ハリー・ポッターと不死鳥の姉   作:駆華野 志想之介

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お久しぶりです。
今回はかなり長いので、ごゆっくりとお読みください。


ヴォルデモート卿の召使い

 死神犬がロンを暴れ柳の下へと連れ去り、ハリーとハーマイオニーは急いでその後を追いかけていた。先頭を歩くクルックシャンクスを、二人は背中を丸めながら付いていった。

 

「ロンはどこ?」

 

 ハーマイオニーが恐る恐る訊ねた。

 

「こっちだ」

「このトンネル、何処に繋がっているのかしら?」

 

 長い道のりに、二人とも息も絶え絶えになっていた。

 

「わからない……『忍びの地図』には書いてあるんだけど、この道の先は地図の端からはみ出ててる。ホグズミードのどこかに続いてるみたいなんだ……」

 

 しばらく背中を折って進むうちに、ようやく道が上り坂になってきた。やはて道が捻じ曲がり、クルックシャンクスの姿が消えた。その代わりに、小さな穴から漏れるぼんやりした光がハリーの目に入った。

 登り切ってみると、そこは雑然とした部屋だった。家具は散乱し、埃にまみれていた。

 

「ハリー、ここ、『叫びの屋敷』の中だわ!」

 

 ハーマイオニーが怯えたように囁いた。

 その時、頭上で軋む音と、ロンらしき人の悲鳴が聞こえてきた。

 できるだけこっそりと、二人は部屋を出て、階段を上った。階を一つ上がれば、たくさんの部屋があった。

 ハーマイオニーがハリーの腕を叩き、ドアの一つを指差す。そのドアだけが、開いているうえに、よくよく見れば床には何かを引きずったような跡が残っていた。二人がこっそり近づくと、ドアの向こうから物音が聞こえてきた。低い呻き声、それと、太くごろごろという声だ。二人はいよいよだと、目配せをして頷いた。

 

 杖をしっかり構えて、ハリーは僅かに空いていたドアを思いきり蹴り開けた。

 埃っぽいカーテンの掛かった壮大な天蓋付きベッドに、クルックシャンクスが寝そべり、二人の姿を見るとごろごろと喉を鳴らした。その脇の床には、妙な角度に曲がった足を投げ出して、ロンが座っていた。

 ハリーとハーマイオニーはロンに駆け寄った。

 

「ロン、大丈夫?」

「あの犬はどこ?」

「犬じゃない!」

 

 ロンが喚いた。痛みで歯を食いしばっている。

 

「ハリー、罠だ」

「え――?」

「あいつが犬なんだ……あいつは『動物もどき』なんだ……」

 

 ロンはハリーの肩越しに背後を見つめた。ハリーもそれに倣うように背後を見た。影の中に立つ男が、二人の入ってきたドアをぴしゃりと閉めた。

 

 汚れきった髪が無造作に肘まで垂れている。暗い落ち窪んだ眼窩の奥で目がぎらついているのが見えなければ、まるで死体が立っているといってもいい。その人物はにやりと笑い、黄色い歯がむき出しとなった。ロンもハーマイオニーも、ハリーも、その人物に見覚えがあった。

 

「シリウス・ブラック!」

 

 ハリーが叫んだ。

 杖を振るうよりも、考えるよりも先に体が動いた。意表を突かれたブラックはハリーにタックルを見事に食らい、床の上に倒れた。ハリーはそのまま馬乗りになり、杖をブラックの顔に向けた。

 生まれて初めて、ハリーは目の前の相手を攻撃してやりたいと思った。

 

「ハリー、私を殺すのか?」

 

 ブラックが呟いた。

 

「お前は僕の両親を殺した」

 

 ハリーの声は少し震えていたが、杖腕は微動だにしなかった。ブラックは落ち窪んだ目でハリーをじっと見上げた。

 

「否定はしない」

 

 ブラックは静かに言った。

 ハリーは怒りで耳の中ががんがんと音を立てていた。今目の前の相手は肯定したのだ。それだけ分かればいい。

 

