ハリー・ポッターと不死鳥の姉   作:駆華野 志想之介

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ご無沙汰しております!
ようやっと纏まった時間が取れそうで安堵しております。
今回は少し短めですが、お楽しみいただけますと幸いです。


満月の夜

「噛んで悪かった。少しばかり痛むだろう?」

「少し? 足が取れるかと思った」

「ネズミを狙ってた……普段の私は性格のいい犬だよ。君たちのお父さんは、“ずっと犬のままでいたほうがいい”と」

 

 叫びの屋敷でペティグリューを縛り上げ、一同は『暴れ柳』の下へと通じる通路を進んでいた。

 ハリーとシリウスがロンに肩を貸し、レイラがスネイプを杖で浮かせ、縛られたペティグリューをルーピンが見張っていた。

 

「尻尾はあってもいいが、ノミは我慢ならんね」

 

 暴れ柳の下を出て、ハリーとシリウスは暴れ柳の枝が届かない位置にロンを下ろした。他の面々も柳の下から這い出てきた。シリウスはホグワーツ城を眺めながら、少しでも在りし日の記憶を思い出そうと城に少しだけ近づいた。ハリーはロンの側についていたが、レイラが肩に手を置いた。

 

「ハリー、行ってあげなよ。ね?」

「……うん」

 

 草を踏みしめる音で、シリウスは背後を振り返ってハリーの姿を見つけた。ハリーが隣に並ぶと、シリウスは視線を前に戻し、再び城を見つめた。

 

「ここは美しいな。……初めてここに来た時の喜びは、今でも覚えているよ。ハリー、ペティグリューを引き渡すということが、どういうことか分かるかい?」

「あなたが自由になる」

「そうだ……」

 

 シリウスが続けた。

 

「しかしそれだけではない。――私は君の後見人なんだ」

「ええ、知っています」

 

 ハリーはシリウスの言葉を待った。シリウスの言おうとしていることが、自分の考えと同じだったら?

 

「あらかじめ言っておくが、君がおじさんやおばさんとこのまま一緒に暮らしたいというなら、その気持ちはよくわかるつもりだ。しかし……まあ、考えてくれないか。わたしの汚名が晴れたら、……もし君たちが……別の家族が欲しいなら……」

 

 シリウスが歯切れ悪くいい終わる中、ハリーの心の中は花火が盛大に爆ぜたようだった。

 

「えっ? あなたと暮らすの?」

「むろん、君はそんなことを望まないだろうと思ったが」

 

 シリウスが慌てて言った。

 

「とんでもない!」

 

 ハリーの声は、嬉しさのあまり上ずっていた。

 

「もちろん、ダーズリーのところなんて出たいです! 住む家はありますか? 僕、いつ引っ越せますか?」

 

 シリウスがくるりと振り返ってハリーを見た。

 

「そうしたいのかい? 本気で?」

「ええ、本気です!」

 

 疲れ切っていた様子のシリウスの顔が、急に笑顔になった。ハリーが初めて見る、シリウスの本当の笑顔だった。今まで骸骨の様だった顔つきが、十歳ほど若返ったように見える。ハリーもつられて笑みを浮かべた、その時——。

 

「変なまねはするなよ、ピータ……」

 

 ——雲が切れて、満月が姿を現した。ペティグリューに杖を向けていたルーピンが黙りこくり、硬直した。シリウスがはっとしてルーピンを見た。ハーマイオニーは「あ!」と声を上げる。二人で何事かを話していたレイラとアルフレッドも、ルーピンへと視線を向けた。

 

「逃げなさい」

「逃げろ」

 

 レイラとシリウスが同時に、低い声で促した。

 

「逃げろ、早く!」

 

 しかし、ハリーは逃げなかった。ルーピンが動けなくなれば、ペティグリューが逃げ出してしまう。ルーピンは恐ろしい唸り声を上げた。頭が長く伸び、体も大きくなっていった。全身から毛が生え出し、手が丸まって鉤爪が生えた。

 ペティグリューは今まさに、狼人間へと変身しつつあるルーピンが落とした杖を拾い上げたところだった。ハリーはペティグリューが何かしらの呪文を唱えることを阻止しようとした。

 

「エクスペリアームズ 武器よされ!」

 

 杖をペティグリューの手から弾き飛ばしたが、ペティグリューは満足げに口の端を歪めた。すると、みるみるうちにペティグリューの姿が縮んでいった。ネズミになった!

 

「待て! ペティグリュー!」

 

 レイラが声を張り上げた。それと同時に、ハリーはネズミとなって逃げるペティグリューを捕まえようと駆け出していた。あいつを逃せば、シリウスの無罪が証明できなくなる。そんなのはダメだ!

 

「ハリー!」

 

 背後でハーマイオニーが金切り声を上げたが、ハリーには関係なかった。未だ動かないルーピンの脇を通り抜けて、ハリーはネズミを追いかけた。あとほんの少しで捕まえられる、というところでハリーは思わず足を止めた。ペティグリューが逃げた先は崖になっていた。ハリーが降りようとすれば、たちまち転げ落ちてしまうような崖だった。地面は見えず、生い茂った木々が視界を塞いでいる。

 そしてもう一つ、ハリーが足を止めた理由があった。

 唸り声が、ハリーの真後ろから聞こえたのだ。

 恐る恐る振り返る。その先には、狼人間に変身し終えたルーピンが後ろ足で立っていた。

 咄嗟のことで杖を構えることも出来ず、ハリーは膝から力が抜けて座り込んだ。狼人間へと変身したルーピンが、手を伸ばせば触れる距離までハリーに近づいていた。視界の端で、シリウスがこちらへと駆け出していた。ハーマイオニーとロンが何かを叫んでいる。アルフレッドさえも、必死の形相でこちらを見ていた。ハリーは視界には、様々なものがゆっくりと映っていた。しかし、何かが足りていないような? そう思った直後だった。

 

「ハリー!」

 

 レイラの声だ。すぐ近くからする。

 その時、ルーピンが後ろにのけぞって後退した

 

「逃げなさい!」

 

 声の出所は、ルーピンの背中からだった。狼人間へと変身しているルーピンの背中に飛びつき、無理やりハリーから遠ざけようとしていた。

 

「ハリー!」

 

 再度、レイラが声を張り上げるが、ハリーは足に力が入らなかった。

 それを理解したレイラは、さらにハリーからルーピンを遠ざけようとした。

 

「レイラもういい!」

「レイ、危険だ!!」

 

 シリウスとアルフレッドの制止の声が掛かるが、レイラは聞き入れなかった。ルーピンは苛立たしそうに唸り声を上げ、背中に張り付いているレイラを引き剥がそうとし始めた。

 ハリーは呆然とその様子を眺めていた。ルーピンの背後に見えるレイラの顔は必死そのもので、少しずつ、ルーピンをハリーから遠ざけることに成功していた。しかし……。

 ルーピンの手が、ついにレイラの背中を掴んだ。

 

「——あ」

 

 そんな呟きを発したのは誰だっただろうか。気づいた時には、レイラはルーピンによって放り投げられた。ハリーはゆっくりとした視界の中で、はっきりとレイラの目を見た。自分と同じ緑色の瞳が、驚いたように見開かれていた。そして——。

 ——華奢な体は、崖へと落ちていった。

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