オリジナル設定メガ盛り、汁だくだくです。
トッピングもあります。
なんでもこいという方はどうぞ、お楽しみください。
「なあ、レイ」
「……ん?」
「もし、もしよかったら、次の夏休みに——」
瞬間、月の光によって言葉が遮られた。
次に覚えているのは、宙に放り出されたことで広がった深みのある赤い髪と、呆気にとられた顔の美しい人。
夢を見ていた。
まだ生まれて間も無い頃を。シリウスが持ってきた箒のおもちゃに乗るハリーと、家で飼っていたニーズルを撫でる自分。そして、そんなわたしたちを幸せそうに見守る父と母を。
忘れていた、暖かい思い出。
叶うなら、一度だけでも、ほんの一瞬でも……言葉を交わしてみたかった。大きくなったと、ホグワーツに入学したんだよと、伝えたかった。スリザリンに入ってしまったけど、大切な友達ができたこと。ハリーがクィディッチでシーカーを務めていること。父さんに似てるらしく、やんちゃなところとか。伝えたいこと、話したいことがたくさんある。
もう言葉を交わすことが出来ないけれど、いつでも心の中にいてくれる。
だから、わたしは大丈夫。大丈夫、だよ。
「……ん」
目を開ければ、生茂る木々の隙間から丸い月が見えた。
——ああ、そうだ。たしかわたしは崖から落ちて……。
ハリー達は大丈夫かな。アルフレッドは、心配してるだろうな。早く、戻ろう……か。レイラは起き上がろうと腕に力を込め、そして右足に力を込めた。
「ぁ……?」
気付いたら、地面に再び倒れていた。
「——ッ!?」
途端に、声にならないほどの痛みが右足に突き刺さった。そしてレイラは気がついた。自身の右足に、太い木の枝が突き刺さっていることに。どうやら崖から落ちた拍子に、生茂る木のどれかの枝が刺さったらしい。
痛みに顔をしかめながらも、レイラは自分の間に起きたことを推理した。右足からは血が流れ出ており、傷の深さを窺い知れる。出血量は多そうだ。早めに止血しないとな。
レイラはハンカチを取り出すと、それを畳んでから咥えた。そして深呼吸を何度か行ってから、トネリコの杖を構えて、右足に刺さった枝に向けて振るった。
「ンッ————ぐっ……!!」
激痛が走った。涙があふれ、強張りかけた腕に鞭打って、レイラは杖を再度振るい、なんとか止血することに成功した。
「は……は……はぁっ」
咥えていたハンカチが落ち、荒い息を何度も吐く。
まずい、だめだ。ポーチにある不死鳥の涙を使えば良かったのに……。血が……足りない。
いたい。さむい。なに……かが、うすれていく。
「ある……」
そこは湿原だった。緑が生い茂り、銀色の深い霧が立ち込めている。
意識が覚醒したレイラはしかし、自分が置かれている状況を測れずにいた。また夢? それにしては現実的すぎる。近くに咲く花の匂い、水の音、霧の湿度。どれも本物に感じる。でも……。
見たことのない景色だ。そのはずなのに、頭が、否。わたしの中の何かが、ここを知っている?
レイラは辺りを見回した。特段おかしなものはない。強いてあげるとするならば、見慣れないスネークウッドの木が一本、泉の脇に生えているくらいだ。不思議な木だった。種類まで分かるその木から、不思議な力を感じる。
レイラは近づいてみようと足を踏み出して、気付いた。
「右足の怪我が、ない?」
所々切り傷で裂けていた衣服は元通りになっており、大量の血が出た足の怪我も無い。
訝りながらも木に近づき、その表面をそっと撫でた。
突如、見慣れぬ景色が脳裏に浮かび上がった。
どことも知らぬ山頂に聳え立つ巨大な城。不思議な結び目の縄。そして、今レイラが触れているものと同じ木が敷地内に一本、孤独に枝葉を揺らしている。
「……ようやく来たか」
突然かけられた声に、レイラはハッとして、瞬時に後ずさった。もしかして今、この木が喋った?
トネリコの杖を抜き、スネークウッドへと突きつけるレイラを、嗄れ声が制止した。
「木ではない。この私だ」
スネークウッドの周りに漂っていた霧が濃さを増したかと思えば、そこにはいつの間にか老人が立っていた。灰色のローブに、同じく灰色の豊かな髭を蓄えた猿顔の老人だ。
「待ちわびたぞ……五度目だ」
「————ッ!?」
それは聞き覚えのある言葉だった。
トレローニー先生の予言か!