「よくも、よくも父さんと母さんを! お前がヴォルデモートに売ったんだ、お前のせいで――」

 

 その時、扉が勢い良く開いた。ハリーが扉を振り向くより先に、事は動いた。

 

「エクスぺリアームス! 武器よ去れ!」

 

 乱入者が呪文を唱え、ハリーの手から杖を弾き飛ばした。

 

「ど、どうして……」

 

 ハーマイオニーが茫然と呟いた。

 

「どきなさい」

 

 声を掛けられて、ハリーは初めてその人物が誰なのかを理解した。見上げれば果たしてそこにいたのはルーピン先生だった。

 杖を向けられ、ハリーは仕方なくブラックの上から退き、ハーマイオニーの隣へと移動した。

 

「これはこれは、シリウス・ブラック。内なる狂気が肉体をも支配しているかのようだ」

 

 ハリーは急に虚ろな気持ちになって立ちすくんだ。――とうとうやらなかった。弱気になったんだ。ブラックは吸魂鬼に引き渡される。

 ルーピンが口を開いた。何か感情を押し殺して震えているような、緊張しているような声だった。

 

「シリウス、あいつはどこだ?」

 

 ハリーは一瞬ルーピンを見た。何を言っているのか、理解できなかった。誰の事を話しているのだろう? ハリーはまたブラックの方を見た。

 ブラックは無表情だった。数秒間、ブラックは全く動かなかった。その手はまっすぐにロンを指していた。いったい何だろうと、訝りながら、ハリーはちらりとロンを見た。ロンも当惑していたようだ。

 

「もしかして、君は入れ替わっていたのか? しかしそれなら、真実を告げてくれても良かった。二人でなら、きっと――」

 

 ルーピンが構えていた杖を下ろした。次の瞬間、ルーピンはブラックを助け起こしていた。そして、兄弟のように抱きしめ合った。

 ハリーは胃袋の底が抜けたような気がした。

 

「なんてことなの!」

 

 ハーマイオニーが叫んだ。

 ルーピンはブラックを放し、ハーマイオニーを見た。ハーマイオニーは目を爛々と光らせ、ルーピンを指差した。

 

「先生は、先生は――」

「ハーマイオニー」

「その人とグルなんだわ!」

「ハーマイオニー、落ち着きなさい――」

「先生のために、私、誰にも言わなかったのに!」

「ハーマイオニー、話を聞いてくれ、頼むから! 説明をさせてくれ!」

 

 ハーマイオニーもルーピンも、必死に叫んでいた。ハリーはまた震えはじめていた。恐怖からではなく、新たな怒りだった。

 

 

「この人はブラックが城に入る手引きをしたのよ。ハリー、あなたの死を願っているんだわ。――だってこの人、狼人間なのよ」

 

 痛いような沈黙が流れた。今やすべての目がルーピンに注がれていた。ルーピンは青ざめていたが、驚くほど落ち着いていた。しかし、隣に立つブラックの顔はみるみるうちに赤くなっていった。

 

「それがどうした! 私の大事な親友だ、悪く言わないで欲しいね――」

「いや、いいんだ。ホグワーツに来るときに、覚悟は決めてきた。……それより、いつもの君らしくないね、ハーマイオニー。残念ながら、三問中一問しか合っていないよ。私はシリウスが城に入る手引きはしていないし、もちろんハリーの死を願ってなんかいない。……しかし、私が狼人間であることは否定しない」

 

 ルーピンは称賛するような目でハーマイオニーを見た。

 

「いつから気付いていたのかね?」

「スネイプ先生が課題を出した時から」

「いやはや、スネイプ先生もお喜びになるだろう。ダンブルドア先生は、幾人かの先生に私が信用できる者だと説得するのに、随分苦労なさった」

「ダンブルドアは間違ってたんだ! 先生はずっとこいつの手引きをしてたんだ!」

 

 ハリーはブラックを指差した。ブラックは震える手で顔を覆いながら、窓枠へと体を預けた。近くなったロンが、折れた足を庇いながら少しでも遠ざかろうとしている。

 

