのとき、教室の奥からばさり、と本か何かを落とす音がした。レイラとアルフレッドが同時に振り返った先には、目が虚になったトレローニー先生が、幽霊のように力なく立っていた。
「トレローニー先生?」
レイラが呼び掛けるも、焦点の定まっていない様子のトレローニー先生は口をだらりと開け、立ったまま硬直していた。
「迫っている」
「なんです?」
再度、レイラが訪ねる。けれどやはりトレローニー先生には聞こえていないようで、その目がレイラを見ることは無い。アルフレッドと顔を見合わせるが、二人揃って訳が分からないという表情だった。
「五度目の産声が上がる。天秤の傾きに気を配れ、その時は近い。彼の者に選ばれし者よ、四番目の印がお前を誘うだろう」
トレローニー先生の頭ががくっと前に傾き、胸の上に落ちた。そのまま呻き声を上げたかと思うと、先生の首が今度は勢いよくと起き上がった。
「あーら、ごめんあそばせ」
先生は寝ぼけたように言った。
「なんだか急にうとうとと……、あなたたち、いったいどうしましたの?」
「……いいえ、なんでもありません。行こ、アルフレッド」
「あ、ああ」
足早に教室から出た二人は、そのまま話室に戻ることが憚られたため、『必要の部屋』へと向かうことにした。
簡単に暖炉と二つのソファ、テーブルがあるだけの部屋を思い浮かべ、二人は中に入った。
「なんだったんだろうな、さっきの先生が言っていたアレ」
「……予言、じゃあないだろうか。もともとトレローニー先生の家系には優秀な占い師がいたらしい。先生は普段はあんなだが、一種の催眠状態になると予言ができる……のかもしれないな」
「ふうん。五度目の産声に、四度目の印ねぇ。いったい何があるんだか」
呼び出したティーセットを使って、アルフレッドがレイラに湯気の立つ紅茶を淹れる。
「ありがと」
お返しにと、レイラはハンドバッグの中からクッキーを取り出してテーブルに広げた。
「灰色の魔女に、おかしな予言、そしてシリウス」
レイラは顰め面で紅茶の入ったカップを口元へ運ぶ。頭を占める悩み事が増えたレイラは深くため息をついた。
「……ん」
不意に、レイラがアルフレッドに向けて頭を倒した。静かに紅茶を飲みながら本を開いていたアルフレッドは、どうしたのかと疑問を浮かべる。
「ん」
尚もレイラは頭を倒したまま、何事かを促すように声を出す。数瞬考えた後、アルフレッドは「……ああ」と呟いてバッグから櫛を取り出して、レイラの隣へと移動した。そこでようやく頭を上げたレイラの髪をゆっくりと手に取り、低い位置で縛られていた髪紐を解く。アルフレッドはそのまま、持っていた櫛でレイラの髪を梳かし始めた。
「優先順位は、やはりシリウス・ブラックの無実を晴らすことか?」
「うん。一番手っ取り早いのは、ペティグリューをとっ捕まえて魔法省に引き渡せばいいんだろうけど……生憎やつは行方不明だ。イリアはそのうちにまた会うだろうから、流れに任せていればいい。トレローニー先生の予言は、保留で。兆しに気を配っておくよ」
癖のつき始めていた綺麗な深く赤い髪を梳かしながら、アルフレッドはふと思いだした。
「あと一週間で試験週間だ、そのことも忘れるなよ」
「あー、うん。大丈夫だいじょーぶ」
気の抜けた返事を返すレイラの後頭部を、アルフレッドはやれやれとため息をつきながら見下ろした。次いで、初めて見た時からおよそ三年間伸ばされ続けた髪を見やる。
何事かを考え始めて僅かに遅くなった髪を梳かす速さに気が付いて、レイラは口の端を緩めた。
そういえば先日、YouTubeの生放送ではありますが、ライブの生配信を人生で初めて見まして、とても感動しました。人が歌って動いているのを見てここまで感動するのかと。興奮冷めやらぬ今でございます。