ハリー・ポッターと不死鳥の姉   作:駆華野 志想之介

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ある時庭に灰色の蛇が現れた。
その蛇は人の言葉を話し、私の話し相手になってくれた。
蛇は私の背中を押してくれた。
白く細い木の生えた家を飛び出して、それから……
気が付いたら.十年が過ぎていた。


ハーマイオニーの秘密

「幸運を祈る」

 

 そう告げて医務室のダンブルドアが閉じた後、ハーマイオニーはハリーの首に自分がつけていたペンダントのチェーンを掛けた。

 

「いくわよ」

 

 ハーマイオニーがそう言って、チェーンの先についていた小さな砂時計を二回ひっくり返した。

 するとたちまち、暗かった病室が溶けるように無くなった。ハリーは自分が後ろ向きに飛ばされているような気がした。色や形がぼやけて、自分とハーマイオニーを追い越していく。

 やがて、硬い地面に足がつくのを感じた。そうしてやっと、周りの景色がいつも通りになった。

 ハリーとハーマイオニーは先程と変わらず医務室に立っていたが、今の方が少しばかり明るい気がする。それに、ベッドに寝ていたレイラとロンがいなくなっていた。

 

「ハーマイオニー、これは?」

「こっちよ!」

 

 ハーマイオニーはハリーの腕を掴み、医務室にあった掃除用具入れを開けてハリーを放り込むと、後から自分も入ってバタンと扉を閉めた。

 

「いったい、何がどうなったの? ロンとレイラは?」

「時間を逆戻りさせたの」

 

 暗闇の中で、ハリーにかけたチェーンを外しながらハーマイオニーが囁いた。

 

「二時間前まで」

 

 ハリーには俄かに信じられなかった。試しに自分の太腿をつねってみたが、とても痛かった。

 

「どうやって——」

「静かに……!」

 

 ハーマイオニーは掃除用具入れの扉に耳を押し付けていた。ついでぱたぱたと誰かの足音が聞こえてきた。

 足音が去ったのを待ってから、ハーマイオニーはゆっくりと扉を開けた。ハリーもそれに倣って外へ出た。ハーマイオニーはぴりぴりと緊張していたが、ハリーは聞いておきたいことがあった。

 

「その砂時計みたいなもの、どこで手に入れたの?」

「これは『逆転時計(タイムターナー)』っていうの」

 

 ハーマイオニーは小声で答えた。

 

「これは今学期、学校に戻ってきた日に、マクゴナガル先生にいただいたの。授業を全部受けるのに、これを使っていたの。先生とは固く約束したの。誰にも言わないって……。私、これを使って時間を戻していたのよ。だから同時にいくつもの授業を受けられたの。わかった? でも……ハリー、ダンブルドアが私たちに何をさせたいのか、わからないわ。どうして二時間戻させたのかしら。」

 

 ハリーは影のように暗いハーマイオニーの顔を見つめた。

 

「ダンブルドアが変えたいと思っている何かが、この時間に起こったんだよ」

 

 ハリーは考えながら言った。

 

「そうだ、僕たちは二時間前『叫びの屋敷』にいた」

 

 ハリーは顔を顰めた。精神を集中させ、脳みそを全部絞り切っているような感じがした。

 

「ダンブルドアは、たった一人を助けることができるって言ってた……」

 

 はっと、ハリーは気がついた。

 

「ハーマイオニー、僕たち、シリウスを救うんだ!」

「なんですって?」

「シリウスが何処にいるのか、ダンブルドアがさっき教えてくれたばっかりだ」

 

 ハーマイオニーは少し考え込み、やがて口を開いた。

 

「タイミングよ。シリウスが捕まって、私たちが医務室にいるタイミングで逃がさないといけないわ。そうでないと――」

「そうでないと、僕たちが逃がしたと気が付かれてしまう」

 

 こくりとハーマイオニーが頷いた。

 

「そういうことよ。だから私たちは、過去の自分たちを追いかけるの。二時間前にいたのは……」

「叫びの屋敷だ!」

 

 ハリーがそう言うのと同時に、二人は駆け出していた。

 

 

 