「シリウスの手引きはしていない。お願いだ、訳を話させてくれ……ほら、この通りだ」

 

 ルーピン先生は自分の杖をベルトに挟み込み、弾いたハリーの杖を拾って投げて寄越した。ハリーは呆気にとられながらも自分の杖を受け取った。

 

「ブラックの手助けをしていないなら、どうしてこいつがここにいるってわかったんだ?」

 

 ブラックの方に激しい怒りを向けながら、ハリーが言った。

 

「『忍びの地図』だよ。久々に使ってみようかと魔が差してしまってね、そうしたら君たちがハグリッドの小屋に行くのを見かけたんだ。合っているかな?」

 

 ハリーはこくりと頷いた。ロンの鼠がいなくなっていたのだが、ハグリッドから保護しているとの手紙を受け取ったので、放課後に三人で会いに行ったのだ。しかし、それがどうしたというのか。

 

「あの、先生はどうして、それが地図だと知っているのですか?」

 

 ハリーの中に疑問が生まれていた間に、ハーマイオニーが口を開いていた。

 

「私がこれを書いた人間の一人だからだよ。いや、今はいい。私は君たちがハグリッドの小屋を出たときに、人数が四人に増えていることに気が付いた」

「いや、僕たちだけだった!」

 

 ルーピンはハリーの言葉を無視して、部屋の中を行ったり来たりしていた。

 

「なぜあいつが君たちと一緒なんだと、地図がおかしくなったかと思ったよ」

「誰も一緒じゃなかった!」

「そして、シリウスがロンともう一人を暴れ柳の下へと引きずり込むのを見て、ここへと急いだんだ」

「一人だろ!」

 

 今度はロンが怒鳴った。

 ルーピンは歩くのをやめて、ロンを眺めまわした。

 

「鼠を見せてくれないか?」

 

 ルーピンは感情を抑えた声で言った。

 

「なんだよ? スキャバーズに何の関係があるって言うんだい?」

「大ありだ。頼む、見せてくれないか?」

 

 ロンは躊躇ったが、ローブに手を突っ込んだ。スキャバーズが必死にもがきながら現れた。クルックシャンクスが低いうなり声をあげてスキャバーズを見た。

 ルーピンがロンに近づいた。じっとスキャバーズを見つめながら、ルーピンは息を殺しているようだった。

 

「なんだよ? スキャバーズがいったい何の関係があるって言うんだ?」

「それは鼠じゃない」

 

 突然シリウス・ブラックのしわがれた声がした。

 

「どいうこと――こいつはただの鼠だよ」

「いや、鼠じゃない」

 

 ルーピンが静かに断じた。

 

「こいつは魔法使い、『動物もどき』だ」

「名前は、ピーター・ペティグリューだ!」

 

 ブラックの声音は高揚しているかのようだった。ブラックの叫び声に屋敷が呼応したかのように、足元がぎしりと軋んだ。まるで怒りに震えるようだった。

 

「待ちに待った。今すぐ殺してやる!」

 

 ブラックがスキャバーズに襲い掛かろうと足を踏み出したが、ルーピン先生がそれを飛びついて阻止する。

 

「待ってくれ! そんなやり方では駄目だ、みんなに説明しなければ……ハリーだ! ハリーにはすべてを話す必要がある!」

 

 ハリーの名前が効いたのか、ブラックは襲い掛かるのを止めた。

 

「……わかった。だがなるべく急いでくれ。そいつを殺せなくなることの他にも、私には避けたいことがある」

 

 ブラックは鼠から目を離さずに言った。

 

「ペティグリューは、お前が殺したはずだ!」

 

 ちらりと鼠を一瞥して、ハリーはブラックを睨みつけた。

 

「父さんと母さんを裏切ったお前を捕まえようとして、ペティグリューはマグルと一緒に殺されたんだ。証拠だってあった!」

「――そう、動かぬ証拠があった」

 

 この場にはいないはずの声が聞こえた。

 次の瞬間には、ルーピンの身体にはロープが巻き付き、身動きできないように雁字搦めにされていた。

 

