私にはよく分からない石ころをくれ、気をつけてと言った。
私は不思議な力のある、兄のマントが欲しかった。
「ハリー……」
誰かが、僕の名前を呼んでる。
「ハリー」
ハーマイオニーの声だ。
薄れていた意識がゆっくりと覚醒していくにつれて、ハリーは自分の置かれている状況を理解し始めた。今いる場所は医務室で、自分はベッドに寝そべっていて、ハーマイオニーが傍に立って名前を呼んでいる。
「父さんだった」
ハリーはゆるりと起き上がって、ベッド脇にいたハーマイオニーに告げた。
「何ですって?」
どうしたのかとハーマイオニーが問いかけ、ハリーは興奮しきったように早口で答えた。
「父さんなんだ、ハーマイオニー。湖でシリウスと僕をたくさんの吸魂鬼から守ってくれた。守護霊で追い払ってくれたんだ」
「ハリー、落ち着いて。よく聞いて」
ハーマイオニーはハリーを落ち着けるようと肩に手を置き、真っ直ぐに顔を突き合わせる。そして静かな声で、周りに人がいても聞こえないような声で大切なことを伝えた。
「シリウスが捕まったわ」
「殺されるの!?」
かぶりを振ってハーマイオニーは否定する。その口端がきゅっと引き結ばれ、ゆっくりと息を吐き出してから、ハーマイオニーは恐る恐る口を開いた。
「……魂を吸い取られるの」
そこへ、医務室の扉を開けてダンブルドアが入ってきた。
「先生、シリウスは無実です!」
「ロンのネズミがペティグリューだったんです!」
「ペティグリューは自分の指を自分で切り落としたんです——」
矢継ぎ早に口を開くハリーとハーマイオニーの言葉を、しかしダンブルドア手をあげて、必死の説明を制止した。
「今度は君たちが聞く番じゃ。頼むから遮らんでくれ、何しろ時間がないのじゃ」
静かな口調だった。
「先程ブラックとも話をしてきたゆえ、君たちの言おうとしていることも大体は分かる。しかしじゃ、ブラックは無実の者らしからぬ行動を起こし、それを多くの者が知っておる。さらに証言者が五人もいるとはいえ、未成年の魔法使いの言葉を納得できる者はおらん。残念ながらのう——」
「——でも」
「よくお聞きハリー、もう遅すぎるのじゃ。これはわしの手にも負えん。わしは、他の人間に真実を悟らせる力はないし、魔法大臣の判決を覆すことも……必要な時に手が伸ばせないのは、いつになっても心苦しいものじゃ」
そう言ってダンブルドアはハリーの隣のベッドのカーテンをそっと開いた。
ハリーもハーマイオニーも、そこに横たわっている人物を見てはっと息を呑んだ。
「レイラ……」
ルーピンに崖から投げ飛ばされたはずの彼女が、そこに静かに横になっていた。
「必要なのは、時間じゃ」
「でも……」
ハーマイオニーが何かを言いかけた。そして、はっと目を丸くした。
「あっ!」
「さあ、よく聞くのじゃ」
ダンブルドアは低い声で、けれどはっきりと告げた。
「シリウスは西棟の八階、フリットウィック先生の事務所に閉じ込められておる。西棟の右から十三番目の窓じゃ。首尾よく運べば、君たちはたった一人の人間を救うことができるじゃろう。よいか、一人を助けるだけじゃ。それ以上の結果を望んではならぬ。そしてミス・グレンジャー、忘れてはならぬぞ。誰にも、見られては、ならん」
ハリーには何のことだか分からなかった。ダンブルドアは踵を返して、ドアのところまで行って振り返った。
「君たちを閉じ込めておこう」
ダンブルドアは懐から時計を取り出して、時刻を確認した。
「今は——真夜中五分前じゃ。ミス・グレンジャー、ニ回ひっくり返せばよいじゃろう。幸運を祈る」
ダンブルドアが鍵を閉めた後で、ハリーは繰り返した。
「ニ回ひっくり返す? いったい、なんのことだい? 僕たちに、何をしろっていうんだい?」
しかし、ハーマイオニーはローブの襟の辺りをごそごそと探っていた。そして中からとてつもなく長くて細い金の鎖を取り出した。
「ハリー、こっちに来て」
ハーマイオニーが急かすように言った。
「早く!」
ハリーはさっぱり分からないまま、ハーマイオニーの側に行った。ハーマイオニーは鎖を突き出して、ハリーの首と自分の首にかける。ハリーはその時、鎖の先に小さくきらきらとした砂時計が付いているのを見つけた。
「いくわよ」
ハーマイオニーが息を詰めて言った。
「僕たち、何をしているんだい?」
ハリーには皆目見当がつかないまま、ハーマイオニーは砂時計を三回ひっくり返した。
するとたちまち、二人は景色に溶けるようにして消えた。
そしてそれを待っていたかのように、ベッドに横たわっていたはずのレイラが起き上がる。大きく丈の余る服の裾を擦りながら、医務室の窓の一つに掛かっていた鍵をかしゃんと外した。無言のまま窓を開ければ、軽やかに不死鳥が入ってくる。
「首尾は?」
「ん、上出来」
炎が消えて現れたのは、アルフレッドのコートを羽織ったレイラだった。レイラはベッドに腰掛けると、自分を見下ろすもう一人の自分の姿を見て、くすりと微笑んだ。
「新鮮だな。動いている自分を目の前で見るなんて」
「お前の弟とグレンジャーは欺けた。これでお前のアリバイは成立だ」
「うん、ありがとな。身代わりごくろーさん」
レイラが医務室のカーテンを元に戻した時には、自分を見下ろしていた人物はアルフレッドになっていた。
入れ替わるようにベッドに潜り込み、布団を胸元まで被せる。
「……今年もまた、無茶をしたな」
所々乱れているレイラの髪を撫でつけて、アルフレッドはぼやいた。
「なんだい、藪から棒に。——あ、そうだ君。暴れ柳の所でわたしに何か言いかけてなかったか?」
「……ああ」
はっとした様子のアルフレッドだが、首の後ろに手を置き、何やら思案顔だ。医務室の外から僅かに話し声が聞こえてきた。
「その、なんだ。もし良ければ、次の夏休みに森に来ないか? 一人は嫌なら、弟も一緒に…………」
「……ふ、くく」
「レイ?」
珍しく歯切れが悪く話すアルフレッドの姿が面白くて、レイラは笑うことを抑えられなかった。
「いやあ、わるいわるい。うん、わたしとしてもぜひ、行かせてほしいな。ハリーも誘ってみるよ。森は、綺麗だからね」
レイラが了承の旨を伝えれば、アルフレッドはほっと息を吐いた。
しかしそれも束の間。医務室の外から、なにやら慌ただしい足音と話声が聞こえてきた。すぐさまレイラはアルフレッドへと視線を送り、頷いたアルフレッドは左手の指をぱちんぱちんと数回鳴らせば、その姿は消えていた。レイラはベッドに潜り込むと、寝たふりを始めた。
声の主たちが近づいてくる。
「やりました!」
「私たち、やれました!」
ドアの外から聞こえてくるのは、ハリーとハーマイオニーの声だ。そして判別できない小さな声が一つ。おそらくはダンブルドアのものだろう。
やがて話し声が止むと、医務室のドアがゆっくりと開かれ、ハリーとハーマイオニーが入ってくる。レイラはベッドから上半身を起こした体勢で、二人を出迎えた。
「おかえり、二人とも」
ひさしぶりのからあげおいしい。