 暴れ柳がよく見える茂みの中に、ハリーはハーマイオニーとともに隠れていた。最初に犬に変身したシリウスがロンを咥えて暴れ柳の下を通り、次いで過去のハリーとハーマイオニーが柳の下を潜ろうと奮闘している。

 

「見て、レイラとアルフレッドよ」

 

 ハーマイオニーが指を刺し、ハリーはそれを目で追った。視線の先ではレイラが杖を振るっており、杖先から小さな鳥が放たれた。鳥は暴れ柳の枝葉を掻い潜り、その幹に激突して消え去った。二人はこのとき、暴れ柳が止まった理由に気がついた。

 

「そうか、暴れ柳の下を安全に通るには、ちゃんと方法があったんだ」

「ええ。レイラがいなければ、私たち今頃ぺしゃんこになっていたかもしれないわね」

 

 考えたくもない。と、ハリーは身震いした。とうとう最後にスネイプが通り、ハリーとハーマイオニーは変わりなく過去が進んでいることに安堵した。

 二人はそこで、過去の自分達が出てくるのを待っていた。ハーマイオニーは乾いた土の上に腰を下ろし、膝を抱きかかえた。

 そうして一時間がたとうとしていた時、ついにその時が訪れた。

 

「出てきたわ!」

 

 二人は立ち上がった。ペティグリューを見つけた瞬間、ハリーは一歩前に踏み出した。そのハリーの腕を、ハーマイオニーが掴んだ。

 

「じっとしていなきゃいけないのよ。誰かに見られてはいけないの。私たちにはどうにもできないことなんだから……」

「じゃあ、またペティグリューを逃がしてやるだけなんだ……」

 

月が雲の影から滑り出た。校庭の向こう側で、小さな人影が立ち止まっている。そして、二人はその影の動きに目を止めた。

 

「ルーピンがいよいよだわ……変身している」

 

 シリウスとレイラの叫びが、二人が隠れている茂みまで聞こえてきた。そして、ハリーの目の前で、レイラが再び、前と全く同じように、崖から落とされた。

 ハーマイオニーは咄嗟に顔を逸らした。無事に帰ってきたのだから、心配は無用だろうと言い掛けて、ハリーはやめておくことにした。自分としても、何度も見たい光景ではなかった。

 

「……行こう」

 

 

 

 

 

 ハリーとハーマイオニーはシリウスが倒れた湖が見える場所まで来ていた。ハリーはこの後気絶しているので、自分がどうやって城に運ばれたのかを知らない。

 この時ハリーにはある企みがあった。二人はシリウスが現れるのとは反対側に隠れているため、必然的に自分が見た守護霊を出した人物の現れる近くにいる。一体誰が自分とシリウスを助けてくれたのか、ハリーにはそれが気になっていた。

 そして、その時が近づいてきた。

 湖にルーピンともみ合いになって消えたシリウスが現れ、倒れ伏した。ほんの僅かの時をおいて、暗闇の中から湧き出るように、吸魂鬼が四方八方から出てくる。

 

「ハリー! だめよ!」

 

 ハリーは湖の淵へと走り出した。背後からハーマイオニーが追いかけてくる。ハリーには父親のことしか頭になかった……もしあれ父さんだったら。知りたい。確かめなければ……。

 湖のすぐ側まで来たが、誰もいる気配がない。向こう岸に、小さな銀色の光が見えた——過去の自分自身が守護霊を出そうとしている——。

 ——その時だった。

 ハリーとハーマイオニーの背後で、草むらの揺れる音がした。次いで聞こえたのは低い唸り声。咄嗟に振り返った二人が見たのは、暗闇に佇む狼人間となったルーピンの姿だった。

 

「に——ッ!」

「逃げろ!!」

 

 驚いた様子のハーマイオニーに向かって、ハリーは強く叫んだ。脇目も降らず逃げ出した二人の背後を、ルーピンが追いかけてくる。

 湖から遠ざかるように逃げる二人だが、ハーマイオニーが足を木の根に躓かせ、転んでしまう。

 

「ハーマイオニー!?」

 