「リーマス!」

 

 ブラックが叫び、声の出所――部屋の入り口――を振り返った。しかしその時にはすでに、ブラックの喉元に杖が突き付けられていた。

 ハーマイオニーが悲鳴を上げた。ハリーは縛られて倒れたルーピンを見て、それから顔を上げて乱入者を見た。その人物は誰であろう、セブルス・スネイプだった。

 

「今夜の分の薬を渡そうと君の部屋に行ったときに、地図を見つけ、我輩はすぐに全てを理解した」

 

 スネイプは息切れしていたが、勝利の喜びを抑えきれない顔だった。

 

「セブルス、シリウスは無実だった、本当だ」

 

 ルーピン先生が懇願するように言うが、スネイプは聞く耳持たなかった。

 

「我輩は何度も校長に進言した。ただでさえ危険な人狼を校内に入れるだけでなく、ブラックを手引きして城に入れる可能性もあると。ルーピン、これがいい証拠だ」

 

 ルーピンが切羽詰まったように言った。

 

「君は、話を全部聞いていないんだ。――説明させてくれ、シリウスはハリーを殺しに来たのではない」

「君のために脱狼薬を改良したいと言ったレイラの心を、君は踏みにじったのだ」

「れ、レイラが脱狼薬を、改良……?」

 

 信じられないといった様子でハーマイオニーが訊ねるが、やはりスネイプは聞き入れない。

 

「お願いだ、このままでは傷つく人が増えるだけだ。レイラだって傷つくことになる」

 

 ルーピンは、レイラの名前を出せばスネイプが耳を貸してくれるかもしれないという一縷の望みをかけて、その名を口にした。

 

「もう十分、傷ついている! あの子にこれ以上重荷を背負わせないためにも、今夜、我輩の手でお前たちをアズカバンに送ってやろう」

 

 ハリーは金縛りにあったようだった。誰を信じたらよいのか分からなかった。ロンも、ハリーと同じくらい訳が分からなかった。ただ必死に、暴れるスキャバーズ押さえつけるのに奮闘していた。しかし、ハーマイオニーだけはスネイプの方におずおずと一歩踏み出し、恐々と言った。

 

「スネイプ先生、あの、この人たちの言い分を聞いてあげても、害はないのではあ、ありませんか? もし、誤解だったら?」

 

「黙れ、このバカ娘! 一生に一度くらい、黙っていろ!

 

 スネイプは狂ったように喚いた。

 

「わかりもしないことに口を出すな!」

 

 ブラックの顔に突き付けた杖から、火花が数個ぱちぱちと飛んだ。

 

「柳を出たら、すぐに吸魂鬼を呼んでやろう。そうしたら喜びのあまり貴様に、ルーピンにも、キスをしてくれるだろう」

 

 スネイプの目には今まで見たことのないような狂気があった。息遣いは荒いままで、正気でないのは明らかだった。

 

「来い、全員だ」

 

 スネイプが指を鳴らすと、ルーピンを縛る縄の端がスネイプの手元に飛んできた。スネイプはハリー達の方を見ると、先に部屋から出るように顎で促した。

 その時には、ハリーの覚悟は決まっていた。

 ハリーは部屋の入り口まで進むと、さっと杖をブラックに向けた。ブラックは絶望した様子で唇を引き締める。反対にスネイプはそんな顔のブラックを見てにやりと笑みを浮かべた。

 

「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」

 

 ハリーが叫んだ。ブラックに向かうと思われた呪文は、ハリーが咄嗟に杖の向きをスネイプに変えたことで、油断しきっていた彼をベッドの上よりさらに先、壁まで吹き飛ばし、昏倒させた。

 ハリーは振り返った。ロンとハーマイオニーが、驚いた顔をしていた。

 

「ハリー! 先生になんてことを!」

「私に任せておくべきだった……こんなこと、君がしてはいけなかった」

 

 ブラックがハリーを見ながら言った。ハリーはブラックの目を避けつつ、縄で縛られていたルーピン先生を助け起こし、縄を解いた。

 

