「絶対に嫌だっ!」
「わがままいわないのっ!」
時刻は11時30分。
鬼畜アラサー女と年下の性奴隷は、とある理由が原因で先程からいい争いを繰り広げていた。ことの発端は、いまから30分程まえにさかのぼる。
昨日、伊勢丹で買ったお弁当を二人で食べ終えると、私は本日の予定を青に伝えた。本日の予定――それは青の寝具一式買い物ツアーの決行だった。昨夜は予想通り殆ど眠れなかった。
一方、青はといえば、しりとり開始から3分程でマジ寝に突入した。あの状況下でどうして寝れるわけ? っていうかしりとりやろう、っていってきたのはあんたでしょう? 最後まで責任持ちなさいよっ!
それに挙句の果てに、寝ぼけて手まで握ってくる始末だし……もう絶対にこいつと一緒のベッドで寝るのは嫌っ!
「わざわざ布団なんて買うことないじゃん。お金の無駄だよ」
「あんたと一緒じゃ、私は寝むれないのよっ!」
「大丈夫だって、すぐに慣れるから」
青は屈託なく微笑みを浮かべた。すぐに慣れるっからって……その前に私のお肌がボロボロになるわよっ!
「そう、分ったわ。じゃあ、青は私が不眠症になっても構わないっていうのね?」
微笑みを浮かべていた顔は途端に曇だし、青はすぐに唇を尖らせて黙り込んだ。どうやら、私の放った一言が効いたらしい。
その後、彼は渋々といった様子で、寝具一式買い物ツアーの同行を了承してくれた。それにしてもこの子、可愛らしい顔して意外にも頑固なところあるのねえ。まあ、男の子だからしょうがないか……。
可愛らしい美少年を従えての買い物ツアー。すれ違う女たちは私に羨望の眼差しを向けてくる。正直いって悪い気はしないわねえ……っていうか凄く気分がいいっ!
方々色々と見て回ったが、結局は無印良品で寝具一式を購入することにした。因みに私が商品を選んでる時も、青は終止符ふて腐れながらぶつぶつとぼやいていた。
彼が不機嫌な理由はいうまでもないだろう。どうしてそんなに私なんかと一緒に寝たいの? 口から出そうになった言葉を強引に飲み込んだ。青からの答えによっては、赤面してしまう可能性大だからだ。
因みに商品は二人で力を合せれば、持ち帰りは可能だったが、いまの相方のご様子ではそれは望めそうにない。だけど幸いなことに、本日中に宅配してくれるとのことだったので、そのように手配した。
「ねえ、いい加減機嫌直してよ……」
青は相変わらずご機嫌斜めなままだ。ったくこのガキは本当に厄介なんだから……流石にこっちも苛々してきたが、ここは大人の女が折れてあげなきゃ、と思い直す私であった。
とはいうものの……どうやってこの厄介な年下男子を宥めすかせば良いのか、皆目見当もつかない。自慢じゃないが、私はこのての面倒くさい男子が苦手なのだ。
暫しの熟考――だけど一向に良い考えが浮かばない。という訳で私は喉が渇いた、ということもあり青を近場のカフェに誘うことにした。
「ねえ、青。あそこのカフェでお茶でもしようか」
「……」
「カフェでお茶だなんて、私たちなんだかデートしてるみたいだね」
こんな単純な手に引っかかるわけないか……そう思いつつ青に視線を向けてみた。すると彼は曇っていた表情を一瞬でパッと輝かせると、私の手を昨晩のように優しく握ってきた。
思いっきり引っかかってるし……私は心の中でほくそ笑むと、青に手を引かれながらカフェへと向かった。だが店に近付くにつれて、私の足は地面に根が生えたように、ピタリと止まってしまう。
最悪……。
「奈々、どうしたの?」
青は怪訝そうな表情を浮べながら、私の顔を覗き込んできた。
「やっぱり、あのカフェはやめよう」
「どうして? 誰か知り合いでもいたの」
「いいから、あの店はだめっ!」
青の言葉を待たずに素早く回れ右をすると、私は大股で来た道を戻っていった。最悪、最悪、最悪……どうしてこんな日に限って、あいつと出会わなきゃいけないのよっ!
店先のオープンカフェには、先日いとも簡単に私を捨てた飯塚篤志の姿があった。その隣には恐らく上司の娘であろう女が、楽しげに微笑を浮かべている。
こないだまでは、私の居場所だったところで……最悪な状況で最悪な相手と、最悪なタイミングでニアミス。私はいつもそうだ……。
「あ、すみません」
無我夢中で歩いていた為に、通行人とぶつかってしまった。それと同時に青の不在にも気付いた。辺りを見回しても彼の姿は見当たらない。さっきのカフェからも、いつの間にか相当離れてしまっていた。
その場から逃げるのに夢中で青のことを……その時だった、ジーンズのポケットに入れておいたスマホが着信を告げてきた。液晶画面に目を向けると、LINEのメッセージが届いている。送信相手は青だ。
『ちょっと用事を思い出したから先に帰ってて。あと夕飯は僕が買って帰るから、心配しなくていいよ。それじゃ、愛してるよっ、チュッ! ムニュムニュムニュ』
なんと自由で、そして驚くほどに天真爛漫なメッセージ……っていうか百歩譲ってチュッ! は良いとして、このムニュムニュムニュって一体なに?……。
だけどこの気の抜けたメッセージを読んでいると、さっきまでの最悪な気分がすーっと消えてゆくようだった。よしっ、メシの心配もないようだし、今日はゲンが悪いからさっさとお家に帰ろう。
本日、青がセレクトした夕飯はタイフードだった。生春巻きやヤムウォンセン。ガパオライスにフレッシュサラダ。その全てに大好物のパクチーが、大量に盛りつけられている。ああ、このカメムシ感がたまらないのよね。
「味はどう?」
「超うましっ!」
青の問いかけに私は素直に答えた。昼にあれだけヘビーな出来事がっても、美味しいものを食べればすぐに元気が出る。
相変わらず単純にして、私はやっぱり俗物のようだ。因みに無印の寝具一式は、なにかの手違いで配達は明日に変更となった。要するに本日も青と添い寝する、という訳だ。
どうやら今日も寝れそうにない……私はそう思いつつ、向かいに座る自称性奴隷に目を向けた。すると青は黙々と料理を口に運ぶ私を見つめながら、幸せそうに微笑んでいた。
1日ぐらいなら……まあ、いいか。私は心の中でそう呟くと、微笑みを浮かべる彼に苦笑いで応えた。