 先を走っていたハリーが振り返れば、ハーマイオニーのすぐ後ろにルーピンが迫っていた。

 ハーマイオニーは恐る恐る背後を振り返り、狼人間となったルーピンを見た途端、言葉を発することもできずに震えだした。

 そしてとうとうルーピンがハーマイオニーの目の前まで迫り、鋭くなった爪を持つ手を振り上げ、そして——。

 ——眩い銀色の光がその場にいた全てを照らした。

 ルーピンは反射的に光の出所へと顔を向ける。その隙にハリーがハーマイオニーを立たせ、ゆっくりと後ずさる。

 後退しながらも、ハリーもルーピンと同じように光の出所を見た。——湖の中心だ。

 そこには、白銀の雄鹿が悠然と佇んでいた。

 

——プロングズ…………。

 

 誰の言葉だったのかは分からず、次の瞬間にはルーピンが頭を抱えて立ち竦んでいた。何度か頭を振り回し、一度ハリーを見たかと思うと、森の奥深くへと姿を消した。

 

「は、ハリー……私!!」

「大丈夫、ルーピンは遠くに消えたよ。吸魂鬼もいなくなった」

 

 未だ震えるハーマイオニーを連れて、ハリーは湖へと引き返した。

 湖に戻ってみれば、静けさに包まれていた。守護霊は消え、ハリーが過去に見た人影は見つけられなかった。

 

「ハリー! スネイプが来たわ!」

 

 湖の向こうから、息を切らしながらスネイプが現れた。担架を作り、気を失っているハリーを乗せ、シリウスも魔法によって出したロープで縛ってから担架に乗せた。スネイプは杖を前に突き出し、担架を城に向けて運び始めた。

 

「さあ、そろそろ時間だわ」

 

 ハーマイオニーが緊張した声を出した。

 

「ダンブルドアが医務室のドアを閉めるまであと四十五分くらいよ。シリウスを救い出して、それから、私たちがいないことを誰かが気づかないうちに医務室に戻らなければ……」

 

 二人は空を泳ぐ雲が湖に映る様を見ながら、ひたすら待った。スネイプの後ろ姿が見えなくなってからしばらく経った。二人は城のすぐそばで待機して、いつでも動けるように準備していた。

 

「見て!」

 

 ハーマイオニーが囁いた。

 

「お城に誰か入っていくわ!」

「……きっと魔法省の役人だよ。スネイプが呼んだに違いない」

 

 二人が見つめる先で、先程の人影が城から出てきた。ハーマイオニーが、あ! と声を上げた。

 

「ファッジよ! コーネリウス・ファッジ、魔法省大臣の! きっとシリウスが捕まったのを知って、吸魂鬼を呼びに行くんだわ!」

「なら、シリウスを助けるのは今しかないよ!」

 

 二人はフリットウィック先生の部屋がある塔のすぐ側まで来て、あることに気がついた。

 

「どうしましょう! 見張りに先生ががいるなんて聞いてないわよ!」

「そんなこと僕に言われても困るよ!」

 

 フリットウィックの塔に入るための入り口を、フリットウィック先生自身が守っていた。

 

「このままじゃ時間が来てしまうわ……」

「なにか、なんとかしないと……」

 

 シリウスが囚われている場所へ続く階段を見ながら、ハリーとハーマイオニーは頭を抱えていた。

 

「正面突破なんてもってのほかだし、塔を外から登る手段も無い」

 

 ひとりごちるハーマイオニーを見ながら、ハリーも何かないかと考えていた。

 そこへ、ばさりと羽ばたきの音が聞こえてきた。二人とも音のした方へと素早く振り返り、現れたものに驚愕した。

 それは深紅の鳥、不死鳥だった。

 

「フォークス……」

 

 呟くハリーの肩に不死鳥は留まると、その頬を翼で人撫でし、再び羽ばたいた。

 

「……そうだ! フォークスなら、シリウスを連れてここから飛んでいくことができる! 去年僕たちを秘密の部屋から運んでくれたみたいに!」

「やったわ! 空を行けば、城にいる人に見られることもなく逃げられる!」

「フォークス、頼めるかい?」

 

 不死鳥は二人の前で僅かに滞空すると小さく鳴き、シリウスが捕らえられている塔へと飛翔した。

 

 

 

 

 