「ハリー、ありがとう」

 

 ルーピンが言った。

 

「僕、まだあなたを信じるとは言ってません」

 

 ハリーが反発した。

 

「それでは、証拠を見せる時が来たようだ。ロン、ピーターを渡してくれ」

「ピーターなんかじゃない、こいつはスキャバーズだ。僕の家族だ!」

 

 ロンは助けを求めるようにハリーとハーマイオニーを見た。

 

「新聞でエジプト旅行の記事を見たよ。そいつは十二年前から君の家族だそうだな。ただの鼠にしては長生き過ぎないか? 指も欠けてるだろう?」

「だから? それが何だって言うんだ! 僕たちがちゃんと世話してきたんだ、だから長生きなんだ。……最近は元気がないみたいだけど」

 

 ロンが力なく言った。ルーピンはその言葉に一度頷いた。

 

「私の想像だが、シリウスが脱獄した知らせを聞いた時から、やせ衰えたのだろうね」

「こいつは、その狂った猫が怖いんだ!」

 

 ロンは床の上でゴロゴロ喉を鳴らしているクルックシャンクスを指で指した。

 それは違う、とハリーは急に思い出した。漏れ鍋で会ったときにはすでに、スキャバーズはやせ細っていた。ロンに見せてもらった、エジプト旅行の写真の時にも、そうだった。

 

「この猫は狂っていない」

 

 ブラックのかすれ声がした。ブラックは手を伸ばし、クルックシャンクスを優しく撫でた。

 

「私の出会った猫の中で、こんなに賢い猫はまだあったことが無い、ピーターを見るなり、すぐに正体を見破った。私に出会ったときも、私が犬ではないことを見破った。私を信用してもらうまではずいぶんと時間がかかったが、それ以来私を助けてくれた。

「それ、どういうこと?」

 

 ハーマイオニーが息を潜めた。

 クルックシャンクスは鼠をブラックの下に連れて行こうとしたり、果てにはグリフィンドールの合言葉の掛かれたメモを届けてくれたりもしていたという。

 

「その鼠は一度、死んだと思われていたのではないかね?」

 

 シリウスの問いかけに、ハーマイオニーとロンが訝りながらも頷いた。

 

「死んだふりは、そいつの得意分野のようでね、前にもうまくいったのだよ。そう、私の時にね」

 

 ハリーはその言葉ではっと我に返った。そうだ、証拠だ。ペティグリューの遺品は――。

 

「……指一本」

「なんと小賢しい……あいつは自分で指を切ったのか?」

 

 ルーピンがため息をついた。

 

「変身する直前にな。あいつを追い詰めた時、あいつは道行く人全員に聞こえるように叫んだ。私がジェームズとリリーを裏切ったんだと。それから、私がやつに呪を掛けるより先に、やつは隠し持った杖で、周りにいた五、六人ごと道路を吹き飛ばした。そして素早く、下水道に逃げ込んだ……」

 

 ハリーは話を聞きながら、混乱して、頭が重く感じられた。

 

「しかし、本当に裏切っていたのはピーターの方だった。立場が逆だったのだよ、あいつがそう演出したせいで、マグルたちは嘘を信じてしまったんだ」

「嘘だ!」

 

 ハリーは叫んだ。やめろ、落ち着け。どこかで制止の声が聞こえてくるが、聞く耳持たなかった。

 

「先生たちが話してたぞ! ブラックが『秘密の守り人』だった! こいつは、自分が僕の両親を殺したことを認めたんだ!」

 

 ハリーはブラックを指差した。一度認めておきながら、ルーピンが来てから意見を変えるなんて、自分が助かると思ったからだろう。ブラックはゆっくりと首を振った。落ち窪んだ目が急に生気を取り戻したかと思うと、次第に潤んでいった。

 

「ハリー……私が殺したも同然だ」

 

 ブラックの声はかすれていた。

 

