愛しの青   作:はるのいと

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第二章 「たこ焼きで釣れました」

 翌日、重い気持ちのまま出社すると、予想通り課長のありがたい叱責が待っていた。まあ、無断欠勤をしたのだから当然といえば当然である。

 失恋と二日酔い、加えて青少年への性的行為の強要。この体と心にズッシリトとくる罪の重みから、私は会社への連絡をすっかり忘れてしまったのだ。

 

「――以後このようなことはないようにね。頼むよ、作田君」

 

「はい、本当に申し訳ありませんでした」

 

 十分程のお叱りタイムを終えると、私は肩を落としながら自分のデスクへと向かった。はあ、しんどい……椅子に腰を下ろすと、まだ出社したばかりだというのに疲れがドッと襲ってきた。

 けれど弱音は吐いてはいられない。仕事は山積している。私は溜め息を漏らしながら、午後から始まる会議の資料作りを開始した。資料作りといっても大して難しいことはない。

 

 与えられたデータを、パソコンに打ち込んでいくだけの単純作業。WORDやEXCELが使えれば誰にでも出来る仕事だ。そんなことより、これからどうしよう……私は溜め息を一つ漏らすと、キーボードを打鍵しながら昨日の出来事を思い起こした。

 

「ただいまー」

 

 ドアが開く音と共に、玄関から少年の声が聞こえてきた。一方、私はといえば未だに全裸のまま鼻水全開で号泣中だ。

 ここまでくるともはや ”この女、わざと着替えてないんじゃねえ?” と思われても仕方がないレベルである。私は恥かしさのあまり、掛布団を頭から被った。すると暫くして、少年がベットわきに腰を下ろす気配を感じた。

 

「具合のほうはどう?」

 

「グスッ、グスッ……大丈夫」

 

 鼻を啜りながら答えると、暫しの静寂が流れた。この状況……私が泣いているであろうことは、誰でも察しが付くだろう。そして気まずい沈黙が1分程流れたころ、少年の優しい声が私の鼓膜に届いてきた。

 

「シャワーは浴びたの?」

 

 明らかに気を使っている。こんな私に……。

 

「……まだ」

 

「着替えは?」

 

「……まだ」

 

「家では裸族の人?」

 

「違うけど……」

 

「じゃあ、まずはシャワーを浴びてきなよ」

 

 そ、そうしたいのは山々なんですけど……いくら全部見られたとはいえね、こんな私にも羞恥心というものがあるんです。

 

「恥ずかしいなら、目を閉じてるから。ほら、早く」 

 

 

 こっちの心を見透かすように、少年は優しく私を諭してきた。ではお言葉に甘えて……意を決してベットから這い出ると、約束通り彼は瞼を閉じて体育座りをしていた。

 いやっ、可愛い……年下には全く興味のない私だったが、不覚にも見とれてしまった。っていうか……ま、まつ毛、長っ! これってエクステかなあ?……いいや、天然もんだ。

 

 寒々としたマンションの一室。そこには全裸で美少年を凝視する、アラサー女の姿があった。残念なことにそれは私だった……いやいや、いまはこんなことをしてる場合じゃないっ! 

 私は心の中で叫ぶと、タンスからブラとショーツ&スエット上下を素早く取り出した。そしてそれらを抱え、ダッシュでバスルームへと非難した。

 

 10分後――熱いシャワーのおかげで、なんとか最悪の体調からは復活した。だけどあっちの部屋には当然ながらあの子がいる。

 正直いってどの面下げて出ていけば……洗面台に映るスッピンの自分を見つめながら、私は溜め息を漏らした。

 それから五分が経過……そして十分。ここで悩んでいても仕方がない。私は覚悟を決め、少年のもとへと向かった。すると彼は先程と同様に、瞼を閉じて体育座りをしていた。なんと素直な……。

 

「奈々、もういい?」

 

 少年は私の気配に感付いた様子で、瞼を閉じながら尋ねてきた。

 

「う、うん。もういいよ」

 

 瞼を開くと、彼はゆっくりと私に顔を向けてきた。色素の薄い栗色の瞳。綺麗……不覚にも、またまた見惚れてしまった。

 

「さっぱりした?」

 

 私は無言で頷いた。すると少年はニコッと微笑を浮かべてゆく。天使のような笑顔……ついつい、こっちの顔もほころんでしまう。いやいや、いまはそんなことはどうでもいいのだ。取りあえずは、失くした記憶を回収しなくては。

 

「あのう、昨日のことなんだけど……」

 

「覚えてないんでしょ?」

 

「……すんません」

 

 私が溜め息を漏らしながら頷くと、少年はまず自己紹介を始めた。

 

「名前は(あお)、苗字はまだない」

 

 苗字はまだないって、どっかの文豪が似た感じのフレーズを使っていたような……っていうか私、バカにされてる? 

 

 青はそんな私の心中などお構いなしとばかりに、どんどん話を進めてゆく。 私たちが出会ったのは、ネオン輝く銀座通りだったそうだ。

 カップルたちが幸せそうに身を寄せる中、青はなにをするでもなく一人寂しくベンチに腰を下ろしていたらしい。そんな時、これまたお一人様の泥酔アラサー女こと、この私がたこ焼きを片手に千鳥足で出現したそうだ。

 

「どうしてそんな所に一人でいたの?」

 

「泊まるとこなかったから、逆ナン待ちしてた」

 

 ああ、なるほどね。確かにこの容姿だ、あんな場所で深夜に一人寂しくベンチに座っていれば、年下好きのお姉さまたちが放っておく訳がない。

 それにしても……卑下する訳じゃないけど、私は美人でも不細工でもない。そして可愛らしい小柄な体型でも、モデルのような9頭身でもない。要するにさして特徴のない普通の見た目なのだ。

 

 それにも関わらず、なぜこの美少年は私にお持ち帰りされたのだろう? もっと高物件なお姉さまたちが、周りに一杯いたでしょ? 頭に浮かぶ疑問――だがそれはすぐに解決した。

 

「ナンパしてくるお姉さん達は一杯いたけど……たこ焼きをくれたのは奈々だけだったから」

 

 たこ焼きで釣られる美少年――なんとお安く済む子なのだろう……因みにそのあとは、私の予想通りこの子を家に持って帰り、ヤルことやってイビキを掻きながら寝たらしい。こ、これじゃあ、女を物扱いするオッサンだ……いいや、そんなオッサンより性質が悪い。

 

「以上がこの部屋に僕がいる理由。どう、納得した?」

 

「……はい」

 

「いまいった通り、僕には行くところがない」

 

「……はい」

 

「というわけで、今日からここにお世話になります」

 

「……はい」

 

 問答無用。いまの私には断る権利などない。この子は可愛らしい容姿に反して、とんだ小悪魔だ……。

 私は首の骨を一つ鳴らすと、昨日の回想から無事帰還した。急に増えてしまった扶養家族。取りあえず問題なのは先立つものだ。なにをするにもこの世はお金だ。

 さてと、どうしよう……キーボードの手を休めると、私は頬杖をつきながら本日なん度目かの溜め息を漏らした。


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