レイラはすぐに思い至った。しかし、だからどうしろというのか。目の前の老人は心底楽しそうに、レイラを見つめていた。そこではたとレイラは気がついた。どこかでこの老人を見たことがある、と。猿顔の老人の知り合いなどいないが、確実にどこかで見た覚えがある。
「ぁ……緑と、銀? ……そうかスリザリン」
「ほう?」
レイラが答えを口にすれば、老人の笑みがより一層深まった。
「この私の面貌を知るとは、もしや既に部屋を開けたのか! どうだ、あの部屋にいたバジリスクは? 八百年も生きながらえたバジリスクなどまずいまい。私の置き土産は気に入ってもらえたことだろう」
目の前の人物を知っている。ホグワーツに関係するもので、知らぬ者はいないだろう。彼の偉業と思想は、入学したばかりの一年生ですら知っている。
ホグワーツの創始者が一人であり、スリザリン寮における純血主義の始まり。サラザール・スリザリンその人だ。
こうしてみると、ただの好々爺だな。というか、待て。
「貴方はゴーストですか? それともこれが夢で、わたしが貴方の夢を見ているだけ?」
そう問い掛ければ、サラザール・スリザリンはよりいっそう快活に笑った。
「ゴーストとは違う。この私は、いわばサラザール・スリザリンの残滓のようなものだ。そしてこれは、今お前の中で実際に起きていることだぞレイラ」
「——ッ、名前を」
「知っているとも、アレと会ったのだろう?」
意地悪く笑うサラザールにレイラは警戒をあらわにした。目の前の男は良くないものだと判断し、レイラは持っていたトネリコの杖を握り直した。
「おっと、そのトネリコの枝を私に向けるな」
サラザールが手を払うと、見えない何かに手を押されたかのように、レイラの腕が下がる。
「……ちっ。アレとは、誰のことです?」
「おおそうだった、話の途中だったな。アレは己の母の名を語っていたが、確と伝えた筈だぞ。『貴女と同じ』だとな」
「イリアか……」
ここに来てあいつと繋がるのか。全くもって不明瞭なことが多すぎる。わたしには他にやることが……そうだ、わたしはハリーを守らなければ。ここで時間を潰している暇はない。
「急用を思い出したので、帰っても?」
出方は分からないが、ここがわたしの中というのなら、出るのにそう時間はかからないだろう。
「そう急くな。まだ用向きを話していない」
老人は愉快気に笑い、少女はそれを睨め付けた。
「手短にお願いします。言った通り、急用があります」
「なあに、ここでいくら時間を浪費しようと、外ではまばたき一つ出来てはおらぬよ」
疑問符を浮かべたレイラを、サラザールは笑みを絶やさず見つめる。
「用向きとは他でもない。この私の継承者についてだ」
ぞわり。
その瞬間、レイラは自身でも流れる血が熱くなるのが感じ取れた。
やつだ。継承者といえば、他に思い当たる人間などいるはずもない。そもそもやつ自身が、己をそう評していた。
「ヴォルデモートの邪魔になる前に、ここで死ねとでも?」
レイラは左の瞳を赤く染めながら、トネリコの杖を突き出した。それに対してサラザールはというと。
「は? 何を言っているのだお前は」
呆けていた。フクロウが錯乱呪文を喰らったかのような、呆気にとられた顔をしていた。
その様子に、レイラは怒気が削がれ、つられて惚けた顔をしてしまった。
「継承者とは」
サラザールは再び愉快そうに笑みを浮かべ、右手の人差し指でレイラを指した。
「お前のことだ。レイラ・ポッター 」
告げられた言葉を受け、レイラは一瞬面食らった。しかし次の瞬間には、サラザールへと距離を詰めていた。そして瞳は、再び血色を湛えていた。
「わたしが……」
レイラを継承者だと言うことは、つまり。
「あんな奴と一緒だと言うのか!? いくら創設者の一人といえども、その言葉は見過ごせない。取り消せ、サラザール・スリザリン!」
襟首を掴み、己より背丈のある相手を下から睨み付ける。けれどサラザールはどこ吹く風と、笑みを絶やさない。それどころか、酷く嬉しそうであった。
「お前と奴が同じだと思ったことなど、一度としてないとも」
「——ッ、なら!」
「お前こそが、継承者なのだ。あのようなゴーントの出来損ないとは訳が違う。三百年も間が空いてしまった。前回のようなことが起こるとは、この私も思っておらなんだ」
「なに、を?」
なんだ、こいつは。一体なにを言っている?