「二人が死ぬ前、私は二人の居場所を知っていると睨んだ死喰い人達から、ひどく追われていた。そこで私は、『秘密の守り人』をピーターに代えるようにジェームズとリリーに勧めた……私のせいだ。最後の夜に、私はピーターの下を訊ねることになっていた。けれどあいつの家は綺麗なままもぬけの殻だった。嫌な予感がして、すぐに君のご両親の家に向かった。そして……そして――! 私は悟った。ピーターが何をしたのか、自分が何をしてしまったのか」

 

 涙声になり、ブラックは顔をそむけた。

 

「話はもう十分だろう」

 

 ルーピンの声には、ハリーがこれまでに聞いたこともない冷たさと、情け容赦のない響きがあった。

 

「本当は何があったのか、証明する道は一つだ。ロン。その鼠をよこしなさい」

「こいつを渡したら、何をしようっていうんだ!」

 

 ロンが緊張した声で言った。

 

「正体を現させる呪文を使う。大丈夫、ただの鼠なら傷つくことは無い」

 

 ロンは躊躇ったが、とうとうスキャバーズを差し出し、ルーピンが受け取った。スキャバーズはキーキーと喚き続け、のたうち回り、目玉が飛び出しそうなほどだった。

 その間にブラックは伸びているスネイプの杖を手に取っていて、潤んでいた目を、今度は燃え上がらせていた。

 

「一緒にやるか?」

 

 ブラックが低い声で言った。

 

「そうしよう」

 

 ルーピンはスキャバーズを片手にしっかりとつかみ、もう一方の手で杖を握った。

 

「三つ数えたらだ。いち――に――さん!」

 

 青白い光が二本の杖から迸った。一瞬、スキャバーズは宙に浮き、そこに静止した。小さい黒い姿が激しく捩れた。――ロンが叫び声を上げた。――鼠は床にぼとりと落ちた。もう一度、目も眩むような閃光が走り、そして――。木が育つのを早送りで見たようだった。

 そこにいたのは小柄な男だった。ハリーやハーマイオニーの背丈とあまり変わらない。まばらな色褪せた髪はくしゃくしゃで、てっぺんに大きな禿があった。皮膚はまるでスキャバーズの体毛と同じように薄汚れ、とがった鼻や、ことさら小さい潤んだ目にはなんとなく鼠臭さが漂っていた。男ははぁはぁと浅く、速い息遣いで、周りの全員を見回した。男の目が素早くドアの方に走り、また元に戻ったのを、ハリーは見逃さなかった。

 

「やあ、ピーター。しばらくだったね」

「シ、シリウス……リーマス……」

 

 級友に掛けるように、ルーピンの声が朗らかだったのに対して、ペティグリューは緊張しきったしわがれ声だった。またしても、目がドアへと走った。

 

「ああ、懐かしの友よ!」

 

 言うが早いか、ペティグリューは猛然とドアへ向かって駆け出した。そこへすかさずブラックとルーピン先生が割り込み、ペティグリューを部屋の中央へと押しやった。

 ペティグリューが今度は部屋をきょろきょろと見回し、ハリーを見つけた。

 

「ハリー! 驚いた、お父さんにそっくりだ。ジェームズに……親友だったんだ——」

「よくもそんな口を! ハリーの前でよくジェームズの話ができるな!」

 

 ハリーに近づこうとするペティグリューの目の前にブラックがその身を滑り込ませ、部屋の隅へと追い立てる。ルーピン先生はブラックと挟み込むように追いかけ、ペティグリューに杖を突きつける。

 

「君がジェームズとリリーをヴォルデモートに売ったんだろう?」

「そんな、そんなつもりじゃなかったんだ……」

 

 震える声でペティグリューがそう言うが、目は片時もドアから離れなかった。

 

「でも、あの恐ろしい闇の力の前には——シリウス君でも、抗えないだろう?」

 

 ペティグリューはさっと身を翻し、ネズミの如き素早さでドアへと一目散に駆けた。

 

「俺なら死ぬ! 友を裏切るくらいなら、死を選んだ方がマシだ!」

 