 フリットウィックの事務室に捕らえられたシリウスは、一人で沈み込んでいた。

 親友の娘を危険な目に遭わせ、ピーターを取り逃し、あまつさえ再び捕まってしまった。最後に見た時、レイラはルーピンによって崖へと投げられていた。よほどのことがない限り、無事ではすまないだろうことは想像に難くない。

 もし……もしも——。

 シリウスの頭には最悪の予想が浮かんでいた。どうしたら良かったのか、どうすれば良いのか……答えの出ないことを延々と考え続けていた。

 顔を手で覆い、俯いたその時だった。自身の閉じ込められている塔の外から、鳥の羽ばたきが聞こえてきたのだ。フクロウ便だろうかとシリウスが顔を上げれば、そこにいたのは美しい不死鳥だった。

 

「なぜ、こんなところに……」

 

 不死鳥は周囲に他の人影がないことを確認すると、シリウスが捕らえられている塔のテラスへと留まる。次の瞬間——

 ぱちり。と、炎の弾ける音がした。

 ——不死鳥はその姿を変じさせる。深紅の翼は華奢な腕となり、鋭い鉤爪を持つ足はタイツに包まれた細い足になる。そして立派なトサカは深みのある赤い長髪になっていった。

 

「……レイラ」

 

 変身が解けた後、テラスの手摺りには、親友ジェームズの娘であるレイラが腰掛けていた。

 しい。

 レイラが人差し指を自分の口元に当てる。シリウスはそれを見て。ゆっくりと頷いた。

 

「アロホモラ 開け」

 

 レイラは杖を振るって、シリウスが閉じ込められている部屋の扉を開けようとした。

 

「おそらく簡単には開かないように魔法が掛けられている。正攻法では——」

「レダクト 粉々」

「破れ…………」

 

 次の瞬間には、魔法で硬く閉じられていた扉をレイラが呪文で木っ端微塵にしていた。自身とシリウスの衣服についたホコリを魔法で落としながら、レイラは部屋の中のシリウスに微笑んだ。

 

「無事……とは言い切れないですね。ともかく、助けに来ました。逃げますよ」

「はは、肝の座り具合はリリー譲り……それ以上だな」

「それは、どうも?」

 

 褒められているのかよく分からないシリウスの言葉に首を傾げながら、レイラは自身が粉々にした扉を修復していく。

 

「ああ、そうだ。私があなたを助けたことは、ハリーにも内緒でお願いしますね。動物に変身できることもです」

「構わないが、いいのかい?」

「ええ、名誉や栄光の類は好きではないので。それに、わたしはハリーに、そんな目で見られたくありませんから」

 

 そう言って、レイラは再び不死鳥へと変身した。鉤爪でシリウスの服の襟を掴むと、力強く羽ばたいた。

 

 

 

 

 

「来たわ!」

 

 不死鳥がフリットウィックの事務室へと飛んでからすぐに、シリウスを連れて現れた。不死鳥はシリウスをそっと地面に着地させると、彼の肩にそっと留まった。

 

「無事で良かった!」

「君もだ、ハリー……本当に」

 

 ハリーがシリウスに抱き付けば、シリウスはその背中を親が子にするようにさすった。

 

「もう一人の子は、ロンはどうした?」

「大丈夫、医務室で横になってます! それよりも——ファッジが吸魂鬼を呼びに行きました、もうすぐ来ます!」

 

 しかし、ブラックは未だハリーを離さないでいた。

 

「ありがとう。また君達に会えて本当によかった」

 

 ブラックの肩に留まっていた不死鳥が短く鳴いた。

 

「そろそろ行こうか」

「でも、どうやってここから逃げるの? きっと城の出入り口は見張りがいるはずよ」

 

 ハーマイオニーが不安顔で問いかけるも、シリウスは問題ないと笑い掛けた。

 

「お願いできるかな?」

 

 シリウスは肩の不死鳥に問いかけた。不死鳥は静かに頷くと、翼を大きく広げた。

 ハリーとハーマイオニーは何が起きるのかと不思議そうだったが、その時を感じ取っていた。

 

「また会おう。君たちは本当に、ジェームズとリリーの子だよ」

 

 不死鳥が低く鳴いた。広げられた翼からは火の粉が舞い、パチンという音がした次の瞬間には、火の粉を残してシリウスと不死鳥は消えていた。

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