「生まれるならゴーントの人間からだとばかり思っていたが、あれは駄目だ。事ここに至って、死からの逃避を図るとは。愚かなり。その点あやつは素晴らしかった。あやつの死は美しかった。惜しむらくは、やつがペベレルであったことだ。それさえなければ……」
「さっきから一体、何の話をしている?」
レイラは苛立たしげに、サラザールに問い掛けた。老人は未だ、笑みを浮かべたままだ。
「お前の話だよ、レイラ。お前の血筋の話だ」
「わたしの……血筋だと?」
「そう、ペベレルの三兄弟の話は知っているだろう? イグノタスだ。一度は死から逃げたあの男こそ、貴様の先祖。あの男と——」
——突如、緑と銀の世界に亀裂が走った。霧が晴れ、湿原が消え失せる。後に残ったのはレイラとサラザール、そして一本のスネークウッドが聳える真っ白な空間だった。
サラザールはそこで初めて、不快気に鼻を鳴らした。
「あの娘、案外仕事が速いじゃないか」
空から走る亀裂を忌々しげに見つめるサラザールは、苛立ちをあらわにした。
「なにが……」
「姫の眠りを覚ましに、王子が来たようなものだ。まあもっとも、この場合王子は消え去るがね」
白い世界に亀裂が無数に生じら中で、サラザールはレイラへと目を向けた。
「ことここに至っては致し方あるまい……。スネークウッドを探せ、何処にあるのかは既に視ていよう。あれこそが本物の継承者の証、我が血族の繁栄を示すもの」
「何を言っている? そんなものは必要ない、スリザリンの遺産など——」
「あれがあれば、トム・リドルを討てるぞ?」
「なっ……」
「ふは、さすがに揺らぐだろうよ。求めよ、さすればその枝がお前を誘うだろう。それまでに、本当に死なないように気を付けろ?」
そう言い終えると、サラザールとスネークウッドは、さらさらと光の粒子になっていく。
「くそ、まて!!」
「さらばだ、この私の子孫。壮健そうでなによりだ」
後に残ったのは、ひび割れた純白な空間と、漂う光の粒子を見つめるレイラのみ。
「くそ。突然来て、一体何がしたかったんだ」
「…………ら。……レイラ、もう起きているのでしょう?」
気づけば、頭上から誰かに声をかけられた。どうやら自分は寝ているようだ。頭の後ろに、暖かく、柔らかい感触がある。誰かの膝枕だろうか。女性の声だ、ダフネかな?
「もう、レイラ?」
いや、違うな。何処か懐かしさすら感じる。それに、ひどく落ち着く。不思議な感覚だ。
「こら、寝坊助さんはいけませんよ」
こつん、と。拳で額を優しく突かれた。
「った……。あー、ありがとう」
のそりと体を起こしたレイラを見て、その人物はふわりと微笑んだ。その特徴的な灰色の髪捉え、レイラはああと納得した。
「うん」
「ん?」
「何処か似てるよ、サラザールに」
その瞬間イリアが、今度はレイラの頭頂部に、強めの拳骨が落ちた。
「いっ!? たぁ……。何を」
「あの老害と共通点を見出さないでください。吐き気がします」
鬼気迫る表情に、レイラはゴクリと唾を飲み込んだ。どうやら、何か踏み入ってはいけないものがあるようだ。素直に縦に頷いておく。それに対して厳かに頷いたイリアは、森の一方向を指差した。
「この方向へ真っ直ぐ歩いて行けば、事態は丸く収まるでしょう。走っては行けません。止まっても行けません。ただ歩んでください」
「それはいったい?」
「ふふ、こう見えて私、未来が見えるんです。さあ、立って」
冗談か本当か分からないイリアがレイラの手を取って、すっくと立たせる。そのことにレイラは驚いた。自分がすんなりとたてるはずがない、右足を怪我しているのだ。
「——ッ!? 怪我が……」
「ああ、それなら私が全霊を以って治しました。もう、大丈夫です。ただ、右足の怪我だけは、跡が残ってしまいましたが」
申し訳なさそうに眉根を寄せるイリアに、しかしレイラは気がついた。
「イリア……」
「あ、名前で呼んでくれましたね! ふふ、嬉しいです」
「そうじゃない! 体が、消えかけてる」
イリアの体は透明になりつつあり、背後の景色が見えるほどだ。けれどアリアは驚きも慌てませず、それを受け入れていた。
「望んで為したことです。元々私は、じきに消え去る命の残滓でした。それをこうして、家族の為に使えたのなら、これ以上の喜びはありません」
「かぞ、く?」
「あの老人から聞いていないですか? それでは、最後に自己紹介を」
イリアはこほんと咳払いを一つし、居住まいを正す。そして——。
「シルウィア・ペベレルといいます。初めまして」
昔話でしか聞かないその姓を、目の前の女性は誇らしげに告げた。
世界には女の子なスリザリンや、本当はいいやつなスリザリン等、多彩なスリザリンがいますが、当作ではこんな感じでした。
そういや、スリザリンてペベレルより前の人なのですよ。ご存知でしたか?