 あと僅かでドアへと辿り着いてしまうというところで、ルーピン先生がペティグリューの上着に手をかけた。捕まえたとハリーは思ったが、ペティグリューは身を捩り、上着からまるで脱皮するように身を離し、よろめきながらもドアへと進んだ。

 

「待て! ピーター!」

 

 ブラックの怒号もなんのその、ペティグリューは振り返らない。

 逃げてしまう! ハリーも、その場にいた他の誰もがそう思った。しかし奇妙にもの、ペティグリューはドアの直前で不自然にも立ち止まった。そして一歩、二歩と後ずさる。

 

「まさか……」

 

 シリウスが譫言のように呟いた。

 ハリーの位置からでは、ドアの先に誰がいるのかは見ることができない。しかし、言いようのない恐ろしさが漂ってきていた。

 ハリーは恐る恐る移動して、誰がいるのか見ようとした。まず初めに見えたのは、特徴的な銀髪、ついで端正な青年の顔だった。スリザリンのアルフレッド・ルークだと理解するのに、ハリーに時間はかからなかった。アルフレッドは焦ったように背後を振り返り、次いでブラックに向けて言葉を放った。

 

「ブラック、早くペティグリューを捕まえてここを離れろ!」

 

 どうやら話を盗み聞きしていたらしく、周りの状況を理解しているようだった。

 ブラックはアルフレッドが現れたことで、不思議と顔面蒼白となっていた。

 

「ア、アルフレッド、君がいるということは——」

「——もちろん、わたしもいますよシリウス」

「レイラ……」

 

 アルフレッドが呻くように呟いた。ドアの先でアルフレッドの背後に影が現れたかと思えば、それはレイラだった。アルフレッドの方に手を置き、にこりと微笑んだ。

 

「君の気持ちはありがたいけど、これはわたしの問題だ。だから……お願い」

 

 お願い。などと口にしておきながら、レイラのそれは有無を言わさぬ圧があった。アルフレッドは数秒レイラの目を見つめた。

 

「だが……」

「いーから、どきなよ」

 

 食い下がろうとしたアルフレッドを一蹴し、レイラはアルフレッドの傍をするりと通り抜け、部屋の中へと入った。レイラは部屋の端から順繰りにこちらを見回した。ハリーと目があったレイラはにこりと微笑んだ後、最後にペティグリューを見た。

 

「こうしてお会いするのは初めてですね」

「あ、ああ……」

 

 ペティグリューは膝を折って、縋り付くような目でレイラを見た。

 

「レイラ……レイラ……君はお母さんに生き写しだ……そっくりだ。リリーは私によくしてくれたんだ……」

「よせピーター! よくもそんな恥知らずな真似を!」

「…………」

 

 ブラックが大声を出した。ペティグリューはびくりと肩を震わせたが、なおもレイラに訴えかける。

 

「みんな私を殺そうとするんだ……ジェームズなら私が殺されることを望まなかっただろう。二人なら……私に情けをかけてくれただろう……」

 

 レイラは黙ったままだった。ただ真っ直ぐに、ペティグリューを見ていた。

 ブラックとルーピン先生が大股でペティグリューに近づき、肩を掴んで床の上に仰向けに叩きつけた。ペティグリューは座り込んで、恐怖にひくひくと痙攣しながら二人を見つめた。

 

「お前は、ジェームズとリリーが死ぬ一年も前から、ヴォルデモートに密通していた! そうだな!?」

「あの方は、あらゆるところを征服していた! あの方を拒んで、な、何が得られただろう?」

 

 みるみるうちにブラックの顔に、凄まじい怒りの形相が現れていた。

 

「わかるかいシリウス、私が殺されかねなかったんだ!」

 

 ペティグリューが哀れっぽく訴えた。ばちり。何かが爆ぜるような音がしたが、ブラックとペティグリューはそれに気がついていない。ルーピンは察しがついたようで、音の出所を目で追っていた。

 

「それなら死ぬべきだった! 二人のために! 友のために! 我々も、君のためにそうしただろう!」

「——そう、死ぬべきだった……」

 

