体験版パートまでで完結予定です。
※11/5 ほぼ全改訂
拝啓。
父上様と母上様。
若葉の緑が目に染みる季節となりました。父上様と母上様におかれましては、健やかにお過ごしでしょうか。
さて、本日は、ご報告させて頂きたいことがございましてお手紙を書いております。この度、私は数奇な運命に巻き込まれ、社会的道徳から反することになってしまいました。不出来な愚息をどうかお許し下さい。
事の発端は、母上様もご存じでありましょう、風早幸敬様と結城大輔様からの頼みになります。幸敬様のご息女である織女様の護衛をとお願いされ、私は快諾いたしました。ですが、その場所が問題なのです。母上様の母校であります、聖セラール女学院──そう、女子校に通う事となったのです!
無論の事、私は母上様が産んでくださったままの男児であります。また、聖セラール女学院が門戸を開き、共学校へと変化した訳でもないのです。事実として、男性の身でありながら、女子校へと通うことが決定事項となったのです。何かがおかしいのではないか?おそらくは何もかもがおかしいのでしょうが、最早粛々と流れに身を任せるのみとなっております。
今や困惑の渦に飲み込まれ続けている心情ですが、事ここに至っては諦念へと向かうのみであります。そして、願わくは万事何事もなく終わることを、どうか父上様と母上様もお祈り頂けると嬉しく存じます。
それでは、この辺りで筆を置かせて頂きます。天国でも変わらずご多幸をお祈り申し上げております。
敬具。
思うがままに動かしていた手を止め、ボールペンを筆箱へ戻した。
本来ならば新学期が始まり、最終学年として受験勉強に励んでいたであろう自分は最早存在しない。
今ここにいるのは、一般的に変態の誹りを免れない女装趣味の男子が一人である。
「ははっ……一体この状況は何なんだろうか」
仄暗い自室で独り自嘲する。
現状が夢であったならどれだけ喜ばしい事か。
けれど、現実は無惨に部屋の中に転がっていた。
女性ものの衣服。化粧用具一式。その他、お嬢様学園入学のために必要なマナー本エトセトラ。
ここ二週間に渡り、必死に頭と体に叩き込んだ知識が夢だと錯覚させることを拒んでくる。
「でも、もうどうしようもないんだよな」
聖セラール女学院の編入試験は明日に迫っていた。
もちろん、編入試験で散々な成績を残せば編入せずに済むのだろう。
けれど、それではこの編入のために骨を折ってくれた関係各所へ申し訳が立たない。
既に決して少なくない費用が僕のために投じられており、そして何より主導している幸敬さんの期待を裏切るような真似は絶対にしたくない。
つまるところ、状況は詰んでいるのである。
「やるしかない。それはわかっているんだけど」
ぐるぐると思考が空回りする。
ここの所、慣れない勉強が続いているせいか、どうにも疲労が抜け切らない。予定されているタイトな日程を考えると、身体も頭も満足に休む余裕が取れないのだ。
指導教官がもう少し優しければ、などと考えるも、厳しいからこそ身についているのだ、という現実もある。実際、たったの三週間で何の知識も経験もなかった男子をお嬢様学校へ入学しても問題ないようにするというのは、促成栽培にも程があるだろう。事実、ほぼ問題がないところまで来ているのだから教官の腕の高さを実感する。
「とりあえず、入学したらひっそり過ごそう。お嬢様を陰から護衛して、後は誰にも噂されないような植物のような生活を送りたい……」
言ってしまえば、元々の学校で過ごしていたような日々だ。そう考えると、実現は容易いように思える。
転入生という色目で見られる期間さえなんとか凌げば、後は問題ないはずだ。たぶん。
「後は野となれ山となれ。今日はもう寝よう」
僕に出来ることは、与えられた問題に対処することである。
差し迫って、テストに備えて少しでも体調を改善させることが必要だろう。
唯一の光源だったデスクライトを消し、倒れこむようにして布団に包まる。茫洋としていた思考が温もりに溶かされ、瞬く間に意識が落ちて行く。
翌日、僕は風邪を引いた。
それでも試験を強行し、何とか合格を勝ち取った。
けれど症状が悪化したため、療養が必要となり、編入は丸一週間遅れることが決定した。