 ぽつりと、レイラが呟いた。はっと、シリウスは怒りでレイラの存在を忘れていたことに気がついた。

 ゆらりとペティグリューに近づいたレイラは、いつのまにか杖を抜き、ペティグリューに突きつけていた。

 

「両親を裏切っておきながら、よくもおめおめと生き長らえたものだ。でも、お前の言う通りだ。父さんと母さんは、お前のしたことを許すだろう」

「おお、レイラ……何と慈悲深い——」

「レイラ……」

 

 ルーピンがそれで良いのかと言うように名前を呼ぶ。けれどレイラは、依然として杖を構えたままだった。

 

「でもわたしは、お前を許さない。聞くに耐えないお前の弁明は、全て聞いた。どうして父さんと母さんが死んで、お前がまだ生きているんだ……お前なんか……お前なんか!」

 

 いつのまにかレイラの左目は血色に染まり、杖を持つ手は震えていた。

 

「レイ、やめろ!」

 

 アルフレッドがレイラの杖腕を押さえる。

 

「お前がペティグリューを手にかけるなんて、ご両親は望んでいないはずだ」

「……ぃ」

「アルフレッドの言う通りだレイラ、こいつは私達が——」

「うるさい!」

 

 レイラは置かれていたアルフレッドの手を払いのけ、杖を振り上げた。

 

「レイラ!」

 

 ハリーはとっさに叫んでいた。掛ける言葉があったわけではない。けれど、何言わなくてはと、口が動いた。

 

「やめて!」

 

 駆け出して、レイラとペティグリューの間に割り込み、まっすぐにレイラを見つめる。

 

「…………ハリー、そいつは父さんと母さんの仇だよ。生きていてはいけない人間だ、そんな奴を庇う必要なんてない。大丈夫、呪文なら知ってるから」

 

 この時初めて、ハリーは怒ったレイラの顔を直視することとなっていた。正直に言って、怖かった。かつてハリーをいじめてきたダドリーを返り討ちにしてくれた時などは、そばで見ているだけだった。その目には、憎しみと怒りが混ざった血色だけが見えた。

 ごくり。と、ハリーは唾を飲み込んだ。

 

「殺したらダメだ、殺しちゃいけないよ」

「ここでペティグリューを殺せば、ブラックの無罪を晴らすことができなくなるぞ!」

 

 ぴくりと、アルフレッドの言葉にレイラの手が振れた。アルフレッドはそれを好機と見た。

 

「ブラックの無実が証明されれば、お前たち二人は無実だった後見人の下で生活ができるようになるはずだ。それはハリーの為になる」

「そうだよレイラ。ここを出て、吸魂鬼に引き渡そう。こいつをアズカバンに行けば良い、そこでずっと、罪を償わせよう。僕は、出来ることならブラックと暮らしたい! 三人で、一緒に暮らそうよ!」

 

 ぽたり。と、音がした。

 ぽたり、ぽたり。続けて同じ音がした。

 レイラの正面に立っていたハリーは、それがレイラの爪が食い込んだ掌からの出血で、杖先から滴っているのだと分かった。そして同時に流れているものが一つ、レイラの涙だった。

 

「どうして……」

 

 譫言のように、レイラは顔を俯かせて呟いた。

 

「お前さえ、お前さえいなければわたしたちは……!」

 

 レイラは力なく杖腕を下ろすと、ふらふらと後ろによろめいた。すかさずアルフレッドがその矮躯を受け止める。

 

「う……ううぅ」

 

 誰一人動かなかった。物音一つ立てなかった。ハーマイオニーやロン、ブラック、ルーピン、アルフレッドとハリーも、何も言えずにいた。ただレイラの嗚咽だけが、夜の深まっていた叫びの屋敷に響いた。




レイラは杖を構えた。
▶︎アバダ・ケダブラ
 レジリメンス

最初は選択肢がこんな感じで、殺伐シミュレーションゲェムな構想を練っていました。どっちにしろペティグリューは苦しむ。

それはそうと、明日はエイプリルフールですね。……オイラァ。
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